Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

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五十九話 魔石の担い手/Other side

「おーおー。随分と暴れてやがるな、アイツ」

 

 呟いた男の頰を雨に濡れた風が撫でる。

 彼の眼光は鋭く、目線の先で暴れ回るモノをしかと凝視していた。

 

「さてさて、懲りずに魔力を吸い上げてやがる女狐を成敗しに来たはいいんだが……どうもアイツの正体が分からん。敵の敵は味方、ってえ理屈が通じる奴なら楽なんだが」

 

 コォン、と反響音を響かせて、槍兵は手にした槍の穂先を地につける。

 槍兵のサーヴァント……真名をクー・フーリン。

 今回の聖杯戦争に限り、世界からの後押しを受けて特殊な形で現界した英霊である。彼の瞳に映るのは、路上で暴れに暴れる一つの人影だった。

 

「……ん? どうした嬢ちゃん、なんだって? ひとまずアイツは無視して、キャスターの討伐を優先ん? ああ。なあに、要は最初と目標は変わんねえんだろ。なら簡単な話さね」

 

 念話を終わらせた槍兵は獰猛に笑うと、勢いよく駆け出した。

 ビルからビルへと跳躍を繰り返し、雨に沈む夜の街の光の中を走り抜ける。その姿はさながら黒豹のように見えたことだろう。

 そして一際大きく跳躍すると、人ならざるモノらが激しく戦いを繰り広げているそのど真ん中へと──、

 

「どぉ……ラァッ‼︎」

 

 朱色の魔槍を豪快に振り回して、豪快に着地する。

 それと同時、数にして十三の竜牙兵が一瞬で砕け散り、降り立った槍兵の周囲を破片が舞っていった。

 

「──よう。随分と久しぶりな気がするぜ」

 

 ランサーの目が細められ、キャスターのローブに覆い隠された顔を見つめる。

 「久しぶり」と言う彼の言葉に間違いはない。

 彼は"抑止力の介入"という特別な形で、大聖杯に記録された第五次聖杯戦争の情報(データ)を読み込む形で現界した。故に、彼はそっくりそのまま、「前回」の記憶を受け継いでいるのだ。

 

「しかしまあ随分と曇ったもんだ。見ずとも解る、その様はあまりに見るに耐えん。せめてもの慈悲として、お前はすぐに殺してやる」

 

 ランサーの声はどこか悲しげだった。

 大聖杯を奪取した何者かによって自我を喪失し、ただの操り人形と化したキャスターを、戦士として哀れんでいるのだろうか。

 その言葉を餞別として、ランサーが明確な戦闘態勢に移る。

 狙いは空中に浮かぶキャスターの心臓。

 初手で決めんとランサーが宝具の発動準備に入った。キャスターが如何に魔術を操ろうと、射程外に逃げられなければ勝ちは確定する。空間の魔力を根こそぎ奪い取るように魔槍が脈動し、まさに必中の一刺が放たれんとした時──、

 

「ガ、アア゛アア゛アアアアアアアアアアアア────ッ‼︎‼︎」

 

「チッ、やっぱそういう類かテメエ!」

 

 それを許すまじと、謎の人影がランサーめがけて突進した。

 宝具の発動準備に入ったとはいえ、完全に全ての注意をキャスターに向けるほどランサーは愚かではない。即座に迎撃に映り、飛びかかってきた全身黒鎧の男を槍で弾き飛ばす。

 

「やはり言葉は通じんか。狂戦士の類でもあるまいし、例の黒化英霊に比べると別種の邪悪さだ。そもそも連中、どうも前回の記録から召喚されてるみてえだからな。テメエはそれには含まれん」

 

 つまりこの男は、聖杯戦争に介入する黒化英霊に続く、第二のイレギュラー要素である可能性が高い。

 その存在が彼にとって良いか悪いかは未だ判別できないが──少なくとも、その全身から発せられる殺気は、ランサーを敵対者とみなしているようだった。

 

「……テメエ、一体どこの誰だ?」

 

 濡れた路面を数メートル後退して、謎の男は唸り声のみを返した。

 そのやり取りを見て、キャスターはこれ以上の戦闘続行は不利と判断したのだろう。その僅かな隙の間に、彼女は一瞬のうちに体を無数の蝶に変え、夜の暗い空へと消えていった。

 

「答えんならば構わねえがよ。あの魔女めも逃しちまったことだし、ここでお前が俺に挑むってんなら容赦はしねえ。その心臓、代わりに貰い受けるまでだ」

 

 ランサーが改めて槍の穂先を謎の男に向ける。

 対し、全身を黒鎧で覆った男の手には、特に何も握られていない。

 膨れ上がる緊張感。濃厚な殺気を孕んだ、僅かな沈黙。

 合図も無く──次の刹那、両者の姿が掻き消えた。

 

「フッ‼︎」

「ガァァァァッ‼︎」

 

 稲妻じみた二人の激突。その余波だけで地面は砕け、激突する拳と魔槍が激しく火花を舞い散らせる。

 その様はまさに凄絶だった。

 人の目では追いきれない攻撃の応酬。影と影が目まぐるしく位置を変え、尋常ならざる威力を秘めた一撃を嵐のように交わし合う──‼︎

 

「グ……ガ、ハッ‼︎」

 

 頭部を覆うフルフェイス式の奇妙な兜から、苦痛に呻く声が漏れる。

 戦況は圧倒的にランサーが優位だった。

 槍と素手。単純な獲物の有利差もあるが、何より男の技量は槍兵のソレに遠く及ばない。

 実際、既にランサーは五度は殺したと、そう確信できるほどの刺突を放っている。彼の魔槍は男の鎧を砕き、その奥の肉を裂いていく。その度に鮮血が噴き上がり、二人の姿を赤く彩った。

 ──だが、そこまでだ。

 鋼鉄すら容易く引き裂くはずの魔槍が、急所を貫いたはずの穂先が、しかし男の肉を完全に断ち切れない。

 激突の瞬間に威力が減衰し、致命傷を致命傷に至らせていないのだ。

 

(硬い(・・)。またなんかの加護か宝具か? あのセイバーみたく攻撃が通らないって訳じゃあねえが、少なくとも七割減ってトコか。こいつはちと面倒な相手だな)

 

 それでもランサーの優位に揺るぎはない。「無効化」ではないのなら、攻撃が致命傷に至るまで攻めて攻めて穿ち貫く。単純明快、彼の攻勢の裏にあるのはそれだけだ。

 しかしここで、謎の男が奇妙な攻撃に出る。振り上げた手をランサーに振り下ろすのではなく、何もない地面に叩きつけたのだ。

 

「────うおっ⁉︎」

 

 咄嗟に下がったランサーの足元のコンクリートが、歪む。

 それはまるで、地面を突き破ってくる巨大な長槍だった。

 謎の男の力によるものか、地面が波打って槍のように変動し、それが意思を持ったかのようにランサーに迫ってくる──‼︎

 

「地面を動かすたあ大した技だ。面白え‼︎」

 

 間断なく鋭利に尖って突き上がる地面。地面を操る男の眼前がまるで剣山じみた惨状を晒す中、槍兵はなおも健在だった。

 そも、ランサーの武器は手にした魔槍一つではない。地面そのものを敵に回そうと攻撃を避け続けることを可能とする恐るべき俊敏性も、彼が持つ立派な武器だ。

 そのまま、ランサーは勢いよく地面を踏みしめ──、

 

「フンッ‼︎」

 

 手にした魔槍を、全力でもって投擲した。

 その速度は瞬時に音速に達し、なおも加速して雨の中を突き抜けていく。突然ながらその穂先の先に居るのは、彼と相対する謎の男だ。

 

「────ッッ‼︎」

 

 敵対者はかろうじて首をひねり、その穂先を寸前で避けた。

 掠めた魔槍がフルフェイス型の兜を砕き、その奥の肌がほんの僅かに露わになる。

 

「ハ、よく避けた。だがまだまだってとこかねえ」

 

 朗々と響く声。反射的に視線を戻した男が見たのは、ほんの至近距離で足を振り上げるランサーの姿だった。

 直後、槍兵の健脚が男の腹部に突き刺さり、ついで自動的に手の中に戻った槍が振るわれる。それは横殴りに敵の頭蓋を打ち据え、男の身体を数十メートル離れたビルの二階まで弾き飛ばした。

 常人ならば頭蓋が砕けるどころか、あまりの衝撃に首を捩じ切られてもおかしくない一撃──。

 

「一丁上がり……と。さて、どうすっか。コイツをここで生かすか殺すか、どう思うよ? 聞こえてんだろ、嬢ちゃん」

 

 二階ぶんの高さを難なく飛び越えると、瓦礫の中で沈黙する敵対者の姿があった。動く気配はなく、放たれていた殺気の類も消えている。

 さっきまで死闘を繰り広げていたとは思えぬ軽口で、ランサーは念話を再開する。

 

「んー……ひとまず拘束するか。まあ妥当なトコだが……むっ?」

 

 と、無意識に窓の外を眺めていたランサーは変な気配に首を捻って──、

 

「あ。……やべえ」

 

 目線を戻した時、やっちまった、と頰を掻いたのだった。

 視線の先には散乱するガラス片と崩れ落ちたコンクリート片、ぶちまけられたデスクトップや照明の類。

 そして──そこにさっきまでいたはずの男の姿が、跡形もなく掻き消えていた。

 

「殺気まで消してあっさりトンズラとは、さっきまで暴れ狂ってやがったくせに分からん奴だ。あー、悪い嬢ちゃん、こっちも取り逃がしちまった。ん? まだ本調子じゃないんだから無理もない? ハッ、俺に余計な気遣いは要らねえよ。こりゃ俺の失敗だ」

 

 やれやれと肩を落として、槍兵はビル群から離脱する。

 むろん、彼はすぐそばのオフィスビル内で繰り広げられている戦いについても知っていたが──彼が手出しをするつもりはなかった。

 あくまで抑止の代行者として、この聖杯戦争にあってはならない「異物」……黒いサーヴァントらと、大聖杯の主か、可能であれば「セイバー」のサーヴァントを殺すことに尽力する。それが彼の、此度の現界に際して与えられた役目だからだ。

 

(しかし……いくら硬えとはいえ、あんだけ俺の槍を喰らえばすぐには動けん。そのくせ逃げる力は残すか、あの野郎)

 

 まったく呆れるくらいしぶとい奴だ、とランサーは嘆息した。

 そもそも前回の聖杯戦争において、そのしぶとさを発揮して起死回生を生んだのは彼なのだが。

 

 

 

 

 そうして、謎の男と槍兵の戦いが繰り広げられていた頃と時を同じくして──。

 楓は走っていた。照明がまばらについた、無骨なコンクリート柱しか存在しない広大な空間を、ただひたすらに走っていた。

 息を切らして肩越しに後ろを振り返った瞬間、

 

「ひうっ⁉︎」

 

 すぐ後ろに、猛然と鋭い爪が振り下ろされる。

 それは楓という標的から外れて空を切り、轟音を立ててビルの床にめり込んだ。

 

「こ、この──……っ、バケモノ‼︎」

 

 すぐさま反転し、その"敵"を睨みつける。

 凄まじいほどの巨躯だった。

 そして──それは、石人形(ゴーレム)よりも異形だった。

 相対するは猛る獅子の貌。が、その背からは山羊の頭がこちらを凝視し、さらに後方から蛇が不気味に舌をちらつかせている。

 一体でありながら三体もの頭を持つ、魔術師によって作られた複合型人造生命体──いわゆる、合成獣(キメラ)と呼ばれる怪物だ。

 

「り、倫太郎‼︎ 私じゃ無理よ‼︎ こんなのムリ‼︎」

 

 外見の異形さに若干押されて、楓は顔を青くして叫ぶ。

 

「ごめん、ほんと悪い、けどあと十秒‼︎ それまで頼む‼︎」

 

「てっ、天才でしょ、アンタは神童なんでしょ⁉︎ なんでそんなにモタモタしてるのよー⁉︎」

 

 倫太郎はその言葉に唇を噛み締めた。

 そうはいっても、こちらには事情があるのだ。

 魔術に対する拒否感情が集中を乱し、咄嗟に魔術を使えないという、魔術師としては失格ともいえる欠点が──。

 

「くそっ、こうなったらっ‼︎」

 

 再び襲い掛かってくる爪牙を、楓は急加速と軽やかな跳躍でもって躱してみせた。

 着地した楓は、そのまま猛烈な勢いで後退。当然ながらキメラはそのまま獲物を追いかけ、猛然と唸りながら床を蹴り飛ばすが──、

 それを阻むように発生した爆風が、キメラの頭蓋を粉々に消しとばした。

 

「……死んだ、かな? はぁー、まだコイツが手榴弾が効く範疇のバケモノで助かったわ……」

 

 高速で走り回りながら手榴弾をばら撒くという爆弾魔戦法は楓の得意とするところだが、今回もそれが上手くいった。

 所詮は獣か、ヤツは獲物が隙を見せればまっすぐ襲ってくる。自分の目の前に放り投げられた手榴弾が持つ危険性にも気づかずに──だ。

 

「ちょっと倫太郎。なにしてんのよ、こっちは一人で片付いちゃったじゃないの」

 

 楓が呆れた顔で倫太郎の方を振り向いた瞬間、

 

「っ‼︎」

 

 勢いよく地面を駆けた倫太郎が、振り上げた木刀を渾身の力で振り下ろした。

 その、「振り下ろす」という動作が最後の鍵となって──。

 概念切断に特化した繭村の魔術、「熾刀魔術」が完成を迎える。

 

「ギ、ガアッッ⁉︎」

 

 焔が舞った。

 崩れ落ちる怪物の陰から飛びかかってきた蛇の首が、焔を纏った一閃で断ち切られる。

 

「……はぁっ、はぁっ。こういう類の奴はね、他の頭を潰しても残りが生きてる事は多いんだ。歪な人工生命だからこそ、簡単には死ねな……」

 

 倫太郎の言葉を遮るように、楓が勢いよくクナイを投げ放つ。

 それらは三本まとめて、この合成獣が持つ最後の頭──山羊の頭蓋に突き刺さった。倫太郎を背後から押し潰そうと前足を振り上げていたキメラが、今度こそ活動を停止する。

 

「……なるほどね。あと、今ので貸しは無しだからね?」

 

 ズン、と完全に動作を停止した巨体が斃れたのを見て、楓は少しだけ得意げな声色で言ってやった。いつも差を感じてしまう倫太郎に勝った気がしてご満悦なのだ。嬉しいのだ。

 

「あ、ありがとう。今のは見えてなかった」

 

「うんうん、素直でよろしい。こんな奴に奥の手を使っちゃったのは失策だったけど……まあ、無傷でくぐり抜けられたから良しとするか」

 

 持ち込んできた手榴弾はかさばるのもあって、今のが最初で最後だ。

 「強化」しか魔術を使えない楓としては、ただピンを抜くだけで一流魔術師にも相当するほどの爆発を引き起こせる現代兵器の存在は心強い。できればマリウスとやらとの対面まで取っておきたかったというのが本音だ。

 

「君はどうも、自分の魔術に兵器やら武装やらの類を絡ませるのが好きみたいだけど……なんで、いつも中途半端にグレネード系だけなんだ? 拳銃とか機関銃とか、もっと極端にそういうのを使えばいいじゃないか」

 

「分かってないわね。私はね、忍びの末裔である志原の血筋に誇りを持ってるの。だからわざわざこんな格好してるし、武器だってそういうイメージからかけ離れないものしか使わない」

 

 楓はキメラの死骸から三本のクナイを引き抜き、それらを倫太郎に向けて見せる。

 

「そりゃあ、こんなの投げるより銃の方が強いのは明白だけど……単に銃をぶっ放す奴なんて、ただの殺し屋かテロリストじゃない。それはもう「志原の魔術師」じゃないの。ここまで築き上げてきた志原のイメージを私がぶっ壊したら、ご先祖様に申し訳が立たないわ」

 

「僕にはピンとこないけど、志原には志原なりの矜持があるんだな」

 

「簡単な話よ。アンタの魔術も剣術じみたところがあるでしょ? それを急に「やっぱ剣とか格好悪いから魔道書にしまーす!」なんて言ったら当然怒られるはずよ。それと同じ」

 

 存外分かり易い答えに、なるほど、と頷く倫太郎。

 

「ちなみに、携行型の爆弾とかは私が思い描く忍者像にギリギリ入ってるんじゃないかな……と思うから、あれはセーフよ」

 

 コミックじゃあるまいし、江戸時代にわざわざ目立つ爆発物を君のようにポンポン投げていく忍者がいるかい。

 倫太郎は内心そうつっこんだが、志原のイメージを残酷な現実でぶち壊すのは忍びないので言葉にはしなかった。

 ちなみに──実際には"忍者"にも色々あり、かつては爆発物どころかミサイルを乱射するロボ忍者まで存在したことは、倫太郎も楓も知らないことだ。

 

「ってか、私のことはどうでもいいの。問題はアンタの方よ、倫太郎」

 

「え……僕?」

 

「そう。アンタ……顔が真っ青じゃない。さっきも魔術行使に手間取ってたみたいだし、まさかここまで上がってくるのがキツかった?」

 

 楓の瞳には、色々な感情が揺れているようだった。

 魔術師としての才に恵まれた倫太郎が、これ程のことで根を上げるわけがないのに──という疑問と。

 そんな彼にだって限界はあるし、彼が担当する結界破りは自分が想定するより困難で過酷な作業だったのかもしれない──という不安と。

 得意げで、若干勝ち誇ったように言っているけれど、楓の奥底で揺れているのはその二つ。何だかんだ言って、彼女は誰にでもお人好しなのだ。

 

「別に、ちょっとくらいなら休んだって……」

 

「いや、問題ない。どうせいつか言うんだろうと思ってたし。君にも話しておいた方がいいかもしれない」

 

 それとも、ずっと昔に話しておくべきだったのだろうか。

 自分が抱える最大の悩みにして弱点を。

 思い切って、信頼できる誰かにそれを告げてしまえば──魔術を嫌う自分は変わることができるのだろうか。そもそも「自分」というものが希薄な倫太郎には、答えを出そうとしてもよく分からなかった。

 

「何を? それがアンタの不調と関係あるの? まさか、今の今までの強行突破で魔力が切れちゃったとか?」

 

「まあ正直、魔力の消費も馬鹿にならないんだけどね……。ここまで八十二の結界を破るのに、既に魔力の半分以上を持ってかれてるし。でも、それは大元の原因じゃないんだ」

 

 魔力の約五分の三を失ったとはいえ、倫太郎の魔力貯蔵量は他者と比べても群を抜いている。

 数多の結界に対して適切な正攻法を無視し、時間をかけないゴリ押しの突破を許すほどに、その貯蔵量は底無しだ。若干心もとないが、それでも殆ど使用しない予備タンクまで動員すれば、少なくとも並みの魔術師十人分程度の魔力を使えるだろう。

 

「一番問題で、厄介なのは──」

 

 倫太郎が、忌々しげに自らの弱みを語ろうとした時だった。

 

「……待って。誰かいる」

 

 倫太郎がフロアの端で動く小さな影を見つけた。階段付近にいるその影も同様にこちらを見ているらしく、向こうからの視線を感じる。

 敵か、と身体を叱咤して構えかけた倫太郎だったが、その視線に殺意や敵意といったものは含まれていなかった。

 それに少し呆気にとられて、倫太郎は木刀を握る力を抜く。

 

「ねえ。あれ、子供じゃない?」

 

 たしかにそのシルエットは小柄だった。同年代と比べても背丈が小さめな楓だが、それよりももっと背が低い。

 

「まさかこんな所に……でも、確かに……」

 

 その影は何を思ったのか、突然こちらに向かって歩いてきた。

 ぺたぺた、と床を踏みしめる音。その音から察するに靴やサンダルは履いておらず、素足なのかもしれない。そんなことを考えているうちに、その少女はその姿を彼らの前に晒してみせた。

 

「「……………………」」

 

 二人とも、何を言えばいいのか分からなかった。

 銀の髪に、赤い瞳を持つ少女だ。患者衣に似た、白く透き通るような服を着ている。袖の先から覗く肌は雪のように白く、まるで冬の妖精か何かのように思える可憐さがあった。

 

「この子、なんだと思う?」

 

 楓が思わず倫太郎の方を向いて尋ねる。

 

「分からない。けど、結界内にいるってことは間違いなくマリウスの関係者なんだろうけど……でも、敵ってわけでもないみたいだし」

 

 少女は若干の距離を置いて、こちらに必要以上に近寄ろうとはしない。遠巻きに観察している、というのが正しい距離感だ。

 もっとも観察しているのはこちらもであり、互いに互いをじっと見つめ合うという、なんとも言えない状況が続く。

 

「……ね、ねえ、どうしよ。このままあの子と見つめ合ってても時間が無くなるだけよ」

 

「ぼ、僕だって分からないよ。もしかしたら保護すべきかも」

 

「保護ったってそんな余裕、今は……」

 

 ちょっと混乱した二人が、思わずひそひそ話を始めた時だった。

 怪音があった。何かが軋むような、響くような音が連続する。

 音源は彼らの頭上から。それはまるで何かを力いっぱい殴りつけるような、そんな荒々しいもので──、

 

「──志原っ、上だ‼︎」

 

 悪寒を感じた倫太郎が咄嗟に上を見上げた瞬間、それは来た。

 凄まじい轟音と共に天井が破壊され、現れた何かが倫太郎たちと少女の間に着地する。ズン、という重々しい音は、まず間違いなく敵対者が床を踏みしめた音だろう。

 新手か、と距離をとって体制を整える二人。

 

「次から次へと! 今度は一体何……」

 

「──大馬鹿が‼︎ お前にはじっとしていろと言ったはずだ、なのに何故こうしてわざわざ敵の前に出てくる⁉︎」

 

「「へ?」」

 

 戦闘態勢にあった倫太郎が驚いたのも当然だろう。何故なら、立ちこめる砂塵の奥に霞むその人影は倫太郎たちに背を向けて、その少女を叱りつけたからだ。

 

「……ちょっと、気になったんだもん……」

 

「気になったからなどで済ませるな、たわけ‼︎ 知的探究心の求道は魔術師の性だが、お前は魔術師ではないだろうに……‼︎ ええい、とにかくお前は上に引っ込んでおけ。いいな⁉︎」

 

「ひえっ」

 

 いつも盾にしているバーサーカーがいないので、少女はおろおろと目線を彷徨わせつつ、男の言葉に従って階段の方へと走っていった。

 ぺたぺたぺた……という足音が遠ざかっていき、倫太郎たちがいるフロアに静寂が訪れる。

 

「──お前が、バーサーカーのマスターなのか」

 

 静寂を破ったのは、倫太郎の一言だった。

 狂戦士を使役するマスター、「魔石の担い手」たる異名を持つ男。

 その名をマリウス・ディミトリアス。この結界内にいる男とくれば、まず間違いなくそれを構築した彼に他ならないだろう。

 しかし、倫太郎はそれを確認せざるを得なかった。

 何故なら──彼の身体が、その脳天から爪先に至るまで、SFのロボット兵士じみた金属鎧で覆われていたからだ。ヘルメット風の兜に入った細い切れ込みの奥に、生気に溢れた双眼が覗いている。

 魔術師にしては登場する世界観を一つ二つ勘違いしているような、そんな奇妙な風体だった。

 

「如何にも。些細なトラブルはあったが……歓迎するよ、繭村倫太郎」

 

 倫太郎は木刀を油断なく構えつつ、

 

「随分と魔術師らしくない格好だ。かの"魔石の担い手"が得意とする魔術系統に、近代工学なんて無かった筈だけど」

 

「ハッ、これはれっきとした魔術礼装(・・・・)だとも。たしかに、側から見れば近代のパワードスーツ……アレに酷似している事は認めよう。だがその頑強さも出力も、現存の科学などとは比べ物にならんと自負しているさ」

 

 マリウスの出身は鉱石科だ。そして彼の一族であるディミトリアスは、古来より金属加工を主とする一族と聞いている。

 その魔術の研鑽が、天才たるマリウスの代で飛躍的に進み──このような未知なる魔術礼装を生み出した可能性はあるだろう。魔術も科学も、合理性と実用性を付き詰めれば、終着点や結果は似通ったものになる……そんな学説をどこかで読んだことを思い出した。

 とにかく。マリウスが虎の子の魔術礼装を持ち出して姿を見せたとなれば、起こりうる事はただ一つだ。

 

「貴殿ら繭村一族が極めし熾刀魔術。──英国にさえその名を轟かせるその魔術、是非とも体験したく。ここは英霊を率いる魔術師同士、潔く決闘を始めるとしよう」

 

「お前は色々と気に食わないけど……礼を重ねてそこまで言われれば無視できない。繭村の魔術師として、その決闘を受諾しよう」

 

 マリウスの背丈は倫太郎より15センチほど高く、さらに全身を金属の塊で覆っているだけあって、その威圧感は尋常ではない。

 あれ程の強さを誇るバーサーカーを使役しながら、何故これほどの余力を持っているのか。

 かねてよりの疑問が頭をよぎったが、倫太郎はそれを無視する。

 そんな事を考えている暇はない。

 この男は強敵だ。時計塔に名高き「魔石の担い手」の異名は伊達ではない。全身全霊でマリウスとの魔術戦を制し、暴れ狂うバーサーカーを止める。

 そんな事を考えながら、倫太郎は一歩前に踏み出す。

 

「ちょっと。勝手に盛り上がってんじゃないわよ魔術師ども」

 

 そこに、イライラした口調の楓が口を挟んだ。

 

「なにが決闘よ古ぼけた騎士の真似事かっての。魔術師としてそういうしきたりに従うのは分かるけどね、私はそういうの無視するから。だってそいつの言い分だと、私は魔術師ですらないらしいし?」

 

 魔術師同士の決闘は、ロンドンなんかじゃ今でもたまに起こったりするらしい。そういう時は、お互いに家名を名乗り合い、そののちどちらかが破れるまで互いの魔術で競い合うのがセオリーとされる。

 とはいえ──それは昔からの風習にうるさい魔術師が勝手に守っている、暗黙の了解のようなもの。

 当然、楓のようにそんなのどうでもいいと思っている者もいる。

 本音を言えば、倫太郎もそういう堅苦しい儀礼や形式は苦手とするところだ。繭村の当主として振る舞う上では、どうしても避けては通れぬ道ということは理解しているが。

 

「当たり前だろうが半端者。決闘ののち、貴様は問答無用で殺す。貴様がこの場所にいる事が既に、私に対する最大限の侮辱と知れ」

 

「……いい加減にあたまにくるわねアンタ。いいわ、泣いて謝るまでボコボコにしてあげる。倫太郎、アンタも手伝うのよ」

 

 さも当然のようにこちらを振り向くので、倫太郎は苦笑してしまった。

 

「結局そうなると思ったよ。──別に僕は口出ししない。君は好きなように動いて、好きなように暴れなよ。そんでもって、君の拳であいつの奥の鼻っ面を凹ませてやればいい」

 

 こんな状況でありながら、倫太郎は久しぶりに笑った気がした。

 今までのように争わず、楓と肩を並べて戦うのが──どうにも、倫太郎には楽しく思えたのだ。

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