刀剣たちと過ごす日々   作:ペンギン隊長

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初期刀より先に本契約をするわけにもいかないので、名乗るに名乗れない夕鶴くん


彼女の瞳は浄玻璃鏡5

 

 

 

大瑠璃と白い太刀の二人であからさまにヤバい本丸に逆戻りすることになった。

「…こうなったからには仕方ない、まずは安全地帯を確保するぞ。定番なところで言うと、離れだな」

「…仕方ありませんね。この子の顕現もしなければいけませんし」

「いや。そいつの顕現は、今は見合わせておいてくれ。この本丸の状況を把握した後でも遅くない」

彼は本丸の様子をうかがう仕草をする。

「このタイプの本丸だと…多分、こっちだな。ついてきてくれ」

大瑠璃は素直に彼についていく。そして、庭の片隅に建てられた小屋に辿り着いた。

「君、結界術は覚えているかい」

「師匠にみっちり教えてもらいましたよ。…建物を覆うように結界を張ればいいんですか?」

「とりあえず、そうだな。庭も一部含んどいた方がいいかもしれないが」

「では、一旦結界を張りますね」

大瑠璃は目を閉じて静かに息を吐く。

「遮絶、包囲」

大瑠璃の霊力が小屋をドーム状に覆い、半透明の壁を作った。区切られた内部が、すぐに霊力により浄化される。

「とりあえず、こんなものですかね」

「ほう。一か月でこれとは大したもんだ」

「…力押しで術を行使する悪癖をどうにかしなさいとは言われてるんですけどね…」

彼女が小屋の縁側にでも腰かけようとしたところで、彼らの目の前…といっても、結界の外側だが…に、ぽんっと狐が現れた。

「あなたが新しい審神者ですか。刀剣男士の皆さまへの挨拶に行きますよ」

「何故ですか?」

「…は?」

「私はこんなあからさまに不潔な住居に気にせず住める方とは関わりたくありません。控えめに言って無理です」

「主に害意を持っているかもしれない相手に会いに行く必要性は俺も見いだせないな。そもそもこんなところに来る予定はなかったし」

「はあ…駄々をこねていないで出てきなさい。刀剣男士の方々を待たせるつもりですか」

「私は別に待ってほしいとは思っていないので、そんなことを言われても」

「まあ、半刻ほど待ってくれないか、こんのすけ。女子は人前に出る前に色々支度がいるというだろう」

「…良いでしょう。半刻したら出てくるのですよ」

狐はぼふん、と姿を消した。彼は大瑠璃を小屋の中に誘う。

「結界に入ってこられないということはアレは敵だ。こちらのことはできる限り知られない方が良い」

「…そうですね」

小屋の中の一室に腰を下ろし、大瑠璃は小さくため息を吐いた。

「…で、どうするんですか?」

「挨拶には式を出せばいいんじゃないか。君、形代系のやつは使えないか」

「…一応は。ただ、私のでは馬鹿しか騙されないとは、師匠に言われましたね」

「そりゃあ、隣に並べば一目瞭然ってことかい」

「そうですね」

「…まあ、あちらはまだ君を目にしていないはずだ、ワンチャンあるんじゃないか」

「だといいんですが…いえ、先ほどの…こんのすけ?はわかるのでは」

「なら、俺が同行しよう。君がその間此処に隠れているという前提だが」

「それは…あなたが危険なのでは?」

「これぐらいの危険は負うさ。君の信頼を得なくちゃならないしな」

 

きゅっと眉根を寄せ、大瑠璃は手を出す。

「危険で時間を購おうとしないでください。私にトラウマを刻むつもりですか。…気休め程度にしかならないかもしれませんが、守護の術をかけますから手を貸してください」

「おや、心配してくれるのかい」

「面倒事が嫌なだけで、あなたに不幸になって欲しいなどと思っているわけではありませんからね。私の知らないところで幸せになってくれると一番いいのですが」

「そいつは難しいな。今の俺の幸せは君と共にある」

大瑠璃は彼の差し出した手、小指に小指を絡めた。

「"ゆびいいと、ゆいいと、ゆきのいと、きぬいと、みちのいと"」

呪術の糸が織り上げられ、彼の指に結ばれた。どのような効果のあるものかはわからないが。

「まあ、ちゃんと無事戻ってくるさ。約束する」

「…無茶は、しないでください」

「不要な冒険はしないさ。ってわけで、式を出してくれ。くれぐれも、君は結界の中に隠れているんだぞ」

 

 

 

大瑠璃の式は、青みがかった髪と瞳をしていた。そして、顔立ちはあまり似ていない。しかし、気配はそっくりだった。確かにこれは、並べばどちらが、と問うまでもないだろう。人の顔の区別がつかないものであれば別だが。

とはいえ、やはり結界越しでよく見えていなかったのか、狐はそれが式であることに気付いた様子はない。ただ、二人についてくるように言って屋敷に向かって歩き出した。白い太刀は内心でそっと胸をなでおろし、式の手を引いてその後に続いた。

ちなみに大瑠璃は式を通じて見聞きし言葉を発せられるし、遠隔操作している状態になる。本人は離れの中で息を潜めている状態だが。

「…瘴気が酷いな」

太刀はぽつりと呟いた。建物状態も、お世辞にも良いとは言えない。これを良しとしているのだとすれば、確かに正常な状態とは言えないだろう。

連れてこられたのは、大広間の前だった。二人は目を見合わせ、彼が戸に手をかける。

「おっと、これは、ご挨拶じゃないか」

「ちっ、初期刀を顕現済みだったか」

黒をまとった打刀を、彼の刀が受け止めていた。

「いや、残念ながら俺は初期刀じゃない」

金属音を立てて打刀が背後に退がり、彼は広間の中を見る。瘴気をまとった刀が、ずらりと並んで彼らを見ていた。負傷があるかはよくわからない。だが、穢れているのは間違いなかった。

「やれやれ、穏やかではないな」

「先に刃を向けたのはそっちだろう。やっぱり交渉の余地はなさそうだな」

「はて、交渉、とは?」

リーダー格らしい太刀が鷹揚に首を傾げてみせる。彼はそれに剣呑な視線を向けてみせた。

「…まあ、私はそもそも交渉するつもりはありませんでしたけど」

「…君な…」

「引継ぎなんて、面倒なだけじゃないですか。他の人の愚行の尻拭いをする義理もありませんし。恩も何もない相手の為に尽くす気は毛頭ありません」

彼女はにこりと笑う。

「ていうか、こんな不潔なヒトたちは視線に入れたくもないです。私と話をしたいなら、お風呂に入って出直してください。では」

踵を返し、彼女は離れに向かう。一拍遅れて、彼もそれを追いかける。

「きみ、流石にあれは挑発が過ぎるだろう」

「和解の余地のない相手に気を使う必要性を感じません。人を斬ることに楽しみを見出している輩など、一つ屋根の下で過ごすのもまっぴら御免です」

「…まあ、問答無用で刀を向けてきたしな…」

彼女はきゅっと眉根を寄せる。

「――まさか、ぶじ逃げ切れるとでも?」

彼女の前に降り立った太刀に、彼女は問答無用で呪術を放つ。圧縮した霊力を放つ、いわゆるビームである。

「一片の容赦も躊躇いもない…」

自分と同じ顔が即吹っ飛ばされたことに彼は僅かに顔をひきつらせた。

「何故容赦躊躇いの余地があると?」

「…同じ顔が遠慮なく吹っ飛ばされた俺の気持ちを慮ってくれ」

「同じ…?…確かに、同系統の顔だったかもしれませんね」

「…?…いや、今は歓談してる場合じゃないか。少々失礼するぜ」

ひょい、と彼は彼女を抱き上げる。そして、離れに向かって走り出した。背後に迫っていた脇差が舌打ちした。

「まったく、大した歓迎だな」

「それは僕たちに対する生贄でしょう?好きに扱って何が悪いんですか」

「主に危害を加えられて何も言わない刀剣男士なんてのは、ろくでもないやつだろう。俺は己の認めた主には尽くす刀なんだ」

「物好きですね」

これは彼女の評である。彼は苦笑した。

「っと、見えた。逃げ込んじまえばっ」

「そうはいかない!」

「そこまでだ、ぜっ!」

打刀と脇差の連携で、彼の腕から彼女の躯が落ちる。

「っ」

「仕方ない。私に構わないでください」

眉根を寄せ、彼が結界内に踏み込んだ瞬間、式は紙切れに戻った。

「なっ…」

「ネタバレなしで乗り切りたかったんだがな…」

「身代わり、か?」

「大事な主を何の対策もなしに危険な場所に連れて行くわけがないだろう。主にはそうそう替えはきかないしな」

彼は挑発のように笑ってみせる。紙切れが勝手に燃え上がる。

 

 

 

 

小屋の中に入って、彼は溜息をついた。

「…さて、これからどうするんだい?主」

「そうですね…母屋の刀を全て折るか刀解するかしてしまうのも一つの手かな、と思うのですが」

「…そりゃ、思ったより過激だな」

「義理はありませんが、引導を渡してやる方が犠牲が増えることもなくなりますし、いいでしょう」

「…あれらはそこまで手遅れか」

「あなたはそう思わないのですか?」

「…いや。新しく寄越された審神者を生贄としか思わないようなのは、もう手遅れだろうな」

彼は苦い顔で視線を外に向ける。実質、彼らは結界内に籠城している状態と言ってもいい。今のところ、大瑠璃の張った結界は揺るぎもしていないが、それもいつまでもつかはわからない。

「そういえば、あいつが君に渡していた白いぬいぐるみのようなもの…本丸に配属されてから起動しろ、と言ってただろう。あれを使う時じゃないのか」

「…そういえば、担当さんに渡されたものがそのままでしたね」

大瑠璃は懐からぬいぐるみを出す。そして首を傾げた。

「…どうやって起動するんでしょう」

「そりゃ、少し霊力を流してやりゃあいいんじゃないか」

彼に言われた通り、大瑠璃がぬいぐるみに霊力を流し込むと、それはぶるりと震え、膨らんだ。

「あわわ、霊力多すぎです、もう結構です!」

「…ぬいぐるみがしゃべった」

「おや、こいつは…」

「私はぬいぐるみではありません。監査部謹製の管狐、しろのすけです。くろのすけより更に稼働数の少ない希少種ですよ」

「しろのすけ」

「つまり、こんのすけの亜種か」

「むむむ、なかなかに不本意な認識ですが、間違いではありません。特別にカスタマイズされた管狐(こんのすけ)ですからね」

ふんす、と鼻を鳴らしたしろのすけに大瑠璃はきょとんとした目を、太刀は半眼を向けた。

「さて。霊力認証は行いましたが、現状の確認をさせていただいてよろしいですか?私は監査官・青柊の担当する審神者、大瑠璃さまの本丸の管理を任されることになっていたはずですが…」

「私が大瑠璃です。青柊さんは、変な人たちに連れてかれちゃいましたけど」

「でもって、主はブラック本丸に生贄として放り込まれちまったわけだ」

「…え、正気ですか」

「私に聞かれても…」

「術師としての素養のないただの人間には、主の希少性は認識できないんだろ。主は現世に後ろ盾も何もない、一般人なんだろ?」

「ええ、何故こんなことになっているのかはわかりませんが、私はあらゆる意味で一般人ですよ」

「あらゆる意味じゃないでしょう。御剣の愛し子とか、希少すぎて幽閉モノですよ。変事があったら天変地異を起こされかねません。寧ろ御剣に捧げられるくらいで標準では?」

「なんですそれ。私はこの子と一から新しい本丸を築いていくことになっていたはずですが」

大瑠璃が腰に佩いた太刀をぽんと叩いて言う。

「俺のことも忘れないでくれ、主」

「まあそれはともかく、私は人間が(・・・)主さまに危害を加えぬよう守ることを重視してカスタマイズされた個体です。当然、監査部への直通回線(ホットライン)は搭載しています。…まあ、本丸の通信が握られているとすんなりいかないんですが…」

「つまり、それで連絡できれば、助けを呼べるってことだな?」

「助けがすぐ駆けつけられるかはわかりませんがね…」

「まあ、救援要請は出しておくに越したことはないでしょう」

「ええ、そういうわけで、私は少々偵察を」

「おいおい、この本丸、こんのすけはバグってるみたいだし、刀剣もわりと手遅れだったぞ。大丈夫か?」

「ひえ、そんな一歩間違ったら主さまが殺されてしまうような場所に送り込まれたんですか?!正気ですか?!」

「いや、だから俺らが意図したわけじゃないんだからそんなこと言われても困るって」

 

 

 

 

本丸のシステムに潜ってきたしろのすけがグロッキーな顔で報告する。

「駄目です。相当な違法改造がされています。まっくろくろすけです」

「…つまり?」

「現状で救援信号を出しても、ノイズで正しい座標が伝わらず、救出部隊が辿りつけない危険があります。…こんのすけが担当に連絡を取ろうとする状況を作る必要があるかと」

「となると…」

「やはり、全刀刀解か破壊するかした方が良さそうですね」

「え゙っ…流石にそれは無茶ですよ、主さま。戦力差が大きすぎます」

「顕現を解けば良いのでは?」

「…と、いうと?」

「刀剣男士は、外部からの霊力供給なしに顕現することはできないのでしょう?不本意ながら、私がこの本丸に配属されたことになっている以上、この本丸の刀剣の霊力供給元は私になっているのでは」

「…時間がかかりますよ、今すぐ絶ったとしても」

「…いや、むしろ、主は浄化特化型なんだから、たっぷり供給してやった方が早いんじゃないか?」

「…変なのに懐かれたり、しませんか?」

「あいつらが手遅れでなかったら、その可能性もそれなりに高かったんだがなぁ…」

彼の金色の瞳が、妖しく光る。

 

 

 

 

一度供給を止められていた霊力が、再び供給を再開される。渇きに突き動かされるように、刀剣たちは霊力を貪欲に取り込んだ。

「…あれ」

ぴしり、ぴしり、と金属に罅の入る音がする。霊力容量の低い短刀から先に事態を理解していない顔で砕ける。徐々に、仲間が折れ、己もその危機にあることに気付いた刀がパニックになる。あとはもう、どうしようもなかった。

「僕たちに何をした!」

何振りかが結界までたどり着き、結界を叩き、叫ぶ。

「何をした?君たちの自業自得さ。主は霊力が浄化に特化しているからな。…君たちは存在を堕としすぎたんだよ。浄化によって祓われてしまうほどにな」

白い太刀が冷たい視線を向けて告げた。

「そんな」

言葉が途切れ、刀身が砕ける。一瞬やりきれない顔をして、彼は小屋の中に呼びかける。

「しろのすけ!」

「救援要請を送ります!」

 

 

 

 

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