「あなたは…新しい審神者、ですか?」
頭上から降ってきた声に小鳥は声のした方を見上げて目を瞬かせた。そこにいたのは、ヒトにも鳥にも見えたが、逆にそのどちらでもないと思われた。赤い頭をかくりと傾げて小鳥を見下ろしている。木の枝を猛禽の蹴爪が掴んでいる。腕は広袖なのか、白黒まだら模様の翼なのか、判然としない。
「俺は小鳥。えっと、最初はこんのすけ、ってのを探せって言われてるんだけど、知ってる?」
「小鳥。小鳥ですか。それは、良い名ですね」
それはひらりと小鳥の目の前に舞い降りた。小鳥と同じくらい、僅かにあちらの方が高いかもしれないくらいの身長だ。
「抜丸と申します。ああ、我にはあまり安易に触れぬように。邪なものは自然と斬れてしまいますので」
「…あなたは、刀剣男士、ってやつだってこと?」
「ええ。伊勢平氏の流れをくむ古刀の一振りです。まあ、普通の刀剣男士は肉体で触れたものが斬れたりはしないのですが」
「つまり、抜丸は普通じゃないの?」
「我という個体は普通ではありませんね」
小鳥はきょとんとして抜丸を眺めまわす。抜丸も微笑して小鳥を眺めている。
小鳥は刀剣に関する知識がほとんどない。歴史にも義務教育分と少し程度だ。抜丸のこともそもそも元の刀剣から知らないし、平氏についても源氏とのライバル関係にあったくらいの認識しかない。だから抜丸がどうしてそのような姿をしているのかが全く分からない。
「ん-と、足と腕が鳥っぽいのもそれ?」
「…ええ。抜丸は本来、
「ライチョウかと思った。冬毛の」
「ふふ。この羽衣の模様ですか」
抜丸は袖を広げて見せる。白い手が僅かに袖口から覗いている。
「この身を顕現した主さまは抜丸を見てヘビクイワシを連想したようですが、抜丸は
そうしてぐっと小鳥に顔を寄せる。小鳥はびくっと跳ねた。
「小鳥も抜丸は鳥だと思いますか?」
「…元々のは知らないけど、あなたは蹴爪と羽があるし、だいぶ鳥っぽいんじゃない?…えっと、かっこいいと思うよ?」
「…そうですか」
抜丸はにんまりと笑う。そして自然な動きで手を伸ばして小鳥の頬を撫でた。ぽかんとした小鳥にますます笑み崩れて、言う。
「我の番いになりませんか?小鳥」
「…はい?」
「鳥同士、伴侶となるのも良いと思いませんか?幸いにして、あなたは善きもののようですし」
「いや、いやいや、突然何?俺は別に刀とお見合いしに来たわけではないのだが?」
「見合いの心算で寄越したわけではないでしょうが…この本丸には今、抜丸以外の刀剣はおりません。式は多少残っていますが、こんのすけはおりません。そして、この本丸は機能が凍結されています。門が閉じられているのです」
「それってつまり、監禁されてる状態、ってこと?」
「ええ」
「ええ…」
抜丸は小鳥に頬を摺り寄せる。
「抜丸は刀剣ですので、一度番った相手は裏切りません。番の為なら力を尽くしましょう。あなたは善きもの、善き番でありつづければ良い」
「い、いきなり番いとか言われても困るって。俺結婚願望とかないし…善きものも善き番もわかんない。話が急転直下すぎる」
「そうですか?」
「そうだよぉ!ていうか絶対、自分は裏切らないし相手が裏切るのも許さないやつでしょ?純愛ヤンデレじゃん!」
「人外との契りは当然そのようなものですとも。寧ろ、誓った内容を違える人間がおかしいのです。誓ったからには、そのようにするものでしょう?」
「初っ端から不安材料しかない…というか、何でそこで番い」
「小鳥を気に入ったので」
「なんで???」
抜丸は両腕を広げて羽衣を膨らませてみせた。小鳥は怯んだように僅かに後ずさる。抜丸は一定距離でそれを追いかける。
「抜丸は禿なので婚姻や情交にさほど興味のある太刀ではないのですが、我は鳥の要素を得たからか、番を求める気持ちが以前からありました。ですが、触れあえぬ相手を番にしても羽根を温め合うことはできないでしょう?」
「触れられればいいってこと?」
「触れられるから気に入ったのではなく、気に入ったものに触れられたので求婚しているのです。そこは間違えないでください」
「なんで???」
後ろを確認しないで後ずさっていた小鳥の背が壁についた。抜丸は壁ドン体勢で小鳥と目を合わせる。
「お嫌ですか?」
「…いいとかいやとか以前に、突然すぎて…そんな一生モノの約束とかできないって」
「そうですか…では、地道に口説いていくことにしましょう。どちらにせよ、あなたは現状、この本丸からは出られませんから。時間はいくらでもあります」
「そういえばそもそもその問題があるんだった…」
「必要物資なら我が調達してきますよ。あなたは刀剣を帯びていない。その手段がないということですから」
「それは、ありがとう…?」
抜丸はにこりと笑う。そして手の甲で小鳥の頬と首を撫でる。
「あなたが番を受け容れなかったとしても、見殺しにはしません。人間は心変わりするものでしょう?抜丸は一度決めたことは変わりませんが」
「こわ…」
そもそも小鳥は惚れた腫れたはよくわからないし、そのような感情を向けられた経験もない。抜丸は小鳥にとって徹頭徹尾未知の存在だ。ある意味で脅威は感じないが危険は感じる。
「ちなみにどうやって物資を調達するんです?」
「転移門が使えずとも、
「なるほど…」
「そういえば、小鳥は何故初期刀を連れていないのですか?行き先は知らされていなかったとしても、自ら審神者になったのでしょう?」
「あー…なんか僕、試験で降ろしたものが"よくなかった"らしくて、その場で還すことになったんだ。…悪いものには見えなかったんだけど」
「…成程」
小鳥の理解ではそんな感じになるのだが、実のところ事態はそれでは済まない。抜丸は小鳥にかけられた加護を見て神妙な顔をした。十中八九その刀剣の与えたものだろう。
「…案外、そう遠くない内に事態が動くかもしれませんね」
「…抜丸?」
「はい」
小鳥が不安そうな顔をしていたので、抜丸は安心させるように微笑してみせた。
「あなたに初期刀がいたら、間違いなく我との契りは止めるでしょうね」
「そんな気はしてた」
「その是非以前に、我と千切れば人の理から外れることになりますので」
「…そう言われて僕が断固拒否ってなると思わないの?」
「騙し討ちはこの場合よろしくないでしょう。きちんと納得して番いになってもらいませんと」
「あー…クーリングオフはできないんだもんね」
「ええ。一度番えば離縁はありません。我も一途ですので」
「無期限かー」
「永遠ですよ」
「出会って十分も経ってないのに永遠を決めないでほしい」
「時間をかければ良いというものでもないでしょう」
「それは、そう…なのか?」
ともあれ、傍から見れば、いずれ小鳥が抜丸に丸め込まれるのは目に見えていた。現に小鳥は既に自分が壁ドンされている状態だということを忘れ去っている。警戒心が長続きしない性質なのだろう。
「…というか、あなたのいう永遠ってアレだよね。都都逸でいう、"お前死んでも寺にはやらぬ"…ええと、"焼いて粉にして酒で飲む"だっけか」
「(無言でにっこり)」
「ほらぁ…」
肯定も否定もしないのは、ある意味で抜丸の誠意である。人の理を外れたものが、はたして死ぬことがあるものか。ただまあ、そうなったらやるかもしれない。この抜丸は妖寄りなので。
「いやまァ、僕は死後とか信じてないけど」
「そうですか?」
「そもそも、俺幽霊とか見た事ないし、自分に霊力があるとも思ってなかったもん。何か一応あるみたいだけど」
「でも審神者になろうと思ったのですよね?」
「思い付きで受けたら受かっちゃった」
まあ高い使命感をもって審神者になる人間なんて、実はそんなに多くない。私利私欲とまではいかないまでも、給料の高さに惹かれたとか、刀剣の顔の良さにつられたとか、何かしら変わってほしくない歴史があるとか、それぐらいの話だ。後、偶にレキシューに命を狙われて身を守るため、というのもいる。ここまで適当な理由で審神者になる人間もまあ少数派だろうが。
ただまあ、変に高尚な意識を持ってる人間は変な思想にかぶれたりするので、ある程度割り切ってるタイプの方がいいのだ。ある意味給料の為に戦ってるくらいの方が良い。
「俺が善良って、何かの勘違いだったりしない?」
「少なくとも、悪辣ではないと思いますよ。振舞いからしてそうです」
「そうかなぁ…」
抜丸はにこっと笑って小鳥を抱き上げる。小鳥は慌てて抜丸の腕を掴んだ。
「な、な?!」
「このようなところを愛らしいと思っています」
「どのような?!」
身長がそんなに変わらないので、そう高く持ち上げられているわけでもないが、小鳥は落ちたら大変なことになりそうな顔をしている。抜丸はにこにこしながら小鳥を抱き上げたまま歩き出す。姿勢が全然ブレない。
「いや、あの、抜丸さん?」
「呼び捨てで構いませんよ」
「僕何処に連れてかれそうになってるんですか」
「ふふ、何処でしょうね」
「おろ、降ろしてください」
「…いやです♡」
「(あわあわ)」
「心配せずとも、危害は加えませんし、合意なしに手出しはしませんよ」
「それは当然のことではないんですか」
ヒント:鳥類の求愛行動
正確には小鳥が善きものか以前に御大の加護でかき消されるレベルのパッシブ
いうて平安刀だからなーという気持ち でも一応了承なしに手は出さない 本気で嫌がられたら引くつもりはある