Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

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五十七話 憤怒の英雄/Other side

 ──幼い頃、愛しき両親に誓いを立てた。

 

 己は英雄になり、その生涯を駆け抜けると。

 自らが、両親が、人々が思い描く「英雄」。その全ての理想を体現する、完全な英雄にならんと、彼は果てしなき努力と戦いを重ねていった。

 そして立派な戦士として成長した彼は、戦場に於いてめざましい活躍を見せ、着々と名声を集めていく。別段人々からの賞賛が欲しいわけではなかったが、自らが理想へと近づいている事は、彼に確かな歓喜をもたらした。

 英雄として振る舞い、戦い、勝利する。

 誰もが一度は夢見て、その半ばで諦めるか死に絶える理想。それを彼は、しかしその圧倒的なる武勇でもって叶え続けた。

 彼は誰が見ても文句の付け所がない、まさに「英雄」と称されるに相応しい戦士だった。

 

 ──その戦争が、始まるまでは。

 

 ……彼には、唯一無二とも言える友がいた。

 父の王宮に身を寄せたその男は、英雄を目指す彼の良き理解者であり、かけがえのない友であった。彼らの絆は海よりも深く、決して崩れぬ確かな友情がそこにはあった。

 戦場に生きる事を命題とする彼にとっても、決して欠くことはできぬと思える程の深い友情。だが彼らの絆は、思いもよらぬ形で終焉を迎える事となる。

 

 ──◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎が、敵に討たれた。

 

 友の戦死を告げるその言葉を受け、彼は驚嘆と深い絶望を同時に味わった。

 彼は何も考えられないような落胆の中で、それでも英雄として行動せんと立ち上がった。

 何をするのかなど決まっている。

 英雄として、そして一人の友として。友に死をもたらした者への復讐を果たすのみだ。

 彼は勢い勇んで槍を掴み、ろくに休息もとらずに戦場へと駆けつけた。友を討ったという敵の総大将に戦いを挑み、これを打ち倒して亡き友へ捧ぐ。そう考えた彼が戦場で見たものは、予想を遥かに裏切るものであった。

 敵の総大将は、見覚えのある鎧を纏っていたのだ。

 一目で彼は理解した。それはかつて戦場に赴く友に彼が預けた自らの鎧である、と。

 沸騰し始めた脳で、彼はその事実を把握する。

 つまり。あの男は自らの友を討っただけでなく、その死体から鎧を剥ぎ、友の戦士としての誇りを踏みにじり、あまつさえその鎧を自らのものとして周囲に誇示していたのである。

 それは全てその男の計らいであり、彼を挑発するための行為であった。だがそんな事に気付く余裕もなく、彼は男の目論見通りに激昂した。

 

 ──貴様は許さぬ。殺してやる。

 

 彼は激情に駆られながら並み居る雑兵を蹴散らして、その男に一騎討ちを申し出た。

 戦士としての誇りをかけて、正々堂々と打ち倒してくれると考えたのだ。

 が、あろう事か、その男は彼の挑戦にまともに応じなかった。ひたすら逃げ回りながら隙を突いて攻撃し、また逃げ回る。守勢に於いて圧倒的な技術を有していたその男は、冷静さを欠いた彼を、実力差をものともせずに引きつけ続けたのだ。

 

 ──殺す。殺す。殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す‼︎

 

 彼の中で憎悪が膨れ上がっていく。

 もはや英雄として振る舞う事は捨てた。

 誇りも矜持も怒りの前に掻き消えた。

 友の誇りを汚し、自らの誇りをも無視するその男への復讐に取り憑かれ、かつての英雄は一人の復讐者へと堕ちたのだ。

 ……そうして長い戦いを経て、彼はその男を打ち倒した。

 殺しただけでは飽き足らず、彼の剣を奪い、鎧を取り戻したのちに戦車に死体を括り付け、その男が原型を留めなくなるまで引き摺り回した。

 「英雄」と称された彼が生前に犯した、最も理想からかけ離れた行為である。

 そしてこの時の逸話から、彼は「狂戦士」として召喚される資格を有する。かつての敵の剣を握り締め、今なお死した"あの男"の姿を探し求めるバーサーカー。

 故に。彼は今も、その名を狂気と共に叫ぶのだ。

 トロイアの知将にして総大将であり、最後まで国に殉じたもう一人の英雄──"輝く兜"と称えられた男の名を。

 

 

 

 

「さてと」

 

 ビルの上を吹き抜けていく強風が、楓のマフラーを揺らしている。

 楓と倫太郎は大塚市中心に立ち並ぶ高層ビルのうちの一つから、星雲にも似た煌びやかな街並みを見下ろしていた。

 セントラルタワーに取り付けられた巨大な電光掲示板に映し出された現在時刻を見やりながら、楓は隣の倫太郎に告げる。

 

「深夜一時。行動開始時刻よ」

 

「場所の把握はどうなってる?」

 

「……大塚セントラルタワーの地下に、仙天島に比べれば小規模だけど、龍脈が流れてるの知ってるわよね?」

 

 龍脈の把握、管理はこの土地の管理者である倫太郎の役目だ。

 大塚市にもいくつか龍脈たる土地が存在するが、そのうちの一つが大塚セントラルタワーの地下である。

 

「どうもそこの近くから魔力を汲み上げて工房を構築してるっぽいんだけど、その場所がよりによって──」

 

 楓は人差し指をすう、と上げて、高層ビルのうちの一つを指差した。

 

「あそこ。地上13階建てのオフィスビルなんだけど、そこの上層階が丸ごと工房に作り変えられてるみたい。結構厄介よ」

 

 夜の闇の中、黒々とした長方形のシルエットが聳えている。

 明かりが灯っている階は無く、エントランスと思しき場所も真っ暗。

 平時ならば会社員やサラリーマンがすし詰めになって勤務している筈だが、深夜帯に突入した今、彼らは皆姿を消していた。

 しかし──魔術師が工房を構築するのはいたって普通の行為だが、よもやこんな民間人の多い場所に構築しているとは、倫太郎も楓も予想できなかった。

 

「なるほど。あんな場所を独力で突き止めるのは確かに困難だ。確かに厄介だな、あの高さは……」

 

 高所を取られていると単純に潜入が難しくなるし、13階もの階層が存在するのでは、侵入者対策の備えも山のように用意されている事だろう。第四次の際にホテルの上層階を工房にしようと企んだ魔術師がいる、といった情報を耳にしたことがあるが、それに似た形式をとっていると言えるだろうか。

 

「でも、戦いになると決まったわけじゃない。まず僕が正面玄関から堂々と入るから、キャスターと一緒に近くで待機を頼む。君たちには位置の割り出しを担当してもらったし、ここからは僕の役割だ」

 

 楓は自分の格好を見下ろして肩を落とした。できることならついて行きたかったが、一人で漫画やアニメに出てくるくノ一のコスプレをしているようなこの姿ではあまりに目立ってしまう。

 

「ちなみに、バーサーカーが問答無用で襲ってきたらどうするんや?」

 

「その時はもう後に引けない。こっちのアサシンとキャスター、二騎にはバーサーカーと戦ってもらう。その間に、可能なら僕たちがバーサーカーのマスターを追い詰める」

 

「よっしゃ。そん時は真っ当なサーヴァントらしく、狂戦士の相手を務めさせてもらおうかねえ」

 

 ざわざわ、と何かが蠢く音がする。それはキャスターが使役する式神が発する音であり、千体にも及ぶ彼らは一つの群れとなって、彼の背後で主の命令を待っていた。

 

「二人とも、相手はセイバーさえ出し抜いた英霊よ。その疾さにものを言わせて、マスターを直接狙ってくる。二人の力を疑うわけじゃないけど、決して目を離さないよう注意して」

 

「りょうかい」「おーけー」

 

 二騎のサーヴァントから心地いい了承の返事が飛ぶ。

 その言葉をもって、彼らは速やかに行動を開始した。

 

 

 

 

 その頃。

 遥か上空から街中に"糸"を垂らし、人知れず魔力を奪っていたもう一騎のキャスターが、その光景を高みから見つめていた。

 フードの奥に隠した口元を歪ませて、魔女は嗤う。

 

 

 

 

「さて、どう出てくるかな……」

 

「緊張、してる?」

 

「……正直ね。最初に会った時言ったけど、僕はもともと臆病なんだぞ。こうして敵と戦えてるのが、自分でも不思議なくらいだ」

 

「自分の弱さを……認められる時点で、君はもう強いはずだ……よ」

 

「そう言ってくれるとありがたいけどね……まだまだ一流を名乗るには足りないさ」

 

 竹刀袋に入れた木刀の感触を背で確かめながら、堂々と敵の本拠たるオフィスビルに向かって歩いていく。15階建ての建物はそれどけで見上げるような威圧感があったが、負けじと倫太郎は視線を外さない。

 

「……妙じゃないか?」

 

「なにが?」

 

「人が少な過ぎる。いくら深夜とはいえ、ここは大塚駅からすぐ近くだ。普通なら、もっと人がいてもおかしくは──」

 

 目の前には車も通行人も見えない道路。その突き当たりに目標のビルが堂々と鎮座しており、道路はそこでT字に分岐している。彼らの歩みを阻むものは何も無いように見えた。

 が、小声で話しながら足を踏み出した瞬間、倫太郎の首筋に嫌な感覚が走り抜けた。

 「領域を越えた」という事実が感覚になって襲ってきたような得体の知れない悪寒。周りの風景はいたって普通なのに、自分だけが異物にしか思えない気味の悪さ。

 それを感じ取った瞬間、倫太郎は反射的に木刀を引き抜いていた。

 

『歓迎しよう。繭村の若き当主よ』

 

 周囲に響き渡る凛然とした声が、倫太郎の鼓膜を震わせる。

 

「バーサーカーの……マスター、だな」

 

『如何にも。私はマリウス・ディミトリアス、貴殿の言う通り狂戦士(バーサーカー )の英霊を使役している。この地の管理者たる貴殿に御目通りが遅れたこと、ここに謝罪しよう』

 

 もはや姿を隠すのは無駄と悟ったか、アサシンが霊体化を解いて倫太郎の隣に並び立つ。短刀を胸元近くに構え、どの方向からバーサーカーが奇襲してきても迎撃できるように注意を周囲に向けた臨戦態勢である。

 

「……ご丁寧にどうも。こちらも貴方の名は知っている。鉱石科に名を轟かせるかの鬼才にお会いできるとは、僕も光栄だよ」

 

 粛々と謝罪を受け入れつつ、それなりの敬意を示して返答する。その様はいたって冷静沈着といった様子だったが、倫太郎は内心では小躍りしたい気分だった。

 まだ二言しか言葉を交わしていないが、相手に問答無用で襲いかかってくるような素振りはない。この様子ならばスムーズに停戦まで持ち込めるだろう、と倫太郎が交渉に移ろうとしたところで、

 

『──待ちたまえ。貴殿の要求は理解している。一陣営の突出、暴走を諌めるための共闘だろう? 貴殿の後方にキャスターが控えていることも知っている』

 

 開きかけた口を閉じて、倫太郎は小さく舌打ちした。

 この近辺で状況説明を受けたのが悪かったのだろう。大方、使い魔の類から情報を得たのか。大塚駅付近はこの男の縄張りだと考えて、注意深く行動すべきだった──が、今悔いても仕方がない。

 

「……それは話が早くて助かる。なら、単刀直入に聞こう。貴方とバーサーカーの陣営は、どうするつもりなんだ」

 

『答えはノーだ。貴殿らとは協力しない』

 

「そう、残念だ。興味本位の質問で申し訳ないけど、その理由は?」

 

『簡単な話さ。我がバーサーカーは、まごうことなき"最強"。貴殿らと共闘する必要はない、それに』

 

 声しか聞こえないマリウスは視線を倫太郎から外したのか、一度言葉を区切らせて──、

 

『"志原"のような魔術師の風上にも置けぬ連中と手を組むなど、ディミトリアスの名に泥を塗る愚行だ。プライドや名誉は時として確実や勝利よりも優先される。貴殿はもう少し、組む相手というものを選んだ方がいいようだ』

 

「………………………」

 

 木刀を握る手に力が篭る。みし、と強化を重ねられた木刀を軋ませながら、倫太郎は他人に見せたことのないような形相で姿の無い敵を睨みつけた。

 倫太郎とアサシンが侵入したこの結界だが──半径五十メートルはあろうかという半円状の領域には、恐らく人避けや防音といった魔術が施されている。

 だからこそ人気が多い場所でありながら通行人の姿が見えないのだろうが、わざわざそんな事をする理由は一つしかない。

 

『──無駄話はここまで。英霊を率いる魔術師同士、正面きって戦いを始めるとしよう』

 

 マリウスはハナからここで倫太郎たちを消す算段をしていたのだろう。

 そしてこの場所は、街中に作り上げられた決戦場というわけだ。

 ぽつぽつ、と雨が降り始めた。コンクリートを濡らしていく雨粒はすぐに勢いを増し、街を濃い雨霧で包んでいく。

 そんな中。

 15階建てのビルの天辺。約五十メートルの高みに、異様な人影が姿を現した。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎──ッ‼︎‼︎」

 

 咆哮が夜の街を引き裂いて、周囲の空気を殺意で埋めていく。

 それを聞いて、奥に姿を隠していたキャスターと楓も駆けつけた。

 ふわりと宙から降りてきたキャスターは楓を地面にそっと下ろすと、咆哮する狂戦士に視線を向ける。

 

「倫太郎っ、交渉は? 失敗したの?」

 

「最初から全部聞かれてた。僕たちに協力する気はない、それどころかここで消すつもりみたいだ」

 

「ま、それならしゃーないやろ。戦うんならこっちも戦うだけやけど……なんや、随分とやる気みたいやん?」

 

「ぶちぎれ……てる、ねえ。何かに、怒ってる、みたい……」

 

 こちらにはサーヴァントが二騎。数の上では一対二、有利だと言うのは簡単だが──時にサーヴァントという連中は、一騎で尋常ではない力を発揮することがある。

 

「この距離なら……キャスター、千里眼は? 戦闘になる前に真名が把握できれば、ちょっとした対策くらいは立てられるでしょ」

 

「使える。ギリギリやけど問題なし、ちょいと待──」

 

 キャスターが最後まで言葉を言い切ることはなかった。

 ビルの屋上からこちらを見下ろしていた狂戦士の姿が、消える。

 そしてほぼ同時、アサシンは真横の地面が砕ける音を聞いた。

 

「つ゛っ‼︎⁉︎」

 

 それが、バーサーカーが着地した音であると。

 それを理解するよりも早く、アサシンに染み付いた暗殺者としての生存本能が彼女の身体を突き動かした。微かに逸らした首元を、黒々とした長剣が一閃する。

 振り抜かれた刃はそれだけで暴風を巻き起こし、紫陽花色の髪を揉みくちゃに弄んだ。

 ──ここまで、僅かコンマニ秒。

 着地によって飛び散った瓦礫が再び地面に落ちるよりもなお速い超神速の攻防が、アサシンとバーサーカーの間で交わされる。

 

「こいつ、はっ──⁉︎」

 

 アサシンが反応できたのはほぼ偶然だった。恐らく次はない。

 攻勢は一撃に留まらず、バーサーカーの脚が膨張する。筋肉が、筋組織が全力で駆動し、彼の姿を再度超神速の領域へと引き上げる。

 

「────……チッ‼︎」

 

 キャスターが割って入り、空間から引きずり出した護身・破敵を最速でバーサーカーに叩きつける。

 が、彼はそれを意にも介さず、素手でその刃を殴り飛ばした。

 英霊の霊基すら細切れにするキャスターの宝剣は、バーサーカーの身体に傷一つ与える事なく、跳ね返されて主たるキャスターに向かって襲い掛かる。彼がそれを避けて態勢を崩したところに、バーサーカーは躊躇なく手にした長剣を振り下ろした。

 

「くッ‼︎」

 

 そこにアサシンが飛びかかった。黒点を狙う暇すらなく、とにかくなりふり構わず抱きつくようにしてバーサーカーの動きを鈍らせる。

 それが幸いして、バーサーカーの長剣は僅かに軌道を変え──、

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎ッッ‼︎」

 

 ──変えることは、なかった。

 並外れた膂力にものを言わせて、アサシンの妨害ごと剣を振り抜く。

 それは獰猛にキャスターの肩口に食い込み、肺を両断し、臓器を滅茶苦茶に潰して腰から抜けていった。降り注ぐ雨粒に飛び散った鮮血は混じり合い、バーサーカーの赤黒い皮膚を更に毒々しく染め上げる。

 

(うそ……こいつの、強さは……本当に────)

 

  しがみつくアサシンの身体に、異様に重い衝撃が走る。

 彼女は呆然と目線を下げて、見た。自分の鳩尾にバーサーカーの拳が食い込み、それは骨を折るどころか肉を貫通して、背中から拳を生やしているような光景を晒しているのを。

 げぶ、と血を吐く音を遺言に、アサシンの首が撥ねられる。

 残ったマスター達が命を落とすのはもっと早かった。彼らはまとに反応することすら出来ず、たった一太刀で二人まとめて絶命した。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎……」

 

 戦闘終了。人の終わりとは呆気ないものだ。

 バーサーカーは物足りぬと唸ったまま、その憤怒をぶつけるように、自ら斃した英霊達の亡骸に何度も剣を振り下ろし続けた──。

 

 

 

「…………成る程ねえ、セイバーを倒すっちゅうからどんな奴やと思うとったけど、こりゃあ確かに破格やわ」

 

 

 

 ざあ、と立ち込める雨霧が晴れていく。狂戦士はぴたりと手を止め、再度姿を現した敵対者を舐めるように睨め付けた。

 その奥から姿を現したのは、無傷のキャスター、アサシン、そして二人のマスターたる倫太郎と楓。

 

「こうも降ってくれると、幻術ってのは成功し易くなる。雨粒やら雨霧やらと利用できるからなぁ。こりゃ天候に恵まれてるで」

 

「けど──アレ相手に……何度も、効かない。そうでしょう?」

 

「当然。弓兵が鷹の目でもって看破したように、奴には戦士としての、英雄としての戦闘感覚(バトルセンス)が残っとる。あと十秒ってとこかねえ」

 

 認識をズラされ、虚像を斬りつけるバーサーカー。その剣は一太刀ごとに暴風を巻き起こし、大地を抉り飛ばし、己こそが最強であると言わんばかりに破壊を撒き散らしていく。

 

「あの英霊……前見た時も少し考えたけど、まさか──」

 

 倫太郎が呟く。自分には、否、アサシンやキャスターですらまともに目視できない神速で剣を振るうあの英霊の正体に、彼は心当たりがあった。

 

「倫太郎クンの想像通り。僕たちサーヴァントですらまともに捉えきれんほどの超神速や、恐らくアイツに追いつける英霊は存在せん。つまるところ、サーヴァント中で見ても敏捷性において頂点に位置する存在が奴の正体」

 

 爆撃じみた剣戟の音を止ませ、バーサーカーは動きを止めた。

 前屈みの、まるで肉食獣のような構えもへったくれもない態勢のまま、彼の首が不気味にねじ曲がる。雨に濡れた緑色の前髪から覗く憤怒に染まった相貌は、確かに四人の正確な位置を見抜いていた。

 

「──奴の真名()はアキレウス。全生物、全英霊の中でも文句なしの最速に位置する、正真正銘の大英雄や……‼︎」

 

 言い終わるか否かといった瞬間、刹那の攻防が交わされた。

 倫太郎と楓には、アキレウスの行動がまるで見えなかった。

 ただ、一瞬にしてバーサーカーの姿が掻き消え、隣に立つアサシンとキャスターが血を流して膝をついていた。もはや戦闘する姿すらも捉えきれないその速度は、まさしく最速の英霊に相応しい。

 

「……くそったれ、やっぱ見えん‼︎」

 

「勝ち目……ない、かも。あれは確かに、少なくともこの聖杯戦争においては……最強の……英霊」

 

 額から一筋血を流して顔を歪めるキャスターは、忌々しげに道路の先を見る。

 路上の信号機の上に着地したバーサーカーは、彼らの血で濡れた刀身を満足げに眺めていた。今まで幻ばかりを相手にしたからか、肉を断つ感触を味わっているのか。

 

「が──アイツが強いってのは最初から予想済みや。楓ちゃん、倫太郎クン、作戦通りに。僕らが勝てん以上、君らが頼みや」

 

「……わかってる。やろう、志原」

 

 楓は頷いて、胸元に刻まれた令呪を確かめるように手を置いた。

 サーヴァント同士の勝負という点で勝ち目がない、というのは明白だ。であれば──、

 

「「令呪を以って命ずる‼︎」」

 

 マスターに出来ることは一つだけ。

 令呪を使った援護によって、その力量差を埋める他ない──‼︎

 

「アイツを倒して、キャスターっ‼︎」

「バーサーカーを倒すんだ、アサシン‼︎」

 

 (ふた)つの真っ赤な閃光が、雨に濡れた街を赤く照らし出した。

 鬱陶しそうに目を細めるバーサーカー。彼が閃光の奥に見たものは、全身から魔力の靄を立ち上らせてこちらを睨む、二騎のサーヴァントの姿だった。

 

「へえ、こりゃ有り難いもんや。今なら奴の神速さえ捉え切れるし、易々と負けはせんやろう……が、残念ながらまだ足りん(・・・)

 

 キャスターは情けなくてすまんなあ、と雨に濡れた艶やかな黒髪をガシガシと掻きながら、バーサーカーの正体について素早く考える。

 

「──奴の真名はアキレウス。かの英雄には特殊な逸話があってなァ、神々の祝福があの全身を……正確には踵以外の全部位を守護しとる。踵を狙わん限り、彼に「神性」を持たぬモンの攻撃は通用せん」

 

 だが、神速を誇るバーサーカーの踵一点を狙うというのがどれほど非現実的な作戦かは、この場にいる誰もが知るところだ。

 

「キミの魔眼ならお構い無しに即死させるやろーけど……ま、踵と同じく的確な攻撃を加えるのは難しかろう」

 

「悔しいけど……その、通り」

 

「だから──僕が宝具を使って、奴と戦う。僕の十二天将はまごうこと無き神霊や、バーサーカーを相手取るには最適やろう。奴をこっちの領域に引きずり込んでる間に、楓ちゃんと倫太郎クンがバーサーカーのマスターを止めてくれ」

 

 楓はこくりと頷いた。令呪による後押しを受けている今、彼女の心もとない魔力供給量でも宝具の発動を令呪の効果が後押ししてくれる。むしろ今使わなければ損、とまで言えるくらいのタイミングだ。

 とはいえ──それでも尚、あの狂戦士は別格だった。

 令呪の行使、宝具の使用、二騎による共闘。

 これら全ての有利条件を重ねても、まだあの英霊一騎の強さを上回るには及ばない。これでようやく互角、と言える程度だろう。

 

「……足止めじゃなくて、倒せたら倒してくれても構わないからね」

 

「努力はするけど、こっちの有効打は限られとる。令呪の支援もずっと続くわけじゃないし、その支援分の魔力量を越えて僕が宝具を使ってたら楓ちゃんが干からびてまう。せいぜい稼げる時間は二時間ってトコか──な‼︎」

 

 キャスターが弾かれたように魔力を手の中で精製し、瞬間的に地面に描かれた陣から陰陽の雷が放たれる。

 それは音もなく──正確にはただ音が到達するよりも速く空を駆けただけだが──静かに襲い掛かってきたバーサーカーを迎撃し、その長剣を押し留める。令呪による援護が無ければそれも間に合っていたがどうかという程の神速であった。

 

「行って、マスター。ここは……私たちが、引き受けるから」

 

「分かった。──勝手に死なないでくれよ、アサシン」

 

 アサシンは言葉を返さず、微かな笑みを浮かべて頷いた。

 倫太郎が彼女に背中を向けると同時に、アサシンは短刀を構えて勢いよく駆け出していく。

 

「行こう、志原。僕たちの敵は──あそこで待っている」

 

 降りしきる雨の中、倫太郎は確かに感じていた。

 自分たちから遠く離れた最上階からこちらに突き刺さる、敵意の篭った鋭い視線を。

 時間はあまり無い。背中を打つ鳴り響く戦闘音を置き去りにして、二人は敵の本拠地たるオフィスビルに向かって走り出した。




【バーサーカー】
真名:アキレウス
「最速の英霊」と称される英雄。通常の霊基状態でもその俊敏性は全英霊中最速に位置するが、更に「狂化」によるブーストが加わっており、その俊敏性はサーヴァントですら捉えられない。
彼とまともに交戦するには優れた「直感」や「心眼」か、それに類似した能力が必須となる。その必要条件を乗り越えたとしても、「狂化」によって強化された彼の剣戟とまともに打ち合えるサーヴァントは数少なく、彼を"最強"と呼ばれる存在たらしめている。
〈ステータス〉
筋力A、耐久A、敏捷EX、魔力C、幸運D、宝具A+
〈保有スキル〉
神性:C

不毀の極剣(ドゥリンダナ)
ランク:A
種別:対人宝具
レンジ:1
最大捕捉:1人
トロイアの英雄、ヘクトールから強奪した不滅の魔剣。
理性を失ったことによってその機能は封じられているが、依然として刃の鋭さは失われていない。
この剣が「不滅の刃」と呼ばれることから、セイバーにとっては致命傷を与えうる剣となる。神性を持つ者に対して絶対の優位権を持つ彼女だが、それでもこの刃の前には破れるしかなかった。

彗星走法(ドロメウス・コメーテース)
ランク:A+
種別:対人(自身)宝具
レンジ:0
最大捕捉:1人
彼の「最速」たる逸話が昇華され、形となった常時発動型宝具。
基本的にはライダーのクラスで召喚された際と同様の効果であり、踵を傷付けられると速度が落ちるのも同様。が、狂化によるブーストが発動しているため、彼の速度はライダーで召喚された時よりも更に速い。まさに最速。

勇者の不凋花(アンドレアス・アマラントス)
ランク:B
種別:対人(自身)宝具
レンジ:0
最大捕捉:1人
彼の全身にかけられた不死の祝福。神性を持つ者、および神造兵装による攻撃以外のありとあらゆる攻撃をシャットアウトする。基本的にはこちらもライダー時と同様の効果。踵を傷付けられれば消滅する。
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