「…何をしているのですか、加州清光」
「主がおいでって言ってくれたんだもんね」
「…だからといって…女性の寝所に押しかけて同衾するのはどうかと思いますが」
小鳥はまだすうすうと寝息を立てている。
「…招いた主も主ですが」
江雪は小鳥が一度寝付くとなかなか起きない性質であることを知っている。朝もなかなか目を覚まさない。夜更かしの所為かもしれないが。
「あんたはさ、思わないの?主とそういうことしたいって」
江雪は清光に軽蔑の視線を向けた。それは言葉より雄弁に語っていた。
刀剣男士は少なからず顕現させた主の影響を受ける。元の気質からしてあまりそちら方面に興味はなさそうではあるが、江雪のこの反応からして、小鳥はそういうこととは無縁の人間なのだろう。
「…とりあえず、そこから出ていただけますか」
「え、やだよ」
「ん…?」
「あ、おはよう、主」
「おは、よう…」
小鳥はまだ眠いのか、目をしぱしぱさせている。清光は小鳥の目元に口づけを落とした。
「主、朝が弱いんだね。もうちょっと早く寝た方がいいんじゃない?」
「何時に寝ても起きる時間はそう変わらん。流石に夜更かししすぎれば朝起きられなくなるが」
ふぁあ、と小鳥は欠伸をして、再びベッドに沈もうとする。
「…いやいや、それは流石に危機感なさすぎだからね?!」
「んぅ…?」
小鳥は眠そうにとろんとした目で清光を見上げる。完全に二度寝する体勢である。
「俺が此処にいる事に対する反応は?」
「………うん」
「…ちゃんと目が覚めていない主に常識的な思考を求めても無駄ですよ」
「…なに、どういう状況なの」
身を起こした小鳥はふあぁ、と欠伸をする。夜着が寝乱れているがそれに頓着する様子はない。
「…加州清光があなたと同衾していたのですが」
「んー…そういえば、夜中に誰かきてたな」
「…主、俺が誰かわかってなかったの」
「声だけで誰かわかる程お前らのことを知らん」
眼鏡してないと手が届く程度の距離しか見えないからなぁ、と小鳥は呟いた。
「…一応、主は女性なのですから、男性を布団に招くのはどうかと思うのですが」
「別に僕基本的に女性扱いされてなくない?」
「俺一応夜這いに来たつもりだったんだけど」
「えっちいのはよくないとおもう」
「無理矢理しようとは流石に思ってなかったけどさ、いくらなんでも主は危機感なさすぎ!俺じゃなかったら襲われてもおかしくないんだからね」
「襲ってきそうなのに心当たりがないんだが」
「それはあんたの危機感がないだけだから」
「そもそも、夜に寝所を訪ねてくる非常識な男を室に上げてはいけません」
「何か追い返すのはよくない感じかなー、と思った」
江雪は溜息をついた。清光も複雑そうな顔をする。
「…色々と言いたいことはありますが、まず身なりを整えてください」
「…私も、少しは強くならなければならないようです」
「…何、どういう心境の変化なの?寧ろ、別に強くなりたくなんてない、って感じだったのに」
「…強くならなければ、守れないでしょう」
端的な言葉に小鳥は小首を傾げる。その意味するところ自体はわからないではないのだが、何故そう思ったのかがよくわからない。当然のことではあるが、逆にそれ故きっかけがよくわからない。
「それに、弟に負ける兄はかっこ悪いのでしょう?」
「え、うん」
そういうことは言ったけど。…いや、江雪が強くなるのはいいことだけれども。
本日の部隊長は和泉守、青江、獅子王である。やはり深い意味はない。適当に調子の良さそうなものに任せただけである。ちなみに隊員の選定は立候補と隊長の指名になる。
戦場についてもその内教えてもらわなきゃなぁ、と小鳥は思う。知らなければ適切な指示が出せるようにならない。一応、刀剣たちも己の実力自体は理解している様子はあるのだが。
「刀装はちゃんと全員装備しているか?仮に一人でも所持している刀装が全て壊れるようなことがあれば、速やかに帰還して装備し直してくれ。怪我したらよくないからな」
「そんなヘマはしねぇっての。俺は強くてかっこいい、最近流行りの刀だからな」
「君だけじゃなく他の隊員も怪我しないで済むよう気にかけてやってくれ」
「それも当然だっての」
「ならいいんだが」
まあ、以前の軽傷は刀装を装備していないものがいたことも多かったのだろう。
「こっちも刀装は装備した方がいいのか?」
「装備した方がいいと思うならそうしてくれ。僕にはまだイマイチ判断がつかん」
一応、遠征で戦闘になることはよほどないと聞いてはいるが、無いよりはある方が安心なんじゃないかと思う。
「♪~」
小鳥は鼻歌を歌いながらフライパンを振るっていた。幾分手馴れた様子であるが、少し重そうにしている。
「主君、何を作っているんですか?」
「ん、前田か。いや、今日は昼飯を食べた方が良さそうな感じだから、パンケーキをね」
「ぱんけぇき?」
「うーん…そうだなぁ、どら焼きの外側のやつみたいな、軽食、かな。大体、ジャムとかバターとか蜂蜜とかをかけて食べる」
「つまり、甘味の仲間ということですか」
「まあ概ねそういう認識でいい」
前田が興味津々という様子で見ているのを見て、小鳥は微笑した。
「君も食べるか?」
「いいんですか?」
「(量作るの面倒だから)他の子には内緒だよ?」
「――何が内緒なんだい?」
「…げっ」
小鳥が気まずそうな顔をする。光忠は困ったような顔をした。前田はどうするべきかわからないという顔をしている。
「げっ、って何だい」
「…君には見つかりたくなかったなぁ、というか、なんというか」
小鳥の目が泳ぐ。
「折角朝晩栄養とか彩とか考えて作ってくれてるみたいなのに不満があるみたいに見えるだろう。いや、僕の燃費が悪いのがいけないんだけど」
「…そういえば最近の人は一日三食なんだっけ」
「私は昼は食べたり食べなかったりで、間食で間に合わせることも多かったんだけどねー」
頭使うとお腹空くんだよねぇ、と小鳥は呟いた。
「…言ってくれれば作るのに」
「僕一人のために手を煩わせるのは申し訳なくてできないよ」
「…という割に、作ってるのは一人分に見えないけど」
「元々、江雪と食べるつもりだったからな。一人で食べて見守られるのは居た堪れないし」
パンケーキを焼き終わり、火を止める。
光忠が片手で顔を覆っているのを見て、小鳥は驚いた。
「…って、え、どうした?なじょした?」
「…いや、うん…かっこつかないなぁ」
「?」
「明日からは昼餉も作らせてもらうよ。他の間食が多そうな子たちの分も、ね?」
「いや、それは…厨組の負担とか、どうなんだ?朝晩だけでも量があるから大変だろう。一人でやってるじゃないにしても。…って、そういえば厨はどういう体制で回してるんだ?」
「僕と堀川君と…今はいないもう一人を中心に、薬研君、一期君、小狐さん、長谷部君、青江君あたりが手伝ってくれる、って感じだったかなぁ。負担は気にしなくても大丈夫だよ。お昼にそんな凝ったものは作らないし、手の空いてる子に手伝ってもらうから」
「…厨も内番扱いの方がいいかな」
「料理は出来る人と出来ない人と任せちゃいけない人の差が激しいから…」
「料理できない人と任せちゃいけない人って別枠なの」
「できないってわけじゃないからねぇ」
「…?」
結局、光忠も含めた四人でパンケーキを食べることになった。トッピングはバターと蜂蜜である。一人一枚半ずつ。
「それにしても、小鳥ちゃんは料理ができるんだね」
「出来るか出来ないかで言えば出来るになるだろうが、出来るという程出来ん。拘らなければ腹が満たせるという程度だ」
「初めて食べる料理ですが、美味しいと思いますよ」
「混ぜて焼くだけの簡単料理だからな」
小鳥は肩をすくめる。前田が少し困った顔をした。
「…褒められ慣れないからと過剰に謙遜するのはどうかと思いますが」
「そこに本当に料理が上手い奴(光忠)がいるのに僕の実力で料理上手認定付けられても困る」
使った食器の片付けのついでに、と在庫管理用アプリの入った厨房備え付けデバイスにレシピ検索アプリを追加した。料理名は勿論、材料からの検索やら調理法やカテゴリでの検索もできる。
「…そういえば、家電の方はどうなってんだろ。洗濯機とか」
審神者部屋にはバストイレルームがついていて洗濯乾燥機も置いてあったが、それを刀剣たちが使っているとは考えにくい。となると、何処か別のところにもあるのだろうが。
とりあえず、今に大画面のテレビをおいてやろうと思っているが。
「こんのすけ、居住区の方の住環境の改善はできたか?」
「ええ、小鳥様の基準に達していなかった部分は改善できるよう手配しておきました。しかし、暫くは近づかないままの方がよろしいかと」
「お前がそう言うならそうしておこう。…しかし、前任はよほど性根のひねくれた男だったんだな。刀剣たちの挙動や発言から推測できる所業がかなり酷いぞ」
「…ええ、まあ…正直なところ、まっとうな扱いはされておられませんでした」
「…ある程度人格が出来てから価値観や判断基準を変えるのって、だいぶしんどい事だが…だからって、前任の所業を踏襲するとかねぇからな。仕方ないな」
「しかし…全く察しがついていないわけではなかったのですね」
「世の中には知らない方がいいことがあるし、知られたくないことってのもあるだろう。だからお前と江雪に動いてもらったし、俺は俺の基準で動いてる。…僕もまあ箱入りではあるかもしれないが、汚いものを全く知らないってわけじゃないからな」
「…まあ、本当に箱入りで蝶よ花よと育てられた方なら引継ぎは務まらないでしょうねぇ」
「一応、気を使ってると思われないように動く、って方針ではあるんだけどね。行動指示模様替えは趣味の違いで納得できるだろうし、僕の普段一番使ってた一人称が俺だってのは知らなきゃわからないだろうし」
本当は私で統一する方がいいかな、って気がするけど、何となく一人称私ってむず痒くてダメなんだよなぁ。かしこまってる感というか。
「そういえば小鳥様は一人称が全く安定しませんね」
「別に俺って言わないようにしてるからブレるってことでもないんだけどな。何か、気づいたらそうなってたというか。
「女性が俺というのはどうかと思わないではないのですが」
「地元の方言だ。多分おらからの派生」
「小鳥様の地元は…確かみゃーみゃー言ってる土地でしたっけ」
「三河弁と名古屋弁を一緒にするな。殺すぞ」
「アッハイ」
「まあ、殺すってのは流石に言葉の綾だが」
小鳥は深く溜息をつく。
「名古屋県だの愛知の方言って言ったら名古屋弁って扱いだのされるのは三河民としては殺意が沸く」
「そこまでは言ってませんが」
「余所の土地には行ったことがないから、他所でどうかはわからねーけどさ、今でこそ愛知と一括りに扱われてるが、尾張と三河ってそこまで仲良くないし、どっちが優勢って共通認識ねーからな。寧ろ、どっちも自分が優勢か、百歩譲って同格だと思ってる。だから尾張県でも三河県でも名古屋県でもなく愛知県になったわけだし。二つの藩の中間地点にあった村だか町だかの名前から取られたんだよ、愛知県って」
「…小鳥様は郷土愛に溢れていらっしゃるんですね」
「まあ、否定はしないな。一番尊敬してる偉人は信長公だけど」
「…家康じゃないんですか」
「だって信長かっけーじゃん。地球が丸いことを自分で推測してたとかすげークールじゃん。三英傑は全員
「…刀剣の中には信長の使っていた刀もいますが、相当複雑な思いを持っているようなのであまり不用意なことは言わないように気をつけてくださいね」
「うん、俺も別に刀と武将トークする気ねぇから」
「…長かったですね」
「ついつい考え事しちゃってなー。あんまりぼーっと考え事してても埓があかないってのは知ってるんだがな」
「どれだけかかるのかと思いました」
「あっは」
「…主」
「えーと…確か、へし切長谷部、だったか」
「はい、俺はへし切長谷部といいます。できればへし切ではなく、長谷部とお呼びください」
胸に手を当てて会釈をした長谷部を見上げ、小鳥はふぅん、と呟いた。
「で、長谷部はどうした。何か私に言いたいことでもできたのか?」
「不躾な話ではありますが」
長谷部はそう前置きして小鳥を真っ直ぐに見る。
「俺を主の近侍にしてください」
「…悪いが、暫くは近侍を変える気はない。だが、状況が落ち着いて、私がこの本丸に慣れてきたら、その時に改めて頼もう」
「…俺ではいけませんか」
「お前のことをよく知らないから何とも言えないが、僕は色々と融通の利かない性質でな。今は
「そうですか…」
「…私も近侍を代わるつもりはありませんよ。私はあなた方を完全に信用したわけではありませんので」
江雪が挑発するような事を言う。小鳥は肩をすくめた。
「仲間内で刃傷沙汰はやめてほしいがまあ、仲直りできる喧嘩なら存分にどうぞ。積極的に喧嘩しろとは言わないが、喧嘩しないのとできないのは別物だからな。できないよりはできる方がいい。勿論僕も受けて立つし」
「主命に逆らうことなど、ありえません」
「間違えた時はちゃんと指摘して止めてくれなきゃ困るぜ。私は聖人君子でも人格者でも、ましてや失敗をしない完璧な人間でもないんだから」
「…色々と、迂闊なところもありますからね」
「君らの十分の一も生きてない若輩者なんだから大目に見てくれ。これから改善する」
「…気質とは、改善できるものなのですか」
「さてなぁ。子供の頃と今じゃだいぶ違う気がするし、かといって根本的なところまで変わってるかというとそうでもない気もする」