Fate/crescent 蒼月の少女【完結】 作:モモ太郎
「皇帝特権」という
そのサーヴァントが本来持ち得ない能力を、短期間のみ自己主張する事で強引に借り受ける力。かの暴君ネロ・クラディウスや神祖ロムルス等の高名なサーヴァント達が保有する強力無比な力である。
──そして。
この魔王が持つのは、それとはまさに対極に位置するモノ。
その名も、「魔王特権」。
皇帝が自らを高め、至高の統治者たらんとするのであれば。魔王は万象を虐げ、恐怖の統治者として君臨する──それこそが魔王たるものの役割だ。
故にこそ、「魔王特権」の能力が作用するベクトルは彼女本人ではなく、もっぱら他者に向いている。変革されるべきは周囲であり、魔王は森羅万象に畏怖と恭順を強要するのだ。
即ち、己以外のありとあらゆる存在に干渉し、短期間のみその性質を変貌させる。それが彼女に許されたチカラの一端だった。
「かつての愛騎には及ぶべくもないですが、私が戦車といえば戦車です。この私が命ず、あるべき様へと姿を変えよ──‼︎‼︎」
有り余る威厳と共にセイバーが訳の分からない事を叫ぶ。
しかし、明確な異変はすぐに現れた。
……ぞわり、と。セイバーの声に応えるかのように、何の変哲もない自転車が蠢く。物理法則を根本から無視して、自転車のボディが爆発的に膨れ上がっていく。
煌めく翼を連想させるエメラルド色のウイングが展開し、大きく両側に広がった。足元を包み込む装甲は眩い金色。荒々しい巨大な四つの車輪が新たに形成され、元の車輪に至っては装甲の中に呑み込まれてしまっている。ゴム製のサドルとハンドルだけが辛うじて元の原型を留めているが、もはやコレを自転車と思える人間はいないだろう。
それは──彼女から潤沢に与えられた魔力をターボエンジンの如く噴出して疾駆する、もう一つの「戦車」だった。
魔王特権の発露に合わせて顕現した四つの車輪が高速で回転し、豪快な轍が地面に刻まれていく。時折巻き起こる蒼色の火花は、ブースターから溢れ出したセイバーの魔力の残滓だろうか。
「おわああああああああああああああああああ────‼︎⁉︎」
「捕まってろとは言いましたけど、うっさいですね‼︎」
だが俺はそんなことにも構わず、ただ奇声を上げて凄まじい風圧に顔を歪ませていた。俺は絶叫系は苦手なんだ、たぶん時速200キロは出てるだろうに無茶を言うな……と言いたいが諦める。
なにせ、背後で追走していたライダーは今や隣に並び、絶え間なく熾烈な雷撃を浴びせかけてくるのだ。その密度は雨どころか、まるで壁。見るだけで痺れそうな輝きを放ち、それらはのたうつ蛇のように降り注ぐ。
激突、炸裂、回避、迎撃、相殺──それをいくつ繰り返したのか。
凄まじい両者の火力が眼前でぶつかり合い、鬩ぎ合って雷鳴を響かせる。無茶苦茶な閃光の乱舞に、まるで記者会見のフラッシュライトの中を延々通り抜けているみたいだ、なんて馬鹿げた例えが頭に浮かんだ。
しかし。大火力で押し潰そうとしてくるライダーを「電光雷豪」なんて言葉で表すなら、セイバーはまさに疾風迅雷だ。間断なく叩きつけられる稲妻の中を、彼女は卓越した操作技術で駆け抜けていく──‼︎
「……む。所詮は紛い物だからでしょうか、本来の三割ほどしか力を出せませんね。物理法則にも縛られてますし」
「お──おいっ、セイバー⁉︎ よく分かんねえけど、こっからどうするんだ⁉︎ アイツ空飛んでるし、こっちから反撃できないぞ⁉︎」
無理矢理喋る余裕を作り出して叫ぶ。
道路に黒色の轍を刻みつつ、セイバーは紙一重で稲妻の中を掻い潜るのだが、いかんせん反撃の余地がないのが実情だった。
「ちょっと、焦らないでくださ──って、どこ触ってんですか‼︎‼︎」
「うるさいなこっちも余裕が無いんだよ‼︎‼︎」
立ち漕ぎに似た姿勢で低く身を屈められれば、目の前に突き出されるのは当然、容姿に似合わず大きなお尻である。無駄に刺々しいセイバーの鎧は胸から腰回りを覆っていて、尻はスパッツに非常に似ている黒の布地に覆われているのみ。しがみつくにはここしかない。
セイバーの怒号が前方から飛ぶが、俺は頑としてこの手を離さない。
何せ、離せば振り落とされて次の瞬間には黒焦げだ。セイバーの回復能力があるとはいえ、心臓を一撃されれば死んでしまう。
ここぞとばかりに生き意地を滾らせ……というかもう死んでいるワケだが、とにかく死に物狂いで柔らかなお尻にしがみつく。
「オイオイオイオイどうした魔王ォ‼︎ 前にあれほど振りまいてた殺意も重圧も、ちっとも感じられねえぞ────⁉︎」
返答は返さず、セイバーは鬼気迫る表情でハンドルを握る。
一生に一度経験するかどうかの生死の狭間、そこを秒間に二、三は潜り抜けていく感覚があった。
標的を外した稲妻は容易くコンクリートを粉砕し、後方で不気味な黒煙を上げていた。耕された後の田畑のように破壊の限りを尽くされた農道を見るに、奴が通り抜けたあとの道はもはや農道としての役割を果たせないだろう。
「ちくしょう、さっきからバカスカと……‼︎ なんなんだよアイツ、さっきと性格変わりすぎだろ──⁉︎」
「ひとたび戦闘、殺し合いとなるとまともな理性が飛ぶタイプです。ああなれば最早止められません‼︎」
セイバーが作り出した金とエメラルド色の戦車も十分な性能を誇る。これで本来の三割程度の性能しか引き出せていないというのだから、果たして本物はどれ程の出力を持っているのやら。
しかし、ライダーの戦車は宙を飛んでいる以上、こちらの不利は揺るがない。セイバーの間合いの外から一方的に稲妻を浴びせるのみだ。
更に加えれば、雷撃の数は余りに多く、セイバーの操縦能力のみでは切り抜けられない。防御に攻撃が回される以上、ライダーへの攻撃手段は封じられてくる。
「どぉしたどぉしたァ‼︎ つまんねぇなァ、おい──‼︎」
天と地。その距離は近く、そして余りに遠かった。
「そうですね……ケント‼︎」
「なに? なに⁉︎ 俺⁉︎」
「仕事です‼︎‼︎」
仕事ってナニ、と聞くよりも早く、異変があった。
戦車のボディが蠢く。車体の下部に設置されていたブースターの一部が大きく上部に移動し、細長く形を整えていく。
「おい、これってまさか──⁉︎」
目の前にあったのは──可動式のグリップに、トリガー、黄金色をそのまま残した大きな銃身。
いわゆる機銃とでも言うべきものが、セイバーの力によって現れていた。
「ケント‼︎ 私が攻撃できない以上、貴方に任せます‼︎」
「俺が──むっ、無茶言うな‼︎‼︎ 攻撃なんて無理だっての‼︎」
「無茶でも無理でもありません、いいからやって下さい‼︎ 覚悟はしたんでしょう⁉︎」
今まで、魔力をぶっ放して推進力に変えていたワケだが、セイバーはその一部を機銃に変換したらしい。速度が僅かに落ちるかわりに、推進力に変えるぶんのエネルギーがそのまま弾丸としてチャージされる。
後は俺が狙いを定めてやれば、勝手にセイバーの魔力がライダーめがけて飛んでいくようだ。少しグリップが歪んでたりところどころ不恰好だが、出来映えは完璧と言っていいだろう。
ここまでされて──挙げ句の果てに覚悟なんて言葉まで持ち出されたら、流石に負けん気の方が上回ってくる。
「覚悟ったって、ああもうっ……やってやる‼︎」
やけくそに叫んで機銃を掴んだ。
それを見て、数メートル横を並走するライダーはにやりと笑い、
「ほう、おもしれぇ余興だ。腑抜けたガキかと思ったが、俺に噛みつく度胸くらいはあるみてぇだなァ‼︎」
「やかましい、テメエの方が見た目はガキだろうが──‼︎‼︎」
ライダーへの恐怖やら凄まじい速度が出ている事への恐怖やら、余分な全てを頭の中から締め出して、機銃もどきを握るのに全集中。
不思議と、「死」への恐怖は少ない。
もう死んでるし、という諦念もある。しかし、なにより多分、セイバーが居てくれるというのが大きい。コイツの事は全く知らないし、名前すらも教えてもらっていないけれど、それでも信頼できると俺の魂が告げている。不思議な信頼感が、何故か俺の中にある。
ならば後は簡単だ。
安心して後ろを任せ、こいつを容赦なくぶっ放すのみ──‼︎
「っ‼︎」
銃口を上げ、頑張って再現したのであろうトリガーを引く。
その瞬間、推進力に回される分の魔力の一部が機銃の中を通り抜け、猛烈な勢いで射出された。それは迎撃ではなく、攻撃。蒼色の雷は槍の如く飛翔し、ライダーの身体に迫る。
「ほざけ、この程度で‼︎」
……が、あっけない事に。
俺が必死で狙いを定めた一撃は、しかしライダーが雷を纏わせた右腕を振り払っただけで掻き消されたしまった。
反射的に失敗か、と思うが、その考えはすぐに裏切られる。
俺の攻撃が届かないことくらい、セイバーは最初から織り込み済みだった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎」
機銃によって生まれた僅かな隙に、セイバーが動く。
ライダーが迫ってきた蒼雷の輝きに目を細めた瞬間にはもう、セイバーは勢い良くハンドルを切っていたのだ。
まさにそれは乾坤一擲──。
セイバーは稲妻から遠ざかるように動くのではなく、敢えて自ら突貫するように動いた。ライダーが己の失策に気付く。極限まで引き延ばされる時間。セイバーの鼻頭を稲妻が掠めるくらいの紙一重で、致死の閃光を回避する。
そして次の瞬間、セイバーの戦車は宙を飛んでいた。
これまでも使用していた、彼女の強力な魔力放出。膨大な魔力をジェット噴射の如く放つ事で、セイバーは本来あり得ぬ筋力、速度をその手中に収める。
今披露したのはその応用だ。戦車に隅々まで巡らせていた魔力の循環を一時的に阻害し、噴出店を足裏一点に集中、噴射。瞬間的に第二のターボエンジンを得た戦車は軽々と宙を舞い、空を駆けるライダーに肉薄する──‼︎
「チィッ‼︎」
雷を無限に生み出すライダーは驚異だが、奴の手に武器は握られていない。接近できればこちらがはるかに優位だ。
いつの間に手にしたのか、彼女の手の中にはあの曲刀が──、
「はぁっ‼︎」
疾風一閃、セイバーの刃が宙を駆けた。
刹那の激突が終わり、セイバーの戦車もどきが道路横の田んぼに突っ込む。想像を絶するドライビングセンスで転倒を免れながら、セバーは素早く顔を上げた。
「……フン。流石だな、セイバー」
口から漏れる感嘆の声。話すライダーの姿に外傷はない。
──だが、その一撃は致命的だった。
ドウッ、と地響きを立てて、首を絶たれた軍馬が地に倒れ伏す。淡い青色の霊体となって消えていく軍馬を見つめるセイバーの瞳は、敵対者に対する絶対零度の冷たさを伴っていた。
「自慢の戦車も最早使えないでしょう。──ここからは魔王が裁を下す。貴様はここで死に絶えろ」
ゾッとする。俺は最初、その声がセイバーのものとは思えなかった。
まさに空気が余すことなく慄くような。この世の全てに恐怖の念を感じさせるような。それは恐らく、本来あるべき彼女が併せ持つ、殺意と冷酷さのみが込められた宣告……魔王の一声。
"何を考えてる、ふざけるな。それは俺の役割だ"
(……っ、なんだ、頭痛が)
強い目眩を感じて頭を抑える。
そんな俺には目もくれず、ライダーは乾いた笑いを漏らしていた。
「ははっ、侮るのは早ぇよ。セイバー」
傲慢不遜な発言にセイバーが眉を顰める。戦車を破壊しても尚、小柄なライダーの顔に張り付いた余裕は消えない。軍馬を仕留められた事など、つゆほどにも気にしていない様子であった。
俺には知る由もない事だったが──セイバーは先程の言葉とは裏腹、戦車を破壊した事でより警戒心を高めていた。「騎乗兵」のクラスは、所有する宝具の数が多い事でも知られる。仮に今の戦車が宝具であったとしても、まだ奥の手を隠し持っている可能性は十分に存在するのだ。
「……道理で、貴様の軍馬が紙屑よろしく脆かった訳だ。貴様の真髄は戦車ではなく、別の何かにある」
「その通り。俺は本来残虐な男でな──」
小学生にさえ見える矮躯から、しかし禍々しい殺気が放たれる。
それは正真正銘、目の前の敵を轢き潰す為の殺意だ。滾らんばかりの殺意は、それは本来不可視のモノである筈なのに、目を凝らせば見えるような気もしてくる。
「そう──勇ましく戦車を駆るよりも、残忍に敵を潰し殺す方が性に合ってんだよなァ‼︎」
ライダーが右手を宙高く掲げた。刹那、世界を割らんばかりの雷鳴が轟く。夜空を真っ二つに切り裂いて、一筋の雷撃が墜ちる。
だがそれは。セイバーや俺に、ではない。
「真名固定。認識置換、神格設定完了」
炸裂と同時、光が爆ぜた。それは混じり気のない完璧な「光」。俺が今まで目にした何よりも更に神々しい「何か」の輝きだった。
……目を灼く閃光の中でライダーが言う。その言葉の意味は、俺にはよく判らない。
ただ、全身が畏怖に震え上がった。昨夜のバーサーカーすら遥かに上回るような絶望的な悪寒が、俺の脳髄を突き抜けていく。
「ッ⁉︎」
これはライダーへの恐怖による悪寒?
……違う。違うに決まっている。そんなモンとはかけ離れてる。
これはもっと深く重い感情だ。ヒトという存在がこの
「出番だ。吼えろ、『
神の光の奔流を切り裂いて。
果たして、それは現界した。
【魔王特権】
セイバーが持つ能力。己以外の色々なモノに干渉する事ができる。
セイバーが覚えているものほど、精巧に再現することができる。また、「自転車」から「戦車」を作り出したように、元の物体が有する要素によって改造できるレパートリーは限られる。(石ころから戦車を作ることはできないが、バイクなどの「乗り物」からであれば可能)
物体、無機物には干渉しやすい反面、生物に対しては干渉力が減衰する。敵のサーヴァントには殆ど影響を与えられず、人間に対しても簡単な命令しか出せない。その命令も、干渉された当人が少し踏ん張れば抵抗できる程度の強制力しかない。
一応、自分にも適応させることはできる。「皇帝特権」に比べると遥かに出来ることは限られ、せいぜいスキル一つの発現を潰す程度。
ちなみに、第一話で瀕死の健斗を治療した後、セイバーは意識を失った彼に「魔王特権」を使って帰宅を命じた。健斗は夢遊病者のごとくフラフラと意識のないまま帰宅したので、その記憶がない。
【戦車】
真名、■■■■■。
ライダーとして召喚された彼女は、この戦車を宝具として有する。
本来のスペックであれば空も飛べるし、ミサイルじみた魔力弾も撃てる、まさに空中戦艦。宇宙にだって飛んでいける。