Fate/crescent 蒼月の少女【完結】 作:モモのすけ
大塚の地に夜の帳が降りた頃。
アレイスター・クロウリーは擦り切れたローブをなびかせて、仙天島の地下……大聖杯の前に立っていた。
傍に立つは雷帝・イヴァン。
戦闘時とは異なり、落ち着いた雰囲気を見せるライダーは、さして無駄口を叩くこともなくマスターの「仕上げ」が終わる様を眺めている。対しクロウリーもまた無言のまま、その瞳と常人ならざる集中をもって、儀式の完遂に励んでいた。
そして、やがてその時が訪れる。
「完成だ」
その声に秘められたものは、確固たる歓喜の色。
己が目指したものを計画通りに成せたという、満ち足りた充足をクロウリーは噛み締めていた。
「ふむ……? ある程度の推測は可能とはいえ度し難い。何でしょうか、これは?」
隣に立つライダーが、怪訝な顔をして問いかける。
といっても、その問いは当たり前のものだった。
彼らの眼前には、再現された「大聖杯」たる複雑巨大な魔法陣が仄かな燐光を放ちながら鳴動している。それはライダーが召喚された時から変わりない。だが、そのやや上に、物理法則を無視して空に静止している一つの巨塊があった。
醜く、皮膚をむき出しにしたような色をした、何か。
それは物音一つ立てず、彼らの前に佇んでいる。
「
「繭……とは?」
ライダーはもう一度その肉塊を眺め回してみる。
そうして見ると成る程、確かに、目の前に浮かぶソレは虫たちの繭、或いは芋虫が空に飛び立つ寸前のサナギのようにも見えた。
「あの中で、かつて神代に君臨せし羅刹王ラーヴァナがもう一度作られつつある。それも今度は「この世全ての悪」まで取り込んだ、人類史にも類を見ぬ大災害としてな」
クロウリーはそう言うと、これから生まれ落ちんとする魔王への祝福とばかりに掌を打ち鳴らす。
──それが何かの合図となったのか。
時を同じくして、不気味なまでの静寂を保っていた仙天島に、凄まじい轟音が鳴り響いた。
大地が割れていく。地下大空洞の上に建設されていた浄水場はみるみるうちに崩れ落ち、その残骸を突き破って、純白の巨塔が姿を現した。
その大きさは直径は50メートルほど。汚れも穢れもない、神々しさすら感じさせる白の歪な円柱が、天に向かって伸びていく。それは高さ200メートル程の位置で動きを止めると、元どおりの静けさを取り戻した。
その天辺。
その騒音に起こされたかのように、魔王の繭が不気味な胎動を始める。
「魔王の繭。そして玉座たる
クロウリーの言葉は正しい。
この白く輝く巨大建造物は、遠目に見れば神々しく輝く樹木、もしくは異様な大きさを誇る塔と見紛うだろう。だがそれは誤りであり、クロウリーの意に即したものではない。
数時間ののち誕生するであろう魔王。彼女が天高くから世界を睥睨し、全てを滅する際に用いるであろう
「始めよう。第六次聖杯戦争の終幕と、我が理想の体現を──!」
その宣言と共に──突如として現れた巨塔を中心として、強力な魔力波が膨れ上がった。
◆
仙天島から発せられた超高出力の魔力波は、凄まじい勢いと威力を誇っていた。それは大塚の街全域を呑み込むまで勢いを止めず、人々を残らず呑み込んでいく。
魔術への抵抗力を持たない市井の人々は、遅かれ早かれ昏倒を余儀なくされた。元から大多数の人々が寝静まっている時間だった事が幸いだったが、自体はそれだけに留まらない。
一瞬にして昏倒した大塚の人々、その全員から、生命力に直結する魔力が吸い上げられていく。
万単位の人間から抽出された魔力の行き先は決まっていた。天月の塔の頂点にそれらは集まっていき、誕生を待つ魔王への贄として消費されるのだ。
そしてその被害は──当然ながら、健斗がよく知る友人知人にも及んでいた。
「──槙野さん‼︎」
カップが床に落ち、不気味な音をたてて割れる。
ぐらりと体を揺らした「薫風」店主である槙野は、そのまま膝からキッチンの床に倒れこんだ。
「……っ? は……ぐ……」
手足が不気味に痙攣し、顔はみるみるうちに白くなっていく。
アナスタシアは先の魔力波を受けての感覚と、目の前の槙野の容体から速やかに答えを出した。何者かが彼の魔力──言いかえれば生命力を、何らかの方法で強制的に奪っている。
如何なる力によるものか。そこまでは分からなかったが、アナスタシアはきつく歯軋りする。
(これは……無差別攻撃。いや……攻撃じゃない、どちらかというと生物的な「捕食」に近い……‼︎ 先の魔力波が届く範囲に存在するあらゆる全生物から、無差別に魔力を吸い上げている……‼︎)
アナスタシアのように、代行者や魔術師、それらに近いものであれば、体内の魔術回路が自動的に外からの力に反発する。この程度の干渉力であれば抵抗は効くだろう。
だが一般人は別だ。
普段から魔術回路を用いることがない彼らの回路は、あったとしても基本的に休眠状態にある。それであれば
「くッ……‼︎」
これは病気や呪詛の類ではない。攻撃だ。つまりこの捕食を食い止め、彼の命を救うためには、「攻撃をしている大元」を絶たなくてはならない。
それを理解した時、霊体化を解いて男が姿を現した。
アーチャー……シモ・ヘイヘは既に愛銃モシン・ナガンを肩に担ぎ、臨戦態勢を終えている。
「マスター。機は来たらしい。状況が大きく動くぞ」
「この街に一体何が?」
「外に出れば分かる」
呻く槙野を寝室に運び、ベッドに寝かせてから、アナスタシアは勢いよく外に飛び出した。屋根の上に一跳びで上がり、夜闇に沈む大塚の街を眺める。
──そこで、彼女は見た。
闇の奥。かつて仙天島という人工島があった場所から、歪な純白の巨樹が姿を現している様を。
「……………………」
思わず言葉を失う。
あれは何なのか、彼女の知識の全てを使っても把握は難しかった。ただ異様に大きく、不気味なまでに白く輝いているという外見把握が出来るのみだ。
巨樹といっても葉や枝の類はなく、あるのは捻じ曲がった幹のみだ。あるいは「塔」と呼ぶこともできるかもしれないが、それにしては形が歪み過ぎている。なにせ物理工学の観点から見れば、建築家が悲鳴を上げそうな形状だ。
「アレが生えてくると同時に、さっきの魔力波がこの街を襲った。見る限り街の人間は全滅だ。この調子じゃ朝まで持たんぞ」
「つまり、今夜中に決着をつけなければ──」
「ああ。最低最悪の光景が、この街のいたるところに広がることになる」
ふざけるな、と吐き捨てたい気分だった。アナスタシアは上層部の命令を放棄し、最後までこの街を守り抜くと誓ったのだ。こんな虐殺は許すことができない。
「次いで報告がある。アサシンのマスター……いや、元マスター達だが、彼らも今夜でカタをつけるらしい。例の屋敷に集まって、島に突撃するまで秒読みといった段階だ」
「彼らはアサシンとランサーを失った筈では?」
「その筈なんだがな。セイバーとそのマスターの姿も見えん。確認できたのはキャスターだけだ。勝算があるのか、単なるヤケか」
アサシンとランサーが敗退した事実を、アナスタシアとアーチャーの二人は把握していた。繭村の屋敷は最重要警戒対象である仙天島に近く、故に監視が容易だったのだ。
倫太郎達と一応の停戦関係にあるアーチャーは援護を行うべきと判断したが、その矢先にランサーが宝具を発動。敵もろとも結界内部にのみ込まれたランサーとアサシンには、流石の狙撃手も手出しできなかった。
「……どうする、マスター」
「既に選択肢はありません。彼らの攻撃に合わせて私も仙天島に向かいます。打ち合わせの通り、貴方は指定ポイントから狙撃を」
「だが──本当に? 幾ら代行者とはいえ、あの塔の中に乗り込んで命があると思っているのか?」
アーチャーが視線を険しくする。あの巨塔には今なおアサシンとランサーが倒しきれなかった英霊数騎が待ち構えている筈だ。そこに単身突撃すれば、アナスタシアとて勝ち目はない。
それを理解しているのはアーチャーだけでなく、彼女も同じだった。
「それでも、やります。……私がようやく見つけた、私が成すべきことは、この場所と槙野さんを守ることですから」
それはアナスタシアという人間がこの地で見出した、自分自身の道だった。
心に空いた空虚を誤魔化し、無為な復讐のために代行者として戦ってきた彼女が、初めて手に入れた願いにして正義。
その為ならば、どんな敵も怖くはない。
「アーチャー」
静かな声で、彼女は告げる。
「貴方が私の英霊でよかった、と。先に礼を言っておきます」
「おいおい、急にどうした。いまさらコロッと態度を変えられても心情は変わらんぞ。お前はバカがつくほどのド真面目で、遊び心がなく、人使いが荒い女だろうが」
「……真面目だから、こうして礼を言ってるんです」
苦虫を噛み潰した顔になりつつも、アナスタシアは声を荒げずに再度述べた。ごほん、と咳き込んで一度仕切り直してから、言おうと思っていた続きを口にする。
「この長い戦いも今夜で終わるでしょう。ですから、今のうちに成すべきことを成しておきたいだけです。先の言葉に似せるなら、貴方は不真面目で、遊び心しかなく、常に礼儀を欠いた人間でしたが──」
「待て、待て馬鹿野郎」
「何です? 全て事実だと思いますが」
「あのな。それじゃあまるで遺言だろうが。いいか、その続きは最後に改めて聞かせてもらう。お前はこの戦いに生き残って、この大切な場所に戻ってくるんだろう。その途中で俺に聞かせろ、いいな⁉︎」
戦場でこんな事を書き残す奴を、アーチャーは何人も目にしてきた。
そいつらは、まるでその行為が運命を決定したかのように、数日と経たず骸になっていたものだ。人間というのは死を予期してしまった瞬間に、死神に取り憑かれる習性でもあるのかもしれない。
とにかく、そんな行為はさせられまいと、アーチャーは珍しく焦った顔で彼女を止める。
「……………」
しばらく呆気にとられた顔をしてから、アナスタシアは微かに笑う。まるで、初めてアーチャーを口喧嘩で狼狽させたことを誇るように。
その柔和で穏やかな笑顔を見て、彼は思った。
召喚に応じた時、彼女はこんな表情を浮かべるような人間ではなかった。過酷な戦場ですら見かけないような、凍てついた無の表情に全てを押し込めた、機械のような人間だと感じた。
それが──こうして、普通の人間のように笑っている。
アナスタシアはきっと、この場所で、欠けていたものを掴むことが出来たのだろう。そしていつもの律儀さで、彼女がその恩に報いたいと言うのなら──、
「そうですか、分かりました。この戦いの後に、また」
──……この穢れを知らぬ、精錬無垢な少女に仕えることができた誇りを胸に。
弓兵シモ・ヘイヘは、最期までその「恩返し」に付き合おう。
「……先に行くぞマスター。準備してから追ってこい」
改めて狙撃銃を担ぎ直し、アーチャーは遠方を睨む。
全ての決着を付けるために、彼は一足先に見慣れた喫茶店の屋根を蹴った。
◆
軋んだ音を立てて、アナスタシアは木張りの廊下を歩いていく。
既に着替えは終えている。着ているのはもう愛着のあるここの制服ではなく、代行者たちが好む戦闘用の修道服だ。戦闘準備と、隠し玉である「不浄」に対する切り札の用意も済ませてある。
あとは出立するのみ。かつてのアナスタシアであれば、一刻をも惜しんでここを飛び出し、今頃屋根の上を駆けていただろう。
だが──それでもアナスタシアは、まだここにいた。
自分が守るべきものを、もう一度だけ見ておきたかったからだ。
「……………」
無言で扉を押し開ける。
だが、その先の光景を見た途端、アナスタシアは驚きから声を漏らした。
「ま、槙野さん⁉︎」
「あ、ナ……スタシア……?」
なんと、彼は魔力の捕食に晒されてなお意識を保ち、ベッドから這い出ようと身体を起こしていたのだ。
「動いてはいけません‼︎ 無駄に体力を使っては死を招きます……‼︎」
「ああ……なんだ、ろう。動かないのに、身体が妙に、軽くてね……今にも死んじゃい、そうだよ……ハハハ」
「……安心して下さい。今夜、私達が全てを終わらせます。朝が来る頃にはすっかり体調も戻っていますから」
槙野を寝かしつけた後、アナスタシアはその傍に膝立ちで屈み込んで、優しい声で囁いた。
口調とは裏腹に切迫した彼女の表情と、見慣れぬ姿。
それを見て、彼は何を思ったのか──、
「……そうか。やはり、君は……最初から、留学生なんかじゃあ、なかったんだね?」
それを聞いてアナスタシアは言葉を呑み込む。
彼女はずっと代行者であるという事実も、聖杯戦争に関する全ても秘匿し、槙野の前では喫茶店の店員であり続けた。彼を欺いているという事実は耐え難いものだったが、彼に不必要な情報を与えて危険に晒すわけにもいかない。そう考え、アナスタシアは嘘をつき続けたのだ。
「何故……それ、を」
「一応、これでも店の主人……人付き合いを生業にしてる人間だ……僕も馬鹿じゃない。君が、誰にも言えない何かを……成そうと、していることくらい……知っていたとも」
「じゃ、じゃあっ、なんで」
「なんで問いつめなかったか、って……?」
子供のように言葉に詰まる彼女を見て、槙野は笑う。
「簡単だよ。アナ……君は、悪い子じゃ……ない。だから、信じたんだよ。君が成そうとしている事は……正しい事だと、ね」
「それだけで……? それだけで、私を、得体の知れない私を、この場所に置いてくれていたんですかっ……⁉︎」
「そう、だとも。信じるには、十分過ぎる理由だ」
目頭の奥が熱くなったのを感じて、アナスタシアは反射的に顔を背けた。
この涙は許されないものだ。槙野を欺き続けた罪は、彼が許そうともアナスタシア自身が許していない。それなのに、彼の言葉で許された気になるのは、真面目な彼女には許容できなかった。
「それでも──私は、貴方の善意を利用したんですよ……‼︎」
「そんな、こと。君はここで……よく、働いて、くれた……そう考えると、僕だって、君を利用していたんじゃあないのかな?」
「労働の対価は頂きました‼︎ でも、私は……私は、貴方に、何も返せないままで……」
「いいんだよ、アナ」
辛うじて動く手をゆっくりと上げて、槙野はこちらを見ようとしないアナスタシアの頭を優しく撫でる。
「君がいるだけで、僕は十分に……十分すぎるくらいに、嬉しかった。報酬はもう、お釣りがくるくらいに受け取ってる。それでも、君が……自分を許せないのなら……他の誰でもない、僕が許すよ。だから、もう、そんなに自分を責めないでくれ」
「……う、く……‼︎」
感極まったのか、彼女は表情を歪ませて、今度こそ頬を伝っていく涙を見せる。その嗚咽はもう隠されることもなく、ずっとずっと久しぶりに、アナスタシアは声をあげて泣いた。
この時こそが、長きに渡って凍り付いていた彼女の心が、完全に溶けてほぐれた瞬間だったのかもしれない。
「ごめんなさい……ありがとう……ございます……」
彼は、アナスタシアを赦した。
その事実は、罪の意識は依然として消えないままでも、アナスタシアの心に染み渡っていく。
身体がふっと軽くなり、四肢に力がみなぎっていくような感覚をその言葉だけで感じてしまうことに、彼女は少しばかり驚いていた。ひとしきり泣いてから、アナスタシアは涙を拭って立ち上がる。
──もう、行かなくては。
「また、君は……行くのかい?」
槙野の瞳が、無言のままに彼女を引き止める。
何が起きたのかは分からずとも、アナスタシアの顔を見れば一目で分かったのだ。彼女は何か大切な事を成そうとしている。それでも、今夜も今までと同じように、この店に戻って来るとは限らない。
だが、アナスタシアは無言で頷いた。
「行きます。この命に代えても、貴方を……守りたいんです」
「そう、か──」
目を閉じて、槙野は古ぼけた天井を見つめる。
何もできずに彼女を見送るしない、無力な自分へのもどかしさ。それが胸中で渦を巻いているが、このざまでは見送りもできない。
だからせめて、何がどうなろうとも変わらないことを、彼女に言葉で伝えようと思った。
「アナスタシア。君に、ひとつだけ伝えておくよ」
「はい」
溢れ出す涙を拭い、元の煌めくような瞳に戻った彼女が、こちらを見ている。
いつからだろうか。この少女と、叶うならば、ずっとこの店を続けていきたいと夢想するようになったのは。毎日多くも少なくもない来店客をもてなし、時折暇ができれば、また二人で珈琲を淹れる。
そんな馬鹿な空想をしながら、しかし、彼は予期していた。
いつかこんな日が来ることになるのではないかと、恐れていた。
そして。その時になったら、言おうとしていたことも──ずっと前から決まっていた。
「君が何者であれ、僕はずっと……ここで、君を待っている」
「……‼︎」
「だから……全てが終わったら、きっと、帰ってくるんだ。それで……僕に、「おかえり」を……言わせてほしい。それだけが、僕の……願いだ」
わかったね、と優しく告げる槙野に、アナスタシアは無言で頷いた。
それを見て気が緩んだのか、彼の意識が途絶する。そうなってもしばらくアナスタシアは側を離れず、彼の手を握っていた。
暫くして。その暖かさを惜しむように、そっと絡んだ指が離れる。
「……ごめんなさい。槙野さん」
それは、それだけは、約束できません──。
俯いたままそう呟いて、アナスタシアは唇を噛む。
必ず生き残る保証はない。今この街を襲っている大災害を食い止める為には、文字通り、アナスタシアの命を賭ける必要があるだろう。
最後の最後に、また彼に嘘を
最低だ、と内心で思いながら、それでも踵を返す。戦うと決めたからには、これ以上ここに留まってはいられない。
だが──、
「こんな事を言い残したとバレたら、またアーチャーに叱られるかもしれませんが。……これだけは、言っておかないと」
その時の彼女の顔を見るものは誰もいなかった。
ただ、彼女はゆっくりと屈みこんで、槙野の閉じた瞳を覗き込む。
あらゆるものが欠けていたはずの心に、色々なものがよぎってくる。離別を惜しむ引き裂くような痛みも、それと真逆の、太陽のように暖かい充足も。
それを数秒かけて感じてから、彼女は。
「槙野さん。貴方を……愛しています」
その言葉が宙に舞い、夜風に揺れるカーテンに弾かれるよりも尚速く、彼女は姿を消していた。
少女は刹那の後に転身を終える。
外に飛び出したのは涙に震える少女ではなく、何者をも寄せ付けぬ、人を凌駕せし
ただただ全速力で、最短距離を駆けていく。もう迷いはない。彼女の足を掴んで止めることは、誰にだって叶わない。
見慣れた店の影が霞んで見えなくなるまで──アナスタシアは、決して振り返ろうとしなかった。