Rまではいかないやつ
『小鳥』
「なに?七星剣さん」
『巫女服に着替えてこちらに来い』
「?うん」
すっかり暗所に躯が順応したらしく、灯がなくてもそう不都合はない。とはいえ、普段立ち入らないエリアでもすいすい行けるわけでもないので、フットライトは助かる。
ちなみに巫女服、緋袴と千早は此処に来てから小鳥に合わせて仕立てられたものだ。曰く役目に合わせた服装をするべし。まあ小鳥は掃除するのなら動きやすい方がいいし、火を使う時は袖が邪魔、とあまり着たがらないのだが。
念話による遠隔会話であれば多少は話すようになったが、小鳥は七星剣と直接顔を合わせたことがない。小鳥としても対面会話はそう得意ではないので別にいいかなと思っている。あんまり興味もないのだ。共通の話題もないし。そもそも小鳥が他者との関わりをそんなに好まない。
「(何の用事かな…?)」
話すだけなら態々呼ぶ必要は薄い。着替えて、導かれるままに屋敷の奥に向かう。初日以来の部屋に入ると、奥の御簾が上がっていた。
「!」
「…来たか」
部屋の奥で、双眸が淡く光る。
「あ」
高座に黒い人影が見える。多少夜目が利くようになったとはいえ、元々の視力が然程でもないので、詳細は小鳥にはわからない。白い顔と、手が見える。
「おいで」
確かに聞きなれた声で呼ばれて、小鳥はゆっくりと高座へ歩み寄る。七星剣は自分の前に立った小鳥に手を差し出す。小鳥は首を傾げた。
「小鳥」
「うん…?」
握手かと手を出すと、手首を掴まれて抱き寄せられた。
「七星剣、さん?」
赤と青の左右で色味の違う瞳が細められる。七星剣の膝に倒れ込んだ小鳥は状況を飲み込めていない様子で目を瞬かせた。
「作法に則った形とは言えぬが、許せ。おれは今本体をここから動かせぬ」
「はあ…」
小鳥はこてりと首を傾げた。七星剣の指が小鳥の唇をなぞる。
「善き人間を助けるのがおれの役目だ。お前は善いものだと思う。…我ら刀剣男士は人間に美しい姿に見えるらしい。お前にはどうだ?」
「ん-、人の顔とかの造形の美しさは、僕よくわからない。…いや、うん、整った顔をしてるんじゃない?多分」
撫でられても頬を染めるでもなく不思議そうにしている小鳥に、七星剣はふっと微笑して額に口付けた。
「幼子にはまだ早い話だったか」
「いや、僕一応成人してそれなりに経ってるんだけど」
「元服と精神的、性的な成熟はまた別の話だろう」
「何かdisられた気がする」
小鳥が口を尖らせたので、七星剣はその唇を軽く食んだ。そのまま悲鳴を遮るように口付ける。口を塞がれて小鳥は戸惑ったように逃げようとするが、がっちりつかまれていて七星剣の腕から出ることもできない。やっと解放された時には息も絶え絶えになっていた。
「童形とはいえおれは男だ。成熟した女だというなら、あまり隙を見せるな」
「そ、ゆことは、好き同士ですること…でしょ?」
「人のそれに当てはまるかはともかく、おれはお前を好ましく思っている」
「そんなこと言われてもわかんない」
「おれも人の恋情とやらを理解しているわけではないが」
七星剣は優しく、しかし有無を言わせず小鳥を床に押し倒す。
「それが男が女を手に入れる手段の一つであることは知っている」
「…なんで?」
「神は裏切りを嫌うものだ」
「僕なにか悪いことした?」
「していない。おれが、お前を手放したくなくなっただけだ」
「なんで???」
「疑問ばかりだな」
わざとらしく袴を膝で踏む。
「嫌なのか?」
「痛かったり苦しかったりすることはやだよ」
「あまり苦痛を与えぬようにするつもりはあるが…」
七星剣は小鳥の首筋に噛みついた。歯形が付いて血が出るレベルのそれに悲鳴が上がる。
「本当に抱く時には作法に則っておれからお前を訪って夜這いする」
「動けないみたいなこと言ってなかった?」
「今はな。だが少しも動けぬわけではない」
小鳥は七星剣を押し返そうとした。七星剣は大人しく小鳥を起こしてやるが、さりげなく袴の端は踏んだままだった。
「僕はあなたにそういう好意は持ってない」
「最初からそうである必要はない。契りは元より役目のためのものだ」
「役目」
「神をもてなすのも審神者の役目の内だろう?」
「…そんなの教わってない」
「ならばお前は己の役目は何だと思っている」
「それは…正直審神者は神職らしいってことしか知らないし、ここに僕のやることはないと思ってたけど」
「審神者と巫覡はまた別ものだからな」
原義で言えば神を直接その身に降ろすのが巫で、巫の予言を解釈するのが審神者だ。
「ここは閉ざされた領域だ。
「よくわかんないけど碌でもないこと言われた気がする」