Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

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五十話 急転

 学校は結局お昼で終わることとなり、生徒たちは突然の知らせに喜びながら帰宅していった。楓も仕方がないので荷物をまとめ、サーヴァントがいないことを若干不安に思いながら帰路につく。

 楓が家に着いたのは、まだ日の高い午後二時頃のことであった。

 

「おかえり〜」

 

「はいはい、ただいま……って、あれぇ⁉︎」

 

 無言でダイニングの扉を開けると声をかけられたので、思わず返してしまった楓は──テーブルの上でテレビを見ながらせんべいをつまむキャスターの姿を見て、思わずびっくりして叫んでいた。

 

「き……キャスター⁉︎ 今までどこほっつき回ってたのよ⁉︎」

 

「いやぁ、ちょいと調べ物や。悪かったなぁ家を空けて。──で、少しばかり話がある。健斗くんとセイバーが帰るのを待とか」

 

 

 

 

「……さて、ようやっと話ができるなぁ」

 

 それから数時間が経過して、今は午後七時過ぎ。

 大塚駅近くのショッピングモールで遊び倒していた俺たちはすっかり日が暮れてから帰宅し、キャスターと家で待っていた楓に怒られてから、テレビを消したダイニングで集合していた。ご飯もきっちり食べて、いよいよ今日の戦いに赴かんとする雰囲気である。

 

「今までどこ行ってたんですかね、この役立たずノロマ男は。死罪ですよ死罪」

 

「ン? 昨日恥ずかしくなって逃げ出した恋愛クソザコロリ巨乳もどきにそんな風に言われたくないなぁ僕。そのすぐ真っ赤になる顔を直してから出直したほうがええんちゃうか?」

 

 舌戦ではセイバーより遥かにキャスターのほうが得意らしい。何か言うとその倍くらいの罵詈雑言で返され──、

 

「おいバカやめろ‼︎ 家が壊れる‼︎」

 

 小刻みにぷるぷる震えながら剣を取り出すセイバーを必死になだめながら、俺は戦いの前だというのにどっと疲れる羽目になった。

 怒りで思わず鎧を着てしまったセイバーを尻目に、俺はキャスターの話とやらに耳を傾ける。

 

「──さて。僕がどこで何をしていたかというと、アーチャーのマスターに会ってきただけや」

 

「アーチャーのマスターだって? ……って、知ってるのかよどこのどいつがアーチャーのマスターなのか」

 

「ああ。ソイツは喫茶店「薫風」っちゅう場所に潜入してる、外国人の女や。名前はアナスタシア=グレチニシコワ=イリイーニチナ、どうも「代行者」とかいう連中の一人」

 

「ンな……」

 

 俺は思わず変な声を漏らすと、さも当然とばかりに言ったキャスターにくってかかった。

 

「く──薫風だって⁉︎ じゃああそこに入ったっていうバイトの人、あいつがマスターだって言うのか⁉︎」

 

「知ってるんかいな、なら都合がええわ。そう、その女がマスターや。軽い催眠を店主にかけて、自分の正体を怪しまれんようにしとる。普段は令呪の効力を隠しとるから、至近距離まで近づいても発見は困難や。見事な隠蔽やね」

 

「成る程、あの女がマスターでしたか」

 

「うむ。そして奴が使役しとるサーヴァントの真名こそが、「白い死神」と呼ばれた狙撃手……シモ・ヘイヘ。一人で狙撃における神域に至った、近代における天才やな」

 

「……なんでそんな事知ってるんだ?」

 

「当然、この僕の千里眼があるからや。前はチラっとしか見れんかったから深くは探れんかったんやが、今回はまじまじと見たったからな。生まれた時からどう生きて誰を召喚するに至ったか、奴の過去を全部丸裸にしたったで」

 

 隣に座る楓が、若干頰を引きつらせながら椅子をキャスターから離したことに、得意げになっているこの男はたぶん気づいていない。

 

「……とまあ、僕がアーチャーのマスターに会ったのには理由がある。それが最も重要なんやが、まずこれについて話させてもらおか」

 

 キャスターはそこで一拍おいて、新しいせんべいをばりぼりと齧った。俺もそれに習ってせんべいを一つ食べる。やはりおいしい。

 

「緊張感のカケラもありませんね」

 

「お前が言うな」

 

 せんべいが一つ口の中に消えると、気を取り直してキャスターは話し始める。

 

「さて、僕にはまず一つの懸念があった。それが、「この聖杯戦争にもう七騎のサーヴァントが存在するんちゃうか」っちゅうモンや」

 

「……聖杯戦争っていうのは確か、七つのクラスのサーヴァントが戦うんだろ? それじゃあ合計十四騎のサーヴァントがいることになるじゃねえか」

 

「その通り。誤差はあるかもしれんがだいたい十四騎、それらがこの狭っ苦しい街で大暴れしとる──これが、恐らくは現状なんや」

 

 その信じられない言葉に、一瞬志原家のダイニングがしん、と静まり返る。

 ──サーヴァントが計十四騎?

 どうも信じられないと思うが、それは隣のセイバーも同じだったらしい。キャスターは嫌いなので、ここぞとばかりに「証拠が無いじゃないですか、妄想を言われてもどーしようもないんですけど」とたたみかける。まるで探偵モノに登場する、性格が悪くて探偵を敵対視するイヤーな検事みたいなヤツだ。

 

「その証拠を僕は集めとったワケ。まず、最初に違和感を覚えたのはあの神殿やった。キャスターのクラスでもない限り困難やっちゅうのに、どうアレを構築したんか……それも、やっぱりキャスターがもう一騎いると考えると都合がつく」

 

「……「神殿」ってなんなの?」

 

「ちょっと高度な話なんで、おバカさんなケントは黙っててください」

 

 泣く泣く無言になる俺。

 

「けどそりゃあくまで仮説。けど、それが確証に変わった瞬間があった。それが、あのバーサーカーとの戦いや」

 

 バーサーカー……楓とアサシンのマスターの戦いに横槍を入れ、魔力切れとはいえ二騎を相手に圧倒してみせた怪物。

 

「セイバーは五日前、健斗クンの前の正規のマスターをバーサーカーに殺された。その過去を視るに、セイバーと交戦したバーサーカーは比較的痩躯の男やった……そやろ?」

 

「ええ。やたらとすばしっこく、身軽そうな男でした。まともに目視するのも難しかったです」

 

 若干不本意そうにセイバーが返す。

 だが、その言葉に反論したのが楓だった。

 

「ね、ねえセイバーちゃん、それっておかしくない? 私たちが戦ったバーサーカーはもっとこう、なんというか、馬鹿みたいに大きいマッチョ巨人だったわよ」

 

「……んえ?」

 

 開けた口から呆けた声を出すセイバーに構わず、キャスターは続ける。

 

「そう、そもそも──セイバーが戦ったバーサーカーと、僕らが戦ったバーサーカーは別モンやったんや。この時点で既に、少なくともバーサーカーのクラスに関しては二重召喚が行われとるっちゅう事実は揺るぎないんや」

 

 さっきカッコ悪いいちゃもんを付けていたセイバーが、気まずそうに沈黙する。

 なるほど、道理でセイバーと楓がバーサーカーについて話し合った際、なにか噛み合っていないような感覚を感じたわけだ。二人が思い描く"バーサーカー"が最初から違ったのでは、そもそも会話がうまく成立するはずもない。

 

「んで──楓ちゃんから聞いとるかな? 昨日の昼間、僕らは学校で仙天島から何者かの攻撃を受けた。霞むほどの超遠距離や、そんな距離から攻撃できんのは間違いなく弓兵のクラスやろ」

 

「あぁ、ちょっとした騒ぎになったヤツだな。階下にいた俺の方じゃよくわかんなかったけど、あとで楓に聞いたよ」

 

 楓とキャスターが学校の屋上から式神を飛ばして仙天島に向かわせたところ、それを咎めるように島から無数の矢が襲いかかったという。

 キャスターがいなければ学校が瓦礫の山と化していた、なんて恐ろしい事実を知ることになったのは、倒れた楓を家に運んでからの話だ。

 

「そしてアーチャーのマスター、彼女に会って記憶を覗いたところ……彼女がアーチャーにそんな指示をした過去は無かった。そも、彼女とアーチャーは島に近づいとらんし、狙撃手のシモ・ヘイヘに雨の如く矢を放つような芸当ができるとは思えん」

 

「アーチャーのクラスも重複してる可能性が高いわけね。他には?」

 

「物証はまだまだあるで。アーチャーのマスターの記憶は実に沢山の情報をもたらしてくれたからなぁ。次はアサシンについてや」

 

 アサシンのマスター……と聞くと、確か楓の知り合いだったはずだ。

 名前は繭村倫太郎。鷹穂高の一年生であり、楓と同じクラスに在籍している。もっとも魔術師関係で忙しいのか、それとも本人が無駄だと思っているのか、あまり顔を見せることはないらしいが。

 

「彼は「魔眼のハサン」っちゅうアサシンクラスのサーヴァントを従えとる。それは楓ちゃんもよく知るところや。が──なんと驚くことに、アーチャーとそのマスターは既に"アサシン"を倒してたんや。二日前、ここから近い線路のトンネル内でな」

 

 アサシンを、倒した──?

 さっき黙ってろと言われたので無言で驚く俺とは対照的に、楓はやたらリアクションが大きい。顔が真っ青になっている。

 

「え、そ、それは殺したってこと……?」

 

「あくまで"魔眼のハサンとは別のアサシン"をな? 骸骨の面に、棒状の腕を持った異形の男やった。別に楓ちゃんが気になってる倫太郎クンちゃうから安心してええで」

 

「………………ち、違うわよ? 私は最初から分かってたからね、はいこの話終わり‼︎ おほん、キャスター続けて」

 

「はいはい。んで、アーチャーが二日前に"もう一騎のアサシン"を倒したことから、アサシンが二騎存在しとったってことも明らかになったと」

 

「待ってください。その倒したというサーヴァントが別のクラスの、正規のサーヴァントだった可能性はないんですか?」

 

「ふむ、けどここにはセイバーもキャスターもおる。アーチャーとアサシンは除外したとして、ランサーも後で話すが当てはまらん。残るはライダーとバーサーカーやが、そっちに関してはキミが交戦したはずや。どや、戦った二騎は髑髏の面でも付けてたか?」

 

「……いえ、違いますね」

 

 完全に言いくるめられ、すすす、と引き下がるセイバー。

 

「また──アナスタシアちゃんの記憶には、もう一つ重要な事柄があった。彼女の仲間とアーチャーが協力して、仙天島に真正面から突撃したんや。それが昨晩の深夜やな」

 

「あの島に馬鹿正直に魔術師が攻めたところで、何をどうこうできるとも思えませんが」

 

「それが、アナスタシアちゃん達は「代行者」っちゅう……まあ僕にも専門外なんでよう分からんけど、とにかく異常な強さを持つ奴らやったんや。しかしながら、連中は更なる強者の手で敗れ去った。それがライダーのマスターにして、仙天島の主」

 

 キャスターによれば、湖岸の仙天島を支配しているのは金髪の美しい女だったらしい。そいつが迫り来る代行者達を一人で相手取り、勝利を収めたんだとか。

 イメージはしにくいがとにかく俺風情では全く勝ち目のないバケモンなんだろうなぁ、とぼんやりした理解に努めていると──、

 

「問題はここからやで、皆」

 

 キャスターの目がすっ、と細められて、思わず俺は姿勢を正した。

 

「その戦闘後、ランサーが仙天島の主に襲い掛かった。理由は知らんが、あの槍兵は尋常じゃなく強い。戦況は完全に彼に傾き、ライダーと金髪女を同時に相手取りながらも勝ちを収める──と、思われたんやが」

 

「「が?」」

 

「ランサーは敗れ、金髪女は勝利した。唐突に現れた、もう一騎のセイバーの手によって……な」

 

 キャスター以外の俺を含めた三人に衝撃が走る。

 バーサーカー、アーチャー、アサシン……とくれば七騎全てのクラスにもう一騎のサーヴァントが存在する事は予想できたのだが──、

 

「待ちなさいよ、その言い方ってヘンだわ。まるでもう一騎のセイバーが、そのライダーのマスターの手中にあるみたいじゃないの」

 

「ご名答。その通りやで楓ちゃん」

 

 俺が言いたいことをそのまま言った楓に、キャスターは異性なら誰でもどきりとしてしまいそうな笑顔で笑いかけた。

 

「……………………」

 

 その知らせに、何故かセイバーが深刻な表情で押し黙る。自信家のセイバーにしては実に珍しい表情だった。

 

「この事態は正直、極めてまずい。あの女が聖杯戦争を始めた下手人やとすると、自分が聖杯を確実に獲れるように、基幹システムに細工をしとってもおかしくないからなぁ。たとえば、自分の操れるサーヴァントの数を誤魔化して増やしたり……とか」

 

「魔力の問題は? いくら魔術師として優秀でも、サーヴァントを複数騎使役するなんて芸当は難しいはずよ」

 

「ほぼ無尽蔵の魔力を持つ大聖杯になんらかの形でリンクして、そっから魔力を吸い上げてると考えると説明はできる。ともあれ、あの女は間違いなくサーヴァントを複数使役して、意のままに戦況を操ろうとしとるっちゅうのは確かや。それもセイバーだけじゃない、恐らく姿を確認できてるバーサーカーや、アーチャーにキャスターって連中も」

 

「脱落したアサシン……識別がめんどくさいので影アサシンとでも呼びますけど。そいつを除いたとしても、向こうは最大六騎……正規のライダーを加えて七騎ぶんの戦力を保持している可能性がある、と?」

 

「その通り。となれば──まず、僕たちに勝ち目は無い」

 

 ……素人でも分かる。単純に向こうの戦力が多過ぎるのだ。

 このままじゃ「参加者七人、一人当たり一騎のサーヴァントで戦う」という根底のルールすら覆されて、考えるのも馬鹿らしい戦いを強いられる羽目になってしまう。

 聖杯戦争を開幕させたという女の出来レースになるよう仕立てられているのなら理解はできるが、そのまま敗退してやる気はさらさらない。なんせ聖杯を獲らなければ、俺はそのままお陀仏だ。

 

「そんな、じゃあどうするって──」

 

 楓の口を、キャスターは人差し指で塞ぎ──、

 

「簡単な話や、楓ちゃん。向こうが集団なら、こっちもマスター同士で団結したったらええ。数の有利を無にしたるんや」

 

 そう言って、再びせんべいを口に運んだ。

 

「まあ、理にかなってはいますけど……そう言ったところで、素直に従うマスターが存在します? どうせデタラメを言って背中を刺そうとしてる、なんて思われて終わりですよ」

 

「ぼりばり。……ま、困難な選択肢ではある」

 

 キャスターは、つまんだ二枚目のせんべいを派手に噛み砕く。

 

「というか、アーチャーのマスターに会ってこの聖杯戦争で何が起きているかの確証を得られたのはいいんですけど、当然アーチャーたちとは戦闘になったんですよね? 一度本格的に敵対したんじゃ協力は難しいんじゃないですか?」

 

「いんや、どうかね。あの子は真面目でどこまでも感情を抑え込むような気質やけど、頑固ってわけじゃない。しっかりと状況を説明できれば協力は可能や。……もっとも、怪しまれてる僕じゃあ難しいやろけどな」

 

「このあんぽんたん‼︎ なんで、そこで、私を、連れていかなかったの‼︎ そりゃー胡散臭いアンタだけじゃ信頼されないでしょ、ここは私も出て行って誠意を示すべしでしょー⁉︎」

 

「いや……あん時は楓ちゃんがズタボロ状態やったっちゅうのもあるけど、なにより楓ちゃんそういう駆け引きとか無理っぽいし。ホラ、なんにも考えずこっちが抑えてる秘密とか情報とかを喋っちゃいそうやろ? それはマズイやん。その点僕だけなら見て逃げれば終わり‼︎ チョー簡単」

 

「まぁ……確かに無理だな、楓じゃ……」

 

「ちょっと‼︎ お兄ちゃんは黙ってなさいよ‼︎」

 

 本日二度目の黙っとけ発言を受け、涙を滲ませながら無言でお口チャック。

 

「もっとも、連絡もなしに単独で動いてたんは僕が悪い。現状がだんだんと浮き彫りになって少し焦りすぎたかもや。そこは素直に謝罪するで、楓ちゃん」

 

「次アーチャーのマスターに会うときは私も連れて行って。分かった?」

 

「うーん……楓ちゃんを連れていかんかったんは、あのマスターとキミの相性が最悪やから念のためって理由もあるんやけど……

 

 まぁええか、と呑気に頷いたキャスターは、話の矛先をアーチャーのマスターから移す。

 

「さて。ひとまずアーチャーは保留にしよ。ここで協力できるとなると、一番可能性が高いんは倫太郎クンやろなあ。一度はやむなしとはいえ一緒に戦っとるわけやし」

 

「そうね。あとはバーサーカーか、ランサーだけど……ランサーはセイバーに殺されたの?」

 

「さぁてね。アナスタシアちゃんの記憶によると、セイバーの一撃で島ごと消し飛ばされたようにしか見えんけど」

 

「ランサーは無理……可能性とすればバーサーカーか。話を聞いてくれるかしら」

 

「そりゃー話してみんと分からんな。とりあえず今日の夜は、倫太郎クンに会って現状の説明と停戦の申し入れをするんが一番ええと思う。異論は?」

 

 俺たち三人は、キャスターの言葉に無言で首を振る。

 ……行動に移るのは早ければ早いほどいいという理論から、俺と楓は速やかに外出準備に移った。

 当然ながらタダの準備ではない。楓の顔見知りに交渉をしに行くだけとはいえ、夜に街をうろつけばいつ戦闘になるかも分からない。

 

「……よし、急ぐぞ」

 

 まず、暑いのは我慢してぶ厚い黒ジャケットを羽織る。

 これは後で聞いたことだが、どうもこのジャケットは魔術師の手によって、魔獣とやらの皮で編まれているらしい。俺の父が(非常に数少ない)魔術師の友人兼仕事仲間から貰ったと楓に聞いたが、なんかんやあっておさがりになったとかなんとか。

 ともあれ頑丈さはピカイチだ。ちょっとした魔術くらいなら弾く効果もあるらしいので、そのライオンなんちゃらさんに感謝して役立てるとしよう。

 次に取り出したのは黒光りするベレッタ92に、M84スタングレネードを二つ。まとめて携帯式ポーチに押し込んでおく。

 そして最後は、一度楓に折られたがキャスターのおかげで奇跡の復活を遂げたサバイバルナイフ。これは目立たないようにポーチとベルトの間に差し込み、いつでも抜き放てるようにしておいた。

 

「面倒ですねえ、私がいれば必要ありませんよそんなの」

 

「やかましい。お前が倒れたら、お前を守るのは俺しかいないだろ」

 

「……いや、キャスターとカエデがいますよね?」

 

 ごもっとも、ぐうの音もでない正論だ。

 

「まぁ、それでも手ぶらで行くってのもなんだしさ……ほれ、漫画は片付けて行くぞ。夜が遅くなるほど敵に襲われやすくなるだろうし」

 

 俺が手招きすると、セイバーは不満げにしつつも漫画本を放り投げてついてきた。俺の部屋がどんどん汚れていくことに対する不満は後で直接ぶちまけてやるとして、キャスターと楓が待つ玄関に向かう。

 

「──お兄ちゃん、もう行けるの?」

 

「問題ない。セイバーの方も大丈夫っぽい」

 

 楓の手には、白くてやけにツルツルした籠手がはめられている。

 俺と戦った時も着けてたよな、じゃあアレって何なんだろう、なんて疑問が湧いたがどうせ聞いても魔術関連のことは分からないので黙っておく。

 勝手な予想だが、たぶん楓の強烈パンチがアレをつけると殺人パンチにランクアップするのだろう。楓と戦った夜、あの籠手による一撃であわや両腕粉砕骨折なんて大怪我を負うところだったことを、俺は未だに忘れていない。

 

「よっしゃ、んじゃあ行くで。どうも僕の占いによると、倫太郎クンは今家におらん。あっちの龍脈に向かっとるみたいや」

 

「龍脈っていうと……まさかあのビビリが一人で仙天島に向かうわけないし、となると……廃工場のあたり、かしら」

 

 一瞬楓は何かを思い出したくないように言い淀んで、微かに目線を下げた。

 

「そうやな。……よし、行くで皆。とりあえずは彼に話をつけんことには始まらん」

 

 俺と楓とセイバーは自転車に乗って、キャスターは霊体化してついてくる。

 今宵も天気は良く、月は雲に隠れることなく姿を見せていた。煌々と輝く月は既に半月を過ぎ、日に日に満月へと近づいているのが見て取れる。「月の光を受けるほど強化される」なんて変な特性がある剣の担い手だからか、セイバーも少し嬉しそうだ。

 

「なんだか様子が優れませんね、カエデ。大丈夫ですか?」

 

「えっ? あ、うん、そうかな……そうかもしれない。ごめん、けど大丈夫よ。ちょっと気が乗らないだけだから──」

 

 二人の話し声が風に乗って後ろに流れていく。

 俺も楓が心配なので、並走しながら話は聞いていた。

 

「気が乗らない? アサシンと協力関係を結ぶ事がですか?」

 

「違うわ。まあ確かに気に入らないのは事実だけど許容範囲。ただ、色々あってね。あの場所は苦手なのよ」

 

「あの場所って……あそこ、確か錆びた工場の廃墟があるだけだろ?」

 

 俺は坂道をしゃーっ、と加速して下り降りながら考えて──、

 

「ああ、なんだオバケが怖いのか。たしかにお前、夏場はいつもいつも見なきゃいいのに心霊特集番組とかを見てさ、んでそれから一週間くらいはトイレについて来てとか……今年も繰り返してたろ、そのアホな年間恒例行事。てか、高校生にもなって未だに俺にトイレ同行を頼むのはどうかと思わあ゛ァァァ──ッ⁉︎‼︎‼︎⁉︎」

 

 並走したまま無言で楓の足が飛んできて、俺は自転車の運転バランスを崩して盛大に転倒した。

 

 

 

 

「お、見えてきたぞ」

 

 のんびりと三人でペダルを漕ぎ続け、二十分ほどかけた道のりはようやく終わりを迎えようとしていた。田園地帯の中を真っ直ぐに伸びる一本の農道の脇に、闇に沈む黒々としたシルエットが見える。

 この道はセイバーと会った初日、セイバーとライダーの戦車勝負によって完膚なきまでに破壊された筈なのだが、そこら辺は魔術協会の方々によって修復されたのだろう。走っても違和感は感じない。

 

「ようやくですか。さて、話を聞いてくれるんでしょうかね」

 

「倫太郎なら大丈夫よ。きっとね」

 

 そんなやりとりを交わしながら、自転車を進めていく。

 廃工場まであと百メートルちょっと。田んぼから聞こえてくる虫の音がやけにうるさい。こんな自然の中だからか、虫達の大合奏に放り込まれたような気分だった。

 

「はぁ。これじゃあ蚊除けスプレーとかしてきた方がよかっ」

 

 ──ぞくり、と。

 

 等間隔に設置された街灯をまた一つ潜り抜けた瞬間、俺は奇妙な違和感に襲われた。

 思わず口をつぐむ。

 首筋の毛が逆立つような不穏な感じ。まるでこのまま自転車を呑気に漕いでいたら死ぬぞと、そう身体が訴えかけてくるかのような。何を馬鹿なと首を振ろうとして、俺は──、

 

「ケント‼︎‼︎」

 

 やけに緊迫したセイバーの声が、聴こえて。

 視界がぐらりと揺れ、俺は気がつけばサドルから離れて空を舞っていた。視界の端で、セイバーが片手で俺を突き飛ばしながら、空いた方の手に剣を握りしめているのが見える。

 何かを伝える時間も、何かをする時間も無かった。

 ただ刹那は無情に過ぎ去り、俺は声を上げる暇もなく──、

 

 次の瞬間。

 俺の視界いっぱいに、セイバーの身体から飛んだ鮮血が映った。

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