Fate/crescent 蒼月の少女【完結】 作:モモのすけ
──9月13日。
ある者は、その異変を感じ取って目を細めた。
ある者は、忍び寄る終末を感じ取り、面倒臭そうに溜息をこぼした。
ある者は、しかし愉快そうに空を見上げた。
それは全て同じタイミングだった。世界中のあらゆる人々が、個々人によって大小様々な違いはあれど、明確な「不穏」を感じ取った。
様々な生物が何かの前兆を告げるかのように奇怪な行動に走り、吠え、ざわめいた。
地面が物理的に揺れたわけでも、何かが目の前に現れたわけでもない。それでも、あらゆる生物の根幹にある本能が敏感に感じ取ってしまうほどの「何か」が起きている。
その時間は、英国グリニッジ天文台にて観測された世界標準時刻で表すならば、未だ日を跨がぬ19時30分ごろ──震源地たる日本の時刻では、午前4時30分をまわった頃合いだった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ──────ッッッ‼︎‼︎」
「おおおおおおおォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ──────ッッ‼︎‼︎」
日の出があと少しのところに迫ったことで、次第に色彩を取り戻しつつある朝焼けの空。
──そこで、最後の戦いは始まっていた。
あらゆる物理法則を振り切る超神速で、二つの光が天空を舞う。両者ともに外套のカタチを捻じ曲げ、双翼として飛行を可能としているのだ。
その攻防は、最早何人にも理解できぬものだった。
剣と剣が激突する。蒼雷が互いにせめぎ合う。
言葉にすれば至極単純だが、目の前の凄絶な光景を表すには、あまりにも不足過ぎた。
その一太刀は空間をも凪ぎ、その雷撃は容易く山麓を更地と変える。天変地異のぶつかり合い。
「………………、っ」
士郎と凛の助けで崩落する仙天島からの脱出を果たした倫太郎は、空を見上げて歯噛みしていた。
「お兄ちゃん……セイバー……」
足元を通して響いてくる戦闘音は、かなり長大な距離を置いてなお大地を揺るがしている。
「……あの少女は既に、七つの
「そうね。……ああなってしまえば、それこそ世界の抑止力、カウンターガーディアンの顕現にでも期待するか……彼が、あの子をなんとか止めてくれる可能性に賭けるしかないわ」
目を細める二人に、倫太郎は問うてみる。
「あいつに……志原健斗に勝算はあるんですか?」
その言葉に、士郎はやや考え込んだあと、
「無いわけじゃない。……セイバーはもう、俺たち魔術師がどうこうできる次元の存在じゃない。サーヴァントでも太刀打ちできないだろう。けど、まだ彼にだけは可能性が残されている」
「ええ。彼の胸に埋め込まれたという宝具……あれが機能している限り、健斗君は概念的に「セイバーと同一の存在」になる。つまり、彼女が力を得れば得るだけ、同じ存在である健斗君も強化されることになる……理論上は、セイバーがいくら強かろうと、彼はそれと同等の力を使うことが出来るのよ」
主従契約の経路は既に断たれているが、ひとつだけ、健斗とセイバーの間には未だ途切れていない経路が存在している。
それが、「
「ただし、それはあくまで理論上の話だ」
それを知り、士郎は続ける。
「あの次元のエネルギーを、サーヴァントでもないただの人間に押し込められるはずがない。間違いなく、その関はいずれ決壊する。今までもっているのが奇跡みたいなものなんだ──」
流星じみた二つの閃光は、さっきまで湖面の上を滑るように交錯していたかと思うと、瞬きの間に彼方の山脈を削りながらぶつかり合う。
あまりにもそれは速すぎて、彼らの目には遅れて炸裂する爆炎の海しか捉えることはできなかった。
「まずいっ、伏せて‼︎」
と、凛が鋭く叫んだ。その声に応じて、四人は何かを考えるまでもなく地面に伏せる。
次の瞬間、殺人的な暴風と爆音が地面を根こそぎ削りながら吹き抜けていった。
「……っ、危なかった。ここに留まるのは危険だ、もう少し離れて様子を見よう」
士郎の言葉に他の三人も頷く。
今のは、彼らの戦いの余波で撒き散らされる
「「…………………」」
最後にもう一度振り返って、楓は宙に瞬く閃光を見やる。
遠くに行ってしまった兄と、そのサーヴァントであるセイバーが争わなければならない残酷を恨むように、その目線は険しかった。
◆
彗星の如く空を駆けるセイバーを追って、俺は背後の翼を力強く羽ばたかせた。
「────ッ‼︎‼︎」
手にした
一振りの刀身は瞬く間に分裂し、意志がままに動いて先行するセイバーへと襲いかかる。
「無駄、だ‼︎」
多角度から迫る刃を睨み、セイバーは速度を落とさずこちらに反転、その剣を振り抜いた。
キンッ────‼︎‼︎ という金属音が高々と響き渡った次の瞬間、こちらの小刃が纏めて吹き散らされる。ほとんど反射的に上体を逸らした瞬間、不可視の一閃が空間ごと全てを切り裂いていった。
剣閃はそのまま一直線に地面へと向かい、波打つ湖面に激突。その時初めて、俺は「海が割れる」という事がいかなるものなのかを理解した。大量の水はその衝撃に両側へと追いやられ、露出した湖底に深々と傷跡が刻み込まれる。まさに、天変地異じみた一閃だ。
「こ……のッ……‼︎」
上体を逸らした勢いのままぐるんと縦回転し、再構成した月の刃を掴み直す。
休む暇はない。今度はセイバーが大きな円弧を描きながら速度を増し、剣を構えて迫り来る。
「うう──おおおおおおおおおおおおおおおおおッ‼︎」
ドバンッッッ────‼︎‼︎ という轟音を立てて、受け止めた剣ごと俺は弾き飛ばされていた。
そのまま堕ちる。真っ二つに割れた湖底まで吹き飛ばされ、力強く硬い地面を踏みしめた。途端、あまりの衝撃に大地が幾重にも陥没と隆起を繰り返す。
天を睨み、こちらを見下ろすセイバーの元へと羽ばたこうとしたところで、
「なッ……⁉︎」
両側から、無音のままに膨大なまでの水が襲いかかってきた。
当然ながら、セイバーによって割られた湖がそのままになることはない。物理法則に従って、湖水はその空白を再び埋めんと迫ってくるのだ。慌てて湖底を蹴り飛ばし、呑まれる寸前で龍神湖を脱出する。
「はぁぁ──ああああああ──ぁぁぁぁぁぁッ‼︎」
二段、三段跳びに魔力を爆発させて、音速をはるかに振り切って加速。こちらの全力、容赦なく命を取るくらいの覚悟で剣を構え、雷鳴ごと振り下ろす。
空を割る一撃は、同様の一撃によって弾かれた。
月の刃と月の刃。それを互いに噛み合わせ、額と額がぶつかりそうなくらいの零距離で、俺とセイバーは睨み合う。
「久しぶりな気がするよ。こんな風に睨み合うのはな‼︎」
「ほざくな、下郎が‼︎」
斬撃の応酬が交わされる。
聖杯と融合したセイバーが操る魔力はそれこそ無限だ。さらに彼女であれば、一度に放出できる魔力量も桁違いに高い。まともな魔術師が何人も一瞬で息絶えるほどの魔力を無造作に放つため、その一撃一撃はサーヴァントの宝具による一撃にすら匹敵する。
(これが、最盛期のセイバーの力……‼︎)
彼女のあり方と精神を歪め、無限の魔力を供給している「聖杯」とやらが最大にして諸悪の原因だ。逆に言えば、彼女から
と、セイバーがこちらに剣先を向けた。
反射的に首を振って、放たれた蒼色のレーザーを回避する。それはそのまま大塚の田園地帯に一直線の焼け跡を刻んだかと思うと、きのこ雲が出来るほどの大爆発を引き起こして大地を揺るがした。
「ッ‼︎」
だが、そんなものは見てすらいない。
月の刃を
「ふッ──‼︎」
甲高い音を立てて、全力で突き出した一撃は背後へと受け流される。
それくらいは織り込み済みだ。膨大な魔力を逆噴射して、セイバーの背後で身体を回し──、
「は──がっ……⁉︎」
尋常ではない轟音を立てて、回し蹴りがセイバーの後頭部に炸裂する。その一撃たるや、自分でもゾッとするくらいの威力が出た。今なら高層ビルだろうが蹴りだけで倒壊させられるかもしれない。
今度はセイバーが地上にかっ飛ばされて、湖岸に大きなクレーターを生む。
「……貴、様……‼︎ この私を、足蹴にするかァッッッ‼︎」
たちこめる土煙を無茶苦茶に裂いて、激昂したセイバーがこちらを睨みつける。
だが怯んでいる余裕もない。蹴りと同時に距離を詰めていた俺は、渾身の力で元に戻した月の刃を叩きつけた。
割れた地面が更にひび割れ、悲鳴をあげるようにメキメキと音をあげる。
「おおおおぉぉぉぉぉアアアアアッ‼︎‼︎」
正面からの力比べ。こうなったら結果は互角だ。
時間の無駄と悟った俺とセイバーは同時に離れ、勢いよく狭い地上を飛び出した。秒を待たずに最高速に達し、一瞬で大塚市の上空を突破して、成層圏にまでたどり着く。
太陽が昇りつつある宇宙とソラの境界線。
色彩入り混じる幻想的な光景の中で、俺とセイバーは再び激突を繰り返した。
「「────────‼︎‼︎」」
気温の低さも、空気の薄さも気にならない。
牙剥く自然現象すら正面からねじ伏せるだけの力が、俺にも彼女にも宿っている。
「目を覚ませ、バカ! いつまで「
「煩い‼︎ 喧しい……不快、不快、不快だ‼︎ その瞳で覗き込むな、これ以上私に干渉するなァッ‼︎」
感情的な咆哮と共に、空一面を穿つほどの剣戟と蒼雷が一息の間に放たれる。
雨の如く降り注ぐ攻撃をかわしきり、俺は身体を上下反転したままセイバーを視界の中心に据えた。剣を握り、直に斬り合って感じた感覚を思い出す。
(セイバーの調子が最初に比べておかしい。……やっぱり、あいつは完全に「この世全ての悪」に呑まれてないんだ。手がつけられなくなっても
一撃一撃、俺と言葉を交わすごとに、セイバーは感情的になっている。
それはつまり、元の原型を──「セイバー」としての自我を取り戻しつつあるということだ。
恐らく、バーサーカーと戦っていた時に見た、あの塔を包み込んだ浄化の光が原因だ。中途半端なところで「この世全ての悪」がまとめて断たれてしまったせいで、セイバーは本来の目論見よりかなり不完全な状態で顕現した。つまりは、悪意に染まりきっていない。
ならばこちらの言葉は届く。
そこからきっと、彼女を止める道を切り開ける。
「お前は──魔王として生きたくなんてなかったんだろう、
「っ、う……‼︎」
その名前を呼ぶ。
今の彼女が、「セイバー」ではない「魔王」が知らないはずの名に、しかし彼女は確かに反応を返した。
(今だッ……‼︎)
頭を抑えて、不快な頭痛に抗うような彼女の元へと、薄い空気を裂いて突撃する。
(──────これで‼︎)
懐に突っ込んだ紙切れを握り締め、目を見開く。
あと少し。セイバーに紙切れを握った手が激突するその寸前──、
パン、という軽い音を立てて、体のどこかが炸裂した。
「ごば、はっ……⁉」
それは最早爆発だった。体内に埋め込まれた時限爆弾が、ついに起爆したかのような衝撃だった。
美しい光景の中に、鮮血の赤が混じりゆく。
不覚を悟る。もうとっくにガタがきていたのだ。魂と身体の限界は近く、しかし内側で暴れ回るエネルギーは無くならない。壊れたロボットに過剰なまでの電力を流しこもうと余計壊す結果になるのと同じだ。自分の
──はっ、として目線を前に向けた。
その隙。動きが止まった一瞬の間に、セイバーは必殺の用意を整えていた。
「遅い……‼︎」
彼女が後ろに構えるは、刃渡り十メートルを超えるまでに膨張、巨大化を繰り返した
刹那、空を裂く轟音が炸裂した。
咄嗟に引き寄せた刀身ごと身体に伝わる莫大な衝撃に、恐らく身体中のあらゆる箇所の骨が粉々になった。
剣を手放さなかったのは奇跡に近い。悲鳴をあげる余裕すらなく、渾身の一撃によって成層圏から一息に地上まで吹き飛ばされる。
意識が飛びそうになった頃、何かに激突する新たな強い衝撃で強引に目を覚ました。伸びきった四肢を投げ出したまま、俺は呆然と朝焼けの空を見上げる。
「か……はっ……あ…………」
身体が、感覚が、俺を構成するありとあらゆるものがもうダメだと言っている。
四肢の感覚がほとんどない。音は聞こえないし、痛みもないし、飛び散った血の匂いを感じ取る嗅覚も消えた。視覚がまだ残っているのが幸いだが、それもぼんやりと歪み始めている。
稼働時間が、もう残されていないのだ。
それでも、まだ手は動いてくれた。「動かしている」という感覚も無いが、思い通りに動作した。
「ぜえ、ぜえ……っ」
────ここで、決めるしかない。
猶予はなかった。戦いを長引かせては勝ち目がない。まだ動ける内、次の攻防に全てを賭ける。
幸い、セイバーの気配は濃密に感じ取れるが、彼女は塔の頂上に降り立ったまま動く気配を見せていない。こちらを屠った、と侮っているなら僥倖だ。
視線を上げる。
今自分は地上の何に突っ込んで動きを止めたのか。見れば答えは明らかだった。めちゃくちゃに捻じ切れた鉄骨、そこら中から覗く断線したケーブル、破片となって転がるコンクリート片。俺が落ちてきたことで隕石が貫通したかのような傷を受け、傾いてしまった巨大な看板の電子時計は、間違いなく高さ五十メートルを誇る大塚ランドマークタワーのものだ。
「…………………ここ、は」
申し訳なさと共に、懐かしさを感じた。
セイバーと俺が深夜に街に飛び出した時は、市内であれば大体の場所から確認できるこのランドマークタワーの時計を見て、まだ動くには早いだの遅いだのを相談したものだ。
頭はぼんやりして、あらゆるものを忘却し始めているのに、こういうことは鮮明に覚えている。
「……悪いけど、全部まとめて……借りる」
そう言って、俺は半ばから傾いたランドマークタワーの鉄骨にそっと触れた。
莫大な量の魔力を、一点。掌と鉄骨が触れる箇所に注ぎ込み、そこからランドマークタワー全体へと通電させるように拡散させる。
蒼雷を纏い、朝靄の中に佇むソレは眩く発光した。
時間はない。頭の中に計算は立った。セイバーが先に攻撃してくるよりもなお早く、確実に作り上げる。
「は、あ……ああああ……ああああああああああッ‼︎」
魔王特権。
この力を使って何かを作るならば、ある程度元の形状をイメージできるものを元型に据えるのがいい。空中戦艦ヴィマーナを戦闘機から作ったが如く、だ。
けれど、
だから後は単純かつ強靭な
「おおおおおおおおッ──────‼︎」
バキバキベキゴギゴギッ‼︎‼︎ なんて鋼鉄の咆哮を轟かせて、物理法則を無視した変換と圧縮が行われる。
半ばぶち抜かれたランドマークタワーの上半分、何十トンにもなるであろう巨塊がみるみるうちに圧縮され、さらなる収縮を経て、僅か二メートル前後の長細い何かへと形を整えていく。
それは「その形」を持った瞬間、眩い光を撒き散らして大塚の街を照らし出した。
完成したものは、光の矢。
俺がセイバーの知識を参照する中で文句なしの「最強」を誇る武装。それは当然、
勇者の怨敵たる魔王として振る舞う以上、セイバーには決して使うことのできない
ゆっくりと、確実に右腕で閃光を構え──、
「……其は、羅刹王すら屈した、不滅の刃──……‼︎」
左手は、照準を合わせるように塔へと向けた。
セイバーはとっくに気づいている。その上で、自信満々にも受け止める気なのだ。
ならば、と、迷いなく渾身の力を右腕に込める。
収束、加速を繰り返す光の渦。此れなるは勇者の矢、かつて一度
その名は──、
「
瞬間。
天空の黎明を、一筋の閃光が両断した。
◆
その一撃は、まさに世界を貫く流星だった。
回避は無意味。運命、因果のレベルであの矢は私を確実に捉えるだろう。
あらん限りの魔力を一点収束し、不退転の覚悟で月の刃を正面に構える。膨大な距離を挟んでおきながら、それの射出から塔の頂上に着弾するまでの時間は3秒となかった。
刹那、牙剥く閃光を受け止めた。
ゴッッッッッッッ────‼︎‼︎‼︎ という、魔獣の咆哮を千は重ねたかのような爆音が響き、剣を抑える両手に凄まじい負荷が襲う。爆ぜ散る閃光は容赦なく、私を貫かんと猛っている。
「が──くううううううっ────……‼︎‼︎」
靴底が床を削る。押し込まれる。
森羅万象、世界すら貫く一撃であろうと、跳ね返せぬ私ではない。
それでも押されつつあるのは、きっと、この矢が「私を殺したもの」だからだ。混濁している記憶でも、この矢が最悪の武装であることくらいは理解できる。
「ううおおおおァァァァっ──────‼︎」
舐めるな、と
あの偽物に格の違いを分からせるため、あえて全霊の一撃を正面から受け止めたのだ。この程度、ねじ伏せずして何が真たる羅刹の王か。
死を目前とした緊張感。
恐れはない。私の第六感は冷静に勝利への道筋を捉えた。押し込まれ、塔の頂点から落下するよりも早く、全力の力で剣の角度を僅かに傾ける。
「────…………ッッッ‼︎‼︎」
同時に、全力で首を振った。
紙一重。頰を浅く裂かれたが、逸らされた閃光の矢は標的を失って背後へと飛んでいく。
次の瞬間、あらゆる音と光が消え去った。
勇者の矢による一撃は、私が立つ天月の塔、その背後に佇む大きな湖の湖面に激突した。矢に込められた膨大なエネルギーはその途端に解放され、天まで揺るがす大爆発となってあらゆる全てを消し飛ばす。
天高く打ち上げられた多量の水は時間を置いてから降り注ぎ、豪雨となって私の黒鎧を濡らしていった。
「……………………ふ、ふふ」
無言のままに、背後を見下ろした。
もうもうと立ち込め、高く高く立ち上る白煙。
あったはずの湖は跡形もなく消滅していた。残されているのは荒れた地面を晒した大きな窪みだけだ。今の一撃によって、広大な湖の水は残らず蒸発してしまったのだ。
「はははははははははっ‼︎ どうだ、不敬なりし我が贋作‼︎ 貴様の言葉も、刃も、命を賭した一撃も‼︎ 真たる
奴が全霊をもって放った先の一撃は、確かにこの私を殺す上では最も適した攻撃ではあった。しかし、魔王と勇者は正反対にして相容れぬモノ。その力の全てを引き出せるわけがない。
大方、無茶をした向こうの方が自滅している頃合いだろう──とまで思ったところで、ふと。
「──……ッ⁉︎」
悪寒を感じて、私は目を見開いていた。
違う、と戦士としての本能が叫んでいる。
考えてみれば違和感がある。最初から一貫して、奴は自分にあるはずの
「────まさか」
反射的に呟いて、私は魔力感知に集中する。
結果はすぐに明らかとなった。
上、だ。
素早く顔を上げて空を睨む。秒を重ねるごとに色付いていく空、太陽が昇る寸前にある朝靄の中。
それでも、しがみつくように天に座す満月を──、
黄金色から透明色へと移りつつある正円のそれを──、
「そこに、いたか────‼︎‼︎」
私は、叫ぶとともに睨みつけた。
そして、その瞬間。
空すらも塗りつぶすほどの膨大無比なる黄金の閃光が、この世界を覆い尽くした。
◆
破壊された大地が、蒸発した龍神湖が、沈みつつあった仙天島の成れの果てが、あらゆる世界の全てが、その暖かな光を浴びていた。
その漲るような魔力の量は尋常ではない。
「無限」をそのまま表したかの如き、表現するのも馬鹿らしい魔力量。エネルギーにして核融合兵器数発分にすら匹敵する超絶火力。
それがこの大塚市上空に集まり、台風の目のごとく渦を巻いている。その燐光はきっと、宇宙からでも観測できたことだろう。
「……………セイバー。いや、ラーヴァナ 」
その、中心。
桁違いのエネルギーを放ち続ける剣、それを高々と天に掲げている少年は、少女の名前を呟いた。
「運命ってのが本当にあるとしたら……やっぱり俺は、お前と生きることは出来ないのかもしれない。こうなることが、俺たちの運命なのかもしれない」
そう呼ばれたその剣は今や蒼色の魔剣ではなく、
「それでも、俺に出来ることはある。俺にしか出来ないことがある。ずっと前に、誰かが成し遂げたことのように」
以前彼女が説明したように、セイバーが握る剣が魔剣に変質しているのは、彼女が血に塗れ過ぎた結果に過ぎない。魂まで定義付けられるほどの殺戮の結果、もはや彼女が聖剣を握る資格は失われた。
しかし、彼にはまだ「資格」があったのだ。
羅刹王のものと混同され、一度は暴走しながらも、助力によって穢れを払い除けた清廉無垢なる魂。その持ち主たる志原健斗が、殺意や敵意といった負の感情を一切有さずにその剣を振るったが故に、この奇跡は手繰り寄せられた。
かの剣の真たる銘、「聖剣チャンドラハース」。
それは満月色、黄金を振るう聖剣である。
「──……セイバーは返してもらうぞ、魔王」
決着の時だ。
健斗は剣をやや後ろに構え、背後の翼を勢いよく羽ばたかせた。
◆
対し、地上。あらゆる全てを睥睨できるはずの塔の頂点に立ちながら、こちらを見下ろされるという屈辱を味わったセイバーは、怒気を強めて黄金を構える剣士を見据えていた。
(勇者の矢は囮。私が迎撃に要した時間を利用し、あの超高度まで一気に移動──可能な限り月に近付き、ありったけの月光を刀身に
きっと、今の彼女には理解できなかっただろう。
彼が、セイバーと共に戦い抜いてきた健斗が何よりも信頼する武器は、決して勇者の矢などではない。相棒にして戦友たる少女の剣こそが、健斗が最強無比と信じるただ一つの武装だったのだ。
「う、…………く──」
天より惑星を鷲掴みにするかのような絶対の力。
自らにも真似できぬ「聖剣」による一撃ともなれば、こちらの全力をもって応じるしか道はない。
退路はなく、さらなる脅威は眼前にある。
それくらいなんてことはなかった。これしきの脅威、数えられないほどに跳ね返してきた。
けれど──、
「──────、っ」
脅威でもなんでもない、殺意ですらない暖かさが、彼女の言葉を詰まらせ、焦燥を感じさせている。
こちらとぶつかる視線に混じる
「……不愉快、だ……貴様の、目……‼︎」
──違う。違う。違う。違う。
人間は全て敵だ。殺戮すべき害悪だ。それを成すことが己にとっての正義だと、他でもない自分の中から聞こえてくる。
それなのに、何故手は震え出す?何故、心が吼え叫ぶ?
何故、何故、何故、なんでっ────、
「うるさい……うるさいっ‼︎ 私は魔王ラーヴァナ‼︎ 人類に、生あるものに、あらゆる世界全てに叛逆する──そう生きる事を定められたモノ‼︎‼︎」
感情の昂りに呼応するように、激しい蒼雷が彼女の周りをのたうちまわる。
「だから──私を、その目で──……見るなあああああああああああああああああああああああああああああああああッッ‼︎‼︎」
思わず、そう叫んでいた。
キュゴッッッッッ‼︎‼︎ と、頭上の黄金に匹敵する莫大なエネルギーが火を噴いた。
魔剣チャンドラハースを中心として、銀色の閃光が世界を灼く。
鏡合わせように構えられる月の刃。
その構えは見据える少年と全くの同一だった。魔力の放出と同時に荒々しく地面を蹴り飛ばし、音すら振り切る最高速度で黄金の彗星へと突撃する。
────黄金と、白銀。
それらを纏った流星は
少年は、その柄を次第に崩れゆく指で握りしめた。
少女は、きらりと揺らぐ瞳で敵の閃光を睨みつけた。
互いに信じる
同時、放たれる閃光を高々と振りかざして、二人の王は口を開く────‼︎
「「
そして。
世界を割る二つの極光が、真正面から激突した。
【偽・
「魔王特権」の力により、大塚ランドマークタワーが持つ体積の大半を魔力変換して健斗が作り出した、かつて魔王を殺した勇者の矢、その偽物。偽物とはいえその威力は絶大無比であり、一撃で龍神湖そのものを跡形もなく蒸発させた。セイバーにも理論上は作り出せるものの、健斗と違って羅刹王としての自分にプライドを持つ彼女が仇敵の武器を再現することは決してない。
【聖剣チャンドラハース】
セイバーがチャンドラハースを魔剣にしてしまう前、破壊神から賜った際の姿。月の刃チャンドラハースは、魔王として殺戮を繰り返した彼女によって魔剣と歪められてしまったが、健斗の魂は清廉なままだった。使用者の魂に呼応して在り方を変える月の刃は、「スーパームーン」と呼ばれる今宵限りの満月による後押しもあり、新たな使用者である健斗に合わせ、黄金の聖剣の形を取り戻すことができた。