Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

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四十五話 トレース・オン/Other side

 仙天島の半分が、聖剣の一撃によって跡形もなく消し飛ぶ数分前。

 この島の調査を行いに来ていた遠坂凛と衛宮士郎の二人は、島の中で暴れ狂うただならぬ気配をひしひしと感じ取っていた。

 

「……この気配、記憶にある」

 

 高性能な魔力計やら、霊脈の状態を正確に把握する長い棒状の計測器やらを手放して、士郎は眉のしわを深めて呟く。この背筋に悪霊を詰め込まれたようなおぞましい感覚は、まず間違いなく「この世全ての悪」によるものだった。

 十年間で更に研ぎ澄まされた生存本能が警鐘を鳴らしている。このままこの場所に留まるのは危険だと、倫理や思考とは別の場所で理解してしまっている。

 

「どうやら事態は思ったより深刻みたいね。こんな状況までもつれ込んでるとは思ってなかった、私達の予測が甘かったか」

 

 軽く舌打ちして、凛は一度広げかけた計測器や魔術道具をバンのトラックに詰め込んでいく。

 言うまでもないが、逃走の準備である。

 今の彼らには第五次とは違ってサーヴァントが存在しない。これ以上の調査は無謀だと判断した凛は、速やかにホテルへ帰還して今後の策を練ろうと考えたのだ。

 ──が。

 今も昔も、計算的で常識的に考える凛の行動指針を引っ掻き回しやがる問題児こそが、隣にいる衛宮士郎なのだ。

 

「ん? ぁ、え⁉︎ どこいってんのよ士郎‼︎」

 

「悪い、気になる気配を一つだけ感じる。ちょっとだけでいいから確認させてくれ」

 

 ふざけんじゃないわよ逃げるのよ聞きなさいよコラァ、とぎゃあぎゃあ叫ぶ遠坂大怪獣から逃げるようにして、士郎は近くにあった寂れた鉄塔の梯子を上っていく。

 鍛錬を欠かさなかったことで相当に鍛えられた身体能力をフル動員して、異様な速さで梯子を登りきる。鉄塔の頂点にタバコの吸い殻が放置してあったのが少し気になったが、無視して士郎は島の中を高みから見下ろした。

 

「やはり。おぞましい気配が一つ、サーヴァントの気配が一つ……んで、すごく懐かしいんだがどうも虫が好かないような気配が一つ」

 

 士郎は凛より気配感知に長けている。目を閉じてその気配の"質"を感じ取っていると、突如として響き渡った轟音がその感知を遮った。

 巻き上がる土煙の中、何かが熾烈な勢いで争っている。

 迸る獰猛な雷光、対するは朱色の煌めき。

 その光を目にした瞬間、士郎の脳裏に蘇った一騎のサーヴァントの姿があった。再開を懐かしむのか憎んでいいのかも分からぬまま、士郎はかの男の名前を呟く。

 

「お前か、クー・フーリン……‼︎」

 

 瞬時に魔力で視力強化。眼球に魔力が通り抜け、遠距離でのより正確な観察を可能にする。

 戦況は、僅かにだがクー・フーリンの方に傾いているようだった。どこぞの英雄王を思い出す金色の少年が放つ異様な速度の拳撃を、しかし青の槍兵は余力を残したまま防ぎきっている。

 が、その次の瞬間、士郎は目を見開いた。

 

「──なんだ、あれ……⁉︎」

 

 どこからともなく、地面の影から生えるようにして飛び出した黒色の何かが、槍兵の身体を貫かんと襲い掛かったのだ。

 彼は身体を捻って回避すると、一度距離を置き直す。正体不明の黒い影は、何故か「この世全ての悪」に対するものに似た悪寒を士郎に与えてくる。

 

「あれを操っているのは……あの女か。魔術師……あの少年のマスターなのか?」

 

 黒い影は蛇がうねるように引っ込むと、少し離れた場所に立っている女の背後に収まった。奴の髪色も豪奢な金髪で、凛が見れば金ピカならぬ「金ピカコンビ」とでも命名するに違いない。

 

(……って、それはどうでもいいんだ。今は何が起きているのかを把握する)

 

 瞬きすらせぬ覚悟で、士郎は彼らの戦いを凝視する。

 彼らは一度戦いの手を止め、何からの言葉を互いに交わしていた。だが、ふとした刹那に槍兵の放つ殺気が段違いに膨れ上がる。肌を刺すようなそれは、離れた場所にいる士郎にさえ強い圧迫感を与えてきた。

 

「バカ士郎‼︎ なにやってんのよ‼︎」

 

 と、やっとこさ梯子を登りきった凛から、開口一番痛烈なお叱り。

 

「悪い。けど、どうしてもここで何が起きてるのかを把握するべきだと思ったんだ」

 

「……それならまず私に相談しなさい‼︎ 一人で勝手決めるのはナシだって、ああもう本当に手のかかる奴ねアンタは。まったくアイツの言う通り‼︎」

 

「う。いや、本当に面目な……」

 

 瞬間、士郎も凛も言葉を引っ込めた。

 槍兵の殺意が最大限まで達し、彼の姿が掻き消える。木々の間を目視困難な速度で駆け回るその姿は、まさしくクランの猛犬に相応しい。

 

「アイツ、前より疾くなってないか……?」

 

「クー・フーリン……随分と久しぶりね。私達の事はもう覚えてないでしょうけど」

 

 しんみりと呟く凛だったが、次の刹那に戦いの勝敗は決定しようとしていた。

 槍兵が一際強く大地を踏み砕き、必殺の一槍を放つ構えへと入ったのだ。何度か味わった経験のある、空間から魔力を捕食するような気配が殺意を上書きして膨れ上がる。

 ──刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)

 一度放たれれば心臓を確実に貫く、因果逆転の魔槍による一撃。

 勝った、と士郎が確信した瞬間──確かに、勝敗は決した。

 

「え……」

 

 凛も士郎と同様に勝ちを確信していたからこそ、その口から驚嘆の声を漏らしていた。

 地面に伸びた女の「影」から、何かが飛び出してランサーの身体を斬り裂いたのだ。必殺の魔槍は放たれる事なく、槍兵は苦痛に顔を歪めて一歩二歩と後退する。

 

「──そんな、馬鹿な」

 

 その言葉はランサーの敗北に対するものではなく、そもそも彼はまったく別のところに視線を向けていた。

 衛宮士郎の得意とするところは「剣製」であり、剣の構造を瞬きより速く解析することができる。その目でもって突如現れた黒い剣士が持つ剣を見た瞬間の答えを、士郎は否定することが出来なかった。

 

 解析結果──「約束されし勝利の剣(エクスカリバー)

 

「凛。あの剣は……あれは、エクスカリバーだ」

 

「……っ。そう、士郎が言うなら正しいんでしょう。つまりあの黒い剣士は」

 

 騎士王、アルトリア・ペンドラゴン。

 かつて士郎のサーヴァントとして、時には凛のサーヴァントとして、二人とともに戦い抜いた戦友にして相棒。最後の時に自ら聖杯を破壊し、彼女は魔力切れで消滅した。

 そうして、二人とは永遠に交わるはずのなかった彼女が──今こうして、黒色に染まって彼らの前に現れたのだ。

 

「でもアレは何? 見ればわかるわ、今のセイバーの霊基状況は異常よ。それに魔術師が単独で二騎のサーヴァントを従えるなんて、できるわけがない」

 

 不可解な点はいくつもあった。中でも最大の謎が、あのセイバーはライダーのマスターだと思われる女に従っているという事だ。

 ──士郎の直感が最悪の事態を予感した。

 彼は勢いよく立ち上がると、手の中に使い慣れた洋弓をトレースする。純黒の滑らかな弓はよく手に馴染み、体の一部になったような心地いい一体感がある。

 

「何する気? 今度はさすがに見過ごせないわよ」

 

 凛の方から凄まじく鋭い視線が飛んでくる。

 士郎とて、自分自身で理解していた。

 これからサーヴァント同士の戦いに手を挟もうというのだ。何がどうなってもおかしくはない、普通に殺される可能性が最も高い。

 それでも。

 今ここで槍兵という存在を失うのは最悪の展開だ。あのランサーをここで死なせれば、世界の存亡そのものに大きな影響がある──そう、何かに突き動かされるように士郎は感じ取っていた。だがその直感がたとえ彼に無くとも、彼は弓に剣をつがえただろう。

 

「一撃だ。次の一撃を撃ったら全力で逃げる。アイツのしぶとさなら一撃の隙があれば逃げられるだろう。凛は下に降りて先に車の準備を頼む」

 

「一撃ね……そうまでして士郎がランサーを助けようとする理由は?」

 

「決まってる。──誰かを救う、それが正義の味方だからだ」

 

 十年前から何ら変わらない目的を、救われぬと分かりきっている理想を、今も彼は追い求めるだけだ。

 凛はその言葉に何もいう事なく、やれやれとでも言いたいように首を振って梯子を滑り降りていった。一人残された士郎は、「ありがとう」とだけ呟いて目を細める。

 この十年、いつもこんな風に過ぎていった。

 どんな危険にも突っ込んでいく士郎に、決して叶わぬ理想を追い求める士郎に、凛はどこまでもついて来てくれる。それがどんなに士郎の心を支えて、助けになってきたことか。磨り減りそうになっても折れそうになっても、彼女が居るだけで立ち上がれた。

 

 ああ──本当に。

 借りた物が多すぎて、何からどう返していいのやら分からないのは問題だ。

 

投影(トレース)開始(オン)

 

 魔術回路に火を入れる。回路の速度は全速力に。全身と心に意識を張り巡らせ、奇跡を成す準備を整える。

 工程を飛ばす訳にはいかない。

 相手はあのセイバーだ。彼女の守りの鋭さ、堅固さは、かつてマスターを務めた彼自身が最も熟知している。

 ──だからこそ、手を抜くな。

 全行程を丁寧に辿り、今の自分が成し得る最高の投影を完成させる。

 

 ──想像の理念を鑑定し、

 ──基本となる骨子を想定し、

 ──構成された材質を複製し、

 ──製作に及ぶ技術を模倣し、

 ──成長に至る経験に共感し、

 ──蓄積された年月を再現する。

 

 己が思い描く姿を現実に投影し、空想を現実へと変える。

 魔力は脳天から爪先まで駆け回り、この瞬間のみ、衛宮士郎の身体は一つの奇跡を成すための道具に成り替わった。

 

投影完了(トレース・オフ)

 

 久しくカタチにしていなかった懐かしい一角剣は、残存魔力の殆どを突き込んでようやく掌の中に現れてくれた。

 洋弓に一角剣をつがえ、そこで一度目を閉じる。

 

 ──まだ、これでは足りない。

 

 このままでは、セイバーには届かない。

 あのセイバーの強さ同様に士郎は知っている。その身で憶えている。かつて剣を交わした男が如何にこの剣を使用し、歴戦のサーヴァント達と戦い抜いたのかを。

 

「──投影(トレース)重装(フラクタル)

 

 再現では足りない。

 さらに一歩。

 この剣を己が望む形に、セイバーを狙い撃つ上で最も適した形に変貌させる。

 単純な投影なんかよりも遥かに難易度は高い。その対象が宝具ともなれば、その難易度は群を抜く。複製、模倣、共感──その手順を踏んでいるが故に、投影品に手を加えるのは難しいのだ。

 己が望む形をイメージしようとしても、一度元の形を模倣し、その成長に共感した以上、「オリジナルの形状は至高にして唯一無二、たかが俺風情が手を加えることなど許されない」そんな雑念が思考を阻害する。

 

 だが、それを。

 あの男は、余裕綽々と行なっていた。

 

 ──そうだ、負ける訳にはいかない。

 ──かつて誓った。

 ──衛宮士郎は決して、自分にだけは負けられないと。

 

I am the born of my sowrd(我が骨子は捻れ狂う)

 

 あの姿を思い描ける限り。

 剣の丘に独り立っていたあの姿を、鮮明に思い出せる限り。

 その限界を知り、その愚かさを知った上でその先に辿り着けると──この身を以って証明するまでは。

 

全行程完了(ロールアウト)……」

 

 衛宮士郎は、こんな所で立ち止まってなどいられない──‼︎

 

「────偽・螺旋剣(カラドボルグII)‼︎」

 

 鏃の名を謳い、覚悟と共に目を開ける。

 狙うは遥か数百メートル先の敵影。

 身体は一つの奇跡を成す道具から、死の矢を放つ装置に早替わり。腕の関節は一ミリ単位で調整、魔力は最大循環を維持したまま。弦は限界まで引き絞り、衛宮士郎の全神経を敵影の額一点にのみ注ぐ。

 ……迷いはなく。

 息を軽く吐いて、指を離す。

 

 刹那、一筋の銀光が宙を灼いた。

 

 大気すらも捻じ切る光が一条。

 膨れ上がる聖剣の闇に歯向かわんと光を増しながら、放たれた矢は際限なく加速していく──‼︎

 

『…………‼︎』

 

 一拍遅れて、セイバーが反応する。

 バイザーの装着された顔が銀色の光を確かに捉え、右手に構えた聖剣はそのままに、セイバーは左手を(けん)へ掲げた。直後、彼女に纏わりつく高密度の魔力の霧が一様に蠢き、盾の如く展開される。

 

 ──そして、爆炎が膨れ上がった。

 

 漆黒と銀光が正面から激突し、大気はその余波に震え上がった。軽い地響きが鉄塔を揺らし、錆びた鉄が軋む音が響く。鬱蒼とした木々は焼き払われ、炎と煙が充満する地獄のような光景が広がる。

 

「……………………っ」

 

 だが、士郎は鋭く息を呑んだ。

 赤色の爆炎は黒煙に変わり、そして──それを力技に吹き飛ばして、無傷の剣士が姿を現したのだ。

 アレは衛宮士郎が出し得る全霊の一撃。

 だが、それさえも呆気なく無効化してみせるセイバーは、やはり正真正銘の怪物だった。

 

「どうなったの⁉︎ ランサーは⁉︎」

 

「分からない‼︎ 見てる暇は無かった‼︎」

 

 車の中に突撃するように転がり込み、アクセル全開で仙天島から離れる。所詮はレンタカーか、のろのろとしたスタートのバンにイライラしつつ二人は戦場から離脱していく。

 と、背後で凄まじい魔力が蠢き──、

 

「……嘘、人工島が──」

 

 窓から上半身を乗り出した凛が見たのは、仙天島の半分が闇に呑まれ、湖の水と共に蒸発した凄絶な光景だった。

 魔力の高鳴りだけで何が起こったのかを薄っすら察した士郎は舌打ちしながらハンドルを握り直し、一直線の農道を東に向かって突き進む。

 

「くそ、セイバーが敵に回るとこんなに怖いとは」

 

「当たり前でしょ⁉︎ いいから士郎は運転に集中──って、やば……‼︎」

 

 凛が呻くような悲鳴を漏らす。

 士郎がバックミラーをちらりと見ると、月の明るい闇に躍る、一つの影が見えた気がした。

 

「マズい……‼︎ セイバー、追ってきてる‼︎」

 

「大丈夫だ。セイバーだって、最高速の自動車並みの速度で走れる訳がない‼︎」

 

 これが例えば、俊敏さで知られるクランの猛犬──クー・フーリンであれば話は違っただろう。彼の健脚ならば、高速道路を疾走する車にも容易く追い付く事ができるに違いない。

 その点で言えば、セイバーは違う。彼女はあくまで剣士、地に腰をどっしりと据えて戦うタイプのサーヴァントだ。魔力放出を繰り返して大地を蹴ろうとも、これ程の速度を出し続けるのは難しい。

 だが事実、セイバーは爆走するレンタカーを猛追してくる。

 

「まさか……令呪? 私達を消すためだけに、令呪を使ったって言うの……⁉︎」

 

「ちっ。元々サーヴァントを二騎も使役するような奴だ、そんな出鱈目だってしてもおかしくはないか──‼︎」

 

 近づいている。差はもう十メートルほどしかない。

 真名を解放せずとも、セイバーが斬撃に魔力を乗せれば車を切り刻める距離だ。

 

「く──Es last frei(解放),Eis,Hammer(氷の槌)‼︎」

 

 それを悟ったか、凛は咄嗟に掴み取った青色に煌めく宝石を二つ投擲。

 詠唱と同時に宝石が爆ぜ、封じ込められた氷の爆風がセイバーの身体を包み込む。

 だが──。

 

「……ああもうッ、やっぱ無理‼︎ 二個も使ったのに無駄骨じゃない‼︎」

 

 爆風を真正面から突破したセイバーの動きは、何ら阻害されていなかった。

 微かに速度を落とす事すらも叶わない。彼女の対魔力は最高ランク、現代の魔術師風情では、魔術で押し留める事が叶うはずもない。

 

「凛、運転替われ‼︎ 俺が──」

 

「やばい‼︎ ハンドル、左ッ‼︎」

 

 言葉に弾かれるようにハンドルを切った瞬間、車内を凄まじい衝撃が走り抜け──ばかん、と馬鹿みたいな音を立てて、自動車の後部座席が分離していった。

 まるで何処ぞの斬鉄侍の如く、セイバーは魔力放出を乗せた漆黒の刃で、自動車を容易く両断したのだ。

 前輪だけになれば、当然自動車はバランスを保てない。前面部が地面に押し付けられて火花を上げ、悲鳴じみた音を上げながら停止する。

 

「っ……無事か、凛」

 

 横倒しになった車体の残骸から身を乗り出し、這い出るようにして道路に転がり出る。

 

「ええ、なんとか。……でも」

 

 一筋の冷や汗が頬を伝う。

 凛も険しい目つきで前を睨みながら、無駄と知りつつも宝石を握り締めていた。

 居た。──眼前に。

 懐かしい光が、闇に染まって立っていた。

 

「────────」

 

 ゆっくりと立ち上がり、油断なく漆黒のバイザーに覆われた顔を見据える。

 ああ──間違いない。

 この敵はやはり、かつて共に戦った彼女だ。どのような姿になろうとも、彼女が彼女であることに揺るぎはない。

 

「……投影(トレース)開始(オン)

 

 だが、感傷に浸る暇はなかった。

 目の前の剣士から叩きつけられる殺意はあまりに鋭く、昔話を楽しむなんて余裕は無かった。

 残った魔力を掻き集め、最も手に馴染む錬鉄の夫婦剣、干将・莫耶を握り締める。

 ──だが、勝ち目は無い。

 およそ十年前、目の前のセイバーと稽古として打ち合った経験が士郎にはある。

 が、結果は全て惨敗。彼女は一分の力で士郎の全てを圧倒してみせた。

 命を削るような裏技を用いれば辛うじて相討ちに持ち込む事も可能かもしれないが、今の衛宮士郎ではこの剣士は越えられない。

 ──だが、逃げ道もない。

 故に、無駄と知りながらもセイバーの前に立ち塞がるしかない。なんせ、この後ろには凛がいる。ここを通せば彼女が死ぬ以上、彼は決して引き下がらない。

 

(……先手を取られれば反応は出来ない。問答無用で斬り伏せられる)

 

 ならば前だ。

 

(万に一つだが、少しでも勝算の高い方法。それは、俺から斬りかかる他に無い……‼︎)

 

 少し身を屈めると同時、士郎の靴底が勢い良くアスファルトを蹴り飛ばす。

 

「っ、おおおおおおおおッ──‼︎」

 

「馬鹿、無茶よ‼︎」

 

 そんな悲鳴が、微かに聞こえた気がした。

 セイバーまでの直線距離を疾風の如く駆け抜ける。憑依経験をも同時に投影、己が身に宿らせながらの突撃。

 数メートルを駆け抜けるのは一跳びで済む。風を切る干将・莫耶の手応えを確かに感じながら、士郎は全霊を込めて初撃を放った。右上から左下へ、美しい軌跡を描く袈裟斬り。

 

「────」

 

 セイバーが迫り来る刃を睨みつけた瞬間、士郎の右腕が跳ね上がった。

 士郎の右腕を突き抜ける強烈な衝撃。それが、ただ無造作に剣を振り上げて干将を振り払ったのだと理解した瞬間には、セイバーの躰が一歩前に踏み出している。

 

「く……⁉︎」

 

 ズン、と彼女らしくない重々しい足音が響くと同時に、渾身の魔力放出を乗せた横薙ぎの一撃が迫ってくる。

 咄嗟に左手の莫耶を迎撃に向かわせ──逸らす。

 真正面から受ければタダでは済まない、という直感は当たっていたらしい。莫耶は刀身にヒビを入れながらも、その一撃を身体の前に受け流した。

 ──たった一合。

 それだけで士郎は理解する。例え十年の月日を経ようとも、この剣士には逆立ちしたって叶わないと、そう思い知らされた。

 ──それでも。

 後ろには凛が居る。勝てない、叶わない、それはこの際どうだっていいのだ。単純な事実、ここで自分が敗れれば背後の凛も殺される──それだけを見つめてがむしゃらに剣を振るう。

 

「ぐっ、ぎ────ぁ⁉︎」

 

 しかし、現実は常に非情だった。

 士郎とセイバーが打ち合えたのは僅か五合。限界を迎えた干将・莫耶が砕け散ると同時、再投影の暇もなくセイバーの脚が飛んでくる。

 ゴキュ、という嫌な音が、硬い脚鎧が突き刺さった肋骨のあたりから聞こえてきた。華奢な少女には似つかぬ強烈な蹴りを受けて、士郎の身体が数メートルはノーバウンドで吹き飛ぶ。

 

「かは……ゲホッ……くそ、俺は──」

 

「待ちなさい、士郎。私が話すわ」

 

 と、苦しみながらも立ち上がろうとした士郎の視界を塞いで、凛はセイバーと士郎の間に割って入った。決死の覚悟を抱きつつ、凛はバイザーに覆われた懐かしい顔に視線を向ける。

 

「セイバー。今の貴方は、私達のことを覚えてないかもしれないけれど……コイツを殺させる訳にはいかないわ。決して。それは、私達を救ってくれた、他でもない貴方の功績を無駄にすることと同じだから」

 

 セイバーの顔は見えない。凛の喉元に剣先を突きつけたまま、黒の剣士は無言を保っている。

 闇に染まりきった鋭い切っ先が僅かに動き、凛の胸に微かに突き刺さった。つぷ、と鮮血が粒となって漏れ、凛の服を僅かに赤色で汚していく。

 

「……っ」

 

 セイバーがその気になれば、少しでも剣を押し込めば、いつでも凛の心臓を貫ける。

 まさに一歩先に死が見えている状況。

 士郎が我慢ならずに飛び掛かろうとした瞬間、しかし──、

 

「今の私では。よく、判らん」

 

 ぼそり、と。

 掠れた声が漏れ、セイバーは確かに、そう口にした。

 

「セイバー……貴方」

 

「今の私は騎士王などではなく、ましてや英雄などではなく──ただの、貴様らの敵だ。だが……この身体は、貴様らを殺す事を全力で拒んでいる」

 

 カタカタ、と剣先が震えている。それは葛藤なのか、役目に抗おうとする意思の表れなのか、凛にも士郎にも分からない。

 

「今だけは見逃そう。魔術師(メイガス)どもよ、これが最初にして最後の慈悲だ。懲りずに私を追ってくるのならば、その時は容赦なく斬り伏せる」

 

 剣がゆっくりと引かれ、セイバーは踵を返した。

 困惑はあれど、安堵とともに肩を撫で下ろす凛。去っていくその背中に何を言えばいいのかも分からず、ただ士郎と共に彼女が去るのを見つめる。

 ──が、その瞬間だった。

 ぴたり、とセイバーの動きが止まる。

 まるで不可視の糸に操られるようにして、彼女は不気味に首を曲げて振り返った。

 

「あ、ぁ────ガ、■■■ッ、……割り込むか、■、貴様──」

 

 声にノイズが混ざりこんだように、彼女の喉から奇怪な声が迸る。

 セイバーは内なる何かと戦うような素振りを見せながら、ぎぎぎ、と手足を曲げて凛へと歩み寄ってくる。掲げられた黒い聖剣は間違いなく、凛を屠るために振りかぶられたものだ。

 

「駄目だ凛、逃げろ──────‼︎」

 

 とうとう、セイバーの微かな意思が何者かに上書きされた。

 躊躇の無くなったセイバーは音速に迫る一歩を踏み出すと、剣筋すら残さぬ神速の一撃を凛に見舞い──、

 瞬間。神速は、神速を以って迎撃されていた。

 高く響く反響音を撒き散らし、エクスカリバーの刃を横合いから割って入った男の武器が受け止める。

 

「よう嬢ちゃん、いつ以来だ? 随分いい女になったじゃねえか」

 

「あ、貴方……」

 

「話は後だ。オラ小僧、お前も来い‼︎ とっととずらかるぞ‼︎」

 

 士郎が返答する暇もない。腹部を斬り裂かれたランサーは、血を今も溢れさせながらセイバーの剣を受け止めたままなのだから。

 地面を蹴り飛ばして槍兵に肉薄すると、彼は目にも留まらぬ速さで凛と士郎の二人を担ぎ上げる。そのまま追撃の剣戟を難なく避けると、セイバーをも追いつけぬ程の速度で、三人は瞬く間に田園地帯を走り抜けていった。

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