Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

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五十四話 路時裏の吸血鬼/Other side

「…………吸血鬼、だって?」

 

 友人との会話の最中に奇妙な単語が飛び出したことで、前田大雅は目を丸くしてその言葉を繰り返していた。

 

「そうなんだと。駅前のビル街あるだろ、前に半分凍り付いて半分焼き焦げてる死体があがったあたり。今度はあの近辺で、全身の血を抜かれて発見された死体が見つかったんだとか」

 

「おいおい……シャレになってないぞ、それは。最近行方不明者がタダでさえ増えて全国区レベルで報道されてるのに、挙げ句の果てに吸血鬼?」

 

 平時ならばつまらぬ噂だとあしらうところだが、ここ最近の騒動続きを耳にしていては否定しきれない。

 

「どうも警察も手詰まりみたいだぜ? それに、何故かは知らないけど変死体に関しては公表されてないらしいし……まあ、時間の問題だとは思うけどな。これだけ噂になってるんだし、闇に葬るってのも難しいだろ」

 

「一体誰がどんな目的でやってんだかなあ」

 

「よくある愉快犯だろ? まあ、死体を凍らせて燃やして挙げ句の果てに血を抜くってのはよくはいないと思うけど……」

 

「この前近所で会った警察官の人、夜は出歩かないようにってさ。なんだかピリピリしてたなあ」

 

「そういや最近、外国人がやたら多くないか? わざわざこんな地方都市に来る物好きなんてそういないと思うんだけど、なんだか急に外国の人を見かけるようになったぜ。それにだいたい駅前とかじゃなくて地元民しか行かないような場所をうろついてるし、だいたい厳しいツラしてる。うろつく場所も雰囲気も、観光からは掛け離れてるって感じだ」

 

「本当にね。この近辺で花火大会なんてないのに花火が上がったのを見た、とかいう人もいるし」

 

 大雅と友人二人だけの会話にいつしか何人もが加わり、教室の端にいつしか十人以上からなる会話の輪が形成される。

 物騒な事件や噂の類は格好の話のネタになるからか、教室はいつにもまして騒がしい。だがその喧騒も、大塚市を包む不気味な雰囲気を忘れんとする無意識の努力の表れなのかもしれない。皆不安と恐怖を誤魔化して、自分たちの日常は侵食されていないと信じたいのだ。

 

「……むぅ。とにかく気をつけたほうがいいな。警察の方々にも頑張って欲しいが、こういう時は自衛も大切だ。君たちも気をつけろよ」

 

 ここ最近、「異変」と一括りにされる怪異は頻発している。数多い行方不明者や変死体の数々が話題の中心になりがちだが、数日前に学校を襲った謎の轟音や、何者かによって粉々に粉砕されたグラウンドなど、よく考えれば不思議だらけだ。

 不安からちらりと健斗の席を眺めるも、彼は姿を見せていない。これは健斗の出席状況からすると珍しい。そしてあの健斗の隣にいた謎の少女も、言われてみればどことなくミステリアスである。立ち振る舞いはミステリアスどころか暴君のそれだったが。

 

(……まあ、健斗ならばたとえ吸血鬼に襲われようがしぶとく生き延びてくれるだろうが……三浦さんは僕が守らなければな、うむ‼︎)

 

 今日も静かに文庫本を読み耽る姿が似合う三浦火乃香に、大雅はいつも変わらぬ満面の笑みで話しかけた。その笑顔に、得体の知れぬ「何か」への不安が映り込まないように気をつけながら。

 

 

 

 

 ────同時刻。

 

「ハァッ、ハァッ……‼︎」

 

 錆びた鉄の匂いが微かに鼻をつく路地裏を、倫太郎は息を切らせながら疾走していた。

 彼が居るのは大塚市の中心、高層ビルが並ぶ区画のはずれ。まだ夕方にも差し掛からない時間帯だが人気はなく、あたりには倫太郎の口から漏れる吐息と──鎖が奏でる不気味な金属音が響いている。

 

「く────‼︎」

 

 倫太郎の頰を、空を裂いて飛んできた短刀が切り裂いた。

 あと数センチ。たった数センチの差で倫太郎の頭は貫かれる。

 その事実に恐怖しながらも、倫太郎は決して足を止めない。彼に出来ることと言えばただひたすらに走って、動かない的になるのを避けることくらいだったからだ。

 が、走った程度で狙いを外すほど相手は甘くない。遅れて短刀に追従する鎖が蛇のようにうねり、倫太郎を捉えようと襲いかかる。

 

「っ‼︎」

 

 それを、無言で弾く影があった。

 倫太郎のやや後ろで短刀を構えながら、アサシンは迫り来る鎖を迎撃していく。

 鎖と刃、刃と刃の激突は果たして何度交わされたのか。

 アサシンの前髪から覗く褐色の肌にはじわりと汗が浮かび、彼女も体力を消耗している事が見て取れた。

 

「この……‼︎」

 

 アサシンが勢い良く投げ放ったナイフを、敵対者は身体をぐねりと曲げて容易くすり抜けた。逆に放った短刀を引き戻し、鎖をまるで生きているように操りながら、倫太郎たちを切り刻まんとする敵対者は冷酷な微笑を浮かべる。

 ──長髪を風に揺らす、長身の女だった。

 アサシンのように目を覆う眼帯も気になるが、何より露出した白肌と頰を侵食する黒い痣が異様だ。時折無意味に首を捻り、獲物を前にした肉食獣のように舌舐めずりするのが恐怖を煽る。

 

(吸血騒動っていうから実際に調査に来てみれば、人は何人も血を吸われて死んでるし、一体なんなんだよコイツは……‼︎ サーヴァントにしても、前のバーサーカーみたいに様子がおかしい‼︎)

 

 迎撃はアサシンに任せ、倫太郎は路地裏を走り続ける。

 志原のように脚力の「強化」でも使えばもっと速く、もっと長く走り続けられるだろうが、彼の魔術への恐怖心が咄嗟の魔術行使を許さなかった。

 

「く、ぐっ……‼︎」

 

 後方から聞こえてくる苦悶の声に、倫太郎は歯ぎしりする。

 このフィールドはあまりにも不利だった。横に狭く縦に長いこの場所では、あのサーヴァントは水を得た魚のように暴れ回る。

 だからこそアサシンがまだ迎撃できている間に、倫太郎は何が何でも路地裏を抜ける必要があるのだが──、

 

「くそ、出来るわけがないだろうに……‼︎」

 

 街の大通りに繋がる路地を無視して、倫太郎は更に奥まった迷路のような細道へと飛び込んだ。

 理由は明白だ。ここは路地裏とはいえ一歩踏み出せば大塚市の中心、このまま戦闘状態で大通りに飛び出せば大問題になる。学校を破壊して攻撃してきたバーサーカーといい、恐らくこの敵に常識は通用しないだろう。

 市民を守るこの地の管理者としても、奇跡の秘匿を重んじる魔術師としても、このサーヴァントを街に出す訳にはいかない。

 

(このまま逃げ続けてもアサシンが消耗するだけか──)

 

 とはいえ解決策は浮かばず、焦りと消耗だけが募っていく。

 繭村の後継者として鍛えてはいるが、倫太郎の体力も無限ではない。

 決して遠くない終わりが見えてきた。

 死への恐怖か、それとも別の要因か。どっ、と湧き出てくるような冷や汗の嫌な感覚を味わいながら、倫太郎は歯を食い縛る。

 だが──圧倒的な優位に立っていたはずの敵対サーヴァントは、突然俊敏に動いていた足を止め、ぴたりと動きを止めてしまった。長時間の疾走から解放され、倫太郎は転がるように足を止める。

 

「……なんだ、なんで急に」

 

「マスター、離れて‼︎」

 

 言葉を最後まで言う前に、倫太郎は凄まじい衝撃に吹き飛ばされていた。

 それが、あろう事かアサシンによる痛烈な蹴打によるものだったと理解した頃には、数メートルはノーバウンドで飛んだ彼の身体が硬い地面に叩きつけられる。

 最初にあったのは衝撃と困惑。遅れて彼の痛覚が機能した。

 身体中を襲う激痛に顔を歪めて、したたかに蹴り飛ばされた腹部を抑えて激しく咳き込む。ダメージが大きいのか、身体が鉛を詰め込まれたかのように思い。手足を動かすのにも一苦労だ。

 倒れたまま視線を前に向けると、マスターを蹴り飛ばしたアサシンが、もう既に敵対サーヴァントと向かい合っているのが見えた。その手に握られた短刀が頼もしげだが、何故か彼の心に不穏な感情がよぎった。

 

「──────?」

 

 彼女はぴくりとも動かない。

 指先一つ、風にそよぐ髪すらもぴたりと動きを止めてしまっている。

 

「アサシン⁉︎」

 

 やはり彼女は返答を返さない。

 その奥で、眼帯を外した敵サーヴァントの姿が見えた。

 その眼を見て倫太郎は察する。この身体にのしかかるような重圧からしてアレは魔眼の類に違いないが、あれほどの輝きと魔力反応を持つものは世界にもそうそう存在しない。

 これほどの圧を、これだけ距離を離しておきながらこちらにまで与えてくるあの魔眼は一体何なのだ。

 

(まずい……‼︎ アレを喰らえばアサシンはタダじゃ済まない‼︎)

 

 暗殺者である彼女に対魔力などが備わっているはずもなく、恐らく彼女はあの魔眼に対する抵抗力を一切有していない。もう既に指先一本動かせなくなっているのが証拠だ。

 それを見て良しとしたのか、敵サーヴァントは爛々と魔眼を光らせながら余裕の表情を浮かべていた。アサシンの艶やかな頰に舌を這わせ、手に堕ちた獲物を品定めするように、彼女の紫陽花色の髪の毛に触れる。

 

「く……………ぐっ…………‼︎‼︎」

 

 アサシンは舌すらまともに動かない中で、必死に身体を縛る重圧に抵抗しようと試みていた。

 だが、どうやっても彼女の魔眼からは逃れられそうにない。目を逸らしても、目を瞑っても、その重圧は消えてくれなかった。

 力を敢えて抑えているのか、まだ「動けない」だけで済んでいる。

 だが今目の前で身体に牙を突き立てようとしているサーヴァントがその気になれば、恐らく終わる(・・・)。アサシンは直感と悪寒からそれを感じ取り、ほとんど動かない口を歪ませた。

 

「令呪を以って────」

 

 背後で倫太郎が令呪を使おうとするのが聞こえてきた。

 だが次の瞬間、すぐそばにいた敵サーヴァントが勢い良く短剣を投げ放つ。いくら魔術師でも、アレを彼が避けるのは困難だった。アサシンの迎撃があったからこそ、倫太郎はかすり傷程度で迫り来る刃の中を走り続けられたのだから。

 今、彼を守るものはない。

 アサシンは咄嗟に、もう動かない目を瞑ろうとしたが──、

 

 背後で凄まじい爆音が響いたと思うと、隣に立っていたサーヴァントが何かの直撃を受けて吹き飛ばされていった。

 その女はコンクリート製のビルを凹ませる勢いで壁に衝突すると、不気味に身体を痙攣させる。同時に、アサシンは身体を戒めていた重圧から解放され、慌てて後ろを振り向いた。

 

「……あなた……たち、は」

 

「久しぶり。こりゃあまた貸しひとつやなあ、ハサンちゃん」

 

 いけすかない優男と少女のコンビが、そこに立っていた。

 油断した敵サーヴァントを蹴散らしたのは間違いなくこの男だろう。倫太郎も突然のことだったのか、彼らを呆然と眺めるだけでまともに言葉が出てこないらしい。

 

「……‼︎」

 

 言葉を交わしたいのは山々だったが、アサシンは背後でサーヴァントが蠢く気配を感じとり、素早く短刀を構え直す。

 が──そこに見えたのは、前回の謎のサーヴァント同様、ずぶずぶと謎の黒泥に沈んでいく女の姿だった。それはみるみるうちに頭まで吸い込まれると、どぷんと影に潜るように姿を消す。

 そうして、長時間に渡って繰り広げられていた激闘は終わりを迎え、路地裏に元の静寂は取り戻されたのだった。

 

 

 

 

「……って訳で、とんでもない事をしでかしてくれたわけだけど」

 

 数分後。倫太郎は暴風の如く襲来した脳筋少女にずずいと詰め寄られ、早くも両手を挙げて降参の意を示していた。

 アサシンは不満げに頬を膨らませているが、彼らの問答に特に介入する気は無いらしい。二度も窮地を助けられては、流石に文句も言いにくいのだろう。

 

「これ、グー数発程度じゃ済まされないと思うの」

 

「せ、セイバーと協力関係にあるとは知ってたけど、まさか君の兄さんだとは思わなかったんだよ‼︎ というか普通そんなの分からないだろ、ふつうは‼︎」

 

 楓が目に見えて激怒している理由は、倫太郎が昨晩交戦したセイバーとそのマスターにあった。彼らが協力関係にあることを薄々感づいてはいたが、なんとあの少年は志原の義理の兄だったらしい。

 それも本来の参加者ではなく、巻き込まれる形で聖杯戦争に参加した一般人。道理で魔術師ならば避ける志原一族と協力していた訳だ。

 

「分からなくても‼︎ 向こうの話くらいは聞きなさいよ‼︎ アンタのことはもう話してあるし、お兄ちゃんに敵対意識は無かったでしょう⁉︎」

 

 ぐ、と倫太郎は言葉に詰まる。

 確かに、あの少年が何かコミュニケーションを取ろうとしている様子はあった。それを無視して攻撃を仕掛けたのは倫太郎の判断だ。

 

「……君と協力してる、って時点で彼らは怪しさしかなかったんだよ。かの「志原」とわざわざ協力するような魔術師は数少ない。大方裏で君たちを利用しようと企んでるんだろうから、弱ってるうちに仕留めておこうと思ったんだ」

 

 気まずそうに倫太郎はその理由を説明しようとするが、

 

「単に……ヤキモチじゃ……ないのか、な?」

 

「は、はあ⁉︎」

 

 突然飛んで来た核ミサイルの如き言葉に貫かれ、倫太郎は思わず叫びながらぐるりとアサシンの方に顔を向けた。

 僕がそういう馬鹿な気持ちから動いていると思われるのは心外だと言葉ではなく表情で伝えるが、アサシンはアサシンで何故か不機嫌そうにぷいっとそっぽを向く。

 

「………………」

 

 そんなやりとりを見ていた楓はなんとも言えない微妙な表情を浮かべると、長い間考え込んでから振り上げた右手をゆっくりと降ろした。

 

「…………まあいいわ。今は喧嘩してる場合じゃないし」

 

 重苦しい雰囲気のまま、楓はすぐそばの壁に背中を預ける。

 聖杯戦争があろうが学校に欠かさず通っていた彼女だが、平日にも関わらずこうして姿を現していることから、その切迫さは把握できた。

 

「──それは、わざわざ僕たちを助けたのと関係が?」

 

「状況が変わったわ。それも、かなりマズイ状況ね。アンタにも情報を共有するから、率直に頼むけど力を貸して」

 

 そうして楓は壁にもたれたまま、細く切り取られたような曇天を見上げて話し始めた。

 第六次聖杯戦争を開始した謎の魔術師。彼女は仙天島にあると思われる大聖杯を掌握し、騎兵のサーヴァントだけでなく謎のサーヴァント達を使役しているらしい。

 何を企んでいるのかは不明だが、間違いなく彼女は聖杯戦争の基幹となる「一人のマスターに一騎のサーヴァント」という規則を無視し、強引に聖杯を獲得しようと試みている──。

 

「恐らくこの聖杯戦争には七騎じゃなく、合計十四騎が参加してるの。一騎は正規のアーチャーが仕留めたけど、恐らく六騎は向こうの手中よ。アンタたちが交戦してたサーヴァントはまだ制御下にないみたいだけど、それも時間の問題でしょうね」

 

 それを聞いて、無言を保っていたアサシンが割って入る。

 

「それは……あの、バーサーカー……も、なの?」

 

「ええ。私たちが束になっても傷一つつかなかったあの英霊も、おそらく向こうの陣営に属してる。それに聖剣を持つセイバーがいたり、仙人島から学校まで矢を届かせるようなアーチャーもいるみたい」

 

 アサシンはその言葉を聞き、桜色の唇を軽く噛んだ。

 あの狂戦士の暴威は未だ彼らの記憶に鮮明に刻まれている。あの怪物一匹がついただけでも十分過ぎる脅威だが、更に正規のライダーも含めて六騎。加えて神殿まで構築しているとなれば──、

 

「……なるほど、確かにまずいな」

 

「あの女がサーヴァントを集めて何をしようとしてるのは知らない。でも、少なくともまっとうな事をしようとしてるとは思えないわ。それに、各個撃破を狙われたらどうしようもないのはアンタたちも同じでしょう」

 

「だから君は僕らとだけじゃなく、各マスターと共闘関係を結ぼうとしてる、と。ありがとう志原、これで随分と状況がクリアになってきた。前から違和感があったけど、クラスが重複してたとはね」

 

「いいわよ別に。どうせ私は聖杯を獲らなくちゃならない。あの女を倒したら、後はまた争うだけよ。それまでの関係ってやつね」

 

「………………」

 

 倫太郎は、士郎から告げられた「聖杯の汚染」についての忠告を思い出す。

 もし第五次聖杯戦争とまったく同じ大聖杯が今回も用いられているとすれば、今回の聖杯も「この世全ての悪」とやらに汚染されている可能性がある。だが、それを告げる事ははばかられた。

 聖杯戦争に巻き込まれて死亡したという兄を守ろうとする彼女の瞳には強い決意が籠っていて、それは全くの無意味になるかもしれないと断じることは、倫太郎には出来なかったのだ。

 

「……まあ、僕としては聖杯戦争が解決すればそれでいい。君に喜んで力を貸すよ。アサシンは?」

 

「構わ……ない」

 

 楓は、張り詰めていた表情を少し綻ばせて、

 

「ならよかった……。アテにできる戦力がこれで一騎増えたわ。残るは正規のバーサーカーのマスターね」

 

 緊張を解いたようにぐーっ、と背伸びをしてみせる。

 すると丈の短い薄地のシャツが持ち上がり、ホットパンツの上に覗く眩しい素肌が露わになった。倫太郎は思わず頬を赤くして目線を逸らす。

 

「ば、バーサーカーのマスターってのには連絡が取れてるのか」

 

「取れてない。キャスターのおかげでどこに居るのかはある程度、把握出来てるんだけどね」

 

 楓はそう言うとおもむろに背中を壁から離し、路地裏の出口に向かって歩き始めた。少し遅れて倫太郎も続く。

 大塚市のビルは乱雑に建てられているせいで建造物と建造物の隙間が多く、少しばかり脱出に苦労するのだが、楓に迷う様子はなかった。もしかしたら、この場所を魔術の訓練に使っているのかもしれない。

 そうこう考えているうちに、楓は賑やかな大通りに出る寸前の場所で立ち止まる。

 

「バーサーカーについて……アンタ、何か知ってる?」

 

「──いや、詳しくは。ただ、昨晩あのライダーと互角以上に戦っているのを見た。それも向こうは令呪のバックアップを受けてる様子だったのに、それもお構い無しだ」

 

 翠色の閃光を瞬かせながら、咆哮を上げて騎兵に襲い掛かった狂戦士の姿を思い返す倫太郎。

 

「私たちもよくは知らない。一つはっきりしてるのは、バーサーカーはとんでもない強さの大英雄ってことよ。なんせ、万全のセイバーちゃんを正面から圧倒して、前のマスターを殺してる」

 

「……大英雄、か。それなら真名を推察できそうなものだけど」

 

「推察しなくてもいいわよ。ふふ、私のキャスターは一目見ただけで英霊の真名を把握しちゃう最強の陰陽師なんだからね」

 

 車が行き交う大通りを眺めたまま、楓は得意げに笑う。

 だがその一言が色々とやらかしていることに気づいたのは、それから数秒経ってからの事だった。

 

「……陰陽師だって?」

 

 目ざとく反応した倫太郎の言葉で自分の失敗を悟り、自信ありげな笑みを浮かべていた顔が途端に真っ青になる。

 

「あ、ち、違う‼︎ ……私、今そんなこと言った?」

 

「言ったよ。千里眼を持つ最強の陰陽師って。つまり──」

 

「待って待って待って待ちなさいよ‼︎ い、今のは無しで……‼︎」

 

 にわかにわちゃわちゃし始める楓を横目に眺めながら、キャスターは面白そうに声を上げて笑った。室外機に腰掛けて足をぷらぷらさせていたアサシンが、その笑いに応じて口を開く。

 

「あの子って……マスターと、どんな関係なの、かな?」

 

「複雑やなぁ、それは」

 

 キャスターはとうとう倫太郎の襟首を掴み始めた楓を見て再び笑いを漏らしつつ、

 

「かつて倫太郎クンは、楓ちゃんと仲良くなった唯一の魔術師やった。彼は魔術師なら拘りやすい偏見やらに囚われんかったんやな。が……彼とお家の方で一悶着あって、ついに彼は苦渋の決断を下した。楓ちゃんとの関わりを、自らの手で全て焼却したんや」

 

「……………自分から、突き放した? あの、マスターが?」

 

「そう。理由はどうあれ、な。だから──」

 

 キャスターは視線を倫太郎に移して、

 

「彼は未だに後悔の念に囚われとる。自由意志を失った彼に残った最後の人間性がそれ(・・)や。そして楓ちゃんも、二年前の決別の傷から、人と深く親密に関わる事を恐れとるフシがある、と……」

 

「二人とも……悲しいのに、なんで……マスターは、そんなこと……したんだろう?」

 

「──それは、僕の口から語るのは憚られるかなあ。彼の決断をとやかく言う筋合いもないと思うし。ともあれ倫太郎クンは後ろめたさから、楓ちゃんは失う事への恐怖から、共に深いところで言葉を交わそうとせえへん。困りもんですなあ」

 

「私は……できるよ? 信頼関係、あるよ?」

 

 アサシンがむ、と眉を吊り上げたところで、楓のひときわ大きな声がキャスター達の耳に飛び込んできた。

 

「とっ、とにかく‼︎ 今日の夜、この近辺に潜伏してるっぽいバーサーカーのマスターを探して、交渉に持ち込むわよ‼︎ 強力な英霊なら味方につけれただけでもだいぶデカいんだから、気合い入れて‼︎」

 

「昔から気合いとか、そういう根性論ばっかだな志原は……だから見通しも立てずに無茶して体を壊すんだよ。あれから大きな怪我は? 魔力の循環速度は安定するようになったのか?」

 

「なな、なによ急に。アンタに心配されるほどヤワに鍛えてないし、そもそも倫太郎はもう私の師匠じゃないでしょうが」

 

「……ああ、そうだった」

 

 こうした会話を交わしていると、二年前の日々に戻ったかのような気がして、倫太郎はついつい余計なお世話を焼いてしまった。

 彼自身理解している。今更二年前の過去を懐かしんだところで、自分がそれを享受する資格はない。何故ならば、これをかつて切り捨てたのは自分なのだから。

 自分を戒めるいい機会を得れたところで、倫太郎はアサシンの方へと視線を向けた。

 

「アサシン。今日の夜、志原と一緒にバーサーカーのマスターに接触する。万が一の場合は君とキャスターにバーサーカーと戦ってもらう事になるけど、異論は?」

 

「……………………………………まぁ、ないよ」

 

 無いよ、とはとても思えぬ様子であった。

 90度首を回転させて倫太郎から目線を外しつつ、アサシンは本当に心の底から嫌そうな声で返答したのだ。

 

「い、いや良くないだろそれは。なんでそっぽ向いたままなんだよ、声もすごく刺々しいし……文句があるならなんでも言ってくれ、僕にできる事なら改善を……あっこら霊体化するな‼︎」

 

 スゥッと消えていくアサシンに困惑する倫太郎を見て、キャスターはニヤリと口元に笑みを浮かべたのだった。

 

「は──言葉にできん文句もあるっちゅうことや」




【第六次聖杯戦争】
突如として勃発したあり得ないはずの聖杯戦争。進行を取り仕切る聖堂教会による「監督役」が不在のため、聖杯戦争を推し進める上での様々な工作や隠蔽が上手く機能していない。
魔術教会も人員を送り込んではいるものの各員の連携が働かない上に、街を徘徊する「黒化サーヴァント」の格好の餌として日々その数を減らしている。聖堂教会は当初は積極的介入に踏み切ろうとしたが、代行者達を失ったことから慎重な姿勢を見せ、今のところアナスタシア一人に丸投げとも言える様子を見せている。
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