小鳥と名乗るその人間が善良な存在であることがわかるまで、そう時間はかからなかった。…まあ、そもそも御大から加護を受けている時点で只者ではないのだが。仮にも神器だ。普通の人間では相対するのも難しいだろうし、御大が気にかけることもないだろう。そういう意味で、御大と直接顔を合わせ、加護を与えられたであろう小鳥は確かに特別だった。
惜しむらくは、この本丸にそれを正確に理解できる者が半数未満しかおらず、理解した者の大半が傍観に回ったことだ。少なくとも、理解してなお、小鳥を傷つけようと思っているものはいないが、止めさせようというものもいなかった。
まあ、この本丸の刀剣は大体正常な思考を持っていないから仕方ないのかもしれない。そういう俺も、何時まで正常に近い思考を保っていられるかわからない。
小鳥は巫女で、場を浄化する力に長けているようだが、ただいるだけでこの本丸を浄化する、というわけにはいかない。いや、存在するだけでその周囲を浄化する位のことはできるようだが、全域には及ばないのだ。それだけ本丸に邪気が巣食っているということでもあるが。
加護に気づいている/いないに関わらず、小鳥に近づく刀剣は結果的に邪気を留め広げる行為をしている。だから、どんなに心地よさそうに見えても小鳥に近づくべきではないのだろう。少なくとも、この本丸が邪気に満たされている内は。
「…ったく、退屈で死んでしまいそうだ」
「…小鳥、か」
儚い存在であるように見えた。守ってやらねば、簡単に死んでしまうような存在だと。
小鳥というのなら、その小さな羽を折ってしまいたいとも思う。何処にも行けぬように、檻の中に大切に閉じ込めておきたいと。
「そなたも気にかかるのか?」
「まあ、一応な」
「あれは、美味そうであったからなぁ」
小狐丸は舌舐りでもしそうな顔でそんなことを言う。どういう意味合いで食べたがっているのかはわからないが、その過程で小鳥が痛めつけられることになるのは想像に難くない。自覚が有るかどうか定かではないが、この小狐丸は獲物を甚振りたがるきらいがある。
「殺さぬようにしろよ」
かなり最近に与えられたと思われる加護。この国の神器たる剣の施したであろうそれは、無視することはできない。流石に神代から在るものに喧嘩を売るのは自殺行為でしかない。かの剣がどう思っているかは伺い知れないが、小鳥に危害を加えるべきではないのは確かだ。
「何故殺さねばならんのじゃ。死ねばそこで終わりじゃろう」
「お前ならうっかり殺してしまうということもありそうだ」
「それは流石に酷い侮辱じゃぞ。そしてそれはそなたにそっくり返しておくぞ、三日月」
「俺はそもそも無理に何かしたり傷つけたりするつもりはない」
ただ、俺の元に堕としてからしようと思っているだけだ。合意の上であれば何をしても問題なかろう。
全ての本丸には、その本丸の式神の取り纏め役たるメイン式神的なのがいるらしい。
らしい、というのは俺が出会った事がないからそう表すしかないということだ。基本的に審神者が呼べば本丸内の何処にいても現れるらしいのだが、そもそも名も姿も知らないのだから呼びようがない。
僕が本丸内の探索をする理由の一つは、その式神を探すことである。…僕の知る限り、本丸内の式神は意思の疎通は辛うじて可能だが会話はできない。刀剣たちがアレだから、せめてその式神は会話の可能な状態であってほしいと願っているのだが…うん、本当、会話できないって苦痛なんだな…。
「…あなたは…」
「…ん?」
確か、消極的な態度を取っている刀の一人だったか。名前は何だったか、聞いたかどうかすら定かではない。まあ、多分データを見ればわかるのだろうが。
「…このようなところに、何の用ですか?…あなたは、私たちに積極的な接触を図ろうとしてはいなかったと、記憶していますが…」
「…式神を探している。いると聞いていたが、一度も姿を見ていないからな」
「式神、ですか」
僅かに首を傾げる。どうやら心当たりはなさそうだ。
「心当たりがないならいい。邪魔したな」
「待ってください」
「ん?」
「…私も手伝いましょう」
彼の申し出に、俺は
「…そちらこそ俺に関わらないようにしていたんじゃないか?どういう風の吹き回しだ」
直感の赴くままに疑問を返した。
「…あなたが新しい主だというなら、ずっと避け続ける、というわけにもいきませんからね」
何となく、その言葉は理由の一部に過ぎないだろう、と思った。嘘ということはないだろうが。
しかし、手伝うと言われてもなぁ。
「江雪左文字」という太刀らしい。
「…何でしょうか」
「今何処にいるかはともかく、この本丸の管理役たる式神がどんな姿でどんな名で呼ばれているかを知らないか?」
「…それはおそらく、こんのすけですね。鮮やかな紋の描かれた面をつけた狐の姿をしています」
「狐、か」
少なくとも、見て回った中にはいなかったように思う。いや、そもそもそのこんのすけとやらが一所に留まっているとも限らないので、尽く行き違っているという可能性もなくはないのだが。
「名を呼び歩く、のはやめた方がいいだろうなぁ」
寧ろ、寄ってくるのは刀剣たちのような気がする。不要なエンカウントは避けたい。
「…やめてください」
「いや、やらないけど」
「こんなところにいらっしゃったんですか、主」
「・・・」
振り返ると、予想通りの相手が立っていた。神父を思わせる衣装の青年。名は、何だったかな。
「不用意に歩き回らないでくださいと、申し上げたはずですが」
「俺はこんのすけを探す必要がある。室にこもりきりでいるわけにはいかない」
「こんのすけ?あんなものに何の用があるというのです。あなたの不自由の世話は俺が手足となってこなしますから必要ないでしょう」
「自分のことは自分でやる。何で探してるって…」
なんとなく、探した方がいい気がするというのが一番だが、刀剣たちよりまともな会話ができるやつが欲しいから、というのも大きい。こいつらには言えないが。
「理由のない暇潰しだというなら、室にお戻りください。また愚か者どもに傷つけられる前に」
「暇潰しじゃない。必要だと思ったから探している」
「必要?アレが?俺ではなく、アレが?」
青年が俺に掴みかかってきた。
「あんなものが必要だというのですか、主」
「…へし切長谷部、おやめなさい」
「主、あんな狐よりも俺の方がずっと役に立てますよ、ねぇ主」
そんな事より首を絞めるのをやめてくれ。
「へし切長谷部、主の首が絞まっています。主を窒息させるつもりですか」
首を絞める指が緩められる。
「けほっ、けほっ…」
「…ああ、主、申し訳ありません。あなたを守るべき俺が、こんなことを」
「…へし切、長谷部」
「何でしょうか、主」
「お前はこんのすけに何の恨みがあるんだ」
「恨み?恨みなどありませんが」
嘘つけ。何かしら思うところがなくてああなるもんか。…いや、こんのすけではなく、自分より必要とされるものがいることに対するなんやかんやかもしれないな。どちらにしても俺には厄介極まりないが。
「…そうか」
さて、どうしたものか。
「なら、こんのすけを探すのを手伝ってくれ、へし切長谷部」
「主命とあらば」
長谷部の表情がとても生き生きしている。寧ろ桜が舞ってる。なにあれこわい。
「ところで、お前は何処にいるのか心当たりはないのか?」
「残念ながら…」
…まあ、知ってても言わないんだろうな、って気はするのだが。
そもそも、僕のサポートが業務の一つであるはずのこんのすけが何故僕の前に姿を現さないのか。式神たちに聞いた感じでは、消滅するとかして物理的にこの本丸にいない、ということはなさそうなのだが、しかし彼らにもこんのすけが何処にいるかはわからないようだった。
名と姿を知ったのだから、探査の術を使う最低限の条件は整ったが、今使っても見つけられない気がする。何しろ、この本丸の中は嫌な気に満たされていて、それが俺の感覚を狂わせているような感触すらある。それをどうにかするか、もっと精緻な術を使える条件を満たさなければならないだろう。正直面倒くさい。
「主の手を煩わせるとは…全く度し難い」
そこまで憤られても、なんだかなあ、という感じがする。正直、俺がこの本丸でできることはあまり多くない。その数少ないできることなのだから、やらねばとは思ってもそんな憤りはない。
そういえば、この嫌な気の源は一体何なんだろう。少なくとも、自然発生的なものではないはずだ。本丸は一種の神域なのだから、寧ろ清浄な気に満たされていて然るべきである。審神者の声に応えてくれる刀剣の中には、神剣と呼ばれるものもいるわけだし。
「…そちらには、行かない方が良いと思うのですが」
「何故だ」
「…そちらの方から、濃い邪気を感じます」
「本丸に邪気がとごってしまっていてはいけないはずだが」
「…あまり不浄に近づけば、あなたの躯を損ねることにもなりかねません」
「そいつに同意するのは癪ですが、俺も同じ意見です。本丸よりもあなたの身の安全の方が重要でしょう」
「いや、そういうわけにはいかないだろう。放置して解決するもんじゃないだろうし」
「たかあまはらにかむづまります」
祝詞を唱えながら鈴を鳴らす。簡易的な結界のようなものだ。より正確には、音の届く範囲に浄化を施す、ということだが。
「みそぎはらへたまひしときにあれませるはらひとのはらひとのおおかみたち」
なんとなく、あんまり近付きたくないな、って感じがする。でも、それの正体を知っておく必要があるとも思う。放っておいてはいけないものだという気がするのだ。
「・・・」
これはひどい。
狐の姿をした式神が、黒い荒縄でぐるぐる巻きにされて逆さ吊りにされていた。縄には呪符らしきものも幾つも貼り付けられている。多分、一種の呪詛だか呪物だかなのだろう。
「主!」
「お前がこんのすけか?」
式神は反応らしい反応を返さない。というか、寧ろ返せないのだろう、多分。…鈴を止めることはできないし、片手で外してやるのは難しいよな。
「へし切長谷部、この縄を切ってくれないか」
「主命とあらば」
長谷部が吊り縄を切ったことで式神は床に落ちる。俺は鈴を鳴らしながら片手で縄を緩める。この縄は後で燃やしておこう。…いっそナイフかなんかで切った方が早そうだなこれ。うん、そうしよう。
縄を半分ほど解いたところで、式神がうっすらと目を開く。
「…あな、たは」
「話すのは落ち着いてからでいい。…お前がこんのすけでいいんだよな?」
「…はい」
こんのすけは、酷く甚振られたようだった。回復呪術を施し、抱き上げる。
「はらいたまへ、きよめたまへ」
縄は…呪火で燃やした方が早いかな。手が塞がってるし。
「とりあえず此処は換気しておくか」
「お任せを」
そこで何故鯉口を切る。
「本丸を壊さないように」
「主命とあらば」
他に選択肢が思いつかなかったので自室に戻ってきた。ちなみに江雪と長谷部も同行してきている。
「躯の調子はどうだ」
「だいぶ楽になりました。失礼ですが、あなたの名を伺ってもよろしいでしょうか」
「小鳥だ。この本丸を引き継いだ審神者になる。お前は何処まで把握している?」
「そう、ですか…では、黒檀様は…」
「前任は罷免されたと聞いている」
ほぼ何も把握していないと思った方が良さそうだな。
「…申し訳ございません、小鳥様。メインシステムへのアクセスをさせていただけますか?」
「構わない。君の業務も、躯が万全になるまで休んでも構わない」
「いえいえ、そういうわけにはゆきません。私が機能不全に陥っていた間に不都合が生じているでしょうから」
「…無理はするなよ」
こんのすけは陰陽術と科学のハイブリッドっていう呪術の真髄みたいな式神だという話だが、触った感触はほぼ小動物だった。若干体温は低めだったが。だから、あまり雑な扱いがしづらい。まともな会話ができそうだし。
「(へし切長谷部がこちらに剣呑な視線を向けている…)小鳥様は私よりも刀剣を気にかけた方が良いのではないでしょうか」
「…気にかけると言われても」
正直、無表情怖いんだけどこいつら。…ああ、そうだ。
「江雪左文字、へし切長谷部、こんのすけの捜索を手伝ってくれてありがとう」
正直助かったかというと…±0かな。特に長谷部。
「…いえ」
「主命とあれば何でもしますよ」
「(うわあ、両方とも一言で誉桜満開になった。なにこれこわい)」
「いや、今は特に頼みたいことはない。…俺は暫く読書でもしていることにするから、お前たちも自分のことをしたらいい」
「…では、私は今日は下がることにします」
「俺は隣に控えていますので、何かあればすぐお呼びください」
「わかった」
江雪と長谷部が室を出て、俺とこんのすけだけが残される。
「…小鳥様がこの本丸にいらして何日になりますか?」
「え?うーん…多分一ヶ月は経ってないと思うけど」
「…あのへし切長谷部も江雪左文字もこの本丸に元々いた刀ですよね?」
「寧ろ俺自分で顕現させた刀いないから。…いや、審神者としての能力自体には問題ないが、初期刀なし引き継ぎ新人だし」
「なにそれこわい」
俺もそう思う。
「…いえ、小鳥様のような方ならさして不思議ではないのかもしれませんね」
「?」
「…いえ、何でもありません。暫く、こちらのデバイスをお借りさせていただきます」
「ああ、わかった」
どうせ俺備え付けデバイスはあんまり使ってないしな。自分のカスタムデバイスが一番使いやすいし。
「何度目かわからないが…食材を無駄にするのは良くないと思わないか?」
「うん、食材を無駄にしちゃいけないから、小鳥ちゃんはちゃんと残さず全部食べなきゃダメだよ?」
「自分で食え」
「いやだなぁ、折角小鳥ちゃんのために用意したんだから、小鳥ちゃんが食べてくれなきゃ意味がないだろう?」
運ばれてきた膳を見る。一見普通の、寧ろ美味しそうな和食だが、よく見ると違和感が有るし、何か異臭がする。…毎食ではないが、彼の運んでくる膳はこうだ。こうじゃない時は、普通にただの美味しいご飯なのだが。ちなみに食事時に俺が拘束されていた場合、手ずから食べさせてくれる。
「…燭台切光忠、
こんのすけの問いかけに光忠はにっこりと笑みだけを返した。
…過去に食べさせられてるんだよなあ、それ。美味しくないからノーセンキューですしおすし。
「…料理にあなたの神気が大量に含まれているようですが」
「小鳥ちゃんなら、大丈夫だよ、ねぇ。もう何回も食べてくれたもんね?」
「食べたというか、食べさせられたというか…」
「酷いセクハラにも程がありますねそれは」
「…セクハラ?」
セクハラに分類されるんこれ。
「・・・」
「…ふふっ」
何その意味深な笑み。
「・・・」
何が入ってるのか、は、聞かない方がいい気がするんだよなぁ、なんとなく。知ってどうこうできるかっていうと、そうでもないだろうし。
「なぁに?僕が手ずから食べさせてあげた方がいいのかい?」
「遠慮する」
「遠慮しなくてもいいよ、僕も楽しいからね」
俺は全然楽しくない。
「…燭台切光忠、いい加減諦めたらどうだ」
「諦めるもなにも、小鳥ちゃんが大人しく食べてくれればいいだけの話だろう?それに、ご飯はちゃんと食べなきゃダメだよ?」
「
「好き嫌いはよくないよ」
好き嫌いとかそういう問題じゃない。
「食材ではないものを入れておいて好き嫌いも何もないと思いますが」
…何が混入されてるんだこれ。
「ちゃんと全部食べられたら、いつも通りデザートも上げるから、ね?」
「口直しが必要だと最初からわかっているものを食べさせようとするな」
「だって、小鳥ちゃんに僕の…食べて欲しいんだもの」
…何を?
「小鳥様の躯に悪影響が出たらどうするつもりですか、燭台切光忠」
「嫌だなあ。僕なんてまだ可愛い方だよ?直接何をしてるわけでもないし」
…まあ、こいつは本当、偶に変なものを食わせてくる以外は害がないんだよな。そこが大きな問題だけど。食べ物を粗末にするの、いくない。
「…刀剣男士たちからどのような扱いを受けているのか、伺ってもよろしいでしょうか、小鳥様」
「…どのような、って言われても…大まかに分けると三パターンだな。暴力を向けてくる者と、関わらないようにしている者と、…一応、俺を生かし守ろうとしている者。長谷部と燭台切は最後のパターンに当てはまる」
「…成程、所謂審神者にブラックな本丸と化しているのですね」
それな。
「………大変聞きづらいのですが、貞操はそうなっておられますか」
「…お嫁にいけない」
「…申し訳ありません」
「――ぬしさまが誰の元に嫁ごうというのです?」
「誰の元に嫁ぐ予定もねぇよ」
そもそも恋人を作ったこともないしな。
「私たちの元に嫁げばよいではありませんか」
「誰が嫁ぐか」
酷いことになる予感しかしない。
「小狐丸、小鳥様に対するセクハラをやめなさい」
「なんじゃ、とんと姿を見んと思っていたが、生きておったのか、こんのすけ」
「死んだかと思いましたがね…」
「ふん、何があったかは知らぬが、ただ姿をくらましていたわけではなさそうじゃな」
「それはともかく、小鳥様に対するセクハラをやめなさい、小狐丸」
「…ぬしさまに言われたならともかく、おぬしに言われてやめる理由はない」
「…俺がやめろと言ってやめたこともなかったように思うが」
「睦言の中での制止は反対言葉と相場が決まっておりましょうぞ」
むつごととは。
「…小狐丸」
「なんでしょう、ぬしさま」
「むつごとって何だ」
「私とぬしさまの語らいのことにございます」
「デマを吹き込むのはやめなさい」
「…とりあえず、お前が俺の拒否を受け付ける気がないということはわかった」
「それよりもぬしさま、もっと私の名をお呼び下さい」
「嫌だ」
「では、寝屋にゆきましょう。二人きりでなら、何ら気兼ねすることなく呼べるでしょう?」
「嫌だっつってんだろうが」
筋力なさすぎて抵抗自動失敗で気付かれもしないとか本当クソゲー仕様だよな、今更だけど。
「ぬしさまは本当に天邪鬼でいらっしゃる」
誰が天邪鬼だ。