Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

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第六話 サーヴァント

『え 今日前田先輩の家に泊まるの?』

 

『うん。晩メシ作れなくてごめん』

 

『もっと早く言ってよー 歯ブラシは? 着替えとかはどうする気?』

 

『大丈夫 こっちでなんとかする』

 

『わかった。気を付けてね最近物騒だから。特に夜はあんまり出歩かないこと』

 

『はーい』

 

『文面で分かるくらい適当に返事しない‼︎ お兄ちゃん前田先輩とつるむとたまに悪ノリするから心配なの‼︎』

 

 ……メンドくさい流れに入ったので既読無視を決め込んで、スマホを雑にポケットに突っ込む。俺は現在妹の言う「物騒」の真っ只中にいる身なので、残念ながら彼女の忠告は手遅れだ。

 さて、俺とセイバーは夜の帳が下りた駅前広場のベンチに腰掛け、二人して夜闇を煌々と照らし上げる照明の輝きを眺めている。

 見るに、どうも人気が少ないようだ。

 この駅前広場は駅前を謳いながら少し大塚駅から距離があり、さしたるものも存在しないために普段から人気は少ないのだが、人影が一人も見当たらないというのは珍しい。今日は金曜日。待望の休み前だというのに、金曜の夜は必ず目にするような酔っ払い達の姿も街には無かった。

 街に蔓延る不穏な空気を人々も無意識に感じ取っているのだろうか。俺が変な違和感を感じ取ったのと同じように。

 ひゅぅっ、と熱気混じりの夜風が吹き抜ける。人気のない夜というのはここまで恐ろしく感じるものだっただろうか。何か背筋の後ろによくないものが張り付いているような悪寒が離れないが、幸い俺の横にはこのデタラメ魔王様がだらーんと座っている。

 

「ねえケント、妹さんに連絡は済みました? ……それならそろそろ動きましょう。これからの方針はどうします?」

 

「いや方針も何も、聞きたいのはこっちなんだけど。お前、今まで自分が何してきたか思い出してみろ? さっきまで遊び呆けてたじゃねえか、あっち行きこっち行き。そのせいで緊張感ってもんが完全に抜けたんだけど」

 

 あの「コーヒー飲んだセイバー激怒事件」からはや二時間。現在の時刻は早くも九時を回っている。

 マスターに平謝りしつつ、喫茶店「薫風」から出た俺は、セイバーと共に暫しの平穏を過ごした。と言っても、ふらふらと行きたい所に行こうとするセイバーに嫌々ながら付き合っただけなのだが。

 

「ったく、やれゲームセンター行きたいだのやれスイーツが食べたいだの。お前本当に英霊なのか? いやそもそも、聖杯戦争ってこんなに緩いもんなの?」

 

 この魔王様は行く先々で問題を引き起こそうとするので気が滅入る。メンドくさい王様を持つ従者はかように疲れるものなのか。

 

「まあまあいいじゃないですか。適度な息抜きは必要ですし。実は街を巡回しつつ、サーヴァントの気配を探っていたんですよ」

 

 「絶対嘘だろ」と俺が訝しげな視線を向けると、セイバーは案の定視線を逸らす。

 この短い付き合いの中でも、分かってきたことが幾つかあった。

 ──第一に、コイツは我儘である。

 面倒臭いのは言わずもがな。一応口調は丁寧で、思いの外俺には寛容な態度を取るが、あまり彼女の決定には逆らわない方がいい。

 ──第二に、甘い物が好き。

 時折うっかり魔王様に失言を述べようとも、近くに甘味があればどうにかなる。

 ──第三に、都合の悪いことがあるとすぐに目を逸らす癖があるらしい。

 あまりにも分かりやすいので、最初は噴き出しそうになった。

 それと、あとは──、

 

「な、なんですか。しつこいですよ視線が」

 

 ──認めたくはないが、非常に可愛い。

 髪色が目立つのでフードを被ってもらっているが、よく見てみると結構童顔で、幼さの残滓を微かに感じさせる顔立ちだ。頬の赤みがその可愛らしさを引き立てている。更に日本人では到底持ち得ない白い肌に、透き通るような蒼い髪。

 そんな風貌をしていながらぶかぶかな黒いジャージの上下を着ているのがアンバランスだが、それさえも不思議な魅力に変えてしまう程の雰囲気を彼女は纏っている。「魔王」という自称がアンバランスに思えてしまうくらいだ。

 

「ちょいと、聞こえてますかー? うーん、敵魔術師の暗示の魔術にでも引っかかりましたかね……いや流石にそんな馬鹿じゃないでしょうし……」

 

「うるせー。なんでもない」

 

「んなぁっ⁉︎ 人をじろじろ見ておいてなんなんですかそれは‼︎」

 

 愕然とした表情のセイバーから、知らん顔で目線を外す。

 コイツと居ると何故か調子が狂うのを自覚しつつ、すぐ近くの大塚ランドマークタワーを仰ぎ見る。上空四十メートルあたりの壁面に取り付けられた巨大電光掲示板は明確に今の時刻を表していた。

 

「あ。あそこは私が今日の朝に登った塔ですね。見晴らしも良く、風が気持ちよかったですよ」

 

「お前あんな所まで登ったの? なんで?」

 

「そりゃケントを見つけるためですよ。モノを探すには高い所から探す、こんな事も知らないんですか? つくづく無知ですね」

 

「俺も知ってるわ‼︎ その程度の知恵で堂々と胸を張んな‼︎」

 

 コノヤロー揉むぞ。……という冗談は流石に喉の奥に飲み込んでおく。この魔王サマの場合ワンタッチが何を引き起こすか分からないというのに、そんなセクハラ発言は自分からあのバーサーカーに飛びかかるに等しい自殺行為だ。

 ……下らないことから思考を切り替える。

 このふざけた魔王サマと一緒にいると危うく忘れそうになるが、今は「聖杯戦争」という名の殺し合いの真っ只中なのだ。やすやすと気を抜くことはできないって話。

 

「そういや……今は九時十二分か。聖杯戦争が始まるにはまだ早いんじゃないか? 昨晩みたいに、サーヴァントは人目につかない深夜戦ってるイメージがあるんだけど」

 

「いえ、その思い込みは危険ですよ。いつ如何なる時も聖杯戦争は続いているんですから、人気が無ければ昼間に襲撃してくる事もあり得ます。──まあ、警戒は怠っていないので安心して下さい」

 

「りょーかい」

 

 気の抜けた返事を返して、話を主題に戻す。

 

「さて、これからどうするかだけど。確かセイバーは、召喚される七騎の内じゃ「最優」のクラスなんだよな? なら適当に街を巡回して、出遭ったサーヴァントを逐次倒していけば……とはいかないか、流石に」

 

「ま、簡単にはいきませんよ。セイバーのクラス……要は私ですが、私は「最優」であっても、「最強」ではありません。バーサーカーの奇襲で前マスターを失ったのが良い例ですし、暗殺を得意とするアサシンなんて英霊も居るはずですからね。マスターを殺す戦法を取る陣営もあるでしょうし、私が相性の悪いサーヴァントが召喚されている可能性だってあります」

 

「相性が悪い……『こうかは ばつぐんだ!』的な? お前は魔王だし悪っぽいから、ムキムキなタイプは苦手なのか? 確かにあの英霊は筋肉すごかったような」

 

「はあ? 何を言ってるのか知りませんけど……例えば、そうですね。かつて私を殺した(・・・)奴とかですよ」

 

「──────」

 

 けろりと言われた言葉に、俺は思わず押し黙る。

 彼女が過去の英霊であり、魔王であるというのなら。それを討ち果たす勇者が存在するのは当然の話だ。そうでなければならない。魔王というのはいつか打ち滅ぼされるモノだと、遥か昔から相場は決まっている。

 ……まあ、それを認めたくはないが。

 

「こ、こほん。そんな黙らないでくださいよ、軽い冗談ですって。そんな奴がいたら不思議と感覚で分かるものですし、いまこの地にあいつ(・・・)は召喚されていないようです」

 

「ならいいけどな、そう物騒な冗談を言うんじゃねえ」

 

「反省はしますけど謝りませんよ、魔王なんで」

 

 また変な事を言ってやがるが、コイツの性格を把握し始めた今となっては返答するのも面倒なので置いておく。

 

「魔王……勇者に倒されるモノ、ねえ」

 

 言葉にしてみると、物言わぬ血塗れの死体と化した目の前の少女の姿が見えたような気がした。その目眩に似た瞬間的な光景を誤魔化すように、クラス毎の特徴でもざっと思い出す事にする。

 

「えー……また脱線したな。敵のサーヴァントは全部で六騎だっけ」

 

 まず、セイバーに匹敵する優秀な総合戦闘能力を誇る『ランサー』に『アーチャー』。

 多彩な宝具により、本体性能を遥かに上回る能力を兼ね備える『ライダー』。

 気配遮断の能力を持ち、闇から致死の一撃を加えてくる『アサシン』。

 与えられた陣地作成能力により、防衛戦に関しては比類ない力を持つ『キャスター』。

 無尽蔵の体力を誇り、理性を捨てて暴走する狂戦士『バーサーカー』。

 

「うーん。バーサーカーの奴、あいつは苦手ですねえ」

 

 まるで俺の思考を読んだかのように、セイバーが呟く。

 

「なんで? 確かにあいつはムキムキ系っぽいけど、それ以上に悪! って感じが強かったぞ。何も言わなきゃ奴が魔王って言われた方がしっくりくる……うん、やっぱりお前が魔王を言い張るのは無理がある気がする」

 

「魔王は私です‼︎ 失礼な‼︎」

 

「んじゃあなんで苦手なんだ?」

 

「……そもそも、あのバーサーカーは戦闘能力が異様に高いです。打ち合った際はバーサーカーらしく無茶苦茶な剣筋でしたが、基礎能力が高過ぎるせいで押し切られてしまうんですよ。重く、鋭く、何より速すぎる──タダでさえ強力な英霊が狂化によって更に強化され、手の付けられない次元に達してるんでしょうね」

 

「タダでさえ強い奴が更に強化ね……つまりはバーサーカーが最強って事でいいのか」

 

「そんな事ないですぅ。……私だって強いですぅ」

 

「けど負けてたじゃん、お前」

 

「……………………」

 

 事実を突きつけると恨めしげにセイバーが睨んできたので、慌てて視線を逸らす。どうやらそこには触れて欲しくなかったらしい。

 

「……もう一つ、奴を私が苦手とする理由があります」

 

「?」

 

「奴の剣ですよ。詳しくは判りませんが、バーサーカーが持つ剣は、かつて私を殺した剣によく似ている(・・・・)んです。だから攻撃は受けにくいわダメージは増加するわで、できれば戦いたくないですね」

 

 英霊の得手不得手というのは生前の逸話、本人が持つ属性等によって決定されるが、バーサーカーの「剣」は、セイバーという存在に効果覿面の性質を秘めているらしい。

 セイバー……魔王……殺す……となると、「魔王を殺す剣」とか?

 ゲームに登場するような石の台座に突き刺さった煌びやかな剣を連想してしまい、思わず苦笑する。昨晩の記憶にあるバーサーカーの剣の姿は、「勇者の剣」というよりも「魔剣」という表現の方が適切な代物だった。その刀身はドス黒い霧に覆われていて、輝きを放つ事は全くなかったと記憶している。

 

「じゃあ、バーサーカーにちょっかいは出さない方がいいのか……と言っても、奴の方から仕掛けてきたらどうしようもないけどな」

 

「まあ、打開策ならあります。バーサーカーの消費魔力は尋常ではありませんし、長期の戦いには向いていません。そうそう易々と動けないからこそあの夜は撤退してくれたんですし、あれ程の英霊を召喚している時点で、奴を使役している魔術師の魔力はどんどん吸い上げられている筈です。うーん、今頃地べた這いつくばって死にかけてるんじゃないですかね?」

 

「魔力……確かサーヴァントの栄養源だっけ。魔力が無くなると、人って死ぬのか?」

 

「栄養源って何ですか……まあ、魔力も元を正せば生命力ですから。生命力がすっからかんになったら人は死にますね」

 

「……あれ? じゃあ俺、死んでるのになんでお前に魔力を供給できてるんだ?」

 

「そこらへんは私もよく分からないんですが……多分、身体の生死は関係ないんじゃないですか? 身体よりも魔術的要素を多く含む魂が残っている限り、魔力の精製は可能みたいですね」

 

「あー。なるほどね、うん。理解した」

 

「絶対理解してませんよね……」

 

 呆れたように言うセイバーの顔をまじまじと見てから、ふと俺は思い出す。

 

「そういや……やっぱ、セイバーの本当の名前は教えてくれないのか?」

 

「残念ながら教えません。魔術抵抗力が皆無のケントでは他の魔術師に容易く情報を抜き取られてしまいますし、なにより私が言いたくないです」

 

「言いたくない、ねえ。まあ、嫌なら無理強いは避けるけどさ」

 

「それに、どうせ知らないと思いますよ? 私、この極東じゃ知名度ゼロですから」

 

「へー……まあ、そういう事ならしらないかもな」

 

 このように、セイバーは自らの情報を極端に秘匿しようとする。だが彼女に少し拗ねたような口調で嫌だと言われると、追求しようにもする気が起きない。

 とはいえ真名の露見はサーヴァントの情報漏洩に繋がり、それは聖杯戦争の勝敗に直結するため、基本的には避けるのが筋だ。彼女がほとんど一般人の俺に不用意に真名を伝えたがらないのも頷けるだろう。

 

「ああそうだ、もういい加減に話を今後の方針に戻すけど……やっぱり難しいな。下手に動き周るのも危ないし、かといって弱気になりすぎたんじゃ、いざって時の敗因に繋がる」

 

「はん、全く。ケントはまだ、自分にしか無い利点を把握できていないんですか」

 

 そこはかとなく馬鹿にされている気配を言葉から感じ取り、隣のセイバーをじろりと睨みながら、

 

「俺にある利点……これでも喧嘩は得意だぞ。昔親父にひたすら格闘術を叩き込まれたからさ、並の奴には負けないと思う。それに格闘術っても柔術とか護身術とかじゃない、正真正銘のヤバい奴ね。骨とか容赦なく折る感じの……」

 

「いやいや、なんで教わったんですか。そんなの」

 

「いや……あれ? そういや、なんでだったかな。なんか途中で『必要なくなった』とか言われてそれきり鍛錬はしてないんだけど」

 

 思わず記憶の糸をほどき始める俺に、

 

「馬鹿ですね。自信があるのかしりませんけど、所詮ケント程度のチンケなパンチが役に立つわけないじゃないですか。よく考えて下さい。ケントは魔術師ではありませんが、しかしそこに強みがあります」

 

「それは……えー、どういう事でしょうか、魔王様?」

 

「そもそも、原則として聖杯戦争は魔術師同士の殺し合いです。つまり他のマスター達は、必ず他の魔術師を捜そうと躍起になっている。……事実、この街には現在、山ほど魔術師が溢れかえっていますからね。私がひと睨みしたら逃げていきましたが」

 

 それは実に遠回しな言い方だったが、漸く俺にも合点がいった。

 

「……そうか、つまり」

 

 大前提として、俺はあくまで一高校生に過ぎない。

 魔術は使えず、知識もない。

 不幸にも巻き込まれただけの人間だ。

 だがそれは、言葉を返せば、どこからどう見ても一般人にしか見えないという事でもある。自らの情報を秘匿し、他マスターの動向を慎重に探る事が求められる聖杯戦争に於いて──これは、俺だけが持つであろうアドバンテージであろう。

 

「即ちケントが寧ろ家から姿を消したり、学校に通わないといった不自然な行動を繰り返せば、それは逆に自らの首を絞めているのに等しいのです」

 

「……って事は、こうして俺がセイバーと行動してるのもまずいんじゃ?」

 

「そうですね。私達が取るべき最善の行動は簡単です。互いに無関係を装い、無視を貫けばいいんです。ケントは私が最後の一騎になるまで、日常に立ち戻ってくれていればいい」

 

「じゃあなんで、お前の物見遊山に俺を付き合わせたんだよ。サーヴァントに出遭ったら俺がマスターってバレるじゃねえか」

 

「それは、私が気分的にそうしたかったからそうしたまでですけど? 私は魔王ですから、好きなままに好きな事をするんです」

 

「ああ、そういうヤツでしたねお前は……」

 

 思わず嘆息してから、押し黙る。

 それは、セイバーの物言いに呆れたというより、湧き上がった不安によるところが大きかった。

 ──理解しては、いる。

 それは俺の安全を確保し、セイバーを気兼ねなく行動させられる、実に合理的な作戦方針なのだと。俺がセイバーに付いていた所で、お荷物にしかならないことは目に見えている。けれど効率とかそんなものを一切合切無視して、何故か別行動という案に対して首を縦に振る事ができない。

 

「何か不満ですか?」

 

「いや、まあそうなんだけど、なんでだろう。理由が説明できない、なんだかモヤモヤしてて。……お前一人に任せきりってのは、その……」

 

「私に一任するのが不安だというのなら、理解できます。実際、私は前マスターを失うという失態を晒しているんですし」

 

「いやそういうんじゃないんだけど……ん? 今セイバー、謝ったのか⁉︎ お前が⁉︎ ……大丈夫か?」

 

「大丈夫ですよ! あくまで客観的に、ケントの視線から私を見つめただけです‼︎ 私の事をどう考えているんですか‼︎」

 

「なんてったって自称魔王だし、何をしても自分が悪いとは思わない奴なんだろうなあ……と思ってた」

 

 思わず声を掛けると、セイバーは憤然と「自称じゃないです」と呟いてそっぽを向いた。

 心の中で渦巻く感情の仔細もよく判らないまま、苦笑して椅子の背もたれに背中を預け、思い切り背筋を伸ばす。

 

「ま、不満なら不満で構いませんけど‼︎ 幾つも勢力が入り乱れるような混乱した戦況では、私の隣が一番安全だという見方も可能ですし‼︎ バーサーカーのマスターがケントの生存を知ってしまう可能性もありますし‼︎」

 

「ごめん、俺が悪かった……ともあれ俺は、お前の隣にいるよ。お荷物かもしれないけど、お前を一人にしてしまうのはなんか不安だし」

 

「ムスッ」

 

 一悶着あったが、俺とセイバーの行動方針は行動を共にする方針に着地したらしい。まあその方が孤独からくる恐怖も少ないし、メリットも色々あるだろう。

 ただ、魔王様が機嫌を損ねたままだ。

 

「……あー、魔王様。この愚かな私めが不敬を働いた事は心の底から謝罪致しますので、どうかご機嫌を治して頂けると幸いです」

 

「嫌です」

 

 駄目だ、こちらを見ようともしない。

 目上に敬う作戦は敢え無く失敗に終わった。

 だが俺とて人間だ。失敗から学び、成功へと日々進歩する。俺はこのすぐに機嫌を損ね、一度街に出れば我儘の限りを尽くす魔王の扱い方を、しかし着実に覚え始めていた。

 

「……セイバー、またアレ食べたい?」

 

「それなら考え直さないこともありません」

 

 甘いもので釣ると呆気なく成功した。この魔王、扱いにくい様に見えて実はチョロいんじゃなかろうか。

 俺が口にした「アレ」とは、夕飯に入ったファミレスで散々ゴネられた挙句俺が注文を余儀なくされた高級パフェの事だ。甘い物に目がないらしいセイバーは、これを大層お気に召されたのである。

 結果として俺の夜飯はセイバーのパフェ一つ分の値段よりも安いサラダになってしまったが、ファミレスで先のように暴走されるよりかはマシであろう。

 

「そうだな、今度はイチゴじゃなくてバナナパフェにしたらいいんじゃないか」

 

「いや、バナナはちょっと……軽いトラウマというか、苦手なんですよね」

 

「英霊も好き嫌いはするんだな……。ま、パフェはまた今度にするとして。どうする、セイバー」

 

「聖杯戦争の仕組みなど、色々と説明したので忘れていましたが……私の戦闘能力(スペック)についても、さらりと説明しておきましょうか。詳しい事は言えませんが」

 

「じゃあそれでよろしく」

 

「ケントは……私を見て、何か感じませんか? 大まかな能力値が読み取れるような」

 

「能力値? 読み取る? 何言ってんだ、ゲームじゃあるまいし。そんなの何も見えないぞ」

 

「あー……もういいです。自分で話しますから」

 

 セイバーはそんな事を言うと、さも当然とばかりに右手を宙に伸ばした。

 不可解な行動に思わず首を傾げる。そんな中、空間が割れるように虚空から眩い一筋の銀光が漏れ──、

 

「では。まずこれが私の武器です」

 

 次の刹那。一陣の風が吹き抜けたかと思うと、うざったいどや顔を浮かべる彼女の掌の中に一振りの曲刀が握られていた。

 

「いやいやいや私の武器ですぅ、じゃないからああ⁉︎ なんでこんな場所で堂々と剣を出してるんですかねこの非常識魔王は……⁉︎」

 

「落ち着いてくださいよ。別にいいじゃないですか、周りに人はいませんし」

 

 慌ててセイバーの姿を隠そうとした俺が落ち着いて辺りを見回してみると、なるほど確かに、周囲に人影は無い。

 だからって──と顔を顰めるも、今更この魔王に常識を説いた所で意味がないのは百も承知だ。

 

「はあ……頼むから人前で出さないでくれよ、ソレ。もしお前が警察に捕まっても他人のふりするからよろしく」

 

「私がケーサツなんかに捕まると思ってるんですか? サーヴァントが現代の治安維持機構なんぞの世話になる訳ないじゃないですか、霊体化だって可能ですし」

 

「いや、お前みたいなバ……破天荒な奴がいるんだから、多分警察に捕まるようなサーヴァントだって一人くらいいると思うよ、俺は」

 

「今なんて言おうとしました?」

 

「いや何も」

 

 目線を再度その刀身に戻す。

 改めて見ると、芸術的なまでの美しさと、身震いするほどの獰猛さを併せ持った剣だ。幅広の刀身は少女の髪に似た蒼色。

 だが驚くべき事に、その刀身は半透明に透き通っていて、降り注ぐ月光を幾ばくか内部に溜め込み、乱反射させて幻想的に輝いていた。ガラス質にも見えるが、その強靭さはガラスの比ではない。なにしろこれは魔王の武器なのだから。刀身の右側、刃から切っ先に掛けての滑らかな曲線は、思わず嘆息してしまいそうな優美さを湛えている。

 思わず辺りに気を配る事も忘れ、俺は食い入るようにたっぷり数秒間もその剣を見つめていた。

 

「私の今のクラスは剣士(セイバー)ですから、持ち合わせている武装宝具はこれだけです。もう一つはケントの体内に霊子化して埋め込んでありますし、実質一つですね」

 

「……へえ。すごいな、これは。剣について詳しい訳じゃないけど、これが想像を絶する逸品なのは分かる。なんというか、圧で」

 

「ふふふ……さしものケントも、この輝きには目が眩みますか。詳しい事は言っても分からないと思うので割愛しますが、とにかく神様が作った超強い剣とでも思っておいて下さい」

 

「うーん、いまいち釈然としないけど、まあそれでいいか」

 

 セイバーの掌の中で、奇蹟の刀身は淡い光となって消えていった。二人してその残滓を最後まで見届けてから、セイバーが上半身を捻ってこちらに向き直る。

 

「では次に、ケントが現在所有している宝具について……と言いたいところなんですが、空気の読めない不埒者が現れたようですね」

 

 言葉の真意を測りかね、首を捻る。

 

「この辺りには俺とお前しかいないんだろ?」

 

 その言葉を口にすると同時、生暖かい夜風が無人の駅前広場を吹き抜け、何かの到来を継げるように俺たちの背筋を撫ででいった。

 そんな中、セイバーはくりんとした瞳に険しい表情を乗せ──、

 

「いえ。確かに人は居ませんが……私の後方に一騎。サーヴァントです」

 

 そう、淡々と戦いの幕開けを告げた。




【志原健斗】
普通の高校生改め、セイバーのマスター。
身体は死亡しているが、魂が残留しているので、「生きてもいないが死んでもいない」という微妙な状態にある。一応、身体の感覚は残っている模様。それつまりゾンビなんじゃないの? と言われると怒る。何故か魔術回路の質が非常に良く、セイバーの魔力消費をもカバー可能。
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