本丸に入ってすぐ、何かもやの塊みたいなものに遭遇した。まだこんのすけを見つけるどころかシステム認証すら終わっていないのだが?
何故かそれが何なのかはっきり見ることはできないのだが、でかい。例えるなら…大柄な男性、という感じのサイズだろうか。流石に象とか車とかのサイズではない。
それが、俺の行く手を阻むように立ち塞がっている。
「…ええと」
まずこれは、物なのか生物なのか。言葉を理解するのかしないのか。危険であるのかないのか。なんとなく、無視してはいけないものな気はするのだが。横をすり抜けたり、は、できない気がする。
「こんにちは。俺は小鳥。本日付でこの本丸に配属されたんだけど…」
何か…金属の擦れるような音がした。ついで、何かが顔の横を通り過ぎた気配がした。髪の毛が数本ぱらぱらと舞って落ちた。
…攻撃、された?
いや、棒立ちだったんだから、外れたわけじゃないだろう。つまり、警告、か?
俺がすぐに動かなかったからか、前方のそれが構えなおす気配がある。ここは、いったん逃げるべき場面か。すり抜けて向こうに行くのは無理なのだから、とりあえず戻るしかない。別の道を探すか…あるいは、
「…って、追ってきてるし!」
半ば誘導されるようにして、門まで戻ってきた。しかし、門は閉まっている。
「あっ、ていうかオレ、
正確に言うと、座標指定用のコードを知らない。ざっくりとした使い方は一応わかるのだが。
もやの塊が門のコンソールのところで暫く滞った後、大きく舌打ちをした。
「…遅かったか」
なんぞ。というか、え?喋った?
それが、俺の方に向き直ったのが、なんとなくわかった。睨みつけられている…ような気がする。
「…ええと」
「…
「マジで?」
というか、そうか、もしかして、この人は俺が閉じ込められる前に外に出してくれようとした、のかな?自分が出るためであれば、途中で俺を追い抜かしてただろうし…。
「…しかし、何のために?」
「…お前はこの本丸を維持するための贄だ。これまでの通りなら、お前が死ぬまで、この門が再び開くことはない」
「聞いてないんだが…」
まあ、そんな任務引き受ける人はそうそういないだろうけども。俺は…んー、ちゃんと説明されれば納得して引き受ける可能性もなくはない?…いや、でも死ぬまでってのはなあ。
「これまで此処に送られてきたものは、大抵半年ともたなかった」
「そりゃ説明されねーわ…」
実質人身御供みたいなもんだろ、それ。
「…俺の力では、お前を現世に返してやることはできない」
「…んー、まあ、なっちまったもんは仕方ねーや。暫く一緒に暮らすことになるってことだよな?俺は、あんたのことを何て呼んだらいい?」
「…恨み言は言わないのか」
「恨み言言って何か解決するわけでもないだろ?あんたに悪意があったわけじゃなさそうだし、恨むにしても軍とか担当だよ」
「・・・」
大体、他者を憎むというのはしんどい。許す許さないの問題でなく。俺の中では、憎まないことと許さないことは両立する。どちらにしても嫌な奴のために時間を浪費したくはない。
「…大包平だ」
「オーカネヒラ?」
「大きな包平の太刀で、大包平だ」
「…刀剣男士?」
「見て分からないのか」
「俺視点、あんた、もやの塊なんだけど」
…いや、でも多少なんか…ところどころ赤いってのはわかるようになった、かな?
「何だと?」
「それとも、刀剣男士ってそういうものなの?」
「お前、もしや審神者のくせに見鬼の才が…いや、ただ見えないのであればもやに見えるということはないか…?」
「いや…何故か採用されちゃっただけで、俺は零感の一般人だぜ?幽霊とか見たことないし」
「…刀剣男士は人と変わらん姿の肉体を持っている。特殊な事情がなければ見えないということはないと思うが」
そんなこと言われてももやもやして見えるのは事実だし。
「…まあ、俺が過剰に穢れをまとった状態になっているのも事実だが」
「んー、穢れをまとってるともやもやになるの?」
「…穢れを視認できるものは俺がもやもやとしたものに覆われていると感じる可能性があるな。どうもニュアンスが違いそうな気がするが」
「んー…俺もそんな気がする」
俺に見えるのは…いや、
「…ところで、過剰に穢れをまとってるのって良くない状態、なんだよな?」
「…ああ。今は正気だが、呑まれればお前に危害を加える可能性もある」
「…俺に、何かできることはあるか?」
「…お前が、穢れを祓い浄化する方法を知っているのであればな」
「知らねーわ。俺が知ってる術、治癒と強化とビームだけだもん」
「…まあ、元一般人というのであれば、三つ術が使えるのであれば上等なのではないか」
「そういう大包平は知らないの?浄化の方法」
「残念ながら、専門外でな。御神刀や仏門の主がいた類なら別だろうが」
「そうか…ちなみに、しんどかったりとか、しない?」
「別に、そういうことはない。気にするな」
「…なら、いいんだけど」
しかし不便だ。いや、顔がちゃんと見えてないから俺も人見知り発揮しないで済んでる可能性もあるけども。
「…それに、同じ本丸で暮らすといっても、共に過ごす必要はない。他の刀は皆折れてしまって、この本丸にいるのは俺と式たちだけだが」
「えっ」
「何だ」
「…いや、一日中誰とも顔を合わせないとか、寂しくて死ぬ気がする。俺、大家族育ちで一人暮らししたことないし」
「…人は寂しさでも死ぬのか?」
「直接的な死因にはならなくても、間接的な原因にはなるかもよ?…いや、俺、自分に自殺する度胸があるとは思ってないけど」
大きく溜息を吐く音がした。
「俺はいつ正気を失ってもおかしくないし、お前からは俺の姿はよく見えていないんだろう?それでも、不干渉を望まないのか」
「あんたが正気を失った時のことはその時になってから考えるし。見えないっていっても、いっちゃん最初よりは多少…見えるようになってきた、ような?」
「なんだそれは」
仕様のないやつだな、みたいなことを思われている気配を察知。俺そんな変なこと言ってるか?
「…まあ、お前がそれで後悔しないというなら、俺は止めない。…これからよろしくな、小鳥」
わしゃわしゃと頭を撫でられた感触があった。どうせなのでやり返すことにする。背伸びをして大包平の頭(推定)に手を伸ばす。
「こちらこそ、よろしく、大包平」
本丸内は概ね汚かった。暫くは掃除に専念する必要がありそうだ。一応、管理権限を書き換えて、式たちとも顔を合わせた。こんのすけはいないらしい。資材はほぼない。鍛刀は元々禁じられているが、最低値にすら満たないようだ。そもそも物資類も乏しい。食料その他一週間はなんとかもつ…かな?という量しかない。
「…流石に、餓死は勘弁してもらいたいな…」
「…ああ、人間は食べないと死ぬんだったな」
「刀剣男士は死なないのか」
「俺たちはあくまでも刀だからな。食事も睡眠も、人真似をしているだけのことだ。…しかし、食料か。…おそらく、門が作動しなくとも妖横町になら行けるはずだと思うが…」
「妖横町?」
「読んで字のごとくだ。妖怪の商店街のようなものだから、当然妖どもと…他の本丸の刀剣が訪れているだろうな。とはいっても、お前が一人で向かえば
「…それは、多分困るな」
最終手段としてはあり?かもしれないが。
「…俺が同行できればいいんだが、あまり穢れにまみれた状態で出歩くのは差しさわりがあるからな…」
「うーん…」
やはり、穢祓いの方法も探すべきなのか。
「…審神者の部屋とかに呪術とか浄化とかに関する資料ってないかな」
「…全くない、ということはないんじゃないか。おかしな術にも手を出していたようだしな」
「あー、使う前に解析が必要なやつー」
前の…というか、この本丸が辛うじてまともに動けてた頃の審神者の執務室は色んな意味で汚かった。単純に埃とかの堆積もそうだが、ゴミとか放り出したままも物とかの意味でも普通に汚部屋である。あさりたくねー。
「…酷いな」
「とりあえず空気を入れ替えて…掃除するところからか?Gとかは発生してないよな?」
「G?」
「汚いところに付き物の例の虫」
「外から持ち込んだやつがいない限りいないんじゃないか。本丸に虫が自然発生するということはないからな」
「まー正直俺はGより蜘蛛の方が苦手なんだけどな…いないならいいや」
とりあえず、窓と戸を開けて、はたきとマスクを装備する。まず、埃だけでもどうにかしよう。
気を紛らわせるために歌を口ずさむ。No Music,No Life的な?いや、わりと真面目に俺は生きるために歌が必要な人種だ。多分。
ゴミはゴミ箱に捨てようぜ。そこ面倒くさがるのが汚部屋への第一歩だぜ。まあ、主のいない部屋で今更言ったとて、誰にも伝わらねーんだけど。俺はゴミの放置はしないし。大包平はどうか知らんけど。
「♪~」
背後で、小さく笑う声がした気がして、思わず振り返った。赤髪の精悍な顔つきの青年が、思わずというように口元を綻ばせていた。
しばしフリーズしている内に、目が合って、青年が笑いを堪えているような表情のまま言う。
「どうした、小鳥」
「…大包平がイケメンだったので驚いている」
「は?」
少しして、俺の発言内容を理解したのか、彼はキリっとした表情を作った。
「ふん。俺は天下五剣に引けを取らない、美しい刀だからな」
「いやあ、俺は今んところ刀の美醜はわかんねーわ」
「後で俺の本体を見せてやる」
「シロートが見て分かるもんなの?」
「当然だ。美しいものが美しいと表現できるのであれば、当然、美しいものを美しいというだろう」
「ちょっと何を言っているのかよくわからない」
ところで、何で大包平の姿がはっきり見えるようになったんだろうね?