Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

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九十一話 運命(さだめ)の果て

 白い燐光に照らされて、天への回廊を登っていた。

 一歩、さらに一歩を踏み出すことに、まだ自分が生きていることに安堵する。

 ゴールはもうすぐそこだ。残りわずかな命を振り絞るように、這うように進んでいく。

 

「はッ、はぁッ、はぁッ……」

 

 身体の奥、胸の中心、動きを止めた心臓がある箇所が、苦しいくらいに発熱して疼いている。セイバーのところに近づいているのだと、理屈ではなく感覚で知る。

 あともう少しだ。

 もうほんの少し登れば、あともう少しだけ頑張れば、きっとセイバーに逢える。

 

「ッ、げほっ、ごほ……」

 

 何かを吐き出して、それを無視して上を向いた。

 空気が強張っている。総毛立つような悪寒が全身を刺す。

 自ら怪物の大顎の中へと走っているような、すぐそこに開いた奈落へと堕ちんと歩みを進めているような気分だった。

 

「……あいつ、もう……」

 

 塔の頂上から放たれる威圧感は、足を踏み出すたびに濃密になり、こちらの体を絡め取る。

 邪気、とでも言うべき黒々としたそれは、きっと世界にとっての敵対者が纏う類のもの。さっきの白い閃光のおかげでだいぶ薄れてはいるが、まともなままではきっと踏み込めない。

 

 ──歯を食いしばって、強引に足を動かした。

 

 それくらいは何とかなる。

 気合いで誤魔化せば、足はまだ前に進んでくれる。

 

「……………………………、」

 

 ──いや。

 正直に言えば、そんなことはどうでもよかった。

 肌を刺すほどに濃密な魔力も、身体の(うち)を穢す何かも、一歩ごとに遠ざかる生の実感も。辛くたって、我慢できるくらいの障害(モノ)だった。

 

 ──じゃあ、なんで。

 ──なんでこんなにも、進もうとする足は重いのだろう。

 

 壁に手をつきながら考えて、考えて、気づく。

 

 ──きっと俺は、終わってほしくない(・・・・・・・・・)んだ。

 

 そう理解した時、思わず声が出てしまった。

 どこまでも単純で簡単な理由で、同時に、笑えるくらいに矛盾してしまっている答えだった。

 最初は、聖杯戦争なんていうふざけた儀式を終わらせるため、セイバーに協力すると決めたのに。

 それが、なんだ。

 この戦いがようやく終わろうとしている今、俺は清々しい達成感などではなく、心を握り潰されるかのような寂寥を感じている。

 

 ──そう、まだ終わってほしくないと。

 ──まだセイバーと泡沫の時を過ごしていたいと。

 

 そんな夢物語を、強く願ってしまっている。

 最初から覚悟はしていたはずだった。いつか、離別の時が来るのだと。それなのに、俺はまだ、そんな想いを諦めきれていない。

 

「……諦められるわけが、ない…………」

 

 バーサーカーに殺された、あの日。

 彼女に出逢ったあの刹那から、今までの俺の人生は終わり、同時にもう一度始まったのだと思う。それくらいに鮮烈で、魂を突き動かされるような邂逅だった。そして、分からないことだらけの俺に、セイバーは問うた。「私と一緒に戦ってくれますか」と。

 俺は迷いもせずに、「当然だ」と答えて──、

 

 

 ──そうして、俺たちの戦いは始まったのだ。

 

 

 階段を登りながら、その想い出を蘇らせる。

 雷帝との戦いを超え、黄金の大蛇を打ち倒し。マスターとサーヴァントのコンビを同時に相手したりもした。

 弓兵の狙撃に彼女が倒れた時は、死に物狂いでアサシンの手から逃げ延びて、力を合わせて狂戦士を打ち破った。

 

 ──いや、戦いだけなんかじゃない。

 

 僅かな時の間に、色々なところに行った。色々なことをした。あいつは甘い物が大好きだから、一緒に歩き食いしたり、時には遊びに出かけたりもした。映画に熱中していた彼女や、ちょっとズレた怒り方をする彼女の姿を思い出すと、可笑しくて笑顔になってしまう。

 彼女と共に戦うことができた今までの時間は、あまりにも濃密で、輝いていて──或いは、俺はこの時を駆け抜けるためだけに生まれてきたのではないかと思ってしまうくらいには──尊いものだった。

 

 

 ──……はっ、として、途絶えかけた意識を取り戻す。

 

 

 危なかった。暖かな記憶に浸りすぎると、それに囚われて戻ってこれなくなる。意識を手放してしまえば、もう、そこで終わってしまう。俺はそのまま、眠るように死んでいくだろう。

 揺れる心を叱咤して、必死で階段を登っていく。

 

「……、…………?」

 

 そのとき、何か凄まじい音が聞こえた気がした。

 のろのろと顔を上げて、塔の外周をなぞるように天へと向かう階段から、横を見る。

 

「あれ、は……」

 

 どこかで見たような、見たこともないような、そんな稲妻が一直線に天へと昇っていき──爆ぜた。

 まるで花火みたいだな、と思う。

 あれが何の輝きで、いったい誰によるものなのかも、よくわからない。今の俺には、前しか向いている余裕がなかった。

 だから、再び上へと登っていく。

 

「…………つ、き?」

 

 そうして、思わずそう呟いた。

 感じる。さっきまでの、肩にのしかかるような閉塞感がない。

 ふと目線を上げて、俺は理解した。

 一面の空を覆っていた黒々とした雲海が吹き散らされ、星の瞬く夜空が顔をのぞかせている。やや白み始めた空の中心には、いつもよりも更に煌々と月明かりを振りまく、黄金の満月が堂々たる様で鎮座していた。

 全身に漲る魔力の質が、さらに数段階上へと跳ね上がる。

 月の光。月の刃を振るう羅刹の王ラーヴァナにとって、それはもっとも尊き祝福だ。今であれば、その性能の全てを引き出すことができるだろう。こちらの身体が保てば、の話になるが。

 

「…………」

 

 そんな事に気を取られている場合じゃない。もう、残された時間はほんの僅かなのだから。

 足を動かして、登る。それだけの動作を、何度も何度も繰り返す。

 登るごとに感じるのは、セイバーが近づく感覚だ。

 それは、この戦いの終わりが、俺たちの明確な「終わり」が近づいているということに他ならない。

 

 ──それでも、進む。

 

「……セイ、バー……」

 

 無意識のうちに、その名前を呼んでいた。

 進みたくはない。この泡沫の日々を、今日で終わりにしたくはない。

 いっそこのまま、幻想と記憶の中で終わってしまいたい。

 

「セイバー……‼︎」

 

 ──それでも、進む。

 

『わたしは……もう、魔王として生きなくても、いいんですね』

 

 あいつが、泣きじゃくりながらそう言ったのを覚えている。

 それはきっと、セイバーという少女が、自分も周りも全てを殺して魔王として生きた彼女が、やっと漏らすことのできた本心だ。

 その言葉を聞けたことが何よりも嬉しくて、だから、こうしてセイバーが再びその役割を押し付けられようとしているのは、何よりも許せない。絶対に、認められはしない。

 もう彼女を血に汚したくはないと、強く願う。

 

 ────だから、進む。

 

「セイバー……ッッ‼︎」

 

 叫んで、脚に十全の力を込めた。

 長い長い道程を経て、ついに頂上が見えてくる。

 不安も、迷いもない。

 彼女と相対し、自分が悪い奴だと思い込んでいるあいつの目を覚ます。それはきっと、俺に刻まれた至上の命題だ。「志原健斗」ではない、いついかなる時であれ、この魂が果たすべき責任だ。

 ならば、揺らぐことなんてあり得ない。

 

『『お前は、魔王なんかじゃない』』

 

 そう、何千年も前に、初めてあいつに逢ったときのように。

 そして、現世(いま)においてもまた、あいつに伝えた時のように。

 

 何度だって、俺は「魔王」を否定する。

 それが──きっと、俺と彼女のFate(運命)なのだから。

 

 息を吸って最後の数段を駆け上り、天辺へと躍り出る。

 そうして、ついに。

 

「────…………、よう」

 

 そこには、彼女が待っていた。

 

 黒く染まった髪をそよ風に揺らしながら、黄金の燐光を全身に浴びて、少女は月を眺めていた。

 すぐにはこちらを向かない。しばらくしてから、世界から興味をなくしたかのように、セイバーはようやくこちらに視線を向ける。その無機質な瞳には、およそ感情や意志といったものが介在していなかった。

 あのセイバーを、俺は見たことがある。

 記憶の中で見た、かつての彼女そのものだ。

 「魔王」という役目に囚われた、元の少女を殺されたままの、自由意思すらも歪められた存在だ。

 

 ──大丈夫、わかっている。

 

 やることは一つだけだ。「魔王」なんて呪い(モノ)に囚われた彼女を、その軛から解き放つ。

 だから、俺はこわばる肩の力を抜いて──、

 

 

「お前を迎えに来たぞ、セイバー」

 

 

 そう、いつも通りに話しかけた。

 

 

 

 

 私は、それを不可解に思った。

 この世界に誕生してから、自分を「なにか」が突き動かそうとしている。今すぐに、この世界を破壊し尽くし、全てにとっての敵になれと──そう、誰かに強制されている気がする。

 別に、それ自体はどうでもよかった。

 元から、私は魔王ラーヴァナだ。

 だからこそ、別に今すぐこの世界を壊しにかかってもよかった。その気になれば、眼下に広がる人間の街を、ここから動かずとも焦土と変えることもできた。

 それなのに、そうする気になれなかった。

 その理由は、きっと一つしかない。

 

 ──もう一つの「なにか」が、私を押しとどめている。

 

 その「なにか」を、うまく言葉で表すことはできない。

 ただ、胸を焦がすドロドロとした黒いものに比べると、それは鬱陶しいくらいに白く、清廉で。

 誰かを待ちたくなるような、そんな「なにか」だった。

 

 故に、私は待っていたのだ。

 その誰かが、「なにか」を満たすものが、こうしてやって来る時を。

 

「お前を迎えに来たぞ、セイバー」

 

 その少年は、不遜にも開口一番そう言ってきた。

 

『──お前を倒しに来たぞ、魔王──』

 

 混濁する記憶に、砂嵐(ノイズ)が混じる。

 不快だった。思い出せない。かつて、誰かが、目の前の少年と同じ目をした敵対者が、私の前に現れた気がする。

 けれど、彼は私に敵意を向けていない。

 それどころか、その逆の何かに満ちた瞳で私を覗き込む。

 ひどく頭痛がした。

 不愉快、不可解、これ以上私を見るなと、そう言いたくなる。

 

「貴様は、誰だ」

 

 苛立ちを覚えて、私は短くそう告げる。

 瞬間、一切の躊躇をせず、私は右腕を振り抜いた。

 

 極大の閃光が炸裂する。

 

 山一つくらいは軽々と吹き飛ばす程の天文学的な魔力を、無造作に今の一撃に込めた。空間すらもめちゃくちゃに捻じ切る絶大な火力をもって、目の前の不敬者を塵も残さず葬り去る。

 

 が、結果はそうはならずに──。

 その少年は、なおもこちらを見つめていた。

 

 何らかの方法で弾かれた閃光はそのまま彼の背後へと消えていき、遥か彼方の黒々とした山麓に激突して大爆発を引き起こす。

 ゴゴン…と揺れる地面を無視して、少年は悠然と立っていた。

 

「──────、」

 

 思わず、目を見開く。

 その身体は、誰がどう見ても限界寸前だった。

 外部、内部、精神的なものに至るまで、あらゆる場所に亀裂が入っている。あの少年が生きてこの朝を迎えることは、ない。

 それなのに。

 その敵対者が有する魔力と闘志は、あまりにも膨大だった。

 それだけではない。この私に匹敵するだけの力を有している、という時点で既にあり得ざることなのに──この少年のソレは、私と全く同一(・・)のものだ。

 羅刹王ラーヴァナの力。私だけが振るうことのできるはずのそれを、この少年は手にしている。

 

「俺が誰か、なんて、どうでもいいさ」

 

 その少年は臆することなく、私へと足を踏み出した。

 その踏み込みは、魔王を前にしているとは思えぬほどに軽く、親しみすら感じるほどに柔らかく。

 

「やめようぜ、セイバー。お前はそんなやつじゃないだろう」

 

 故に。私は、その少年の全てに更なる苛立ちを覚えた。

 私は私だ。「魔王」にして羅刹の王、ラーヴァナだ。

 誰の許しで、なんの理由があって、貴様は私を否定する。

 

「ほざくな、偽者(フェイカー)風情が」

 

 破壊神より賜った月の刃を、握る。

 すらりと輝く蒼色の刀身は、降り注ぐ黄金の月光を内部に蓄えて美しく輝いていた。その斬れ味は、天の満月によってかつてないほどに高められている。

 私は、それを掴む右手に力を込め──、

 

「私は私だ。貴様に定義される道理はない──‼︎」

 

 全霊の力で、それを水平に振り抜いた。

 世界が断たれる。

 無限に等しい魔力と、受肉による肉体の強制的神代回帰。かつての全盛期に匹敵する今の私の一太刀は、そのまま宝具級の威力に匹敵した。巻き起こる烈風と衝撃波は先の比ではない。

 しかし、それを──、

 

「──……いいや。悪いけど、まだ死ねないな」

 

 敵対者は逃げることなく、真正面から迎え撃っていた。

 いつの間に手にしたのか──我が愛剣による一撃は、全く同一の姿形をした剣によって迎撃された。

 

「貴様──……」

 

「言ったんだよ。お前は魔王なんかじゃないってな」

 

 その言葉に思わず息を呑んで、私は勢いよく背後に跳んでいた。

 動悸が荒くなる。その言葉は何かを狂わせる、と、私の直感が鋭く叫んでいる。

 

「だから、お前が魔王(・・)とやらに呑まれそうになったら、死に物狂いで助け出してやる。セイバー(おまえ)を、もう魔王なんかに染めさせはしない。その為に、俺はここに立っている」

 

 その言の葉。その瞳。

 あらゆる全てが類似する。

 目の前の少年に、かつて私を倒した勇者が被って見える。

 かつて私が勇者に敗れた理由。「ただ愛する人に逢いたい」というだけの、輝くほどに強烈なまでの願い。

 それを原動力にして、この敵対者は私の前に現れた。

 

 まるでそれが、私の宿命であると言わんばかりに。

 

「……理解が、出来ん。私は「魔王」ラーヴァナだッ‼︎」

 

 殺さなくては。慢心も油断もなく、己が全てを賭けてこの男を葬り去らなくては。

 少しでも油断をすれば、揺らぐ。奴の全ては、「魔王ラーヴァナ」という存在そのものを根本から揺るがしてしまう。

 そんな焦りと共に、私が地面を蹴ろうとした瞬間だった。

 

「ッッッ⁉︎」

 

 ──それは、まさに炸裂だった。

 

 刹那。爆発的に凄まじい魔力が膨れ上がる。咄嗟に月の刃を構え、迫る白の閃光を力技に打ち払った。

 そうして、目の前を睨む。

 戦いの前とは思えぬほど落ち着いた雰囲気に変わりはない。こちらの隙に攻撃を加えるでもない。

 バチ、バチ、と雷が弾ける音を時折立てながら──、

 

 少年は、変わらずそこに立っていた。

 

 しかし、違う。

 さっきまでとは、何もかもが全て異なっている。

 

「──……お前が相手だ。加減は出来ない」

 

 その全身を覆う黒鎧、どこかで見たような紫紺の外套。

 

 黒だったはずのその髪は、全て蒼色(・・)へと染まっていた。

 

 こちらに叩きつけられる膨大無比な魔力と剣圧を見れば、誰だろうと、私と奴の差異になど気づけないだろう。

 

 ──今この瞬間。

 ──あの少年は完全に、私の領域に到達した。

 

「いくぞ、セイバー。これが最後の戦いだ」

 

 蒼雷が唸る。大嵐を極小に押し込めたような暴威が、彼の周囲を取り囲む。

 それは私も同じだった。否、身を包む魔雷の嵐だけではない。剣を握れば自然と取る構えに至るまで、あらゆる全てが同一に為され、

 

「お前の中にこびりつく魔王(かげ)を──芥も残らず消し飛ばす‼︎」

 

 二人の羅刹が大地を蹴る。

 この瞬間、刹那──あらゆる全てを決する、最後の戦いが始まった。




【セイバー】
「この世全ての悪」と融合し、人類に仇なすものとしての性質が強化されたことで、暴走状態に陥ったセイバー。
髪は泥を吸い上げたことで漆黒に変化し、精神状態は感情を封殺されていた頃のものへと立ち返っている。汚染の影響によって記憶は曖昧になり、「魔王」ではない、「彼女」の自意識を覚醒させた出逢いのことも忘却している。
聖杯から無限の魔力を得ることで受肉と神代回帰を果たしており、その戦闘能力は通常のサーヴァントを遥かに凌駕し、(性質ではなく単純なエネルギー量であれば)災害の獣にすら並び立つ。世界を滅ぼす火に相応しい、最大にして究極の「人類の敵」。

【志原健斗】
セイバーの(元)マスター。セイバーと宝具で繋がっていることにより、彼女が操るものを全てその身に引き受け、同様に行使することができる。宝具の効力はセイバーに近づくごとに増していくため、彼女の元へとたどり着いたその時、ついに全ての力を解き放った。
髪色に至るまでセイバーと同一のものになった健斗は、まさに「もう一人の羅刹王」と称するに相応しい力を持つ。ただし、力を振るうことによる魂の限界はすぐそこに迫っており、その奇跡を手繰ることが出来る時間は残り少ない。
その終わりが訪れるよりも早く、彼はセイバーを救おうとしている。
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