Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

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五十三話 魔王さまは甘えたい【9月10日】

「っ……ぐ、う…………」

 

 呻きながら意識を取り戻す。まるで寝過ごした時のように、自分が意識を失っていたことに気づいて慌てて目を開けた。

 最初に飛び込んできたのは──淡い、白い絹のような光。

 それがカーテンを透過して降り注ぐ朝日なのだと気付いて、俺は半覚醒状態のままぼんやりとそれを眺める。窓の外から聞こえてくる鳥のさえずりは、間違いなくあの窮地を乗り越えて戻ってこれたことの証明だった。

 

「……俺は、どうなったん、だっけ……?」

 

 身体にのしかかる気だるさを我慢して、記憶の糸を解きはじめる。

 確か移動中にセイバーが狙撃されて、キャスターに手荒く廃工場まで飛ばされ、そしてそこでアサシンと戦闘になったのだ。

 手負いのセイバーを抱えてではまともに動けるはずもなく、俺はあの暗殺者を前にしてなすすべなく追い詰められ──、

 

 ──そして、そこで何かがあった(・・・・・・)

 

(あの時、あの瞬間、俺は何をしたんだっけ……いや、違う。そうじゃない‼︎ 俺は生きてるにしても、セイバーはどうなった⁉︎)

 

 ふらふらと彷徨うようだった思考が、セイバーのことを思い出した瞬間にきゅっと引き締まった。反射的に体を起こそうとして、全身で炸裂した鈍痛に顔を歪ませる。

 

「あ、ッぐ……‼︎」

 

 ベッドから出る、というより転がり落ちるように被せられた毛布から抜け出すと、俺は這うように自室の扉に向かった。壁とドアノブに手をかけてなんとか立ち上がり、壁に寄りかかりながらずるずると重い身体を引きずって歩く。

 家の中には楓の気配も、キャスターの気配もなかった。しんと静まり返った家の中をたった一人で進む。

 もし俺が担ぎ込まれて自室のベッドに寝かされ、同様にセイバーも同じ処置をされているとするならば──可能性としては楓の部屋だ。

 

「ごめん、勝手に入る……」

 

 言葉を吐くのも苦痛だったので謝罪は手短に済ませつつ、俺は隣に位置する楓の部屋の扉を押し開ける。

 ゆっくりと開かれる扉の向こうから漂ってくる、楓の部屋特有の心地いい香り。それに意識を割く余裕もなく、俺は楓のベッドに横たわる彼女に視線を奪われていた。

 

 ああ。そこに、ちゃんと──セイバーは、いてくれた。

 

 狙撃で腹を破られ、呪詛で全身の傷を開かれる重傷を負った彼女は、それでも楓の部屋のベッドで規則正しい寝息を立てていた。

 

「はあ────なんだ、いるじゃ……ねー、か……」

 

 張り詰めていた全身の緊張が霧散し、力が抜けてへたり込みそうになる。

 それを数歩分は無理やり先延ばしにして、俺はセイバーが横たわる楓のベッドのすぐ側に腰を下ろした。セイバーはさして反応を示すわけでもなく、目を閉じて碧色の瞳を瞼の向こうに隠したままだ。 目を見張るくらい綺麗な顔立ちのセイバーが、いつものようにギャーギャー騒がず目を閉じているとその可愛さが特に強調されて、まるでよくできた人形を見ているような気分になってくる。

 

「寝てんのか……まぁ、あんだけの怪我だったんだし……」

 

 寝ているセイバーの顔に傷の後は見られない。が、見てくれだけならどうとでもなるというのは彼女自身が示している。あれ程の怪我が都合よく一日で治るわけもないし、キャスターが何かしらの対策を講じてくれたのだろうか。

 ……というか、そもそも。

 ずっと目を閉じたままのセイバー見ていると、だんだんと心の中に不安が広がってくる。呪いとかなんとかの影響をモロに受けて、よもやこのまま眠り続ける眠り姫ならぬ眠り魔王になるんじゃないだろうな、なんて俺が焦り始めた頃──、

 

「……………………んぅ」

 

 セイバーの口元がもにょっと動き、唇の隙間から微かな声が聞こえてきた。

 それを合図として、ゆっくりゆっくりとセイバーが目を開ける。

 当然俺とまず目が合って、彼女は何度か目を瞬かせた。それから抜け目なくきょろきょろと周囲を確認し、ここが安全だと理解したのか、もう一度俺に視線を移して──、

 

「……なに、泣いてるんですか……」

 

「え」

 

 おはようでも質問でもないその言葉に、俺は慌てて人差し指を目尻にまで持っていった。すると、確かに溜まった涙の感触がある。

 恥ずかしいので右腕で乱暴に零れ落ちそうな涙を拭き取ると、俺は改めてセイバーを見る。どこかぼーっとしたような表情を浮かべていた彼女は、いつのまにかよく浮かべるニヤニヤ顔に戻っていた。

 

「まったくケントは……泣いちゃうくらい不安だったんですねえ。安心してくださいよ、この私が簡単にくたばるわけありませんから。ほら、それでもまだ心配だと言うのなら、私の胸に顔を埋めて泣いたっていいんですよ? 今くらいは許してあげます」

 

「じゃかあしいわいこの野郎。そもそも何が泣いたっていいんですよ、だ。お前だって昨日は泣いてたじゃんか、え?」

 

「…………そんなの記憶に無いです。どうしてもそう言い張るなら証拠を出してくださいよ、証拠を。どうせ無いんですよね」

 

「お前……言ってることが小学生だぞ。ただてさえ身長中学生のチビで魔王とか言っても説得力ないのに、精神年齢は外見よりずっと幼いんじゃどうしようもねえ。もう取り消せその称号」

 

 残念なものを見る視線とともにセイバーに提案してみると、

 

「あ、あ、あぁーっ‼︎ チビって、チビって……‼︎ ケントは最初に話した時もそんな事言ってましたけど、また言いましたね⁉︎ あれを私は忘れてませんからね、今度はその分も含めてグーパンチしてあげますから‼︎ 覚えておいてくださいよ‼︎」

 

「はいはい。重症のおチビさんは大人しく寝ときましょうね〜」

 

 身体は流石に動かせないのか、手だけをブンブン振って隙あらば痛打を喰らわせようとするセイバーから少し距離を置きつつ、セイバーの乱れた毛布をかけ直す。

 一瞬見えたセイバーの身体には、何やら変な文字が書かれたお札のようなものが数枚貼り付けてあった。恐らくはキャスターのものだろう。動くどころか話すのも困難だった昨日のセイバーを思い出すに、たった一晩でここまで回復したのは十分すぎる成果だ。感謝せずにはいられない。

 

「おーおー暴れよる……そういやさ、体の調子はどうなんだ」

 

「んー、あんまり良くありません。ただの外傷であれば、キャスターの力をもってすれば治癒は可能だったでしょう。しかし、私を貫いたあの弾丸には、強力な呪詛が込められていました。それも、対象が背負う憎悪や敵意に応じて連鎖爆発し、効力を増す系統のもの」

 

 思わず口を閉じ、毛布を押し上げるセイバーの身体に視線を落とす。

 

「要は……私には相性最悪といえる呪詛だったんです。私に着弾した瞬間、アーチャーが撃ち込んだ呪いの効力は約四百倍(・・・)にまで膨れ上がりました。私の対魔力が無ければ、今頃私の身体は粉々に破裂していたでしょうね。キャスターもこの解呪には流石に手間がかかるようです」

 

 あの「夢」のことを思いだした。セイバーが殺してきた者たちの記憶を無数に繰り返し追体験して、彼らの憎しみや怒りを身をもって味わったあの悪夢のことを。

 彼女は一体、その小さな背中に、どれほどの敵意と憎悪と憤怒を背負っているのだろうか。

 

「──それにしても‼︎ なんて奴ですかあのアーチャー‼︎ 私にこんな傷を負わせるとか、もう不敬じゃすまされませんよ‼︎‼︎」

 

「おいこら暴れんな、落ち着け‼︎ ……そういや楓達は無事なのかな?」

 

「私たちがここにいて、処置が施されているってことは、多分無事なんでしょう。よくあの距離からアーチャーを抑えたものです」

 

「ま、言われてみりゃそうか……そうだな」

 

「それにぃ‼︎ あのアサシンも‼︎ 腹立ちますね‼︎ 私が万全であれば闇を抜けた暗殺者風情など、簡単に斬り伏せるというのに‼︎ まったく‼︎ こんちくしょうですよ‼︎」

 

「だから騒がしいっての、さっきから怒ってばっかだなお前‼︎ なんだ、なんでそんな四方八方に怒りを撒き散らしてるんだよ⁉︎」

 

「そっ、それはっ──」

 

 セイバーは視線を外すとあっちにフラフラこっちにフラフラと、視線を見事に泳がせ始めた。それを見て「ああ、また何か都合の悪いことがあるんだろうなあ」とぼんやり察する俺。

 

「私が……その、無力で、どうしようもなく……私は一番、私自身に腹が立っているから……ついつい、といいますか……」

 

「なんだって?」

 

「な、なんでもないですよ‼︎ なんでも‼︎ ええい、この話は終わりです‼︎」

 

 これ以上追求すると身体が動かずともカミナリが落ちる(コイツの場合比喩表現じゃない)ような気がしたので、俺は踏み入ることなく引き下がる。さっきからやたら騒がしいのはセイバーの方だったので、自然、俺たちがいる楓の部屋には静けさが戻ってきた。

 しばらくその静寂を味わった後、ぽつりと──、

 

 

「けど、とにかく──セイバーが無事で、良かった」

 

 

 ぽすん、とセイバーの頭に手を置いて、しみじみと呟いていた。

 

「……………………ん」

 

 蒼色の長い前髪を両側に梳かすように撫でると、セイバーは子猫のように目を細める。フケイやらなんやら言われるかもと思っていたがお咎めはない様子なので、俺はそのままセイバーの髪の触り心地をもう少し長く味わうことにした。

 

「心配したんだぞ」

 

 微かに紅潮した頰といい、うっすらと肌に滲む汗といい、今のセイバーはまるで風邪を引いたように映る。

 だが、こちらを見つめる碧色の瞳に確かな光が灯っているのを見ると、どうも安心してしまうのだった。

 

「俺はもう死んでる身だし、多少の傷は治るんだろ。けどお前は違う。だからもう、あんな無茶すんな。それに、怪我してるんならそう言ってくれ。お前は一人じゃないし、今は楓もキャスターだっているんだからさ」

 

「……それは、こっちの台詞ですよ」

 

 セイバーは薄い毛布を口元までずり上げて、両手できゅっと握る。

 

「ケントこそ、あんな無茶で馬鹿な真似は二度としないでください。あんなケントを見ていると……悲しいし、嫌なんです」

 

「ん? 何の話?」

 

「昨日のことに決まってるじゃないですか」

 

 ──と言われても、何のことやらさっぱり分からない。

 首を捻る俺を見て何を思ったのか、セイバーは眉を顰めて、

 

「そうですか……分からないんですね。いや……けれど、その方が良いのかもしれません。ともあれ、もう一度はっきり忠告します。たとえ窮地に陥っても……手段は選んで下さい。最悪、死ぬよりもひどい結末が、ケントに降りかかるかもしれないんですから」

 

「……よく分からねえけど、気をつける」

 

 神妙に頷いて、セイバーの言葉を受け入れる。

 けれど、俺はやっぱりバカなのだ。俺はともかくセイバーが昨日のように危機に瀕した時、手段を選ぶほどの冷静さが残っているかどうかは、正直なところ自分でも自信がない。

 けどまあ、選択の果てにその結末とやらに至ったとしても──俺は後悔だけはしないんだろう。それで、セイバーを守れるならば。

 

「よっし、俺もなんだか元気が湧いてきたし……日本の定番、お粥でも作ってくるかな。お腹空いてるだろ、セイバー? いや、お前の場合はお菓子とかの方がいいのか?」

 

 身体にのしかかるような怠さと、節々の鈍痛は健在だったが、空元気を動員して俺は立ち上がった。俺を庇ったセイバーがこんなに弱っているというのに、俺まで元気がないんじゃ彼女に示しがつかない。

 「ちょっと待ってろ」と言い残してふらふら部屋を出ようとした俺を、セイバーの声が引き止めた。

 

「ん、どうした?」

 

「あの──その、ですね」

 

 言葉が少しだけ震えている。まるで顔を見られたくないかのように、更に毛布を引き上げたセイバーは目元だけを覗かせたまま──、

 

「…………もう少しだけ、そばにいてください」

 

 そう、どこか恥ずかしそうに言ってきた。

 

「────……ああ、分かったよ。セイバー」

 

 床にもう一度腰を下ろし、セイバーのベッドに背を預ける。

 このワガママ大王がそうする事をご所望ならば、俺は黙して従うのみだ。

 目を閉じて、このまま寝てしまおうかと考え始めた頃、俺と同じく沈黙していたセイバーがぽつりと口を開いた。

 

「あの時。貴方が死んでしまったと、思ったんです」

 

「……うん」

 

「けど……ケントは、生きていて……いや、死んでるんですけど……とにかく、私は、嬉しかった。とてもとても、嬉しくて……でも、まだ、信じられないんです……だから」

 

 セイバーの声はさっきから震えっぱなしで、時折鼻をすするような音が聞こえてくるけれど、俺はベッドに背を預けたまま決して振り返らなかった。そうするべきだと、感じだからだ。

 

「私が貴方のことを、確かに、ここにいると思えるまで……こうして、一緒にいてください」

 

 セイバーの暖かい手が、そっと俺の背中に触れた感触があった。

 俺はもちろん彼女のささやかな願いを許容し、改めて目を閉じる。

 

「ああ──約束する。お前が満足するまで、俺はずっとお前のそばにいるよ。だから安心して、お前はいつものお前に戻れ。な?」

 

 丁度いい具合に設定された空調が吐き出す爽やかな冷風を感じながら、俺はセイバーに言葉を掛ける。彼女はもう何も答えず、俺のシャツに触れる力を少し強めただけだった。

 そうしてしばらくすると、微かな寝息が聞こえてくる。

 安心しきったその寝息は、さっき聞いたものとは確実に違っていた。それを聞いて、俺はもう一度座ったあたりから真っ赤になっているであろう顔をやっとのことで元の表情に戻し──、

 

「──そばにいて、とか。お前って……時々ずるいよな、本当」

 

 恨み言を言いつつも、今更動く気なんておきない。そうして俺は、セイバーが起きるまで一緒にここで眠ることにした。

 疲労が溜まっているのか、意識すれば眠気はすぐにカッ飛んでくる。

 だんだん薄れていく意識の中、俺の背中に触れるセイバーの小さな手のひらの感触だけは、最後までしっかりと残っていた──。

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