Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

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四十四話 漆黒の騎士/Other side

 ──心臓を貫く、確かな感触があった。

 

 女を貫く長槍を握るのは、青色の戦装束に全身を包み、全身から闘志を滲ませる鋭い双眸の男。

 彼は暗がりから姿を踊らせると同時、目にも留まらぬ俊敏さで大地を駆け、女の身体に致命の一撃を叩き込んだのだ。その朱槍は心臓を穿つに留まらず、女の体内で幾重にも分裂、体内を蹂躙する。

 

「……ったく、つまんねえ仕事だ」

 

 血を吐く女をつまらなそうに一瞥。

 そうして、男は吐き捨てるように口にした。

 

「あ──かふっ…………?」

 

「何をするつもりだったか知らねえが、まさか魔術師風情が世界を敵に回すとはな。……出る杭は打たれる、だっけか? まあ残念だが、大人しくそこでくだはるこった。出過ぎた真似の対価、その命で支払って貰うがいい」

 

 冥土の土産とばかりに話すランサー。なにせ内臓器官の七割を瞬時に壊滅させるほどの深手だ。サーヴァントならばともかく、人間ならばものの一分も経たずに死に至る。

 故に女に勝ち目は無く、この闘いとも言えない刹那の奇襲は成功に終わった──そう、彼は思っていた。

 

 ──不気味に嗤う、女の血に濡れた顔を見るまでは。

 

「ケルトの大英雄、光の御子……クー・フーリン……か」

 

 瞬間。

 彼の戦士としての直感が、最大限の警戒を告げる。

 

「──てめえ……何者だ?」

 

「何、只の魔術師だよ」

 

 周囲の空気が急激に下がったような感覚。美しい貌に笑みを貼り付けた女の背後で、辺りを包む闇そのものがざわめいた。

 そう、それはまさしく「闇」。

 女の背後に潜むソレは夜闇の黒よりも遥かに濃い黒を孕んでいた。局所的な闇の濃淡の中から、蛇が鎌首をもたげるように一筋の影が持ち上がり──、

 

「チッ……‼︎」

 

 異様な悪寒を感じたランサーは跳躍。放たれた不定形の影はランサーの頰を微かに掠めたが、体を搦めとる事はなかった。

 僅か一跳びで十メートル以上後退した槍兵は、血に濡れた朱槍を軽やかに回しつつも、油断なく女を睨む。

 

(……なんだ? 今のは)

 

 感じた事のない、おぞましい感覚だった。

 頰を掠めたあの「影」は、言い表せば膨大な魔力の塊だろう。

 といってもその性質はありとあらゆる悪を集めたかのように穢れきっていて、見ているだけで嫌悪感が胃の奥から湧き上がってくる。例えるなら、腐り果てた屍肉の塊を相手取るかのような。ともあれアレは危険だ。最大限の警戒を要するモノだと、見るだけで理解できる。

 

「……ライダー。貴様、奴の存在に気付いていただろう?」

 

「サーヴァントの感知能力は高いですからね、木陰から彼が貴方を狙っていることも知っていましたよ。それが何か?」

 

「その上で私に警告はしなかった、と」

 

「なにせ僕、謹慎中ですから。余計なお節介もどうかと思いまして。何なら手伝いましょうか?」

 

 その言葉を体現するかの如く、女の身体が不自然なまでに修復される。溢れていた血液が戻り、肉が傷を塞いでいく。

 まるで逆再生の映像を流しているかのような奇妙な光景。

 

「……………………」

 

 ランサーは眉を顰め、その光景を油断なく観察していた。

 そんな事にも関心を寄せず、霊体化したサーヴァントの声が響く。その声に含まれるのは期待と、確かな高揚。

 

「確かに私一人ではこの男を倒すのには骨が折れるな。先の奴らとは次元が違う。貴様の欲望に乗るのは業腹だが、今は闘いを許そう」

 

「ククっ……ああ、そう言ってくれるのを待っていましたよ。かの光の御子だ、相手には申し分ない……ってな」

 

 黄金の髪を逆立てた、一人の少年が姿を現す。槍を構えた槍兵はその幼い容姿に一瞬呆気にとられたが、すぐに認識を改めた。

 琥珀色の双眸に宿る闘志、全身から獰猛に迸る紫電。

 単純な存在感から把握できる、女が纏わせる影とは対極に位置する強さがそこにはあった。

 

「……なぁるほど、俺との闘いを求めるが故に、わざと俺を止めなかった訳だ。こりゃあ刺され損って奴じゃねえの? もっとも同情はこれっぽっちも感じねえがな、気色悪い腐れ女が」

 

「随分と言ってくれるなランサー。今すぐ貴様もこの影に染めてやろうか」

 

「……おい、御託はいい。とっとと始めねえか、マスター」

 

 コキコキ、とライダーが両の拳を鳴らした。

 冷徹な目線で槍兵を睨みながら、魔術師は返答を返す。

 

「奴の真名はクーフーリン、宝具の名は『刺し穿つ死棘の槍』。奴の宝具には最大限の警戒を払え。アレの真髄を受ければ私とて治癒は難しい。無論、お前ならば即死する」

 

「おぅ、了解した。要は撃たせねえほど攻めまくればいい訳だな」

 

 戦意を挫かせるような事を言ったようにも見えるが、彼等の顔に敗北への恐れは無い。そもそも、彼らは敗北という可能性を心の底から考えていない。

 故に彼等の胸中に雑念は無く、あるのは純粋な殺意──目の前の(ランサー)を排除する、もしくは殴り殺すという明確な感情のみ。

 

 自然、言葉が途切れる。

 紫電と影、相対するは朱色の魔槍。

 

 ──開幕を告げたのは、ライダーの咆哮だった。

 

「──さァいくぜ、クー・フーリン‼︎」

 

「ハッ、拳か。……面白ぇ‼︎」

 

 大地が砕ける。暴風が吹き荒れる。

 同時に地を蹴る二騎の猛者。

 武器のリーチの関係上、先制攻撃を仕掛けたのは槍兵。彼の右腕が霞んだかと思うと、音すら置き去りにする神速の刺突が抉るように放たれる。

 ──狙いは眉間。

 疾風を切り裂いて迫る朱の穂先。その血に濡れたような輝きを、壊れたような笑いを浮かべる少年は完全に視認していた。

 視認し、理解した上で、完全な回避は不可能と悟る。

 ──だがそれは、死を意味している訳ではない。

 

「カハっ、はは‼︎」

 

 雷電を纏し少年が、全力で首を振る。空気をも刺し貫く一撃は彼の小さな頭を擦り、片耳が千切れ飛んだ。

 舞う鮮血。迸る肉片。

 ──たが、それだけ。

 そんな擦り傷では彼は止まらない。

 一点して拳の間合い。小さな身を更に屈めて懐に潜り込んだライダーの右腕が唸りを上げ、暴力的な炸裂音と共に乱撃が放たれる。

 

「チッ‼︎」

 

 槍兵は咄嗟に槍を引き戻し、雷撃を纏った右拳を受け止める。

 魔槍と紫電の激突。

 人外の者同時によるインファイトが幕を開ける。

 

「オラオラオラオラ──オオオッ‼︎」

 

 殴る殴る殴る殴る殴る──‼︎

 秒間に数十発を誇る速度で繰り出される、霊基をも軽々粉砕する両拳。時には槍で打ち払い、時には軽快な足運びで躱し、青の槍兵は拳打の雨を掻い潜る。

 

(……チ、存外手強い……‼︎)

 

 槍のリーチは多様な武器の中でも長大な部類だ。

 だがそれ故に、懐に潜り込まれればその長さが欠点となる。

 ライダーの後先考えぬような猛攻が予想以上に激しいという点から考えても、一度間合いを引き離すか──? 目まぐるしく槍を振り回しながら判断を下し、ランサーが後方への跳躍を目論んで大地を蹴ろうと膝を曲げた瞬間、

 

 ──視界の端に、忍び寄る黒が見えた。

 

「ッ⁉︎」

 

 咄嗟に身体を捻り、回避。

 ライダーの背後から飛び出した一筋の影は槍兵の逃げ道を塞ぐように突き抜けていき、不気味な脈動音を撒き散らしながら振るわれた。

 一瞬──歴戦の猛者たるランサーは、それ故にその影に内在する「己の死」を幻視する。

 

(──クソ。ありゃあ……やべぇな)

 

 ほんの一瞬、ランサーの集中が乱れる。

 瞬きよりも短い刹那。だがその間に、ライダーの全身が渾身の一撃を繰り出そうと踏み込んでいて、

 

「……ひはッッ‼︎」

 

 狂笑と共に放たれる、雷光を纏った回し蹴り。

 それは光り輝く刀剣の一閃の如く首筋を刈り取るかのような軌道を描き、槍兵の首筋へと肉薄する。

 

「ハン、舐めんじゃねえぞ?」

 

 ──だが。

 ケルトの大英雄(クーフーリン)は、その一撃を受ける程甘くはない。

 

「──小僧ォ‼︎」

 

 槍兵は、空けた左手を掌底じみた勢いで跳ね上げる。

 掌をライダーの迫り来る脚に合わせ、ランサーは回し蹴りの軌道を僅かに上方へとずらした(・・・・)のだ。

 同時、首を限界まで下げる。騎兵の一撃は彼の青い頭髪を掠め、空を裂く破裂音と共に突き抜けていった。

 秒にも満たぬ刹那の攻防。

 一撃を避けられた事にも臆さず、宙に跳んで小さな竜巻のように身体を回転させるライダー。続いて放たれたのは、身を屈めたランサーの脳天を狙う踵落とし。縦一閃に振るわれる紫電が宙に軌跡を刻み込み──‼︎

 

「ッ‼︎」

 

 そこで、再び槍による迎撃が間に合う。

 横に広げた槍の中間地点にライダーの踵が叩き込まれ、再度魔力の火花を闇夜に照らす。ぎぎ、と不気味な音を立ててたわむランサーの槍と、バチバチと蠕動するライダーの雷撃。

 

「お──ぉらァっ‼︎」

 

 更に一撃。

 踵落としを受け止める槍兵の槍の上に、彼の拳が落ちる。

 ──激突の寸前、ランサーは自ら盾となっていた槍を手放した。

 加えられる力が消失し、持ち主を失った朱槍が地面に叩きつけられるが、槍兵は轟然と落下してくるライダーの踵を回避。

 ライダーが驚嘆に目を見開く。

 武器を自ら手放す事により劣勢を覆した槍兵は、勢い良く大地を踏みしめ、ライダーにすら匹敵する程の蹴りを彼の小さな身体に叩き込んだ。

 

「っ──……ぐ……‼︎」

 

 予想の範疇を超えてきた反撃。

 胸に痛打を叩き込まれたライダーが顔を歪ませながら数メートルは吹き飛ばされ、土煙を上げながら膝をつく。

 

「……は。流石はクー・フーリン、体術もお手の物ってか?」

 

「当たり前だ。何なら剣だのルーンだのもお見せできるが……ま、俺は一番(コレ)が好きなんでね」

 

 コォ……ン、と金属を打ち合わせるような独特な硬質音を響かせる魔槍を大地に突き立てて、槍兵は不敵に笑う。

 ──だが、その目線に油断は無い。

 ライダーから少し視線を外せば、彼のマスターたる女が視界に映る。女は何をするでもなく、その背後から数本の影を立ち昇らせ、ランサーの動きを観察していた。

 

(チッ……確かに厄介だな。あの「影」を捌きながらライダーを相手するとなると、流石に宝具を使うほどの隙がねえ。……さて、どうするか)

 

 彼の「役目」は、あの女の抹殺。

 それだけであり、故に彼はその達成しか考えていない。

 無論、サーヴァントとして存分に闘いを楽しみたいという思いも存在するが──何せこれは、「世界」そのものからの要請だ。無下にする訳にもいくまい。

 

(まぁ、あの腐れ外道の命令に比べちゃ遥かにマシだわな。あの野郎、よりによって自害とか命令しやがって)

 

 彼は、マスターに召喚されたのではない。

 

 「抑止力」──世界そのものの介入の代行者として、この地に顕現したのだ。

 

 その目的は単純であり、一人の魔術師を殺せというものだった。

 だがそれは言い換えれば、あの女を放っておけば世界全体が甚大な損害を受け──ともすれば、比喩抜きに終わる(・・・)可能性がある事を示唆している。

 ともあれ、聖杯に残っていた第五次の記録を読み込む形で行われた特殊召喚であるが故か、彼には本来持ち得ない「以前」の記憶が残っていたのだ。

 

(……まぁ、記憶が残ってたからって何だという話ではあるが)

 

 殺気を孕んだ沈黙が続く。

 脱力したような姿勢を取りながら、全身は常に臨戦態勢。

 コンマ一秒以下の時間で最高速に達せるよう、槍兵の両脚には常に有り余る力が通っている。

 

「ふむ、どうもマスターとの繋がりが感じられん。抑止力の代行者として顕現したのか……どうりで「槍兵」のクラスだけ読み込みに失敗した訳だ。とうとう世界そのものが敵になるとは、なんとも皮肉な話じゃないか」

 

「……つくづく不気味な女だな、テメェは」

 

 互いの言葉が空気を揺らす。

 女魔術師は悲しみとも怒りともとれぬような表情を一瞬浮かべた後、

 

「今の貴様は世界の後押しを受けた、謂わばフルスペック状態。知名度補正の縛りが消失した事によるステータスの大幅向上、使用可能宝具の追加……といったところか。──ふむ、先の言葉を訂正しよう。このまま続ければ、私達の敗北は確かだな」

 

「ほう? よく判ってるじゃねえか」

 

 ランサーは嘲笑うように言う。

 それは虚実ではなく真実。

 今の槍兵に「魔力切れ」という懸念は存在しない。ランサーに魔力を供給しているのは「世界」そのものなのだ。

 たとえランサーが何百発宝具(ゲイボルク)を放とうとも、世界全体の魔力貯蔵量からすれば塵程の魔力消費に過ぎない。

 加えて、ステータスの全体的な向上。具体的には、極東の地では皆無とされる筈の知名度補正が最大値まで引き上げれているに等しいブーストが施されている。

 今のクー・フーリンは、故国アイルランドで召喚された状態の彼と大差無い。故に彼は、ただ全力を賭し、死力を尽くして己が勝負に集中できる。

 

「つぅわけだ。テメェに勝ち目は無い──改めて言うが、死んで貰う」

 

 言葉と同時──ランサーの姿が、消えた。

 

 魔術師が息を呑む。今まで全く本気の速度ではなかったのかという驚愕。

 その速度は到底目で捉え切れるものではない。槍兵は音すらも置き去りに、一陣の暴風と化して女の周囲を駆け巡る。

 それはさながら、荒れ狂う風の獣だった。

 大地を踏みしめる破砕音が、全方位から絶え間無く響き渡る。

 辛うじて空間に焼き付く青色の影。

 サーヴァントにすら捉えられぬ影が縦横無尽に空間を駆け巡り、朱色の光芒が獰猛に光る。尾をひく二つの輝きは、獣の両眼が刻みし軌跡──、

 

「その心臓──……」

 

 女の背後で爆発的に魔力が渦を巻き、断続的に木霊していた大地を蹴る破砕音がぴたりと止む。僅かに女が首を逸らすと、見えたのは朱色の煌めき。

 即ち、それは──。

 

「貰い受ける‼︎」

 

 宝具の発動、奇跡の開帳‼︎

 女魔術師が忌々しげに視線を向ける頃には、勝敗は九割がた決している……‼︎

 

刺し穿つ(ゲイ)──……‼︎」

 

 ランサーは全霊の一撃を放とうと全身の筋肉を脈動させ、一秒後の己を鮮明に思い描いていた。

 身に染み付いた動作で刺し穿つのみ。

 全霊の一撃は女の心臓に吸い込まれ、速やかに死を運ぶ。

 

 ──其れは、因果逆転の呪い。

 この魔槍が手から離れれば、女の心臓が破壊されるという結果は約束される。

 

 例え心臓を貫こうが再生する化物女だろうが、「宝具の真名解放による一撃」は話が違う。

 槍が持つ特殊性により、真名を解放した刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)による一撃には回復阻害の呪いが付与される。破格の幸運を持つ者で無ければ、この宝具による傷を修復するのは不可能。

 女の背後には重油のように広がった不気味な影が地面に溢れて蠢いているが、あそこから伸びた影が彼を襲うには、余りに時間が足りていない。

 一拍遅れて、ライダーが勘付く。

 察知と同時に騎兵が動き、一筋の雷光となって槍兵に肉薄する。だがこの距離ならば、宝具発動の方が僅かに速い──‼︎

 

 ──そして。

 

死棘の(ボル)──……ガ、ッ──?」

 

 そして、黒い閃光が瞬いて。

 次の瞬間には、勝敗は決していた。

 

「……な、に?」

 

 ──何かに、腹を裂かれた。

 

 槍兵(・・)の腹から、黒く濡れたような鮮血が溢れ出す。呆然と視線を落とす槍兵の前で、地面を抉りながら足を止めたライダーがつまらなそうに嘯いた。

 

「なぁんだ。おいおい、使えたのかよ。まだ制御が困難で、勝手に行動するから困るとか言ってなかったか」

 

「セイバーとキャスターの二騎はいの一番に支配下に置いた。それに抑止力の代行者だ、出し惜しみをする訳にもいくまいよ」

 

 宝具発動段階に入っていたランサーを一閃したのは、地面に溢れる泥の中から現れた……一振りの、黒い長剣。

 赤い文様が塚の部分には刻まれ、おどろおどろしい雰囲気を放っている。その刀身は昏く、それでいて高貴。だが、本来の輝きを奪われたその刀身は見るに耐えぬ瘴気を纏って震えていて、

 

(馬鹿な、二騎同時使役だと……⁉︎ いや、違う。こいつは……‼︎)

 

 ──そして、何より。戦士の直感が告げていた。

 オレ(ランサー)は以前、この剣と──、

 

「テメェ……は……‼︎」

 

 粘りつく黒泥を突き破り、一人の剣士が顕れた。

 血脈に似た赤色のラインを刻んだ漆黒の鎧。目元を覆うバイザーも黒。病的なまでに白く染まった肌。その姿からは生気という物が感じられず、あるのは混じり気のない殺意のみだ。

 

 

 

「騎士王──アルトリア・ペンドラゴン」

 

 

 

 まるで唄うように。

 女は、その真名を口にする。

 

 アルトリア・ペンドラゴン──かの高名なアーサー王伝説に登場する伝説の王にして、第五次聖杯戦争時、ランサーと鎬を削った好敵手。

 その英霊が、今、目の前に居る。その変わり果てた姿に呆然とする暇も無いまま、漆黒の剣士が肉薄する。

 直後、空間に閃く黒の一閃。

 

「チ──……ッ‼︎」

 

 朱槍と黒剣の衝突。その威力は彼が体感したモノよりも僅かに重い。沈み込んだ踵が大地を割り、深手を負った身体が悲鳴を上げる。

 

「オイオイ、忘れてくれるなよ……ランサー‼︎」

 

 剣士の背後で、二度、三度と雷光が瞬く。

 側面に回り込んだライダーの飛び蹴りが、ランサーの無防備な側面を強襲し、槍兵の身体が跳ね飛ばされた。

 強い衝撃を味わいながら地面を転がり、舌打ちしながら血濡れの槍兵は敵を睨む。

 

「終わらせろ、セイバー」

 

「く……ッ‼︎」

 

 短い言葉、そこには油断も慢心もない。

 黒い死神は頷く事もなく、ただ指令を完遂しようと全力を賭す。

 

 ──絶望の咆哮。黒い彗星が唸りを上げた。

 

 闇を凝縮した輝きが渦巻く。彼女の聖剣は邪悪の化身と化し、その身を暴風へと変えて荒れ狂う。

 極光は反転し。

 その先に顕れるは、黒く染まりし卑王が鉄槌──‼︎

 

約束されし(エクスカリバー)──』

 

 騎士王の魔力が一点に収束し、一秒後の放出に備えている。

 だが、解放の寸前──。

 

『……‼︎』

 

 セイバーが弾かれたように顔を東に向け、飛来する一つの物体を察知する。淀んだ空気を貫いて、燦然と降りかかる一本の「矢」。

 捻れた切っ先を向けて飛んでくるソレに、彼女(・・)は見覚えがあるような気がした。生じた僅かな躊躇いが剣を振るうことを鈍らせ、遠方より放たれた一撃が着弾する。

 

 空間すらも捻じ切る力を秘めた流星と、騎士王の魔力障壁。

 

 それらが激突し、夜闇が真っ赤な爆炎で染め上げられた。

 大地を割り、空を焦がし、大気を震わせる一撃。それは如何なる魔術師の手によるものか。

 だが、爆炎を裂いて現れたセイバーは──無傷。

 バイザーに覆われた顔が再び眼前のランサーに視線を向けた。先の一撃への対処に時間を割かれた間に、ランサーはなんとか形成を立て直そうと大地を蹴る。

 させるか、とばかりにセイバーは前へ踏み込んだ。

 低く構えた聖剣が吼え、再度。黒き極光が反転する──‼︎

 

『光を呑め──約束されし(エクスカリバー)勝利の剣(モルガーン)‼︎』

 

 直後。漆黒の大破壊が巻き起こり、世界が断たれた。

 大気を揺るがす一撃は極黒の衝撃波となって空間を駆け抜け、全てを等しく蒸発させていく。青い槍兵の姿は、怒涛の黒に呑まれ──、

 

 その夜。

 仙天島の半分が、跡形も無く消滅した。

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