見習い乗っ取りがブラックになって奴隷を欲して見習いを連れてきて云々
「自分の判断で主を裏切って鞍替えする部下なんていりません!信用できないにもほどがある!」
鋭い拒絶の声を聞きつけ、監査官たちは部屋に入る。そこには、眉根を寄せて刀剣を睨みつけている少女と、困ったような顔をしている刀剣たちがいた。
「しかし主…」
「あの無節操な色狂いから助けてくれたことには感謝しますけど、それはそれです。僕の刀は今のところこの子一振だけ。そもそも、結局まともに指導を受けられていないのに、審神者なんて務まりません。あなた方の主はこの本丸の審神者である先輩でしょう」
少女は腰に佩いた太刀の柄に手をやる。おそらくそれが彼女の初期刀にあたる刀なのだろう。
「監査部です。こちらの審神者の方から、見習いに本丸を乗っ取られたとして通報があり、来たのですが…」
「私は乗っ取った覚えも乗っ取るつもりもありません。先輩の指導不足です」
呪術師でもある監査官には、少女の霊力の清廉さ…苛烈なまでの浄化の力がわかる。彼女は嘘を吐いていないだろう。しかし、それは彼女が乗っ取っていないことと=とは言い切れない。何しろ、刀剣たちは少女を主と呼んでいたし、少女の霊力を身に宿している。客観的に見て、彼女はこの本丸の刀剣を奪ってしまっている。
「あなたがこの本丸で何をしたのか、話していただけますか」
「何をしたと言われても、私は先輩に言われた通りのことしかしていませんが」
監査官をまっすぐに見て、少女は言う。
「初日…三日前にこの本丸に連れてこられてすぐ、実地訓練だと、手入れ部屋に霊力を注がされました。二日かけてこの本丸の負傷刀が全て手入れし終わったとかで、昨日、座学を教えていただけるのかと思ったら、先輩に突然押し倒されて犯されそうになったのを、そこの方々が先輩を斬りつけるなどして、止めて引き離してくれました。以上です」
「…えっ」
それが事実だとすれば、それは全くもって見習いにやらせることではないし、勿論強姦しようとするなどもっての外である。
「見習いが本丸の刀剣を手入れしてはならないのですよ?養成所で指導されませんでしたか」
「養成所?…いえ。私は先日、健康診断の結果、霊力があると判明したとかで、念のため、刀剣を降ろせるか試験を受けた上で此処に寄越されました。審神者としてどうすればいいかは先輩について学ぶものだということで」
「あ、アウトー?!」
この場合、アウトなのは見習いではなく見習いの担当官である。見習いとして本丸で実地指導を受けるのは、候補生の最終試験であり、養成所を卒業してから行うべきことである。それは何より、候補生の身を守るためのルールなのである。
「アウトって何ですか。これやっぱり何か性質の悪い大規模ドッキリか何かですか?霊感とか全然ないのに霊力あるとか突然言われて、変だとは思っていましたが」
「あ、いや、アウトなのはあなたではなく、此処の担当官です。というか、調べなおさなければならないので、しばらくこの本丸で待機してもらっていいでしょうか」
「身の危険を感じるのですが」
「俺たちが主に危害を加えるなんてとんでもない!っていうか、そのままこの本丸の審神者になってほしいんだが」
「あんなクズより主の方がいい」
「あの男の刀剣に戻されるなんてまっぴらだ」
刀剣たちは口々に元の審神者より見習いを主にしたいというが、少女はきゅっと眉をしかめる。
「絶対に嫌です。ほんの数日前に出会ったばかりの小娘に、人柄も知らないくせに、それまで長い付き合いのあったはずの審神者を捨てて乗り換えようとする方たちなんて、全く信用できません。自分の命を預けるに値しない部下なんていりません」
刀剣たちに少し同情したくなるほどのにべもない拒絶である。しかし、少女の主張は否定できないし、刀剣たちからも否定の声が上がらない。酷く動揺した顔をしている。
「…ええと、では、見習いさんも監査部の方で保護するということで…」
これで見習いが高官の子女とかだったらまた話は反転していただろうが、むしろ、彼女は何のコネも伝手もない一般人だった。それどころか、本丸での態度は精一杯の虚勢だったらしく、ゲートをくぐって政府施設に来たところで、力が抜けたように座り込んで、ぽろぽろと涙をこぼし、唇を引き結んで泣き出してしまった。
とはいえ、それは何の不思議もない。一般人の少女が突然連れ去られ強姦されかけ、信用できない相手に囲まれていたのである。大きなストレス、強い緊張状態を強いられていて当然だ。少女は女性職員に連れられて控室に連れていかれた。
「彼女はシロ…ですよね?」
「アレでクロだったらとんでもないよ」
少女はクロに利用されそうになった被害者である可能性が高い。それが術師として見た印象である。
そして件の本丸について洗いなおした結果、とんでもないことが判明した。あの本丸は二年前初代の審神者から現在の審神者に譲渡された本丸である。しかも、当時見習いであった現審神者に全刀剣がついたため、初代が追い出された…いわゆる見習いによる乗っ取りが行われた本丸だったのである。そして、その後はテンプレのようにブラック本丸と化していたようだ。
呪具を使っての乗っ取りであった可能性も高そうだが、少女の拒絶に対する刀剣たちの狼狽え方も納得できるというものである。少女の言葉はそのまま、今回だけでなく、初代の時にも当てはまるのである。何しろ、見習いを受け入れた時、初代は審神者歴五年目の中堅どころだった。成績も良好で当時確認されていた刀剣は概ねそろえていたが、運営はホワイトだった。客観的に見て裏切られる要素のない良い審神者だったのだ。もしかしたら何の非の打ち所もない人間ではなかったのかもしれないが、少なくとも全刀に裏切られて当然という風には見えない。そもそも人間が何の非の打ち所もないわけがない。欠点の一つや二つあって然るべきである。
見習いの少女には審神者としての知識が全くなかった。故に来て日が浅かったこともあり、本丸がブラック経営だったことには気付いていなかったようである。そもそも審神者が何をするものかすら、理解していなかった。それどころか自身の霊力を認識できていない。無意識に、雑な操作ではあったが、使用できているようだが…術の一つも使いこなすどころか教えられていない。本来なら身の安全のためにも本丸に連れていくべきではない状態である。
少女にとって幸運だったのは、初期刀にあたる刀を持たせられていたことである。採用試験の最終試験と同じく、打刀の依代によって降ろされた、しかし初期刀として降りることの多い五振りに当てはまらない太刀。山伏国広。太刀であるがいわゆるレアではないので取り上げられずに済んだのだろう。
この山伏、梵字や明王が彫られていること、本刃の気質などから霊刀のくくりとして扱われている男士である。怪異斬りではないが、修験者の心得を持っている。そんな刀剣を常に携えていたことが、文字通り少女の守刀として働いてくれていたようなのである。本丸内で審神者にも刀剣にも操られず己の意思を貫き通せたのは、山伏が霊的な守りを担ってくれたことも一因だろう。加えて、本丸の滞在時間も短く済んでいる。流石に練度1の状態では長く守り切ることはできないだろう。
現在審神者と担当官が何を思って見習いを本丸に連れてきたかは、まだ白状してはいないものの、およそ予想はついている。乗っ取り案件で偶に見られる、前任が霊力タンクや奴隷のような扱いで本丸内に監禁されるアレである。見習いは浄化に特化しているが、豊富な霊力の持ち主である。そして、初期刀が太刀になったところから相応の鍛刀運を持っている可能性が高い。何も知らない内に囲い込んでいいように利用してやろうと考えたとして、全く不思議ではない。
まあ、審神者はそれで墓穴を掘ったようだが。そもそも彼も養成所を経由せず不正に見習いとして入り込んだ口である。本丸の審神者以外が本丸の施設に霊力を注ぐ危険性を知らなかったのだろう。加えて見習いは己の霊力というものを認識しておらず、見様見真似に力技で大量の霊力を注いでしまった。それで手入れを受けた刀剣たちの構成霊力がまるっと少女のものと入れ替わってしまったのである。そんな状態で、心理的に隔意さえ存在する刀剣と審神者の主従関係が維持できるはずもなく、今回の離反へと繋がってしまったようだ。
「それにしても、自分たちのしてきたことを棚に上げて、見習いを通報するというのは…あまりに短慮すぎないか?」
「自分ならそのまま乗っ取ると思ったんでしょうね…結果はアレですが」
初代の審神者の所在はまだ判明しないが、見つかったとしても、かの本丸には戻りたがらないだろう。刀剣たちも今のところ初代を戻せとは言ってきていない。要求しているのは見習いを正式にあの本丸の審神者にすることである。そして見習いはきちんと講習を受けて新しい本丸を持ちたいと言っている。極めてまっとうな希望である。引継ぎを希望しないのは、保護された時言っていた通りだろう。監査部としては、見習いの希望を優先してやりたいところである。かの本丸は、今の審神者を監視付きで戻せばいい。認識はどうあれ、あの刀剣たちは二人の主を裏切っているのである。しかも、それを後悔や反省している様子があまりない。同じことを繰り返さない保証がないのである。
彼女が完全拒否を表明したこともあり、手入れを通じて彼女の霊力によって顕現されている状態となっていた刀剣たちとは仮契約程度の状態であった。流石に、きちんと縁切りをせず自然と切れるには刀剣たちの執着が強すぎる。政府はもちろん縁切りの手段を持っている。そう気軽に使えるものではないが。
監査部に所属する某刀曰く
「あー、愛し子じゃないか。しかもどこぞの厄介そうな神に目を付けられてるぞ。放っとくと取られちまうな。すぐ信用できる刀で周りを固めさせた方がいい。御大にも目を掛けられてるみたいだし、間違ってもブラックに放り込むなよ。大惨事になるぞ」
「しかし、まあ…執着されるのもわかる美味そうな魂をしているな。俺もフリーだったら名乗りを上げてたところだ」
少女は一貫して何を言われているのかわからないという顔をしていたが。
そんな感じで、見習いはかの本丸の刀とは縁切りして、監査部と繋がりを持つとある本丸の審神者に預けられることになったのであった。
監査官の立ち合いの元、刀剣たちの
「さて、本丸に戻るぞ、見習い」
「は?」
「お言葉ですが、彼女は特別措置として監査部の管理下にある本丸で指導を行うことになっています。あなたの本丸に向かうことはありません」
「乗っ取るつもりがないなら、改めて俺が指導してやるって言ってるんだよ。何か、怪訝しいことを言ったか?」
「そもそもあなたは見習いを受け入れる条件を満たしていません。候補生を不適格な審神者に預けて潰されては困るんですよ」
「はァ?優秀な俺が落ちこぼれのそいつを指導してやろうって言ってんだよ。喜んでついてきて然るべきだろ」
本気で言っているらしい審神者に監査官が呆れた顔をする。担当官が更迭されたというのに、己の悪事がバレたことに気付いていないらしい。確かに審神者の自白は引き出せていないが、見習いの証言だけでも潔白とは言えないし、刀剣たちの証言は取れている。
「強姦魔と一つ屋根の下で暮らすとかありえないので嫌です」
「な、は?…お、お前みたいなブス、抱くやつなんかいるわけねーだろ!」
「ええ、そういう対象に見られないように、着飾らないようにしているんですよ、私。あなたは穴があれば何でもいいみたいなのでダメでしたが」
見習いの少女は化粧っ気なくこざっぱりとしていて、和装ということもあって胸は目立たない。顔の作りそのものは整っているが華がない。正直、髪が長いから女性に見える、くらいで少年ととれなくもない見目をしている。
「というか、先輩ペド趣味でもあるんですか?貧乳に興奮するとか」
ドン引きという顔で見習いが言う。審神者の顔が真っ赤になった。
「お前、どこまで俺を侮辱する気だ?抱くなら胸がでかい方がいいに決まってんだろ!」
と、本人は言っているが、彼の本丸では夜伽の強制も行われており、主に被害にあっていたのは短刀や脇差など未成年の外見をしていた刀剣である。ペドと言われても否定できない。
「…本当、無理」
ガチの反応だった。
「そもそも、男性審神者の本丸に女性候補生は送りませんよ。基本的に。あなたが何を言おうと、彼女がこれから向かう本丸は既に決まっています。それはあなたの本丸ではありません」
監査官が見習いを庇うように割って入る。