何とか移籍の話はまとまって、五振りが移籍することになった。小鳥が顕現した二振りと合わせて、七振りが小鳥と契約を結んだことになる。
「本当になんというか、ちぐはぐな本丸だな…」
獅子王がしみじみとこぼす。最大まで増築された本丸は使われていない場所の方が多く、生活感がない。フロアごとに放流されているロボット掃除機のおかげか、あまり埃っぽさはないが、人の住まない建物特有の気配はある。
「そもそも増築の仕方が無計画に見える…にゃ。思い付きで適当に設備を追加してったっつーか…」
本丸が前線基地である以上、防衛の観点から見れば建物の構造を複雑にするのはけして間違ったことではないのだが、それにしても無秩序に過ぎる。迷宮のようになっている一角もあるし、生活設備が複数個所にセットで作られている。いくら百を超える刀が生活していたとしても、七つも八つも小厨が必要か?と南泉は思った。
「まあ、その点は落ち着いたら改築を提案してもいいかもしれないな。主の方針にもよるけど、この規模だと持て余すところも出てくるだろうし…」
今までのところ、家事は大体式に任せていたらしい。水回りも一か所しか使っていなかったし、それ以外の部屋もほとんど使っていなかったとか。畑なんかもほぼ放置だったと聞いて桑名が様子を見に行った。
ちなみに出陣遠征はゲートの調整が終わるまで停止になっている。おそらく出陣状況はリセットされることになるだろう。そもそもこの本丸は数年正しく出陣していなかったのでその方が穏当ではある。
「そういえば姫鶴は元々この本丸の刀剣、ってことでいいんだよな?」
「データ上はそうなってたはず…にゃ」
乗っ取りによってブラック化して壊滅した本丸らしいので、本刃に聞いてみなければ正確なところはわからない。データは改竄されている可能性があるので。
「…いや、元々いた刀でも古参じゃなきゃ知らない可能性もあるか…」
妖怪との交渉の前にまず本丸内の状況やどんな妖怪とどんな取引をしたのかとか色々なデータを集めなければということになった。探索は通常顕現組と切国に任せて、博多と小鳥と姫鶴は執務室の整理を行っていた。まあ、ほとんどが前任以前の審神者の残したものになるのだが。
「てかおれ、基本、夢渡りして注文とかしてたから、文書とか作ってないかも」
「信じられんばい…そげんこつ、言ったもん勝ちになってしまうと!」
「ずさん過ぎるのでは」
「おれより格下のやつばっかだし」
だから自分の機嫌を損ねるようなことはあえてしたりはしないだろうということか。
「ならむしろ、あっちが保険の為に証文を用意しとるかもしれんけんね。交渉本番までに内容を確認するのは難しいかもしれんけど、交渉材料にはできるかもしれんたい」
「…なんか、顕現したばっかなのに色々苦労掛けてごめんね…」
「運営開始当初の本丸はそんなもんたい。主人の非ではなかとーよ」
寧ろ非があるとすれば大体姫鶴である。
「…しっかし、本丸の増築に関する書類が多いたい。ちゃんと運営してた時には、始終工事しとったと?」
「どーだっけ…昔過ぎて覚えてないかも。そもそもおれ、見習いが来た時まだ新参だったし」
「ならその見習いが来てからは?」
「…本丸の主が変わってからは、行き来が制限されるようになってた気がするし、ほぼなくなってたんじゃない?」
「…しょっちゅう増築して歪な建築物になった建物って、怖い話で聞いたことある気がするな、そういうの。なんか悪霊が悪さをするのを防ぐためとかそういうの」
「でも小鳥はそういうヤバいのに本丸の中で遭遇したことないでしょ」
「そういう覚えはないね」
「だからそういうのは
「迷子になりそうな本丸なんだぞ…」
「拠点防衛の観点からいえば、初見でも迷わない構造はそれはそれで問題がありますけど、流石に複雑すぎますね…」
「…確かに、主が本丸の一部しか使っていなかったというのも当然だな…」
本丸内で遭難するとか笑い話にもならない。
「…ところで、何か視線を感じる気がするんだが」
「十中八九、例のアレでは?」
「確かに見られてる気はするけど、俺はそんなに気にならないぞ。人妻じゃないし」
「小さい子でもありませんね」
「・・・」
切国が布の下で眉根を寄せる。
「真面目な話…姫鶴さまは本丸内に小鳥さまを害するものを野放しにしてはおかないと思いますから、危険性は低いのではないかと」
「ああ…」
まだ顔を合わせて数時間だが切国にもわかっていることがある。あの姫鶴はガチだ。酔狂ではない。多分、小鳥に関しては冗談も通じない。何かあったのだか知らないが、厄介なものに好かれたものである。
「とはいえ、切国さまは練度が低すぎてうっかり…という事もありえなくはないので、気を付けてくださいね」
「嫌なことを言ってくるな…」
とはいえ、練度1なのは事実なので反論もしづらい。
「本丸の中で折れるのは大分拙いからな。主の責任問題とかなったら大変なんだぞ」
「いや、主の責任じゃないだろ…」
「それを判断するのは俺たちじゃないからな」
「・・・」
そういえば顕現した主と離れて別の主の元へ行くというのは、それなりの事情のあってのことなんだろうな、と切国は改めて思った。移籍の五振りの事情は全く知らないのだが。
「本丸の畑の半分はサトウキビ、もう半分には小豆が植えられていたよ。とてもしっかりお世話されているみたいだったけど…小鳥ちゃんと姫鶴さんじゃないんだよね?」
「それって素人の手に負えるタイプの作物なの?」
「おれは作るんならうこぎとかー…まあ畑の半分なんて大量にはいんないけど」
聞いてはみたが、桑名もふたりのしたことだとは思っていない。畑に会った足跡が人のものではなかったので。
「畑かー、それはちょっとなー」
「アウトだにゃ…」
「何で?」
「本丸の畑は審神者の霊力を以て植物を育てるんだ。だから、成長するために本丸に流れる審神者の霊力を使っているし、穫れた作物に霊力が含まれている。悪用しようと思えば、いくらでも悪用できるよねぇ」
それは拙いという顔を小鳥と切国がする。
「小豆と砂糖、ってことは、あんこでも作るのかな?」
「あー」
「心当たりがあると?」
「妖横町の和菓子屋にけっこー頼み事してたから、それかも?」
「妖横町の和菓子屋っていうと、"甘井野"?"てふや"?"玄納言"?それとも"豊月"?」
「ん-…たしか、"てふや"と"酒美月"だっけ…?いくつか試したけど、小鳥の好みがその辺だったから」
そこに羊羹があるでしょー、と姫鶴は戸棚を指さす。
「あ、てふやの黒糖羊羹だ。こっちのどら焼きは豊月で、練切と饅頭は酒美月のやつ。玄納言のきんつばもある」
「…私、こしあん派なんだよね」
「なるほど?」
「じゃあこの辺は俺が食べてもいいよね!」
「ん、まあ別にいいよ」
「どうせなので皆でおやつにしましょう。僕がお茶を淹れてきますね」
「あ、私も」
「俺と切国がいくから小鳥ちゃんは座っててくれ」
「えっ」
速やかにお茶が淹れられて小休憩になった。
「ところで、小鳥ちゃんは自分の霊力消費量って把握できてる?」
「ん-…正直、よくわかってないかも…」
「そっか…わかってれば畑の使用状況がわかるかもって思ったんだけど」
「どっちにしても小鳥は時系列認識が苦手だから無理じゃないかな」
「否定はしない」
「何にせよ、主人の霊力を無断で使っとるなら使用料取らんとね。売っていいもんでもなかばい、最終的に止めさせんといかんけど」
博多が決意を新たにしている。
「そもそも姫鶴はどんな取引したんだよ。霊力は使ってなさそうだったから後回しにしてたけど、本丸上層部の一室が養蚕室にされてたぞ。本丸の恒常性を利用してるっぽかったけど」
「ん-…たしかに小鳥の衣仕立てさせたりもしたけど」
「どれだけ主に貢いでるんだ…」
小鳥が考え込む。
「え、待って。そういえば何か色々服とか髪飾りとか文房具とか出してきてたけど、本丸に元々あったのじゃなくて取り寄せ品だったの?食品類以外も?」
「消耗品はともかく、身に着けるものは趣味ってのがあんじゃん。あの女のはおれ、趣味合わないし。かあいくないもん」
「わかります…」
毛利が神妙な顔で頷いた。
「どんなに良い品でも身に着ける方に合ったものでなければ品のない印象になったりしますし、逆に安物もそう見えなくする方もいますし。それにそもそも衣服はきちんと丈の合ったものでないと」
「新婚ほやほやの人妻と、倦怠期の人妻と、子持ちの人妻と、未亡人な人妻はイメージする服装が違う、みたいなことだろ?わかる」
「多分違うばい」
姫鶴が夢を通じて取引のある妖たちに"なんか状況変わったから、色々契約とか改めてやり直しーってことになったんで明日本丸の大広間に集合ねー"とやって話し合いが強制でセッティングされた。おかげで大広間が百鬼夜行と化している。
「…多くない?」
「まとめてかかってこられると拙そうだよね」
しかも妖物斬りと言えるのは強いて言えば切国くらいのものである。本刃が否定しているし、練度も低いのでちょっと頼れない。刀剣男士は主からの信仰心次第でわりと色々できるが、それもお互いの信頼が前提にある。移籍組はまだちょっと厳しい。
「なんだかんだ小鳥の前で変なことはしないでしょ。本丸の主だし」
「そうか…?」
まあ妖横町で出店している妖というのはある程度刀剣男士というものを知っているものだ。彼らとの関係を悪くしたくなければ審神者に危害を加えたりはしないだろう。
「あちらはあちらで、序列順に座ってるのか、にゃ?」
「どーだろ。おれが頼んだ順とかかもよ?」
「妖はメンツを大切にするから、序列は関係してると思うぞ。少なくとも適当じゃないと思う」
「ともかく、小鳥さまはどーんと構えていてくだされば大丈夫ですから」
「まあ交渉のメインは博多くんと姫鶴だもんね…」
小鳥はそういう駆け引きみたいなものが得意なタイプではない。
まあともかく、小鳥が姫鶴と博多を伴って上座に行き、他の刀たちもそれに続いた。
交渉開始である。口火を切ったのは妖側だ。正体は判らないが、面布に羽織袴の妖がにこやかに言う。
「此度は夢鶴のお方が愛し子様を奥方に迎えられたそうで、私どもからもお祝い申し上げます。白無垢の仕立ててであれば、是非、白羽にお任せください。立派なものを拵えてみせましょう」
「引き出物でしたら我らがてふやに是非お任せを」
「結納品の手配も引き受けましょう」
姫鶴がわずかに赤面する。
「別におれと小鳥の婚礼の相談するために呼んだわけじゃないんだけど。そういう話じゃないんだけど!」
「どうどう」
出鼻をくじかれた姫鶴が眉根を寄せている。小鳥は苦笑した。
「まだ両親に報告もしてないしね」
「あっマジじゃん。小鳥の親にあんたの娘をもらうつってない」
「里帰りの許可が出ないとだしねー」
そもそも小鳥はまだこの姿になってから一度も帰省をしていないので当然といえば当然だが。
「そもそも主がその姿で帰ったら家族が驚くはず、にゃ」
普通なら人間は若返らないので。
「主人の婚礼の話はまた後で話題にするばい。今は、こん本丸の話たい」
方向修正されて、改めて向き直る。
「こん
「夢鶴のお方の要請は愛し子様の魅力を最も引き出せる衣を仕立てよとのことでしたが、直接私どもの店に顔を出されたわけではないので、注文書はありませんね。出入りと必要な材料の調達のための協力の許可はいただきましたが」
「私どもの羊羹が気に入っていただけたということで、定期購入の代わりに品質の良い材料の確保の協力をいただきました」
「こちらの小豆は私どもの方にも卸していただいておりまして。おかげで素晴らしい小豆餡が作り上げられまして」
「愛し子様の霊力は浄化の力を帯びておりまして、厄落としの小物は評判もよろしく」
ぼろぼろ出る証言に姫鶴も流石にキレた。
「おれの小鳥の霊力を売り物にする許可までは出した覚えないんだけど???」
まーそもそも、刀剣男士がそんな許可出すわけがないのである。余程の理由がなければ。それが独占欲の強い神寄り男士ともなればなおさら。
「私どもは空間を使用させていただいているだけでありますので」
「私達は畑を使わせていただいていますが、愛し子様の厚意でいただけているものかと…」
「おや、愛し子様が私どもを気にかけておられたということなのでは?」
「なにそれ知らんこわ…」
まあ要するに妖たちは故意に奪っているわけではないと言いたいらしい。小鳥も特に提供した覚えはないのだが。
「そういえば小鳥さまは霊力量もかなり高いということでしたね…使われない分垂れ流しになっていたのでは?」
「あー」
つまりこの空間は霊力濃度高めなのである。浄化型なので判りにくいが、その分霊力が宿りやすくなるらしい。
「…小鳥の所為にしたらおれが許すとでも?」
姫鶴の機嫌がよろしくない様子を見せたので妖たちが姿勢を正した。
「まーどちらにせよ既に売ってしまった分はどうしようもないけんね。大事なのはこれからどうするかばい」
更に言えば、その商品を買い取れとか言われればそれはそれで困る。双方譲歩しての和解は大事である。
姫鶴が睨んでいたこともあって、改めての売買契約はなんとか穏便にまとまった。とりあえず畑は今育っているものを収穫したら使用停止。本丸内の空き部屋の利用は月単位での個別契約。蚕もとりあえず今育っているものはそのまま。
「つーか、お前ら"主の"霊力が宿ってるのを売りにした商品出してねーか?」
南泉の問いかけに返事がない。
「…霊力が、じゃなくて、私の?」
「だって愛し子って、姫鶴の兄貴の、じゃなくて、御大の、ってことだろ…にゃ」
「まっ、まさか!御剣様の愛し子様のものを売りにした商品など、賢明なものは買いませんよ」
「でも実際、主は御大の愛し子だし商品は売れてんだろ?…にゃ」
売れない商品を再生産する必要はないので。
「…実は私どもや御霊の方の間でも愛し子様は人気…人間の言う"あいどる"のようなものでして」
「えっ」
「愛し子様の反応の良かった商品、小鳥ちゃん印シリーズなども売れ行きがよく…」
「愛し子様のイメージ商品も人気がございまして」
「ご愛用の品を模した商品も売れ行きがよろしく」
「なにそれこわ…」
小鳥はドン引きした。
「いや普通にアウトでは」
「小鳥ちゃんは別にあいどる活動はしてないよね?」
「してないしする気もないですけど」
「愛し子様は存在が尊いので」
「存在」
「小鳥がかあいいのはまぁわかるけど、おれのなんだけど?」
姫鶴がものすごく嫌そうな顔をしている。
「勿論、愛し子様に危害を加えるようなものには販売いたしませんし、近づかせることもいたしません」
「愛し子様と同じ空間にいられて時折視界に入る可能性があるくらいで十分ですので」
「できれば出入りの許可は取り消さないでいただきたく」
「・・・」
小鳥はうわぁ…という顔になった。
「……小鳥が嫌だと思うなら普通に禁じた方がいいかなって思うんだけど」
「ええと…害意とか悪意とかがあるわけじゃないなら、禁じるまでは、しなくてもいいかな、とは思うけど…」
小鳥にはちょっとわからない世界すぎる。
「主人をだしにして何が売られてるんだか、しっかり調べる必要がありそうたい…」
「…本当に主に危険がないのかわからないしな…」
「…小鳥ちゃん印って聞いた覚え有るんだけど」
「えっ」
「いや、小鳥ってよくある号だから…それだけで特定はまず無理なんだけどな」
こんなことにならなければ知ることもなかっただろう。
「軽めの穢れなら祓えるって評判で」
「…いっそ主人はそれを売りにした方が稼げるかもしれんとね…?」
「まあ、お菓子食べるだけで浄化されるとか最高だもんね」
「無茶苦茶言わないでくれ」
「いや、だからおれの小鳥を売り物にすんなっつってんじゃん」
姫鶴に認知された以上、これ以上野放しにはされないだろう。なんなら御大も何かするかもしれない。どちらにしても敵に回すと碌なことにならないタイプの存在である。それこそ、賢明ならちょっかいを出さない相手である。
包丁は怪異案件で数振り折れて解決したけど審神者が病んで辞職した本丸。主が人妻っていいよねノリで抵抗なく主呼び
毛利は生粋政府刀。名前で呼びたいので名前呼び ちなみに前話で付き添いしてたのとは別個体
獅子王は老衰死のベテラン本丸出身、しばらくは本人には名前呼び
桑名はグレーゾーンだった本丸が見習いにブラックにされた本丸の生き残りの一振り。納得したら主呼びするつもり
南泉はいつもの影追くん