そんな感じで、しばらく少女と行動を共にすることになった肥前だったが、実は生活にあまり変化点はない。流石に少女を連れて現場任務はできないので、しばらくデスク勤務だと言い渡されてはいるが。
少女は、自発的な行動を全くしない。人形か何かのように、肥前の隣に座っているだけだ。何も要求せず、ただ黙ってそこにいる。しいて言えば、座ったままかすかな寝息を立てている場合もある。
「ところで、君とその子はちゃんと食事を取っているのかい?」
情報部の別課に所属している歌仙が仕事のついでにそう問いかけた時、肥前はしばらく考え込み、わずかに目を泳がせた。
「…そういやあ、食ってねぇな」
肥前忠広は健啖家が多いが、彼は食事に対する執着の極端に薄い個体だった。少女は幽閉中の虐待でまともに食事をできないことに慣れ過ぎていた。そうでなくとも、自らの欲求を訴えない時点で々だったかもしれない。
まあともかく、肥前の返答に歌仙は眉を吊り上げた。
「人の子はもちろん、刀剣男士にとっても食事は重要だよ、肥前忠広。人の子を預かるのなら、君が手本になって三食きちんと食べたまえ」
「…別に、好きで預かってるわけじゃないんだが」
「返事は」
「…へーへー。仕方ないから、食堂にでも行くとしますかね。…昼飯にしても少し遅い時間だが」
ちなみに、一時を半分回ったところである。
「君自身はともかく、その子にはちゃんと栄養のバランスの取れたものを食べさせるんだよ」
「そんなの考えてられっかよ…」
「食堂であれば、定食メニューがあるだろう。とりあえず、穀物と野菜、それに肉か魚の全てが一つ以上入っているものにするんだよ」
そんなやり取りを経て、肥前は少女を連れて職員食堂にやってきた。昼のピークを過ぎて、混雑はしていないが、ちらほら他の職員の姿がある。ちなみに、食券制である。
「お前は何か食いたいもんはあるのか?」
メニューサンプルディスプレイの前で肥前が問うと、少女は「これ」とオムライスを指さした。
「そうか。…俺はA定食でいいか」
自分のと合わせて食券を買って、少し考えて本人の分の食券を少女に渡す。
「使い方はわかるか?あそこのカウンターでそれを渡して注文するんだよ」
肥前の示した方に少女は顔を向けるが、視線は安定していない。
「…まあ、とりあえず、おれと同じようにやりゃあいいから」
「うん」
カウンターで食券を出して、少し待つと料理が出てきた。トレーに乗ったそれを持って、肥前は空いている席を見回す。そして、端の方にある空きテーブルに向かった。
「小鳥、こっちだ」
「うん」
四人掛けのテーブルに向かい合わせで座る。
「…いただきます」
「いただきます」
手を合わせると、食べ始める。特に会話はない。黙々と、皿を空にするという感じで箸を進めていく。肥前が皿を半分空にしたところで、横から声がかかった。
「やあ、ここ、相席してもいいかい?」
「…別に空いてる席はいくらでもあるだろ」
「
「そーかよ」
腕章からして、同僚ではなく別部署の刀か、と肥前はその山姥切長義を見て思う。
「そちらの子は新人の子かい?」
「…いや。黒本丸から保護した審神者だ。処遇が決まるまで、守刀が必要だから預かってる」
「…ということは、そのざんばら頭はファッションじゃなくて、虐待の跡だね?」
「…あー」
ちなみに、少女の現在の服装は通販で適当に買った大きめのパーカーとハーフパンツである。
「そういえば、人間は髪を整えたりしないといけないんだったな」
少女は肥前の隣に座った長義に反応を示さず、黙々と食事をしている。
「評判のいい美容院とか紹介しようか?」
「…本人に気にしてる様子がねぇんだよな…表に出してないだけかもしれねぇが」
「んー、まあ、術師が髪をいい加減に扱うわけにもいかないよね」
端的に言えば、髪の一本もあれば呪うのは容易だし、髪に霊力が宿るという話もある。仮にも、躯の一部である。処分にも、一定の配慮が必要だ。
「でも、女の子なら多少なりとも己の見目を気にするのが普通じゃないかな。髪もそうだけど、服とかメイクとか」
「…小鳥はどう思っているんだ?」
声をかけられ、少女は食事の手を止め、小首を傾げる。
「見苦しいのか?なら直す努力はするが」
その返答に、肥前は何とも言えない顔をして、長義は苦笑した。
「見苦しいというか、見ていて痛ましい、という方が正確かな。君がその恰好を気に入っているというなら、余計なお世話だろうけど」
「髪は鬱陶しいので切っていいと思うが、服装は動きやすくていいと思うぞ」
「そうか。では、この後、美容院に行こうか」
「おい…」
「何ならその間の付き添いは俺がして、終わったら君のオフィスまで送り届けてあげるよ?」
「・・・」
肥前は溜息を吐いた。
「小鳥はどうしたいんだ?」
「他者に迷惑をかけるのは俺の本意ではない」
「俺の事なら気にしなくていいよ。人の子と交流するのが趣味みたいなものだからね」
少女は長義の方に視線を向け、きょとんと瞬いた。
「ん?もしかして、君は俺の同位体との面識がないかな?」
「…少なくともこいつの居た本丸に特命調査の連絡はいってないな」
「そうか。俺は山姥切長義。写しの方なら面識があるかな?俺がアイツの元になった、山姥を斬った刀だよ」
「俺は小鳥という。……写しの方、はおそらく面識があるとは思うが、あまり記憶にない。すまない」
「…うちの課には所属してないからな、あいつ」
「別に謝る必要はないよ」
結局、長義が少女を美容院に連れていって、終わったら肥前のオフィスに送り届けるということでまとまった。
「さて、それじゃあ行こうか」
「うん」
少女の手を引いて、長義は歩きだす。小柄な少女に合わせた、ゆったりとした歩調だ。
「小鳥ちゃんは万屋街に訪れたことはあるかい?」
「よろずやがい?」
「そもそも知りもしなかったか…」
わずかに眉尻を下げて呟いた後、表情を戻して長義は言う。
「本丸と同質の空間に建てられた、まあ、審神者や刀剣男士、関係職員専用の商店街のようなところだよ。政府の認可がないと出店できないからね、まあ、信用のおける店が揃っているのさ」
「なるほど」
慣れた手つきでゲートを操作し、長義は少女の手を引いて門をくぐる。たった一歩で大きく変化した空気に、少女は目を瞬かせた。
「気になる店があったら帰りに寄っていこうか?」
「…ううん、必要経費じゃないから…」
「いいや、君が笑顔になるための必要経費だよ」
幼い子供にするように少女の頭を撫でた後、長義は「どちらにしても、まずは当初の目的を果たさないとね」と少女の手を引いた。
「あまり賑やかでないところの方がいいよね?静かで落ち着いたところだと評判の店があるんだよ」
迷いのない足取りで、長義は通りを歩いていく。少女は長義に視線を向け、手を引かれるままに歩いていく。
辿りついたのは、少し奥まった通りにある懐古趣味な洋風建築だった。中に入るとドアベルが鳴り、店員がやって来た。丁度客は全てはけたところだったようだ。
「本日はどのようにいたしますか?」
「この子の髪を整えてあげてほしいんだ」
店員に誘導されて少女は椅子に座る。長義はさりげなく邪魔にならない位置に控える。
「まずはシャンプーをしますね」
少女はこくんと頷いた。服が汚れないようにカバーを被せて、髪が洗われる。少女は怖がるように身を固くしている。店員の問いにも反応がない。
洗髪が終わり、水気が拭かれる。
「今日はどのくらいカットしますか?」
「…ばっさり」
「ばっさり…ショートにするということですか?」
少女はこくんと頷いた。店員は長義に視線を向ける。長義はにこりと微笑んだ。
「処分は適切に頼むよ」
術者の髪は霊力が宿りやすい。そうでなくても、躯の一部であるのだから、呪いの媒介にするには十分だ。だから、万屋街には選べるほどの理髪店があるし、妖横町のそれに審神者を連れて行く刀剣はいないのである。現世のそれにだって、行かせるのを渋る刀はいるだろう。自ら散髪を行うことを申し出る刀剣さえいるくらいだ。
ばちりばちりと大胆に鋏が入れられ、長い髪が床に落ちる。不揃いの髪が、床でとぐろを巻くように広がる。およそ、肩上あたりの長さで髪が切りそろえられた。
「このような感じでいいですか?」
少女は頷くような仕草をした。
「それでは整えていきますね」
全体的に鋏が入れられ、毛先をそろえてカットが終わる。
「終わりました」
「感想はどうだい?」
「…頭が軽くなった」
「…まあ、随分切ったからね」
もしかするとキロにも達するかもしれない。
会計を済ませて店を出る。
「さて、寄り道をしようか?」
「・・・」
手を引く長義を見上げ、少女は少し困ったような顔をする。長義は目線を合わせるように膝を折った。
「俺とデートするの、嫌かい?」
「…そういうのじゃないけど」
冗談めかした長義の言葉に、少女はますます困ったような顔をした。
「じゃあ…他に何か、怖いものでもあるのかな?」
「…人がいっぱいいる」
「小鳥ちゃんは人が集まっている場所は苦手?」
「うん」
「そうか…じゃあ、どうしようかな。うーん……そうだ。少し、俺のおやつに付き合ってくれないかい?小鳥ちゃん」
「おやつ?」
「近くに同位体に評判の店があってね」
少女はこてりと首を傾げた。
「刀剣男士だけとか、男ばかりだと少し目立ってしまうらしくてね。でも、あまり女の子に勘違いを招くようなことはできないだろう?」
「…それはいわゆる、デートスポットというものでは?」
「うん」
少女は僅かに眉尻を下げた。
「甘いものとか、好きなんだよね、俺。そこ、五段重ねのふわふわパンケーキフルーツがけとかあるらしくて」
「なる、ほど…?」
少女はやはり困惑した雰囲気をさせている。長義はにっこりと笑ってみせる。
「小鳥ちゃんは、甘いものは嫌い?」
「どちらかといえば好きだけど、甘すぎるのはあまり…」
「じゃあ、ハニートーストとかどうかな?」
「ハニートースト?」
「気になるのなら、実際に食べてみた方が早いんじゃないかな?」
「うん…」
おやつ時というだけあって、カフェはそれなりに賑わっていた。刀剣も人間もいろいろで、他の山姥切長義の姿もある。
「ちょっと騒がしいかな?」
「うん…」
ふたりは奥まった方にある席に座った。長義が手早く注文を済ませる。
「ところで、小鳥ちゃんに教えてほしいことがあるんだけど」
小首を傾げた少女に、長義はにこりと微笑んで問う。
「視力が全くないわけじゃないよね。矯正しないのは何故だい?」
「特に見たいものもないし、支障はない」
「いや、あるだろう、支障」
少女はきょとんと目を瞬かせた。
「…本気で言ってる?」
「何故嘘を吐く必要があるのかわからない」
「そうか…」
後で肥前に伝えておこう、と長義は思った。
「じゃあ、純粋な意思のみで言えば、君は審神者を続ける気はないのかな」
「…わからない」
「わからない」
「…おちこぼれの出来損ないでも、それくらいはできるだろう、と課せられた役目すら果たせないのに、俺に何ができる?」
「…俺には、小鳥ちゃんはそんなボロクソに言われるような審神者には見えないけど…実技がダメだったりしたのかい?」
「……鍛刀が禁じられることになったから?」
「…それはそうそうないケースだね。俺が知ってる範囲だと、刀剣男士が人の手に負えないものになってしまうことが非常に危惧される場合ぐらいだよ」