Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

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八十五話 無限の剣製 : Unlimited Blade Works

 ──幾つ、迫り来る剛刃をすり抜けたのだろう。

 

 鼓膜を揺るがす咆哮は絶えず。

 こちらを粉砕せんと唸る大剣を、紙一重で避け続ける。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■‼︎‼︎」

 

 憤怒の巨人──大英雄、ヘラクレス。

 それを前に、俺は勝機の見えない戦いを続けていた。

 

「お──ああああああああああああああああッッ‼︎‼︎」

 

 敵は隻腕だ。だというのに、その攻勢に付け入る隙がない。

 言葉にするのも馬鹿らしいほどの膂力と速度が混在する猛攻。気を少しでも緩めた瞬間、致命的な一撃が心臓を粉砕しかねない。

 歯をくいしばって、振るわれる大剣に手を合わせ、

 

「──……く‼︎」

 

 ──その一撃を、いなしきった。

 セイバーは剣士である以前に武を極めた戦士だ。素手での格闘とて、彼女は超一流の次元でこなしてみせる。その力を借りているだけの俺でも、なんとか模倣は可能らしい。

 とはいえ──こんな無茶が通用しているのは、セイバーの「加護」あってのものだ。

 神性を持つものによるダメージを大幅に軽減するこの恩寵でもなければ、今ので俺の肉体は挽肉になっている。

 

「■■■■■ッ⁉︎」

 

 一歩踏み出して拳を握り、初めてこちらから攻撃に出る。

 セイバーの加護は防御のみならず攻撃にも適用される。であれば、この巌のごとき巨体にも、こちらの攻撃が通じるかもしれない。

 やることは一つ。

 獰猛に吠える蒼雷を纏わせて、一直線にバーサーカーを打つ‼︎

 

「──────」

 

 驚くくらいにすんなりと、その結果は明らかとなった。

 拳は硬い胸筋に阻まれて止まっている。

 効いていない。

 俺の攻撃など無いかのように、巨人はこちらを睨んでいた。

 

「つ゛⁉︎」

 

 ゴバン‼︎‼︎ という凄まじい音とともに、俺の腹に強靭な右脚が突き刺さる。まるで人間でサッカーボールするかのようにそいつは俺を振り回すと、空中に向けて思い切り蹴り飛ばした。

 内臓が破裂して血が口から溢れ出し、視界は衝撃のあまり壊れかけの蛍光灯みたいにちかちかと点滅する。

 

「──ぎっ、あ────‼︎」

 

 百メートルはぶっ飛ばされて、固い土すら抉って墜落した。

 背中がめちゃくちゃに裂けて血が噴き出す。激痛に失いかける意識を繋ぎとめ、血反吐を吐いてでも立ち上がった。

 前に視線を向ける。

 狂戦士は健在だ。ヴィマーナを用いた自爆攻撃で一回は殺せたものの、それ以上、あんなバケモノを素手で殺せる気がしない。

 

「くは……はっ、はっ……」

 

 口元の血を拭って考える。

 確かに殺せる気はしない。けれど、まだ何かある。

 戦士としての直感が、まだ手はあると告げている。

 

「……武器。アイツを倒す、武器さえあれば」

 

 否、最初から分かっていた。分かっていたけれど、最後まで「この手段」は温存しておきたかったからこそ、選択肢に入れまいとしていた。

 もし、この考えを実行に移したのなら。

 俺の魂にかかる負荷は加速度的に増し、きっと、生きて明日を臨むことはなくなるだろう。元より彼女に救われた命、それでセイバーを助けられるのなら構わない。けれど、あの塔の頂上に辿り着くより速く、俺は燃え尽きるかもしれない。

 その「もしも」を考える頭が、実行に移そうとする体を押し止める。

 それでも現実は明白だ。

 後先考えるようじゃ、到底この大英雄は打倒できない。

 全身全霊を賭けなければ、奴には届かない。

 

「……ああ」

 

 目を閉じて、覚悟を定めた。

 血濡れの片手をだらりと上げ、心臓で脈打つもう一つの「魔王」に全ての意識を集中する。魔力は全開に、残量は気にしない。ただ、己が全てを懸けてあの男を打倒する。

 自殺行為だ。

 一際強く心臓が跳ね、脳裏がどろりと湧いて出た真っ黒な感情に埋め尽くされる。うるせえ何が自分だ知ったことかとにかく殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せこの男を殺せ今すぐに、

 

「だま────れ────……‼︎」

 

 自己が希釈されていく感覚に抗って、奔流の奥へと進んでいく。

 

 必要となる武器。英雄を倒すための剣。

 

 そんなもの、最初の最初から決まっている。

 

「其、は────」

 

 バーサーカーが大地を蹴る。見上げるような巨体に似合わぬ、疾風のごとき敏捷性だ。筋肉の塊は瞬く間に最高速へと達し、一直線に、俺を叩き潰さんと迫ってくる。

 それを見て、なお俺は掌に一層の魔力を注ぎ込んだ。

 過剰暴走した魔力は溢れ出し、蒼雷となって空間を焼く。

 俺の身体のところどころが耐えきれずに崩壊し、そして、以前の傷ごとまとめて再生していく。

 

「破壊神より賜りし、月の刃────‼︎」

 

 羅刹王(おれ)の蒼雷が炸裂した。

 右腕が痙攣し、その掌の先に一振りの長剣が顕現する。

 

 ──艶やかな幅広の刀身。その色は蒼。

 

 命を賭して、到達した。

 それは偽銘。もう一振りの月の魔剣。

 持っているだけで右腕から黒に染まる。この剣は危険だ。彼女の、セイバーの背負うものが全て籠められている。視覚もおかしくなり始めたのか、腕を伝って何か黒い靄が這い上がってくるのが見える。

 

「が────ッ、はっ──は──……」

 

 今すぐにでも暴れ出そうとする利き腕を左手で押さえ込み、かつて見た彼女と同じように立つ。

 左足は前に、右足は半歩後ろに。

 こうしている今も、凄まじい力が内臓背骨脳髄神経の中で全てを破壊し尽くさんと荒れ狂っているのが分かる。

 「人の身で宝具を使用する」禁忌の反動。ヴィマーナを模倣した時と同じだ。ぞわぞわと這い上がる狂気は幾万の蟲の如く、俺の右腕を突き破って体内を侵食し、精神を乗っ取ろうと蠢いている。

 一寸先か、それとももう少し先か。

 少なくともすぐそこにある限界点を超えれば、俺という存在を定義付けている魂そのものが壊れ、俺は死に絶える。

 こんな無茶ができるのは、きっと、あと一回限り。

  

 ならば解決策は一つしかない。

 こちらが死ぬ前に、敵を殺して乗り越えるのみ。

 

 ──この剣は偽にして真。

 

 「羅刹王」が召喚される際、その手には必ず「月の刃」が握られている。否、握られていなければならない。

 この剣が彼女の象徴武器である限り、「召喚された羅刹王には必ず月の刃が付属される」という因果関係が成立する。

 そして、この身は今や彼女と同質だ。

 つまり。羅刹王(おれ)が、この剣を握っていない筈がないという因果が成立する。

 限りなく禁忌に近い裏技。それでも、名前を呼ぶだけでこの剣は完成を迎える。俺という存在を主人と認め、その力を解き放つ。

 

 千切れそうな意識の中。張り裂けそうな狂気の中。

 叩きつけるように、懐かしむように──、

 

 

 

 

偽銘(イミテーション)煌々たる月蓋の夜刃(チャンドラハース)‼︎」

 

 

 

 

 其の真名()を謳い、

 言葉を以って、我が力と成す──────‼︎‼︎

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■────ッッッッ‼︎‼︎』

 

 疾風の岩塊と化した狂戦士が跳び、手にした大剣を大上段に振りかぶる。迫り来るは大地をも殺す神の一撃(ギガントマキア)

 重量、速度、加速度。全てが存分に乗った渾身の一撃。

 それを受け止める。

 否。受け止めた上で、真正面から越えてみせる──‼︎

 

「ぅ、おおお──おおおおおおおおおおおッッ‼︎」

 

 震える唇で咆哮を上げる。神話の英雄に、真っ向から挑戦する。

 ボロボロの右足を踏み出すと同時、その足裏に全体重を預け、

 

「らあぁぁぁぁぁぁッッ──‼︎」

 

 全身全霊の力で、手にした奇跡を振り上げた。

 

 激突があった。撃滅があった。

 この世全ての物理エネルギーを掻き集めてきたのかと錯覚する程の莫大な力が空間一点、剣と剣が交わされる箇所のみに注がれる。

 軋む身体、微かな破砕音と共に砕ける腕。

 だが──其処止まり。

 停止する。負けない。押し潰されたりなんてしない。煌々と輝く月の刃は、確かに英雄の一撃に拮抗している──‼︎

 

「ぐ──ぁ、は──ッッ‼︎‼︎」

 

 刃を滑らせ、受け止めた大剣を横に流す。

 力の矛先を失い、重力に従い落下してくる巨体。

 対し、此方は剣を振り上げ、その到来を待ち望む。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■‼︎‼︎』

 

 だが、大剣から手を離したバーサーカーは俺の反撃を避けるように体を捻り──、

 

「ッ……⁉︎」

 

 対空を切り裂いた俺の一撃は宙を斬り、

 ボウリングの球みたいな巨大な拳が、俺の顔面を粉砕した。

 

「が──────」

 

 鼻が折れた。

 目が潰れた。

 頰が砕けた。

 

 意識が遠のく。最後の刹那、事を急いで油断した。

 だがそれくらいは覚悟の上だ。最初から上手くいくなんて思ってはいない。

 たとえ犠牲を払ってでも、無理矢理にこの剣を叩き込む──‼︎

 

「が……ぁ──おぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ‼︎‼︎」

 

 潰れた視界は無視し、渾身の力で、目の前の敵を斬り伏せた。

 凄まじい烈風が渦巻き、岩より硬い何かを断つ感触を受け止める。

 

 ────殺した。

 

 腕から脳髄を駆け抜ける感覚。

 再生していく眼球が、確かに崩れ落ちる巨人を視界に映す。

 そして──、

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■‼︎‼︎』

 

 こちらも再生する。肩口から一太刀で斬り捨てたはずの巨人が、再び目に光を灯して立ち上がる。

 

「ごは……ひゅ、ぜえ、ぜえっ……」

 

 ──もし、奴が全快の状態で立ち上がってくるのなら。

 それこそ勝ち目はない。反則に反則を重ねた今でさえ劣勢なのだ。きっと俺はなすすべなく潰されて、心臓の宝具も破壊されているだろう。

 だが、そうはならない。

 如何なる武器によるものなのか。綺麗な断面を残して切断された右腕(・・)だけは、決して再生しようとしない。

 

 誰かの遺した傷は、確かに俺の命を繋いでいる。

 

「────おあああああああああッ‼︎‼︎」

 

 その事実で心を鼓舞して──残り9つの命すら削り取らんと、俺は見慣れた蒼刃を握り締めた。

 

 

 

 

 ──重苦しい剣戟の音は、絶え間無く響き渡っていた。

 大地を踏みならして、二つの影が離散と激突を繰り返している。周囲を飛び交う無数の剣はいずれもが贋作にして必殺。剣と剣が激突するたび、熾烈な爆風が撒き散らされる。

 

「『投影(トレース)開始(オン)──‼︎』」

 

 二人の回路に紫電が走り抜け、同時。全くの誤差もなく、彼らは赤と黒の入り混じった長剣を振り抜いた。

 卓越した技量で噛み合う刃と刃。

 無数の火花が飛び散って、士郎の方が圧されてやや後退する。

 さらに踏み込む弓兵。大上段の一撃をもって、迎撃の一刀もろとも叩き斬らんと長剣が唸りを上げる。しかし──、

 

『──────‼︎』

 

 地面を蹴って距離を置きなおす。優位を自ら捨てるような愚行だが、それには意味があった。

 

Es last frei(解放),Eis,Hammer(氷の槌)‼︎」

 

 飛び退いた場所に落ちた蒼の宝石が、爆ぜる。

 それはギリギリのところで弓兵を捉え損ね、赤の外套が風を受けて膨らんだ。靴底で地面を削って速度を落とし、彼はもう一人の敵対者に目を向ける。

 

「────おおおおおおッ‼︎」

 

 そこに、間髪入れず士郎が飛びかかる。

 握られる武器は干将・莫耶、放たれたのは目視すら困難な四連撃。

 いずれも渾身、四肢を断つには十分な威力。

 しかしそれを、アーチャーは同一の剣技をもって弾き返した。火花を越え、零距離で鍔迫り合う二人は、額と額をぶつけ合わんばかりの距離で睨み合う。

 

「テメエ──────‼︎‼︎」

 

 士郎の背後から立ち上る怒気は、目を凝らせば見えそうなほどだ。

 しかし弓兵は意にも介さず、押し込まれる双剣を受け流す。生まれた僅かな隙間に前蹴りをねじ込み、蹴り飛ばすのではなく、士郎の身体を足場にするようにして彼は宙へと舞い上がった。

 投影──目にもつかせぬ早業であった。

 僅かな滞空時間の間に、黒の洋弓と直剣が握られる。着地と同時、士郎が開けられた距離を詰めるよりもなお早く、冷酷無比な射撃が牙を剥いた。

 

「か──ぐ────……‼︎」

 

 脳天めがけて放たれたそれを、士郎は重ねた干将・莫耶で受け止めた。

 しかし重い。重過ぎる。弓から放たれたことで威力を増したその一撃は、白黒の刀身をたやすく砕いた。咄嗟に首を全力でひねり、即死だけは免れる。

 

「────つ゛、あ‼︎」

 

 そこに一撃。

 がら空きの胴を薙ぐ形で、今度は日本刀を手にしたアーチャーが一閃を放った。

 同じ刀、同じ刃の投影を辛うじて間に合わせる。

 回路が限界を超えて駆動する苦痛。顔を歪めるも、斬り捨てられはしていない。じんと痺れる腕に力を込めて、鍔と鍔を噛み合わせる。

 

「はっ、はっ、はっ……‼︎」

 

『未だもって未熟だな』

 

 舞うように日本刀を操るアーチャーが、笑みを浮かべてそんなことを嘯く。

 

「うる──せえ……‼︎」

 

 その剣戟の嵐を防ぎながら、士郎は沸騰する頭で吐き捨てた。

 この男と斬り結ぶと、十年前の死闘を思い出す。どちらも譲れぬと泥臭く斬り合い、信じるものをぶつけ合った。かつての自分に立ち返っているのか、士郎の言葉遣いにも荒々しさが増している。

 

(集中を弛ませるな──可能な限り──全ての神経をもって、コイツを今度こそ斬り伏せろ──‼︎)

 

 舞い散る土塊の中、幾度刃はぶつかり合ったのか。

 手繰る武器は刀から神鉄のロング・ソード、天使の加護を得たレイピアへと変わり、やがて最も馴染む干将・莫耶へと戻っていた。

 弓兵の「未熟」という評は、しかし確かに正しい。十年の時を経た衛宮士郎でも、全力を振るうアーチャーとの間には、まだ埋められぬ僅かな差が存在する。こうして真正面から斬り合っていると、その僅差は、しかしありありと士郎の劣勢に現れていた。

 凛の援護が、その僅かな差を辛うじて埋めている。

 ここに彼女がいなければ、 今頃勝敗は決していただろう。

 

『ふッ‼︎』

 

 一息の間に振るわれる剣閃。二対の干将・莫耶がひときわ強く激突し、刀身を半ば残して砕け散る。

 ──攻めるアーチャーが動きを変えた。

 双剣の残滓を振り抜いたままに投げ捨て、再度「投影」。大きな横薙ぎの勢いを殺さずに身体を回し、こちらに一瞬背を向ける。

 

(────しまっ、)

 

 その隠された意図を悟る。

 だが遅い。翻った体が戻り、振るわれたのは絶世の名剣"デュランダル"。士郎の足元深くに踏み込んで放たれた回転斬りは逃すことなく、彼の身体を引き裂いた。

 

「が、あッ────⁉︎」

 

 初めてモロに受けた一撃に、視界が赤く明滅する。

 だが、その痛みに参るよりも、アーチャーの卓越した戦闘技術の方に参りそうになった。

 士郎とアーチャーの戦い方は全くの同一。しかしそこに僅かな差が存在する以上、士郎は守勢に追い込まれる。「弓兵の投影した剣を士郎が僅かに遅れて投影し、同軌道で迎え撃つ」という激突が、既に幾度となく行われてきた。

 それを悟り、アーチャーは策に打って出たのだ。身体を翻し、投影した剣を攻撃の寸前まで隠すことで、士郎の解析を封じ──投影よりもなお早く斬り伏せた。

 それは冷静な戦略眼と、卓越した──今の衛宮士郎であっても追いつけぬほどの──腕前を、アーチャーが有していることの証拠にほかならない。

 

「く、このっ──‼︎」

 

 凛が焦りの表情を浮かべ、追加の宝石を投擲する準備に映る。

 しかし、それを見て咄嗟に士郎は叫んでいた。

 

「ダメだ凛、伏せろ‼︎」

 

 ほぼ反射だった。その声に弾かれるように、彼女は駆け出す勢いそのままに地面に伏せる。伏せるというより顔から突っ伏すような格好だったが、しかしそれが功を奏した。

 甲高い金属音が響き渡る。

 それはいつのまにか投擲された干将・莫耶が円弧を描き、凛の首を左右から落とさんと激突した音だった。

 

「──────っ‼︎」

 

 数本後退するも、まだ手足は十全に動く。

 バネのように地面を蹴り飛ばし、再度、目の前のアーチャーに立ち向かう士郎。

 しかし──凛に警告を飛ばしたその僅かな刹那、彼から意識を逸らしたことが致命的だった。

 影が落ちる。

 弓兵に不釣り合いなほどの異様、眼前に高く構えられた巨大な斧剣が放つは、間違いなく──、

 

投影(トレース)……ッ⁉︎」

 

投影(トリガー)装填(オフ)

 

 遅い、と言外に嘲笑うかのような声色。ズン、と地響きすら聞こえるような重い一足の踏み込みをもって、アーチャーが予備動作を終える。

 

全工程投影完了(セット)──是、射殺す百頭(ナインライブズブレイドワークス)

 

 容赦なく。

 瞬きの間に、英雄の絶技が放たれた。

 射殺す百頭。人体急所九つを瞬きの間に打ち砕く、超神速の九連撃。

 迎撃は間に合ったようでいて、そうではなかった。

 斧剣を無理矢理に形にして、なんとか士郎は九つの破壊全てを迎え撃ったが、その強度は本物に遠く及ばない。衝撃はたやすく剣を砕き、そして使用者である士郎すらも吹き飛ばす。

 

「が、────‼︎」

 

 伝播した衝撃は、確かに彼の両腕を破壊した。

 ゴキン、という嫌な音とともに、尺骨に亀裂が走る。

 そのままかなりの距離をカッ飛ばされて、着地すらできずに転がった。地面が柔らかい腐葉土だったことがまだ救いだ。木の根に頭をぶつけつつも、士郎は息も絶え絶えでなんとか停止する。

 しかし──、

 

全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)

 

 攻撃はまだ終わっていない。

 ゾッ、という悪寒が首筋を駆け抜けて、士郎はその光景を見た。

 弓兵の頭上。滞空する無数の剣は既に照準を終え、放たれるその時を待っている。

 

「く、が──あ゛あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ‼︎‼︎」

 

 警句を叫ぶ暇すらなかった。

 ただ無我夢中で、軋みをあげる回路を回す。

 全ては無理だ。折れた腕を無理やり掲げ、可能な限りの剣を投影し、それらを全霊で撃ち放つ。

 剣と剣が交錯した。

 ドドドドドドドド──‼︎‼︎ という、鼓膜が機能しなくなるくらいの爆音が地面を揺らす。その中、迎撃が間に合わなかった数本の剣が、爆炎を越えて士郎の身体を切り刻んだ。

 

「ッ、ぎ──────」

 

 太腿、肩、腹、複数箇所から血が噴き出した。

 地面にぼたぼたと血をこぼしながら、士郎は顔をしかめて膝をつく。

 満身創痍。それでも、まだ命はある……‼︎

 

「はっ……はっ……‼︎」

 

 足りないのは理解させられた。

 投影。己の武器にして奴の武器。

 どちらにもこれしかない。同種同一の力を振るう以上、そこに開いた差を覆すのはより困難だ。

 ──そして、それを受け入れた上で考えろ。

 その不足をどう補い、どう凌駕するか。何をどうすれば目の前の敵を打倒できるのか。加熱する頭を回転させて、あるかも分からぬ答えを必死で探し出せ。

 

「────士郎!」

 

 声とともに、膝をつく士郎に凛が駆け寄る。

 だが駄目だ。

 アーチャーの攻勢には容赦がない。それより早く無理やり足腰に喝を入れ、大地を蹴って迫る刃を迎え撃つ。

 

『鬱陶しいくらいにしぶといのは今も変わらずか。だが、それだけでは私は倒せんぞ──‼︎』

 

 ──ギリギリギリギリ、と、力技に握りしめた干将・莫耶が押されていく。

 ダメージは酷い。気を抜けば今にも最後の守りを突破されそうで、地面を靴底が滑っていく。

 

「…………ああ。分かってるじゃないか、アーチャー」

 

 それでもなお、士郎はそう嘯いた。

 当たり前だ。

 十年前よりも、今の弓兵は尚強い。かつてと変わらないのであれば、あの戦いを僅差で乗り越えた士郎に勝てる道理はない。

 しかし──それは逆も然り。

 かつての自分よりも強くなったのなら。その理想を、より一層強く鍛え上げられたのなら。

 そこにはきっと、勝てる道理だって存在する‼︎

 

「────凛‼︎‼︎」

 

「ええ、任せなさいっ‼︎」

 

 士郎の声に応えて、彼女が最適の攻撃を放つ。

 それは弓兵の頭上で閃光を放つと同時、身体すら軽々と浮かせる暴風を解き放った。睨み合う二人はその中間点にあり、互いの体が弾かれて距離を置く。

 それによる外傷はない。

 しかし、この距離を取るということが、間違いなく最適の選択だった。

 

 

 

「────"体は剣で出来ている"」

 

 

 

 手を掲げ、囁くように紡がれた言葉。

 それは誰にも聞こえないほどの、小さな小さな音だったはずだ。

 しかし。直後、鼓動じみた音が周囲全てを揺るがした。

 それを聞いてアーチャーは悟る。そしてそれを知って尚、面白いと口の端を吊り上げた。

 或いは──この男の全てを見るのも悪くあるまい、と。

 

 

 

『────"I am the bone of my sword."』

 

 

 

 詠唱は二つ。

 同種にして異なる言葉が、空間に紫電を走らせる。

 

 

「"血潮は鉄で、心は硝子"」

『"Steel is my body, and fire is my blood. "』

 

「"幾たびの戦場を越えて不敗"」

『"I have created over a thousand blades."』

 

 

 回路全てに光が満ち、溢れて、この世界に注ぎ込む。

 身体を駆け巡る魔力。

 解放を目前に控え、それらは唸りを上げて昂ぶっている。

 

 

「"ただ一度の敗走もなく、ただ一度の勝利もなし"」

『"Unknown to Death. Nor known to Life."』

 

 

 慣れたものだ。身体の傷も、暴れ狂う魔力も、一切が意識の外に追いやられて、士郎の全ては一つの結実を成す為に駆動する。

 

 

「"担い手はここに独り、剣の丘で鉄を鍛つ"」

『"Have withstood pain to create many weapons."』

 

 

 ジ、ジ、ジ、と、耳障りな音を立てて堰が決壊した。

 限界を超えても、やる事は変わらない。

 目を閉じて、己の世界を形と変えるのみ。

 

 

「"ならば我が生涯に意味は不要ず"」

『"Yet, those hands will never hold anything."』

 

「"この体は" ────」

『"So,as I pray, "────』

 

 

 炎は世界を壊し、余白領域は心象で塗りつぶされる。

 固有結界。世界に数少ないソレの術者が、しかし、ここには二人存在している。どちらも譲らず、空間はヒビ割れるように歪み始めた。

 詠唱が完成を迎え、最後の警句が紡がれる。

 それは衛宮士郎という人間を表し示す言葉、つまり──、

 

 

 

 

「"無限の剣で出来ていた"────‼︎」

『"UNLIMITED BLADE WORKS."────‼︎』

 

 

 

 

 そして、周囲の全てが蘇る。

 それは衛宮士郎に許された、たった一つの魔術。

 

 その名を、「無限の剣製」────。

 

 どこからか響いていた爆発音や、地面が揺れる重苦しい音も掻き消えて、荒野を駆け抜ける風の音のみが残される。

 互いに互いから視線を離さず、両者は敵の背後に広がる景色を見た。

 弓兵の背後には、巨大な歯車が蠢く昏い銅色の空。

 士郎の背後には、どこまでも澄み渡る夕焼けの空。

 その差異が、同一のはずの彼らを分かつものだ。同じなのは、どこまでも広がっていく荒野に突き立てられた、墓標じみた剣の群れ。

 固有結界同士の衝突により、世界を塗りつぶすはずのそれらはちょうど中間点で鬩ぎ合い、停止していた。世界二つが接する歪な空間で、士郎はすっ、と手を掲げる。

 

「────行くぞ、アーチャー」

 

 瞬間。

 無言を保っていた無数の剣が、地面をえぐり飛ばして空に浮いた。

 

『来い。かつての妄言の真贋、この極地で見極めてやろう‼︎‼︎』

 

 

 アーチャーも同様。

 背後に浮かび上がる剣の群れが、士郎と同時に火を噴いた。




偽銘(イミテーション)煌々たる月蓋の夜刃(チャンドラハース)
バーサーカーとの死闘にあたって、健斗が作り出したもう一本の「月の刃」。しかし、セイバーの力と無尽蔵の魔力を借りているとはいえ、これを握るのに健斗は多大な犠牲を払った。
性能としてはオリジナルのものに及ばないが、ラーヴァナではなく健斗が振るうからこそ得られるものもある。
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