ふたりともしっかり風呂に入って(というか躯を洗って)着替えてきた。小鳥は神気の影響が抜けきっていないのかうつらうつらしている。
「穏当に話し合いで終わらせるつもりはあるかな、雲生」
「私から小鳥を奪おうというなら話し合いの余地はありません。折れようとも聞けません」
「…そこは本人次第ではあるかな。その子が正式な審神者であるなら、諸々の手続きをちゃんとして正式な主従として登録できたら無理に引き離す必要はない。凍結本丸に送り込まれているところからして、疑わしくはあるけど」
「誘拐されてきてよくわからないまま放り込まれた子って可能性もあるかんね。霊力と神気耐性はありそうだけど」
「祟りに無防備に甘えられる時点でちゃんと教育を受けている審神者かどうか疑わしいところがありますからね…」
「…ゆーかい、されてない…自分で採用試験うけにいって…ふぁ…なんか受かって…鍛刀禁止だから引継ぎって…こんのすけが教えてくれるって…きただけ…むにゅ…」
「…新任審神者に適切な教育を行わずに引継ぎにするのは問題なんだよね…」
トラブルの元なので。
「審神者が大丈夫でも祟りをそのままにはできませんし…その子は一度健康診断がいりますよね」
「私は小鳥から離れるつもりはありません」
「採用試験のあった日と就任した日は現世時間で何時かな」
山姥切の問いに小鳥は眠そうにしながら答えた。オペレーターがその検索結果を返す。
『あてはまる審神者の記録がありません。ていうか、採用の翌日に就任がバリバリのルール違反なんで、多分どっかでデータが改竄されてますね。どっちか片方ならそれらしいデータは出そうですけど…』
「採用試験があったことは確かなんだね?では、鍛刀禁止令が出た者は?」
『…あ、それはありました。鍛刀能はあるけど、試験で対象外の刀剣を降ろしてしまったようですね。それから……基本研修を受講せずに失踪したことになっています』
「…黒被害者用教育プログラムの受講は確定のようだね。審神者を続けるつもりがあるのならだけど」
「特にやめるつもりはないけど…審神者って、一度就任すると、家に帰れないやつ?」
「本丸空間と現世の行き来に制限はあるし、機密関連のかん口令が出ることはあるけれど、現世への帰還が禁止されるわけではないよ。安全のために色々偽装した刀剣男士を護衛に連れていくことが基本にはなるけどね」
「じゃあ、帰れるんだ…すやぁ」
小鳥は雲生にもたれかかって寝落ちした。体力切れしたらしい。
「あ、寝ちゃった」
「どうするべきかはわかっていますよね?」
「…私にあなたたちを信用する根拠はありません。出直してください」
「それこそ、こちらもあなたがその子を隠さない確信はありません。過剰に神気が注がれているのは見てわかりますから」
「迂闊な事すると立場が拙くなるの、雲生だけじゃなくてその子もだかんね。騙されてたとしても規則違反は規則違反だから。厄介ごとに巻き込まれてるってことは後ろ盾とかないだろうし」
『記録が正しいなら、一般家庭出身の定期健診では引っかからなかった子ですねー、まあ、だから審神者の能力が低いとは言い切れないですけど…』
「何故か、何らかのきっかけである日突然能力が開花したというわけでなく生まれつき能力があったらしいのに、その日まで能力検査に引っかからない人間、というのがいるからね…。歴史改変の余波で"ズレた"のでは?とも言われているけど」
『明確な根拠があるわけでもないんですけどね』
まあ平行世界の様子は基本的にわからないものなので。雲生は小鳥を抱え込み羽織を被せる。
「本丸を見て回るなら、それはお好きにしてください。私に不都合はありません」
「…小豆長光、見張りを頼んでいいかな」
「ああ。なにかあればしらせる」
小豆をその場に残して他の者は本丸内を調べにいった。といっても、一部は本丸に入ってきて雲生たちを見つけるまでの間で見てきているのだが。そもそも全員固まって行動していたわけでもない。
雲生は眠る小鳥の頭を撫でる。眠りが深いのか、反応は特にない。寝息も穏やかだ。
「じがのつよいひとのこは、じぶんのいしをむしされることをきらうから、むりにかくすときらわれるぞ」
「私と小鳥は両想いです」
監査部は顕現の解けた刀剣を回収した。支部の方で手入れと聞き取りをする予定だ。その後どうなるかは本刃たちの意思による。刀解か譲渡になる可能性が高い。政府で働く選択肢もあるにはあるが。
「…凍結前に何の調査もされなかったわけではなさそうだな」
「黒派閥の人間が証拠隠滅したやつかもしんないけど。本丸に関する情報が不足なく揃ってたわけじゃないんでしょ」
「見習いとして入った人間に乗っ取られて、元の審神者が死んだために私の同位体が堕ちた、という話でしたね」
「正直、雲生ってそういう時に仇を討ちにいくっていうより自罰の方に傾きそうな気がするんだけど」
「状況によると思います。私も目の前で殺されたら首を取りに行くと思いますし」
地下の小部屋の霊力抽出器を見つけて苦い顔をする。
「…成程」
「うわ、趣味悪…」
「…これは、誰が用意したものなのでしょう。この地下室自体もそうですが…本丸とはそこまで改造が容易なものでしたか?」
「そういうものを扱う知識があるならできないことではないよ。ただ、この種の改造は申請が必要だろうね」
一応本丸は軍事基地である。審神者の一存だけで好きにしていいものではない。
地上部分まで戻ってきたところで連絡が入る。
『執務室に壊れた認識改変系の呪具があったみたいです』
「十中八九乗っ取りに使われたものなんだろうけど…」
破壊音に駆けつけてみると雲生が泣きながら小鳥を抱きかかえてまた神力を暴走させ周囲に穴をあけていた。その状態で熟睡できる小鳥が剛の者すぎる。
「何があった?!」
「ことばえらびをまちがえたようで、きょうこうじょうたいにさせてしまった」
「物理的な穴だけじゃなくない?っていうか、時空貫通してない?」
「概念拘束を…この状態でかけるのは難しいですか。二つ名が何になるかはほとんど確定していると思いますが」
「そもそも彼は何故ここまで取り乱しているんだ」
雲生は他者が自分たちに近づくことを拒絶している。呼吸が浅く、目の前のものを正しく認識できているのか怪しい。怯えたように視線が彷徨っている。
「そのがいねんこうそくをかけようとしたところだったんだ」
術師が小豆の後ろに匿われている。
「概念拘束を嫌がったってコト?」
「いや…」
小豆は眉根を寄せる。
「がいねんこうそくでは、ないとおもう」
『じゃあ何が原因なんですか?というか、どんなやりとりをしたんですか?』
「錯乱してるよね」
「人間全般を敵視している…のなら、彼女にはそうでないのは何故なのか、という話になりますから…」
術師が困惑している。
「雲生!何暴れてんだお前!」
「小鳥に近づかないでくださいっ!!」
「会話をしろよ、会話を…!誰もその子に危害を加えようとなんてしてないでしょ」
「
「アンノウン…?」
「…認識阻害礼装のことか?」
政府勤めの術師は大体身の安全を確保するためにそっち系の礼装を使うことが多い。
「
「にんげんふしんがねぶかいのだろうね、かれは」
「まるで子熊を守ろうとしている母熊だな…」
『山姥切さん遭遇したことあるんですか、子育て中の母熊』
誰も雲生に近づけない膠着状態を破ったのは、その雲生に抱えられていた小鳥だった。この騒ぎで流石に目が覚めたのか、小さく欠伸をして、ゆっくりと辺りを見回し、困惑した様子で雲生を見上げる。
「雲生、これどういう状態?」
「小鳥。小鳥は私が守りますから、絶対に離れないでください」
「どういう状態?」
まあ周囲が穴だらけで雲生も泣いているし即座に状況を把握はできないだろう。少し目を閉じて考え込んだ後、子とるはするりと雲生の腕から抜け出した。
「っ、小鳥」
「雲生」
小鳥は不安定な足場に平然と立ち、少し背伸びをして雲生を抱きしめた。
「君は刀剣男士だ」
「…はい」
「刀剣男士は歴史を守るために
「はい…」
「僕の声は傍にいなくたって君に届くし、君は声をたどって僕の所にたどりつける」
「!」
「陥穽は相手を傷つけずに排除するためのもの。君は他者を傷つけることを望んでいない」
「…はい」
「君は僕の刀剣男士。空を愛する太刀、雲生」
「…はい。あなたが、私の主です、小鳥」
概念拘束術式が成立して雲生の外見が標準通りの雲のような白髪と空色の瞳になり、神力が収まった。
「落ち着いたか?」
「はい。パスを通じてあなたの存在が感じ取れます。…もっと早くこうするべきでした」
「おう…?というか、本来はそんな色だったんだな、君」
監査の面々は真顔だ。
『一般出身…?』
「どっかの高名な術師の隠し子って言われても信じる」
「いや、術式の使い方が完全に我流だし、才能に溢れすぎてるだけじゃないかな。…何故標的にされたのかと思ったけど、成程ね」
「やれるなら何で今までやってなかったの?」
「僕が寝落ちした後のログを確認して必要そうだったから見様見真似でやってみたけど、必要だと思ってなかったというか、初めてまともに会話した刀剣男士が雲生だったからそういうものだと思ってた」
「当時すでに完全に堕ちていましたから、刀剣男士として振舞えたのは小鳥が私にあなたは刀剣男士か、と問いたからですよ」
「マジか」
「はい。それで自分が刀剣男士だったことを思い出しました。いきおい、自分が堕ちたことを忘れていましたが」
「ヤバ…どっちがヤバいのか知らないけどヤバ…」
一言で仮初とはいえ堕神を刀剣男士として振舞える領域まで引き戻せたというなら、それは「異常」である。あるいは、信仰力が半端なく強い。ある意味で、まともな刀剣男士を知らなかったが故のイレギュラーでもあったようだが。
「しかし、この本丸はそのままでは使えない状態ですね、これは。まとめて監査部に保護されてください」
「私は小鳥から離れるつもりはありませんが」
「俺ってこれからどうなるの?」
「君がどうしたいかにもよるかな。適切な教育と、健康診断とか検査を受けてもらった後に改めて本丸に審神者として就任してもらうなり、政府機関で術師や職員として働いてもらうなりすることになると思う。雲生と契約したまま退職はさせられないしね」
普通の刀剣ならまだしも、二つ名持ちになるのでなおさら軍の目の届かないところには置けない。危なすぎるので。
「ん-…それなら本丸就任の方がいいかな…」
小鳥は目を泳がせる。まあ雲生のべったり具合によっては職員として働くのは困難だろう。迷子紐付きで常に行動したくない。
「一応言っておきますと、雲生という刀剣男士は一般的にそこまで主にべったり侍りたがる太刀ではありません。私自身でなくとも、主の安全を守れる者がいるのなら良いのです」
「…まあ、一般的に主にべったり侍りたがる刀剣といえばへし切長谷部や巴形薙刀あたりになるだろうね…」
「個体差ってあるかんね。でもまあ、平均的な雲生でも近侍してる時に主を見失えば狼狽えると思うよ」
「それはそうなのですが…」
再就任先が決まるまでの期間に一度実家に帰宅できることになった。流石に風呂やトイレにはついてこなくなったものの、雲生が小鳥にべったりなのは変わっていない。電車を使っての長距離移動を不安がるので人の少なめの時間に例のリード付リュックを使うことになった。まあ手も繋ぐのだが。更に言えばあからさまな見目をしているので、ちょっと見目が目立たなくなる程度の認識阻害礼装を使っている。一般家庭が審神者関係者だと知られるのはあまりよくないので。
「うわ…」
「人の顔を見るなりその反応は酷くない?」
「いや…うん…あーちゃんってなんでそんなヤバそうなのにばっかり好かれるの?」
「…雲生は別にヤバ…くないとは言えないが…」
「小鳥?!」
「一歩間違うと犯罪だったから」
「・・・」
「彼は僕と契約している刀剣の雲生。雲生、これは僕の弟」
「…姉がどうも」
「雲生です。小鳥とは生涯添い遂げるつもりでいます」
「…結婚すんの?」
「許しがいただければ私はそのつもりですが」
「まあ、もう、他の相手とは結婚できないだろうけど、そもそも俺に結婚願望はないっていうかあ…」
「ふーん。まあ、あーちゃんがそれでいいならいいんじゃね」
弟が彼女の写真を撮る。
「家族のグルチャにあーちゃんが恋人連れてきたって乗っけとくね」
「待って」
「何か間違ってる?」
「~~~」
「何か目の色変わってるし、変な取引とかしたんでしょ」
「取引はしてない…たぶん。どっちかっていうと…エッチなことかな…」
「家族の猥談とか生々しくなるから聞きたくないんだけど」
「それはそう…」
雲生は家族公認になりそうなのでにこにこしている。
「あーちゃん昔から変なのに目ぇつけられてるんだし、守ってくれるやつならいいんじゃない?」
「変なのに目…?」
「…思い出したりしたわけではない?…じゃあ、下手に近づかせない方がいいかな。確実に荒れるし…」
「小鳥に何か邪な気持ちを向けている者がいるのですか?」
雲生の笑みが消えたので、弟は視線を逸らす。
「…この辺の氏神的な存在…だと思うんだけど、たぶん」
「氏神…お宮さんのこと?」
「心当たりがないなら近づかない方がいいから、マジで」
「ええ…気になるけど、そうまで言うならやめといた方がいいかな…」
「…そうですね。わざわざ危険を冒す必要はありません。軍規違反でペナルティをくらうのも面倒ですし」
「戦闘になる前提で言ってる…」
まあ当然といえば当然である。雲生は小鳥に滅茶苦茶執着している。余所からちょっかいをかけられたくない。相手から見れば寧ろ雲生の方が後からちょっかいかけて掻っ攫った野郎かもしれないが。
「あーちゃんの彼氏?誠実そうで安心ね」
「まあ…誠実なのは多分そう…」
刀剣男士は基本嘘をつかないし一途だ。生涯添い遂げると言っているからには、折れない限り傍にいるだろう。
「はい。私は小鳥を愛していますし、生涯添い遂げるつもりです。ご安心ください」
「ぐぐぐぐぐ」
「小鳥?」
「恥ずかしいから家族の前でそういうこと言わないでっ」
「私としては何ら恥じることはありませんが…」
「は、恥というか…照れの方というか…」
小鳥は赤面している。
「結婚式をする時にはちゃんと連絡しなさいね」
「お母さんっ…」
実家には一泊だけしかできないので手早く荷づくりなどした。またしばらく帰宅できなさそうなので。状況が落ち着くまで気軽に現世に出てこられなさそうなのだ。今回の一時帰宅も家族に対するその辺の伝言のためという面もある。成人しているとはいえ、箱入り娘が消息を絶てば家族が心配するのも当然のことなので。
雲生は小鳥の家族と実家に興味深そうにしていた。まあ小鳥の両親は全くの一般人なのだが。
本家のお嬢様の我儘を叶えるために最初から譲渡する予定で作られた本丸 当初は譲渡したらお役御免のはずだったが、お嬢様の霊力が足りなかったので下働きとして飼殺されることになった 最初から譲るものだと思ってたので刀との交流はあんまりで主がいなくても本丸が回るような教育と譲渡をすんなりさせるための呪具を使ってた 呪具により本丸内で刀剣たちは人の区別がつきにくくなってた 雲生は一人だけ審神者を正しく認識できていて入れ替わりに気付いた 他の刀剣の認識的にはなんか本丸の霊力がおかしくなったと思ったら雲生が発狂して主を殺した、くらいのもの その時呪具が故障してる 呪具が完全に壊れたのは小鳥が近づいた時。大体加護のせい
元の審神者は最初から呪具で自分の刀剣との繋がりを曖昧にしたので、まともな契約だと繋がりを感じられることを実感として知らなかった
正直雲生はうっすら心当たりがある 呪祝は見てるので