Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

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四十話 アウトサイダー・ヘラクレス/Other side

 凄まじい轟音を撒き散らしながら、一つの災害が咆哮をあげる。

 戦闘の舞台は校舎を飛び出してグラウンドへ、更にそこから裏山の森の中へと移っていた。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■──‼︎」

 

 尋常ではない破壊力を秘めた一撃。

 サーヴァントにとってもまごうことなき必殺の一撃は、しかし、絶え間なく連続して振り払われる。

 バーサーカーと思わしき巨人がひとたび斧剣を振るうだけで、生え並ぶ木々は切断され、落ち葉の積もった腐葉土は爆ぜ飛んだ。まるであれ自体が一つの台風だ。極めて局地的で、明確な殺意を持った、ある意味純粋な災害より恐ろしい悪魔。

 

「何なのあいつ……アレが、あんな歪んだ奴がサーヴァントだって言うの⁉︎」

 

「バーサーカー、としか考えられないけど。それにしたって異様だ。顔も身体も得体の知れない何かで覆われてるし、どう見たって通常の霊基状態じゃない。間違いなく、あのバーサーカーには狂化以外に何らかの力が働いてる……‼︎」

 

 少し離れた場所で降ろされた楓と倫太郎は、森の木々の向こうで熾烈に戦う三騎の姿を祈るように見守っていた。

 もう戦う気力も無いというか、そもそも数秒の隙を作るために魔力を殆ど消費したせいで少し動くのすら怠い。

 

「マスターは……いない、か」

 

 倫太郎があたりを見渡しても、視線や変な魔力の存在は感知できない。

 恐らくはバーサーカーのみを単体でけしかけてきたのだろう、とマスターへの警戒を緩め、バーサーカーと争うキャスターとアサシンの趨勢に注意を向ける。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■──‼︎‼︎」

 

 鬱蒼とした森が、たった一人の力で無くなっていく。

 キャスターは不思議な力で木々の間を飛び回り、式神や陰陽術を用いて多角度から攻め込む。アサシンは枝から枝へと跳躍しながら、その間隙を突くようにして必殺の一撃を決めようと目論んでいる。

 だが──二対一というこれほどない分かりやすい有利条件を与えられてなお、押されているのは明らかにキャスターとアサシンの方だった。

 

「チッ……コイツ、どんなデタラメな力と硬さしとんねん‼︎」

 

 振り払われる斧剣を間一髪のところで回避して、キャスターは宙空から引きずり出した数本の刀剣を勢いよく放つ。

 それらは例外なく巨人の胸に激突し、熾烈な爆風を撒き散らし──そして、何の傷も与えられずに終わっていた。

 それだけではない。式神百三十八体の一斉射出、雷撃、凍結、剣撃、純粋な魔力投射、爆撃、火焔、地盤圧縮、重力圧搾、魑魅魍魎の召喚、暴風、結界構築を絡めた原子崩壊、斬撃、某女狐からパクった呪術、霊符解放、鬼種の炎、単純に数えれば百を超える攻撃方法を片っ端からバーサーカーは受け止め、そしてその全てを無効化した。

 アサシンが近付こうにも、バーサーカーは攻撃など無いかとように暴れ回る。黒い旋風の中に不用意に立ち入れば引き裂かれるのを知っている以上、アサシンも手を出せないでいた。

 

「ぅ……ッ⁉︎ おェっ……げほっ、ごほッ……⁉︎」

 

 キャスターの苦戦に伴って魔力消費も加速し、口元を抑えた楓の顔色がみるみる悪くなっていく。

 しばらくすると立てなくなったのか、苦しそうに呼吸を繰り返しながら楓は地面の上にへたり込んだ。

 

「……‼︎ おい志原、それ以上は駄目だ‼︎ さっきので全然魔力が足りてない‼︎ 分かってるだろ、今でもうすっからかんなのに搾り取ろうとしたら命が危ないんだぞ⁉︎」

 

「ハァッ、ハァッ……ぁ……は、ハァッ……ぅぐ……は……ぁ‼︎」

 

 吐き気を噛み殺して、楓は奥歯をきつく噛み締める。全身から生気が抜けていくのが止まらない。魔力は即ち生命力であり、ただでさえ魔力を失った今、このままでは生きるために必要な機能すら阻害されかねない。

 それを、苦しみと痛みに悲鳴を上げ続ける身体で思い知らされてなお──、

 

「バカね……私は、魔術師よ……自分の道を貫くためなら、当然死ぬ事だって覚悟してるんだから……」

 

「目的を求めて死んだら元も子もない‼︎ いいから魔力の供給を切れ、僕とアサシンでアイツは何とかしてみせる……‼︎」

 

 倫太郎は楓の肩を掴んで懇願するように言ったが、楓は一向に聞き入れようとしない。

 メキメキ、と木々が裂け砕ける音はいつのまにか近づいてきている。サーヴァント二騎がかりでもマスターの位置から引き離せないほど、あのバーサーカーの強靭さは群を抜いているのか。

 時折響いてくる咆哮は腹の底に響くような恐怖をもたらし、倫太郎だけでなく楓の精神をも激しくゆさぶってくる──。

 

「クソ……‼︎ 参った、まともにやりあったんじゃコイツに歯がまるで立たん……‼︎」

 

「……つけいる隙も、ない……‼︎」

 

 破壊する。

 地面も、木々も、サーヴァントも、マスターも、僅かな勝ち筋さえも、あの巨人は全てを破壊し尽くすまで止まらない。

 一時的な視覚共有でその様を確かに確認してから、倫太郎は最後の手段を選択する覚悟を決めた。

 

「アサシン、宝具だ。アレはここで倒す」

 

「マスター……いいの?」

 

「リスクは分かってる。たぶん、僕らはここでゲームオーバーだけど……揃って全滅するよりはずっとマシな筈だ。聖杯を破壊する役目だって、最悪志原に引き継げばいい」

 

 何を言ってるの、といった顔で倫太郎の方を見つめる楓。

 魔力がすっからかんなのは倫太郎も同じだ。当然宝具を解放する余裕は無いはずだが、倫太郎の目に迷いはない。

 アサシンの宝具は諸刃の剣だ。

 ──「妄想死滅」。

 直死の魔眼のスペックを限界まで引き出す代わりに、アサシンの視覚能力はほぼ失われ、同時に過度使用(オーバーヒート)によって彼女の脳は破壊される。敵だけでなく自分すらも殺し尽くす……実質的に、自滅宝具と言っても過言ではない代物だ。

 アサシンがそれを放った時、倫太郎は聖杯戦争から脱落するだろう。そしてその一撃を受けてなお、バーサーカーが残っていたとしたら。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■──‼」

 

 悪い可能性を考慮している暇はない。

 黒い暴威はサーヴァント二騎程度で押し留められる筈もなく、乱雑無法に暴れ回る。

 迷っていればそれだけ悪化していく状況だ。

 魔力はほとんど残っておらず、大してバーサーカーの方には未だ力が有り余っている。まともに競り合ったんじゃ敗北必至、この状況をひっくり返すには一か八かの勝負に勝つしかない。

 

「ごめん。それでも頼むよ、アサシン。君の宝具で、あのバーサーカーを……」

 

 苦渋の決断を無理やり下し、倫太郎はその言葉をアサシンに伝える。

  ──だが、その瞬間だった。

 

「……⁉︎」

 

 倫太郎は、鳴り響いた轟音を聞き、反射的に視線を木々の奥へ向けた。

 数十メートル先で舞い散る落ち葉の嵐が、すぐ近くでサーヴァント三騎が戦っていることを示している。だがそれには視線を向けず、倫太郎は木々の間を飛ぶ巨大な影に視線を集中させていた。

 太く、しなやかで、巨大な飛翔体。

 運が悪い、としか言いようがない。それがバーサーカーが吹っ飛ばし、根元から寸断された木そのものだと倫太郎か気付いた時には、もうそれは回避不可能な場所にまで接近していた。

 視線を落とす。傍にはへたりこんだ楓、目の前には激突ルートを飛んでくる巨木の幹。

 己の周囲の状況を全て呑み込んだ上で、倫太郎は──、

 

「────くそ‼︎」

 

 楓を庇う形で、その大質量の落下をまともに受け止めた。

 

 

 

 

 意識が朦朧とし始めていた楓は、ぐちゃり、という変に悪寒を感じる音を聞き取って意識を取り戻していた。

 全身を苛む魔力切れの苦痛と空虚感は消えないまま、霞む視線を彷徨わせる。微かに聞こえてくる咆哮、ざわめく森の木々、足元に積もった血に濡れた落ち葉……。

 

「……ぇ?」

 

 視線を横へ。地面に突き刺さるようにして止まっている巨木の残骸、その傍に。

 

「な、なんで……嘘」

 

 多量の血を流して倒れる、倫太郎の姿があった。

 位置的にまともに巨木の衝突を受けたのか、倫太郎はすぐそばの幹に背中を預けるようにして意識を失っている。だがその衝突のお陰で木の幹のコースは微かにズレ、楓の身体のすぐそばに着弾したらしい。

 その木の幹にはべっとりと赤い鮮血が付着していて、返り血は楓のすぐそばまで飛び散っていた。生きているのかすら怪しい、そんな状態の彼を見て楓の呼吸が一瞬止まる。

 

「し、しっかりしなさいよ……ねぇ。ちょっと、まだ殴りたりないってのに勝手に死ぬなんて許さないわよ……⁉︎ コラ、寝てないで返事しなさいって‼︎」

 

 倫太郎は確か、宝具を使って戦闘を終わらせる……と言っていた。

 けれど戦闘音は止んでいない。

 意識を失っていたのは一瞬なのか、数分なのか、楓には判別がつかなかった。ともあれその宝具の使用はマスターの指令が途絶えた事で未だ成されていないらしく、絶望の敵との戦いは未だに続いている。

 

「ぎ、ぅ……⁉︎」

 

 楓の魔術回路が悲鳴をあげる。もう一滴も残っていないのに無理やり絞り出され、楓の血液そのものすら魔力に変換されて外に流れ出している。

 

「やるしか──ないじゃない。もう、どうにでもなれって……感じ」

 

 その状態でなお、楓は拳を握った。

 念話なんて器用なコトはできないから、掠れた声を無理やり張り上げる。木々が裂け散る音に負けないくらい、必死で。

 

「キャスター、宝具を使いなさい……‼︎」

 

 第一、第二宝具は消費魔力が多過ぎるし、なによりセイバーとの戦いでのダメージが未だ残っている。ただ、キャスターが持つ第三宝具は消費魔力も少なく、戦闘にも役立つコストパフォーマンスに優れた宝具だ。

 主の声をきちんと聞き取ったのか、キャスターの声が頭に響いてくる。

 

『楓ちゃん、そっちに木が吹っ飛んだみたいやが無事で何よりや‼︎ んで宝具を使えやと⁉︎ 君も自分の状態くらい分かるやろ、無茶や‼︎』

 

 咳き込んだ楓が手元を見ると、一緒に飛び出してきた血がこびりついていた。

 こりゃあ倫太郎とどっちが死ぬのが早いのやら、なんてどこかぼんやり考えつつ、楓はそれでもいいと大声で叫ぶ。

 

『………………ああくそ、この状態や、賭けるには宝具開放でちっちゃと決めるしかないか。自分の非力を恨むで、ほんまに……‼︎』

 

 念話が途絶え、楓はずるずると倒れ込む。

 ──これでいい。

 茂みの向こうで感じ慣れたキャスターの魔力が膨張し、炸裂する気配があった。

 その瞬間、全身の骨をすり潰すような、全身の神経を根こそぎ引きちぎったような、表現するのすらおぞましい激痛が楓の全身を走り抜ける。絹を裂くような悲鳴を上げて、楓は落ち葉を巻き上げながら転がり回った。

 

「キャスター……おね、が……ぃ……はやく、倒し……」

 

 うずくまって痛みを必死で堪えながら、楓はただ戦いの終わりを待ちわびる。

 満身創痍の二人を残して、サーヴァント三騎の戦いは更に熾烈さを増していく──。

 

 

 

 

「■■■■■■■■‼︎ ■■■■■■■■■■■■■■■■■──‼︎‼︎」

 

 もう何度、振るわれる斧剣を掻い潜ったのか。

 鬱蒼と茂る森の中を三次元的に跳び回りながら、アサシンは停滞どころか刻一刻と悪化していく戦況に歯噛みする。

 ──このままでは負ける。

 恐らくなし崩し的に共闘している向こうのキャスターもそれは感じ取っているはずだが、バーサーカーと思しきサーヴァントの力は圧倒的過ぎた。

 

「マスター? 返答して、マスター……⁉︎」

 

 更に悪い事に、マスターからの念話が途絶えてしまった。

 いつ何時も感じている主との繋がり(ライン)が弱まっているのが分かる。倫太郎は命の危機に瀕しているのだ。戦闘の余波をまともに喰らったのか、ともあれ主が瀕死なのでは宝具を使う訳にもいかない。ただでさえ魔力切れの今で宝具を使用すれば、魔力が潤沢な倫太郎とはいえ残り微かな生命力を絞り尽くされて死ぬだろう。

 

「──ぐぅぅぅ……‼︎」

 

 必死でアサシンはバーサーカーの動きを掻い潜り、その懐に潜り込もうとする。

 横殴りの斬撃──回避。

 続いて振り下ろしの兜割り──回避。

 地面が爆ぜる衝撃波──被弾、無視。

 幾重もの死線を掻い潜って、多少の傷は完全に無視し、アサシンは小さな、されど必殺の刃を届かせようとするが──、

 

「げぶっ⁉︎」

 

 右腕の拳打がまともに腹部を捉え、アサシンは口から鮮血を撒き散らしながら滑稽なほどの速度で吹っ飛んだ。

 木々の幹になんどか衝突し、小枝や葉を巻き込みながら地面を転がって倒れこむ。

 ……相当重い一撃を、モロに受けた。

 四肢が痙攣して動かない。呼吸は乱れるどころか停止して、酸素を吸い込もうにも血の塊ばかり溢れてくる。げほっ、がはっ、と吐血して辛うじて酸素を吸い込んで、アサシンは視線を上げた。

 

「…………っ」

 

 目の飛び込んできたのは、酷い光景だった。

 アサシンのマスターである倫太郎は、奥の木に叩きつけられて意識を失っている。出血だけでも命に関わる重症だろう。赤銅色の髪が更に生々しい赤色に彩られ、木刀を握る手には何の力も残っていない。

 そしてキャスターのマスターといえば、魔力を搾り取られてもう動く力も残っていないらしい。倫太郎の側でうずくまり、悲鳴を押し殺しながら不気味に痙攣している。こちらも十分ともたないだろう。

 

(これは……私でも、もう──)

 

 アサシンは避けられぬ敗北を予感した。

 二人のマスターは満身創痍の上に魔力切れ、サーヴァントの攻撃は少しも届かない。単純に敵の戦力が高すぎるが故に、彼らはここで敗北する──。

 

「■■■■■■■■■■■■■──‼︎‼︎」

 

 絶望に瀕したアサシンに影が落ちた。

 黒い災害が、めいっぱい巨大な斧剣を振り上げて落下してくる。狙いはアサシン、それだけでなく衝撃で瀕死のマスター二人もまとめて死ぬだろう。

 

「う……う、あああああああああ──‼︎‼︎」

 

 アサシンはそれでも、数秒後に両断されて死ぬことを知りながらナイフを握り締めた。

 最期まで戦わず、敵に屈して死ぬのは、サーヴァントとして仕える倫太郎に対する裏切りだ。たとえ敗北しようと、主を守れないと決まっていようと、彼女は最後まで彼の信頼に応えると決めた。

 巨躯は地へと向かい、小さな暗殺者はそれを迎え撃たんと空へ跳ぶ。

 敗北が決まりきった、その決着の寸前──、

 

「────そこや、破敵‼︎‼︎」

 

 横入りする形で飛来した一本の直剣が、バーサーカーが振り下ろした斧剣を弾き飛ばした。

 そのお陰で辛うじて刃の軌道は逸れ、アサシンの身体は無傷でバーサーカーに肉薄する。

 ──まさに、千載一遇の好機だった。

 殺せる。無傷で攻撃を潜り抜け、その身に刃を届かせる事さえできれば殺せる。

 幸い相手は理性の消えたバーサーカーだ、自分を鏖殺することしか考えてはいない。身体に傷をつけずとも、ただ視きった「点」を突けばそれだけでケリはつく──‼︎

 

「やったれ、暗殺者……‼︎」

 

 この瞬間。

 アサシンとキャスターの二騎は、二つの思い違いを犯していた。

 ──まず一つ。

 この泥の巨人は、狂気に身を歪めてなお、その戦闘感覚(バトルセンス)と技量を失わぬほどの大英雄であったということ。

 

「ぇ……」

 

 竜巻のように巨躯が回転し、アサシンの刃をするりとすり抜ける。

 この巨人は数多の命を持つからこそ、この暗殺者の目を最初から警戒していたのだ。この女は宝具による蘇生とかそういった次元の力を全て無視して自分を殺す力がある、と。

 故にバーサーカーは理性ではなく、研ぎ澄まされた戦士の生存本能から、そのたわいない筈の一撃を全力で回避した。

 

「────⁉︎」

 

 交差の瞬間、巨腕が円弧を描いてアサシンの脇腹に突き刺さる。

 これで二撃目。

 アサシンの身体が今度こそ完全に破壊され、彼女は悲鳴すら上げられず血反吐を吐いて吹っ飛んでいく。腐葉土に突っ込んで停止した小柄な暗殺者は、今度こそ動けなくなってその意識を途絶させた。

 

「チッ、ああくそ、出鱈目な──‼︎」

 

 横から攻撃を仕掛けたキャスターは、宙に浮く二振りの霊剣を素早く手元に引き寄せた。

 ──双剣の名は、「護身」に「破敵」。

 安倍晴明が用いる第三宝具にして、かつて京を襲った大火によって消失した際、安倍晴明を含めた陰陽師たちが再び鍛え直した由緒正しき霊剣である。

 その銘が示す通り、この剣の役割は大きく二つに分かれている。魔を打ち倒す「破敵」、そして担い手と人を守護する「護身」だ。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■……ッ‼︎」

 

 鬱陶しい闖入者を蹴散らそうと、バーサーカーの巨躯が地面を蹴り飛ばして方向を変える。

 アサシンはとうとう無力化され、マスターの魔力はとうに限界を越えてデッドラインに迫っている。一人残ったキャスターに残された道は、次の瞬間の激突でこの巨人を打倒するしか残されていなかった。

 もう戦いを長引かせる猶予はない。

 今までの彼の攻撃は全て、巨人の体躯に傷一つ与えられなかったが──それでも宝具たる「護身」・「破敵」を用いた攻勢ならば仕留められるかもしれない。

 もうまともに動く力すらない少女から、更に魔力を吸い上げるしかない我が身を呪い殺したいほど恨みながら、キャスターは主を守るために暴威の巨人を迎え撃つ。

 

「──護身‼︎」

 

 防御に特化した双剣の片割れが、まるで不可視の剣士に握られているかのように鮮やかな速度でバーサーカーの斧剣を押し留める。

 ──ここだ。

 二つの刃が拮抗している僅かな間に、キャスターが出し得る最大火力をこのバーサーカーに叩き込む。

 

「破敵──式神跋祇(はっし)、青龍纏成‼︎」

 

 振り上げられた攻撃用の長剣が、青龍の力を瞬間的に宿して美しい青色に輝く。

 この二振りの霊剣は本来戦闘に用いるものではない。その刀身にはびっしりと刻まれた正座や四神図が示す通り、陰陽術を行う上で必要となる祭器としての側面が強いのだ。

 つまり、この剣の真価はその鍛え抜かれた鋭さにあるのではなく、「莫大な四神の力を限定的に再現する」祭器としての力にある。

 この瞬間に破敵剣が呼び覚ましたのは、東方を守護する十二天将が一にして神に至った竜種である青龍の力。物理的な絶対零度すら超越した魔氷が轟然と刀身を包み込み、霊基すら一撃で凍て付かせる斬撃を放つ。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

 眼前に刃が迫っても、巨人は怯みもせずに護身剣を押し込み続ける。

 当然、あまりの無防備を晒す巨人の躰に、キャスターは全身全霊最高速をもって青龍の力を宿した破敵剣を叩きつけた。剣影が残像を残して数多に見えるほどの超神速で、破敵剣は氷の結晶を撒き散らしながらバーサーカーの身体を無慈悲に切り裂いていく。

 

(……キャスターやからと侮んなよ、得体の知れんバーサーカー風情が。破敵と護身を使った僕はセイバーの剣技とも互角や──‼︎)

 

 凄まじいまでの斬撃の嵐。

 砕け散った氷の結晶は霧のように霧散し、キラキラと輝いて巨人の身体を包み込む。

 キャスターは微かに目を細め、破敵によって全身をズタボロにされたバーサーカーの姿を捉えた。無残に切り裂かれた全身からは血が溢れ出しており、身体の表面で蠢く黒泥と混じり合って不気味にグスグズと音を立てている。

 ──この傷は致命傷だ。

 特に、胸に深々と突き刺さった破敵剣は霊格をブチ抜いている。

 これほどの傷を負った上で存在し続けられるサーヴァントなど、存在するはずがない──。

 

「⁉︎」

 

 にも関わらず、キャスターの背筋を悪寒が襲う。

 全力で後方に飛び退ろうとして──しかし、遅かった。致命の傷を負った筈のバーサーカーが血を振り撒きながら護身を弾き飛ばし、無防備なキャスターに大質量の斧剣を振り下ろす。

 

「ガ──────ッ、は……⁉︎」

 

 ──これが、致命的な思い違いの二つ目。

 このバーサーカーの全身を守護する常時展開型宝具……「十二の試練(ゴット・ハンド)」の効果は、バーサーカーが死亡した際に自動的な十一回分の蘇生(リザレクション)を発動させる。つまり彼を打倒するためには、十二回の殺害が必要となるということ。

 噴き出した鮮血が霧状になって舞い、切り裂かれたキャスターの式服が散れ散れになって飛んでいく。

 僅かに掠っただけだったが、その威力と速度は容赦なくキャスターの身体を破壊した。彼は落ち葉を巻き上げて十メートル以上転がると、とうとう動かなくなる。

 

「そん……なぁ……」

 

 楓は、朦朧としてきた視界でその光景を捉えていた。

 彼女が信頼するサーヴァントもとうとう力を使い果たし、この場所で動ける存在はあの巨人ただ一人となった。

 もはや貌すら失われた不気味な巨人は、ゆっくりと楓の方に近づいてくる。凶星に似て赤く輝いている眼光を見て、楓は不可避の死を感じ取った。

 ──まず……私が殺される。

 奴がとそらく、楓がポケットに入れたままの謎の破片に惹かれる形で彼女らに奇襲を仕掛けてきたのだ。それが何者かの意思なのか、バーサーカーの暴走によるものなのかは分からないが、まず目標物の持ち主が脅威に晒されることは間違いないだろう。

 

「…………っ」

 

 怖い。目の前の敵がこんなにも怖い。

 こんなにも怖いならいっそはやくその斧剣で自分の体を轢き潰してくれ、とさえ懇願したくなるくらい、平凡な魔術師にその存在感は圧倒的過ぎた。

 目をつぶって、斬首刑に処されるすぐ前の罪人のような気分を味わいながら、巨人がたった数メートルの距離を詰めてくるのを待つ。

 身体に響いてくる、地面を一歩ごとに揺るがす巨大な足音。

 そして、落ち葉を踏みしめるだけの、弱々しくて微かな足音──。

 

「え?」

 

 ありえない筈の気配に顔を上げる。

 影が落ちた地面、濃い血の匂い。

 痙攣する手は木刀を握るというよりひっかけているような形だったが、しかし彼はまだ立っていた。

 繭村倫太郎は意識を半分失ったまま、それでも凛然と巨人の前に立ち塞がったのだ。




【ヘラクレス・オルタ】
詳細不明。「十二の試練」の能力は完全に引き継いでいる。

【護身・破敵】
ランク:C
種類:対人宝具
安倍晴明の第三宝具。一対からなる霊刀。一時的に「十二天将」の力を刀身にインストールすると、ランクA相当の業物に変化する。
キャスターにとっては使いやすい愛剣。安倍晴明におけるエミヤズ・フェイバリット・ソードの干将・莫耶みたいなポジションだと思ってもらえると話が早いかもしれない。
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