Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

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八十六話 理想の終着点/Other side

 剣の荒野にて繰り広げられる激闘は、今──まさに佳境を迎えていた。

 殺風景な世界を吹き抜ける爆風が、二人の魔術師の前髪を弄ぶ。

 

『────、ク』

 

 弓兵は舌打ちする。

 今なお彼の背後から放たれ続ける多種多様の剣は、全てに必殺の狙いと威力を込めている。

 威力、精度、あらゆる面から見ても、まだこちらに分があるだろう。

 しかし現実は違う。当たり前のはずの事実、覆しようのないはずの差が、確かに縮まって上回りつつある。それが何よりも不快であり、そして──、

 

『おァァァァァァァァッ‼︎』

 

 垂直に落ちるような軌道で、士郎の身体を潰さんと剣が疾る。

 それを紙一重で避けながら、士郎は必死に魔力回路を回していた。

 十年前とやっていることは同じだ。此度も士郎は凛の刻印を右腕に借り受けている。そこから魔力をありったけ搾り取り、力と変えて撃ち放つ。

 劣勢だとか、優勢だとか、そんなものは頭から消えた。

 それらを排して心に残ったもの。そこにあるのは、ただただシンプルな感情だけだった。

 負けられない、という、たった一つの意地だけ。

 お前(じぶん)自分(おまえ)で。ならば、どんなに姿も理想も変わろうと、「正義の味方」を志したのならば──、

 

「ア────チャ────────ッッ‼︎‼︎」

 

 お前はそこで何をしている。

 そんな姿を晒し、霊長の敵として振る舞うなんて事を弓兵(ヤツ)が許したのだとしても、衛宮士郎は許せない。

 きっと立場が逆だったのなら、あの弓兵とて同じ憤慨に駆られた事だろう。

 つまり。士郎の中で渦巻く意地の根底にあるのは、

 

"今のオマエなんかに負けるなんて、それは"

"それ自体が、オマエに対する最大の侮辱だ"

 

 なにより、もう一人の自分──愚直に理想を信じ続けた自分に対する、最大の敬意と賛辞に他ならない。

 魔力は加熱する。限界を突破して、なお速く。

 後先なんて考えない。衛宮士郎はその持てる全てをもって、他の誰でもない、目の前の男のために彼を討つ──‼︎

 

『ぬ……ッ⁉︎』

 

 穿った。

 初めて、互角と思しき剣のぶつかり合いを乗り越えて、士郎の放った剣が弓兵の腹を裂いた。

 

「────はあッ、はあッ……」

 

 使える魔力は限界が近い。

 いくら凛の莫大な魔力を借りているとはいえ限度はある。対して、アーチャーは聖杯から無限の魔力を受け取っている状態だ。持久戦になれば、まず勝ちの目はなくなるだろう。

 それを踏まえて、士郎は更に攻め立てんと複数本の剣を浮かび上がらせる。しかし──、

 

「…………な、に?」

 

 アーチャーの様子が、おかしい。

 剣を撃ち放つ様子もなく、ただ。何かを待つかのように、右腕を高く天に掲げている。

 ぞわ、と士郎の直感が告げる。

 このままでは、確実に死ぬ、と。

 

『衛宮、士郎』

 

 奔る稲妻。

 掲げられた右掌の奥から、黄金の光が溢れ出す。

 

『今ここで見せてみろ。お前が私より先へと至れたか否か、その確かな結実を──‼︎』

 

 烈風が荒野を駆け抜けて、剣の群れを震わせる。

 目の前に投影(つく)られるモノ。

 黄金の輝きを放ちし、かの騎士王が振るいし聖剣。

 アーチャーの身体、その輪郭が崩れていく。無茶の代償、あり得ざる奇跡を成し得た反動は、確実にアーチャーを亡き者とするだろう。しかし、それよりも早く、士郎と凛は聖剣の一撃で蒸発する。

 アーチャーは言っているのだ。

 この一撃を越えてなお生き延びてみせなければ、今の貴様を認めることなどできはしまい、と。

 

「あれ、は」

 

 エクスカリバー。

 あの剣は投影すら許されない究極の剣だ。

 この世界にあるすべての剣をぶつけようとも、究極の一には決して叶わない。それを知って、如何にしてあの一撃を受け止めるのか──。

 結論なんて無いように思える。

 士郎の全てを賭けたって、心象の全てを使い潰したって、あの剣は越えようがないのだから。

 

「────ああ、そうか」

 

 その道理くらいは呑み込んだ。そうして今、自分が何をすべきかを理解した。

 掲げるは同じ右手。

 されど、振るうのはかの聖剣などではなく、

 

「いいぜ。お前がそれ(・・)を使うのなら、こっちの全てをぶつけてやる」

 

 

 その瞬間、世界が、揺れた。

 

 

 みるみるうちに亀裂を生む大地。龍の咆哮の如き凄まじい音を立てて、剣の荒野が割れ砕ける。

 その奥から現れたのは、何千、何万。まさしく無限と形容するに相応しい剣の群れだった。

 全ての剣を束ね、一度に撃ち放つ最後の切り札。相対する弓兵からすれば、それは全てを飲み込む大津波のようにすら見えたことだろう。

 

『フ』

 

 それでもなお、アーチャーは失笑を返した。

 目の前に迫る壁の如き剣の群れ。

 されど、この手の中には無敵の聖剣が在る。

 命を捨てて手にしたその輝きは究極の一。偽にして偽にあらず、いくら他の贋作を積み重ねようと辿り着けない真の極致。彼女の聖剣の威力は、眼前に立つ衛宮士郎と同様に、彼自身が一番よく解している。

 この程度の障壁など、如何様にでも破ってみせる。

 大上段に構えた剣は、僅かな静寂を経て振り下ろされ──、

 

 

 

永 久 に 遥 か 黄 金 の 剣(エクスカリバー・イマージュ)‼︎‼︎』

 

 

 

 眩き閃光が、目の前全てを呑み込んだ。

 

 荒れ狂う暴風と魔力。大気は張り裂けるように咆哮し、剣の群れは片端から弾かれて蒸発していく。

 

「く──ぐ……あああああああああ────‼︎」

 

 士郎の全身を、すぐそこに迫る死への恐怖が叩く。

 こうしている今も、ありとあらゆる剣を全て使って、全身全霊の力で撃ち続けている。

 しかし聖剣は止まらない。こちらの剣は次々に蒸発していく。拮抗には程遠く、黄金の輝きは今やすぐそこにまで迫っている。

 

「──投影(トレース)──開始(オン)ッ──‼︎」

 

 ぎり、と奥歯を潰さんばかりの勢いで噛み締め、言い慣れた警句を口にする。

 いくら剣をぶつけようと勝ち目はない。

 まだ可能性があるとしたら盾だ。記憶の中にある最強最硬の盾、それを引っ張ってきて形とする。時間は無い、工程なんてすっ飛ばして結果を手繰り寄せ──、

 

 

 

熾 天 覆 う 七 つ の 円 環(ロー・アイアス)‼︎‼︎‼︎」

 

 

 

 展開される花弁の障壁。

 7枚重ねのそれは、一枚一枚が古の城壁にすら匹敵する対物理・魔力性能を発揮する。

 そして──剣の群れを蹴散らして、ついぞ聖剣と盾が噛み合った。

 ズゴアッッッ‼︎‼︎ という爆音を撒き散らし、士郎の周囲の地面が消滅する。その黄金に触れた瞬間、花弁の盾のうち四枚が瞬く間に消し飛んだ。

 

「が────────‼︎‼︎」

 

 盾を掲げる右腕に、凄まじい圧力が襲い来る。

 魔力はさっきから最大速度だ。

 両者ともに限界は近い。アーチャーの身体が朽ち果てるか、士郎の身体が光に呑まれるか。どちらが先に限界を迎えるかを競う、命懸けの我慢比べ。

 

『オォォォォォォォォォッ──‼︎‼︎』

 

 アーチャーの咆哮が大地を揺らす。ひときわ威力を増した黄金の光は、吠え立てて花弁の障壁を突破した。

 あと一枚。

 最後の障壁を残し、士郎はがくんと膝をつく。

 

「が、────かッ、は────」

 

 息が続かない。

 盾を掲げる右腕はズタボロに折れ砕け、無理やり左腕で押さえつける。

 びし、びし、と嫌な音を立てて、こちらの骨と最後の障壁が壊れていく。

 アーチャーの限界ラインはまだ先だ。間に合わない。黄金の一閃は、間違いなく士郎を消しとばす。

 その結末は、誰が見ても明らかだった。

 

「──────────は、は」

 

 それでもなお。力強く笑って、黄金の奔流の奥に居るであろう弓兵を睨みつける。

 彼の唇がかすかに動いた。

 その時紡がれた言葉はなんなのか。アーチャーはそれを知ることなく、約束された勝利へとひた走り──、

 

 

 直後。

 放たれた一つの黒弾が、アーチャーの胸に風穴を開けた。

 

『────────……』

 

 弓兵は、ゆっくりと視線を下に向ける。

 崩壊寸前、対魔力どころか輪郭すらも崩壊を始めている死に体に最後のとどめを刺したのは、なんの変哲もない一つの魔術だった。

 

『ガ、ン……ド……』

 

 それを解した瞬間、アーチャーの全身から力が抜ける。

 仰向けに倒れて、赤銅に染まる歯車の空を見た。

 全く、と皮肉っぽく笑う。士郎は最初からエクスカリバーを受け切ろうなどとは思っていなかった。最初の最初から、彼は自分のパートナーに全てを託していたのだ。

 と、何者かが近く足音を聞き、アーチャーは閉じかけた瞳を開けた。

 

「アーチャー」

 

 遠坂凛。10年前のマスターが、そこにはいた。

 彼の朧げな記憶にある彼女の容姿からは随分と違う。あの頃は猫をかぶっても隠しきれない活発さがあったが、今は年相応の落ち着きを纏わせた、立派な淑女に成長している。

 

「っ……待って、待ちなさい! まだ沢山、話したいことが……」

 

『何を言う……凛。私は君の敵だぞ?』

 

 唇の端から血が流れ落ちていく。

 消滅までに残された時間は如何ほどか。

 僅かな時間を惜しむように、凛は悔しげな顔をする。が、その表情には10年前と変わらないので、アーチャーは苦笑した。

 

『フッ……悪は……正義に、破れる。当たり前だ』

 

 悪をくじく正義の味方。自分が目指したもの。

 その道理が正しいと、自分自身をもってして証明できたのだから、アーチャーには安堵があった。

 

「いいえ、貴方は悪なんかじゃない。気づかないとでも思ったの?」

 

 その言葉に、アーチャーは意外そうな顔をする。

 

「恐らくはこの戦いが始まった時から……いえ、いつからかは島の外にいた私には判別できないけれど。貴方、私達に勝機が残る組み合わせになるよう(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)に、こっちの戦力と貴方達の戦力を意図してかち合わせたでしょう」

 

『……馬鹿を言うな。私は君達を、私の全力をもって殺そうとした。それは確かだぞ』

 

「それくらいでもしなくちゃ欺けない敵なんでしょう。私達を見逃そうとして何かされたセイバーみたいにね。そもそも、私達を確実に殺すのなら私達にバーサーカーかセイバーをぶつけていればよかった。それくらい分からない貴方じゃないでしょう」

 

 事実、特に強力なセイバーを唯一残るキャスターの迎撃に向かわせたのは、アーチャーの誘導あってのことだ。

 ため息をつく凛に、アーチャーは諦めたように空へと視線を向ける。

 

『十年の月日というのは、恐ろしいものだ』

 

「あいにく、勝手に裏切られたと勘違いして落ち込むのはもうこりごりなの。それくらいの洞察力は身につけたわ」

 

『全く……あとできっちりとお返しするのは変わらんな』

 

 最初から信頼はあった。あの衛宮士郎には彼女がついている。ならば、きっと、独りで戦い続けた自分を超えてくれるだろうと。

 その予想は正しかったようだ。

 時間はもう残されていない。アーチャーは霞んでいく掌をそっと凛の頭に乗せ、微笑んだ。

 

「……ねえ、アーチャー」

 

『何、だ?』

 

「貴方の願いを、今も私は果たせているかしら?」

 

 涙を堪える彼女は、最後にそう問いかけた。

 アーチャーの願い。

 十年前、消滅する赤の弓兵は、最後にこう言い残した。

 

 ──私を頼む。知っての通り頼りないヤツだからな。

 ──君が、支えてやってくれ。

 

 その言葉を、十年間ずっと曲げることなく、彼女は愚直に守り続けてきた。その願いに、信頼に、応えられているのか。それも分からないまま、それでも、衛宮士郎と共に歩んできた。

 その答え合わせに、アーチャーはすんなりと答える。

 

『勿論だ。まだ嫌気が指していないようなら、今後も付き合ってやってくれ』

 

「っ……当たり前よ、最後まで離してなんてあげないんだから」

 

 最後まで、と彼女は言った。

 随分と幸せなヤツだ、と笑う。

 成長した彼らを見て、その言葉が聞けただけでも、うんざりする役回りを果たした甲斐はあった。最後に、彼は凛の頭をそっと撫でて、

 

 

『ああ────安心したよ、遠坂』

 

 

 その瞬間。

 眩い閃光と共に世界が崩れ、そして──アーチャーの姿は、跡形もなく掻き消えていた。

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