そんなやりとりはあったものの、結局のところ少女の正式な護衛刀は朝尊に決まった。そしてその半日後には肥前忠広が一振り少女との契約を申し出てきた。それもまた特に支障なく成立した。
その数日後には共同生活が始まった。護衛だからというのもあるが、少女が現在安全ではないからだ。差し迫った危険のない、非顕現主とは同居まではしない刀剣が多い。審神者自身で顕現していれば同居することが多い。マ、肥前はどちらにせよ朝尊と同居ないし隣室に引っ越すくらいはしただろう。精神の安寧の問題である。それに大体の南海太郎朝尊は生活能力が低い。肥前は多少個体差があるが、他者の世話を焼いている方が精神の安定する個体が多い。
ともかく、政府職員の職員寮の、三人ぐらいで住む想定の部屋に彼らは引っ越した。三人ともあまり己の私物がなかったこともあり、引っ越し自体は手軽に済んだ。配属先はひとまず神秘部呪物課となった。
「おい、朝だぞ」
「・・・」
「ほら、顔洗って着替える」
「ん…」
「先生もだぞ。アンタ一応、護衛なんだから」
「ああ…おはよう、肥前くん」
少女と契約した肥前は面倒見がいいタイプだった。まあ立候補してきたくらいだからそれはそう。朝尊は肥前と組むことが多いが、肥前は朝尊と組んでいるとは限らない。その辺天江戸組や慶長熊本組とはまた異なる関係性である。それだけ朝尊を単独で野放しにすることを不安視されているともいう。肥前は世話を焼く対象は必ずしも朝尊でなくてもいい(ただし相手が誰でも世話を焼くというタイプでもない)のだが。
「で、主は今日の朝飯は何にするんだ?」
「…ご飯とみそ汁」
「米な。先生は?」
「僕も同じでいいよ」
肥前は少女に自分の望むところを些細でも言葉にさせる。何となく察しても先回りして世話を焼いたりしない。面倒見のいい脇差なので別に察しが悪いわけではない。少女が自発行動を半分放棄していることに対するリハビリである。自分の意思を発して、それを尊重されること。それを当然のことに戻さねばならない。まあ、放っておかれれば、それはそれで、少女も必要を感じれば自分で動くのだが。世話を焼かれてどうにかなるので行動放棄していた部分もあるので。
「飲み物は?」
「いらない」
「僕はコーヒーをもらっていいかい?」
「それは自分で淹れてくれ」
標準的な肥前は食事に対して食べる専門だという。本丸組ならそれで問題ない。だが、政府刀であれば食堂などを利用するか、惣菜やレトルトなどを買って済ませるか、自炊するかということになる。職員寮の形式にもよるが、自炊(といっても炊飯器で米を炊いて、簡単なおかずを作る程度)をする肥前はそう珍しくない。ちゃんとキッチンのついているタイプの寮なら調理器具もついてくるので自炊のハードルとコストが下がるのだ。この肥前も簡単な調理ぐらいはそれまでの一人暮らしで覚えていたタイプだった。
毎朝聞いてはいるものの、少女は食事に対するこだわりが薄いのか、基本的に朝食は毎日同じものを食べるタイプだった。ご飯は毎日夜に予約炊飯しているし、味噌汁はインスタントだ。朝キッチンで調理するのは付け合わせのたんぱく質くらいのものである。ウインナーや卵を焼くとか。あとは林檎を切るとか。漬物を出すとかすれば朝食は完成する。
「いただきます」
「「いただきます」」
特に会話があるでもなく三人で朝食を食べて、そろそろご馳走さまというところで、肥前が言う。
「そういや山姥切…刃事の博愛の方が先生に使えって子供用のリード寄越したんだよ。
「僕の意見は聞かないのかね」
「アンタが一人で好奇心のままふらふらどっか行くことへの対策だからな。護衛が常に両手塞がってちゃ困るだろ」
少女の方はされるがまま引っ張られるか、無言で蹲る事の方が多い。まだ眼鏡もかけていない。自閉状態はまだ改善したとは言えない。配属先でも命じられた雑用くらいしかしていない。もっとも、体質的にただそこにいるだけで周囲が浄化されることもあり、無理に急かされることはない。変に荒療治をしようとして悪化する方が損失になる。それに同僚の人間は他人にあんまり個としての興味がない(自分の邪魔をされなければよし)者が多く、刀剣男士は敵対しているわけでもない人間にきつく当たるものは滅多にいない。なにより命じられた仕事はちゃんとこなしているので最低限の仕事はしていると言えるのである。
「朝尊に止まる気が無きゃ止められない」
「だよな…」
「折角人の躯があるのだから、色々なことを識りたいだろう?」
朝尊に悪びれた様子はない。自分に問題があるとは思っていないのだ。
「限度っつーか、自分の役目は忘れないでくれって話なンだよな…」
「ふむ…」
少女と朝尊はお互いに放任気味で、肥前は世話焼き個体である。邪険にはしない。単に己の興味関心を第一に優先するだけである。ある意味表裏と言ってもいい。色んなものに興味を引かれるから朝尊は多動気味だし、己の外側に対する興味が薄いから少女は動かない。そしてそれを他者と共有しようとしないから放任傾向になる。本人たちはそれで支障ないが、社会生活を行う上でそれでは問題があるから折衝が必要になる。それが肥前である。ふたりともそれを理解している。
「双子育児みたいだよな」
「あ゙?」
同僚の鶴丸に揶揄うように言われ、肥前は眉根を寄せた。否定の言葉は出ない。
「…ん?僕は子供ではないよ」
「紐で繋がれてるじゃないか」
「山姥切くんが手配したそうだよ」
「あんたがひとりでふらふらしなきゃ必要ねぇんだけどな。まだ練度も低いし」
戦闘訓練も多少は受けているものの、特も付いていない。
「主の世話と護衛は俺がこなすんでもいいけどな。先生を野放しにしとくと何かクレームとか来るかもしれないだろ」
「僕はそんなつもりはないのだけれど…」
「先生には常識と社会経験が足りてねえ」
「まあ練度は上げておくに越したことはないな。力不足ほど口惜しいものはない」
「ふむ…」
刀剣男士であるので戦いのための備えをすることに否やはない。単に後回しにしていただけだ。
「そもそも自分の身も守れるかわからん状態で単独行動しないでくれ」
「それは…道理だね」
「花鶏さんと朝尊さんは存外相性が良いのかもしれませんね」
「…?」
「そうかい?主はどう思う?」
「………悪くはない、かな」
沈黙に滅茶苦茶詰まっている。
「相互理解に問題はなく不必要な対立も発生していないのでしょう?」
「成程。それが定義なら当てはまりそうだね」
「まあ喧嘩になったことはねぇけどな…」
「よく喧嘩をしているから仲が悪いとも言い切れないのが人間関係の難しいところではありますが」
肥前忠広は食事に楽しみを見出す個体が多いが、南海太郎朝尊はそうでもない。なんなら研究に夢中になると寝食を忘れるものが多い。そのあたりはこの二振りも典型的な部類だった。結果として昼食と夕食は基本的に食堂で摂っている。少女も朝尊も肥前に苦労をかけている自覚がないではない。だから食事の場ではトラブルを起こさないように気を付けている。できる限りは、ではあるが。
「甘いものにはストレス値を下げる効果があるそうだよ、肥前くん」
「何か気になるもんでもあったのか?先生」
五年ぐらい後でもカンストしてないからなこいつ 肥前は多分リセットされてなければカンスト
日常生活に関しては、食事以外自分でルーチン的にやれる 食事はなんかうっかり抜いたりする まあ朝尊は風呂サボったり夜更かししまくったりするかもしれないけど