Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

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四十一話 絶望の果てに

 もう夕日も沈み切った藍色の空。早くも薄暗くなり始めた森の中で、その二人は対峙していた。

 

「バカっ……なに、やって……」

 

 張り上げようとした声は掠れて続かず、楓には目の前の倫太郎を呆然と見守ることしかできなかった。

 

「──────」

 

 倫太郎は無言だ。眼前に黒泥の巨人が立っているこの状況においてなお、倫太郎は一歩も退こうとしなかった。

 彼の意識はほとんど失われ、危機感も敵の重圧もまるで感じていないらしい。頭から流れる血は今も彼の足元を赤く染め、力の抜けた両手はだらんと垂れ下がっている。死人か幽霊かと見紛う姿だったが、それでも彼はいまだ生きていた。

 

「■■■■■■■■■■■」

 

 言葉ではない、唸り声に似たおぞましい声が倫太郎に浴びせられる。

 楓はその光景を見せつけられながら、必死で言葉を絞り出そうとしていた。

 だって彼の行為には何の意味もない。

 当然、倫太郎があの巨人をどうこうできるはずがない。そして巨人の狙いが楓なのであれば、わざわざ立ち塞がらずとも彼はその斧剣で潰されずに済んだかもしれないのに。

 

(ああもう、なんでわざわざ余計なことして無駄死にしようとしてんのよ、このあんぽんたん……‼︎)

 

 巨人は手を伸ばせば届くほどの至近距離まで倫太郎に近づくと、手にした斧剣を天高く振り上げた。

 ──終わる。

 あの剛刃が天辺まで掲げられ、振り下ろされた時が最後。倫太郎は何もできずにその凶刃に倒れることになるだろう。

 

「やめて……そいつは、関係、な……」

 

「■■■■■■■■■■■■■──‼︎」

 

 慈悲はなく。空気を裂いて、一直線に巨大な刃が倫太郎に向かって振り下ろされ──‼︎

 

 ……一秒後の楓が目にした光景は、予想とは全く異なるものだった。

 ズン、と地響きをたてて、あれ程猛威を振るっていた斧剣が地面に突き刺さる。片膝をついた巨人は、初めてその口から敵に向ける咆哮ではない唸りを漏らしていた。

 

「■■■■……■■■■■■■■……?」

 

 巨人の身体が次々に融け落ち、穢れた泥となって地面に染み込んでいく。

 まるで腐肉が身体から零れ落ちるような不快な光景を目の当たりにして、楓も倫太郎も言葉を発することができなかった。できることといえば、ただ黙して巨人の崩壊を願い続けることだけだ。

 身体を七割ほど失いながら、巨人は崩れ落ちる巨腕を持ち上げ、倫太郎の身体を掴もうと手を伸ばす。だが、その掌が瀕死の倫太郎を掴むより僅かに早く、巨人は完全にその輪郭を失った。

 バーサーカーだったモノは諦め悪く蠢いていたが、やがて他の大部分と同じように地面の底へと消えていく。

 

「────終わった……の……?」

 

 無音になった森の中で、楓の呟きはやけに大きく聞こえた。

 その呟きをきっかけにして、倫太郎は糸が切れたように地に倒れる。後に残されたのは莫大な暴力による破壊の跡と、ボロボロになった魔術師の二人だけたった。

 

 

 

 

「──あー……遅いよ、お兄ちゃん……」

 

 俺が駆けつけた頃には、空はすっかり黒色に埋め尽くされていた。明かりのない森の中は暗かったが、漂ってくる血の匂いが目的地を明確に教えてくれた。

 全力疾走の後で息を切らしながら、目の前に広がる光景を数秒がかりで呑み込む。

 楓からの着信に慌てて学校裏の森に向かってみれば、地面は抉れるわ木々は刈り取られるわの惨状が広がっていて、俺は焦りながらその奥へと足を踏み入れたのだ。

 

「っ────」

 

 何があったかは今はどうでもいい。

 楓に目立った外傷はないが、笑おうとする口元は吐血した血の跡で汚れていた。憔悴しきっているのか、顔は真っ青で立ち上がろうともしない。

 そして彼女の傍には、頭から血を流して倒れる一人の少年の姿がある。

 彼がどこの誰かは知らないが、とにかく酷い重症だと一目で分かった。正直生きているとは思えないくらいの出血量だ。その少年の生還は絶望的か、と考えながら楓に駆け寄る。

 

「あはは……そいつの止血くらいは、したかったんだけど……もう、手がまともに動かないみたい。電話、するくらいはできたから……よかった」

 

 その言葉を示すように、倒れた少年の頭には楓の制服が被せられている。本当はそこから結んでせめてもの止血を試みたのだろうが、どうやら結ぶ力すら残っていなかったらしい。

 

「くそっ──セイバー、何がどうなってるか分かるか? そこの奴は酷い怪我だし、楓も外見は大丈夫だけど苦しそうだ。俺はどうすればいい……⁉︎」

 

「落ち着いて下さい、ほんと妹には過保護ですねケントは」

 

 つい最近こんなやり取りをしたなあ、と思い返すと確かに冷静さは戻ってきた。

 そんな俺を見て良しとしたのか、セイバーは楓の身体をざっと一瞥してから重症の少年の方に視線を移す。

 

「彼女は単純な魔力不足みたいですが……その状態で更に魔力を吸い上げられたみたいですね。魔力変換された血液の不足と体全体の臓器不調、拒否反応による神経痛を発症してるみたいです。しばらく安静にして、魔力の回復を待てば自ずと治ると思いますが」

 

「そういうこと……私はいいから、そいつを」

 

 楓は目線だけで傍に倒れる少年を指す。

 その言葉よりもとうに早く、セイバーは少年の身体を慎重に抱えてその怪我の具合を測っていた。少し意外な彼女の姿に、俺は息を呑んでセイバーの言葉を待つ。

 

「──頭部に負った傷がかなりの重症ですね。頭蓋骨にまでダメージが響いてます。普通の人間ならこのままくたばるような大怪我ですよ」

 

 ですが、とセイバーは自分の言葉を中断させ、抱えていたはずの少年を無造作に地面に投げ出した。

 ゆらりと立ち上がるセイバーの目には、先ほどとは違う何か別の色がある。まるで敵対者にのみ向けるような、敵意に満ちた目線をセイバーは少年に向けているのだ。

 

「おい、何して……」

 

「ケント。この少年はマスターです」

 

 瞬きののち、セイバーは倒れた少年の首元に蒼色の長剣を突きつけていた。

 その言葉の意味が理解できぬほど俺は愚かじゃないつもりだ。今の今まで勘違いしていたが、この少年は戦闘に巻き込まれた一般人などではなく──敵。

 

「どうやら良質な魔術刻印を持っているみたいですね。そこに刻まれた治療術式が自律的に働いて、彼の怪我を修復しようと試みているみたいです。このまま放っておけば数日は動けないとは思いますが、死ぬ事もないでしょう。ゆくゆくは私たちの敵として再び現れるはずです」

 

 セイバーの声はどこまでも冷淡だ。

 「ここで殺さなければいつか敵になるぞ」と言外に示すセイバーは、その切っ先を僅かに首元に沈める。

 

「……殺すのか。無抵抗だぞ」

 

「敵ですから。ケントに判断を委ねようか迷いましたが……やはり私が独断で殺します。ケントに人を殺すか生かすかの選択をさせるのは酷ですし、私ならそういう役割に向いていますからね」

 

 その言葉に俺がムッとして反論するよりも早く、話すのさえ辛い筈の楓が口を開いた。

 

「待って、セイバー……それは、やめて」

 

 その言葉にセイバーは動きを止め、しなやかな動きで剣を担ぎ上げる。

 だがその目は依然として冷たさを伴ったままで、楓の言葉次第では殺す事も辞さないという事が理解できた。

 

「──どうして貴方が止めるんですか?」

 

「それは……その……」

 

 言葉に困るように、楓は目線を逸らして俯く。

 困ったりやらかしたりするとすぐに目線を泳がせるくせに、こういう時のセイバーは決して相手から目を逸らそうとしない。その上魔王の威風を伴っているんだから、目を合わせたくなくなるのも道理だ。

 

「そいつは……確かに、敵で、ろくでなしで、馬鹿な奴だけど……」

 

 楓はちらりと倒れる少年に視線を向け──、

 

「それでも、そいつは私を庇って……その怪我を自分から受けたの。その恩は無視できないし……騙し討ちみたいなの、やだし……だから今は……その、見逃してやってほしい、かなー……って」

 

 セイバーはしばらく無言で楓を見つめ、どうすべきか考えているようだった。

 俺としても可能な限りはセイバーに殺人なんて犯してほしくはないし、弱ったところをはいバッサリ、じゃ寝覚めも悪いだろう。

 そうだそうだ、なんてこれ幸いと便乗したらセイバーに睨まれ、すごすごと引き下がる俺。

 

「──ハァ。仕方ないですね。魔術師らしからぬその甘さには好感を持てますが、いつか身を滅ぼしますよ」

 

 セイバーはその目から殺意を抜き、嘆息するように剣を手から搔き消した。

 ほっとして息を吐く俺と楓をよそに、セイバーは改めて少年のそばに屈み込む。そんなセイバーの姿を見て、俺はひとまず楓の方を振り返って──、

 

 目にどーんと飛び込んできたのは、血まみれになった男の顔だった。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎⁉︎」

 

 落ち葉を巻き上げてひっくり返る俺。

 なんだ幽霊かゾンビかはたまた敵襲か。ビビってひっくり返った勢いのままぐるんと綺麗に後転し、内ポケットのハンドガンを勢いよく引き抜く。

 息を切らしつつ安全装置を外した俺の前で、その幽霊もどきは口の端を吊り上げて笑っていた。

 

「おもろい反応……してくれんなぁ、ほんま」

 

「……あっ、お前、キャスターか⁉︎」

 

 ボロボロになった血まみれのキャスターは、その言葉に返答するように片手を上げた。

 

「ゲホッ……はぁ、くそぅ。僕ともあろうものが酷いザマや……。まぁええ、今言いたいんは愚痴ちゃうんや。健斗クン、君に少し魔力を借りたい」

 

 キャスターは真剣な顔に戻ると、先程から黙りこくっていた楓の方を振り向いた。彼女は全身の力を抜いたまま、ぴくりとも動こうとしない。

 ギョッとして思わず駆け寄ろうとした俺を制止し、キャスターは言う。

 

「安心せえ、安心して気絶してるだけやし。で、僕に任せてくれりゃあ手早くこの状況を元どおりに治せるんやけど──知っての通り楓ちゃんは魔力切れや。そこで君の魔力が必要になるわけやな」

 

「……さっきからお前、どうも怪我してる感じがしないんだけど。なんでそんな腹裂けてるのに余裕なんだ」

 

「僕ぁ幻想種たる妖狐の混血やからな、痛覚は鈍いし傷の治りも通常サーヴァントに比べて早めなんや」

 

 よく分からないが血に人外のものが混じっているおかげで、身体的な機能もヒトより優れているという事だろうか。

 とにかく、「魔力をよこせ」と言われても具体的に魔力供給とは何をどうすればいいのかさっぱり見当がつかない。俺が首を傾げて具体的に何をすればいいのか尋ねようと口を開くと──、

 

「ちょっと。何言ってやがるんですか、私のマスターに向かって」

 

 横合いからずい、と割って入ってきたセイバーが不機嫌そうな顔でキャスターを睨みつけていた。

 それを見たキャスターはしばらくセイバーを眺め回してから、意地悪い笑みを浮かべて愉しげに反論する。

 

「え? 魔力供給がどうしたって? 僕ぁただ魔力を分けてもらいたいと言っとるんや」

 

「シラを切っても私は知ってますよ、魔力供給する上でどうしたもこうしたも無いでしょうが‼︎ け、ケントと貴様みたいなのが魔力供給をするとか、それはさすがにこの世の摂理に反するというか単純にダメというか、考えるだけでウンザリするので二度と口にしないでください‼︎‼︎」

 

 セイバーの怒りっぷりというか、剣幕というか、それはとにかく凄いものがあった。ガァーッとまくし立てるセイバーは怒りからか顔を真っ赤にしているが、その理由がピンと来ずに俺は首を傾げる。

 

「なぁ、なんでセイバーはそんなに怒ってんの? 魔力をちょっと渡すくらいいいだろ、俺はどっかの名家の生まれとかで魔術回路とやらは優秀なんだしさ」

 

「ダ、メ、で、す‼︎‼︎ ケントは黙ってて下さい‼︎‼︎」

 

 おでこをおでこで頭突きされつつ大声を超至近距離で浴びせられ、思わず俺は耳を抑えてセイバーから離れるように転がった。

 運の悪いことにその先には満身創痍のキャスターが胡座をかくように座っており、怪我人にぶつかる訳にもいかないので慌ててブレーキ。

 と、俺が立ち上がろうとするとキャスターは突然俺の顎を片手で持ち上げ──、

 

「ええと思うよなぁ? 健斗クン……?」

 

 何故かものすごくネッチョリした美声で、俺に謎の確認を取ってきやがった。

 

「はぁ? まぁ……うん、いいよ。魔力をお前に渡せばいいんだろ?」

 

「おっしゃ許可はもろたで。悪いなぁセイバー、君がなんと言おうが君の主は乗り気みたいや」

 

 はぁ〜〜〜〜⁉︎ とか叫んでセイバーが激怒する理由が本当の本当に理解できず、とにかく怒れる魔王は怖いので両手を上げて落ち着かせようと試みる。

 だがそんな努力もむなしく、セイバーはとうとう剣まで持ち出しやがった。空を切る不気味な音ともに切っ先が俺に突きつけられ、とうとう理由が分からないまま怒られ続けた俺も憤慨する。

 

「ななっ、なんだよ、なんなんだよお前‼︎ いいか、たぶんキャスターは術師だし回復魔法的なヤツも知ってるんだ‼︎ 要は俺がその分のMPを回復してやれば早く済むって話だろうに、どうしてお前はさっきからそう激怒してるんだよ‼︎」

 

「それは──‼︎」

 

 言葉を途切らせ、ピタリと静止する魔王さま。

 ぐぎぎぎぎ、と歯を食い縛りながら、続いきを言おうか言うまいかと必死で悩んでいるらしい。せっかく綺麗な蒼色の長髪をがーっと掻いて謎の葛藤に悶絶している。

 そしてそれを実に愉しげに眺めるキャスターを見ているとなんだか嫌な予感を感じるのだが、とうとうセイバーの葛藤が終わった。彼女はやっぱりフラフラと目線を泳がせつつ──、

 

「それは……あのですね、ケントは知らないと思いますけど……まず魔力供給とは非常に倫理的な問題に触れるというか……最低でもごにょごにょ……しなきゃなので……ヤっちゃいけないというかですね」

 

「声が小さ過ぎるって。問題がどうのこうのってどういう事だ。そもそもやっちゃいけないって何を?」

 

「あ、あ……ああもうやかましいですね‼︎ もうヤケです‼︎ いいですかケント、そもそも魔力供給をする為には基本的に──」

 

 しどろもどろなセイバーがとうとう声を張り上げ、森の中に響き渡るような声で言っちゃいけないナニカを叫ぼうとした瞬間だった。

 

「セイバーちゃんよぅ。君がなにをどう考えてるかは知らんけどやな、僕の陰陽術を用いた魔力供給は実にスマートかつ健全なモンや。献血みたいなモンで、互いの合意があれば簡単に済む。当然ながら、君が想像とるようなコトは一切必要ないんや」

 

「は?」

 

 セイバーの身体が凍りつく。

 全身を不可解と困惑に縛られたまま、かろうじてセイバーが絞り出した言葉は「は?」の一言だった。

 それからは見ものであった。まずセイバーの顔が羞恥に真っ赤になり、自分の間抜けさに対する怒りでさらに真っ赤になり、そして自分を巧妙に弄んだキャスターへの怒りで限界突破真っ赤っか状態へ。

 

「う、う……うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ────っ‼︎‼︎」

 

 だが、セイバーにとっては何気に恥ずかしいのが一番精神的にキタらしい。

 彼女は悲鳴とも怒号ともとれぬ叫びを残して、一人で森の中から走り去っていってしまったのだった。残されたのは気絶した楓に、診察途中で放っておかれて心なしか寂しげな謎の少年、そして呆然とする俺にニヤニヤ笑うキャスターである。

 

「……いや、あそこで止めずに最後まで言わせてもうたら、怒りのあまり僕ぁ斬り殺されてたかもなぁ」

 

「分かっててそこで止めたのかお前。……で、結局そのセイバーが言いたかった事って?」

 

「秘密や秘密。さて、供給を済ませるとしよか──」

 

 

 

 

「ぃよし、準備万端」

 

 結局セイバーの魔力供給とやらはすぐに済んだ。

 キャスターが取り出したお札を魔力が溜まりやすいという丹田に貼り付け、そこを魔力的な「門」としてキャスターに向かってラインを繋ぐ。あとはキャスターが必要分の魔力を俺から吸い上げるだけだ。

 といっても聞いただけで、俺には仕組みも構造もさっぱり理解できなかったが。

 

「サンキューやで、健斗クン。楓ちゃんに怪我をさせた分とこの分の借りは、またいつか必ず返すと誓おう」

 

「ああ。何があったかは後で聞くとして、今はとっとと二人を治してやってくれ」

 

 キャスターはどこからか取り出した扇子を勢い良く広げ、空に向かって掲げる。

 その瞬間、空間を揺るがすような振動が、静謐の戻ってきた森を再び揺るがした。

 空間に亀裂が走り、世界のテクスチャに覆い隠された「向こう側」が微かに覗く。

 

「急急如律令っと──吉将、六合ちゃん招来」

 

 亀裂は更に広がり、そこから一人ぶんの人影が優雅に舞い降りてきた。

 ふわりと風に舞う色鮮やかな着物は豊満な身体を包み込み、一つの完成された美を作り出している。その輝くような翠色の髪と美貌は、暗い森の中を照らし出すかのような優美さだ。

 思わず言葉をなくして、俺は無言で亀裂の向こうから現れた天女じみた女性を眺めていた。

 

「おいーっす、久しぶりやなぁ六合ちゃん。早速で悪いんやけど、どうもこの惨状や。ちゃちゃっと傷塞いで魔力補充してくれるとありがたいんやけど」

 

 けらけらと笑いつつ、キャスターは見るも無惨に破け散った自分の式服と血まみれの腹を指差す。

 が、現れた天女らしき女性はまず俺の方にちらりと視線を向け──、

 

「ひ、人に見られるのは……恥ずかしいですぅ……」

 

 消え入るような声でそう言い残し、再び開いた空間の裂け目の中によっこらせと帰っていこうとした。慌ててキャスターと俺は彼女を引き止め、なんとか頼みの綱が仕事拒否で引きこもるのを阻止する。

 

「参ったなぁ、そういや六合ちゃんはぴゅあ(・・・)やから意地汚い人間たちに見られるのが苦手なんやった」

 

「お前だって人間だろうが」

 

「言うたやん、僕は混血やから人間っていう囲いには含まれないの。というわけで──」

 

 いつのまに現れたのやら、俺の足元には数日前散々追い回された式神が二体ほど佇んでいた。

 怪訝な顔でその動きを見守っていると、奴らは可愛らしい動きで俺の足をよじ登り、つい親切心で差し出した掌の上に乗ると、

 

 ──そののっぺりした手で、俺の両目に見事な目潰しを喰らわせた。

 

「いぎゃああああっ、目、目ァぁぁぁぁ⁉︎ お前ッ、キャスターっ、テメエなんてことしてくれやがんだこの野郎──っ⁉︎」

 

「さて、これで邪魔者はおらん。君の力を貸してくれ、六合ちゃん」

 

 俺が目を閉じてのたうち回っている間に、そのシャイな六合ちゃんとやらは晴明の頼みを聞き受けたらしい。

 暗い森の中が優しい光で満ちていくような感覚を閉じた瞳の奥で感じ取り、俺は彼女の力がこの一帯を包み込んでいることを察する。触れているだけでぽかぽかするような優しい光が、俺だけでなく傷ついた者たち全てを照らし出しているのだ。

 

「……お、終わったですよぉ、晴明さぁん……ここ、これでいいんでしょうか……しっかりお怪我は治ったでしょうか……?」

 

「もうしっかりと。いつも助かるで、六合ちゃん。今度酒をちょろまかしてくるからそれを振る舞おう。最近の日本じゃ海の向こうのお酒も手に入るらしいからなぁ」

 

「え、えへへ、楽しみにしときます〜……」

 

 場に満ちていた気配が消失する。

 さっきの光は俺にも作用したらしく、気がついたら目を抑えている必要も無くなっていた。何回か目を瞬せて立ち上がり、キャスターをジト目で睨む。

 

「貸しがあるとか言ってた俺に散々した挙句、盗んだ酒で埋め合わせしようとすんな。このボケ陰陽師」

 

 口笛で誤魔化そうとするキャスターにしばいたろかワレェ、と詰め寄ったところで、俺は肌を突き刺すような殺気を感じ取った。

 ゾッとして視線を向けるより早く、目の前数センチのあたりにナイフが突きつけられる。

 

「………………………‼︎」

 

 息を呑んで目線だけを動かすと、ナイフを突きつけている奴の姿が辛うじて見えた。

 ボサっとした紫陽花色の髪に、乱雑に目を隠すように巻きつけた包帯。やや褐色の肌に張り付くような黒衣を纏った少女が、こちらの様子をじっと伺っている。

 

「待て待て。アサシン、わざわざお前の主も助けたったっちゅうのに、お前は恩を仇で返そうなんて考えとるんか」

 

「……助けろ、とか、言ってない……もん」

 

 俺を挟んで言い合う二人。言葉を聞いていると、どうやらこの少女は倒れていた少年のサーヴァントであるという事が理解できた。

 

「知らんわそんなもん。あの狂戦士(ばけもん)相手に生き延びられたっちゅうんに、まだ戦わんでもええやろ。悪いこと言わんから今は大人しく退いとけェ、暗殺者」

 

「フン。……お礼は、言わない……よ」

 

「ンなモン求めとらんっちゅうに。ホレ、そこで転がっとるマスター担いでとっとと帰った帰った」

 

 キャスターが片手をしっしっ、と振ると、まるで野良犬を追い払うような所作にそのサーヴァントは不機嫌そうな表情を浮かべたが、黙って倒れた少年を肩に担ぎ上げた。

 ちらりとこちらを一瞥した後、暗殺者も破壊の跡がまざまざと残る森から離脱していく。

 結局俺はなにゆえナイフを突きつけられて寿命が縮む思いをしたのかも分からぬまま、呆然とその去り際を見送った。理不尽に命の危機を押し付けられた気がする。

 

「なんだあいつ」

 

「アサシン。暗殺者のクラス、影討ち暗殺を得意とするサーヴァントや。もっとも、彼女はそういうのは嫌いみたいやけど」

 

 そう言う間にキャスターは楓の身体を優しく宙に浮かせ、俺の目の前までやんわりと引っ張ってくる。

 

「じゃあ健斗クン、楓ちゃんを家まで送り届ける任務は君に任せた」

 

「お前はどうすんの」

 

「いーや……なに、気になることがあるんでなぁ」

 

 俺が引き止める間も無く、キャスターは淡い霊子の残滓を散らして空に溶けていった。

 まったく、英雄(サーヴァント)ってのは我が強いからかなんだか知らないが、やたらと自由気ままでマイペースなところがある。凡人が彼らに付き合うにはそれだけで苦労する、というのは最近の発見だ。

 

「ったく、楓を任せたってのに何処に行くんだかあいつは……」

 

 そういやこの場所で起きた事を聞きそびれたが、それは帰ってゆっくり尋ねればいいだろう。

 俺は顔色が良くなった様子の楓を背負って、すっかり暗くなってしまった帰り道を歩き始めた。




【十二天将】
キャスターが世界の裏側から呼び出し、使役する十二体の幻想種。
各々の戦闘能力にはばらつきがあり、「六合」のように戦闘には向かないものも含まれるが、それを除けば各々がサーヴァント一騎ぶんに相当する戦闘力を持つ。朱雀、青龍、玄武、白虎からなる神霊クラスともなれば、その力はAランクサーヴァントにも匹敵する。だが各自が最高ランクの神性を保有しているため、セイバーとは非常に相性が悪い。
六合ちゃんは神サーの姫枠です。
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