Fate/crescent 蒼月の少女【完結】 作:モモのすけ
「う……」
長い眠りから覚めたような倦怠感の中、目を開ける。
最初に視界に入ったのは女の子の顔。かわいい黒髪の子だ。その目は心配そうにこちらを見つめていて、前田大雅はほぼほぼ何も考えずに跳ね起きた。
「三浦さん‼︎ おはよーうぐえぼッ⁉︎」
「そ、そんな急に起き上がるから……だめだよ」
謎の鈍痛が胸部のあたりを駆け抜けて、思わず再びベッドに倒れる大雅。ゲホゴホと咳き込んでから視線を巡らせ、ここが何処かの病室であると理解する。
とはいえ心当たりはないのだった。自分はどうしてこんな所にいるのだろう、と狸に化かされたような顔になる。
「あっれ〜…? なんで僕、こんな所で寝てるんだ?」
「け……怪我したんだよ、斬られたんだよ‼︎ 覚えてない……?」
「斬られたってサムライじゃあるまいしさあ、そんな……こ、と……」
あるわけないじゃないか、と言いかけて止まる。
意識がはっきりするにつれて記憶が戻ってきた。確か突然現れた剣を持つ不審者に襲われ、咄嗟に三浦を庇ったところまで思い出す。意識が朦朧とする中で美しい銀色の輝きを見た気がしたが、それについてはあまり思い出せなかった。
ともあれ、大雅は彼女の言葉が本物であると理解する。
「そう、か──ちくしょう、そうじゃないか。何もできずに倒されるとは不甲斐ない限りだ。あれから……どうなったんだい? 三浦さん」
「……ええと、正直色々ありすぎて……本当かどうか疑わしいかもしれないけど、まず──」
三浦火乃香は語った。
呼び出された健斗が謎の少女とともに男と戦い、人間とは思えない激闘を繰り広げたのち、あの男を打倒したことを。
「それで私は、その子が呼んでくれた救急車に運ばれて……「人に斬られた」って伝えるしかなかったから、後で警察の人が来ると思う。その他のことは流石に伝えてないけどね」
この場所で見た事の全ては絶対に他言不要、漏らしてしまえば今度こそ命の保証はできない──そう、あの蒼髪の少女は言っていた。
今まさにその忠告を無視しているのだが、大雅は例外だろう。あの男に斬り捨てられた彼には、その理由を知る権利がある。
「……健斗くんだって大怪我をしてたんだけど、その子曰く「大丈夫だ」とか……」
「………………」
大雅は無言のまま、しばし考え込む。明るくてあまり物事を深く考えない彼にしては、とても珍しい表情だった。
一週間ほど前、健斗が聞いてきたこと。
意味がわからない質問と大雅は深く考えず答えたが、あれは健斗を逆に後押ししてしまったのだろうか。
「健斗め……だからあの時、あんな事を……」
自分を責めるように歯噛みしてから、大雅は三浦に視線を向ける。
「三浦さん。ひとまず、君が無事で何よりだ」
前田君のおかげでね、と微笑む三浦ににっこりと笑い返すも、その顔は晴れない。今なお何らかの危機にあるであろう親友のことが、気がかりで仕方がないのだから。
「さしあたって健斗に状況を問いただす必要がある。とはいっても、どことなく予感はしていたんだけどね。この街で悪しき何かが起きている、っていう。どうも健斗のヤツ、その中心に巻き込まれてるらしい」
ダメ元で健斗に電話を掛けたが、やはり応答はなかった。
アイツなら死にはしないさ、という信頼があるのと同時に、しかし大雅の中で悪い予感が渦巻いている。
志原健斗が遠くに行ってしまうような、そんな予感が。
楽観的になろうとしても、その予感を振り払えない。
「……明日も連絡を続けてみよう。繋がるかもしれない」
頷く三浦。いつもよく一緒にいる自分たちの間にこんな緊張感が張り詰めたのは初めてだな、と苦笑して、大雅は役に立たないスマートフォンを放り出した。
ベッド横の窓を開ける。
吹き込んで来る生暖かい風。闇に沈むような不気味な街を眺めながら、大雅は目を細めて呟くのだった。
「健斗……君、勝手に一人で死ぬんじゃないぞ」
◆
同時刻。大塚市東端、森林内部。
煌々と輝く月に照らされる木々。静謐とした静寂と闇に閉ざされる筈のこの自然溢れる地は、今日限り全く異なる様相を呈していた。
──爆炎と閃光が連続する。
大塚の地に絶え間なく響く地響き。前方をキロ単位で焼き尽くす極光が幾度となく放たれ、木々は面白いように消し飛んでいく。
そして、それに対抗する巨影があった。
遠くから見れば黒々としたシルエットしか捉えられないそれらが、破壊の中心地で蠢いている。まるで森を焼き尽くす大怪獣が暴れているが如し光景だが、その破壊を撒き散らしているのは巨影の方ではない。その間を跳び回る
「士郎、お願い‼︎」
破壊音に負けじと張り上げられた美しい声と共に、宙空に一つの宝石が投擲される。
「────‼︎」
対し、爆炎の中を無傷で駆け抜けていた衛宮士郎が反応した。
悪い足場を難なく踏み越えて、宙を舞う宝石へと突っ走る。彼が渾身の力で跳ぶと同時に宝石が爆ぜ、瞬間的に半透明の「足場」が構築された。
それを踏み台として──さらに跳躍。
空中で身をひねりながら剣をつがえ、弦を引いて狙いを定める。狙いの先は志原健斗。どんな生物であれ死角となる直上からの狙撃が容赦なく牙を剥く。長い時を共にあった彼らだからこそ可能な、再現、回避ともに不可のコンビネーションだった。
「ち……‼︎」
健斗は異常なまでの直感でそれを読み切り、辛うじて迎撃を間に合わせた。
剣と剣の激突。脳天直撃の軌道から弾かれた投影剣は、健斗の身体を浅く抉って地を穿つ。飛び散る血を無視して、健斗は忌々しげに引っ掴み、消滅に先んじて自分の武装へと変えてしまった。
ギロリと士郎を睨む健斗。
されど攻めきれないのは、やはりキャスターとの相乗攻撃の甲斐あってか。片方に意識を向ければ片方からの攻撃を防ぎきれない悪循環が、健斗をやや劣勢に追い込んでいる。しかし──、
「……駄目だな。どうやら彼、俺の魔術とは相性最悪みたいだ。こっちが攻めれば攻めるほど、向こうの攻め手を増やしちまう」
事実、彼の周囲には既に「魔王特権」の干渉を受けて健斗のモノとなった士郎の刀剣が幾つか浮遊している。
闇雲に攻めればますます剣を奪われ、じき押され始めるだろう。
「じゃあ僕が頑張らんと──なァ‼︎」
キャスターがその間隙を突く。
一気呵成、舞い散る火花。
無数の刃が幾度となく交錯し、余波を撒き散らして互いに離れる。
「ふうッ……しかしまあ、手を焼かせてくれンなあ」
キャスターは空でぴたりと護身・破敵を静止させつつ、同様に剣を構える健斗に視線を投げた。
「極大の邪悪……かの
焼けついた焦土を踏み締めて、キャスターはそう嘯く。
以前、キャスターとセイバーは大塚の街が更地に変わるほどの激闘を行ったという。世界の裏側で行われたその光景を目にしたのは当事者たちのみだったが、今目の前にある地獄のような光景を見れば、誰もが事実であると分かるだろう。
「キャスター」
無造作に剣を構えつつ、健斗は目を細めてキャスターを見る。
「
──瞬間、キャスターの表情が強張った。
それを見てもう一人の魔王が嗤う。まるで哀れな道化を見た王の如き、冷徹かつ残忍な笑みだ。
「ずっと気になってたんだよ、その目。何を見てんのかさっぱり分かんねえその目だ。今なら分かる」
邪悪の権化としてあれ、と定められた魔王の力に呑まれた今の健斗は、まさに悪性の頂点に位置する存在と言っていい。そういった無辜の力を忌避し、抑え込んでいたセイバーとは異なる点だ。
故にこそ彼は、ありとあらゆるモノに潜む悪性を捉え、その歪みをつまびらかに指摘できる。
「──いい加減誰かのフリをすんのはやめろよ、陰陽師。見てるこっちが恥ずかしい」
「…………‼︎」
少し離れた位置で穿たれた溝に隠れていた倫太郎は、ひょこりと頭を出して静かになった戦いの様子を観察する。
いかなる理由か、熾烈に争っていたキャスターと健斗の二人は、ぴたりと足を止めて何か言葉を交わしていた。士郎と凛も足を止めて、動かない二人に少し困惑している様子だ。
「見てられねえんだよ、その無理してる様。最初からお前はマスターが望む「安倍晴明」を演じてやっているだけ……そうなんだろう? その振る舞いも、言葉も、行動も、全部が全部紛い物に過ぎん」
──それは、誰も気づかない筈の歪みだった。
尊敬の念で若干思い込みが激しい志原楓は当然ながら、繭村倫太郎やアサシンでさえ、彼は「お調子者だが、楓を守る事には全力を掛ける陰陽師」であると認識していたのだ。
だがその認識は誤っている。
それはあくまで表層。安倍晴明という人間が故意的に作り出したガワの姿に過ぎない。
「貴様はそもそもまともな人間じゃあないからな。妖狐、ヒトならざる怪異との混血児……成り立ちからして歪な生命がヒトの真似事をしているだけの空虚な存在、それが貴様だ。そんな奴が、人間の喜怒哀楽に道徳倫理なんてモンを
答えはない。ただ無言のままに殺到した数百の式神が、魔王の剣閃によって切り払われた。
舞い散る紙吹雪。その奥で、キャスターの歪みを明らかにした健斗は、とても彼とは思えぬ顔で嗤っている。
「──君は……気づいたのか、
キャスターがついぞ口を開く。
だが、仮にその声を健斗以外の誰かが聞いていたなら、それは別人のものだと錯覚しただろう。
敢えて使っていた方言は既に捨て去った。彼特有の柔らかな声色も放り捨てた。今の彼が発する声は「安倍晴明」という、人間になろうとしてなれなかった何かが発する、飾らない真の言葉だった。
「フン、気付いたとも」
「……そうか」
キャスターの変化をきっかけに、周囲の空気が静まり返る。
「不本意だが、君の言葉を肯定しよう」
途端に夜の森らしく静寂を取り返したことで、かえって木々の燃え滓が立てるパチパチという音が煩く感じられた。
「安倍晴明、つまり私は……かつてヒトと化生の間に生を受けてからずっと、人間と接してきた」
平安の時代を守護した稀代の陰陽師、安倍晴明。
彼は伝承において、まっとうな人間ではなく、一匹の妖狐とヒトの間に生まれ落ちたとされている。
「童子丸」と名付けられたその仔は、立派に成長した果てに晴明と名乗り、平安の都にその名を轟かせたのだ。
「故にこそ化生ではなく人間であろうと思い、私は人間として生きる道を選んだ。実際、人間のように生きて死ぬ事は出来たと思っている」
「へえ」
キャスターは……素の自分を曝け出した安倍晴明は片手を顔に押し当てて、その苦悶を表すように表情を歪ませる。
「だが──……どうしても、私には出来なかった」
細められたその目に涙はない。
そもそも彼は、何かを
されど、それは慟哭のように映って見えたことだろう。
「全くもって解せぬ。私にはヒトの心が理解できない。誰かの幸福を心から祝福できない、誰かの悲しみに共感できない、どう足掻こうが人間というものに心から寄り添えない。何故なら、心を持たぬが故」
彼の静かな叫びを体現するかの如き熾烈な雷撃が、剣を構える健斗に牙を剥く。
対し、彼は地面に腕を突き立てた。魔王特権によりめくり上がった岩盤が攻撃を弾く盾となり、それを飛び越えて健斗はキャスターに肉薄。
刹那、複数の刃が交錯した。
殺到する無数の剣、対するは護身・破敵。
滞空していた剣は破敵が迎え撃ち、健斗自身の手で振るわれた曲刀は護身が受け止めた。零距離で火花を散らしながら、健斗とキャスターは魂すら震え上がらせそうな視線をぶつけ合う。
「ハッ……貴様、自分の魂の色を見たことあるか? 人の悪意に詳しければ分かるだろうさ。俺に匹敵するくらいの
「そう──私は──私には──ヒトの情を、心を、解する機能などありはしない。何者をも理解できぬ無情な半端者。上っ面の言葉しか吐けぬ非人間。それが私、安倍晴明だよ」
自嘲気味に呟いたキャスターは、ほんの一瞬、顔だけ覗かせてこちらを観察する倫太郎の方を見た。
正確には、その腕に抱かれる少女を。
──志原楓。
彼女と出会った時、彼は様々なものを視て、同時に感じ取った。
まだ16歳の少女が聖杯戦争という殺し合いに参加しなければならなかった悲しい理由。心に深い傷を残した過去。それとは別に
それら全てを、知ってはいたが──。
同時に、彼は何も感じなかった。
心を持つべきである人であれば感じるような、尊敬と親愛に対する喜び。他者の不幸に対する悲しみ。それら一切を感じる事なく、キャスターの胸は常に凪いだままだった。
ずっとずっと昔から、キャスターは諦めている。
自分は心を持たないし、他人のそれを解し、共感することもできない。ならばせめて、「人間らしい架空の自分」を演じることで、心を持った人間のように振る舞おう──そう決めたのだ。
「実に生き辛いだろうよ、それじゃあ。いっそのこと全て放り出して、心を持たぬ化生と生きれば良かったものを」
健斗は別種の冷徹さを浮かべる真顔に戻り、全力で大地を蹴る。宙に飛び上がった彼は再度掌を地上に向け、照準を終えた。
掌の奥。
ズズ、と引きずり出でるモノがある。
蒼色の刃。それは魔王が持つという月光を束ねし破壊兵器。かの切っ先は健斗の掌からほんの数センチだけ顔を出して、敵対者を地表ごと灼き尽くさんと輝いた。
「頃合だ陰陽師。いい加減、ケリをつけようか──‼︎」
空気が恭順の意思に震えている。
十字に煌めく銀光は、更に輝きを増していた。
尋常ならざる魔力が膨れ上がる。今までとはさらに一線を画す、恐らくかつてのセイバーが見せた宝具解放に匹敵する超弩級の一撃が、もう一人の魔王によって放たれようとしている。
数秒後に迫るは正真正銘、窮極の一撃。
キャスターは咄嗟に士郎に目配せすると、それだけで意思を伝えてみせた。彼と凛が素早く倫太郎たちの前面に回り込み、花弁状に開いた異様な盾が形成される。
(……あれなら、志原楓は助かるか)
キャスターはそれのみを把握すると、宙天で咆哮をあげる魔力のうねりを睨みつけた。
「正々堂々受けて立つ。その夜刃、真正面から折り砕こう」
「やってみろ」
溢れ出す銀色の月光。その奥でこちらを睨む魔王と、しかと目線をぶつけ合う。
互いに全力、次の一手をもって勝敗は決する──無言ながら、健斗は直感的にその結論を導き出す。
「
対し、キャスターは全身を駆け巡る回路を総動員し、彼が生前において生み出した最強無類の一撃に備えた。
「
巨大な五芒星がキャスターの前面に展開される。
おのおのの頂点が示すは五行の属性。つまりは火、水、木、土、金。現代魔術論においては「五大元素」として扱われる各種の力が、均整のとれた図形を描いている。
仮に安倍晴明を陰陽師ではなく一人の魔術師として見た場合、五行全てを十全に扱ってみせる彼は、こう評される他にないだろう。
五大元素全てを併せ持つ希少中の希少種。
即ち、「アベレージ・ワン」と。
「「────行くぞ」」
声が重なった瞬間。描かれた五芒星から彗星の如く放たれた閃光が、かの魔王を撃ち墜とさんと放たれた。
同時、天より突き刺さる破壊の光。
迎え撃つは、五行を束ねし虹の極光。
互いに互いの全力、全てを賭けた一撃同士。それらはブレることなく最短距離を駆け抜けて、刹那。
──閃光が、爆ぜた。
凄まじい轟音と熱が一呼吸のうちに吹き荒れ、辛うじて残っていた木々の残骸が根元から刈り取られていく。
あまりの威力。言葉に表せられぬほどの熾烈なせめぎ合い。
眼前で自分達を守ってくれている士郎がいなければ、おそらく自分達は秒を待たずして蒸発していただろう、と倫太郎は戦慄する。
これ程の大出力のぶつけ合いだ。
両者ともに長くは続かない。恐らくはあと数秒で勝敗は決まる。倫太郎はごくりと唾を飲み込んで、その戦いの決着に全神経を集中させた。次第に暴れ狂う閃光は薄れていき、その奥の光景が見え始める。
そこに、あったのは──、
「……………………」
身体の半分以上を消し飛ばされた、キャスターの姿だった。
遠くからそれを見ていた倫太郎は無言の悲鳴を噛み殺した。キャスターと魔王の激突は、魔王の勝利と終わったのだ。
「フン」
月の刃による一撃を撃ち終えた健斗が、鼻を鳴らして着地する。
「貴様の一撃も中々に強力だったが、今宵は月がよく見える。俺に牙を剥いた不敬を悔い、不運を嘆いて消えるがいい」
ギロリ、と健斗の視線が傍に向けられる。
その視線が狙うは倫太郎を含む魔術師たち。邪魔者が消えた今、彼を止めるものは存在しない。ゆっくりとここにいる全員を皆殺したのち、彼は今も仙天島の最奥にて生まれつつある、原初の魔王に挑むのだろう。
魔王が一歩を踏み出す。
その靴裏が焦げた地面を踏みにじり、乾いた音を立てたその時。
「なあ」
誰かの声が。
キャスターの声が背後から聞こえた時、既に勝敗は決していた。
ぞぶり、というくぐもった音がする。健斗が弾かれたように視線を下げると、自分の腹を貫いて、一本の光り輝く剣が姿を覗かせていた。
「ガ────ッ、は‼︎ テメ、キャス、ター……⁉︎」
「まだまだ戦場慣れしてないなァ、健斗クン。相手がセイバーなら、僕なんぞの幻術は看破されてたやろうし。それに言ったはずや、僕は情も心も持たぬ非人間……「正々堂々受けて立つ」なんざ、そんな人間らしいコトする筈ないに決まっとるやろ?」
「こ、の────狸がッ……‼︎」
「あはははは‼︎ そりゃ惜しい、なんせ僕は半分妖狐の血なんでなあ。言うなら狐と言って欲しいモンや」
元の口調に戻ったキャスターは健斗の背後からぴたりと離れず、光り輝く剣から手を離さない。
不思議と出血も痛みも健斗は感じていなかった。
ただ、凄まじい速度で力が抜けていく。志原健斗が使える力の上限を力技に圧縮され、縮められているような不気味な感覚が頭を焦がす。
「さて。楓ちゃんの命は一つ、キミを殺すな──や」
キャスターは飄々としたいつもの口ぶりで、誰に告げるわけでもなく呟いてみせる。
「残念ながら、僕には君が最悪の敵に回ったと知ったときの楓ちゃんの悲しみも、苦しみも、何一つ理解できん。人に共感することのできん非人間、それが僕やからな」
その目に揺らぐ光は、先程楓に向けたものと同じもの。
自分にはない、人間しか持ち得ないものへの羨望と哀しみが入り混じった、それでも綺麗な瞳だった。
「それでも」
そう前置きして、彼はにやりと笑う。
「それは彼女の信頼を、尊敬を、裏切る理由にはならんやろ?」
彼が、志原楓に召喚された夜。
二人して屋根の上に座り、彼らはこんな事を話した。
──けど、これで分かった。君は魔術師としては三流、と言っとったが……人がなかなか得られんモンを秘めとると見える。
──なにそれ。そんなもの、私には無いわ。
──いや、ある。人を、家族を愛し、その為に弱くとも戦える勇気……例え君が弱くともその気持ちは本物や。それは僕がついぞ持ち合わせなかった、尊いもんやと僕は思う。
生前のように諦めながら、同時に彼は決意した。
自分が理解できないもの。ひたすら手を伸ばしても、決して、未来永劫手に入れられないであろう尊い輝き。
自分が心を持たなくとも構わない。ただ、その輝きの為ならば、それを持つひたむきな少女の為ならば、命を賭して戦うのも悪くはないと。
そして、志原楓が信じる最強無欠の陰陽師であり続けてみせると──そう、彼は一人誓ったのだ。
「キャ、ス、タアァァァァァァァァァ──ッ‼︎」
「
キャスターが持ち出したのは、ありとあらゆるものが持つ邪気を払い、封じてみせる封魔の剣。
それが健斗を乗っ取っていた悪性を摘まみ出すのに並行して、キャスターは彼の体内を流れる「気」に手を加えていた。
「陰陽反転式・魔性封」
陰陽道を修めるものにとっては初歩中の初歩、陽の気を陰の気として反転させる基本的な術式である。
もっとも安倍晴明によって編まれた術式ともなれば、その効力は跳ね上がる。それが魔王に潜む悪性であろうと、たとえ「この世全ての悪」に触れたとしても、キャスターは難なく陽の気に変換してみせる事だろう。
「お別れや、魔王になりたかった誰かさん。お前の悪性、そりゃあ健斗クンにゃあ不要の長物。今すぐこの身体から立ち去れい」
言葉を述べ終えたと同時に、術式が完全に発動する。
最後の瞬間、健斗の喉から絶叫が迸った。それは彼の叫びではなく、セイバー宝具を介して健斗に流れ込んだ「何か」が残した、断末魔の悲鳴だったのだろうか。
ともあれ──。
健斗が纏っていた邪気が霧散し、彼は意識を失って倒れ伏す。
長く破壊音が連続していた大塚の森に、ようやく真の静寂が訪れた。
魔王と陰陽師の再戦は、こうして幕を閉じたのだ。
【
キャスターが持つ最高火力の一撃。
陰陽道の五行思想に伝わる、木は火、火は土、土は金、金は水、水は木を活性化させるという「相生」のサイクルを五芒星の中で無限に循環、幾万回も繰り返す事で、各属性のエネルギーを莫大なまでに増幅させたのち装填。砲撃として同時に撃ち放つ。
陰陽道を極めた安倍晴明にしか再現できない奥義にして切り札。もっとも彼の強さは純粋な火力のみに頼らず、柔軟な思考と多様な選択肢でもって勝機を見出すことにある。