Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

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六十二話 抑止力の矛先 【9月11日】

 天を包んでいた雨雲は去り、空は次第に白み始めていた。

 夜から朝へと変化していく際の紺と橙が混じったような空模様は、それだけで見る価値がある。そんな荘厳な朝の輝きに背を向けて、四人は繭村家へと続く道を歩いていた。

 

「……あーっ、疲れたあ」

 

「そりゃ僕の台詞や。なんやあのバーサーカー(バケモン)、なんで神霊四体相手に一人で渡り合っとんねん。しばくで」

 

 キャスターがさぞ疲れたとばかりに肩を鳴らす。

 色々あったが、結局バーサーカーのマスターとの戦いは引き分けに終わった。決着は次の機会に持ち越しといったところか。

 

「てなわけで疲れたんで、ちょいと歩き食いさせてもらうで」

 

「あ‼︎ コラ、またアンタどっかからせんべい盗んできたの⁉︎ 人に迷惑かけるのはやめなさいって言ってるでしょ⁉︎」

 

「まあまあええやんええやん、細かいこと気にせんで。シワが増えるって言うやろ? 怒りんぼな楓ちゃんにも一つあげるから許してえな」

 

「んな事で許すわけなモガモゴ⁉︎」

 

 口に煎餅を丁寧にねじ込まれる楓をどこか遠い目で眺めながら、倫太郎は肩口の傷に意識を向ける。

 流石は繭村家の嫡子といったところか、魔術刻印による自立治療は既に始まっていた。既に出血は止まり、痛みはあれどこれ以上酷くなることはない。

 どちらかというと、自分の血でべっとり濡れた服の方が問題だ。こんな様で歩いていて警官なんかと出くわした日には、色々と面倒な事態になりかねない。

 

「マスター?」

 

 音もなく隣を歩くアサシンが、いつもの調子で倫太郎を呼んだ。

 

「…………ん。どうしたの?」

 

「なんか……考えてるね。何かあった……の?」

 

 アサシンはいつも視覚を制限しているが、他人の機微には敏感だ。

 むしろ制限しているからこそ、目に見えないモノを敏感に捉えるのだろう。彼女の前で隠し事はできないな……と改めて思う倫太郎であった。

 

「マリウス・ディミトリアス……バーサーカーのマスターで、僕たちが戦った魔術師だ。志原と僕が協力して、なんとか戦闘不能に追い込んだんだけど」

 

 マリウスは楓と倫太郎の攻撃によって、全魔術回路のうち約七割を切断された。それこそ、魔術師としては致命的な一撃だ。ホムンクルスの少女による介入こそあれ、あの戦いは倫太郎と楓の勝利であろう。

 しかし──、

 

「……僕はアイツに勝てなかった。たとえ魔術師としてマリウスより優れていようが、実際に戦って勝利しようが、僕は本質的なところでアイツに勝ててない。今のままじゃ、それこそ逆立ちしたって勝てる気がしない」

 

 マリウス・ディミトリアスが体現する、自分の道を自分自身で行くような生き様が、倫太郎には眩しく見えた。

 楓が言ったように、人は自分自身で自分の行く道を決定する。それは本来、何者にも縛られるべきではない。

 しかし倫太郎はそうしてこなかった。自分の道は一本しかないと思い込んでいたから、そうした人生の選択を経験せず、ただ定められた道を邁進するだけの機械じみた人生を送ってきた。

 そういう人間だからこそ、倫太郎は思うのだ。

 たとえ選んだ道がどんなものであれ、自分の思うがままに突き進む人間は、それだけで尊いものであると。

 

「僕に足りないのは「自分の意思」だって言ったね、アサシン。それはしかと理解したさ、志原に殴られたりしたし。けど、僕はまだそれを探している途中だ。そんな中途半端な僕じゃ、もう何十年も自分の意思のままに突き進んできたアイツには……たぶん、勝てない。根本的なところで負けてるんだ」

 

 あの男には魔術師としてではなく、一人の人間として負けていると感じた、あの敗北感。倫太郎が感じたあの感覚はそれが原因なのだろう。

 倫太郎の独白を聞いて、しかし、アサシンは満足げに頷いた。

 無表情な彼女には珍しく、口元に微かな笑みを浮かべている。

 

「それで、いいんじゃ……ない?」

 

「何がさ」

 

「別に負けたって……いいんじゃない? だって……マスターは、まだまだこれからなんだから。負けて、負けて……それから、強くなる。私だって、そんな感じ」

 

 そもそも最初から勝ち続き、成功続きの人間などこの世に存在しない。

 人は誰しもどこかでつまずいて、転んで、それを糧にして強くなる。成長は失敗の成果物だ。非効率だが、人間という生物はそういう風にできている。

 有史人類が、永きに渡って無限ともとれる失敗を積み上げ、やがてここまで発展してきたように。

 倫太郎という人間だって、そうした敗北を糧にできる。

 

「ん……それもそうか。じゃあ、今夜の戦いはいい経験になった……のかも、しれない」

 

「じゃ、次は勝とうね」

 

「いやそれはちょっと断言しかねるというか」

 

 そういうところで弱気になるのが自他共に認めるビビリである原因なのだが、アサシンがそれに言葉を返す時間はなかった。

 朝を告げる陽光が山麓を乗り越えてくる。その輝きに照らされて、彼らを待ち受けている人影があったのだ。繭村の家までもう少しというところで、その二人は道端のガードレールに腰掛け、倫太郎たちに視線を向けていた。

 

「や。無事で何よりだ、倫太郎君」

 

 そうして声をかけてきたのは、かつて繭村の家を訪ねてきた男。

 魔術協会から派遣された──衛宮士郎、その人だった。

 当然ながら楓はこれが初対面になるので、怪訝な顔をして距離を置いている。キャスターはといえば、「こりゃまた面白そうな奴が出てきたなあ」と言わんばかりの表情である。

 

「士郎さん……そちらこそ。連絡が取れなかったから心配しました」

 

「それはすまない。事情があって、なるべく他人と接触してるところを見られず動く必要があったんだが……ま、それについてはゆっくり話そう。オレたちも、ただ何もせずに姿を隠してた訳じゃない。ここらで一度、情報をまとめておく必要がある」

 

 彼の雰囲気は前のままだ。精悍さの中に優しさと微かな幼さを残したような顔立ち、洗練された佇まい。まるで清らかな清流を相手にしているかのような、どこかほっとする気配である。

 

「えと……あの、そちらの方は?」

 

 倫太郎はおずおずと視線を移し、士郎の隣でこちらを眺めている、黒髪の美女に名を尋ねる。

 すると、彼女はにこりと微笑を浮かべてこう言った。

 

「遠坂凛。貴方には初めましてね、繭村……倫太郎君?」

 

「は、はい」

 

 びっくりするほど綺麗な人だ、というのが第一印象だった。

 傍目に見るだけでも目を惹く美貌なのに、実際に話して笑いかけられると、まるで聖母が何かのように思えてくる。声は透き通っていて優しさがあり、それでいて凪いだ水面のように落ち着いている。

 淑やかとか優雅とか、そういう言葉が似合う人だと感じた。

 条件反射的に、やや後方でこちらを眺めている楓をチラ見する。

 

(……志原とは真逆だな。遠坂さんは絶対「くたばれ」だの「バカ」だの言わないし、物理で殴ってきたりもしないんだ……)

 

 その視線に込められた意味を感じ取り、こめかみに青筋を立てる楓だったが、流石に知らない人の前で倫太郎の後頭部を殴打する訳にもいかない。後でたっぷり聞き出してやる、と誓うのだった。

 と、柔和な笑みを浮かべていた凛が、突然として表情を引き締める。魔術も聖杯戦争も関係ないトコロに思考を持っていかれていた倫太郎は、その表情につられて気を引き締めた。

 

「さて……一刻も早く休みたい時に悪いと思うわ。でも、貴方たちの知らないところで、事態はどんどん悪い方向に転がってる。できればセイバーのマスターも交えて、少しお話できないかしら」

 

 

 

 

「ふぁあ……ぁあ……」

 

 早朝。楓からのコールで叩き起こされた俺とセイバーは、並んで自転車を漕いでいた。

 隣から聞こえてきたのはセイバーの大あくび。

 叩き起こされたせいで不機嫌度120%の彼女は、どうも恨めしげに空を睨みつけている。ベッドのシーツを手放そうとしないセイバーを引き剥がすのに、俺がどれほど苦労したことか。

 

「しかし、治って良かったよ。怪我」

 

 しゃーっ、と坂道を下り降りるセイバーの姿はいつも通り。

 アーチャーの魔弾による一撃で呪詛を叩き込まれ、バーサーカー戦での傷を開かれて衰弱していた彼女の姿は、もうどこにもない。体力全快、フルスペックを振るうワガママ大王の再臨である。

 それがまた俺を振り回すのであろうことは置いておいて、またいつものセイバーが見れるというのは素直に嬉しい。

 

「食って寝りゃ治るというのは、昔からの真理なんですよ。まあ私の場合食ったのはお菓子ですし、キャスターによる適切な治療がかなり大きい事は否定しませんが」

 

「本当にキャスターがいなかったらどうなってたか……恥ずかしがらずにちゃんとありがとう言えよ」

 

「な、なんですか私を聞き分けのない子供みたいに! 感謝すべき相手にはしますよ、魔王として不適切なので言葉には出しませんけど」

 

「そういうのが駄目だって言ってんのこっちは‼︎」

 

 風邪じゃあるまいし一日寝たら治る、というのは単にセイバーがバケモンじみてるのか、それともキャスターの力量が優れているのか判別つかない。

 

「はー、しかし呼び出しって何するんでしょうね? どうも魔術協会とやらの連中が絡んでるみたいですけど?」

 

「俺に話を振るなよ、魔術協会どころか魔術がなんなのかも未だにチンプンカンプンなんだから。とにかく楓が呼んでるんだし、行くしかあるめえよ。アサシンのマスターと会うのは気まずいけどな」

 

 そりゃあ一昨日の夜に命懸けで戦った相手と、これから仲良くお茶しながら話そうぜー、なんてのはどだい無理がある。

 そこは双方の知人である楓に期待したいところだが、果たしてあの子にそんな機敏な気配りができるかと問われれば──、

 

「……やっぱ行きたくねえなあ……」

 

 溜息を噛み殺して、俺はペダルを漕ぐ足に力を入れた。

 

 

 

 

 ……で、スマホの地図を頼りに辿り着いた繭村邸。

 その異様な大きさに圧倒されつつ、俺とセイバーは敷地内に足を踏み入れた。門は開いていたので、勝手に入れという事なのだろう。

 セイバーは初めて見る和風邸宅に興味をそそられるのか、せわしなく視線を彷徨わせている。とはいえ俺もこんなにデカい屋鋪は見たことがない。家というより屋敷といったイメージだ。

 

「ようこそ……と、一応言っておくべきかな」

 

 そんな中、母屋の方から姿を現わした人影があった。

 男性用の着物を当然のように着こなした、赤銅色の髪の少年。傍らには目元を包帯で覆ったサーヴァント。

 その姿を見て、思わず背筋のあたりがチリチリと疼く。

 

「……廃工場でしてくれやがった事は忘れてないが、今は個人的なイザコザを優先してられるような状況じゃないんだろ。なら遠慮はいい、水に流した方が身のためだ。とっとと話を始めようぜ」

 

「はい? 私は許しませんけd」

 

「コラッ、せっかく俺が揉めないようにしてんのに台無しにすんな馬鹿!」

 

 咄嗟にセイバーの口を押さえた俺の言葉に、その少年──繭村倫太郎は頷いて、俺たちについてくるよう促す。向けられた背中に警戒の色は無かったので、俺もひとまず肩の力を抜くことにした。

 軋む長い廊下を抜けると、広めの和室に通される。

 開け放たれた障子の向こうには、当然ながら楓とキャスターの姿もあった。それと見たことのない二人組に──、

 

(なんだ、アイツ……?)

 

 一人、異様な男が立っていた。

 座り込みもせず、壁に背を預けてこちらを眺めている男。引き締まった痩躯に獣の如き眼光は、一瞥するだけで常人ならざる者であると判断するには十分過ぎた。

 本能か何かの働きか、全細胞が警鐘を鳴らしている。

 

「ランサー? 何故貴様が此処にいる」

 

 その男の正体は、隣のセイバーが知っていたらしい。

 ランサー……つまりこの男こそが、槍兵のクラスに分類されるサーヴァントなのか。

 

「ハッ。色々あんだよこっちにも。今は大人しく座ってな」

 

 その男はそう言いながらも、俺から視線を外そうとしなかった。

 それもただの視線ではない。

 俺を見ていながら、俺を見ていないような。俺ではなく、俺の奥底まで覗き見て、その全てを隠さずつまびらかにしようとしているような、奇怪でゾッとするものだ。

 その視線があまりにしつこいので、若干緊張しつつも口に出して抗議する。

 

「……なんだよ、ランサーだっけ? 俺が何か気にくわないのか」

 

「いいや? なに、ジロジロ見て悪かったな小僧。別に俺にそのケはないから安心しな」

 

「ンな事心配してねえよ‼︎」

 

 どがん、と大仰な音を立てて座布団の上に腰を下ろす。

 そんな俺を見て、俺から見て対面に座る楓が声をかけてきた。

 

「一人で来ると思ってたから驚いた。まさかセイバーちゃん、もう動けるの?」

 

「ええ、私でしたらこの通り快調ですよ。一晩ぐっすり寝たのでばっちり体力回復です!」

 

「……だってさ。俺も驚いたけど、問題なさそうだ」

 

「そら良かったで。僕の速やかな処置が適切やったっちゅうことやなあ、それは。僕がおらんかったら今頃キミはベッドの上でまだのたうちまわっとるやろうし。ン、そんな功労者たる僕に感謝が足りんのちゃう?」

 

「ケッ。誰が貴様なんぞに礼を言うかこのタコナス」

 

 さっきまでの言葉をガン無視して暴言を吐き始めたセイバーを膝でつつきながら、俺はぐるりと視線を巡らせる。

 この部屋に居るのは実に九名。

 そのうち四名がサーヴァントであり、それぞれ自分達の主の背後に控える、もしくは横に座る形になっているためか、部屋にはじんわりとした緊張感が滲んでいる。敵意は無くともそれだけで威圧感を撒き散らすハタ迷惑な奴らが英霊なのだ。それが四騎も一部屋に集まれば、小動物ならストレス死しそうな環境の出来上がりである。倫太郎が人数分のお茶を持ってきたものの、あんまり空気が和らいだようには思えない。

 とまあ、そんな居心地の悪さは意に介さず。俺たちが席に着いたことで話し合いの場は整ったと判断されたのか、早速見慣れない赤毛の男が口を開いた。

 

「──まずは自己紹介から始めようか。君たちにはお初にお目にかかる。オレが衛宮士郎、こっちが遠坂凛だ。魔術協会から派遣されてる隠蔽役の魔術師とは別に、聖杯戦争の調査を担当している」

 

 そこまで言ってから、彼はちらりと視線を後ろの槍兵に向け、

 

「で、この男がランサー。詳しくは後で話すが、都合がいいって事で今は一緒に行動してる」

 

「そういうこと。私達はちゃんと正規の依頼を受けてるから安心して。信頼できないなら、倫太郎君の方に確認してくれれば正当性は証明できる筈よ。それと……あらかたこっちでも把握しているけれど、念のため貴方達の名前を聞いてもいいかしら?」

 

 この緊張感にありながら落ち着いた声で、士郎と名乗った男性はそう言った。凛という女性に促されて、まず俺が口を開く。

 

「……俺は志原健斗。そこにいる楓の兄です。魔術も何にも知らなかったんですが、諸々あって巻き込まれまして、今はコイツ……セイバーのマスターになってます」

 

「おいおい。どっかの誰かさんみてえな奴だなアイツ」

 

「ぷぷ。ホントね。こっちの情報によると、士郎みたいに魔術回路がへっぽこな訳じゃないみたいだけど」

 

「うるさいよ。今は真面目な話をする時なんだから、二人とも大人しくててくれ。全く……」

 

 ランサーと凛さんが何か面白いものを見る目で士郎さんに何か耳打ちしていたが、俺には聞き取れなかった。

 

「私は志原楓、志原家の後継者。キャスターのマスターよ」

 

 俺に比べると、楓の自己紹介は物凄くシンプルであった。

 何故そんなに不機嫌そうなのかは俺にもわからない。魔術協会とかいう場所から派遣されてきたというこの二人が、何か気に触るのだろうか。

 

「ゴホン……成る程、ありがとう。お互いに自己紹介も済んだところで、時間もない。本題に入ろうか」

 

 士郎さんが手を組み直し、真剣な目つきで一同を見渡した。

 

「オレたちは第五次聖杯戦争の際、マスターとして戦った経験と、大聖杯の解体を経験している。それを見込まれて、今回は「この」聖杯戦争……いわば第六次聖杯戦争の調査を依頼された」

 

 よくよく考えてみると、聖杯戦争という儀式の正体について、俺はほとんど理解していない。

 知ってる事といえば、「マスター」と呼ばれる魔術師七人がサーヴァント七騎を従え、最後に残った一組が聖杯を手にし、願いを叶えられる……という事くらい。その願いを叶えてくれるという聖杯についても、どんな物かと聞かれればさっぱりだ。

 というか、こんな儀式がかれこれ五回も行われていたとは驚きだ。

 

「もともと、冬木市ってトコで聖杯戦争は行われてたのよね?」

 

 未だどこか調子のおかしい楓が、士郎さんに確認を取る。

 

「ああ。そして、聖杯戦争を行うために必須となる「大聖杯」……アレは既に完全な破壊が確認されている。にも関わらず、場所をこの大塚市に移して聖杯戦争は六度目の開催を迎えた」

 

 大聖杯のシステムは奇跡の産物とも言われ、どんなに優秀な魔術師であろうと、再現は不可能に近いとのことだった。

 それを可能にするならば、理屈を捻じ曲げるような天元の力が必要となるらしいが──その方法について論じても事態は変わらないので、会話は「復活した大聖杯と、それを操らんとする仙天島の魔術師をどうするか」という方向へと移っていく。

 

「目下最大の問題は、あの島を丸ごと陣地にしている魔術師だ」

 

 士郎さんがそう切り出すと、それまで沈黙を保っていた倫太郎が言葉を返した。

 

「僕達が今現在掴んでる事といえば、仙天島を抑えてる魔術師は何らかの手段を用いて、ライダー以外にも謎の英霊を更に複数使役してるって事だけです。目的も正体も謎で……」

 

「ああ。奴が使役してる謎の英霊についてだが、こっちでもランサーの協力を得て調査を重ねた。その結論から言うと──」

 

 士郎は何か決意を決めるように一度言葉を切ってから、

 

「あれらの英霊は全て、第五次聖杯戦争で召喚されたサーヴァントだ」

 

 その耐え難き事実を、感情の籠らない声で口にした。

 よく分からない俺は頭に疑問符を浮かべただけに留まったものの、楓と倫太郎は息を呑む。それを見て、難しい話は楓やセイバーに任せ、俺はひとまずお茶を飲んでおこうと決めた。

 

「彼らの真名について共有しておく。キャスター、コルキスの魔女メディア。ライダー、ゴルゴーンの怪物メドゥーサ。バーサーカー 、ギリシャ神話の英雄ヘラクレス……」

 

 単調に読み上げられていく謎のサーヴァント達の真名は、いずれも錚々(そうそう)たる顔ぶれといったところ……らしい。相当の力を持つ英霊達が集ったと評される第五次聖杯戦争を再現しているとなれば、倫太郎や楓の顔が曇るのも無理はなかった。

 

「そして。セイバー……騎士王アーサー・ペンドラゴン。俺が10年前、共に戦ったサーヴァントだ」

 

「騎士王……」

 

 倫太郎の口から、思わずと言った様子で騎士王の名が漏れた。

 

「残るアーチャーについてだが……これは色々とこみ入った事情があって、真名は"無い"ようなものと考えてくれていい。が、決して侮っていい相手じゃないとは覚えておいて欲しい」

 

「それは理解しましたけど……まず、そんな事が可能なんですか? 第五次の英霊を追加召喚して従わせるなんて……まっとうな魔術師じゃ言わずもがな、サーヴァントですら簡単に出来るとは思えない」

 

「バカ正直に真っ向から召喚しようと思えば不可能でしょうね。けれど、例の魔術師が大聖杯のシステムを手中に収めているのなら、あり得ない話じゃないわ。それと、それを裏付ける証拠がもう一つ」

 

 口を開いた凛は、壁にもたれるランサーの方に視線を向ける。

 

「実は、彼にはマスターが存在しない。このランサーはね、世界の「抑止力」によって召喚されたサーヴァントなの。しかも正規の召喚方法じゃない。ランサーは第五次聖杯戦争の記録を再現した連続召喚に介入する形で、10年前に召喚されていた彼もまた再召喚を果たした」

 

 俺が理解を放棄していた頃、セイバーはその意味を受け取っていた。

 抑止力。世界を存続させようとする無形の力。

 それは様々な形でこの世に現れると言われるが、このランサーが召喚されたのも、その抑止力が発動した結果だという。セイバーはランサーと密かに戦った際、その旨を伝えられた事で知ってはいたが、彼も現在猛威を振るっている謎のサーヴァント達のように、第五次の記録の再現体であるとは知らなかった。

 

「なんでそんなに回りくどいやり方で、その抑止力とやらはランサーの召喚に至ったわけ? わざわざ前回と同一の英霊を召喚するより、普通に適した英霊を召喚するのが妥当だと思うんだけど」

 

「そりゃお嬢ちゃん、考えてみな」

 

 ランサーが楓の方に視線を向けて、にやりと笑う。

 

「抑止力が連鎖召喚に割り込まず、普通に槍兵のサーヴァントを召喚していたらどうなると思う? 簡単さ。第五次で召喚された経験のある俺も同様、嬢ちゃん達の敵として牙を剥いちまう結果になる」

 

 そりゃあ嫌だろ? と断言できるのは、彼が自他共に認める強者たる英霊だからなのだろう。士郎さんと凛さんも知るところがあるのか、無言でその言葉に頷く。

 

「話をまとめよう。敵は第五次聖杯戦争におけるサーヴァント達、それに加えて正規のライダー、そしてマスター。これで全てだろう」

 

 士郎の言葉に、一同は無言でもって肯定を返す。

 

「そして、肝要になる"敵"の目的についてなんだが……申し訳ない。こっちとしても掴めていないのが現状だ」

 

 士郎さんは頭を下げたが、それは無理難題というものだろう。

 敵の親玉が仙天島に引きこもったまま顔すら見せないのでは、例え名探偵がこの場に居ようと匙を投げる。圧倒的に、敵の親玉について推測する材料が不足しているのだ。

 

「ただ、分からないことばかりじゃない。一つはセイバー、君だ」

 

「……………」

 

 セイバーは士郎さんから話題を振られて、気まずそうに目線をテーブルに落とす。コイツがこういうそぶりを見せる時は、きまって何か思い当たるフシがある時だ。

 ここからは俺の番だとばかりに、ランサーが口を開く。

 

「──そもそも今回、何故俺が抑止力によって呼ばれたのか。それは未だもって分かんねえままだ。が……例の魔術師とセイバーと直に相見えた事で、直感的に悟った事がある」

 

 それは戦士としての勘なのか、それとも抑止力の後押しを受けている事が影響しているのかは分からない。

 しかし確かな確信を持って、ランサーはこう言い切った。

 

「例の魔術師と、そこのセイバー。この二者を出会わせてしまったが最後、世界が脅かされる程の「何か」が起こる──ってな」




【ランサー】
世界の抑止力によって召喚された。「仙天島の魔術師が第五次聖杯戦争において召喚された七騎の英霊全てを従えた場合、世界が存続する可能性はゼロに等しくなる」と判断されたことから、通常の召喚形式ではなく、女魔術師の手によって行われた「前聖杯戦争における記録の再現」に割り込む形で限界している。
そのおかげで記憶もそのまま。影法師というより、アインツベルンの城で消滅した彼が、そのまま呼び出されたといった感じ。
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