小鳥は一筋縄ではいかないが、概ね善良な人間だ。僕が直接話した印象はそうなる。でも、それ以上に、賢すぎて他人に絶望してしまっている、という感じもした。哲学的、というんだったか。物事を深く、難しく考えているというか。
…でも、彼女の判断自体はそう間違いでもないんじゃないか、と思いはする。彼女に敵意を向けている者は、ただ人間だから、彼女を敵視している者が大半だ。当然だよね。小鳥はまだ誰にも危害を加えていないし、理不尽な命令もしていない。それどころか、敵意を向けない者には友好的に接することもしている。
僕たちと彼女の関係が宜しくないのは、僕たちが彼女を拒絶したからに他ならない。歩み寄ろうとした彼女に刃で答えた。その上で、彼女がどんな人間か見極めよう、なんて…滑稽な話だよね。
一週間の猶予だなんて、彼女は無駄なことだって言っていたけれど、確かに必要なかったんだろう。彼女は既に僕たちを見極め終えてしまった。
"僕たちが"彼女の信頼を得ることは、もう難しいだろう。自業自得だ。審神者は人間で、聖人君子や仏ってわけじゃない。酷い扱いをされて腹を立てないわけがない。いや、まっとうな人間なら最初の時点で逃げ帰ったっておかしくなかった。今この状況になっているのは不自然極まりないことといってもいい。
間違っているのは、僕たちだ。
「…あの子を見極める、だなんて言い出したのは、一体誰だっけ」
確か、太刀の誰かだったような気がする。彼は、わかっていてそんなことを言い出したのか、それともすぐ受け入れられなかったが故の逃げの一手か、はたまた本気でそう考えたのか。いずれにしても碌でもないことに変わりはない。
僕たちはあくまでも刀剣の付喪神だ。自らを振るう相手を考えるのは僕たちのすることじゃない。そりゃあ、僕たちを顕現させたのは彼女ではないけれども。
「下手に動けば拗れるだけだろうけど、このままじゃあ信用を失うばかりだよねぇ。…悩ましいなあ」
敵意を持っていると、指摘されたのは初めてだった。あの女も、あの男も、笑みを浮かべてさえいれば私が腹の中に抱えているものがあることさえ気がつかなかったのに。他の刀剣たちは、当然同じような気持ちを抱えていたから、わざわざ指摘するまでもなかった。
弟たちを守るため、私は主の意向・言動に目を光らせていなければならないというのに。警戒され近づけないのであれば私はどうすればいい?弟が、例えば五虎退が、あの人間に不用意に近づいて傷つけられるようなことにでもなったら、私は。
「…どうすんだ?兄貴」
「…どうしたものだろうな」
和泉守殿と鶴丸殿は途中で拒まれはしなかった。鶴丸殿はあのような方だから、あの人間の前で恨みつらみを忘れたように振舞うこともできるだろう。普段の言動が軽いからあまり意識されないが、彼は平安生まれの老獪な太刀の一口だ。己の本心を綺麗に隠してしまうことだってできるだろう。
だが、和泉守殿はどうだろう。我らの内で最も若いあの太刀は、言ってはなんだが、隠し事が上手にできるような性格ではない。思ったことがすぐ表に出る。好悪感情がはっきりしていて、喧嘩っ早い。どう考えても腹芸などできない。
「…薬研、お前は五虎退たちについていてくれ。私は和泉守殿に話を聞いてくる」
「和泉守の旦那に?」
「ああ」
「…まあ、兄貴がそう言うならそうするが」
「午前中だけっつったって、側で見てたんだろ?じゃあ何でわからねぇんだ?」
和泉守殿は酷く呆れたという顔をする。
「アイツ、俺たちがアイツを殺すことを選ぶと思ってるし、だからって俺たちに危害を加える気なんかこれっぽっちも持ってない。…寧ろ、俺たちに気ぃ使ってるくらいだ。戦力としてしか俺たちを見てないし、上への翻意はないが忠誠心もねぇ。少なくとも、主として悪くはねぇ相手だ」
「あの人間が主になっても構わない、と?」
「じゃあ逆に聞くが、あんたはどんなやつだったら主と認められるんだ?んでもって、何であいつじゃダメなんだ?」
「それは…」
「あいつを主として認めない、ってんなら、あいつを殺すか
…そういえば、そういう話になっていたのだった。翻意を持ったまま仕えるという選択肢をあの人間は用意しなかった。であれば、私は殺さなければならない。あの人間か、己かのいずれかを。
弟たちを残してゆくことは、兄として選ぶわけにはいかない。ならば、私の答えは決まっている。…最初から決まっていた。
…ああ、確かに、最初から、見極めるも何もなかった。私があの人間を敵視している以上、私の選択肢はあの人間を殺すことしかありえない。選択の余地など存在しない。私が、あの人間を敵だと思っている限りは。