買ってきたものを式に渡した後、小鳥は鬼丸に向き直る。
「山姥切さんは、鬼丸さんに概念拘束を試みてほしいって言ってたけど…」
「…あいつにもかかっていただろう。二つ名持ちだったしな。…といっても、あんたは普通の山姥切長義を見ていないか」
「んー…」
小鳥は少しの間、考え込み、言う。
「試していい?」
「…できるのであればな」
「うん」
頷いた小鳥の雰囲気が、瞬きの内に変化する。無機質な瞳で、鬼丸に向けてかざされた手から、術式が展開される。
「汝は祭壇にて祀られる神に非ず、災いを断つための刃なり。汝、神にしてただ神に非ず、妖にしてただ妖に非ず、刀にしてただ刀に非ず。己が刃を自らふるう、個を持つ一つの魂、刀剣男士。汝、鬼丸国綱、災断の太刀なり」
術式が鬼丸を包み込む。鬼丸はそれを受け入れた。術式が収まると、小鳥の雰囲気はふっと元に戻り、きょとんと目を瞬かせた。
「えっと…うまくできたかな」
「…いいんじゃないか。悪い感じはしない」
そう返して、鬼丸は角に引っかかっていた縄や眼帯付けられていた札などに今気づいたとばかりに外して捨てた。
「…あ、ちょっと遅くなったけど、今日は買い物に付き合ってくれてありがとう、鬼丸さん」
「…ふん。他に代わりができるものが出るまでくらいは、手を貸してやる」
「へへ、ありがとー」
微笑する小鳥から視線をそらして、鬼丸は調子が狂う、とばかりにそっぽを向いた。
「…過信するな。おれはあんたの刀じゃない」
「うん」
ちゃんとわかってるんだろうか、という顔をする鬼丸に、小鳥は微笑する。
「僕はそう他者に好かれる感じではないし、気まぐれ、みたいなものでしょう。でも、理由はどうあれ、手を貸してもらえるのであれば、助かるので」
「・・・」
鬼丸がぐっと眉をしかめ、何か言おうと口を開いた丁度その時、
「――小鳥様に辞令が出ております」
黒い狐が現れ、そう告げた。
「えっと…誰?…こんのすけ?」
「私は…まあ、くろのすけ、と。そちらの鬼丸国綱は、小鳥様とは契約を結んでいないようですね」
「?うん」
「では、関係ありませんね」
「は?」
明らかに不機嫌そうな声を上げた鬼丸を一瞥することすらなく、くろのすけは続ける。
「小鳥様への辞令は本丸の異動、命令です。それも即刻、指定の本丸に異動せよと」
「え?ええと…」
「取ってくる必要のあるものはありますか?なければ即刻、転送の準備に入りますが」
「…突然、だね?僕はまだ、この本丸で特に何をしたわけでもないのに」
「厳重に存在の隠匿されていた転神個体を見つけ出し、封印を解いたばかりか概念拘束まで施したというのは随分なことだと思いますが。…ええ、それであなたがこの本丸で果たすべき役目は終えたと、その認識で構いません」
「そうなの?」
「はい。ですので、新たな辞令が」
「それは、ちゃんと最初に俺のすべきことは教えてもらえるのかな」
「ええ、異動先で伝えられるはずです」
「・・・」
小鳥はすっと目を細めた。くろのすけの表情は変化しない。
「巫戯けるな…!」
鬼丸が激昂したことに、小鳥がぽかんとした顔をした。くろのすけは振り返り鬼丸に視線を向ける。
「審神者にきちんとした初期刀も与えず、未知の本丸へ向かわせるなど、正気の沙汰ではない。そいつが死んでも構わんとでも言う気か」
「小鳥様はあなたの
「…!」
更に激昂した鬼丸に、くろのすけは封印札を叩きつける。
「頭を冷やしなさい。今あなたがすべきことはそうではないでしょう」
「えっと…」
「小鳥様は、特に必要なものもないようですので、転送を開始します」
術式が展開される。
「えっ、えっ」
「待、て…」
転送術式により、小鳥の姿がその場からかき消える。
「あなたのことは後からくるものがどうとでもするでしょう。それまでに、冷静な思考を取り戻しておくことですね」
そう言ってくろのすけも姿を消し、鬼丸だけがその場に残された。
「監査申請、出しておいてやったぞ、化物斬り」
「猫殺しくん。君の予知が働いたということは…」
「さあにゃ。…こっちが、ビーコンが最初に行った本丸、こっちはビーコンが今ある本丸だ…にゃ。まあ、二つ目の方は申請がまだ受理されてねーがにゃ」
「…は?」
「黒派閥に本丸内の変化を察知されたんだろうにゃ。多分、まだお前の動きは察知してないだろうが…にゃ」
「…ということは、小鳥ちゃんはこの短時間で鬼丸殿の概念拘束を成功させたのか。…思った以上に優秀な術者だな、あの子は」
「まあ、詳しいことは本丸訪問したらわかるだろ」
「そうだね。早速だけど行ってくるよ」
本丸に足を踏み入れた長義は、封印札を貼られて昏倒している鬼丸を見つけて駆け寄った。
「鬼丸殿!」
封印札を剥がせば、鬼丸はうめき声を上げて目を覚ました。
「おれ、は…」
「何があったんだい?鬼丸殿」
「…あいつの元へ、行かなければ…おれは、鬼を斬る、刀、なのだから…」
「あいつというのは、小鳥ちゃん?それとも他の誰かかな」
「…お前は、裁伐とかいう、山姥切長義、か」
「そうだよ。…小鳥ちゃん…というか、あの子に渡したビーコンが別の本丸に移動したのは確認している。何があったんだ?」
「…黒い管狐が、新たな辞令だ、と…おれは、契約を結んでいないから関係ない、と…あいつ一人を未知の本丸に転送した」
「黒い管狐?まさか、くろのすけか?…だが、彼らは監査部の管轄のはず…黒派閥に加担するはずは…」
「…ああ、くろのすけ、と名乗っていたな」
「…。…管狐本人に会わなければなんとも言えない、かな。鬼丸殿は一旦俺たちに保護されてくれるかい?小鳥ちゃんの所在はおよそ判明しているから、申請が受理され次第、あちらも保護するから」
「…おれも、あいつの元に向かう」
「…鬼丸殿、先程は小鳥ちゃんのこと、他に刃材がいないから手を貸してやってるだけだ、みたいな言い方してたよね」
長義の問いに鬼丸は思い切り眉をしかめた。
「おれがあいつを気にかけたら、何かおかしいか」
「おかしいというか、この短時間で随分態度が変わったな、と」
「…そもそもおれは、あいつに悪感情はない。不吉な刀であるおれが、あまり関わってもあいつに不幸を呼び込むことになるだろうと…それだけだ」
「(そういえばそういう刀だったな…)小鳥ちゃんはあなたを不吉な刀だとは思っていないと思うが」
「だろうな」
平然と返した鬼丸に、長義は眉根を寄せる。いや、そう思ったからこそ態度が変わったのだろうが。
「…あいつには借りがある。みすみす、殺させるわけにはいかない」
「…そんなに拙いところに送られたのか、あの子は」
「管狐は何も転送先について言わなかった。だが…おれは、鬼があいつを襲う夢を見た」
ぎり、と鬼丸の歯が音を立てた。
「鬼丸殿…」
その時、本丸の式がひょっこり現れた。
「おや、君はこの本丸の式、かな。何かあったのかい?…ふむ。小鳥ちゃんのことは、今から…本丸へのアクセスキーが取れ次第保護しに行くつもりだけど。…晩御飯?」
式の訴えを聞き、長義は微笑する。
「成程。それは大変だ。だが俺が必ず小鳥ちゃんを連れ帰るから、安心してくれ…何?」
「…まあ、留まるものがいないのなら、この本丸は廃棄か初期化か、されてもおかしくはないがな」
「ううん、そのあたりは本人の意思を聞かなければなんとも言えないけれど…監査部的には、本丸付きの式の処遇は特に規定はなかったと思うし…」
「…もののついでだ、俺が引き受けよう」
鬼丸の返答に式は大きく頷き、ぽんっと姿を消した。
『おい化物斬りども、ぎりぎり本日中に本丸訪問申請が通ったぜ』
「ご苦労さま、猫殺しくん。帰還次第、例の本丸に向かうよ」
『で、その本丸はどう処理したらいいんだ?』
「俺たちが退去次第初期化処理、ということでいいんじゃないかな。完全に無人になるし」