Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

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八十二話 それぞれの戦い

『──────』

 

 それ(・・)は、その時まで、まるで石像の如く微動だにせず佇んでいるのみだった。

 しかし、何かを感じ取ったのか。男はゆっくりとした所作で立ち上がり、複雑に枝分かれした巨樹の先端から、闇に沈む大塚の街を一望して顔を顰める。

 

弓兵(アーチャー)

 

 その男を、背後から呼び止める声があった。

 黒の騎士。ぞぶりと影を割って現れた彼女は、バイザーの奥にその表情を隠したまま、暗雲に覆われた空を仰いで彼に話しかける。

 

『──……来る。敵だ』

 

『理解しているよ、セイバー。が……空の敵は君に任せよう』

 

『では、貴殿は?』

 

 さしたる返答もせず、無言でアーチャーは黒の洋弓を投影(トレース)した。ひび割れた顔に、なんとも言えぬ表情を浮かべたまま。

 その顔を見て、セイバーは僅かに疑問を抱く。

 ありえないはずのもの。今の自分たちが抱くはずのないものを、しかし、この英霊は未だ残しているのではないかと。

 

『その手腕に疑いの余地はない。しかし、貴殿は……』

 

『言わずとも良いよ、セイバー』

 

 セイバーの言葉を遮って、アーチャーは再度投影を終わらせた。

 その手の中に現れた剣をつがえて、狙いを定める。

 視線の先の標的は闇に沈み、シルエットすらも判別つかない。されど、彼の前には無防備に等しくその姿を晒していた。

 

『──どうあれ、今の私に求められているモノは理解している。奴が戦おうと言うのならば容赦はせん。自分の仕事には全力を尽くすさ』

 

 その言葉に、セイバーが言葉を返そうとしたその時だった。

 ズン、と空気を揺るがすような衝撃が、仙天島と天月の塔を地面から揺るがす。同時、形容しがたい凄まじい存在感が、彼らの頭上から殴りつけるように襲いかかった。

 ここまで来れば、どんな人間でも理解するだろう。

 ──何かが来る(・・・・・)、と。

 しかし顔一つ変えず、セイバーは黒雲に覆われた空を見上げる。敵対者の巨大な気配は、もうすぐそこに迫っていた。

 

『そうか。では……アーチャー、貴殿の健闘を祈る』

 

『──────』

 

 再び影に潜るように姿を消したセイバー。その残滓をもう一度長い間見つめてから、アーチャーは振り払うように前を向いた。

 

 

 

 

 ガオン、と自動車のエンジンが唸り、速度制限をハナから無視した速度を叩き出して疾走する。

 周囲に人影はなく、家などの構造物もない。仙天島、および湖岸の近くには広く田園地帯が広がっているためだ。攻撃を受けても二次災害をもたらす危険は無いが、同時に、それは身を隠す遮蔽物に頼ることができないという事実も意味している。

 

「皆、聞いて。アレイスター・クロウリー……あいつの魔眼に関する情報が、少しだけ掴めたみたい」

 

 そんな中、運転しながら器用に携帯電話で通話を終えた凛が、目線を前方から外さずにそう述べた。

 乗員の倫太郎、楓、キャスターは、無言のままに耳を傾ける。

 アレイスター・クロウリー。最悪の魔術師と呼ばれた女にして、この第六次聖杯戦争を引き起こした元凶。

 倫敦(ロンドン)の知り合い(というより敵に近いかもしれない)になりふり構わず頼み込み、奴についての情報を探らせていた凛だったが、時計塔深部に秘匿された情報を暴くのはそれなりに危険な賭けとなる。とはいえ、なんとか間に合わせてくれたらしい。

 

「分かったのはひとつだけ。彼女が持つ魔眼について、よ」

 

「クロウリーは黄金の魔眼を持つ。それはフィムから聞いていましたけど……分かったのはその力とか、そういうものですか?」

 

「ええ。端的に言うと、アレは便宜的に「複製の魔眼」と名付けられているわ。そして現時点に至るまで、彼女以外の保有者は確認されていない……」

 

 ────複製の魔眼。

 

 それが、全ての元凶(クロウリー)が持つという、唯一無二の力だった。

 

「複製……ってどういう事なんです?」

 

「ハッキリとした情報は記載されてなかったらしいんだけれど……なんでもクロウリーは、一度視た魔術であれば、どんな大魔術であろうと、準備も詠唱もなしに再現する事が出来たらしいわ。恐らくはそれこそが、「複製の魔眼」の力」

 

「視た魔術を全て、そのまま模倣(コピー)する……」

 

「そ。……ほんと、魔術師としては頭にくるくらいの反則よね。アイツは「視る」だけで、どんな魔術であってもその全てを解して、行使できる。しかも準備や詠唱も無視できるから、複製元(オリジナル)と勝負しても簡単に勝利できる」

 

 ハンドルを手繰りながら、凛はそう呟く。

 それに対して、しばらく考え込んでいた楓は、

 

「そう考えると、その……クロウリー? とかいう奴が聖杯戦争を始める事ができた理由も説明できるんじゃないかしら。視るだけで全てを模倣できるのなら、聖杯戦争そのものだって模倣できるんじゃないの?」

 

「……聖杯戦争も、大きな区分けで見ればひとつの魔術儀式だ。もし仮に、クロウリーが十年前かそれ以前の冬木で、聖杯戦争の基幹システムにあたる大聖杯を盗み見ていたとしたら……魔力さえ調達してしまえば、簡単に聖杯戦争は再現できる。そういう事か?」

 

「そういうこと」

 

「驚いた。珍しく賢いじゃないか」

 

「やかましいわね! 私だってたまには口を挟むわよ」

 

 ──非現実的な仮定ではあるが、クロウリーが「視る」という行為だけで根幹たる大聖杯の構成理論を把握できたのであれば、それらをある程度調整し、自らの有利に働くよう仕掛けられるだろう。

 それが、彼女に従う第五次聖杯戦争のサーヴァント達、という形で現れているのではないか。

 

「案外、その説が濃厚なんじゃないかしら。大聖杯の鋳造方法なんてそれこそ失われた技術だし。それくらいの反則でもなきゃ、御三家でもない余人に聖杯戦争なんて起こせっこないわ」

 

 もっとも、ただ一人で聖杯戦争の基幹システムを模倣できるとして、それの起動に必要な魔力はクロウリーだけでは足りまい。

 故にクロウリーは密かに仙天島の地下に潜み、そこの龍脈から十年間魔力を吸い上げることで、今ようやく聖杯戦争の開始にこぎつけた……と、いうことなのだろうか。このゴタゴタが終わったら、繭村家の龍脈管理体系のずさんさを改善せねばならないだろう。

 ともかく、倫太郎はそんな考察もよそに、一つの単語に気を取られていた。

 

「複製の魔眼……視ただけで、あらゆる魔術を模倣する……」

 

「どしたんや、倫太郎クン?」

 

「少し考えがある。僕の考えが正しいなら、その魔眼にもできないことはあるし……勝算があるかもしれない」

 

「今からそいつに挑もうっていう私達が言うのもなんだけど……相手は前世紀から生きてて、それも時計塔と敵対してるとんでもない魔術師なのよね? そんな奴に弱点が存在するの?」

 

「多分ね。もっとも、その弱点をさらけ出せるのは──」

 

 倫太郎は無意識に声を小さくして、揺れる車内で考えを述べる。

 しかし、その瞬間だった。

 

 

「──────ッ‼︎」

 

 初めて。

 車の上で微動だにしなかった士郎が、動く。

 魔術回路の起動を一息で終え、投影。選択する武装は向こうに合わせた赤原猟犬(フルンディング)。かの英雄ベオウルフが振るいし名剣を、今一度蘇らせる。

 

「──……っ、来た‼︎」

 

 数秒の差をおいて、ハンドルを握る凛が放たれた赤の輝きを目視する。それと間を置かず、車の屋根で赤の閃光が瞬いた。

 躊躇いもなく、迎撃の一矢が放たれる。

 高空を裂きし二条の閃光。鏡写しの如く同一の射線を描く(ふた)つの閃光は、音速すら越える神速をもって肉薄し──、

 

「「「…………‼︎」」」

 

 同一の(せんこう)が、大塚の夜空で激突した。

 

 膨れ上がる爆炎、撒き散らされる轟音。闇に沈む大地が赤く照らし出され、吹き抜ける空気に微かな熱が混じる。

 

 ──そして。

 その激突を開戦の銅鑼と受け取ったかのように、ひとつの彗星が空を割って姿を現した。

 それはまるで翠色の落雷。黒雲を突き破って仙天島に肉薄する飛行戦艦(ヴィマーナ)は既に、標的に対する照準を終えている。

 

「あれ……お兄ちゃん‼︎」

 

 反射的に楓が叫ぶ。その叫びに応えるように、戦艦内部で無限に等しい加速と凝縮を繰り返した蒼雷の束が、雨の如く放たれた。

 空間が軋みをあげる。

 あらん限りの魔力を注ぎ込んだ、と言わんばかりの大火力が、惜しげもなく降り注ぐ。

 対象は逃げる事も隠れる事も出来ない。ただ、仙天島は静謐を保ったままにその砲撃を迎え撃ち──大気を震わせて、その全弾が仙天島へと突き刺さった。

 再度、規模を増して撒き散らされる超高熱と暴風。それは未だキロ単位の距離を挟む凛たちの自動車にすら襲いかかり、順調に加速していた自動車ががくん、とバランスを崩す。

 それを巧みなハンドルさばきでいなしながら、凛は爆炎に飲み込まれていく島のシルエットを凝視した。

 

 ────無傷(・・)だ。

 

 聳え立つ純白の巨樹には、一片の焼け焦げすら見られない。

 流石は神代の魔女が築きし結界。いくら羅刹王の戦車であれど、そう簡単には破れない。黒煙が立ち込めた事で、仙天島と天月の塔を覆う無色透明の魔力壁が、倫太郎達の目にも微かに見えた。

 

「…………ッ‼︎」

 

 その間にも、前哨戦は熾烈さを増し始めていた。

 空に放たれ続ける無数の閃光。その全てが正確無比にこちらを穿たんと降り注ぐ致死の雨。それも単調ではない。弓兵(アーチャー)は幾度となく鏃の種類を変え、息もつかせずに撃ち放つ。

 まるで士郎(こちら)の限界を測るような不気味な攻勢。

 考えている暇はない。

 理屈に従っている猶予もない。

 全ては直感と反射だ。迫り来る光の雨に対し、それらを瞬時に読み取り、形にして、これまた正確無比な照準を終え、撃ち放つ──。

 一つ一つが再現すら困難な守勢。

 しかし、彼はその神業を瞬き一つせずに終わらせ、

 

「舐めるなよ、アーチャー……‼︎」

 

 全く同一の(けん)をもって、その全てを叩き落とした。

 

 断続的に周囲で巻き起こる迎撃の爆発。

 轟音に混じり、剣が砕ける破砕音がこだまする。

 その中。舞い落ちる火花と剣の破片の中を、しかし決してスピードを緩めず、乗用車は駆け抜けていく。躊躇いはない。衛宮士郎はこの車を守り抜けると、運転手に確固たる自信があるがゆえに。

 

 

 

 

 ──俺が仙天島に放った全力の砲撃は、しかし、結界を破壊するには不十分だったらしい。

 島から聳え立つ高さ数百メートルの巨樹、それよりもさらに高い場所にいても、あの島と塔に傷一つ付いていないことくらいは分かる。

 舌打ちをして、大きく旋回。音速をとうに超えた速度でもって、再度仙天島への爆撃を試みる。

 しかし──、

 

「ッ⁉︎」

 

 ぞくりと背筋が総毛立つ。その感覚に従って、俺は全力でヴィマーナの進路を捻じ曲げた。物理法則を無視した挙動で、ほぼ直角に進路を折り曲げる。

 直後。地上にて、凄まじい魔力が咆哮した。

 そこから放たれたのは巨大な闇だ。天を貫く巨槍のように、それは俺を狙って縦横無尽に振るわれる。僅かでも触れれば蒸発は間違いない。こちらを叩き落とさんと唸る闇の奔流を、紙一重で避け続ける。

 

「ぐ……くッ────オぉぉぉぉぉッ‼︎」

 

 僅かに右翼が掠り、急激にバランスが崩れる。

 それでも耐えた。その傷を代償として仙天島に肉薄し、再度スロットルを全開にしてこちらが持てる全火力を注ぎ込む。

 二撃目。それらも、外しようがなく全てが命中した。

 瞬間的に膨れ上がる爆炎。それに伴い、島と巨樹を覆う結界に大きな亀裂が入るのが見て取れた。

 

「あと一撃、与えられれば……‼︎」

 

 しかし、剣士(セイバー)と思しき英霊の猛攻は続く。

 この恐るべき威力は、チャンドラハースによる一撃すらも凌ぐだろう。前に聞いた話では、敵のセイバーの正体はかの円卓の王。つまり、あの剣の正体は「約束されし勝利の剣(エクスカリバー)」。聖剣という区分において頂点に座す神造兵装だ。

 そんなものと真正面から戦う勇気はない。

 今は全神経を操縦に傾けて、こちらを捉えんと放たれ続ける闇の奔流を避けて、避けて、いつか来ると信じて攻撃の機会を見計らう。

 しかし──、

 

「うッ……⁉︎」

 

 眼下にもう一つ。最強の聖剣に匹敵する莫大な魔力の渦が、こちらに照準を合わせているのが見えた。

 

「ライダー…………ッ⁉︎」

 

 空気が揺れる。聖剣とはカテゴリの違う、人類全てを粛清せんとするかの如き神がかった「圧」が、俺の両肩にのしかかる。

 これは知っている。

 セイバーの記憶を参照せずとも、この気配は記憶にある。

 ライダーと始めて交戦した時に見たものだ。尋常ならざる圧をもった、獰猛に蠢く三叉の雷槍。アレが今、こちらに放たれようと蠢いている。

 セイバーはアレを、「神の武器」と呼んでいた。

 今ならその正体が、そのデタラメさが理解できる。あの槍は間違いなく、主審ゼウスが振るったとされる神の武器──すなわち、「雷霆」と呼ばれる究極の破壊兵器であると。

 聖剣と雷霆の二重攻撃。慈悲も情けも油断もなく、こちらを跡形もなく消し飛ばさんとする気概が伝わってくる。

 

(ま、ず──い……ッ)

 

 雷霆の方なら耐えられるかもしれない。だがヴィマーナの方が耐えられないし、その後に聖剣を受ければ、俺は跡形もなく消滅する。

 とはいえ、どちらも回避するのは至難の技だ。向こうの二騎はどちらも強力な英霊だ、それほど甘くはないと直感で判別できる。

 そもそも──「結界を破る」という俺の仕事が、まだ果たせていないままだ。

 僅かな時間の逡巡が命取りとなった。

 閃光と闇、相反する二つが牙を剥く。魔力も大気もかき混ぜて、それらは俺を飲み込まんと放たれて──‼︎

 

「………………っ‼︎」

 

 もう駄目か、と目を瞑ろうとした瞬間。

 攻撃が、消えた。

 巻き起こっていた超規模の魔力。その二つのうちの一つが、ぴたりと止んだのだ。

 

「な────」

 

 放たれたのは、騎士王が持つ聖剣のみ。

 これなら回避は間に合う。思考と同じ速度で動くヴィマーナは再び物理法則を無視した挙動を見せ、機首をありえない方向に捻じ曲げて、黒の濁流を間一髪回避する。

 時間はない。

 ただ、己がするべきことのみを、頭の中に思い描いた。

 刹那の肉薄を経て、ヴィマーナが三度目の絶叫を放つ。放たれた蒼雷は迷うことなく一直線に、仙天島を覆う結界に突き刺さり──、

 

 

「これで、潰れろ────ッ‼︎」

 

 その閃光は、確かに壁を突破した。

 

 開いた亀裂を中心とした破壊は断続的に広がり、無色透明の「壁」が、確かに崩れ落ちていく。今や仙天島に張り巡らされた結界は消失し、本丸はここにその全容をさらけ出した。

 今こそ勝機と、セイバーの直感(カン)が告げている。

 ぐん、と魔力を回して加速する。旋回ももどかしく、縦に天を回るアクロバット飛行を経て、機首を再度島の中枢へと向ける。

 砲撃準備完了。体を前のめりに、俺は全火力を叩きつけてやると操縦桿を握りこんだ──が。

 

 その寸前。

 視界の横に、ありないものを見た。

 

 機体側面に強い衝撃。進路が横に逸れ、放たれた蒼雷は湖面に着弾して爆炎と途方もない水量を打ち上げる。

 俺は慌てて機体の進路を修正しつつ、首を捻って後方を確に、

 

「な」

 

 そこに、今度は迫り来る剛刃があった。

 

 ほとんど何も考えずに体を前へ。間一髪のところで断頭は避けるも、逃げ遅れた髪がその一閃に巻き込まれ、寸断されて宙を舞う。

 前に屈んだ勢いのまま飛び起きるように身体をひねり、座した状態から、その敵対者に向かい合う。

 しかし、その威容に、俺は言葉を飲み込んだ。

 

「………………オマエが、」

 

 それは巨人だった。

 全身を爛れた黒に染め上げた、隻腕の巨人がそこにいた。

 

「邪魔をするか、バーサーカー……‼︎」

 

 ──あり得ない、と思う。

 なんせ、この巨人は純粋な筋力によって空に跳び上がり、神速で飛び回るこのヴィマーナを捉えたのだ。いかに俺の意識外だったとはいえ、言葉に表すとそのふざけた身体能力がよく分かる。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッ‼︎‼︎」

 

 バーサーカーがつんざくような咆哮をあげる。

 赤熱したかのように膨れ上がる四肢。巨獣は唸りながら、残った片腕で大剣を振り上げる。

 

「う、く…………」

 

 あまりの音圧に震える肌、力の抜ける手足。

 

 その圧だけで、怯みそうになった。

 この敵に標的にされたという事実に、気絶しそうになった。

 勝てるわけがないと、自分で死を選びそうになった。

 

 それでも、歯を食いしばって睨み返す。負けられない。何が何でも退くわけにはいかない。この大英雄(てき)を越えない限り、俺はセイバーのもとに辿り着けはしないのだから。

 ならば立て。

 覚悟は揺るぎなんてするもんか。俺は、絶対に──、

 

「────そこを、どけえッ‼︎」

 

 震える手足を叩き、全身の回路を全開に。

 せめて気持ちだけは負けまいと、俺はバーサーカーに向かって勢いよく走り出した。

 

 

 

 

「いける……‼︎」

 

 仙天島に続く唯一の橋へと、自動車は全速力で向かっていた。空を駆けるヴィマーナの砲撃により、行く手を阻むものは消滅している。

 戦場へと伸びる橋へと差し掛かる。しかし──、

 

『踏み込み過ぎだ』

 

 そんな呟きを聞いた気がした。

 天高く聳える白の巨樹。その枝先にて弓を構えるアーチャーの狙いは依然として変わらぬまま、ただ一本。標的から大きく逸れた(・・・・・・)矢が放たれる。

 降り注ぐ連射の中に本命の一射を隠す必殺。

 士郎はアーチャーの意図を読み取るも、こちらに降りかかる矢の雨が、その僅か一射を覆い隠す。そうして、それは狙いを外して士郎たちの眼前へと着弾し──、

 

「ぐ──……ッ⁉︎」

 

 橋の中心へと突き刺さり、刹那。

 既に橋の基部へ仕掛けてあった爆薬に着火し、何倍もの爆風となって橋を揺るがす。爆発は連鎖的に広がっていき、橋に差し掛かっていた凛達の自動車すらも巻き込んでいく。

 それがアーチャーの用意した策。

 こちらの攻撃を向こうが防ぎきる事を予期し、敢えて左右への逃げ場の無い橋へと誘導してから、必殺の一撃で橋もろとも消し飛ばす。たとえそれを予測しようと、連続射撃によってそれを妨げる周到さも備えている。

 直撃。爆炎は間違いなく、士郎達が乗る乗用車を粉砕した。

 

 そして──、

 

「────白虎‼︎」

 

 唸る炎熱を切り裂いて。

 五人全員を乗せた純白の巨虎が、颯爽と姿を現した。

 

『…………‼︎』

 

 キャスターの十二天将が一。白虎は力強く跳躍し、崩落した橋をたやすく飛び越えて、ついに仙天島への侵入を果たす。

 速度は緩めない。

 そのまま木立の間を駆け抜けて、白の巨樹へとひた走る。

 

「見えた……目指すはあの頂上よ‼︎」

 

 近くに肉薄すると、その巨大さを皆が一様に感じ取った。天を衝くような超巨大構造物は、その威圧感のままに聳え立っている。

 幅は50メートル、高さは200メートルを超えている。

 この、樹木に酷似した歪な光塔を登りきった先に、この戦いの黒幕が控えているのだろうか。

 

「セイバーのもとに向かうのは彼‼︎ 残る連中に正面から挑んでも勝ち目はないわ、私達は健斗君がセイバーに接触するまでの時間を稼ぐことに注力するわよ‼︎」

 

 全員が頷く。敵のサーヴァントはアーチャーを除いて可能な限りキャスターが抑え込むが、それでも戦力は絶望的に不足しているのが現状だ。真っ向から勝利できる可能性はかなり低い。

 そして──鬱蒼と茂る木立を越えた先。

 天月の塔を登る入口が見えた瞬間、全速力で走っていた白虎が、初めて大地を蹴り飛ばして回避行動をとる。

 

「うわ……ッ⁉︎」

 

 その直後。さっきまで彼らがいた場所を、極黒の一撃が駆け抜けていく。木立を消しとばし、島そのものを半壊させんばかりの一撃が、様子見とばかりに放たれたのだ。

 

「エクスカリバー……セイバーか‼︎」

 

 闇色の瘴気が立ち込める中、塔の前に門番の如く立つ騎士の影を、白虎に乗る士郎は確かに目視した。

 少し離れた場所に五人を降ろし、白虎は勇ましく騎士王へと飛びかかる。させまいと降りかかる矢の雨は、しかし士郎の迎撃によって弾き返された。

 

「────確認できるサーヴァントは⁉︎」

 

「セイバー……アーチャー……それだけだ‼︎」

 

 士郎が返答する。

 門番として待ち構える英霊の影は一騎。そして先の援護射撃からするに、アーチャーも頭上に控えている。

 

「残っとるんが二騎と思わんほうがええ、まだまだ隠れとる可能性もある‼︎」

 

 猶予など与えぬとばかりに、腹に響く凄まじい爆音を撒き散らして、再び騎士王の聖剣が放たれる。

 地面が融解していく嫌な音。エクスカリバーの二連発により、既に踏みしめることができる足場はかなり狭まっている。強固なはずの大地が揺れているのを感じ取って、倫太郎は舌打ちした。

 

「っても……アイツ、この島ごと僕らを沈めんばかりの勢いだけど‼︎」

 

「……キャスター‼︎ 今すぐ宝具でセイバーを封じ込んで‼︎ このままあのバカ火力をここに放置したら、私達ここで全滅する‼︎」

 

「しかし、せめて二騎くらいは僕が──」

 

「いいからっ‼︎ ここで悠長してたら全滅する‼︎」

 

「むっ……‼︎」

 

 協議を重ねる時間は残されていなかった。

 眼前で、熾烈に激突を繰り返していた白虎の右前足が、黒の聖剣による一太刀をもって断ち切られる。

 しかし、白虎は神霊に名を連ねる程の使い魔だ。万全には程遠いとはいえ、それだけで地に倒れ伏すほど脆弱ではない。右前足を犠牲にセイバーの胴に食らいつき、そのまま地面に叩きつける。

 

「────了解や。かの騎士王は僕に任せえ」

 

 ざっ、と地面を踏みしめて、キャスターは一歩前に出た。

 

「楓ちゃん。僕の方が上手くいけば事もなし、ただ、ちと手間取った場合は……打ち合わせ通りに。ええな?」

 

 神妙な顔で頷く楓の、ほんのすこしの翳りを見て、キャスターは困ったような笑顔を浮かべた。

 

「なに、君が気に病むことはない」

 

「…………!」

 

 楓は何かを言いかけようとして、やめる。

 それを言ってはならない。ここで変な事を言えば、彼の足を鈍らせる。故に彼女は、その言葉を飲み込んでから──、

 

「キャスター」

 

 声が空気を震わせる。

 小さな声で、しかし彼に届くようにはっきりと、彼女は告げた。

 

「アンタこそ遠慮はいらない。こっちは気にせずに、私の全てを使っていい。だから……負けたりしたら、許さないからね」

 

「んじゃ、勝ったら何かしてくれるかいな?」

 

「おせんべいを好きなだけ買ってあげる。嬉しいでしょ?」

 

「はは。十分や」

 

 そう言って、キャスターは少しだけこちらを振り返った。

 目と目が合い、その奥に映るものを見た、その瞬間。

 

「その願い、確かに承った。この全霊をもって、我が主(きみ)に勝利を捧げよう」

 

 ──その瞬間、楓は信じられないものを見た。

 そこにいたのは、こちらを見て微笑を浮かべたのは、確かにキャスターであってキャスターではなかったのだ。

 意味が分からない、と自分でも思ったけれど、あの瞳は絶対に、楓がよく知る彼のものではなかった。

 

 そして──、

 それでもなお、「彼」と同じ優しさをたたえた瞳だった。

 

式神跋祇(はっし)

 

 白虎に喰らい付かれたセイバーは、強引に聖剣を構え、その口腔に向けて解き放った。頭蓋から腹部にかけてを闇の奔流が駆け抜けて、白虎の身体が粉々に四散する。

 しかし、その隙をキャスターは確かに捉えた。

 宝具が起動する。それは術者と対象を丸ごと「世界の裏側」へと引きずりこむ、陰陽術というカテゴリの最高到達点。その名は──、

 

「陰陽ノ極────‼︎」

 

 そして、世界が裏返った。ほとんど無音のままに、眼前のキャスターとセイバーの姿が搔き消える。

 見えざる世界の裏側へと、彼らは転移を果たしたのだ。

 

 

 

 

 人のいない空間を、生ぬるい風が吹き抜けていく。そこにいたはずのサーヴァントの姿は、もうどこにもない。

 楓は唇を噛み締めて、誰もいなくなった塔の入り口を睨む。

 

「────上だ‼︎」

 

 と。楓が反応できない角度と速度をもって、頭上から飛びかかる一つの影があった。

 黒混じりの赤い外套がたなびく。振るわれる一対の夫婦剣は、しかし、楓を突き飛ばした士郎によって防がれた。

 甲高い金属音が響き渡る。

 夫婦剣に対抗するは夫婦剣。二対となった干将・莫耶が、零距離で噛み合い火花を散らす。その先に対峙する男は、間違いなく──、

 

「アー……チャー……‼︎」

 

 褐色の肌には亀裂が走り、赤の外套はところどころが黒に染まっている。されど、その顔は、眼前に向かい合う衛宮士郎とほぼ同一。

 思わず、凛の口からその名が漏れた。

 アーチャー。十年前、彼女と最後まで聖杯戦争を駆け抜けた英霊。

 それが時を経て、こうして今一度姿を見せた。今度は凛の味方ではなく、考えられる限り最悪の敵として──。

 

「──……文句は後だ。まずはお前を打ち負かす」

 

『フ……』

 

 重なる双影。

 それ以上の言葉は不要とばかりに、四つの刃が激突離散を繰り返す。熾烈に争い始めた二人を前に、凛は冷静さを保ちつつ、

 

「二人とも、アイツは私たちが引き受ける。巻き込まれる(・・・・・・)から、二人は出来る限り距離をとって」

 

 倫太郎と楓にそう警告した。二人は何に巻き込まれるのか、という疑問はあったものの、素直に距離をとって離れる。

 助力する気にはなれない。あの二人に余人の介入を許さぬ因縁があるという事は、言葉にせずとも伝わってきた。

 

「ありがと。貴方たちも気をつけて」

 

「──……そちらも、気をつけて」

 

 お互いに頷きあって、凛と倫太郎、楓の二人は互いの方向に踵を返す。倫太郎たちが向かうのは、門番の消えた塔の中だ。

 後ろ髪を引かれる思いを断ち切って、二人は勢いよく駆け出した。

 

 

 

 

 ……石狩仙天島。

 ここは浄水施設と運動公園を備えた龍神湖のほとりに浮かぶ人工島、という認識が一般にはなされているが、それは違う。正確には、この地下に存在する龍脈を保護する目的で作られたのだ。

 こそれほど大規模な保護を必要とする程に巨大で、かつ繊細な龍脈が、この島の地下深くに眠っている──それは、倫太郎にも楓にとっても周知の事実だ。

 

「手早く済まそう。時間をかければかけるほど目立つ」

 

 倫太郎と楓の役割はただ一つ。

 この天月の塔を登るのではなく下ることで、敷設されているであろう大聖杯の基盤システムへと向かい、それを破壊することだ。

 当然ながら、倫太郎にその力はない。大聖杯は聞くところによれば超抜級の魔術炉心だ。そんなものに一撃でカタをつけるのなら、せめて対軍宝具に匹敵する宝具が必要になるだろう。

 

「……幸い、キャスターが必死に用意してくれた秘密兵器(ばくだん)があるからね。仙天島の地下空洞は冬木のそれに比べれば小さめだから、今の装備だけでも崩落させられると思う」

 

「アイツの目測は完璧よ。できないことはできない、ってキャスターは言うし」

 

 キャスターの「道具作成」の技術は、英霊達に遠く及ばない倫太郎達にとって大きな武器になる。

 用意した陰陽札を残らず起爆させれば、大聖杯が眠る地下空洞ごと、全てを終わらせることができる筈だ。

 慎重かつ素早く、二人は木陰から木陰へと身を移し、少しずつ人の消えた塔の入口へと進んでいく。しかし──、

 

「「──……‼︎」」

 

 ──ぴたりと足が止まる。

 前に動かんとする足が、生存本能から停止する。

 あと塔の入り口まで数十メートルもない。

 それなのに、喉が渇いて息すらも止まりかけた。

 

「歓迎しよう。大塚の主よ」

 

 ゆっくりと、荘厳さすら感じさせる歩調で姿を現した一人の女が、その黄金の瞳でこちらの木陰を視ていた。

 仙天島の主、アレイスター・クロウリー。

 顔を見たことがなくとも直感で判る。全身の細胞が危機回避にざわめく感覚が、その事実を明確に伝えてくる。

 これだけは間違いない。

 確実に、この女は危険である、と。

 

「とはいえ──貴様には悪いが、もてなしをする時間も余裕もない」

 

 擦り切れたローブをたなびかせて、女は歩みを止めずに語り続ける。ぞっとして、倫太郎は咄嗟に腰の木刀に手をかけた。しかし、

 

彼女(まおう)の目覚めは近い。これ以上、邪魔はしないで貰おうか」

 

 直感的な絶望が脳裏をよぎる。

 煌々とクロウリーの両眼が輝いた。それは確かに倫太郎へと標準を終えていて、その事実は死の予感となって背筋を駆け抜ける。

 

(────ま、ず)

 

 そこまで考えるのが精一杯だった。

 平凡な人の身で、迎撃も回避もできるはずもなく──音速を超えて放たれた閃光が、彼の身体を貫いた。

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