Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

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五十一話 氷結の狙撃手、シモ・ヘイヘ

 ──その瞬間。

 その場にいた四人の中で、いち早く私はこちらに迫る危機を察知していた。

 遠方で膨れ上がった魔力はおそらく宝具によるもの。叩きつけられた殺気を感じ取り、そしてそれがケントに向いている事に気付いた私は──、

 

「ケント‼︎‼︎」

 

 可能な限り手を伸ばし、ケントの身体を突き飛ばした。

 自転車から容赦なく吹っ飛んでいく彼を見てよしとし、不敬にもこちらに飛来する"攻撃"を叩き落とさんと睨みつける。

 それを視界に入れたとき、少し驚いた。

 マッハ2に迫る速度で飛んできたその飛翔体は見慣れた矢などではなく、もっと小さな鉄塊──「弾丸」と呼ばれるものだったからだ。

 が、たとえ見慣れていないといえど、飛んでくる攻撃という点で見れば矢も弾丸も同じである。速度に関しても、私を殺したアイツの矢の方がまだ速かった。

 鎧を纏っている暇はないが、今からでも十分に迎撃は間に合う。

 

(フン────甘いですね‼︎)

 

 そう信じて剣を振るった。こちらに飛んでくる弾丸をまともに迎え撃つ剣筋で。たとえ弾丸が直前で曲がろうが跳ねようが、例外なく撃ち落とす自身もあった。

 

 けれど──私は、それを止めることができなかった。

 

 弾丸は軌道を変える事なく。ただただ実体を持たないかのように愛剣をすり抜けて、私の身体に喰らいついたのだ。

 咄嗟に胴体のど真ん中を貫かれるのだけはかろうじて避けたが、脇腹をごっそりと抉られ──同時に体の中で滅茶苦茶に何かが爆ぜて、私はなすすべもなく地面に倒れ込んだ。

 

 

 

 

「セ……」

 

 吹っ飛ばされた身体が、思い切り硬いコンクリートの上に投げ出される。だが、そんな痛みは全く意に介さず、

 

「セイバ────────ッッ‼︎‼︎」

 

 俺は勢いよく飛び起きて、宙を舞った彼女の元へと走った。

 転がるように不恰好に数メートルを走り抜けて、地面を何度か跳ねて動かなくなったセイバーに駆け寄る。その身体を抱え上げた瞬間、どろりとした不気味な感覚が手のひらを襲った。

 

「……くそ‼︎」

 

 これは紛れもなく血だ。彼女の身体から、尋常ない量の血が流れ出している。しかも体温が尋常じゃなく低い。まるで氷を抱いているように錯覚するほどだ。

 傷を確認すると、セイバーは右脇腹のあたりに酷い傷を負っていた。鎧を纏う暇も無かったのか、引き千切られたジャージから覗く抉られたような傷は大きく、本来対象であるはずの腰がアンバランスに見えてしまう。

 

「キャスター、防御‼︎ いけそうなら反撃も‼︎」

 

「ああ、──了解した‼︎」

 

 セイバーの事で頭がいっぱいになっていた俺とは違い、楓とキャスターの二人はどこまでも冷静に対処していた。

 攻撃が放たれた方角をセイバーが吹き飛ばされた方向から瞬時に把握し、キャスターは楓の指示通りに手にした紙片を投擲する。

 紙片防破、三重──。

 影アーチャーによる矢の雨をも容易く防ぎきった、キャスターが用いる最大の守り。

 

 ──だが。

 

 バガンッッ‼︎‼︎ という凄まじい着弾音が楓の鼓膜を震わせた時には、キャスターの首から上が跡形もなく消し飛んでいた。

 

「………………え」

 

 困惑の表情を浮かべることしかできない楓と俺。

 目の前で、キャスターの亡骸はゆっくりと後ろに倒れていった。展開した円状の防壁は、主を失ってなお虚しく浮遊したまま。

 彼方から飛んできた弾丸は、あろうことかそれを受け止めるはずの防壁をすり抜けて、キャスター本体を容赦なく撃ち抜いたのだ。

 

「──チッ。厄介やな」

 

 絶望しかけた楓の頭にぽんと手を置いて、キャスターが背後から現れる。

 

「え、あれ、え? 今、アンタ、死ん」

 

「幻術や。念のため認識位置をズラしといたんが功を奏したかね」

 

 主たる楓を庇うように立つと、キャスターは俺たちの方を振り向いた。

 倒れ伏したセイバーは、ぴくりとも動く様子がない。

 このまま手負いのセイバーをここに放置すればまず間違いなく全滅する──そう踏んだキャスターは、勢いよく扇子を振り払った。

 

「う、お、おおおおおお────⁉︎」

 

「悪ぃな、ちっと隠れといてく──れっ‼︎」

 

 巻き起こった暴風が俺とセイバーをまとめて包み込み、猛烈な勢いで吹き飛ばす。風に乗って飛ぶのは初めての体験だったが、こちらを見つめる楓の目には、「ここは任せろ」と言わんばかりの気概が込められていた。

 みるみるうちに彼らの姿は遠くなっていき、俺とセイバーはもみくちゃにされながら運ばれていく。着地の瞬間に風が弾け、俺とセイバーはそこまで衝撃を受けることなく廃工場の敷地内に着地した。

 

「ぶはあっ、はあっ、はあっ──‼︎」

 

 風で運ばれるというのは初体験だ。だが、休んでいる暇も震えている暇もない。

 遠方からの攻撃が怖いので、顔を苦痛に歪めるセイバーを抱きかかえて走る。工場内までのたった数メートルの距離を走る際、生きた心地がまるでしなかった。

 

「……な、なんとか、振り切ったのか……?」

 

 それとも、攻撃を仕掛けて来た奴が、攻撃目標を俺たちから楓とキャスターに変更したのか。だとしたら、あの二人が狙撃によって殺さないことを祈るしかない。

 工場に入ってすぐのところでセイバーの様子を改めて見るが、やはり脇腹からの出血が尋常ではない。焦りと怒りを無理やり押さえ込んで、着ていたジャケットを可能な限りきつく巻き付けて止血を試みる。

 

「はぁ、はぁ……う……ァ……ぐ……‼︎」

 

 セイバーの顔が死人のように青い。それを見てようやく、俺はセイバーを蝕んでいるのが脇腹の傷によるものだけではないと察した。

 どうしようもないが謝罪の言葉を呟いてから、俺はセイバーの着ているジャージに手をかけた。首元まで閉まっているチャックを一番下まで引き下げ、左右に開いて傷の具合を確認する。

 

「う……クソ、なんだよこれ⁉︎」

 

 露わになったのは、俺が予想していたよりもはるかに酷い傷の跡だった。

 脇腹を食い破った先ほどの傷は言わずもがな、肩や胸ばかりか様々な場所に痛々しい切り傷が刻まれている。その一直線な刀傷を見ていると、俺の記憶に浮上してくるものがあった。

 

「まさか……あのバーサーカーと戦った時の傷か⁉︎ お前っ、こんな身体で今まで戦ってたのかよ⁉︎」

 

 前にセイバーの裸を見てしまった時は、こんなに全身ズタボロの様子はまるでなかった。だが今になって突然露わになったということは、彼女にもう傷を隠す力も残っていないという事なのか。

 ──くそ、何が「私に任せてください」だ。

 こんなに傷ついてるのに、なんでそんな自信満々に無理するんだよお前は……‼︎

 きつく歯を食いしばる。黙っていたこいつもだが、気づけなかった俺が何より一番腹立たしい。

 怒りを振り払って、再び視線をセイバーの身体に向ける。

 よく見ると、刻まれた数多の傷の表面から、細かな氷柱のようなものがいくつも飛び出しているのが見て取れた。それは傷をさらに押し広げ、セイバーの身体を凍てつくような冷気で蝕んでいる。無駄だとわかりながらそれに指先で触れると、途端に鋭い痛みが俺の指を走り抜けた。

 

「くぁっ‼︎ なんだ、この氷……⁉︎」

 

「の……ろい……ですよ……」

 

 俺はその声に驚愕して、セイバーの顔の方を見た。

 顔を歪ませながら、消え入るような声でセイバーは話そうとする。

 

「馬鹿、喋る余裕なんてないだろ⁉︎ いいから大人しくしてろ‼︎」

 

「だめ、なん、です……離れて……くだ、さい。あの、攻撃……には、強烈な呪詛……が、近くに……たら、ケントも……」

 

「うるせえ‼︎ 意地でも離れてなんてやるか、お前は絶対に死なせないからな……‼︎ くそ、ああ本当に俺にはなんにも分かんねえけど、呪いとか魔術とかはさっぱりだけど……‼︎ でもっ、お前を、こんなとこで‼︎ 絶対に死なせなんてしないからな‼︎‼︎」

 

 無知で無力な自分がもどかしく、もう何を言ってるのかわからない中、ただセイバーを失いたくないという気持ちに従って声を張り上げる。

 そうだ、こんなところで死なせてたまるか、俺まだ何もセイバーに──、

 

 と、思っていたその時。

 

「首尾よくかかったもんだね。一日くらいは待ちぼうけかと思ってたんだけど。それに、最初から瀕死で転がり込んでくるとは都合がいい。外で何が起きたかは……まあ、後で調べればいいさ」

 

「うん。……じゃあ、殺そう……か」

 

「ああ。相手はセイバーらしい、手負いでも遠慮はいらない」

 

 カツーン、という反響音が廃工場の中に響き渡って、全身の毛が逆立つ悪寒を感じ取った。

 錆の匂いが漂う薄暗い工場の奥から、二人の人影が姿を現わす。一人は赤銅色の髪をした少年、そしてもう一人は紫陽花色の髪に包帯を巻きつけた少女。

 間違いなく、アサシンとそのマスター。殺意と敵意を滲ませたまま、彼らは俺たちの前に立ち塞がっていた──。

 

 

 

 

「さて……どーしたもんかね」

 

 キャスターが、遥か五キロメートル遠方でこちらを狙っているであろう狙撃手をぎろりと睨みつける。

 どう考えても、状況は最悪だった。

 あたりには田園地帯が広がるばかりで、身を隠せそうなモノは一つも見当たらない。今から廃工場に全速で逃げたとして、果たして撃ち抜かれずに済むだろうか。セイバーに一撃を喰らわせたことで良しとしたのか、アーチャーの狙いは完全にこちらに向いている。

 

(狙いはおっそろしいほどに正確。まず狙われたら終わり、向こうのミスやら回避やらは狙ったとこで無駄……千里眼による擬似的な未来予知でこっちの動きは読まれとるんかな。それに、さっきの弾丸は僕の盾をすり抜けた。恐らくはセイバーがなすすべなく撃たれたのも、「こちらの防御をすり抜けた」からやろ。仕掛けは知らんが、防御も無意味と思って……)

 

 キャスターが思考に耽る中、隣で動きを止めていた楓の上半身に大穴が空いた。その凄まじい威力は彼女の上半身と下半身を引きちぎり、硬いアスファルトの上に彼女の骸をぶちまける。

 が──その後、楓はひょっこりとキャスターの背中から顔を覗かせた。

 

「最悪っ……あんな遠距離で高所を取られてたんじゃ、狙撃手相手にこっちに勝ち目ないわ。キャスター、何か手はない? こっちから反撃するのは難しいの⁉︎ こっちに向かわせてた式神をけしかけてみるとか……」

 

「断言するけど無い。式神は倫太郎クンの同行を追ってたから今こっち側におるし、僕の攻撃でも、あんな位置じゃあ着弾までに数十秒はかかる。そんなんじゃ牽制にはなれど、奴を仕留めるには不足もいいとこや。というか、そんな悠長してたら死ぬ」

 

 話し込んでいる間に再度着弾。三歩ほど離れた場所のアスファルトが爆ぜ散り、思わずびっくりして顔を引っ込める楓であった。

 だいたい、十秒ほどの間隔を空けて弾丸は飛んでくる。

 今はキャスターが張った幻術が作用しており、アーチャーの狙いは彼らから離れた場所に向いている。だが──、

 

「うひぃっ⁉︎ き、キャスター、なんだか向こうの狙いが正確になってきてない⁉︎ さっきよりも着弾点が近づいてるんだけど⁉︎」

 

「どうも千里眼の類か。僕も千里眼ユーザーやけど便利なもんやなあ。さて……こっちの幻術は専門外やし、向こうの眼がだんたんとこっちのズレを把握し始めとる。迷ってる暇は無いで」

 

「れ……令呪であそこまで飛ばすとか、どう⁉︎ できない⁉︎」

 

「あまりに遠過ぎる。「アーチャーの狙撃地点まで飛べ」っちゅうても途中で撃ち落とされるのが関の山や。「アーチャーがいるところまで次元跳躍」とかなら可能かもしれんが、楓ちゃんを守るモンが無くなる。アナスタシアちゃんに僕が一瞬でも抑えられて、その隙にアーチャーが狙撃すれば君はバラバラに……っと」

 

 さらに着弾。さきほど三歩程度は離れた場所に着弾していたアーチャーの魔弾は、今や二歩程度のところまで近づいている。

 

「でも……ふむ。令呪ってのは、悪くないかもなぁ。勝算は低いけども、まだなんとかなるかもしれん」

 

 刻一刻と限界が迫る極限状況の中、キャスターは不敵な笑みを浮かべて楓の方を振り返った。

 そして二、三言楓に囁くと、楓はこれから起こるであろうことに冷や汗を流しながらも頷いた。正直に言えば心の底から嫌だけどやるしかないんなら仕方ないかも、といった絶妙な表情であった。

 マスターの同意を得て、キャスターは再びアーチャーの方に向き直る。

 

「よし。んじゃあ勝負といこか──アーチャー、白い死神(シモ・ヘイヘ)‼︎」

 

 扇子を宣戦布告のようにアーチャーへと向けて、キャスターは瞬く間に数十に及ぶ雷撃を撃ち放った。

 眩いほどの閃光が炸裂し、夜の闇を煌々と照らし出す。まるで照明弾の乱れ打ちだ。それはアーチャーの視界をいっとき光で埋めつくすほどの凄まじい光量だった。

 そうして放たれた無数の槍は紫電を撒き散らしながら、一直線にアーチャーのいるビルの屋上めがけて加速していく。

 

 

 

 

 同時刻──大塚市の中心、ビル街の一番端に位置するオフィスビルの屋上に、二人の影があった。

 一人は代行者の少女、アナスタシア。

 そしてもう一人は彼女のサーヴァント、シモ・ヘイヘ。

 アナスタシアが黙して戦いの趨勢を見守る中、眩い閃光に乗じて逃げようと画策するキャスターの姿を、アーチャーはしかとその目で捉えていた。

 

(攻撃……と見せかけてはいるが、狙いが粗い。閃光での目くらましが目的か。だが──)

 

 アーチャーの目は遥か彼方をも見通す鷹の瞳。白い死神に一度でも目視されれば、いかなる目くらましであろうと意味をなさない。

 眩い光の中で蠢くキャスターのシルエットから、彼が目を離す事はなかった。

 

(着弾までは悠に四十秒はある。それだけあれば充分だ)

 

 空気を震わせて、アーチャーの構えるモシン・ナガンM28の銃身から「宝具」たる銃弾が放たれる。

 

 ──それこそが彼の伝説が形を成し、結実した宝具(モノ)

 その名を、「氷獄を謳うは白き死神(ホワイトリーパー)」。

 

 ありとあらゆる物理的、魔術的干渉を無効化し、着弾と同時に強力無比な呪詛を叩き込む対人宝具。まともに直撃すればサーヴァントといえど即死は免れない。

 彼の魔弾は瞬時にマッハ2に迫る速度まで加速すると、閃光に身を隠すキャスターの身体を貫いた──ように見えた。

 

(やはり手応え無し。幻術の類いだろうが……だんだん目が慣れ始めた。次弾か、もしくはその次で決める)

 

 手が霞むほどの速度でボルトハンドルを引き、次弾を装填。

 宝具の開帳に従って、彼の心象風景が弾倉内という極小空間に展開され、装填される魔弾に戦死者たちの怨念が充填される。そうしてありったけの魔力を込め、狙いを定める──。

 ここまでの一連の動作に五秒。アーチャーの指が軽やかに引き金を引き、五秒間の飛翔を経てキャスターの身体が再び吹き飛ばされる。

 

(……チッ、惜しい。今のはほぼ掠るくらいの距離──)

 

 彼の眼はほぼ完全にキャスターの幻術を看破し、アーチャーは正確に彼の位置を視界の中心に捉えた。

 目くらましは諦めて防御を試みる方針に変更したのか、無駄な足掻きを繰り返しているキャスターの姿に冷笑を浮かべながら、アーチャーは再度宝具の射出準備に移る。今度は外しようがない。アーチャーはいつも通りに息を吐き、隙だらけのキャスターを仕留めようと引き金を──、

 

「……何、だ?」

 

 引き金を引いた瞬間、奇妙な違和感があった。

 何か大切な事を失念しているような気がしてならない。

 覗き込んだスコープの中心に映るキャスターの顔は、確かに笑みを浮かべていた。絶対不利の状況でなお、彼は口の端を歪めてこちらを見ていたのだ。

 しかし、既に魔弾は放たれた。数秒後には間違いなくあそこにはキャスターの骸が転がっている。機動力に欠ける魔術師風情が、彼の狙撃から逃げられるとはとても思えない。

 そう──彼が勝利を確信した瞬間だった。

 

「……っ⁉︎ アーチャー、上です‼︎‼︎」

 

 マスターの声が響き渡り、アーチャーは視線を咄嗟に跳ね上げる。

 そこには──、

 

 

 

 

「うううううううううううううう──────‼︎‼︎」

 

 数十秒前。楓は死に物狂いで姿勢を低く保ち、気を抜いたら口から飛び出しそうな悲鳴を必死で堪えていた。ここで叫んでアーチャーや向こうのマスターに発見されては元も子もない。

 だが──彼女は早くも、こんな無茶な賭けに出た自分の選択を呪わずにはいられなくなっていた。

 楓がいるのは高度六百メートルほどの位置、だいたいスカイツリーの頂点付近くらいの高さである。狭めの大塚市を一望できる絶景だが、残念ながらそんな余裕は一ミリもない。なんせこれは命綱も何もないギャンブルフライトだ。手を離せば当然死ぬ。

 キャスターが懐に入れていた式神、それが姿を変えた紙飛行機に目を血走らせてくっつきながら、顔や身体を叩く暴風に耐える。

 

「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎいい─────‼︎⁉︎」

 

 加速に加速を重ねていく。速度は既に時速500キロを超えていた。

 キャスターが重ねがけした防御術式と、楓が使う「徒手魔術」が無ければ容易に振り落とされる化け物スピード。そもそも呼吸がまともにできず、楓は早くも死んでいるのか生きているのか分からなくなってきていた。

 だがそんな生と死の狭間で、キャスターから呑気な指示が届く。

 

『よっしゃ楓ちゃん、今や。飛び降りてくれ』

 

(アンタ正気じゃないでしょ馬鹿でしょンなのできるわけないから──‼︎⁉︎)

 

 そりゃあ命綱なしにスカイツリーの頂点から地面に飛び降りたいなんて奴がいるはずもない。そも、急拵えの作戦が成功するかも一か八かなのだ。失敗したら十秒以上はたっぷりと死にゆく絶望を味わってから、地面に激突して挽肉になる未来が待っている。

 だが、己のマスターがビビって手を離さない事を最初から予想していたのか。楓を運んでいた紙飛行機は速やかに姿を変えて──、

 

「ちょっ⁉︎ ひっ、や、いやいやいやいぎゃわあ゛あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼︎⁉︎」

 

 戦闘機のナパーム弾の如く、楓を無理やり地上に向けて射出した。

 とても華の女子高生とは思えぬ迫真の叫び声を上げながら、楓は風にもみくちゃにされながら落下していく。

 その位置はほとんどアーチャーたちの真上。キャスターは目くらましが効いている間に楓をアーチャーの視界外に飛ばしてから、闇に乗じて移動させたのだ。アーチャーとアナスタシアがキャスターに集中していたのが功を奏した。

 楓の悲鳴を聞き取ってアーチャーとそのマスターがこちらを目視するのが見えた気がしたが、もうここに至ってはどうでもいい。

 こんな至近距離まで接近できた以上、楓がやる事はたった一つ。

 

「あ────……っ‼︎ この、来なさいよっ、ばか────‼︎‼︎」

 

 身体をぎゅっと丸めた楓はあらん限りの大声で叫び、キャスターの姿を思い描く。

 瞬間──大塚市の夜空に、真っ赤な閃光が瞬いた。

 令呪の効力は速やかに発揮され、狙撃をその身に受ける寸前だったキャスターの姿が道路上から掻き消える。対象を見失った魔弾は見事に地面に突き刺さり、そして──、

 

「ようやった。お待たせやで、楓ちゃん‼︎」

 

 空中で優雅に楓を抱きかかえたキャスターは、これまで散々された恨みも込めて、アーチャーに全霊を込めた雷撃を降り注がせた。

 それはオフィスビルの天井に突き刺っただけで止まらず、悠に四階層ぶんの床を貫き、屋上がほとんど消し飛ぶほどの大穴を穿った。

 

「はッ──‼︎」

 

 キャスターの護身・破敵が滑らかに空を滑り、体勢を崩したアーチャーの身体に食らいつく。

 彼も応戦を試みたが、やはり近距離は狙撃手の本分から大きく外れている。キャスターの刀のほうが遥かに速く、それはアーチャーの身体をズタズタにする寸前でぴたりと停止すると──、

 

「ほれ、詰みや。動くなよ、アーチャーとアナスタシアちゃん?」

 

「チッ……クソったれ、不覚を取った。すまないマスター」

 

 勝敗は決した。迅速に楓を仕留めにかかろうとしていたアナスタシアは、振りかぶっていた黒鍵を不本意そうに押し留める。

 しかし──アーチャーとアナスタシアの二人は、不意打ちをものともせずに最善の行動に走っていた。キャスターの攻撃があと一秒でも遅ければ、楓の頭蓋をアナスタシアの黒鍵が粉々にしていたほどの紙一重の差。このペアの実力は高い、とキャスターは思いつつ、しかしのんびりとした口調で──、

 

「危ない危ない。やっぱりおっかないなぁ、君は」

 

「キャスター……なんなんですか貴方は‼︎ 今日のお昼過ぎにいきなり私の前に現れたかと思えば、じろじろ眺め回したあと「ほなまた」などと理解不能な事を言って姿をくらます‼︎ そして何故かセイバーと行動を共にしている‼︎」

 

(方言、わからないのね……)

 

 先の刹那の攻防の中、自分がまともに生きている事を確認するしかできなかった楓は、九割がた崩落してしまった屋上の端にぺたんと座り込みながらぼんやり思う。

 

「何がしたいんです。私を殺しますか、キャスター」

 

「ンなわけない。少しばかり話しがしたいんや、なぁ楓ちゃん?」

 

「あ……う、うん、そうよ‼︎ 私たちは争ってる場合なんかじゃないんだっての‼︎」

 

 楓の言葉に、アナスタシアはしばらく悩むような表情を浮かべて。

 それからすぐに、諦めの色が強い溜息を吐いた。

 

「──わかりました。貴方たちの話を聞きましょう。どのみち私たちにはそれしか選択肢がありませんから」




氷獄を謳うは白き死神(ホワイトリーパー)
ランク:B
種類:対人宝具
狙撃において百発百中を誇ったと言うシモ・ヘイヘの伝説、それが昇華されて宝具として結実したもの。
「弾丸の宝具」のようにしか見えないが、理論は「招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)」とほぼ同じ。自分の心象風景を具現した異界を「弾倉内」という極小空間に展開し、込められる魔弾に心象風景からくるありったけの呪詛を装填することで、一撃必殺の魔弾を作り上げる。
彼の心象風景にあるのは、敵味方関係なく雪原に積み重なる戦死者たちの山。かの凄惨な光景は、生涯に渡って彼の心に傷跡を残し続けた。そこから溢れ出さんばかりの怨念は、サーヴァントの霊基さえも容易く破壊し、傷をこじ開けて持続的にダメージを与える。対魔力である程度軽減することは可能だが、その性質上、相手が生前に受けた怨念が強いほど、それらが連鎖爆発することでダメージが跳ね上がる。
同時に、「白い死神の狙撃は百発百中」という伝説が持つ要素から転じて、宝具による強化を受けた彼の弾丸は如何なる物理的・魔術的干渉をも無効化する。その為、途中で撃ち落としたり防いだりと言ったことは不可能、さらに初撃はアサシンに引けを取らないほどの不意打ちを可能とするなど、ロングレンジにおいては破格の性能を持つ。
未だ死後二十年も経っていない彼が、一撃で神代の英霊であるセイバーを瀕死に追い込んだことからも、その規格外さが窺いしれる。
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