Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

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六十三話 告白、すれ違い

「例の魔術師と、そこのセイバー。この二者を出会わせてしまったが最後、世界が脅かされる程の「何か」が起こる」

 

 ランサーの口から語られた言葉の意味は、とっくに会話の理解を放棄し、今日の朝ごはんについて考え始めていた俺でも理解できた。

 つまるところ、セイバーとこの聖杯戦争を始めた元凶とされる魔術師が出会えば最後、世界の危機が発生すると──。

 思わず考えるより先に、そんな事を言った槍兵に反論してしまう。

 

「ま……待てよっ。いったい何を根拠に、セイバーがその世界を脅かすような「何か」をするって言うんだ⁉︎」

 

「根拠なんざ無えよ、感覚だ。が、決して外れているとは思えねえ。こうしてる今も、抑止力に招かれた俺の全身が、セイバーは敵だと疼いてやがるからな」

 

 槍兵の目がすっと細められ、セイバーを凝視する。その瞳の奥に隠しきれていない獰猛な色は、間違いなくセイバーを敵として認識している様子だった。

 その様子に思わず言葉を呑む俺の背後で、

 

「フン。貴様が神に連なるモノである限り、貴様に勝ち目はない。それくらいの事も理解できんか」

 

「確かに俺はテメェの加護を相手取るには相性最悪だろうよ。だがな……俺が今から一突きでそこの坊主を殺せば、果たしてテメェはこの現世に留まってられるかな」

 

「──ほざいたな」

 

 ヒュゴゥ‼︎ と、セイバーの全身から暴風が巻き起こる。彼女の怒りがそのまま魔力的な圧となって、空気を掻き回しているのだ。

 それを皮切りに、部屋に充満する緊張感が数段飛びに膨れ上がる。

 セイバーとランサーだけではない。アサシンとキャスターすらも念のための臨戦態勢に移り、あまりの重圧に空気中に火花が舞いそうな程だ。

 

「待ってくれ、二人とも」

 

 が──それを制したのは、この緊迫した空気の中で眉ひとつ動かさずにいた士 衛宮士郎の言葉だった。

 穏やかに、しかし粛然と。

 澄み渡るような声が部屋に響いた途端、硬直していた空気がパッと晴れた。ランサーはその殺気を収め、セイバーも思わず露わにしていた怒気をひっこめる。この問題児がこうも簡単に大人しくなるとは、いったいどんな魔法を使っているのか。

 

「……ヒュウ。サーヴァント同士が相対(あいたい)する空気にさも当然とばかりに口挟むたぁ、全く大した魔術師や」

 

「色々と経験してるだけさ。それ程の事じゃない」

 

 キャスターの言葉に謙遜を返した士郎さんは、改めてセイバーとランサーを交互に眺めた後、

 

「セイバーを倒せば、その災厄は回避できるのかもしれない。が、俺たちが分裂して争えば、それこそ"敵"の思う壺だ。争っているうちに各自制圧され、セイバーは奴らの手に渡る……そうなればもう、俺たちがどうこうできる状況じゃなくなる」

 

「敵は六騎……なんとかするには、私たち四騎だけでも協力しないといけない……だよね?」

 

「ち、ンなこた分かってるっての。ちょいと言ってみただけだ、言ってみただけ‼︎」

 

 ランサーがふん、と不快げに鼻を鳴らして明後日の方向を向いたので、士郎さんは思わず苦笑する。

 セイバーはというと、気まずそうに唇を尖らしていた。そうやって俺の方を見られてもお前のせいなんだから知りません。

 

「ここまでの話を踏まえて、現状と今やるべき事を纏めるわよ」

 

 凛さんがパン、と手を打ち鳴らして、一度停滞しかけた話の流れを元に戻した。

 さっきから観察していると、この二人はどうもこうした作戦会議やらに慣れている様子がある。前回の聖杯戦争を生き残ったというし、彼らもこうして、自分達のサーヴァントと語り合ったのだろうか。

 

「敵はあの人工島……仙天島に結界を構築して、中で何やら企んでる。島を攻めようにも入念な準備が要る事は間違いないわ。なんせあの島に侵入する経路は架かってる橋一本だけで、敵からの迎撃もある」

 

「迎撃が?」

 

 倫太郎がそのワードに反応し、仔細について尋ねる。

 

「ああ。前はそうでもなかったんだが、今はそう簡単に近寄らせてはくれないらしい。向こうには──鷹の目を持つ弓兵が居る」

 

 その言葉を吐いた瞬間、それまで凛然とした雰囲気を保っていた士郎さんの纏う空気が、僅かに変質したような気がした。

 上手く言葉では言い表せないが、どこか、言葉に隠しきれぬほどの剣呑さが混じったというか──、

 

「話を戻そう。タイミングを合わせて、ここにいる全戦力をもって敵に仕掛ける──あの島を攻略するにはそれしかない。第五次の英霊、その群れと真正面から戦うのは得策じゃないが……向こうから出てこない以上、こっちから仕掛けるしかない」

 

「そりゃそうや。いつかは正面衝突は避けられん。が、勝算はどんくらいあるんかいな?」

 

「五分五分がいいとこだ。運が良ければ勝つし、悪ければ押し切られる」

 

「ま、ンなもんやろなあ……。タダでさえ数では負けとるし」

 

 キャスターは残念そうな顔で言うが、まっとうな人間の感性からすると、五割の確率で死亡というのはなかなかに大きな賭けである。

 この二人が言うならば、いくら足掻こうと勝率をそれ以上に引き上げる事は難しいのだろうが──、

 

「ここで、セイバー。魔王たる君の力がどうしても必要になる」

 

 再び話の矛先が向いて、セイバーは俯きげな顔を上げた。

 

「私が?」

 

「ああ。まず、この戦いにおいては、「各自が誰と戦うか」が重要になる」

 

 士郎はどこからともなくポスター大の丸めた用紙を取り出し、それをテーブルの上に広げてみせた。

 そこには敵となるであろうサーヴァント達のクラス、真名、能力あたりがざっと書かれている。サーヴァントの姿とおぼしき絵もおまけ程度に書かれていたが、このなんとも下手極まりない独特な絵は、果たして士郎さんと凛さんのどちらが書いたのだろうか。

 みんな空気を読んでその絵についてはこれといって言及せず、士郎さんが話を再開する。

 

「敵の最大戦力はこの二騎だ。セイバーと、バーサーカー。この二人の対処が最大の難関に違いない」

 

 そう言いながら、彼は二つの絵を指差した。

 確かセイバーの真名は、「アルトリア・ペンドラゴン」。ブリテンの騎士達を束ねた王、聖剣を携えた剣士。

 そしてバーサーカーの真名が「ヘラクレス」。つい数日前に、楓と倫太郎をたった一騎で窮地に追い込んでみせた狂気の英霊だ。

 

「特にバーサーカーは尋常じゃないスペックを持っている。その強さと剛力も常識外れだが、宝具「十二の試練」による十一個の代替生命を持つのが最大の強みだろう。並の英霊じゃ、まず十二回殺し切る前に殺される」

 

「そいつの強さについちゃあ僕とそこのアサシンがようく知っとる。一度戦って敗北した身やからなァ。まさか奴の正体が、かの英雄ヘラクレスとは驚きやけど」

 

「──けどね。そんなバーサーカーにも、付け入る隙はあるわ」

 

 士郎さんと交代するようにして、凛さんがずずいと上半身を乗り出しつつ口を開いた。

 

「ヘラクレスはその出世から主神の血を引いているとされる、半神半人の英雄よ。ゆえにこそ、彼は神々の眷属の一員として扱われる。つまり「神殺し」たるセイバー……貴方は、このランサーを相手にした際同様、バーサーカーに対して優位に戦える筈よ」

 

 セイバーはその提案に許諾も拒絶も示さなかった。ただ、無言で何かを考え込むように黙り込んだだけだ。

 ところで俺はそんな情報は初耳なので、小声で隣のセイバーに耳打ちする。

 

(……えっと、そうなのか? 俺は知らないけど)

 

(そうですよ。別にケントに教えるつもりはありませんでしたけど)

 

 セイバーは「神」の一族、もしくは「神性」を持つものに対して、めっぽう強いという性質があるらしい。だからいつぞやキャスターが操っていた十二天将とやらと戦った際、彼女はああも凄まじい光景を晒しながらかの大蛇を圧倒できたのか。

 

「逆に言えば、他の面子でバーサーカーを完全に抑え込むのは難しいわ。抑止力の補正を受けたランサーでも五分でしょう。だからこそ、バーサーカーの相手はセイバーに努めてもらうしかない」

 

「ええ、分かりました。……神殺しであれば得意中の得意。私がその大英雄を下す役割を果たしましょう」

 

 少し悩んでから出されたセイバーの許諾により、バーサーカーを相手するのは彼女であると決定した。

 

「ありがと。他の敵対サーヴァントだけど……もう一つの難関たるセイバー。これはこちらのランサーが対応するわ」

 

「おうよ」

 

 凛さんの言葉に、ニヤリ、と口の端を吊り上げる槍兵。

 その顔は言外に、かつての好敵手ともう一度殺し合える機会を讃えていた。

 

「そして、アサシン。貴方には「正規の」ライダーの相手を」

 

「りょうかい……した。一度戦ったこと……あるし、ね」

 

 正規のライダーとなると、あの小学生みたいなナリで、雷を嫌という程飛ばしてきたアイツの事だろう。仙天島を根城にしている魔術師が、本来使役しているサーヴァント。

 凛さんに示されたその方針に、倫太郎も無言で頷く。

 

「キャスターには、残るライダー「メドゥーサ」と、キャスター「メディア」。それと──貴方が従える神霊の力でもって、かの島の結界を破る役割をお願いするわ」

 

「ふむ、僕としてはええけど。楓ちゃんはどない思う?」

 

「私としても異論は無いわ。けど神霊を前みたいに操ろうとなると、少し時間が必要になるわよ。私の魔力が十二分に回復するまでと、キャスターの十二天将が今までの戦いの傷を癒すぶんの時間が要る」

 

「それでかの十二神が味方になってくれるなら越したことはないわよ。決戦まで、楓ちゃんはゆっくり身体を休めて頂戴」

 

「………………」

 

 なぜか怪訝な顔をした楓をよそに、記された各敵サーヴァントの欄にこちらの戦力が分かりやすく書き込まれていき、具体的に「誰が誰の相手をするのか」が明瞭に示される。

 ただ一つだけ、不明な点があった。

 敵のセイバー、キャスター、ライダー、バーサーカー、それに加えて正規のライダー。これらの対策を練ったはいいが、あと一騎、敵の側には英霊が残っている。

 

「待ってくれ。この、アーチャーってのは誰が……」

 

 その問いを、遮るようにして放たれた一言があった。

 

「奴は──俺が相手をする(・・・・・・・)

 

 それを口にしたのはこの場に集った英霊の誰でもない。衛宮士郎その人が、サーヴァントの相手をすると言ったのだ。

 それが如何に非常識か、くらいは流石に理解できる。

 英霊と魔術師の間に開かれた差はあまりに大きい。士郎さんがどんなに強かろうと、そう簡単にサーヴァントと戦えるものか。俺の考えは倫太郎も同じだったらしく、彼も目を見開いて反論する。

 

「相手はサーヴァント、英霊です。……それなのに? 魔術師の身で英霊に挑む事が如何に困難か、聖杯戦争を経験したお二人なら僕より知っている筈だ」

 

「……それでも、よ。このバカはたぶん縛り付けてもアーチャーと戦おうとするでしょうから、悪いんだけど許してあげて」

 

 凛さんにそうウインクされると、俺も倫太郎も言葉を飲み込むしかない。なにより士郎さんが放つ空気はほとんど変わっていないようでいて、その裏に有無を言わせぬ凄味が蠢いているのを感じ取った。

 彼は一体何を思っているのか。その表情の裏から僅かに感じ取れるような、この煮えたぎるような感覚は──怒りなのか……?

 

「それに英霊を相手にするったって、大丈夫。人間死ぬ気で頑張れば、意外となんとかなるものよ? ねー士郎〜……ッ⁉︎」

 

 と。なぜかゲロ甘い猫なで声を出した凛さんが、突如として身体をビックーン! と硬直させた。

 ああ、今のは間違いなく──そう、完全に、意図せずふわっと漏れてしまった(・・・・・・・・)類の声だ。それはまさしく、彼女が今の今まで築き上げてきた体裁を根本から破壊するかのような致命の一撃。

 つまりは、このオトナな風格漂う女性が、実は裏では士郎さんにあんな甘えた声で話しかけている……という事が明るみに出てしまった訳で。

 「しまったやばい思わず気ぃ抜けてた〜!」なんて感じの冷や汗だらだら深刻顔を片手で覆い隠した凛さんは、咳を一つ漏らしてから、ようやっと以前の様子を取り戻した。この場に充満する「察してしまった」感じの空気は元に戻らなかったが。

 

「………………と、とにかく。アーチャーの相手は士郎がするわ。だから今やるべきことといえば、キャスターと楓ちゃんの魔力回復待ち。私達は今後もランサーと状況を探るから、貴方たち特に楓ちゃんはゆっくりと休みなさい。決戦はもう間近なんだから」

 

 

 

 

 ──何やかんやあったが、今の時刻は未だ朝八時過ぎ。朝ごはんを食べるには丁度いい頃合いである。

 それを見越していたのか、なんと士郎さんが食材を山ほど持ち込み、繭村の無駄に広大なキッチンを借りて朝ごはんをこしらえてくれた。疲労回復は食事からだとかなんとか。俺とセイバーはたっぷり前日に休養をとったおかげで体力は有り余っていたのだが、折角なので一緒にたいらげた。

 で、残存魔力が心もとなくなってきた楓は布団を借りてとっとと就寝。キャスターも魔力回復の為とか言って姿を消した。

 セイバーはセイバーで、あの作戦会議以来どこか調子がおかしい。

 

(ったく、アイツどこ行ったんだ……)

 

 びっくりするほど長い木張りの廊下をギシギシ言わせて歩いていると、どこからか風が吹いた。

 外に向けていた視線を前に向ける。そこにはまるで俺の進路を塞ぐように、キャスターが姿を現していた。

 

「げっ……キャスターお前何の用だよ」

 

「げっ、とは何やげっ、とは失敬な‼︎ その言い方にはぼかぁ断固として抗議させてもらうで‼︎」

 

「お前がわざわざ楓のそばを離れて俺のとこに姿を見せるって事は、何かしらあるんだろ。どうしたんだ」

 

 立ち止まってキャスターと目線を合わせる。

 この男の目は──いつ見ても、計り知れないものがある。俺が密かにこやつに対して抱いている苦手意識は、おそらくそこを起因としているものだ。

 熱情に昂ぶっているわけでもない。憎悪に燃えている訳でもない。歓喜に輝いている訳でもない。落胆に淀んでいるわけでもない。

 しかし、それらどれもが当てはまらないクセに、その全部をごちゃ混ぜにしてどれとも取れるような目をしている。訳がわからない。

 

 

「──君は、気づいて(・・・・)やっとんのか?」

 

 

 紡がれたその言葉に茶化すような素振りはなく、まるで敵に告げるかのような剣呑さに満ちていた。

 

「それは……何の話だ?」

 

「んー。その様子からすっと、やっぱ意図的ではないんかァ。ンなら僕から言うことは何もない。自分で悟ってしまえば逆に悪化する類やろうしなあ、ソレ。ま、戯言と聞き流しといてぇな」

 

「おい、ちょっと待てよ。お前は何について話してる? 一体俺が何をどうしたって──あ、こら!」

 

 俺が言葉を言い終わらぬうちに、「ばいなら」と言い残してキャスターは霊体化して姿を消してしまった。

 アイツは底が見えないところはあるが、「楓を守る」事だけは徹頭徹尾優先しているらしい。どうせ、ぐっすり寝ているのであろう楓を守護しに舞い戻ったのだろう。

 

「はぁ。なんなんだよ、くそ」

 

 俺は「勝手な奴」と呟いて、またセイバーを探し始めたのだった。

 

 

 

 

「あっ──セイバー!」

 

 見つけた。やっと見つけた彼女は周囲の目線を避けるように、倫太郎家の中庭の隅に植えられた大樹の陰に座り込んでいる。

 俺の声に反応して、セイバーが膝に埋めていた顔を上げた。

 その顔を見た瞬間──、

 

 セイバーやはり おまエ    は  俺   ちが ら 死   サざ ありえな    二者 どうイつの    で  だから駄目だこいつをこのセイバーを殺し殺殺殺ロ殺殺殺サなクては

 

「ケント?」

 

「あ、ああ……なんでもない、ちょっと目眩だ」

 

 理由(ワケ)もなくほっとして、思わず溜息をつく。

 

「ソれよリ、なんデそんなとこに隠れてんだよ。なんだか元気ないし。さっきの話からお前変だぞ」

 

「……なんでもないです」

 

 セイバーが木の陰から動く様子を見せないので、仕方なく繭村家の塀に背を預ける。今日も残暑厳しい夏日和だが、大樹が頑張って葉を広げてくれているおかげで、この辺りはまだ涼しかった。

 

「どうせ、あの「抑止力」とかいうのが関係してるんだろ。えーっと、なんだ……あとあと倫太郎の奴に聞いたんだけど、確か「世界が存続しようとする為に行使する形のない力」、なんだっけ? カウンターガーディアン、世界全体が保有する、滅びの起点を潰す自動装置だとかなんとか……」

 

 とまあ訳の分からぬ専門用語を並べられただけで、正確な理解としては三割くらいしか出来ていないのだが。

 まあ要は、俺たちが生きる世界そのものが、「世界がヤバイ!」って状況に応じて援軍を寄越してくれている──それがあのランサー、という結果でもって現れているそうだ。

 

「……ケントも、これで理解したんじゃないですか」

 

 セイバーは地面に視線を落としたまま、絞り出すように言う。

 

「抑止力……そんなものに介入されるほど、私はこの世界にとって迷惑な存在なんです。しかし私は自分の浅ましさから、その事実をケントに伝えなかった。知っているのに黙っていた。自分で自分を世界の邪魔者と言いながら、その致命的な証拠を隠そうとしたんです。……貴方を、怖がらせたくはなかったから」

 

 ──真名は明かせませんが、私は魔王。

 ──人に、神に、世界に仇なす敵役にして負の象徴。だから今更どう振る舞おうと、私は絶対の悪だと決められているんです。

 ──そんなこの世界にとって、私は邪魔者なんですよ。

 ──こんな存在が留まっては、きっと迷惑になってしまう。だから私が消える事は、ケントにとっても、きっと正しい事なんです。

 

 こんな事を、いつかの夜に彼女は言った。

 この戦いが終われば、自分は邪魔者だから消え去ると。

 ひどく悲しげな顔で、それでも無理に笑みを浮かべている彼女の顔を、今も俺は覚えている。

 

「はは。……私に、失望しないんですか」

 

 乾いた笑いだった。なにかを諦めたような、悲しい笑い声だった。

 それを聞いて、俺は今度こそ──、

 

「セイバー。お前、ふざけてんのか」

 

 堪え切れないほどの怒りを込めて、俯いたセイバーのすぐ目の前まで歩み寄った。

 ざっ、と靴が土を踏みしめる。距離が近づいた事で驚いたのか、セイバーは思わずと言った様子で顔を上げた。波打つように広がる蒼色の髪の奥に、セイバーの顔が露わになる。

 

「失望させた? 俺を怖がらせたくなかった? そんな事、お前はずっと俺に思ってたのか⁉︎」

 

「え……」

 

「だとしたら最悪だ。ああ最悪だよッ‼︎ 抑止力がなんだ、世界がなんだ、ンなこた俺にはぜんぜんこれっぽっちも理解できない‼︎ けどな、そんな訳の分からない力だのが介入しようと何をしようと知ったことかよ‼︎ たかが世界が敵に回った程度(・・・・・・・・・・・・・)で、お前に対する気持ちをやすやすと変えるもんかってんだ‼︎」

 

 ああ腹が立つ。本当に腹が立つ。なんでセイバーってやつは、俺がセイバーに対して恐怖を覚えたりだとか、失望したりなんてすると勘違いしてやがるんだ。

 

「前々から言いたかったんだ、ずっと。だから言ってやる。俺はお前が世界に「いてはならない」なんて、ンな事断じて認めない‼︎ だって、俺はっ──‼︎」

 

 ここまで来ればもう最後まで言い切ってやろう。

 いつか来るであろう離別が怖くて、最初は認められなかった感情があった。でも、もう認める。元から目を逸らし続けることなんて出来なかったのだ。そして、セイバーがその悲しい自己評価を改めないのであれば、この感情をもってその認識を変えてみせる。

 ああ、そうだ。この分からずやには、もっとどストレートで、俺の心を全部伝えられるような言葉じゃなきゃ通らない‼︎

 

「──俺はお前が好きだ‼︎」

 

 だから、そう言った。

 

「聖杯戦争なんて知らん、魔王がどうとか関係ない。ただ、俺はお前とずっと一緒に居たい‼︎ お前に消えてなんて欲しくない……‼︎ いてはならないなんて言うなら、ここにお前に「いてほしい」って願ってる奴がいる‼︎ それでもまだお前は、自分が邪魔者だなんて言うのかよ‼︎‼︎」

 

 俺の心を、思うがままにぶち撒けた。

 

「す……すきっ、え、ちょ……っ⁉︎ な、なな何を言ってるんですかケントは⁉︎」

 

「何を言ってるかってお前、言葉のまんまだよ‼︎」

 

 しばらく口をパクパクさせていたセイバーがくしゃっと表情を歪ませて、泣いてるのか笑ってるのか分からない顔になる。

 

「……っ、違います、ケントは分かっていないんです。かつて私が何をしたのか、私がどんな怪物なのかを‼︎ 分かってないから、そんな事を言えるんですよ‼︎ 私といたって、きっと貴方は不幸になる‼︎」

 

 こっちが全部さらけ出したというのに、まだセイバーは否定しようとする。

 自分は魔王だから。自分は怪物だから。その恐ろしさを知らないからこそ、俺はセイバーを好きになれたんだと。

 そんな見当違いの事をまだ言っているセイバーに対して、思わず俺はカッとなってしまって──そして。

 言うべきではない事実(・・・・・・・・・)を、口にしてしまった。

 

「何をしたのかくらい知ってるさ‼︎」

 

 だが、勢いづいた俺は止まらない。止まれない。

 

「俺は見たぞ。夢だった、けどあれは確かにお前の記憶だった‼︎ 何万っていう兵士を一人で皆殺しにするお前も見た、赤ちゃんですら手にかけるお前だって見た‼︎ それでも──……あ」

 

 俺は続く言葉を呑みこんだ。一瞬のうちに真っ青になったセイバーの顔を見て、俺が致命的な失敗を踏み抜いたと悟ってしまった。

 セイバーがその真名を隠す本当の理由。

 それは抑止力の件を俺に黙っていたように、恐らく、「自分が昔、殺戮を繰り返した、世界を敵に回す怪物である」という事を俺に隠すためだ。魔王を名乗り、自分から嘯いて自虐しようと、それが本当であるという事実を示す証拠だけは、決してみせようとしなかった。

 だが、俺は知ってしまった。盗み見てしまった。彼女の過去を、彼女の記憶を、彼女によって葬り去られた何千何万という骸の山を。

 

「違う、俺が言いたいのはそんな事じゃないっ……俺はそれでも、お前の過去がどうであれ──」

 

「ッ‼︎‼︎」

 

 立ち上がったセイバーの周囲で、激しい蒼雷が巻き起こる。

 それは俺の身体を掠めるようにして飛んでいき、背後の塀に激突して黒煙を噴き上げた。

 

「……そう、ですか。知っていたんですね」

 

 激しく唸りを上げる蒼雷は、蛇のようにのたくってセイバーの周りを取り囲む。それはまるで、俺を拒絶する彼女の意思そのもの──。

 

「……ああ、知ってた。お前が何をしたのかも全部知ってる。その上で俺は、お前の、セイバーの事を好きになったんだ」

 

「そんなの……おかしいです、異常です、正気じゃありません‼︎ 数えきれぬほどの命を奪ったこの私を好きになれるなんて、貴方はどこか狂っています‼︎ そんなこと、あり得るはずが」

 

「人の想いを狂気で片付けてんじゃねえッ‼︎‼︎」

 

 俺は吹き荒れる魔力放出の嵐にも臆さず、セイバーに駆け寄って手を伸ばした。

 が──その手をすり抜けるように、セイバーはひらりと宙に跳ぶ。

 

「……ごめんなさい」

 

 もうセイバーはこちらを見なかった。

 その表情を隠すように背を向けて、俺から目を逸らし続ける。

 

剣士(セイバー)として、最後まで役目は果たします。でも私は、ケントとは一緒にいられません。そうしてしまえば、わたしは魔王(わたし)でなくなってしまう」

 

「セイバー……っ‼︎」

 

 そう言い残して、セイバーは姿を消してしまった。塀の瓦を砕けるほどに強く蹴り飛ばして、その向こうへと消えていったのだ。

 ……やっぱりアイツは、何にもわかっちゃいない。

 お前は魔王なんかじゃないと、そんな肩書きなんぞにとらわれる必要はないんだって。

 俺が一番伝えたいのは、ただそれだけだってのに──。

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