Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

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六十七話 煌々たる月雫の夜刃

 セイバーと俺は、満を持してバーサーカーに対面した。

 生暖かい風が吹き抜けていく。その中に微かに混じる血の匂いを嗅ぎ取って、俺は目を細めた。

 

「…………‼︎」

 

 ──バーサーカーの後ろに、二人ぶんの人影がある。

 血の匂いはそこから発せられているのだ。生い茂る丈の短い草を血でべっとりと濡らして、片方は力なく倒れ伏したまま。ただ、その目を惹く金髪には見覚えがあった。

 

「大雅、三浦‼︎‼︎」

 

 声を張り上げて名前を呼ぶ。すると、もう片方……地べたに呆然と座り込んでいた三浦が、弾かれたように顔を上げた。

 照明があまり設置されていないここでは、詳しい状態までは見通せない。大雅が生きているのか死んでいるのかもハッキリしないままだ。

 ただ、一つわかることは、アイツは生きているにせよ瀕死の重傷を負っているという事。三浦だって何か外傷があるかもしれない。今すぐ何らかの処置をしないと──、

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎ッッ‼︎‼︎」

 

 と、バーサーカーが猛烈な音圧を伴った咆哮をあげた。

 空気が振動し、木の葉がざわめくほどの絶叫。その声に込められたものは、もういないとある英雄に対する憤怒だろう。

 あるいは、自分が無視されたことに腹を立てたのだろうか。

 

「ケントは二人を」

 

「ああ。そっちは任せる」

 

 戦闘前に交わす最後の言葉にしては、実に短い言葉だった。

 なに、もういちいち長い言葉で指示を出す必要なんてない。

 これまで様々な戦いを救い救われ潜り抜けてきたんだ。その、碧色の瞳を見るだけでいい。それで大体の事は伝えられる──‼︎

 

「……行きますッ‼︎」

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎ァァァッ‼︎‼︎」

 

 直後。瞬きの間にセイバーとバーサーカーの姿が搔き消え、同時。

 月下に煌めく月の刃と不滅の刃が、真正面から激突した。

 

 

 

 

 私がとった行動は極めてシンプルだ。

 ただ、全力で踏み込み、全力で攻め込む。

 迎え撃つバーサーカーも同様。愚直なくらい一直線に最短距離を駆け抜けて、ふた振りの長剣が猛烈な速度を持って激突する。

 

「はあッ──‼︎‼︎」

 

 激突の際に舞った火花が空気中で搔き消えるまでのほんの僅かな刹那に、私は更に二撃を防ぎきった。

 その超神速に対しては、目で見て防ぐなどは通用しない。

 ただ、研ぎ澄ました直感をもって予測を組み立て、「来る」と感じた場所に剣を置く。そうして防ぎきる。目で見てからの迎撃では、回避も防御も間に合わない──‼︎

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎ッ‼︎ ◼︎◼︎、◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎──ッッ‼︎」

 

 轟然と迫る斬撃の嵐を迎え撃つ。

 その余波で大地が抉れ、大気は暴風となって吹き荒れた。

 

(その剣……くっ、忌々しい‼︎)

 

 アキレウスは、高ランクの「神性」を有している。

 つまり正真正銘の「神殺し」である私にとっては、負けるはずのない相手だ。私の攻撃は通り易く、敵の攻撃は通り難い。

 その筈なのに──奴の剣は、容易く私の身体を引き裂いていく。

 

「がっ‼︎」

 

 ぶしっ、と肩口から鮮血が飛んだ。アキレウスが交錯すると同時に振るった長剣が、私を確かに斬り裂いたのだ。

 だが、まだ浅い。まだ戦闘力の低下には至らない。

 咆哮とともに大地を蹴り飛ばし、バーサーカーに渾身の一撃を叩き込む。

 轟音が炸裂した。私の剣を受け止めたアキレウスの踵が大地に沈み込み、クレーター状に地面が陥没する。奴が動きを止めたその隙を逃さず──、

 

「魔王特権‼︎」

 

 私の意に恭順し、大地そのものがアギトを開けてバーサーカーに襲いかかる。

 ぐばっ、と地面に肩まで呑まれたアキレウスに傷はない。ただし、その動きはより完全に封じられた。

 

「はあッ‼︎」

 

 全速でもって離れた水平の斬撃は、バーサーカーの喉口に吸い込まれるように迫り──、

 

「……◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎ッ‼︎」

 

 しかし。間一髪で拘束を力技に破り捨てたバーサーカーは、その一撃を手にした長剣でもって迎え撃った。

 甲高い激突音を残して、私の剣は虚しく振り抜かれる。

 一度後退したに見えたバーサーカーだったが、奴が「自分から退く」などという行為に出る訳がない。瞬間奴の姿が掻き消えたと思った時には、第六感が振り返れと告げている。

 

「ぐっ⁉︎」

 

 背後からの一撃を受け止め、私とバーサーカーはぎりぎりと鍔迫り合う。

 

「はあっ、はあっ、はあ……ッ‼︎」

 

 剣を通して放たれた蒼雷が爆発的に放たれ、バーサーカーの身体を雨の如く叩く。それでも奴に傷はつかない。

 神性に対する優位性を持つが故に神性を持たない私では、この男に傷をつけられないのだ。 少なくとも、「神造兵装」たるこの月の刃による攻撃でなければ、バーサーカーにはダメージを与えられない。

 これが、私がバーサーカーを苦手とする第一の理由。

 そして、もう一つの理由が──。

 

(この剣は……神性を持ったものが振るっているというのに、それでも私を傷つける……‼︎)

 

 神話において、アキレウスがこれほどの魔剣を操ったとされる伝承はない。

 ではこの剣は何か。

 今のアキレウスが、ヘクトールを下した直後の彼であるとするならば、その答えも自ずと判明する。

 

 つまり──不毀の極剣(ドゥリンダナ)

 

 アキレウスの仇敵たるヘクトールが使い、後世においてとある騎士に用いられた際、デュランダルという名を得た「不滅の絶剣」。アキレウスは憤怒のまま、自らの鎧を奪われた事への意趣返しの意味も込めて、ヘクトールの名剣を振るっているのだろう。

 それだけならば別に良い。

 ただ──かつての私を屠った剣もまた、「不滅の刃」なのだ。

 この二つが完全な同一存在であるとは言うまい。しかし、その記号的な性質が共通しているだけでも、私は苦戦を強いられる。「私は不滅の刃によって殺された」という逸話が消えて無くなりでもしない限り、この剣は確かに私を殺しうる……‼︎

 

(相性は最悪ですが……それでもっ‼︎)

 

 二つの刃が分かれ、再度激突を繰り返す。それは神の限界すらも振り切る速度、音すら越える超神速の攻防だった。

 

「ふッ‼︎」

 

 一刀では手数で押されると判断し、コンマ数秒で月の刃の形状を変える。

 ぱっ、と両手で握り締めた刀身は(ふた)つ。

 それを翳してバーサーカーの剣戟を受け止め、もう一本の刃で脇を狙う。

 零距離──もう距離が離れることはない。

 大地を踏みしめて、瞬き一つせずに、ただ振るわれる刃のみに意識を全て集中させる。たった一手を誤れば即死が待っている極限状態。今にも殺しそうで殺されそうな感覚のまま、私は剣を振るい続けた。

 

「お、あああああああああああああああッッ──‼︎‼︎」

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎ッッ──‼︎‼︎」

 

 ぱっ、ぶしゅっ‼︎ と、首腕脇腹胸太腿足様々な場所から鮮血が飛び散る。それは敵とて同様。流血を敵の血飛沫でもって洗い流すような命の削り合いがそこにあった。

 華美さも勇壮さも存在しない。

 ただ剣を振るい、敵を斬り裂き続けて、最後まで立っている。

 この英霊に対し、私ができるのはそれだけだ。

 取り繕う余裕なんてない。ただ泥臭く、凄惨に斬り合った果てにその存在を凌駕する──それが、小細工の通じない絶対強者たるバーサーカーに対する、唯一にして最善の対処法だった。

 

「が……ぐッ──うああ゛あ゛ッッ‼︎‼︎」

 

 早くも限界が近づいてくる。剣を振るう両腕は重く、血まみれの体の感覚は鈍く、足はガタガタと震え始めている。

 まだなのか。

 まだバーサーカーは倒れないのか。

 まだ、私はこの男を凌駕できていないのか。

 まだ、まだ、まだ──、

 

「こ──の、おぉぉぉぉぉぉぉォ‼︎‼︎」

 

 ならば立つ。傷だらけ、血まみれになっても立ち続ける。

 プライドにかけて同じ相手に二度も敗北するなんて許さない、とかじゃない。私が負ければケントが死ぬ、だから戦い続ける。彼の存在だけを見えない支えにして、私は斬り刻まれながら斬り続ける。

 だが──。

 

「ぎッ……⁉︎」

 

 ──直撃を、もらった。

 

 視界が真っ赤に染まる。飛んで行った鮮血が天高く舞うほどに、まともに不滅の刃の一撃を受けてしまった。

 衝撃と激痛が私を叩く。

 身体に微かに巡っていた力がぐんと抜けていって、もう。

 

(あ……も、意識が……)

 

 ふらり、と崩れていく。双剣と化した月の刃が、血に濡れた両手から滑り落ちる。

 やはり私は勝てないのか。私は魔王であるからこそ、この刃の前には、破れ去るしかなかったのだろうか。

 暗くなっていく視界の中で、そんな事を思った。

 ケントは違うと言うけれど。

 しかし、私はやっぱり、真の英雄には勝てない魔王のまま──、

 

「バーサーカーッッ‼︎」

 

 最後の一閃が放たれんとしたその瞬間。

 震える声で、誰かが敵の名を呼んでいた。

 

 

 

 

「バーサーカーッッ‼︎」

 

 敵の名を呼ぶ。その瞬間、セイバーに向けられていた視線が、ぐるりと回って俺に突き刺さった。

 全身の細胞が震え上がる。

 なんて重圧。なんて殺気。憤怒混じりのその存在感は、こちらは立っているだけだというのに参りそうだ。

 でも俺は──これから、もっと無茶をしなければならない。

 

「お前の敵はこの俺、ヘクトールだ(・・・・・・)‼︎‼︎」

 

 その言葉は、誰が聞いても意味不明のものだっただろう。

 俺はヘクトールなんかじゃない。そもそも英霊ですらないのだ。俺がヘクトールを名乗ったって、一目で違うと分かる。

 

「いいか、俺の名前はヘクトール(・・・・・・・・・)‼︎ お前の友を殺した英雄だぞ‼︎ いいのかよ、セイバーなんて相手にしてる場合じゃあないんじゃないか⁉︎」

 

 ──だが、このバーサーカーはそもそもマトモじゃない。

 かつてアキレウスは激怒した。友を殺めたヘクトールという男に。

 そして彼がバーサーカーとして召喚されたならば、その怒りが冷めることなんてあり得ない。奴はバーサーカーとしてある限り、永遠にヘクトールに対する憤怒に囚われ続ける筈だ。

 

 だとするならば──。

 ヘクトールを名乗る男が、ここにいるならば。

 

「来いよ、アキレウス‼︎ もう一度俺を殺してみせろっ‼︎‼︎」

 

 アキレウスという英雄が取る行動はだだ一つ。

 この男は必ず、この俺を殺しに向かってくる──‼︎

 

「ヘェェェェェェェェクトォォォオォルウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥアァァァァァァァァァァァァァッッッッ‼︎‼︎‼︎」

 

 瞬間。音よりも早く飛んできたその影を、真正面から受け止めた。

 

 ズドン、と重苦しい音があって、世界がぐるりと回っていた。

 何が何だか分からない。ただ、凄まじいまでの衝撃があって、猛烈な勢いで薙ぎ倒された。体はぴくりとも動かない。視界も半分機能してないし、感覚は全く感じられない。

 朦朧としたまま視線を動かすと、血まみれになった地面と変なカタチの肉塊が見えた。

 ああ──あれは、俺の、腕だ。

 がむしゃらに突き出した両手のうちの、左腕。バーサーカーのデュランダルによる一閃を受け止めきれずに身体に滅茶苦茶に破壊されて、そのまま俺は斬り捨てられたのだ。

 

(胴体が、繋がってるぶん、ましか……)

 

 俺はもう再起不能だ。もう、ぴくりとも動けない。そもそも俺がまっとうな人間なら、この傷で死んでいただろう。

 だというのに──まだ、バーサーカーはこちらを向いていた。

 

(あいつ……まだ、俺を…………)

 

 死人を斬った感覚は如何なるものなのだろう。バーサーカーは俺がヘクトールにしてはあまりに弱いことがおかしいのか、不思議そうに自らの剣を眺め回し──そして、こちらに歩いてきた。

 こちらを鬼の形相で睨むバーサーカー。

 それは俺をヘクトールと認識してのものか、それとも仇敵を騙った俺に対する怒りなのか。まあ、どちらにせよ。

 

 

 ──これで、準備は整った。

 ──そうだろう、セイバー。

 

 

 直後。圧となって感じられるほどの莫大な魔力が、バーサーカーの真横で吹き荒れた。

 広大な森林公園の木々が勢いよくざわめき、吹き飛ばされた葉の雨が夜空に舞い散る。まるで一つの台風だ。そしてその中心からは、まばゆいばかりの銀光が溢れ出している。

 その輝きの奥に、一人。

 今にも炸裂しそうな刃を携えた剣士が、狂戦士に狙いを定めていた。

 

「⁉︎」

 

 アキレウスが反応する。──だが遅い。

 もうその時には、セイバーは完全に剣を構えている。

 その距離実に三十メートル。いくら神速を誇るバーサーカーでも、ここから横合いに振り返って突撃するのでは間に合わない‼︎

 

「──()くぞ、英雄」

 

 バーサーカーの姿が消える。彼はまたも一直線に突撃し、ボロボロのセイバーを斬り伏せんと剣を振り上げたのだろう。

 だが。厄介極まりない狂化が、ここにきて仇となった。

 あるいは攻撃ではなく回避を試みたならば、セイバーの一撃を回避できたかもしれない。しかしバーサーカーは憤怒に囚われた英雄。退く、避けるなんて選択肢を、咄嗟の判断で選べるわけがなかったのだ。

 渦巻く烈風とともに、刀身の内部に蓄えられた月光が幾千倍にも増幅され、加速して、収縮を経て──敵を打ち倒す極光に変わる。

 今にも崩れ落ちそうな姿で、それでもセイバーは一歩前に出た。

 大地を砕くほどの強烈な踏み込み。

 それをもって、少女は手にした奇跡を解き放つ。

 

 ……()は、彼女が有する唯一にして最強の武装。

 ……破壊神より賜りし、月光をカタチにした神造兵装。

 

 遙か太古の叙事詩に刻まれた、かの真名は──……‼︎

 

 

煌 々 た る 月 雫 の 夜 刃(チャンドラハース)────‼︎‼︎」

 

 

 全てを覆い尽くさんばかりの光があった。

 神話に謳われる羅刹王の一撃が、全霊をもって解き放たれたのだ。

 

 轟然と振るわれる白銀の渦。それは瞬きすら許さぬ速度でバーサーカーを呑み込み、彼の身体を遥か上空へと打ち上げた。

 バーサーカーは全てを消し飛ばす極光に滅茶苦茶に捻じ曲げられながら、高く、遠く吹き飛ばされていく。その光に触れたが最後、外敵は例外なく蒸発の一途を辿るのみ。

 破壊神シヴァより賜りしかの刃の前には、いくらかの大英雄とて──‼︎

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎ァァァァァァァァァァ──ッ‼︎‼︎」

 

 宙天に突き刺さるかのような銀光の中で、怒り猛る咆哮がこだまする。

 それすらまとめて消し飛ばさんと、唸りを上げる月の刃。

 双方の轟きは混ざり合って、大塚の夜を地響きとなって駆け巡る。

 その熾烈なせめぎ合いの中で、俺は一人の人影を目にしていた。

 ざわざわと揺れる木々の向こう。

 夜の暗がり。その中に、一際目立つ白の少女があった。

 

(あれ、は……?)

 

 

 

 

 彼女は祈るように、光に呑まれた男を見つめていた。

 

(バーサーカー……‼︎)

 

 敗北の瀬戸際にあって、走馬灯のように彼の顔が思い浮かぶ。

 バーサーカーとは、一度たりとも言葉を交わしたことはない。

 でも。一緒にいれば、分かることはいくつもあった。

 あの狂戦士は──たとえ理性を無くしていたとしても、どこかで「優しさ」を残しているらしい。

 実際、マリウスの回路が機能不全に陥っていた先程まで、彼は極力姿を消して魔力の消費量を抑えていた。それだけではない。彼が戦う時はいつだって、全力を出してこなかった(・・・・・・・・・・・)

 誇り高き戦士である彼が、全力の戦いを自ら禁じた理由。

 それは一つしかない。彼がその全力を引き出せば、マリウスにもこの少女にも、彼の莫大な魔力消費量を賄いきれないからだ。

 

(バーサーカー。狂戦士。その名の通り、いつだって、気を狂わせるくらいの憤怒に焼かれているはずなのに……貴方は、優しい英霊だった。わたしが「彼」に叱られた時は、何も言ってないのにすっと出てきて、大きな背中に隠れさせてくれたもの)

 

 あのセイバーと少年の間に確かなものがあるように、彼女も、自らのサーヴァントに託す願いがある。

 故に。少女は、ただ信じた。

 

 ──彼は、きっと絶対に負けたりなんかしない。

 

 どんな敵が相手でも、その俊足で、瞬く間に倒してみせる。

 たとえ英霊全てが敵に回ったとしても、彼はきっと倒れない。

 故にこそ。彼女は信頼と願いを込めて、その希望を言葉と変える──!

 

「おねがい、バ──サ──カ────っ‼︎‼︎‼︎」

 

 無垢な少女の叫びが、英雄に通じる。

 バーサーカーは今なお全身を灼いている極光に揉まれながら、その小さな叫びを聞き取っていた。

 弱々しく、されど目を離さずこちらを見るものがいる。

 敵ではない。味方だ。あの少女が、こちらをしかと見つめている。

 

 ──その瞳に込められた、願い。信頼。希望。

 

 それを見た途端、アキレウスは、一つだけ思い出していた。

 そうだ。己は、英雄になると決めたのだ。

 では目指すべき英雄とは何か。簡単だ。人々の願いを、信頼を、希望を、全て背負って光となるもの。それが彼の目指すゴールであり、彼は死ぬ時まで愚直に、英雄たらんとあり続けたのだ。

 

 ──ああ、ならば。己は。

 

 力を失い、このまま消滅を待つだけだった四肢に力が戻る。

 硬く、硬く、その拳を握りしめる。

 あらゆる全てを力と変えて、敵たる剣士を睨み付ける。

 

 ──この己が、未だ英雄であるならば。

 

 大英雄アキレウスが、ほんの刹那だけ蘇る。

 敵に向けるのは、剣を握る手ではない。もう片方の掌を、触れた場所から焼け焦げていくのも気にせずに、強引に極光に翳して吼える。

 

 ──かの少女の無垢な願い。

 ──その願いに応えてこそ、()はッ‼︎

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎ァァァァァァッッッッ‼︎‼︎」

 

 瞬間。緑色の閃光が、大塚の夜空に炸裂した。

 竜巻のように渦巻く魔力。瞬く間に膨張し、重なり合い、アキレウスの前面に展開されていくモノがある。

 

 ──「蒼天囲みし小世界(アキレウス・コスモス)」。

 

 英雄アキレウスが抱く世界を盾として展開する、彼が持つ最後にして最強の防御宝具。

 バーサーカーである今、彼はこの宝具を使用できないとされる。しかし、英雄としての最後の意地が、そして彼を信じる少女の願いが、あり得ざる奇跡を手繰り寄せた。

 

 

 

 

 私の一撃が、あと少しでバーサーカーを倒すはずだった極光が、最後の盾によって受け止められる。

 主を守護するひとつの世界と、神殺しの魔剣。

 それらは熾烈にせめぎ合い、眩い閃光と轟音を撒き散らす。

 

「ぐ、う……あああああァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ──‼︎‼︎」

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎ッッ──‼︎‼︎」

 

 

 ──……拮抗。

 あと一息のところで、あの盾を上回れない。

 莫大な威力を受け止め続けるアキレウスの盾は、我が極光の中ですら輝いて、確かに主人を守り続けている。

 駄目だ。このまま耐えられたら、私たちは負ける。

 こちらは今の一撃にありとあらゆる全てを注ぎ込んでいる。これを出し切ればもう戦えない。

 しかし、バーサーカーは分からない。

 土壇場で切り札を出してくるような底の見えない男だ。そんな奴が、もしもまだ戦う力を残していたのなら、今度こそ私たちに勝ち目はない。

 

(……負け、る?)

 

 じわり、と首の裏に嫌な汗が滲む。

 敗北の直感は確か。私の身体が、急にがくんと重くなる。

 

(このまま負けて……私も、ケント、も……)

 

 怖い。怖い。とんでもなく、数秒後の敗北が怖い。

 戦うことにも、死ぬことにさえ恐怖はなかったのに。

 ここにきて、逃れ得ぬ「敗北」という二文字が、私の身体を恐怖で縛り付けてしまう。

 声が出なくなって、私の心を映すように、燦然と輝いていた銀光も細く鈍くなっていって──、

 

「…………セイ、バー」

 

 その刹那、掠れた声が耳を打った。

 弾かれたように振り返る。そこには、ここまで地面を這ってきたのであろうケントが、倒れそうになりながらも立っていた。

 

「戦うのはお前だけじゃ、ない。二人で……‼︎」

 

 彼はほとんど残っていないはずの力を振り絞って、その右手を、私の震える腕にそっと添える。

 まるで、剣を構える私を支えるように。

 

「二人で、あいつを……倒すぞ──‼︎」

 

 ──どくん、と。

 脈動するように、右手に刻まれたケントの令呪が明滅した。

 僅かな刹那。

 極光がぶつかり合う閃光の中で、私は彼の瞳を見る。

 

「令呪をもって、命ずるッ‼︎」

 

 いつも変わらない、例え数千年を経たって変わることのない、真っ直ぐで純粋な瞳。

 どこまでも懐かしくて愛おしい、その瞳を。

 

 ……それを、一目見るだけで十分だった。

 

 それだけで、自分が守るべきものを理解できた。

 震える手足に力が篭る。

 見えない支えが、私の全身を補強していく。

 決して折れない熱い何かが、私の中心で燃えている。

 

「──負けるな(・・・・)、セイバ────ッッ‼︎」

 

 そうだ、負けられない。

 もう嫌だ。もう目の前で、貴方を失うのは嫌なんだ。

 この奇跡を、貴方とともに在れる奇跡を。

 こんなところで、終わらせてなるものか‼︎

 

「お、あ、あ゛あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ────‼︎‼︎」

 

 微かに消えかかっていた月の銀光が、更に膨張して勢いを取り戻した。

 その様は、まさに神話の一撃だった。

 令呪による威力加算、だけではない。

 それ以外の何か。この胸で燃えるものがある。私が彼から受け取ったものが、今こうして光となり、遥か天の敵を呑み込もうとしているのだ。

 

 ──私が押し切るか。奴が守り抜くか。

 

 その最後の衝突は、実際のところ、ほんの数秒ほどの長さでしかなかっただろう。

 それでも体感は違う。

 地獄のような灼熱の時間が、延々と伸びていく。

 だけど、その時間に共に臨む、ケントが共にいる。

 だから。私は絶対に、決して、この身が燃え尽きようと諦めない‼︎

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎────ッッ‼︎‼︎」

 

 

「 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお─────ッッ‼︎‼︎」 」

 

 

 次の瞬間。

 何かが砕け散る音が、遠く遠く響き渡った。

 

 ──決着。

 

 狂戦士の咆哮は次第に弱くなり、光が全てを呑み込んでいき。

 奴の咆哮が、決着を告げるように掻き消えた。

 

 

 

 

 遥か高みの月に還るように、その輝きは燦然と宙に登っていった。

 そこで限界を迎えたかのように、月光の柱が霧散する。

 

 彼女が解き放った、窮極の一撃──。

 その名を、「煌々たる月雫の夜刃(チャンドラハース)」。

 

 神代に名高きかの刃は、あの英雄に競り勝ったのだ。

 

(やっぱり……すごいなあ、セイバーは)

 

 まるで雪のように、細かい粒子状になった白銀の光が落ちてくる。

 その荘厳な様を見て、それから、その中に佇む剣士を見た。

 仄かな月の燐光を受けて、こちらを見つめる少女を見た。

 

(────ああ。綺麗だ)

 

 そうとしか言えない。アイツは自分のせいで、この剣は魔剣に歪められていると言うけれど、綺麗なもんは綺麗だとしか言えなかった。

 彼女は確かに強大な力を有している。俺の眼前に広がる途方も無い破壊の傷跡は、まさにその証拠と言えるだろう。

 けれど、それを知ってもなお、アイツは綺麗なままだった。

 つまりはそういうこと。どれほど力があろうと、どんな肩書を背負っていようと、それを帳消しにしてしまうくらい……セイバーは綺麗で、清廉な女の子なんだ。

 

 ──くそ、まだ見ていたいのに。

 もう限界が来たのか、意識が混濁していく。世界が遠くなっていくような錯覚の中、俺は最後まで、降り注ぐ光の中に立つセイバーから目を離せなかった。




煌々たる月雫の夜刃(チャンドラハース)
ランク:A
種類:対軍宝具
羅刹の王、すなわちセイバーが破壊神より賜った神造兵装。「月の刃」の異名通り、その刀身に月光を蓄積し、破壊力に変換して解き放つことで外敵を殲滅する。その性質から、月の満ち欠けによって威力が変動する。
満月時のみの最高(フルスペック)状態では、最強の聖剣に匹敵する威力となる。ただし、新月時、もしくは月が雲に隠れていると出力は満月時の8分の1まで減衰する。

【蒼天囲みし小世界】
アキレウスがバーサーカーのクラスで召喚された際は、使用不可能とされる宝具。
彼は少女の願いに応えてこの宝具を起動させたが、真名解放が行われない非正規の発動プロレスを経て強引に起動したため、その本来の性能は発揮されていなかった。
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