刀剣たちと過ごす日々   作:ペンギン隊長

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軋んだ封印4

 

 

 

「…お化け屋敷かな?」

などと小鳥は言っているが、実際のところ、そこはそんな生易しい場所ではない。瘴気に耐性のないものは一刻も留まっていられないような、危険な空間である。小鳥は気付いていないが。

「――新しい審神者様ですか?」

「転送ミスでなければそうだとおもうけれど…」

管狐が小鳥の前に姿を現した。小鳥は肩をすくめてみせる。

「僕は小鳥。君はこんのすけ、でいいの?」

「はい。私がこの本丸のこんのすけです。小鳥様にはまず、本丸の管理権限を取得してもらわなければならないのですが…」

「僕初期刀いないんだよね」

「ですよね…」

「まあ、なるようになるよ」

なるようにしかならないともいう。

小鳥は少し考え、例のレプリカを取り出した。

「よし、行くか」

「待ってください、小鳥様、それは一体なんですか」

「俺が降ろした剣のレプリカ。つまりただの金属塊っていうか、鈍器というか」

「いやいやいや、待ってください。私の勘違いでなければ、とてつもない神剣に見えるのですが…」

「んー、でも俺、あのヒトの名前知らないし。それにこれは、ただ形を真似ただけのレプリカで、何も宿ってないよ」

「そういう問題じゃないんですよね…!そのような神剣を喚べる方が、何故此処におられるのですか」

「そんなこと言われても、俺、辞令だーって連れてこられただけだし。自分で行き先選んでないし」

「それはそうでしょうが…」

こんのすけの反応に小鳥は不思議そうな顔をした。

「んー、でも俺、鍛刀禁じられてるし」

「でしょうね…!」

きょとんとしている小鳥に、こんのすけは溜息を吐く。

「小鳥様は刀剣を顕現させられないわけではないのですよね?でしたら、一旦、政府にかけあって、未顕現の刀を何か送っていただして、それを初期刀の代わりとするのはどうでしょう。…といっても、この本丸にいる刀ではない方がいいので…」

「よくわかんないけど、こんのすけに任せるよ。おれはとりあえず、ぐるーっと見て回ってくる」

 

 

 

小鳥は歌を口ずさみながら本丸内、母屋の周囲を歩いた。

庭の樹木は枯れ、池は濁り、生物の気配がない。厩舎には絵馬が掛けられているばかりだ。

畑は一部を除いて荒れ果てていて、残りの一部も、何か得体の知れないものが植わっている。

離れ家は比較的きれいに見えるが、上り框に血の跡があった。

姿は見えないが、母屋からこちらを窺っている気配もあった。

「…やだなぁ」

小鳥はぽつりと呟いた。小鳥とて、別に自殺志願者というわけではないし、被虐趣味もない。ただ、己の生に対する執着が薄く、合理主義的なところが強いだけである。

「♪~」

小鳥は先程の呟きが幻だったかのようにまた歌を口ずさみながら歩き出した。

 

 

 

小鳥がぐるっと回って戻ってくると、こんのすけは暗い顔をしていた。

「どしたの?」

「小鳥様…ええと、政府への申請なのですが…」

「拒否られた?」

「はい…本丸内の正確な刀剣データがないので、マッチングのしようがない、と…」

「ふぅん…まあ、しょうがないよね。ところで、僕って此処で何をしたらいいのかな」

「…ええ、小鳥様に与えられた任務は、この本丸の立て直し、ということになります。浄化と、部隊の整備、というか」

「ふむ…」

少し考え、小鳥は言う。

「まあ、管理権限取得しなきゃどうしようもないよね。何処にメインコンピューターがあるの?」

「…母屋の、執務室です。離れにもサブの機体はありますが、メイン機がダウンしていては使えませんから…」

「おっけー。じゃ、道案内お願いね、こんのすけ」

「はい…こちらの本丸には、人間を敵視している個体もおりますので、重々ご注意ください」

「うん」

小鳥は母屋の戸を封じていた札をべりっと剥がした。特に躊躇いもなく、戸を全開にする。

「じゃあいこっか」

「小鳥様、もう少し警戒というものをですね…」

「あはは」

小鳥は靴を上履きに履き替え、履いていた靴を収納にしまう。

「こんのすけ、どっち?」

「こちらですぅっ」

こんのすけが先導するように歩き出すと、小鳥は歌を口ずさみながら追いかけた。こんのすけは小鳥の歌に何か言おうとして、小鳥の声の届く範囲に浄化が生じているのを確認して口を閉じた。

当然、そんなのは自分の居場所を喧伝しながら動いているに等しい(もっとも、歌がなくても浄化で察知される可能性もある)。小鳥たちの前に、人影が立ち塞がった。

「♪~」

小鳥は歌を口ずさみながら、きょとんと首を傾げてみせる。

「あなたは…」

「…童子、何処から迷い込んだ?」

「大包平殿、この方はこの本丸の新たな審神者です」

こんのすけの台詞に、人影は刀を抜いた。

「…審神者はもう寄越すな、と政府に伝えたつもりだったが」

ゆっくりと、刀が持ち上げられる。

「――小鳥!!」

走りこんできた鬼丸が、小鳥を庇うように間に立った。

「…鬼丸さん?」

「…夢で見たんだ。あんたが鬼に襲われる、と…」

「だからって来てくれたの?」

「あんたには借りがある。それに、鬼を斬るのはおれの役目の内だ」

「鬼丸…鬼丸国綱、か…?」

「ああ。おれは鬼丸国綱、二つ名は災断。人の子に降りかかる災いを断つ太刀だ」

「鬼丸殿、単独行動は…って、小鳥ちゃん。まだ無事だったようだね。よかった」

「山姥切さん」

「あなた方は…?」

「俺は監査部所属の山姥切長義。こちらの本丸が正しく運営されているか、監査しにきた」

「正しい運営?…はは、そんなものは十年遅い。この本丸が正しく動いていたことなど…!」

「…手遅れになる前に…早期に見つけられなかったのは俺たちの力不足だ。だが、罪のない雛鳥に危害を加えるのは刀剣男士(おれたち)の存在意義にもとる行為だと言わせてもらおう」

長義の言葉に小鳥がきょとんと首を傾げる。

「…雛鳥って俺の事?」

「あんた、まともに審神者としての教育を受けてないんだから、雛でも間違いないだろう。卵以前という方が正しいだろうが」

「むぅ…」

大包平が小さく笑う。

「…まあ、そうだな。その雛鳥はお前たちが連れていけばいいだろう。そいつはまだ、正式にこの本丸の審神者として登録されたわけではないしな」

「…そうだね。小鳥ちゃん、俺たちと来てくれるかな。とりあえず、監査部の方でふたりとも保護するから」

「…辞令はいいの?」

「身も蓋もないことを言うと、小鳥ちゃんに危害を加えられた瞬間、御大ブチギレからの本丸壊滅の危険があるんだよね…」

「本丸壊滅?」

「式の子たちも、せっかく作った晩御飯を君に食べてもらえないと寂しいって言ってたよ」

「晩御飯」

若干気にする様子を見せた小鳥に、長義は続ける。

「君の食べたいものを作ってくれる予定だったんだろう?」

「うん…」

「ええと…どういう状況ですか?」

こんのすけの問いに小鳥は素直に返す。

「この本丸に転送される前に配属された本丸が、鬼丸さんのいたとこで、式の子に食料の買い出し頼まれて、買い物して帰ってきて、買ったもの渡した後に、くろのすけが辞令ーって僕のこと転送したんだ」

「俺が小鳥ちゃんに概念拘束を頼んだから、本丸外からも鬼丸殿の封印が解かれて二つ名持ちになったことが確認されてしまったようだね。でなければ、もう少し猶予があったかもしれないけれど…」

「何でこの方こんなところにいるんですか」

「それは俺もよくわかっていないんだよね…!」

こんのすけと長義の反応に小鳥は不思議そうな顔をした。

「俺はただの一般人だよ」

「一般人は神剣を降ろせないし、概念拘束呪術も使えないと思うんですよね…!」

「だって俺零感だし、審神者になるまで呪術とか霊力とかファンタジーだと思ってたし」

「それは…一般人かもしれませんが…。…いえ、寧ろその前歴で何故神剣を降ろして、概念拘束を成功させてるんですか。しかも多分、他の鬼丸国綱との面識ありませんよね?」

「なんでって言われても…んー…やってみたらできちゃった、というか…神剣のヒト?は意図してのことじゃないし」

「…待ってくれ。確か、採用試験を受けたのは四日前という話だったよね?つまり…呪術師歴、四日?」

「便利だよね、呪術」

「やはり一般人の枠組みに入れてはいけない方なのでは…?」

「名門呪術師の子とかが知ったら憤死しかねないよね…」

「?」

小鳥は何故そんなことを言われるのかわからないという顔をしている。

「…そうか、小鳥ちゃんは一般的な術師も審神者も知らないからピンとこないんだな…」

「そういう問題ではなく根本的に浮世離れしたところがあるのではという気もしますが…」

「雛鳥の資質はともかく、きちんとした教育を受けさせろ。放っておくと死ぬぞ」

「わかる」

「えっ」

大包平の台詞に鬼丸が頷いて、小鳥は驚いた顔をした。

「まあ、小鳥ちゃんに意欲があれば保護審神者用の指導プログラムは受けてもらうことになるだろうけどね…」

「もう審神者でも呪術師でもないものにはなれないだろう」

「・・・」

「小鳥」

「何?鬼丸さん」

鬼丸は小鳥を片腕でひょいと抱き上げた。

「さっさと帰るぞ」

「ひゃあ」

「…あー、それじゃあ、この本丸に対する処遇はまた改めて、ということで…とりあえず、監督権限を監査の方に移して監査部の管理下に入ってもらうよ」

「あー、えっと、ばいばーい?」

「・・・」

 

 

 

「お帰り、裁伐くん。早速だけど、報告書と、例の本丸の対処を担当部署の子に引き継ぐための書類、お願いするね」

「班長、帰還してすぐの部下にかける言葉がそれなんですか」

「ほら、言っとかないと忘れるかもしれないし」

「…そうかもしれないですけど」

「…鬼切…いや、刀剣男士としては髭切を名乗っているのだったか」

「やぁ、鬼丸。君は僕の同位体と面識があるのかな?んー、でも、そっちの子のために一応名乗っておこうかな。僕は髭切、二つ名は忘愛。裁伐くんの所属する第七班の班長だよ。気軽に忘れん坊のお兄ちゃんとでも呼んでくれていいよ」

「僕は小鳥だよ」

「小鳥ちゃんだね。その鬼丸とは契約を結んでいないようだけど…あぁ、うん…。…養成所の方に預けると大惨事になりそうだねぇ」

髭切の視線をたどり、小鳥は手にしていた剣をこれ?と持ち上げる。

「御大は許可を得てない人間の目に映ることを嫌うからね。こちらで預かるわけにはいかないし」

「これ、ただのうろ覚えレプリカだけど」

「でも、御大の概念はしっかり満たしてるからね。形代としては申し分ないと思うよ」

 

 

 

 

 


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