亜種がごろごろいる本丸
「君が見習いか。…そうだな、異論がなければ私は君に大瑠璃という号を与えようと思うんだが」
「一足飛びすぎませんか主さま。自己紹介もせずに」
管狐に言われ、審神者はそれもそうかという顔をして言う。
「私はこの本丸の審神者の黒雉という。弟子を取るのは初めてで、少々緊張している。まあ、よろしくしてくれ」
「ええと、つまり、私はこれから大瑠璃と名乗ったらいいんですか?」
見習いが首を傾げると黒雉は頷いた。
「君が嫌でないならそうしてくれ」
「ではそうします。しばらくお世話になります、黒雉さん。…先輩とか、師匠とかの方がいいですかね」
「どれでもいいよ。要は私のことだとわかればいいんだ。でも先輩より師匠の方がいいかな。師匠にお前にはまだ早いって言われそうな気もするけど」
そう言って、黒雉はバイザーのような付け方をしていた鳥の嘴のような形をした面を降ろした。
「では師匠、一つ問いたいことがあるのですが」
「何だい」
「あの方は何故吊られているんですか」
「さあ。まあ、本人が好きでやっていることだと思うから…」
「(えらい所に来てしまった)」
大瑠璃が指差した先にいたのは軒先で足を吊られているらしい人である。ちなみに、刀剣ではない。まあそもそも本来本丸に普通の人間はおらず、審神者のみ、例外として見習いや担当官などが短期間滞在する場合があるというくらいだろうか。とにかく無関係の人間が本丸にいることはまずないのである。
ちなみに紹介のために大瑠璃に同行してきた監査官はその人影から必死に目をそらしている。口の中でぶつぶつ念仏を唱えているので、怪異の類だと判断したのだろう。
大瑠璃は人影を観察する。年若い少女であるように見える。短刀に小突かれているようだし、実体があるのだろう。というか、大瑠璃は見鬼の能力を持っていないので、幽霊の類は見えないのだが。
「…でも、足吊りなら死にはしないだろうとはいえ、あんまり頭に血が上ると健康上問題ありません?」
「ええ、まあ…そのあたり自業自得ではありますからね…とはいえ、何かあったら面倒事になりますし、そろそろこんのすけが止めてきますね」
「あの方、お客さんか何かでしたか」
「まあ、そんなとこだね。君には関係ないから、気にしなくていいよ。…ところで、君の腰の、山伏国広?顕現しないのかい」
「実は、方法がよくわからなくて…そもそも霊力というものが良くわからないというか」
「ふぅん?見た所、顕現に必要な霊力は十分溜まってるし、刀の励起自体はしてるみたいだから、あとは君が呼べば顕現すると思うけど。…いや、うん。まず、霊力コントロールから覚えてもらった方が良さそうだね」
「はい…」
「ええと、それでは、問題なさそうなので、自分は戻りますね。何かあったら監査部の方に連絡をお願いします」
「わかったよ」
監査官が部屋を辞して門に向かおうとすると、道中でこんのすけが彼を呼び止めた。
「監査官殿、ついでなのでこの方しょっ引いてくれますか?身分詐称です」
「え、はい…?」
「自称、愛し子の見習いさんですよー」
「嘆かわしいことです。自ら愛し子を名乗るなど」
「…。…あー、ご迷惑をおかけしました…」
疲れた顔でそう返して、監査官は短刀(極)たちが引きずってきた少女を俵担ぎにする。
「赤猫様の要請なので受け入れましたが、黒雉さまに見習い養成は無茶だと思うのですよね…」
「まあ、そのあたりは、正直、彼女は審神者業は基礎だけ教えておけば大丈夫だろう、と。それより、霊的な自衛手段を身に付けていないことの方が問題だったので…彩藤本丸の刀剣たちから隠す必要もありましたし」
「ああ、黒雉さまは赤猫様の弟子の中で最も守護系の術に長けていますからね」
「そんな感じです」
「本物の見習いさんがどんな方なのか、楽しみですね」
「主君の弟子になるような方ですから、一筋縄でいかないような方のような気がしますが…」
「ええと、それでは、見習いちゃん…大瑠璃さんのこと、よろしくお願いしますね。あの子、一般人なので」
「はい、それではよしなに」
大瑠璃の対応を今剣に任せ黒雉はこっそり隣室に控えていた神剣組に所感を尋ねた。
「正直、主には荷が重いかもしれませんね」
「あの子は悪い子ではないと思うよ?厄介なのに目を付けられやすいみたいだけど」
「審神者より巫女の方が向いてそうだねぇ。大神も降ろせそうだし」
「アレで見えてない、ってんだから、相当だよな…下手に開かせない方がいいかもしれないぞ」
「…御大に目を掛けられている人間など、初めて見た」
「事情持ちとは聞いてたが、そんなにか」
「御大はまあ、変なちょっかいをかけなければ害はないと思う。というか、御大の加護があれば、あの子は最終的には守られるんじゃないか?周りの被害はともかく」
「あくまで迎撃だけだろうしね。あの方が降りてくれば別だけど」
「問題は他だねぇ」
次郎が神妙な顔をする。
「何処のものかわからない神からの執着…呪祝と、守刀に阻まれて届いてない刀剣男士からの執着…それもあまり状態の良くない刀剣だね。あとついでに、それらとは霊力の気配が異なる刀剣からの執着もついてたねー」
「神はともかく、刀剣の方は本人も心当たりがあるんじゃないかな。かなり新しいし」
黒雉はへの字に口を曲げた。
「刀剣男士の片方はここに来る前に訪れたっていう本丸の刀だろうね。彼女に引き継いでほしいと言ってると聞いてる。彼女は嫌がってるらしいけど」
「まあ、良縁ではないだろうね」
「…養成所には荷が重そうだね」
「…と、此処までは外的要因だね」
「内的要因…彼女自身の問題も何か?」
「とりあえず霊力周りだね。今の状態で山伏国広が顕現すると、この本丸が拙い」
「…あ、やっぱり?」
「平たく言うと、俺と同じだ。強すぎる霊力を本人がうまく扱えていないのを…今は山伏が受け取って補助してやっているが、それがなくなると…本人の本丸でなら問題ないだろうが、此処は主の本丸だからな。言い方は悪いが、霊力汚染になる可能性がある」
大瑠璃は浄化特化型なので汚染というと妙な感じがするが、要するにこの本丸にとって異物である霊力が垂れ流しになる可能性が高い。
「どう指導してやるのがいいのかは、ちゃんと話をしてみなくちゃわからないけどな。刀剣男士も含めた神の執着が、なんというか、"上手く絡んでない"の、あの子がその存在に気付いてないことも要因としてありそうだから」
「気付いてない?」
問い返した黒雉に石切丸が補足する。
「怪異とは目を合わせてはいけないというだろう?お互いを認識できていないと、干渉を行うのは難しいんだ。加護は元々一方的に与えるものだから正しく機能しているみたいだけれどね。あの霊力量で気付いていない…見鬼としての力がない、となると、無意識に自分で封じている可能性もある。だとすると、かの神は余程性質の悪い神だろうけどね。縁切りのためだとしても、見鬼の力を封じるのは危険性が大きいから」
「守刀を持つ前は垂れ流しになっていた霊力で低級の怪異なら近づいても勝手に浄化されていたのかもしれないがな」
「…となると、見鬼を開かない方がいい、って可能性もあるのか」
「自分で対処できる能力や技術があれば、ちゃんと見てどうにかした方がいいと思うけどな。…けど、主がそこまで面倒見てやる必要があるかはだな…」
「うーん…対症療法的ではあるけど、まずやっぱり霊力コントロールを覚えてもらうのと、結界術でも習得させるかな…」
まずは己の霊力を感じ取るべし、と瞑想を命じられた大瑠璃だったが、注意力散漫の様子で、うまくいっていなかった。
「またしゅうちゅうがとぎれていますよ、おおるりさん」
「…実のところ、何もせずじっとしているのはすこぶる苦手で…」
「いっそたきぎょうでもしますか?ただざぜんをするよりしゅうちゅうできるかもしれませんよ」
「それは素人がいきなりやって大丈夫なものですか」
「…まあ、あるじさまのきょかがいりますが。…そうですねぇ。むやみにむしんになろうとしてもむずかしいですから、まずは、めのまえのかたなにしゅうちゅうする、というのはどうでしょう」
「と、いうと…」
「あなたのかたなをまえにおいて、それにいしきをしゅうちゅうさせましょう」
「あ、はい」
大瑠璃は刀掛けを取り出してそこに己の佩いていた太刀を置き、じっとそれを見つめる。
彼女の体格には合わない、立派な太刀である。そもそも、刀を振るう心得もないので、抜くことさえままならない。刀の知識に乏しいのでそれが刀であるという以上の認識もない。現状では唯一の、彼女の刀剣である。ちなみに、顕現したことがないので、どんな姿の刀剣男士なのかは知らない。
大瑠璃がすっと一種のトランス状態に入ったのを見て、今剣は目を細める。大瑠璃は一点を見つめて微動だにしない。その目は硝子玉のように何も映していない。ただ、霊力が淀みなく刀に注がれている。
「そこまでです」
ぱんっと今剣が手を叩くと、大瑠璃はハッと意識を取り戻し、霊力の流れも緩んだ。
「あ、え、あ…?」
「いいかんがえかとおもったんですが、だめでしたねー。どうしたいのか、はっきりしていないのがいけないのかもしれません」
「…と言われても、どうしたらいいんですか?」
「そうですね…きほんとしては、れいりょくをだしたりとめたり、いってんにながしたりとどめたりというところですが…あなたはじぶんのれいりょくがわからないのですよね」
「…正直、本当にあるのか信じられていないぐらいで。霊感とかないですし」
「れいりょくがあればかならずれいがみえるわけではありませんよ。みえるかのうせいがあるだけです。…そしておおるりさんはうたがうまでもなくたれながしです」
「垂れ流し、ですか」
「たれながしですね。ちょっとしんぱいになるくらいたれながしです。せいせいのうりょくたかすぎじゃないですかね」