Fate/crescent 蒼月の少女【完結】 作:モモのすけ
「はあ……」
「なんだよこれ見よがしに。気が滅入るんだけど」
夜も更けてきたが、今のところこれといった動きはない。
楓はぐっすり和室で熟睡しているし(さっき大きな寝言を言ってるのが聞こえた)、キャスターもアサシンも霊体化して姿は見えないし、士郎さんと凛さん、ランサーは部屋でなにやら話し込んでいるらしい。
そして肝心のセイバーは、日が暮れるまで探し回ったが姿を見せないまま──。
必然的に、この屋敷をうろついているのは俺と倫太郎、この二人だけとなってしまう。
「……失敗した。やり過ぎた。つい熱くなり過ぎたんだ」
「だ、か、ら! 一体全体なんの話さ。まず志原健斗、そもそも君のこともアイツの兄貴ってだけでよく知らないし。セイバーの姿が見えないことと関係があるのか?」
そういうわけで俺と倫太郎の二人は、照明をつけたダイニングに対面で腰掛けて、こうして話し込んでいるというわけだ。
一人で悩んでいても気が滅入りに滅入るので、ちょうど暇そうにしていたコイツを捕まえて話相手に据えている。
一度は殺し合った相手とこうして仲良くお話というのもなかなか変な状況だが、俺はあまり根に持たないほうなのだと最近気づいた。
「いや……なんというか、言いにくいんだけどな……まあ色々あって、アイツとケンカした。今後は姿を見せないとか言ってる」
「はぁっ⁉︎ 仙天島攻略も近いこんな時に⁉︎ 向こうのバーサーカーをセイバーが抑える、って士郎さんたちが考えてくれた作戦は⁉︎」
倫太郎が驚愕して声を張り上げる。そんな驚かれたって、ケンカしてしまったものはしょうがない。
「……アイツは、役目は果たすと言ってたんだ。最悪の場合でも、セイバーの力が借りられないなんてことにはならないと思う」
「って言ったって……結構やりにくくなるぞ、それじゃあ」
声の調子を落とす倫太郎。確かにこちらでタイミングが掴めずセイバーに任せきりでは、個々の協力が重要視される今回の作戦はやり辛いだろう。
改めて事の重大さを認識させられて、一人でいた時よりもますますどんよりとした気分になる。それもこれも俺が悪いんだけど──、
「とりあえず……こっちで何とかしてみる。つまらん話に付き合ってくれて、ありがと」
倫太郎と別れて、俺は木張りの廊下を渡っていく。
中庭をふと眺めると、セイバーの蒼雷によって焦げた塀が月明りに照らされて見えた。
同時に、ここにセイバーがいないという事実を再認識する。
アイツのやかましい声が無い、という静けさは、これ程までに寂寥感を与えてくるようなものだっただろうか。これほど沈黙が重く感じられたのは、初めてのことかもしれない。
そんな事を思ってから、自分がおかしくて笑ってしまう。
「はは、本当に……」
セイバーもいないのに夜に出歩くのは得策ではあるまい。
今は大人しく繭村の屋敷で待機して、セイバーを探すのは日が昇ってからにしよう。そう考えて、大人しく割り当てられた和室に戻ろうとした俺だったが──。
突然、ポケットに入れっぱなしのスマホがけたたましく鳴り響いた。この軽快な音楽は、誰かから通話がかかってきている事の証拠に他ならない。
突然のことにやや驚きつつも、スマホに表示された字面を見る。
(三浦……? アイツ、こんな時間に何の電話だ?)
それは級友にして親友、三浦火乃果の名前だった。
若干不思議に思いつつ、とにかく電話に出る事にする。
『し、志原、くん。忙しいかもしれないんだけど、聞いて』
「やっぱ三浦か。珍しいよな、お前が電話なんて。どうしたんだ? また何か大雅がやらかしたのか?」
『それは、違……──』
突然、会話の向こうで何かが聴こえて、三浦の声を掻き消した。
ざわざわ、ごうごう……と。どこかで聞いた事のあるような、不思議と心がざわついてくる音だ。
「ん……何だって? 聞こえないぞ?」
『……たす、けて』
たった四文字のその声は──とてもまともな人間が発せられとは思えないほど、心の底から怯えていて、憔悴しきった声だった。
『前田、くんが、死んじゃう。死んじゃうよ……っ‼︎』
「お、おいっ……三浦⁉︎ 一回落ち着け、そっちじゃ何が一体どうなってる‼︎ 今どこにいるんだ、大雅もいるのか⁉︎」
『いる……一緒に、いるよ。大塚の森林公園で、志原くんを待ってる。……電話で、あなたを呼び出せって、女の子が』
その声は今にも搔き消えそうだ。
三浦は今も戦っている。電話の向こうにいるであろう「誰か」に今も殺されそうな恐怖を押し殺して、必死に言葉を紡いでいる。
『ごめん、なさい。本当は、志原くんは、来るべきじゃないの。こんな危ない人がいるところに、志原くんを呼んじゃいけないって分かってる……でも、私、私っ……‼︎』
プツン、と。あっけなく電話は切れた。向こうが切ったのか、それとも何者かが切らせたのかは分からない。ただ、まるで大雅の命の灯火のように、呆気なく切れて言葉を発しなくなった。
怒涛の情報が頭の中を駆け巡る。
二人に何があった? 疑うまでもない、サーヴァントと聖杯戦争がらみで何かがあったんだ。俺を誘き寄せるために最適の「餌」、クラスメイトの前田大雅、三浦火乃果という人間を拉致して、俺に電話をかけさせたのだろう。
「………………」
頭の中が、燃えている。
脳髄がグツグツに溶けてしまいそうなほど怒っている。
そのくせして、思考はどこか冷静だ。いつぞやの時と同じ。
二人を攫ったのは誰か。俺たちを襲うような敵対関係にあるサーヴァントといえば限られてくる。即ち、バーサーカーかライダーだ。
だが、ライダーの線は薄いだろう。何故ならわざわざ、三浦に話させる必要がない。自分で居場所を名乗ればそれで終わりだし、そもそもあの傲慢なチビはこんな搦め手を使うようなタイプには思えない。
この聖杯戦争に居るという非正規の英霊だとしても、わざわざ島の外に出てこんなにも面倒な事をする必要性がない。それはライダーにだって言える事だ。
つまり、考えられるのは一つ。
今も二人を命の危機に晒しているのは、俺の命を奪い、セイバーを瀕死に追い込んだ──あの狂戦士に他ならない……‼︎
「バー……サー、カーァァァァァァァァァァァァァァッ‼︎‼︎」
そうと決まった瞬間、俺は怒りと勢いに任せて繭村家の屋敷を飛び出していた。倫太郎やキャスター、アサシンの咎めがなかったことは幸運というほかあるまい。
門のそばに停めた自転車に勢いよく跨って、ペダルをブチ抜く勢いで加速していく。
「くそッ、あの野郎──‼︎‼︎」
スピードが足りない。もっと速く、もっともっと──。
俺の意思に答えるように、何かが変わっていくような気がする。
ベキゴキバキバキ、なんて怪音が響いた直後に、俺の自転車が突然限界を振り切った。ペダルが軽い。一漕ぎでどんどん加速する。月夜を引き裂く一陣の風となって、大塚の街を瞬く間に駆け抜けていく。
「大雅、三浦……‼︎‼︎」
俺が死んで、セイバーと出会ったあの夜。
もうこれ以上、この街の人間を死なせたくないと思った。こんな戦争が生む犠牲は、俺で最後にしたかった。
そんな事がまかり通るほど甘くないことくらい知っている。それでも、ただ俺が知っている、俺の手が届くような連中くらいは巻き込みたくないと。そう強く思ったのだ。
だからまだ諦めない。
かつて俺の命を奪ってくれやがったアイツに、もうこれ以上好きにさせる訳にはいかない──もう何も奪わせない。決して。
「待ってろ、今行く……‼︎」
その想いすらペダルに乗せて、もっと加速していく。
気がついた時には田園地帯どころか大塚市の中心部すら振り切って、大塚市東部の住宅街にさしかかっていた。
目的地はこの先、住宅街の奥にある森林公園。
全てが始まった9月4日、俺がバーサーカーに殺された場所にして、セイバーと初めて出会った場所。
(人質をとったバーサーカー相手に一人で向かったって、こちらの勝算は無いに等しい。でも、アイツがあの言葉通りに、俺と一緒に戦ってくれるのなら──)
そんな事を考えていた時、どこか懐かしい気配を感じ取った。
強大にして清廉。獰猛にして安穏。
住宅街の坂道を駆け上りながら、俺は隣に視線を向ける。
そこには──、
「……ああ。やっぱり来てくれたな、お前」
住宅街の屋根を跳びながら並走する、一つの影。
今日ひたすら街中を探し回っても姿を見せなかったセイバーが、そこにいた。
「………………っ」
どこかムスッとしたまま無言を保つセイバー。まあ口を聞いてくれないくらいは想定内なので、それでも良しと声をかける。
「お前は
我ながら、怒りに任せて随分と無茶をしている自覚はある。倫太郎にも楓にも告げずに家を飛び出して、あのバーサーカーに挑むなんて自殺行為もいいところだろう。
が。結果として、セイバーは駆けつけてくれた。こんな馬鹿なマスターに付き合って、一緒に戦おうとしてくれている。
「……やっぱりさ、いい奴だよ。セイバーは。魔王なんて名乗ってるのが勿体ないくらいに」
セイバーは何か言おうとしたらしいが、結局言うべき言葉が出てこなかったらしい。いつも通りだ。大人しくぷいっとそっぽを向いて、それでも器用にこちらに並走している。
「──……敵はバーサーカーなんですか、やはり」
「ああ。奴に大雅と三浦が攫われた。理由は知らないけど、俺とセイバーをご指名みたいだ。このままじゃ大雅が危ない」
セイバーと再開して少し緩んだ表情を引き締める。
バーサーカー、真名をアキレウス。全英霊の中でも頂点に位置する程の神速を持つ、韋駄天の大英雄。セイバーが一度敗北を喫したほどの強敵にして難敵だ。
森林公園の入口が見え、ブレーキをかけて停止する。
閉じた鉄の門。それを乗り越えてほとんど照明のない遊歩道に降り立つと、少し前のことだというのに、随分と懐かしい気がした。
「……まだ一週間しか経ってないんだな、あれから。もう二、三週間はお前と一緒に戦い抜いてきた気がする」
緊張からか思わずそう呟くと、セイバーが反応した。
「一週間って……何からですか?」
「初めてお前と会って、バーサーカーに殺された日からだよ。あの時も今日みたいに無我夢中でお前を追いかけて、この門を飛び越えて、あの階段を上っていったんだ。その理由も知らずに、な」
懐かしい。夜の街でバーサーカーと争うセイバーを偶然目撃した俺は、なんとも説明できない衝動に突き動かされて、セイバーの背中を追ったのだ。
「そう、ですか……私を追うなんてコトしなければ、ケントが死ぬ事もなかったのに」
「バカ。それじゃあお前は独りで消えるだけだろ? そんなのは俺が嫌だ。こうしてセイバーに会えて、一緒に色んなことができたって事を考えると……俺がちょっとの間だけ死ぬくらい、なんでもないさ」
ちょっと恥ずかしい台詞を置き捨てするように、俺は階段に走った。
森林公園の階段は長い。二人で駆け上りながら、セイバーが言う。
「魔力の質が少しおかしい……間違いありません、ここにバーサーカーはいるみたいです」
下手人のバーサーカーの存在が確認できたところで、残る問題は二つだけ。無事にバーサーカーを倒して二人を助けられるか、だ。
「セイバー。単刀直入に聞くけど、敵は一度お前のマスターを殺したバーサーカーだ。やれるか」
「一度は敗北を喫した身ですが、今度は遅れをとらないつもりです。それにほら、見てください」
セイバーが頭上を見上げる。そこには夜空を煌々と染め上げる、ほぼ円に近い美しい月が浮かんでいた。
それを見て思い出す。
セイバーが持つ剣は"月の刃"。夜空に輝く月がその輝きを増すほどに、その力を増幅させる神造兵装──。
「以前は月が隠れていたために思うように力を振るえませんでした。しかし、今宵は雲もない晴天です。月も明日か明後日には満月に至るほどの好条件。バーサーカーなんてぶっ飛ばしてやれますよ」
成る程、たしかによく見れば少しだけ月は欠けている。
一目すると満月に見えるが、正式な満月は明日か明後日の夜──ということなのだろう。しかし、これだけの光量だ。セイバーの月の刃はその力をほぼ全力で振るうに違いない。
「はは。いつもの調子に戻ってきたんじゃないのか、セイバー?」
いつものような口調が戻っていることに自覚がなかったのか、セイバーは少し恥ずかしそうに俯いて、
「けれど、一つだけ問題があります」
もう既に鎧を纏っていたセイバーは、空間を割るようにして、その手に一振りの蒼剣を取り出す。彼女の宝具たる神造兵装だ。
月光を吸収する半透明な刀身は、以前にまじまじと見たときに比べても遥かに輝きを増しているように見える。
「あの英霊を相手に手加減などは許されません。私の全力をもって応戦してもまだ足りない。奴を確実に仕留めるには、我が宝具……この剣の全力解放による一撃を命中させる必要があります」
セイバーの剣──その全力解放。
いつぞやのライダー戦において、夜空が真白に染め上げられるほどの魔力をもって放たれんとした一撃。あれこそが、恐らくはセイバーが出しうる窮極の一撃なのだろう。
そして、それを当てない限り、バーサーカーは倒しきれない。
最速と呼ばれる神速の足をもつあの英霊に、数秒の「溜め」を必要とするあの一撃を放ち、命中させなくてはならないのだ。
「それは……難しそうだな、確かに」
──あの英霊、アキレウスの強さは次元が一つ二つ違う。
キャスターとアサシンが令呪の補助を受けた上で共闘し、更に神霊を使役しても数時間拮抗するのがやっと。「神性」を持つ相手に強いセイバーを相手にしても、さも当然のように優勢に立てる程の力量なのだ。
普通の攻撃を当てるのですら一苦労なのに、宝具による一撃ともなれば、まず普通にぶっ放して当たる確率はゼロに等しい。
「……聞いてくれ、セイバー。奴はアキレウスだから弱点の踵を狙って動きを止めろ、なんて無理難題を言うつもりはない」
こっちも黙ってアキレウスという脅威に怯えていたわけではない。
暇な時を見計らって必死でネットの資料を読み漁り、アキレウスという英雄の成り立ちを知った。
なぜ、高潔な英霊であるはずの彼が、理性を失ったバーサーカーのクラスで召喚されたのか……その理由も検討はつけてある。
「アキレウスは確かトロイア戦争とかいう古代の戦争で活躍した英雄だ。「理想の英雄」として生きた彼だけど、唯一怒りで我を忘れ、英雄に相応しくない行為に走った戦いがある。それが輝く兜のヘクトールとの戦いだ」
「お……驚きました。ちゃんと調べてるんですね」
「今は英雄でもなんでもスマホでサッと調べられるんだよ、便利な時代なの。……で、彼はヘクトールを殺したのち、その憤怒からヘクトールの死体を戦車で引きずり回した。それがアキレウスが行った、生涯の中でもっとも英雄
「しかし……それがどうしたんです?」
「つまり。バーサーカーとして召喚されたアイツは、今もヘクトールに対する怒りで囚われてるんじゃないのか?」
あの理性を失った叫び声には、しかし確かな感情が込められていた。
それこそが怒りだ。何者かに対する、堪えきれぬほどの憤怒。
もしその矛先がヘクトールに向けられたものであり、英霊として召喚された今になっても、その怒りのままに猛威を振るっているのだとしたら。
「なら……隙はある。きっと隙は俺が作ってみせる」
「相手はあのバーサーカーですよ。そんな無茶が通るわけが」
「いや、大丈夫。これはお前より、むしろ俺の方が適任なんだ」
これは危険な賭けだ。
失敗すれば俺は死ぬ。成功しても死にかける。
だとしても、そんなリスクは度外視して突っ込む。もう知るものか。もう、同じ相手に二度も負けてなるものかよ──。
「……魔力反応、かなり近いです。恐らくはこの先で、バーサーカーが私達を待っている」
俺にも感じられた。歩くたびに空気がざわついている。重く肩にのしかかってくるようなこの緊張感、隠そうともしない強烈な敵意。
ごくり、と唾を飲み込む。
これは俺たちのリベンジだ。かつては敗北したとしても、今度は俺とセイバーの全てを動員して、死に物狂いで勝ってやる。
「もう今夜で終わりにしよう。アイツは、バーサーカーは俺たちが倒す。今度こそ、あの時の借りを返すんだ」
かつてもそうしたように、俺は自らの足で、俺にとっての死地に飛び込んでいく。
けれど今は一人ではない。
頼れる少女が、セイバーが隣にいる。それだけでも心強い。それだけで地獄にだって飛び込めると思えるほどに、俺は奮い立っている。
「ええ。ここで決着をつけましょう」
階段を登りきり、すり鉢状の広場に姿を晒す。
そこには──。