Fate/crescent 蒼月の少女【完結】 作:モモのすけ
手にした
鼻腔を刺激する甘い香りに、肌を叩く程よい熱さの水滴が心地いい。 お湯を止めて泡立った髪の毛を両手でわしゃわしゃしつつ、私は横目で風呂につかっている人物に視線を向けた。
「ふぃ〜…………」
可憐な唇の隙間から息を吐いているのは、志原楓というケントの妹である。
湯船に身体を浸けた彼女は栗毛の髪を解いており、濡れた髪が火照った肩に張り付いている。どことなく引き締まった印象のある肢体は、彼女が行使するという肉体魔術に関連しているのだろう。
「ごくらくごくらく。えっと……その、セイバーちゃん。こっちのお風呂はお気に召した?」
「あ、はい、とても気持ちいいですね。私の時代に、こうして発展した技術があれば良かったんですが……」
泡を汚れと一緒に洗い流し、濡れ切った髪の毛を片側に纏めておく。りんす、とやらは面倒なので無視するとして、髪が終わったら今度は身体だ。
なんか身体を擦るヤツ(意外と正式名称が定まっていないらしい)にぼでぃそーぷを加えつつ、私は再びチラリとカエデに視線を向ける。
「「……………………」」
なんというか、空気がぎこちない。
その理由くらい私にも分かる。私も彼女も、お互いに距離感を掴みかねているのだ。
こんな状況だからこそ、「一緒にお風呂でも入って親睦を深めてこい」と言われて共にこの狭い浴室に詰め込まれたのだが。
向こうからすれば兄と勝手に契約した謎のサーヴァントという認識な筈で、ともすればキャスターから内密に私の真名を知らされているかもしれない。私としてはケントに知られなければそれでいいのだが、博識かつ神秘に詳しい魔術師のような存在にとって、私の正体を知った上で容易く声を掛けるのは難しいだろう。
そして私としても、別に人間が好きという訳でもない。
そもそもが「人間にあだなす魔王」なので、ケント一人を除けば、私は基本的には人間に対してはあまり接さないようにしている。ケントの友人やら、家族やらとなればある程度の敬意は払うが、それでもやりづらい所はあるのだ。
「……ぁ、あのさ。さっきはついセイバーちゃんって呼んじゃったけど、もしかして気を悪くしたりしたかな。ほら、あなたは自分のこと魔王だって言うし……」
「いいですよ、別に。貴方のお兄さんに比べたらちっぽけな事ですし、別に様付けで呼べと言うほどでもありませんしね」
ごしごしと身体を洗いながら、私は思いのままを口にする。
「ケントはいつもいつも、私に対して失礼な事ばかりするんです。水をぶっかけたり、足引っ掛けたり……意地悪なこと言ったり」
そういった行動に至った原因は私にあるような気がしたが、全部無視する。
……うん、悪いのは全部ケントなのだ。
そんな事を言うと、カエデは少しだけ笑って私に柔らかな視線を向けた。なんで笑うのか分からなくて、首を傾げてその視線を受け止める。
「あ、いや……本当に仲良いんだね、セイバーとお兄ちゃんは。お兄ちゃんがそんなに信頼するんだもん、やっぱりセイバーはいい人みたい」
「いい、人……」
そう言われても、とてもそうは思えないが。
漫然と、リラックスしてあまり働かない頭の中で、その言葉について考えてみる。英霊になってからそんな言葉をかけられるとは、今まで思ってもみなかった事だ。
「ねぇセイバー。あなたとは今後も協力しなきゃなんだし、これからはちゃん付けで呼んでいいかな。そっちは好きなように呼んでくれていいからさ」
「セイバーちゃん、ですか……魔王としては相応しくない気がしますけど、そうですね。どことなく響きが好みなので許可します。今後も共に戦いましょうね、カエデ」
あ、と楓は口を開けて静止する。
何かヘンな事でも言ったのかと自分の発言を顧みようかと思ったところで、呆けていた楓は首を振って自意識を元に戻した。
「──いや、ゴメン。初めて私の名前を呼んでくれたなと思って」
「そうでしたっけ? なにか発音におかしなところとかあったでしょうか」
「おかしくないよ。セイバーちゃんって、お兄ちゃんといると楽しそうだけど、それでもどこか人を避けてるような気がしてたからさ。ちょっと嬉しかっただけ」
「………………」
私は、そう思われるほど人を避けていたのだろうか。
そんな事はない、と言い切りたいけれど、思い当たるような節はある。サーヴァントとして使役される存在になった今、「人間」に力を貸す事が求められるからこそ、私は心の何処かで戸惑っている。
──かつて、人間は全て私の敵だった。
彼らに対する考えが途中で変化したとはいえ、私は最期の時、勇者の矢に貫かれて死に絶えるまで「人間の敵」であり続けた。
そんな私は、こうして第二の生を得ているに近い現状で、果たしてどう振る舞うべきなのか。それがあやふやなままなのだ──。
「これからも仲良くしてね、セイバーちゃん」
「……はい。よろしくお願いします、カエデ」
だが、はっきりと定義をする必要も無いのかもしれない。
苦悩も煩悶も全部無視して、私はカエデに向かって笑いかけた。なによりそれが、一番楽しいし正しいような気がしたから。
◆
──その後、セイバーと志原楓の両名は、「健斗に対する愚痴やら不満(セイバーの場合だいたい彼女に原因がある)」という思いがけない共通の話題によって話に花を咲かせた。共通の話題や趣味は人と人をぐんと近づけることが多いが、彼女らもいい関係を築けるだろう。
だが──健斗本人からすればたまったもんじゃないガールズトークが盛り上がっている最中にも、聖杯戦争の戦況は大きく動こうとしていた。
「……おや、アナ。もうお風呂上がったの?」
「残念ながら、今日はゆっくりとお風呂に浸かっている暇は無かったので」
グラスを全て拭き終わった槙野が、タオルで頭を軽く拭きながら現れたアナスタシアに声をかける。
風呂上がりで火照った白い肌は少し赤みがかかって、どこか艶かしい雰囲気を醸し出している。それを表情には出すまいと内心で決意した槙野だったが、ふと彼女の違和感に気がついた。
彼女は今、槙野は見たことがない、少し不気味さを感じさせる黒衣を身に纏っている。ワンピース状のその衣装は、日本ではあまり馴染みのない修道服と呼ばれるものだ。首元に掛けられた小さな十字架がやけに異質なものに感じられて、槙野は無意識に唾を飲み込んだ。
「見たことない服だけど、それは──」
首を傾げる槙野に、アナスタシアは掌を向けて何かを呟いた。槙野の目は吸い込まれるようにその一点に集中し、思考がたゆんだように覚束なくなる。
暗示……比較的ベーシックな魔術であり、一般人の目を誤魔化すのには最適ともいえる手段。アナスタシアは普段からこれを彼に行使する事で、さしたる疑問を抱かせることなく、下宿しているバイト兼留学生という身分に溶け込んでいる。
「……私は外出しますが、貴方は入浴後、速やかに就寝して下さい。今夜は何があるか分かりませんから、決して外には出ないように」
「う……ん、分かっ……た」
虚ろな目に無表情を浮かべる槙野から視線を逸らして、アナスタシアは軽く唇を噛む。
時計に目を移せば、作戦開始時刻まであと三十分。これ以上ここに留まるわけにもいかず、彼女は修道服を翻して扉に向かった。
「どうか気を付けて……帰ってくるんだよ、アナ」
ドアに手を伸ばした瞬間。微かに声が聞こえて、アナスタシアはぴたりと動きを止めた。
虚ろな目のまま、槙野はそれでもアナスタシアから視線を外さなかった。アナスタシアの暗示で自分の行動と意思を縛られてなお、彼はその言葉を伝えるためだけに暗示の効力に僅かに抗ったのだ。
「……っ。それは──それは、貴方を欺き続けてきた私には勿体無い言葉です」
恐らく今何を言おうが彼の記憶には残らないだろうが、アナスタシアは足を止めて語りかける。
「ですが、それでも……その言葉に、そして槙野さん自身に感謝を。
深々と頭を下げてから、アナスタシアは力を込めて軽い扉を押し開けた。爽やかなドアチャイムの音を残して、深夜にさしかかった街へと飛び出す。
電柱を蹴り飛ばして民家の屋根に飛び移り、遠くに見える駅ビル街の灯りを見つめる。乱立する高層ビルのうちの一つが、アナスタシアの目標地点だ。
「あれでいいのかよ、マスター。几帳面なアンタのことだ、まだ時間に余裕はあるんだろ?」
風を全身に受けながら屋根の上を疾駆していると、横から低い声が聞こえてくる。
「……構いません」
「今日で終わらせる気なんだな、何もかもを。ったく、離別の言葉としては最悪だ。これから死にに行くと言っているような気がしてしょうがない」
いつの間にか霊体化を解いたアーチャーは、大きなライフルを抱えたままアナスタシアの走力に追いついていた。時速70kmほどの速度で、二つの影は最短距離を駆け抜けていく。
「私の生死はどうでもいいんです。大事な事は目的の成就……今日、代行者の力を結集してあの神殿に存在する聖杯の真贋を見定めます。偽物であれば手を引き観察に勤めますし、もし真作であればどんな手を用いても強奪する」
夜の秋風はやけに生ぬるく、まるで血が風に紛れているかのような感覚を覚えた。
これに似た感覚を、アナスタシアは何度か経験している。いずれもこの世界に蔓延る魔の者らと相対した際に感じた、どうしようもなく濁った悪の匂い。
「……鼻につきますね」
「ん? どうした、タバコ臭かったか?」
「貴方に言ったんじゃありません」
車で十五分はかかる距離も、最短ルートを最高速で駆け抜ければ五分程度の短い道のりだった。
住宅街とビル街を分ける高速道路の高架下を潜り抜け、近場の信号を足場にして一気にビルの屋上まで跳び上がる。ベゴン、という足場にしたダクトや換気扇が凹む音だけを残して、アナスタシアとアーチャーの二人は目標地点のビルの屋上まで速やかに到着した。
「と、ここですね。決行時間は深夜一時ジャスト。まだ余裕はありますが、万一に備えて今から狙撃態勢を取ってください」
「かったるい。一服させろ」
「ハァ……分かりました、ご自由に。私は司令本部に確認を取ってきます」
魔術的な通信具の媒体にしているのか、アナスタシアは首に下げた十字架に何事かを語りかけている。
正直なところ、代行者とかいう人外らのゴタゴタに関わる気は無いアーチャーは、遥か遠方に見える仙天島の全景を眺めながら煙草に火を付けた。
島の背後に広がる湖は、月光を反射して美しく輝いている。そこだけを見れば中々の絶景なのだが、あの人工島を視界に入れた途端に言いようのない悪寒が感じられるのが不気味だった。
(チッ。何を企んでいるのやら)
目を細めて島を睨みつつ、アーチャーは脳内で今回の作戦とやらの内容を再確認する。
作戦の主要となるのは代行者四人からなる聖杯回収部隊だ。補欠兼マスター役のアナスタシアは、アーチャーの協力して、島を覆うように構築された「神殿」に穴を穿つことが任務となる。
そのため、今夜のシモ・ヘイヘは狙撃手ではなく砲兵に鞍替えする事が求められている訳だが──、
(俺とはいえ、そんな経験は無いからな。わざわざ不確定な手段を算段に入れるとは、よっぽど敵方に先手を取られたことで焦っているのか、追い込まれているのか)
本来であれば六日の夜に決行するはずだった奪取作戦が、外部の魔術師の登場とかいうイレギュラーのせいで二日も延期されたらしい。
予定通りに事が進んでいればわざわざ相手の陣地が構築される前に突入できたのだから、聖堂教会の苛立ちも理解できる。
「アーチャー。五分前です、用意を」
「ああ」
随分長く考え込んでいたのか、時間が経つのは意外と速かった。剥き出しのダクトに腰掛けていたアーチャーは改めて愛銃モシン・ナガンを担ぐと、
申し訳程度についているスコープを調整しつつ、肌で感じる風の感覚も考えて微調整を繰り返す。生前は鬱陶しいし反射光で位置がバレるしで嫌っていたスコープだが、のろまな兵士ではなく
(……距離、だいたい11800メートル。風は南東から……やや強めだな。再調整……)
通常の狙撃手が様々な計測器や長い時間を費やして行う弾道計算を、シモ・ヘイヘは頭の中で、それもたったの一分間で終わらせた。
集中に細められていた目が開き、スコープのレティクルを覗き込む。通常のスコープではなく超超遠距離用に改造された専用のサイトは、それでも弾道下降のために仙天島のかなり上方を狙い定めていた。
「アーチャー、私の方でも令呪によるバックアップを行います。事前説明の通り、普段行なっているような狙撃ではなく、令呪リソース分も含めて可能な限りの魔力を次弾に注ぎ込んで下さい」
「気分はRPG担いだゲリラ兵だな……。いいだろう、気前良くあの島に大穴を開けてやろうじゃないか」
アナスタシアが時計を確認し、残り十秒のタイミングで腕を掲げる。
「令呪をもって命じます──次の一撃に持ち得る限りの力を注ぎなさい、アーチャー‼︎」
刹那──。
鮮血に似た真っ赤な閃光が、ビル街の天辺にて確かに輝いた。
同時、弾倉に込められた魔力弾に、アーチャーの魔力と令呪によるブースト分の魔力が
「了解だ、マスター……‼︎」
アーチャーが引き金を引いた瞬間、ミサイル弾の数十倍の威力を誇る魔弾が、モシン・ナガンの
◆
「──凛、そっちの準備は?」
「それはもうバッチリと。車もホテルの前に手配してあるわ」
よく手入れのされた黒髪を撫でながら、魔術師──遠坂凛は夜闇に沈む大塚市をホテルのベランダから眺めていた。
遠くに見える灯りは駅周辺のビル群のもの。どこか冬木の新都を思い出す風景に、大聖杯の解体戦争で訪れてからは離れていた深山町に少しだけ郷愁を覚える。
「……あのな、凛。ダメモトでもう一度言うけど、無理してついてくることはないんだぞ。最近やっと片のついた大聖杯がこうも早く再起動したんだ、何が待ち構えていてもおかしくない。できれば──」
「前も言ったけどお断りよ。士郎、それが悪い癖だって何度行ったら分かるの? 目を離したらすぐ自分を顧みずに突撃するんだから、全く」
「む……」
唇に人差し指を当てて黙らせる凛に、士郎は少し困ったような表情をしてから、諦めたのか髪をぐしゃぐしゃと掻いて「わかった」とだけ返答した。
それでいいのだ、と満足げに頷く凛に先導してホテルの部屋を出る。
山の中にひっそりと建てられた隠れ家じみたこのホテル、商売が成り立つのかどうか不安になるが、立地的にも霊脈的にもそこそこ都合がいいので二人は利用している。この地の調査をロード・エルメロイから頼まれた以上、拠点として最初に目をつけたのがここだったのだ。
「山の中で深夜ときたら、流石に静かだな。──なんとなくイリヤの城を思い出す」
「あそこは車も入れないし、歩きで往復数時間はかかるしで、ここより随分と不便だけど。あーあ、あの森の話してたら嫌なこと思い出しちゃった」
「それは──英雄王、ギルガメッシュのことか?」
「いや、あの金ピカについてもそうなんだけど……よくよく考えてみると、あの古城にはいい思い出が無いのよね。トラップで吹っ飛ばされるわ、ワカメに乱暴されるわ、腐れ神父が目の前で死ぬわ……いや、それはどっちかというと多少スッキリした方なんだけど……」
十年前の聖杯戦争で築いた思い出に浸る凛と駐車場までの僅かな距離を歩きながら、士郎もかつて戦った「イリヤ」という少女のことを思い出す。
英雄王との死闘に敗れ、心臓を引き抜かれて死んでいった彼女の墓は、今もあの古城に寄り添うように在る。
解体戦争の際には凛も連れて墓参りも済ませてきたが、古城の花園が月日を経ても変わらず花を咲かせていたのが嬉しかったのを、士郎は鮮明に覚えていた。
「あの時の士郎、本当にどうぶん殴って言い聞かせてやろうかと思ったわよ。まさかよりにもよって英雄王の前に飛び出すなんて」
「ははは……ま、今も生きてるしいいだろ」
「よかないわよ‼︎ あれから十年も経ってるのに、未だにちょっと私が気を抜くと自分を度外視して考え始めるんだから」
思い出話に花を咲かせていると、協会が手配させた車の前に到着。運転は士郎が務め、鈍い銀色のバンはのろのろと山道を下り始める。
「……さて、思い出話はここまでにしましょう。代わりに改めて状況確認を済ませておきましょうか」
助手席に乗り込んだ凛は、大塚市全域が一覧できる地図を取り出すと、無造作に目の前で広げた。赤色で書き込まれたバツ印は四箇所、それらを順繰りに指しながら凛は続ける。
「ここ大塚市において、聖杯が起動できそうな場所は全部で四箇所。確認も済ませてあるわよね、士郎」
「ああ。確かに四つで間違いない」
「オッケー。じゃあイレギュラーは除いて話すけど、まずここの管理者である繭村家の拠点が一つ目。西部にある工場跡地が二つ目ね」
凛は人差し指をすすす、と大塚市地図の中心まで持ってくると──、
「そして三つ目、大塚ランドマークタワー」
凛が目線を上げると、鬱蒼と茂る山道の木々の奥に、闇に聳える巨大なシルエットが見て取れた。
大塚市のシンボルともなっている高さ150メートルのランドマークタワー。内部には映画館や展示場にパーティー会場、展望台に結婚式場と様々な施設が詰め込まれている。
「この三つは調査したけど、聖杯のシステムが構築されているような形跡はなかった。繭村家の方は士郎に任せちゃったけど……」
「問題ないと思う。一応それとなく繭村家の内部は確認したし、地下の存在とかも探ってみたけどそれらしい気配は感知できなかった。繭村家が聖杯戦争を始めた下手人って線は無さそうだ」
「……ま、それなら問題ないか」
他の二箇所についても、士郎と凛はこの二日間で調査を終えている。いずれも聖杯のシステムらしきものは影も形もなく、残った可能性はあと一つに絞られていた。
「それで残るは仙天島、だな」
「ええ。ま……あんなガチガチに島を覆う結界を張ったんじゃあ、向こうの方から答えを出してきたようなもんだけど」
微かに声が緊張を孕む。今まではハズレだったのが、いよいよ大当たりの場所に向かって調査を行おうと言うのだ。それも敵を警戒しているのが見て取れるような場所に敢えて接近するという、実にハードな調査になる。
「今の私たちはマスターじゃない。サーヴァントも連れていない、言ってみれば小物よ。だからこそちょっとやそっとのお茶目は見逃してもらえるとありがたいんだけど」
「聖杯の調査が、その"お茶目"に入るといいんだけどな」
「島に乗り込むつもりじゃないんだし、あくまで今日は外周から内部の構造を伺うだけ。私たちの任務は「聖杯戦争が何故勃発したかの調査」なんだし、「聖杯戦争の幕引き」っていう役目は、協会の指示通り繭村の当主に任せるとしましょう」
二人を乗せた車は、仙天島へ向けて山道を進んでいく。この先に何が待ち受けているのか、島の中に佇むただ一人の魔術師を除いて、予想できるものは誰一人として存在しなかった。
◆
「マスター」
妖しげな美しさを備えた金髪が夜風に揺れている。
ライダーの呼びかけには答えず、その魔術師はただ夜空に浮かぶ月を眺めていた。彼女が纏った黒無地の質素なローブは、豪奢で可憐な金の長髪とはどこか対照的だ。
「珍しい。貴方のような人間でも月を眺めて物思いに耽る事があるとは思いませんでした」
「……少し、自分の答えが正しいのかを自問自答していただけだ。とにかく、わざわざ
「ええ。湖のほとりに数人の人間を察知しました。恐らくは聖杯を目的とした人間……教会から送られてきた執行人だと思いますが、如何にします?」
聖堂教会の代行者……と聞けば並大抵の魔術師は震え上がるものだが、彼女は特にさしたる反応を示さなかった。
「全く、連中とは長い付き合いだがいつもこれだ。連中は重要な思索に耽っている時に限って教顔を覗かせる。我が道はとうとう果てようとしているというのに」
うざったそうに呟く。いつも不機嫌そうだが特に不機嫌と見たライダーはこれ幸いとばかりに、
「──じゃあ、僕が潰しても?」
「その口元の歪みを直してから話せ、みっともない。そして未だ貴様は謹慎中だ、出る幕は無いと思え」
聞こえるように舌打ちしてからライダーは引き下がった。彼の出自を考えるとあまりに異常な行動だが、彼に不満はあれ敵対心はない。彼女に従えば自分の望むものは確かに得られると、そう信じているからだ。
「そも、貴様は狂っていても敬虔な信徒だろう……キリスト教とやらの。曲がりなりにも主の教えに従おうとする彼らに手をあげることは、貴様の矜持に反しているんじゃないか?」
「私が信じるのは主の神秘のみです。それらを曲解し、あまつさえ神の力を代行するなどとのたまう
「ふむ、そういうものか。……しかし、久方ぶりの外だ。作業ばかりで関節が痛むな」
「老体ならば、無理をなさらない方がよろしいのでは?」
「やかましいぞ小僧。この運動不足を解消するためにも丁度いい機会だ。彼らは私が相手取るとしようか」
手首を鳴らしながら魔術師が答えた瞬間、島全体を揺るがすほどの衝撃が突き抜けた。
何もない空中に亀裂が走り、その孔から躍り出る四つの影が月光を受けて照らし出される。「残念です」とだけ言い残して霊体化するライダーをよそに、魔術師は長い金髪を掻き上げて闇を睨んだ。
「神代の魔女が組み上げし結界を真正面から破るか。なかなかに優秀なサーヴァントを用意してきたらしいな、教会の走狗め」
手を掲げて、トネリコの木で編まれたロッドを手元に持ってくる。どこからともなく飛んできた彼女の武器は、しかと魔術師の手中に収まった。
迫ってくる気配。島中に満ちるほどの殺気。首を鳴らしてその重圧を受け止めながら、彼女は自信に満ち溢れた笑みを浮かべる。
「さぁ──魔術師は魔術師らしく。捻じ曲がった主の教えとやらに、奇跡を以って抗うとしよう」
皮肉を残して、聖杯の主は戦場へと足を踏み出した。
【衛宮士郎と遠坂凛】
冬木で行われた解体戦争を終わらせてひと段落したと思ったもつかの間、大塚市に向かうことになった二人。彼らの目標は「どうやって、誰が、何の目的で」聖杯戦争を執り行なおうとしているのかを調査し、聖杯の汚染がどう関連しているのかを把握すること。
SNの舞台から十年後という設定なので、士郎はアーチャー似の好青年、凛は葵さんに似た感じの淑やか系美女(内面は全然違う)になってると思います。多分。