Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

50 / 97
四十九話 遥かな望み/Other side

 太陽は高く昇り、時間は午後二時を少し過ぎようとしている。

 大塚市西部に広がる田園地帯、そこにその廃工場は位置していた。

 広めの敷地内に三つ並んだ棟の中には放置されたタンクやパイプが転がっており、実際の面積の割に窮屈さを感じさせる。とはいえ草木が絡みついた屋根や床に空いた大穴から眩しい光が差し込んでおり、内部の明度は比較的高い。月が出ていれば夜でも問題ないだろう。

 

「ねーえ。なに……してる、の?」

 

 吹き抜け式の工場内で最も大きなタンクの上に腰掛け、忙しなく動き回る自分のマスターを観察していたアサシンは、いつものようにのんびりとした口調で倫太郎に尋ねた。

 

「……今君を召喚する前からこの棟全体の結界化を進めて、内部に少しづつ魔力を貯蔵(プール)しておいた。繭村の家がダメになったとき、第二拠点として使えるようにね。それで今は感知式のトラップとかをひたすら重ねて、この工場内を僕たちの領域に変えてるんだよ」

 

 倫太郎は試験管に入れた自分の血液を小筆で掬い取り、ぺたぺたとパイプの表面に簡易的な陣を描き出す。見てくれは悪いが魔術師の体液というのは非常に魔術的な力を秘めているので、術式を組み上げる際の下地としてはこの上なく優秀な素材なのだ。

 繭村が長けた特性は「切断」であり、それは刀を用いようと用いまいと変わらない。

 倫太郎が仕掛けた無数の魔法陣もまた、その性質を色濃く残していた。主たる倫太郎が許容しない者がその領域に足を踏み入れた瞬間、高圧縮された血液の刃が襲いかかる仕組み。人間の手足程度なら容易く切断できる威力も有している。

 

「けど……まだ、壊されたり……してないよ。でん、と構えるなら……あのおっきなお屋敷で、いいんじゃない?」

 

「うん、まあ、その通りなんだけど──事情が変わった。最近仙天島の方で不穏な動きがあるから、そっちの監視もしておきたい。ここなら直接肉眼で見える距離に島があるからうってつけなんだ」

 

 そう言うと、倫太郎は「もう疲れた」と言わんばかりに座り込む。

 

「はぁ……くそ、まだマシだけど慣れないな……」

 

 額の汗を拭いながら、倫太郎は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。天才魔術師である倫太郎がもっとも悩むところである、「魔術への嫌悪感」だが、それは今も彼の中から消えていなかった。

 回路に最高速度で魔力を通して一から発動させるのではなく、あくまで組み上げたモノに陣地内に溜め込んだ魔力を注ぐだけの作業だからか、胃の中を裏返すような強烈な嫌悪感は感じない。ただ、肌の裏側で何かが蠢くような悪寒を味わうだけだ。

 

「マスターって……そもそも、魔術師、向いてないんじゃ……ない?」

 

「ああ、全くもってその通りだ。魔術を使うのが大の苦手な魔術師なんてお笑いにも程があるって話だよ、本当……」

 

 あくまで「苦手」なだけであって、表面上を取り繕えば完璧な天才に見えてしまうからこそ、倫太郎は自分の意思を封殺するほど魔術師という役割に縛られてしまったと言える。

 あるいは「苦手」ではなく最初から「不可」であれば、一体自分はどう生きていたのだろう──と、ついつい昼間だからか関係ないことを考えてしまう倫太郎であった。

 

「む…………ぅ」

 

 起き上がって再び作業に没頭する倫太郎を見つめつつ、アサシンは不機嫌そうに頰をぷくっと膨らませていた。

 なんだかんだ今日の朝のことははぐらかされてしまったし、アサシンの中では言葉に表せないもやもやが残ったままなのだ。

 それに──昨日の戦闘の悪影響が未だ体に残っているだろうに、倫太郎はそれを承知で今日も戦おうとしている。それ程までに戦いを望むのは責務感ゆえなのか、それとも彼自身の意思なのか。

 

「──アサシン?」

 

「わ……⁉︎ な、なに……かな」

 

「いや、聞きたいことがあって」

 

 作業をしたまま倫太郎がタンクの上のアサシンに突然声をかけてきたので、アサシンは思わず驚いてずり落ちそうになってしまった。

 軽い咳払いをして誤魔化すと、小さな暗殺者は再び錆びたタンクの上に腰掛ける。

 

「昨日、僕たちはセイバーと思しきサーヴァントのマスターの協力によって助けられたらしいけど……そのマスターは、まさか志原と協力関係を結んでたのか?」

 

「たぶん、そう。キャスターと……セイバーっぽい子の、マスターは……なんか、親しげだったし。あの様子じゃ、敵対してるとは……思えない」

 

 その言葉を聞いて、倫太郎の顔が微かに曇る。しばらくブツブツと呟いて考え込んだ後、彼はやはり確証を得たとばかりにアサシンに振り返った。

 

「それは妙だ」

 

「なんで? マスターと、マスターが……停戦したり、共闘したりするのは……聖杯戦争じゃ、結構あることだとおもうけど」

 

「それはあくまでマスターが一般的な魔術師だった場合なんだ。その視点から見ると、「志原楓」っていう奴はその"一般的"から大きく逸脱してる。なんせあいつは魔術師たちから嫌悪されて、魔術師もどきの穢れた一族って烙印を押されてるんだから」

 

 「志原」だけでなく、そういった魔術師じみた家系に対する魔術協会の風当たりは思いの外強い。元より魔術師というのが人間らしさの薄い、極めて自己主義な存在の集まりなのだから当然か。

 ともあれ、倫太郎の主張は明白だ。

 即ち──まっとうな魔術師であればあるほど、「志原」などという家系からは距離を置きたがる、ということ。特に最優のクラスであるセイバーを使役するほどのマスターが、わざわざ三騎士でもないキャスターに加え、腫れ物扱いのマスターと共同戦線を張る理由が見当たらない。

 自分の言葉に少し顔を曇らせながら、倫太郎は続ける。

 

「それを踏まえた上で考えると、理由なんて数えるくらいしかない」

 

「?」

 

「もっとも可能性が高いと思われる理由としては……最初から裏切ることを前提として、あいつとキャスターに近づいてるってとこかな」

 

 最初から、"最後に裏切る事を想定している"停戦。最終的な勝者が一人しかいない聖杯戦争の規則では、むしろこうした魂胆が無いような協力関係の方が珍しい。

 わざわざキャスターを使役する彼女に近づく理由としては、搦め手で暗躍するのに長けたキャスターを早めにこちらで抑えておき、邪魔者を残らず消したところで確実かつ迅速に殺害するため……といったところだろうか。

 

「けどそれにしてもおかしい部分は残る。そもそも志原は、魔術師って存在全体に対して良い印象を持ってない。僕も含めて心の底から大嫌いって感じだ。そんなあいつが、わざわざ他の魔術師(マスター)と組むのは少し違和感を感じるんだけど──」

 

 だが、聖杯を獲ると言った彼女の目は本気だった。

 分かり合えない連中と協力してでも、最後には聖杯を掴んでやる──彼女がそう考えていたとしても不思議ではない。

 

「不甲斐ないな……今は全然情報が足りない。セイバーのマスターについて、まだ手がかりすら掴めてない弓兵と槍兵のサーヴァント、僕たちを襲った英霊の正体に、仙天島の結界は誰が構築したのか。あの中から真昼間に攻撃が放たれたって報告もある。士郎さんともあれから連絡が取れてないし」

 

 聖杯戦争を穏便に終結させたい身としては、これほど情報が少ない現状で立ち回るのはどうにも不都合だ。

 もっとも安全かつ確実に情報を集めるには、よく知る顔見知りに頼るのが一番手っ取り早い。幸い倫太郎は「聖杯の汚染」を知っているが故に聖杯を使ってどうこうしようという気は無いし、それを警告するという意味でも志原楓にコンタクトを取るのが一番良いように思える。

 が──そこで邪魔になるのが例のセイバーのマスターである。

 もし連中がキャスター陣営を利用しようと考えているのならば、そこに交渉しようとするアサシンと倫太郎は実に目障りだろう。わざわざ三騎もの陣営が協力するメリットよりも、裏切りやすれ違いが生むデメリットの方が遥かに大きい。基本的に腹の探り合いになるマスター同士の協力においては、三人よりも二人の方がずっと効率的かつ安全なのだ。

 

「僕としては、まず各マスターに聖杯の汚染について話して、大人しく聖杯戦争の被害が拡大しないように協力してほしいんだ。ただ、僕の言葉を嘘と思って敵対するマスターも絶対にいる。……むしろ、正直志原だって僕の言うことを信じてくれるかどうか」

 

 それも当たり前だ。「万能の願望器」を獲得できると信じて、自らの命を賭して規則の無いこの戦いに臨んだのに、その果てにあるのが人に災いをもたらす呪いの盃だと言ったところでどうして信じられよう。嘘をつくな、と即座に敵対される様子がありありと想像できる。

 

「それは……まあ、たしかに。あと、関係ないけど、さ……いま、なんでこんなとこにいるの? 君のやりたいことと、どう関係があるの……かな?」

 

 あくびを噛み殺したアサシンは、考え込む倫太郎に尋ねる。

 

「聖杯戦争もそろそろ一週間、どの陣営も腰を据えて動き始める頃合いだと思う。そこで、僕たちが先にこの霊脈地を確保して優位な状況を確保、あとからやって来た連中を叩く。これはさっきも言ったけど、目下最大の問題でもある"仙天島の結界"を監視するって意味もある。僕たち自身を餌にすると同時に、あの結界の中で何が起きてるのかを探るわけだ」

 

「敵を叩くって……この戦いを終わらせたいん、だよね? マスターとは……できるだけ、協力したいんじゃないの?」

 

「そう簡単に協力できるほど話は簡単じゃないさ。元からマスターっていうのは、相応の覚悟と願いを抱いて聖杯戦争っていう殺し合いに参加するものだ。それほど必死な連中に「聖杯は危険だから今すぐ諦めろ、だけど回収と破壊はしたいから協力しろ」……なんて言っても、ほぼ確実に無視されるだけだよ」

 

 聖杯の降臨予定地になるだけでなく、サーヴァントの魔力供給や工房の作成など何かと都合のいい霊脈は、現在のところ大塚市に四つ分布している。

 倫太郎の家、大塚セントラルタワーの根元、仙天島、そしてこの廃工場である。倫太郎の家は当然ながら無視するとして、仙天島には既に強固な結界が構築されているし、大塚セントラルタワーは駅前ビル街のど真ん中に位置しているために干渉しにくい。

 そういう流れから、魔術師達はこの廃工場に目をつけるのだ。

 

「ゆえに協力じゃなく、単純に参加者を減らしてとっとと聖杯戦争を終わらせる。ただ、今は敵の拠点の位置もなにも分かったもんじゃない……だからこそ、こちらは動かず向こうからやって来てくれるのを待つんだよ。あの結界を見張りながらね」

 

「ふぅん。あのバーサーカーは、どうするの?」

 

「今は僕の魔力も潤沢にあるし、これだけ準備した工房やら陣やらもある。それら全部をフル動員して勝てないんなら──撤退かな。可能なら、の話だけど」

 

 その言葉を聞きながら、アサシンは溜息をついた。単純に自分では力不足な相手というのは、これだから嫌なのだ。

 

「……がんばる」

 

 むん、と握りこぶしを作って気合いを入れる。どんなに準備や創意工夫を重ねても単純な力で押し潰される、そういう奴はなんだか自分とマスターの努力が馬鹿にされているようでキライな彼女だった。

 

 

 

 

 一方その頃。仙天島に建てられた浄水場は、本来ならば職員が出勤している筈の時間帯ではあるが──今なお静寂を保っていた。

 昨夜未明、凄烈な戦いが繰り広げられた場所とは思えない。

 「約束された勝利の剣」によって一撃のもとに消し飛ばされた島の半分は、しかし日の出までには元の形を取り戻しており、切り裂かれた木々や抉られた大地も完璧にあるべき姿へと戻っている。

 まるで時間を逆戻しにしたような光景が広がる木立の中を、金髪の少年はあくびをしながら歩いていた。

 

「ふわぁ……どうも、昼間は退屈で仕方がありません」

 

 その片手には、皇帝(かれ)には似合わぬレジ袋がぶら下がっている。コンビニ帰りの小学生といった風貌だ。

 彼は気楽な様子で浄水場の中に入ると、並べられた機材や水道管の中を突っ切って、ひときわ大きな鉄扉を押し開けた。

 

「────…………」

 

 やや薄暗い室内に、ライダーのマスターである女の姿がある。

 元は貯水槽が六つ並び、浄水処理を行う場所だったこの場所を、ここに巣食う魔術師は己の意のままに改造した。空間を湾曲させることでスペースを強引に確保し、邪魔な機材や貯水槽を全て押しのけたのだ。

 そして部屋の奥で蠢く暗がりは、聖杯から溢れ出さんとする「この世全ての悪」が形を成したモノか。それらも魔術師に従っているのか、部屋の奥から這い出てくるような様子はない。

 

「ただいま戻りました」

 

 まるでデッサンの狂った絵画のような、歪な大部屋に足を踏み入れるライダー。そんな彼には視線を向けず、女魔術師は目の前の巨人と相対し続けている。

 

「そちらの調子はどうです、マスター?」

 

「あと三十四秒で終わる。アーチャーにまんまと逃げられた役立たずはそこで静かにしていろ」

 

「ハイハイ」

 

 彼女がじっ、と眺めているのは、全身を異様な影で覆い尽くした巨人だった。常人を遥かに超える背丈の天辺で、ぎらぎらと燃ゆる赤色の瞳が女魔術師を見下ろしている。

 異様なる風貌のその巨人の名は──ヘラクレス。

 ギリシャの偉大なる大英雄にして、第五次聖杯戦争においてアインツベルンが召喚した強力無比なサーヴァントである。

 その英霊を前にして、女は微動だにせずその目を輝かせていた。

 彼女は昨夜の戦闘以来、不眠不休でこの英雄の制御にかかりきりだ。陣地の立て直しなどは、手中に収めたというキャスターが担ったのだろう。

 

(これで三騎目……。予定を早めてバーサーカーの制御にかかったのは、どうもひとりでに暴走しているような様子があったからでしょうか)

 

 本来必要な詠唱も動作も切り捨て、ただ「視る」だけで数多の術式を組み上げる。その過程を切除して結果だけを手繰り寄せる、この世界において彼女にしかできない裏技。

 そうして女魔術師は複雑巧妙に縛りと制約を積み重ね、令呪と契約のシステムを落とし込むことで、このバーサーカーの支配権をようやく手中に収めたのだった。

 

「…………よし。バーサーカーの制御も完了した」

 

「予想じゃ昼前には済んでるって話じゃありませんでしたか?」

 

「フン。──流石は大英雄ヘラクレスといったところか、どうも手間取った。第五次のデータをそのまま再現しているが故に、強力な「狂化」がかかっていたのも原因だな」

 

 女魔術師が視線を外すと、部屋の奥で蠢くばかりだった「影」が、津波のように膨張してヘラクレスの巨体を呑み込んだ。

 まるで咀嚼のように影は二度三度と波打つと、元の場所へと引いていく。それらが引いたとき、彼女の前からヘラクレスの姿は消えていた。

 

「さて……これで、こちらの戦力は四騎か」

 

 騎士王、アルトリア・ペンドラゴン。

 コルキスの魔女、メディア。

 ギリシャの大英雄、ヘラクレス。

 そして原始の皇帝、イヴァン雷帝。

 

「随分と揃えますね。もう戦力過多というものでしょうに」

 

「駒は多いに越したことはない。それに、"アレ"に染まった連中は目を離すと暴走し出すのが難点だ。早急に支配下に置かねば、勝手に何をしでかすか分からない。……で、それは一体何だ」

 

 ジトっとした目で、女はライダーの手からぶらさがっているビニール袋を眺める。そこから頭を出しているのは鈍く光る銀色の容器、もっと簡単に言えば無数のビール缶であった。

 

「調達してきた酒ですが、何か」

 

「いや……、いや、待て。お前はこんな時に酒を飲みたいと? 確かに第四次では、サーヴァント同士が酒宴を開いたこともあったが」

 

「まあまあ、細かいことはいいじゃないですか。貴方もどうです」

 

「……大体、その容姿でどうやってそれを手に入れた?」

 

「いやあ────」

 

 ライダーは笑顔を浮かべただけで、何も語ろうとはしなかった。

 彼の脳裏には、彼の凄みによって震え上らされた哀れなコンビニバイトこと金髪ハーフ野郎の姿が浮かんでいるのだが、面倒なので語られることはなかった。

 女が何かいうより早く、ライダーは缶ビールの栓を開けてごっきゅごっきゅと飲み干していく。見ているだけでも気持ちいい飲みっぷりであったが、どうも子供が飲酒しているように見えて安心できない。

 

「全く、くだらん。アルコールによる酩酊のどこが面白いのか。(わたし)は続いてアーチャーの制御に移る、酔い散らかして邪魔をするなよ」

 

「……あァ〜? ンだとぉ? ざけんじゃねえよオイ、皇帝(おれ)の酒が飲めねえってか、ええ‼︎ オラ、いいからそこ座れ。飲め‼︎ 言うこと聞かねえんならオプリチニキの連中呼ぶぞ‼︎」

 

「…………………………」

 

 ライダーの頰は赤く染まり、口調もいつのまにか戦闘時のものに変わっている。彼女からすると正直迷惑極まりない。

 ライダーは喚き散らしながら缶ビールを押し付けてくるので、こんな状況では作業にならないと判断。しぶしぶ女は床に胡座をかいて座り込むライダーの横に座り込んだ。

 

「……極めて不本意だが、付き合うだけは付き合ってやる。心の底から面倒だがな、本当に」

 

「それで良い‼︎ ハッハ、現世の酒は美味いじゃねえか‼︎」

 

 そうして、時間は過ぎていき──、

 ライダーが帰ってきてから、およそ一時間が経過した頃。

 

「────そこで己は憤慨した‼︎ 貴様らは屑だと、己はやはり"魔術師"などという連中の仲間になる気は無いと言い放った‼︎ そうして己は故国イギリスを離れた訳だ、連中への嫌がらせだけはたっぷりと残してな‼︎」

 

「ほう‼︎ 具体的に何をしてやった⁉︎」

 

「簡単だよ。連中のシンボル、魔術協会の本拠である時計塔のクソ忌々しい大時計……その長針を、逆回転でモーターの如く高速回転ように改造してやった‼︎ 当然、己が知る限りの術式をしっちゃかめっちゃかに重ね書きして、下手に弄って直そうとすれば術式同士の反発で即座にドカン! と塔をへし折るようにしておいたから、それはそれは苦労した事だろうよ‼︎」

 

 小学生のイタズラの延長みたいなことをあたかも武勇伝のように語る、完全に酔っていると思しき女。だが話し相手も酔っているので空気は全く冷めることなく、数時間前まで敵と殺し合いをしていたとは思えぬ陽気な空気が漂っている。

 

「ギャハハハハハゲホッゴホッ、むせた……」

 

 ライダーが爆笑しすぎて咳き込む中、女はいきなり静かになってどこか遠くを見始めた。テンションの落差が激しいのは酔っ払いによくあることである。

 

「……ああ、そうして己は長い間世界を放浪した。色々なものを見た。人々の美しさにも触れたが、もっと多くの悪意にも触れた。まあ、そうしたものが多い場所に好んで向かっていたことは否定できないが」

 

「そうして、テメェは一つの結論に至ったと?」

 

「その通り。──人種性別倫理宗教、数多のバックボーンが生み出す"差異"はどこまでいっても人間の結びつきを拒み、否定する。故に人間の中から悪意は消えず、世界から争いが消えることはない……」

 

「闘争は人間の根底にあるものの一つだ。そりゃあそうだろうな、「争いの無い平和な世界」なんざ所詮は幻想だ」

 

 うんうんと頷くライダーに、女は数本目のビール缶を振りかざしながら──、

 

「だが、己は見てみたかったのだ。全ての人間が争うことなく、くだらぬ悪意を捨てて支え合えるような世界を。その世界が一瞬でも構築されれば、一度でも「前例」を作ってしまえば、人間はその可能性をより拡げることができる……そう思った」

 

「だからテメェは世界を壊さんとする。ヒトを愛するが故の破壊か。全く捻じ曲がってるよ、テメェは」

 

「己は信じているんだよ。人間は私風情が与える試練など乗り越え、そして新たなステージに向かう事ができる、と──」

 

 ふらりと女は立ち上がると、美しい金髪を掻き上げて扉を向かう。

 「何処へ行く」と尋ねるライダーに対し、女は言葉を返さなかった。無言で擦り切れたローブを引きずりながら、浄水場の外へと歩み出る。時間はいつのまにか夕刻に差し掛かり、オレンジ色に染まる雲の切れ間には早くも月が浮かんでいた。

 

「…………………もう少しで、己も、死ぬ」

 

 長い、とても長い生涯を振り返るように、女は呟いた。

 この戦争には己の全てを託した。自分が歩んできた旅路で得た全てを費やして、己の結論に相応しい舞台をこうして整えた。

 だから、彼女はもう生きる気がない。

 元々インチキで生き延びている身体だ。そしてこの場所が、自分が生涯をかけて叶えんとしたモノの終着点になる。それさえ叶えば、あとの自分は全て蛇足だ。ここでくたばる事に未練はない。

 

「だが、望み半ばで死ぬ気はさらさらない。己は満足して、そして死ぬのだ」

 

 美しい掌を月に伸ばし、それを握り締める。

 天高く輝くあの星を、きっと掴んでみせると言いたげに。

 

「さあ────もう少しだ。待っていろよ、魔王」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。