この本丸には五振りのへし切長谷部がいる。それぞれが審神者から付けられた呼び名は順に「長谷部」「國重」「はせべ」「へっしー」「ハセオ」となる。
「長谷部」は一番最初にこの本丸に来たへし切長谷部だ。余所の本丸から引き取られた刀剣で、練度はそこそこある。前の本丸では育児放棄されていたらしく、元の審神者の事はよく覚えていないらしい。
「國重」は二番目にこの本丸に来たへし切長谷部だ。余所の本丸から引き取られた刀剣で、練度はそろそろカンストが見えてきたくらい。一応"円満退職"だったらしい。元の審神者に思う所がないわけではないようだが、今の審神者も主と認めている。
「はせべ」は三番目にこの本丸に来たへし切長谷部だ。余所の本丸から引き取られた刀剣で、練度は中堅どころ。以前の本丸でどういう扱いを受けたのか、精神的に退行している。前の本丸の事はよく覚えていないようだが、今の本丸の審神者を主とよく慕っている。
「へっしー」は四番目にこの本丸に来たへし切長谷部だ。レべリングに出かけた第三部隊が4-3で拾ってきたのを審神者が顕現した。まだ練度は低いが、よく他のへし切長谷部と張り合っている。当然のように主命厨である。
「ハセオ」は五番目にこの本丸に来たへし切長谷部だ。余所の本丸から引き取られた刀剣で、練度は特が付いてもう少し上がったくらい。以前の本丸のトラウマなのか、表情が動かないし口数も少ない。気持ちの整理が付くにはまだ時間が必要らしく、今の本丸の審神者を主と呼んでいない。が、全く主と認められない訳でもないらしい。
この五振りが揃って主の元へ訪れた場合、「付き合いの長い俺が一番主の信頼を得ている」「いや、練度の高い俺こそ主は信用して下さる筈だ」「おれだってりっぱにしゅめいをこなせます!」「主の手で顕現された俺が一番に信頼されるに値するに決まっているだろう!」などと騒がしくなる。ちなみにハセオは基本的にそういう小競り合いには参加しないが、同一存在が問題を起こさないか心配になるのか集まっている場合は共にいる。
与えられた主命を果たす為に散らばっていったへし切長谷部たちを見送り、薬研通は肩をすくめる。
「…大将はよく相手してられるな」
「俺は父さんとは違って人を使うのは苦手なんだけどな。まあ、ある意味、世話を焼かせるのも甲斐性ってことだよね」
審神者は顕現を解いて刀掛台に置かれている刀剣の一つを手に取り、状態を見る。目立つ傷はないが、暫く手入れがされていないように思えた。手入れ道具を広げて、刀剣の管理としての手入れを始める。
「自分でやらなくても問題ない事は任せる、と割り切ったらわりかし頼む事も思い付くようになってきたよ」
「まあ、主命厨が四振りもいたらそうなるよなあ」
薬研通が若干呆れた様な顔をして言う。彼はまだこの本丸に来て日が浅い方になる。同一の刀剣が既に存在している本丸に来る事になった事に戸惑った事もあったが、なんとなく上手くやれている方だ。
「大事なのは主命であることであって、主命の中身ではないからね」
承認欲求みたいなものかな、と審神者は呟く。おそらくそれだけでもないのだとは審神者も思っているが、同一の刀剣が存在している関係で余計にそういう欲求が高くなってしまうようだ。
「ところで薬研通、君は今日出陣部隊に参加するのではなかったのかな」
「…大将、全部の刀剣の予定を把握してるのかい」
「申告制とはいえ、一応ね。管理者としてはスケジュールは把握しておかないと」
審神者は会話しながらも手入れに意識を半分以上向けているのか、背後の薬研通に視線を向ける事はない。とはいえ、上の空だったり全く注意を向けていないということもなさそうだった。
「突発的に何か問題でも起こった場合、誰が何をしているか把握していないと対処が遅れるから」
「俺っちは大将が采配を振るってるとこを見た覚えがないが」
「絶対的に経験値が違うからねぇ。俺がこの手で顕現した子はともかく、俺の方が教えてもらう側にならざるを得ない」
それこそ、年単位で他の本丸で過ごしていた刀剣もいる。対して、この審神者の審神者歴はまだ一年に満たない程の期間でしかない。しかも、まともな指導を受けていなかったというおまけまでついてくる。修行中と言ってもいいくらいだ。
「それで、出陣部隊の方に行かずに此処に居る理由は何だい、薬研通」
「…大将こそ、何で今日は近侍をつけていないんだい」
この場に顕現している刀剣男士は薬研通一振りしかいない。例えば、茶を淹れる為に中座しているとか、そういうわけでもなく、審神者の近侍としてつき従っている刀剣がいない。
勿論、本丸の中で滅多な事が起こることを薬研通が危惧しているわけではないのだが、この審神者は気まぐれで行動が読めない所がある。ふと思い立って一人で出掛けてしまう事がないとは言い切れない。
「大将に万が一変事があったら、この本丸は間違いなく阿鼻叫喚の大混乱だ。そういう事はちゃんと考えているのかい?」
「いや、手入れをする間は傍に居てもらってもやってもらう事がなくて退屈させるだけだろうから、近侍を外れてもらっただけさ。只単純に、刀剣の保管管理の一手順としての手入れは刀剣男士にもできるとはいえ、此処の刀剣の手入れは出来る限り俺がやるように、と依頼されているからね」
室に安置されている何十振りもの刀剣は、政府の職員が置いて行ったものだ。既にこの本丸で顕現しているものも当然のように何振りも置かれているそれは、何らかの理由で自ら顕現を解いてしまったものや、術者によって顕現を解かれたものになる。その多くは以前に居た本丸に何らかの問題を抱えていたものであり、邪気に侵食されていたものである。
大半は暫く安置されて浄化が終わればまた職員によって何処かに持っていかれる(余所の本丸へ受け渡されるのか刀解されるのかを審神者は知らない)のだが、偶に自分から手入れの時の審神者の霊力を取り込んで顕現するものもいる。はせべもそういう刀剣の一振りだ。
もっとも、元から顕現している状態でこの本丸に寄越される刀剣もいるのだが。
「俺が言うのもなんだが、その依頼、大将に利点はないんじゃないか?」
「"君は問題を解決してもいいし、解決しなくてもいい"。まあ、苦痛ってわけでもないし、俺は少し忙しいくらいの方が好きだからね。タスクを積み上げるのはよくないが、全くない状態になると逆に不安になる」
飄々とそう言って、審神者は手入れの終わった太刀を刀掛台に戻して別の刀を手に取る。
「まあ、近侍に関しては一時(*約二時間)したら呼びに来る、と言っていたから薬研通は心配しなくても大丈夫だよ。一時じゃあ、全部の手入れは終わらないだろうしね」
なにしろ数が多いので、毎日少しずつ手入れをしている。偶に、負傷を直す為の手入れが必要な刀剣もあるので、そういう時は余計に時間がかかるのだ。職員がさりげなく入れ替えていることもあり、全ての刀剣が手入れ済みになったことはない。
「…まあ、大将がそう言うならそうなんだろうな」
薬研通は溜息をついて立ち上がる。
顕現している刀剣はいないとは言ったが、この場に審神者と契約を交わしている刀剣が薬研通以外にいないわけではない。顕現を解いた状態で鶯丸が審神者の腰に佩かれているのである。反対側には鶴丸国永もある。
ある筈の見鬼の能力を何処かにうっちゃっている審神者は関知していないが、鶯丸と国永は霊体の状態で無言でお互いの頬をつねったり小突いたりと小競り合いをしつつも室に安置されている刀剣たちにも主に危害を加えたら許さない、と威嚇をしている。少なくとも、此処に置かれている刀剣が突然顕現して審神者に危害を加えようとする事はないだろう。
「そういえば大将、腰のお
「本人たちに出てくる気がないとどうにもなぁ。まあ、その内只の刀でいるのに飽きたら勝手に出てくるだろう」
国永は浄化が終わっても顕現しないようだったら此処に安置して政府の方に引き取ってもらうかもしれないが、と審神者は付け加える。
国永はこの本丸にとって二振り目の鶴丸国永である。一振り目の鶴丸は中堅どころという練度で、国永は碌に育てられておらず片手で足りる練度でこの本丸にやってきた。ちなみに鶴丸は今ではカンストが見えてきたほどで、国永は数日前にやってきたところである。
そもそもは顕現した状態でこの本丸に寄越されたのだが、何故だか(という認識で審神者はいる)初対面で本体を審神者に握らせて自分から顕現を解いてしまった。刀掛台に置いておこうとするとガタガタ揺れるなどして抗議する為、審神者が腰に佩いているわけである。審神者は見鬼の力を使えないので気が付いていないのだが、刀剣たちから見れば審神者に甘えるようにべったりくっついている国永(霊体)を見ればどういう事なのか明白である。鶯丸はそれで拗ねて(?)顕現を解いてしまったので同じく審神者が腰に佩いている。
要するに、国永も鶯丸も審神者に佩刀になりたいらしい。
「あんまり長く同じ刀が大将の佩刀の真似ごとをしてたら旦那方も機嫌を損ねるだろうし、仕方ないな」
「ははは。まあ、鶴丸にも顕現を解けば俺の佩刀になれるなら顕現を解くぞ、と言われてしまったしな」
ただし、この審神者に武道の心得は全くない。刀剣から経験などを読み取る事で緊急回避程度に振り回す事は出来るかもしれないが、戦場で振るう事はまず不可能である。そもそも刀剣たちが主を戦場に出さないが。
「…そろそろ、休憩にしたらどうだ」
茶を持ってやってきた本日の近侍、国広にちらりと目をやり、審神者はこれが終わったら、と返した。国広は茶の盆を手にしたまま審神者の傍に座る。
国広は余所から来た刀剣ではなく、この本丸で審神者に顕現された刀剣男士になる。だから、この本丸でちゃんと顕現している刀剣しか知らないし、他の審神者の事も良く知らない。なので、標準的な刀剣男士がどうなのかはよくわからない。わからないのだが、なんだかんだ審神者に顕現されたものが普通よりなのだろうと思っている。
もっと直接的に言えば、鶯丸はつんでれなのだなあ、と思っている。審神者を嫌っていない事自体は知っていたが、顕現している時は審神者に対して刺々しい態度を取る事も多かったのだが。
友成はさらっとデレる類のくーるびゅーてぃなので、却ってこういう素直に審神者に甘えている感じのは見た事がなかった。審神者には見えていないし関知もしないからなのかもしれない。難儀な奴だ。よそのほんまるこわい。
などと国広が考えていると、審神者が手入れを終えて振り返った。
「茶を淹れてきてくれたのか、ありがとう」
「…水分補給は大事だと兄弟も言っていた」
「ふふふ。堀川は気配りがすごいよな。俺も見習わないと」
しかし丁度喉が渇いていたから助かったよ、と審神者は国広に微笑んだ。国広は何となく照れ臭くなってすっと目を逸らす。鶯丸のじっとりとした目と視線を合わせたくない。
「…写しの淹れた茶でも、喉を潤す位の事は出来るだろう」
「写し云々というより、慣れの問題だろう。和泉守とか茶を淹れるのへったくそだったぞ。抹茶オレ風にして飲み干したけどな。まあ、今はどうだか知らないが」
意外と努力家だから上手くなっているだろうけどあれ以来俺には淹れてくれなくなったからなあ、と審神者は笑う。和泉守はこの本丸に居る刀剣の中では古参の方(顕現してからの長さを純粋に比べるとまた別の話になる)だが、審神者との仲はそこまで良くない。堀川が和泉守が審神者と仲良くできるようになってほしいと心を砕いている事を知っている国広としては複雑な限りである。この審神者、和泉守に対して特に隔意はないらしい。
「…慣れの問題、か」
「器用な奴はちょっと練習すればすぐ上手くなるもんだが、まあ向き不向きもあるからな。というか、国広の茶は別に不味くないぞ。そりゃあ、友成とかには負けるだろうが」
「…茶であいつに勝てるとは思っていない」
二振り目に言及されたからか、鶯丸がガタガタと何事が主張する。審神者は目を細めて柄の辺りを撫でてやりながら「俺は君の淹れる茶を飲んだ覚えがないからなあ」と返した。
「そういえば逆に俺が茶を淹れた事もあまりないなぁ。膝丸鶴丸堀川辺りくらいかもしれない」
いつの間にかもっぱら世話を焼かれるばかりだからなあ、と審神者は呟いた。
「…構いたがりが多いからな」
「賑やかなのは嫌いじゃないぞ」
にこやかにちょっとずれたことを言う審神者を国広はすっと見る。そして、己の前髪の右半分を止めているシンプルな白のパッチン留めに触れた。審神者が「前髪すだれみたいになってるけどあんまりそんな風にしてると目が悪くなるぞ。せめて半分は開けておけ」といって国広に寄越したものだ。此処の刀剣の構いたがりの元凶の半分くらいは審神者の影響だろう。余所出身のものはまた違うのかもしれないが。
「場合によっては騒がしい位だと思うが」
「これだけ人数がいて騒がしくならなかったらその方が怖いけどな。…さて、そろそろ厨の方に顔を出しに行くか。もうすぐ昼だしな」
「…意外と食い意地はってるよな、あんたは」
「ご飯を作ってもらうのは好きだ」
にぃと審神者は笑う。国広は肩をすくめた。