政府がブラック系列
「三日月宗近。打ち除けが多い故、三日月と呼ばれる。よろしく頼む」
周囲の騒ぐ声が、耳に入ってこない。
「…よろしく」
やっとのことでその一言を搾り出すと、三日月はふわりと美しい笑みを浮かべた。つられるように私も笑う。だって、審神者になってみようかと思った理由に、早速会えたのだ。嬉しくないはずがない。
「三日月、会えて、嬉しい」
「ふむ。俺もそなたのような清い人間が主になるのは嬉しいぞ。…また後でじっくり語り合おう」
「うん」
指切りをすると三日月の姿がすっと消えた。依代刀に込められた霊力が十分でなかったこと、霊的な処理をあえて省いてあるもの(だと事前に説明されていた)だったため、顕現が保てなくなったらしい。次に会えるのは刀に処理をした後になるはずだ。
刀の準備が出来るまでの間に審神者として…手入れ、錬結、刀解、鍛刀、刀装作りのやり方の講議を受けた。大体座学…手入れだけは、普通の刀を使っての実技もあったが。もっとも、実際には手入れ部屋の式神に霊力を渡して代わりにやってもらう事になる場合が多いらしいが。
三日月に早く会いたかったのでとっとと試験を突破した。所要時間は三日。先輩の中には一日で突破したものもいるらしいが、割と早い方だそうだ。だが、本丸の用意ができてないとかで先輩に呪術の手解きを受けることになった。
正直、私はその先輩が尊敬できない。教えようって気が感じられない(テキストを寄越して終わりだ)し、連れている刀剣(太刀)の目が死んでるから。それに、何か嫌な感じがするんだよな。
勉強は寧ろ、先輩(夕顔、という号だ)の刀であるという短刀、薬研藤四郎が見てくれた。随分疲れている様子だったし、いくらか小さな傷を負っているようでもあったから、世話を掛けるのが申し訳なかった。…けど、それなら先輩は何故薬研を休ませて手入れしてやらないのかという疑問もあったが。
「薬研、一回実際に呪術を試してみたいんだけど」
「おう、何か的でも用意してやろうか?」
「ううん。ちょっと手を貸して」
「…ああ」
「はらひためへ、きよめたまへ。まもりたまへ、さいわいたまへ」
俺の霊力が繋いだ手を通じて薬研へ伝っていく。イメージしたのはじんわりと傷と疲れが癒されるところ。正しく呪術が発動していれば薬研の負った傷が治るはずだった。
「…お姫さんは優しいなあ」
「柄じゃないからお姫さんはやめてってば」
どうやら上手くいったらしかった。薬研の顔色も少し良くなっている。
「…うちの主もお姫さんみたいに優しいお人なら良かったんだが」
「・・・」
俺には、良い主でないと思うなら何故大人しく従っているのかがわからない。"薬研は主に逆らった逸話を持つのに"。
「白梅は兄弟やあんたの薬研によくしてやってくれよ」
「言われなくても、大切にするよ」
俺が自分でできない事を代わりにやってもらうのだから、俺はできる限りのサポートをしなければならない。それが当然のはずだ。
「頼むぜ」
「まかしといて」
明日、やっと自分の本丸に向かう事になる。私は薬研と最後の指切りをした。
「…今、何て?」
「で、ですので、こちらに送られるはずだった初期刀は輸送中に次元流に巻き込まれて紛失した、そうで…」
こんのすけが嘘をついているようには見えない。だが、それは偽りだと俺は直感した。どういうことかはわからない。確かに、あの指切りの後から感じていた三日月との繋がりはうまく辿れないが、少なくとも、同質の空間…狭間、何処かの本丸にあるんじゃないかという気がする。
三日月は、誰かに盗られたのだ。
「代わりの依代刀と追加の資材は用意するので鍛刀しなおすように、と」
「…代わり」
代わり?代わりなどあるわけがない。
怒鳴りつけたくなるのを堪える。こんのすけを責めても何も解決しない。私は、三日月を取り戻すために戦わなければならない。そのためには戦うための力が必要だ。
「………わかった。鍛錬場に案内してくれ」
「よっ。鶴丸国永だ。俺みたいなのが突然来て驚いたか?」
「…白梅だ。よろしく頼む」
「…何だ、ノリが悪いな」
「…すまない。今は精神的余裕が足りなくて君の望む反応を返せそうにない」
「…何かあったのかい?」
私は視線だけでこんのすけを見る。
「…少し、残念なことがあった」
「…そうか」
察しのいいやつで助かった。鶴丸は神妙な顔で頷いた。
「ところで、他のお仲間はいないのかい?」
「いない。この本丸で初めて顕現した刀が君になる」
「…そりゃあ驚いたな。俺が君の初期刀になるのか」
「……そう、なるな」
俺の最初の刀は、三日月なのに。
鶴丸と共に、手伝い札を使いながら五つの刀剣を鍛刀した。平野藤四郎、鶯丸、一期一振、蛍丸、蜻蛉切の五口だ。全体的にでかい。
人数がそろったのなら、次にやるべきは装備を整えることか。といっても、レシピ配合がわからないのでとりあえず数を揃える程度に。余裕があれば色々試してみたい気もするが。
「刀装を作る。できたら、肩慣らしをしてから戦場に出よう」
さて、何処まで話す?何処でなら話せる?信用できるのはおそらくこの手で降ろした刀剣たちだけだ。こんのすけは政府の式神だから信用できるか疑わしい…いや、利用される恐れがある、という方が正しいか。話すなら本丸の外。こんのすけが傍にいない時。
「酷い顔をしているぞ、主。茶でも飲んで少し肩の力を抜いたらどうだ?」
「…すまない」
だけど今は立ち止まれない。立ち止まったらこの怒りを関係ないものに向けてしまう。理不尽な発散をしてしまう。それは、ダメだ。
「暫く、付き合ってくれ。そうしたら、ちゃんとできる、と思う」
戦闘で使えるような呪術自体は幾つか覚えたものの、攻撃の術は一つしかない。俺はサポートに徹する予定だったし、兵法までは流石に手が回らなかったからだ。そちらは選択科目みたいなものである。そもそも、審神者は直接戦場に出ないものも多いらしい。呪術は、護身のために修得が推奨されているが。
「まあ、むしゃくしゃしてる時は思いっきり暴れるのも一つの手だろ。主がそういうタイプだってのは驚きだが」
「関係のない者に八つ当たりするのは俺の主義じゃないがな」
「我が敵を貫け」
霊力の矢を放つ呪術(実際に使うのは初めて)だったはずだが、矢というよりはビームになった。速度も、威力も。霊力を込めすぎたか。
「…俺たちが戦わなくても主一人で大丈夫なんじゃないか?」
「敵が脆くて少なかったからどうにかなっただけだ。囲まれたりしたらダメだろうし、先手を取られれば致命的になるかもしれない」
私の身体能力は低い。接近戦は絶望的だ。だから、後衛としての呪術を選んだ。
「さしあたって、行けるところまで行く」
敵を全て殲滅しながら、だが。
霊力を大量に消費したからか、全身に軽い疲労感とだるさがある。怒りも少し落ち着いてきた。
「…このようなところで、というのもなんだが、君たちに話しておきたいことがある」
「本丸に帰還してからではいけないのですか?」
「私は政府を信用できない。本丸内ではこんのすけが聞く可能性がある」
「…"残念なこと"か」
自分で言っておいてなんだが、見当違いなその評に改めて怒りが蘇る。
心を落ち着け、鶴丸に返す。
「ああ、それだ」
何処から話すべきか。
「本丸で話せないというのなら、茶屋か何処かに寄っていくというのはどうだ。簡単な話ではないのだろう?」
「…そうだな」
念の為に、狭間ではない位置の茶屋に寄ることにした。全員分の注文を受け取り代金を払ってから彼らを見る。
「私が本丸に来てから一番最初に降ろした刀は鶴丸だが、俺が初めて降ろした刀…いわゆる初期刀、と本来呼ばれるべき刀は別の刀になる。彼は、この本丸に送られる途中に次元流に巻き込まれて紛失した、と
「…そりゃあ、なんというか…」
「その刀って、俺たちの中にいるやつと同じやつ?」
「いや、違う。太刀で、名を三日月宗近という」
「えっ」
「…は?」
「それは、真ですか?」
「おいおい、マジか?奴がそんな間抜けな失踪をするわけないだろ」
「…主は、すごい方なのですね。…いえ、わかってはいましたが」
「…主君は、常識の枠に当てはまりませんね」
何だその反応。打刀じゃない刀を降ろすケース自体は偶にあるって聞いたぞ。大体、鶴丸も条件は同じだろうに。…いや。
「知り合いか?」
「寧ろ君は知らないのか?天下五剣で最も美しい刀だぞ?!」
「俺がちゃんと知る刀剣はへし切長谷部と蜻蛉切ぐらいだからな。だが、よくわからないがすごい刀なんだな、あいつ」
まあそれは別にどうでもいいんだが。
「まあ、三日月が世間的にどんな刀かはどうでもいいんだ。問題は、俺の
調子に乗って手を出してくる可能性は低くないだろう。
「であるなら、俺が舐められている、ということだろうな」
「…主は、儚げな姿をしておられますからな」
「売られた喧嘩は安値で買い叩いてやるが、自分から売る気はないな」
面倒くさい。
「まあ、そういうわけだから、注意しておいてくれ」