Fate/crescent 蒼月の少女【完結】 作:モモのすけ
俺は、その「俺によく似た誰か」が最期にセイバーに何かを伝え、死に絶えた光景を眺めていた。
永く沈黙しかなかった玉座に、再び沈黙が戻る。
彼女はこらえようともせずに、ぽろぽろと涙を流して、静かに悔いるように泣いていた。
その悲痛な泣き声を聞いて、俺はまた思い出す。
9月4日。俺が死んだ夜、セイバーはこうして泣いていた。
あの時、あの夜、彼女は何と言っていたんだっけ──。
瞬間、世界がぐにゃりと捻じ曲がる。
周囲の景色が加速的に流れていく。この追憶の世界が動き、また、別の光景を俺に見せようとしているのか。
目が回りそうになるのを目を瞑って耐えた。
耐えて、耐えて、何も聞こえなくなる。
そして、ようやく収まったかと目を開けた瞬間──、
「っ⁉︎」
──凄まじいまでの閃光が、俺の視界を塗りつぶした。
轟音と衝撃。莫大な光と荒れ狂う魔力の向こうで、神速をもって激突する二つの影が辛うじて見える。
その様に思わず言葉を呑んだ。
俺が初めてサーヴァントの戦いを目撃した時、まるで神話の再現だと思い込んだような記憶があるけれど──。
「──……これが、本物の神話なのか」
以前の考えを一蹴するほどに、その戦いは熾烈だった。
何がどうなっているのかさっぱり見えないが、必死で目を凝らすと、辛うじて誰が戦っているのかくらいは理解できた。
戦いの最中にいる二人のうち、一人はセイバー。
そして二人目は、見たことのない赤髪の男。
正体を掴めるような何かは存在しなかったが、彼が戦場においてさえ纏う高潔な雰囲気と、その清廉な眼光から理解した。
──間違いなく、アレは勇者だ。
彼こそが、魔王を打ち倒すものなのだ。
彼らの周囲の地面は抉れに抉れ、木々は一つのこらず吹き飛び、大気中の魔力は残らず消費されている。その様たるや、彼らが争っている場所を中心として、隕石の落下跡じみた幅数十メートルのクレーターが出来上がっているほどだ。
その「跡」だけでも、この二人の激闘がいかに熾烈かを物語っていた。
さらに両者は今にも死にそうな顔で、それでも負けられぬといった表情で武器を振るっている。手は震え、足は揺れ、呼吸はまったく安定しない。身体中を血まみれにするほどの無数の傷。勇者の片腕は既にへし折れ、魔王は片脚が捻じ曲がっている。
──あの二人は、とうに限界を超えているのだ。
それでも彼らは倒れない。意地や信念、守りたいもののために、あの二人は限界を超えてなお戦っている。
叙事詩「ラーマーヤナ」の最後を飾るに相応しい、勇者と魔王の全霊を賭した死闘がそこにあった。
「翔べ、シューラヴァタッ──‼︎」
そう叫んだ勇者の周囲には、いくつもの武具が彼を守護するように浮遊していた。
そのうちの一つ。煌びやかな長槍が超加速してセイバーの側面に回り込み、猛然と襲いかかる。
「小賢しいッ‼︎」
それを、セイバーはなんと片手で防いだ。
数センチ先に迫る槍の穂先を前に瞬き一つせず、片手で柄を握って力づくに停止させたのだ。そのまま掌を通じて膨大な魔力を流し込み、神の武具をまた一つ灰と変える。
ぱらぱら、と掌から落ちていく武具の残骸。
それを前に、しかし勇者は臆さない。
「フッ──‼︎」
その隙を突いて、勇者は次の攻撃を繰り出している。
セイバーがハッと顔を上げると、そこには「壁」があった。
否。壁ではない。ただ、勇者が瞬く間に放った数百に及ぶ矢が、その密度から壁の如く見えただけのこと。
まさに人を超越した神業。
しかしその神すらも縊り殺すのが、彼の前に立つ羅刹王だ。
「せあァっ‼︎」
ヒュヒュンッ、と風を切る音が連続した。
刃が姿を消すほどの速度で振るわれた月の刃が、こちらに降り注ぐ矢を一本残らず迎撃する。
ドガガガガガガガガガッ‼︎ と、マシンガンを壁にばら撒いたような炸裂音があったが、当のセイバーは一歩も動かずにまったくの無傷。矢の雨をくぐり抜けて、勇者を視界の中心に捉える。
一手先を互いに奪い合うような、神代における最強同士の戦い。
そこにきて、セイバーがついに攻勢に回った。
「……来るか、羅刹王‼︎」
轟、と大気が悲鳴をあげる。
その威力に軋む空間。爆ぜるように膨張する圧倒的な魔力。
──その質も、圧も、俺が見たものとは比べ物にならない。
これが、彼女の
英霊と化したが故に避けられない「マスター」という制限に加えて、自分の力に自ら枷を掛けた今のセイバーでは、その身に秘められた全力を振るうことは叶わない。
それは生前の羅刹王が放つ、究極無比たる一撃だった。
構えは変わらず。足が折れていようと強引に踏み込み、腰だめに構えた剣に己が全てを叩き込む。
溢れ出す銀を束ね、セイバーはその極光を解き放った。
「
────咆哮。
凄まじいまでの極光が、全てを白に塗り潰した。
魔王にあるまじき優美さをたたえた月の光は、甚大なる破壊力を伴って勇者を呑み込んだ。
その一撃はそこで留まらず、天へと向かっていく。高く、暗い夜の帳を振り払うように。舞い落ちてくる燐光は、魔王の勝利を高らかに讃えているかのように美しい。
轟音ののち、しん、とした静寂が訪れる。
戦いの終わり。
セイバーは苦しげに肩で息をしながら、とうに限界を迎えて倒れそうになる体を、剣を支えにして立ち続けた。
◆
「はあ、はあ、はぁッ……!」
私の放った最後の一撃は、間違いなく勇者ラーマに直撃した。最強の敵であるあの男を前に、私はかろうじて競り勝ったのだ。
満身創痍の全身から力が抜けていく。
あの男は、かつてない次元の強さを誇っていた。
それは神々の圧倒的な力とは種類が違う。弱々しいはずなのに、決して折れずに向かってくる不屈の炎。一体どこからそんな力が湧いてくるのか、なにを支えに立ち続けるのか、私にはさっぱり理解できなかった。
足腰に喝を入れて、ふらふらと立ち上がる。
──その瞬間。ありえない魔力が、私の前方で膨れ上がった。
「な……⁉︎」
巻き上げられた土煙の向こう。
月の刃をまおもに受けてなお、勇者は生きていた。
全身から鮮血を流し、全身を極光によって灼かれた死人一歩手前の姿になろうとも、それでも彼は生きていた。
あり得ない。不可能なはずだ。
私の刃は、あのズタボロの男一人を仕留められないほど鈍くはない。それなのに──、
「──……返して、もらうぞ」
彼は、ただただそう言った。
その手は、一本の槍──いや、「矢」を構えている。
滞空するそれは熾烈な閃光を撒き散らしながら、ぴたりと私に狙いを定めていた。それは勇者が生まれ持ったという不滅の刃。私に終わりをもたらすもの。
動けない。私は先の一撃に全てを注ぎ込んでいる。
ゆっくり、ゆっくりと、千切れかけた腕が持ち上がっていく。
勇者が向ける鋭い眼光。そこに込められているのは、ただ一つの感情しかなかった。
殺意でもない。敵意でもない。恐怖でも高揚でもない。
それは──。
ただ愛する人に逢いたいという、強烈なまでの願いだった。
「──……
私が、私の敗因を理解した瞬間。
放たれた一条の閃光が、私の胸に風穴を開けた。
◆
……とある日、私の前に一人の少年が現れた。
彼は私に人間とは何かを告げると、そのまま私によって殺された。
あの日以来、私は無機質なまでに繰り返してきた人間を殺めるという行為を、そう易々と行えなくなってしまった。
目の前の命、その一つ一つに家族があり、友があり、大切なものがある。人間は決して、私を憎むことしか能のない獣ではない。それを知ってしまったからだ。
あの少年の言葉は、完成された「魔王」という殺戮兵器を、不完全なものへと変えてしまったらしい。彼のおかげで私はこころを取り戻すと同時に、自らの罪と向き合わなくてはならなくなったのだ。
──しかし。私はそれでも、殺戮をやめなかった。
人間が作る営みはたしかに尊いものだと思う。でも、それでも、私は剣を振るって数多の命を奪い続けた。
何度も立ち止まろうとした。何度もやめようと思った。
でもそう考えるたびに、私の下に積み上がる死者たちが轟き叫ぶ。
『今更、魔王の座から降りられると思うか』
『そんな都合のいいことが許されると思うか』
『死んで償う、なんてことが許されると思うか』
『お前は戦い続け、苦悩し続けろ。その罪悪で潰され続けろ。殺して殺して殺して殺して、最期の時まで殺し続けろ』
──そう。それこそが、私の最大の罪だ。
私は、あまりに多くを殺しすぎた。
だからかつての彼と同じように、もう引き返せなかった。
今更、魂にまで刻まれるほどの在り方を変えるなんて、都合のいいことができるわけがない。血みどろの魔王は魔王らしく、永遠に人を殺し続けるしか道はない。
──だから、こういう結末を迎える事になる。
決着。不滅の刃に胸を穿たれて、全身から力が抜ける。
月の刃が掌からこぼれ落ち、音を立てて地面に転がった。
そのまま前のめりに倒れこむ。七日間にも及ぶ激闘を飾る幕引きにしては、あまりに静かな決着だった。
冷たい地面の感触を味わいながら体を動かそうと試みたが、指一本すら動かせない。あれほど力に満ち溢れていた身体が、今では糸の切れた人形のようだ。
(…………ああ。私はここで、死ぬんだ)
とめどなく溢れていく鮮血の冷たさを感じながら、私は悟った。
かろうじて動く頭を動かして、勇者の方に目を向ける。
絶命寸前で私を上回ったあの男に、駆け寄る女の姿があった。
王女シータ。
彼女を奪還するため、勇者ラーマは十四年に及ぶ私との戦争を経て、ついぞ私を超えてみせた。
「シータ……シータ……僕は、僕は……‼︎」
十四年もの年月だ。念願の再開に言葉が出てこないのか、勇者ラーマは言葉をつまらせる。そんな彼を、シータは両手で受け止めた。
言葉はない。ただ、何か言わなくとも想いは伝えられると、優しく彼を抱きしめた。
「ラーマ、私の愛しい人。……必ず来てくれると、信じていた」
その囁きと抱擁は、勇者ラーマにとって、どんな名声や富よりも価値のあるものなのだろう。
涙を流して歓喜に震えるその姿は、眩しかった。
私は魔王。故にこうして独り、誰にも抱かれることなく息絶える。
「────あれ、が」
彼は道理すらもねじ伏せる胆力でもって、私の渾身の一撃を耐えてみせた。あり得ない力を振り絞って私を打ち倒した。
その力。私にはなく彼にはあり、故に勝敗を決したもの。
それこそが、「愛する人に逢いたい」という願いだった。
「私が負けた、理由。誰かに……ただ逢いたいと、いう……願い」
そのささやかな願いは、しかし、時に魔王の一撃すらも帳消しにしてしまうほどの力となる。
──……それを知って、私は憧れた。
おかしな事だとは思うけれど、
愛する人に逢いたいと感じ、そして、その為にゼロの可能性すらも掴み取ってしまう。「愛」という一つの感情のためにそこまでできるのは、この地球上においても、おそらく人間だけなのだろう。
──けれど、私は独りだ。
誰とも話さず、関わらず、ただ刃を振るい続けただけの魔王だ。
だからそんな
──諦めかけたその時、一人の少年を思い出した。
唯一、私に敵意なく語りかけてきた人間。
名前すら知らない、私が殺してしまったひと。
──ああ。もし、私が誰かに逢いたいと願うなら。
──私はあの人に、もう一度だけ、逢ってみたい……。
そんな事を考えながら、私は孤独に死んでいった。
勇者の英雄譚は終わりを告げ、同時に、私の生もそこで潰えた。
──そして。私は死してもなお、その純朴な願いを抱き続けた。
ただ一つの奇跡を願って、願って、願い続けた。
英霊の座に刻まれ、輪廻の輪から外れた存在となったが故に、私はそれだけを願い続けることができたのだ。時間の概念すらも存在しないこの場所では、「待つ」という行為が果たしてどれほどの長さだったのか、それすらも曖昧だけれど。
それでも私は、その奇跡を待っていた。
待っているだけでは決して叶うはずがないと知りながら、ずっと。
──そして、あの夜。
私の目の前で胴体を吹き飛ばされた少年を見た瞬間、私は。
「ぁ…………あ、嘘だ、そんなの、ありえ……ない」
時間が飛んだと思うくらいに何も考えられなくなって、ただ、呆然と膝をつくことしかできなかった。
血に濡れ、朦朧とした表情の彼。
似ているなどという次元ではなかった。同一だ。魂まで、彼はあの少年と同じであると、私は一目見た瞬間に理解できた。
私の魂が、共鳴してその事実を叫んでいる。
──まっとうな生命は死すと輪廻を経て、魂は転生する。
だとするならば。私のように魂が英霊の座に至った例外ではなく、ただの人間だった彼が、転生してこの世に生を受けていたのならば。
こうしてもう一度出逢うことだって、可能なのかもしれない。
──もし、その奇跡に名前があるのなら。
──人はそれを、きっと「運命」と呼ぶのだろう。
「っ……‼︎」
無我夢中で、死にゆく彼を抱きしめた。彼にもう助かるすべはない事くらい、誰の目から見ても明らかだ。
気がついた時には、涙が溢れていた。
悔しかった。悲しかった。奇跡に等しい再開があったのに、何も話せないまま、彼はその人生を終えようとしている。そして私は、そんな彼に何一つしてあげることができない。
「なんで……もう一度、貴方に会えたのに、なんでっ‼︎ こんなのあんまりじゃないですか……‼︎ お願いです、いやだ、まだ私は、あの時の……‼︎ 私は、何も貴方に伝えられていないのに──‼︎‼︎」
必死に言葉をかけようとしたけれど、気が動転してうまく話せなかった。そうしている間に、彼はゆっくりと目を閉じていく。
「待って、いやだ……‼︎ 私は‼︎ 私は、もう……‼︎」
彼は何故か、にこりと笑ってみせた。
死はすぐそこに迫っている。それはきっと、普通の人間にとっては耐え難い恐怖のはずだ。それなのに、彼は最後に笑顔を浮かべた。
「いやああああああああああああ────ッッ‼︎」
彼の胸に顔を埋めて、私は号泣した。
私には何もできない。何も変えられないままだ。
──その時。一つだけ、打開策が閃いた。
ただし、浮かんだ案は禁忌に等しい行為だ。成功するかどうかも定かではないし、別の機会に試す事すらままならない。
こんなものを埋め込んでしまえば、きっと彼のどこかが破綻する予感がある。そうなれば、待っているのは最悪の結末だ。
でも、やるしかない。
一つの命。その「死」を、道理を捻じ曲げて先延ばしにする。
「……ッ‼︎‼︎」
私は背中のマントを強引に掴み取ると、「魔王特権」を行使して形状を変化させた。可能な限りの極小サイズにまで分解し、粒子レベルにして彼の身体に埋め込む事で、彼の死を押し留める。
かつて、勇者にだって出来たことだ。
あの男は、不可能を可能にしてみせたのだ。
ならば出来る。
私だってきっと、この想いを力としてみせる──‼︎
「うぐ……ああああああああああああああああ‼︎‼︎」
全身の傷が痛い。指先が霞み始める。
英霊として召喚された私が、世界から消えかかっている。
(間に合わせる……絶対に、絶対に‼︎)
もう私は限界を超えていた。とうに消滅しているはずだった。
それでも力づくに、たとえ限界を超えているとしても、気力だけで現界を果たし続けながら作業を続ける。
そうして──地獄のような時を経て。
彼の身体に、私は一つの宝具を埋め込んだ。
かつて乗り越えた
その名は、「
私の誕生こそがとある一つの叙事詩の始まりとなったが故に、この宝具はその名を冠している。
その宝具を楔として、天に昇ろうとしていた彼の魂は、辛うじて繋ぎとめられたのだ。
◆
それから、運命と出逢った夜が明けて──。
「おい。出てこいよ、いるんだろ?」
翌日、夕暮れ時の公園。
震える声で、彼は姿を隠した私にそう言った。
「俺は昨日の事をハッキリ覚えてるぞ……化け物め。生き延びた俺を殺しに来たのか?」
その声は、かつて聞いたものと寸分違わない。精一杯低くしようとしていても、聞き覚えのある、どこか優しい声のままだ。それが無性に嬉しいので、私を「化け物」なんて呼んだ事は許してあげよう。
そんなことを思いながら、私は近くの屋根から飛び降りる。
「それは、違いますよ」
彼の背後に着地した瞬間、彼は私の存在を察知したのか、振り返ってこちらを思い切り殴りつけた。
少し驚いたものの、私は難なくそれを受け止める。動きを止められた彼は弾かれたように、私の瞳をまっすぐに見つめた。
──そうして目が合った瞬間、全ての時間が止まった気がした。
この気持ちを、何と言えばいいか分からない。ただ、涙を流すような歓喜ではなく、心があったまるような充足があった。
「……………………おまえ、は」
彼は知らない。この私のことなんて、これっぽっちも覚えていない筈だ。
──けれど、それでもいい。
──この胸に、確かなものが残っている。
たとえ彼が覚えていなくたって、私の胸にこの想いと記憶があるのなら、あの過去は決してなくならない。
それを思うと、悲しくなんてなかった。
ただただ、再び巡り逢えたことへの歓喜があった。
だから。満ち足りた感覚のまま、私は──、
「このゴミムシ馬鹿愚か不敬者ぉーっ‼︎」
「ぶべらっ⁉︎」
さすがに化け物呼ばわりから殴られるのは許せないので、問答無用で彼の横っ面を引っ叩いた。
「うお……おおぉ……ビンタが、なにゆえ、右ストート並の威力に……⁉︎」
「フンッ。いきなりこの魔王に殴り掛かるとは、いい度胸してるじゃあないですか。本来なら万死に値する愚行です」
「お、お前、一体……てか、馬鹿力にも程が」
「あっ‼︎ 今馬鹿と言いましたね、馬鹿と‼︎ よろしい、今すぐもう一発追加してあげますよ」
そう言って近づいていくと、目に見えて彼は狼狽する。
あの時のように、生きる希望も何もない彼ではない。
話せばこうして色々な表情を見せてくれる。これからきっと、もっと彼と話して、彼のことを知れるのだろう。
それは、とても嬉しいことだ──。
「と、とにかく悪かったのは俺なんだな⁉︎ よし理解した、だから、あー、その、そう‼︎ お詫びはなんでもする‼︎ だからその手を降ろして一回落ち着け頼むって怖いんだよ本当‼︎」
「ほう? なんでも、と言うんですね」
それは好都合。私は少し息を整えて、彼に伝える。
「では、一緒に来てくれますか。私の……マスター」
「……ます、たー?」
「貴方のことですよ。そんなきょとんとされても困るんですけど」
と言っても、彼が魔術師だったりするような素振りはない。きっと、何も分からないままこの戦争に巻き込まれたのだろう。
少し意地悪をしてしまった気もするけれど、説明の手間があるぶん、色々なことを話せるだろうし。多少のわがままは許してもらおう。
──その言葉を合図としたかのように、沈みかけていた夕日が完全に西の山脈の影へと没した。
これからは夜、太陽は役割を終えて月が主役に成り替わる。
「私の名前はセイバー。貴方のサーヴァントにして──」
手を取って彼を立ち上がらせたところで、一つだけ思い出した記憶があった。
古い記憶。私に消えない傷跡を刻んだ、とある少年の言葉。
『分かるだろ? 俺は、お前の敵なんだ』
……かつて、彼はそう言った。
あの人は、私の味方になるには、あまりに多くを失っていた。生きる希望すらも無くした、死に場所を求めるだけの死人だった。
けれど、今は違う。あの時とは真逆だ。彼の身体は死んでも、まだ
絶対に、今度こそ、私は彼の敵になんてならない。
だから──、
「きっと、私は貴方の
そう言って、私は心の底からの笑顔で笑った。
……ここは終着点の先。ある筈のない、もう一つの始まり。
さあ始めよう。
濃紺の
【セイバーの願い】
勇者ラーマとシータの再開。その姿を忘れられなかった彼女が聖杯に託す願いは、「あの時に出逢った少年との再会」。
彼と会って、何をしたいのかは彼女自身も分からなかった。それでも無性に会いたかったから、彼女はその願いを抱き続けた。
しかしその願いは、偶然にも運命という名の奇跡によって叶うことになる。転生を経た彼と出逢い、満足したことで、彼女は自らの願いは半分でも叶ったと判断した。今の彼女の望みは、健斗を元の安寧に送り返すことのみである。
ただし。この二人の運命が、必ずしも