刀剣たちと過ごす日々   作:ペンギン隊長

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罪業if 呪詛が優った場合 物別れルート


一度だけ唱えられる魔法の呪文

 

 

何もかもが、よくわからなくなった。自分が何故、何のためにここにいるのかも。

『では、約束をしよう』

いつかの誰かの言葉が頭をよぎる。

『そなたが俺を呼んだ時、一度だけ、何をおいてもそなたの元へ駆けつけよう』

別に、それが本当にならなくてもいい。でも、最後のあがきぐらいは、してもいいよね。

「…ちかちゃん、たすけて」

…ああでも、たすけて、って、どういう意味だっけ。

 

 

 

 

「…!」

突然立ち上がった宗近に、鶴丸は怪訝な顔をした。

「どうした、じーさん」

「…呼ばれたので行かねばならん。主には、"小鳥に何かあったようだ"、と言えば伝わるだろう」

そう言うが早いか、宗近は闇に溶け込むようにして姿を消した。鶴丸は少しの間呆気にとられていたが、すぐ気を取り直して主に伺いを立てに向かった。

 

 

 

「…ちかちゃん、なぁ」

友人か家族の名か。いずれにしても小鳥が他者に助けを求めたことなど一度もなかった。それが、酷く気に障る。呼ばれたのが何処の誰ともわからないものであることが。

「おなごの名、か?」

「さてなぁ。助けを求めるくらいだから頼りにできる相手なのだろうが」

「この場にいない相手に助けを求めたところで、届くわけもないじゃろうになぁ」

小狐丸は虚ろな目をした小鳥の顔を上げさせる。

「助けより、我らに許しを乞うべきではないか?小鳥よ」

小鳥の躯は鉄の拘束具で戒められている。長かった髪は所々でざんばらに切られているし、四肢や胴に傷や痣が覗いている。脱げかけた衣も、一部が血に染まっている。明らかに満身創痍の状態である。まあ、やったのは小狐丸と三日月とは別の刀剣たちなのだが。

「・・・」

小鳥のぼうとした視線は小狐丸を捉えてはいない。

その時、何者かがその空間に降り立った気配がした。

「便りがないのは元気な証拠、ということかと思っておったのだが…ギリギリまで意地を張って耐えておっただけであったか」

僅かに秀眉をしかめたのは、三日月と同じ姿をした刀剣だった。

「…いずこの刀だ?」

「そなたらが知る必要はない。…小鳥や、じじいが迎えに来てやったぞ」

「は?」

小鳥はその呼びかけに反応しない。宗近は目を細め、刀を抜いた。

「これは、俺よりも寧ろ石切丸たちの領域か」

呪詛が小鳥を蝕んでいるのが見て取れる。このままでは手遅れになるだろう。

「…そなた、何のつもりだ」

「そのように粗末に扱うのであれば、小鳥は俺がもらっていくぞ」

「これは我らのものだ。余所者などに渡せるか」

「何を勘違いしておる?」

宗近は小狐丸に刀を向ける。

「小鳥は審神者だ。その役目を果たせぬのなら、そなたらは主従として相応しくない。…そもそも、このまま此処に小鳥を置いておくわけにはゆくまい。心身を損ねるどころか死ぬだけだ」

「…それは聞き流せぬなぁ。そも、何故貴様にそのような指図をされねばならん。縁はあるようだが、貴様はこれの刀というわけではあるまい」

「そやつが俺に助けを求めた。理由はそれでは不十分か?三日月宗近」

宗近が口の端を吊り上げる。その瞳は全く笑っていない。

「…ちかちゃん、とは貴様のこと、ということか」

「区別ができれば何でも良かったのだがな」

「似合わぬにも程がある」

「…だが、俺たちから小鳥を奪うというのであれば敵として排除するだけだ」

「こちらも立ちはだかる敵は斬り捨てようと思っていたところだ」

 

 

「三日月…ではないな。主をどうする気だ」

「どうする、とは異なことを言う。小鳥がこのようなことになるまで虐げていたくせに、今更心配するふりか」

「…なんだと」

長谷部は顔をしかめる。宗近は腕の中の小鳥に目をやり、刀を構え直す。

「推し通らせてもらうぞ」

 

 

「そいつを何処に連れて行く気だ」

「汚い手で主に触らないでよ」

「主様を返してください」

「そいつを勝手に連れ出してもらっちゃあ困るなぁ」

「それは私たちのものですが、何処へ持っていく気ですかな」

呪詛に蝕まれた刀剣たちが宗近の前に立ち塞がるが、宗近はそれを無感動に斬り捨てていく。何口かは折れたかもしれない。二口以上同時に相手取らず、練度で勝るものがいなかったといえど、疲弊はする。

「…そろそろ、主が来ても良いはずだが」

来る時こそ小鳥という目印に呪が途を作ったが、帰りはそうはいかない。請われた内容を完遂できていないため、その補助はきれていないが、このままでは時間の問題だろう。

「…これが主の愚痴っていたお役所仕事、とやらの弊害か」

 

 

 

鶴丸に伝えられた言葉を復唱し、少し考えた後、彼はガタっと音を立てて立ち上がった。

「小鳥って、あの小鳥さんが?拙い、すぐに対処しないと」

「一体何なんだい、主」

「ちょっと前に、俺が一週間程つきっきりで後輩の指導に行ったことがあるだろう。その後輩が小鳥さんだ」

「ああ、歌仙を伴って外出してた時か。で、その後輩に何かあったと」

「彼女は元ブラック本丸の引継ぎで現在確認されている刀剣のほぼ全てが降ろされているところに配属された。つまり、何かあったという事は大惨事が予想される」

彼はデバイスを通じて軍本部へ緊急連絡を入れる。

「…そんなヤバいところに新人を向かわせるって、正気かよ」

「色々と特殊な事情があってね。彼女は審神者として優秀な資質があることはわかっているが、鍛刀させるわけにはいかないと、上層部が決定した」

「…?」

「…ああくそ、御託はいいからさっさとあの子の配属された本丸の座標を教えろっての。うちの三日月に何かあったらどうする!」

「…主はなんだかんだ三日月のじーさんに甘いよな」

 

 

「歌仙、石切、太郎、青江、江雪、今すぐ武装してゲートまで来てくれ」

「何事ですか」

「緊急事態だ。三日月を迎えに行かなきゃならない」

「三日月殿を…?」

「主、此処まで来て俺は除け者かい」

「あちらの情報が少なすぎる。万全を期したい。光忠たちと、人一人受け入れられる態勢を作っといてくれ」

「…まあ、俺は練度の上じゃ中堅どころだから仕方ないか」

「一体、何がどうしたって言うんだい?僕たちにもわかるように説明して欲しいんだけど」

「歌仙は顔合わせたから知ってるだろう。俺の後輩の小鳥さんが拙いことになって、三日月が助けに飛び出してった」

「あの子が主の指導を受けることになったのは、確か…」

「行き先はブラック本丸だ。現在は刀剣じゃなくて審神者にブラック、ということになってる可能性が高いがな。場合によってはあちらの刀剣を折ることになるかもしれん」

「…それは、穏やかではありませんね」

「刀剣男士も審神者も上から見ればどちらも大切な人的資源だ。損ねるようであれば対処が求められる」

 

 

「たかあまはらにかむづまります」

小鳥の唇から祝詞が紡がれる。

「みそぎはらへたまひしときにあれませるはらひとのおおかみたち」

宗近の周囲の空間が清められる。

「やをよろづのかみたちともにきこしめせとかしこみかしこみまをす」

小鳥は壊れたロボットのように同じ祝詞を繰り返す。その瞳は何も映していない。

「…正直、この本丸は手遅れであろう」

症状の差こそあれ、遭遇した刀剣の全てが呪詛に侵されていた。まだギリギリ戻ってこられる段階のものもいるのかもしれないが、大体手遅れだった。戻ってこられるものとて、この本丸の内にいる内は無理だろう。此処はあまりに邪気が濃い。

「…そなたは、手遅れではなかろうな?」

 

 

 

「これは、酷い邪気だね。何故こうなるまで放っておいたのか、理解に苦しむよ」

「この本丸に私たちと同じ刀剣はいないのでしょうか」

「大体揃ってるって話だったからいるはずだとは思うんだけど…」

「お化け屋敷みたいだよねぇ」

「大気が、嘆きと悲しみに満ちています…」

「雅じゃないね。本当にこんなところに三日月殿とあの子がいるのかい?」

「軍に吐かせた小鳥さんの配属された本丸の座標は此処であってるはずだけど」

 

 

 

「三日月!」

「…ああ、ようやっと来たか、主」

三日月は中傷、ギリギリ重傷まで行かない程度、という負傷具合らしかった。本人のものとも返り血ともつかない血で衣が染まっている。その腕の中では、小鳥がぼうっとした瞳で祝詞を唱えている。祝詞によりその周囲だけは清められていたが、邪気はそれも侵食し続けている。

「…酷い有様だね」

「…はは。流石に多勢に無勢でな」

「三日月さんもだけど、その子も。…此処の審神者なんだよね?」

「…地下牢に拘束されておったよ。此処の刀剣には執着されているようではあったが、な」

「…予想はしていたが、この本丸は手遅れか」

「少なくとも、このまま捨て置けば小鳥は死ぬだろうな」

「…そうか」

彼は僅かに眉をしかめる。

「――お前たちは、主を何処に連れて行く気だ?」

「主さんを返してよ。その子は僕らが守らなきゃいけないんだから」

「そいつは俺たちのもんだ。何の権利があって連れてこうって言うんだ?」

「その人がいないと機嫌が悪くなる人が居るんですよ。返してくれませんか?」

宗近が小さく舌打ちをした。石切丸と太郎も眉をしかめる。

「小鳥は俺に助けを求めた。最早お前たちに任せてはおけん」

「主さんが助けを?そんなはずない。だって、主さんは何があっても悲鳴を上げることさえしないんだもん。誰かに助けを求めるわけがない」

「蛍丸、何があっても悲鳴を上げることさえしない、とはどういうことだい」

「そのままだよ。主さんは何をされても悲鳴をあげないし助けを求めない。殴られたら殴り返す人だけど、誰も頼ってくれないんだ」

「大人しくしていてくれたら、生傷が増えないで済むと思うんだがな」

「あ、やっぱり鶯丸さんたちがその人を隠してたんですね。ずるいじゃないですか。僕たちだってその人の血が見たいんですよ」

「そうそう、不公平なのはよくないんじゃねぇか?」

宗近は小鳥に目をやる。いつの間にか、祝詞を唱えるのをやめて、目を細めていた。

「…小鳥や、そなたはあれらの言葉をどう思う?」

「・・・」

小鳥は何も答えない。それどころか、ふぁ、あ、と小さく欠伸をした。これには流石の宗近も面食らう。

「…小鳥?」

「…ん?…あぁ、そういえば、私は小鳥という()だったな。何か用か?」

「…あなや」

宗近は、此処までの小鳥の沈黙の意味を己が取り違えていたことを悟った。答えられなかったのではなく、答える気がない、あるいは答える必要がないと思っていたのだろう。

己を見上げる瞳が興味を失ったようにそらされようとする前に、宗近は言う。

「小鳥はこの本丸の刀剣をどう思っておるのだ?」

「とうけん…此処の人?あれは説明が下手で話がよくわからないから話がかみ合わない。俺は謝らねばならん何かをした覚えはない。忘れているだけかもしれないが。私は痛いのは嫌いだ」

ガラス玉のように澄んだ瞳が宗近を見上げて言う。

「お前はどうだ。僕に分かるように話をする気はあるのか」

「…余裕があれば、それでも良いのだがな」

残念ながら、色んな意味で悠長に話をする余裕はない。

「そうか。では、君の判断に任せる。君が俺に危害を加える気がないのであればどうでもいい」

「…そうか」

投げやりにも程がある。

「…何があったらあのような思考に至るのか、理解に苦しむよ」

「ヤンデレってやつだよねぇ、アレ。方向性はどうあれ、あんな感じで本丸の刀剣全員に執着されてるとしたら、すごいよねぇ、あの子」

「…確かに、よく生き残れたものだ」

そう言って小鳥に目をやり、小さく欠伸をしているのを見て、ん?と眉をしかめる。そのまま見ていると眠そうに目元をごしごしとこすった後、目を閉じてしまった。

「…三日月殿、その子はどんな様子ですか」

「いわゆるおねむ、というやつだな。随分此処の刀剣にいじめられて疲れているらしい」

「この状況で?」

「俺は信用されているらしい」

「彼らが執着しているのはその子だろう?」

「興味がわかぬようだな」

色々と酷い。歌仙が知る限り、彼女は刀剣と真摯に向き合おうとしていたはずだ。

「…その子が、この本丸の審神者だろう?」

「審神者として…主として扱われていたかは疑わしいがな」

「・・・」

小鳥が満身創痍の状態であるのは見て取れる。

「ところで主、この状況はどう収める気なんだい?」

「…とりあえず、小鳥さんを保護するのは確定だが…刀剣がな」

この本丸の刀剣は明らかに呪詛に飲まれている。小鳥程の高い霊力と浄化能力、誠実さと条件のそろった審神者はそうそういないため、どうにかできる審神者はおそらく余程いない。それこそ、神頼みでもしなければ解決できないだろう。

寧ろ、小鳥が失敗したことで難易度が跳ね上がっている。おそらく、本丸含め、廃棄処分となるだろう。

「主をここから連れて行こうというのであれば見逃すことはできない」

鶯丸が刀を抜く。青江が主を庇うように刀を構えて前に出る。

「…折ってしまうかい、主」

「そうせずに済んだら良かったんだがな」

 

 

 

小鳥の穏やかな寝息のリズムに合わせて、浄化の波動が放たれる。どうも、小鳥の身に宿った守護によるもののようだ。浄化に使われる霊力自体は彼女自身のものだが。

「…成程、珍しい資質を持った子だね」

浄化もそうだが、この状況で安らかに眠れるのはいくらなんでもマイペースでは済まされない。

「とりあえず、三日月は帰ったら手入れ部屋だからな」

「あいわかった。…だが、その間小鳥はどうするのだ?」

「んー…面識のある俺と歌仙がついてる、ってのが妥当かな」

「…まあ、それぐらいしかないだろうね」

「傷の手当てなども…するべきでしょうね」

「女の子なんだし、あんまりジロジロ見ない方がいいんじゃない?衣も整えてあげた方がいいと思うし」

「ああうん、そうだな…」

彼は頭が痛そうな顔をした。

「彼女には、できるだけ早く禊をさせた方が良いのではないでしょうか」

「目を覚ましてから、で大丈夫だといいんだけどね…」

「不吉なことを言わないでくれ」

彼は溜息をつく。

「どれぐらいの間、小鳥さんをうちで匿えるか、難しいところもあるんだよな」

 

 

 

 

 

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