「小鳥」
「小鳥」
「なんだ?光世」
呼び声に小鳥は振り返る。
別にそれが悪いというわけではないが、何かが間違っている気がする。ありていに言うのならあれだ。何か懐かれた。でかくてごついやつに。それ自体はともかく、そのでかいのにカルガモのように付いてこられるのは何となく世の不条理を感じる。それはちんまりした子のするべきことではないのか?いや、別にやっちゃいかんとは言わないけれど。
「花が咲いていた。俺には、なんという花か判別がつかないが…」
「ん?…ああ、これはパンジー…和名だと三色すみれ、だったかな?」
「これはパンジーというのか」
「ああ。…しかし、この空間本当にカオスだな。パンジーは確か春の花のはずだが」
先程は確か撫子の花を見かけた。温室なんかの特殊な環境であれば十分ありうることだとはいえ、人の手に寄らないそれは奇妙を通り越して不気味さを感じる。これが狭間の空間というやつか。
「何かおかしいのか?小鳥」
「いや。現実にそうなってるんだから、此処ではおかしなことじゃないんだろう。現世では奇妙なことになるんだろうが」
「…?」
最初は戸惑っていた光世も、最近では道端の花に気を留められるようになる程度には精神的余裕ができるようになったらしい。
常に同じ状態を保つ場所ではないとはいえ、二人がこの道をゆくのは初めてではない。本丸から妖横町へ出るこの道は、ある意味ライフラインといってもいいものだ。刀である光世はともかく、人である小鳥には命を繋ぐ糧が必要になるのだから。具体的に言うなら、食事である。
「小鳥は本当に色々なことを知っているな」
「偶々だよ。知らないことの方がずっと多いだろうし…調べればすぐわかることばかりだ」
「だが、調べる方法さえわからなければわからないことだ」
「それはな…」
光世によって花なんかの話がそれだったとして。小鳥にとっては審神者がそうである。色々とどうなんだって話ではあるが。正直、今の小鳥は審神者の役目を殆ど果たしていないだろう。それで不都合が起きていないのもまた確かなのだが。
「俺は、蔵にいた時期の方が長い。本丸に来てからも…あまり、表には出されなかった」
「ああ、箱入り息子ってやつ」
「用事がある時だけお呼びがかかる。俺はそういう刀だ」
「でも、大事にはされてたんだろ?」
「それは、な。…役目を果たせるのが俺一振りしかいないからとはいえ、こうして頻繁に外に出られるというのは、存外悪くない」
「まあ、光世一人ならともかく、俺一人で妖横町に行くのは危ないからな。…というか、別に光世一人で出掛けてもそれはそれでいいと思うぞ?」
「いや、いい。俺は、あんたと出歩く方がいい」
「…光世がそれでいいならいいけどな」
何で懐かれてるんだろ。
本人に言ったら絶対怒られることが予想できるので言っていないが、光世が小鳥に親しみを持っている理由の一つは、彼女といると、彼の大切な小さな友人を思い出すからである。
前田藤四郎。刀時代からの知り合いであり、本丸に顕現してからも光世のことを気にかけ何くれと世話を焼きに来た短刀。
小鳥は前田ほど世話焼きではないが、光世が呼べば快く応えてくれるのは同じだ。光世の知らないことを自然と教えてくれるのも。
その小さな友人が、最終的にどうなったかを、光世は考えないようにしている。それが逃避だとはわかっているけれど。
光世は、小鳥の傍に居たがるが、触れようとはしない。己の霊力や、呪いが、小鳥に何らかの悪影響を起こしたらと思うと、恐ろしいのだ。それを察してか何でか、小鳥からも光世に積極的に触れようとはしない。その手を拒もうという素振りもないが、手を伸ばしもしない。良くも悪くも、許容している。
「・・・」
知っている。
小鳥は光世の手を拒まない。先に拒絶したのは光世の方だ。
本当は、触れたい。光世も刀だ。人のぬくもりを恋しく思う。刀は、人に振るわれることが一番の幸福だ。佩刀として付き従うのも幸福だ。付喪神は、人に愛されたモノに魂が宿ったものなのだから。
けれど、大典太光世という刀は、彼にかけられた呪いは、他者との関わりを許さない。傍にいるだけでも本当は害になるかもしれないくらいなのだ。幸いにも今の所そういう兆候はないが。もしそうなれば、光世の方から思い切り距離を取らなくてはならない。
小鳥はきっと、そうなっても気にしない。望む限り傍にいてくれる。
「…小鳥」
「なんだ?光世」
「…いや、なんでもない」
脈絡なくすまないと言ったら、あんたは怒るもんな。