気が付けば、見覚えのない場所にいた。何処かの庭園、東屋?のような場所だ。空が広く見え、大きな上弦の月が私を見下ろしている。私は、小高い丘のようになった所にあるベンチに腰掛けていた。
此処に危険はないと、何故か確信がある。此処に、私を害すものは現れない、と。もっとも、害以前に誰の姿もないのだが。
…。
「おとうさん、おかあさん、いーちゃん、まーちゃん、えーちゃん、たっくん、しーくん」
会いたい。会えないけれど。もしかすると、もう二度と会えなくて、声を聞くこともできないかもしれないけれど。せめて、憂いなく居てくれればいいと思う。
「会いたいよ。…会いたいよ。俺を、呼んで欲しいよ。忘れたくないよ。思い出せなくなるのは嫌だ。大切なのに。大切なはずなのに」
既に、上の妹たちがどのような顔をしていたかが危うい。あの二人は既に一人暮らしをしていて最近はあまり顔を合わせていなかったのもあるが。
「…三日月、三日月、約束、したのに」
沢山話したいことあったのに。楽しみに、考えてたのに。頑張ったのに。
「嘘つき、嘘つき、嘘つき!!!」
次元流に巻き込まれた?そんなの嘘に決まってる。そんな不確かな手段でやり取りするものか。私は確かに彼が無事であることを感じ取れている。
「返せよ…返してよ!私の三日月を返してよ!…これ以上私から何かを取り上げたりしないでよ!」
鶴丸たちを寄越せと、直接的に言われた。ド直球だった。勿論断ったが。承諾するわけがない。自分のものに手を出されるのは大嫌いだ。
「絶対許さない。絶対、絶対、絶対!」
誰だか知らないが。とりあえずあの担当は時期を読んで呪う。
「…三日月」
「――俺を呼んだか?主」
「!」
振り返ると、そこには三日月が立っていて、楽しそうに笑っていた。
「三日月?」
「ああ、俺だ」
柄にもなく、泣きそうになった。三日月は静かに私の傍まで歩いてきて、頭を撫でる。
「約束通り、とはいかんが、会いに来たぞ」
「会いた、かったっ」
泣きたくないのに、涙が勝手に溢れてくる。泣くよりも三日月の顔を見て、三日月と話したいのに。頭の中もぐちゃぐちゃで、かっこわるい。
「主は存外泣き虫なのだな」
「泣き虫じゃ、ないもんっ…」
ただ、少し精神的なタガを外していたところだっただけなのだ。
「落ち着いたか?主」
「…うん。なんか、ごめん」
主に泣きながら抱きついていた辺。
「よいよい、主が俺を信頼しているということであろう。俺はそなたの第一の刀だからな」
「え、うん」
そう…なのかな?
「ところで主よ、名を教えてはくれぬか?」
「白梅だ」
「否、それではなく、そなたの真名を教えて欲しい」
「…何故だ?」
「そなたの元にたどり着くための
三日月の言葉は、嘘ではないと思う。けれど、刀剣が幾ら知りたがっても真名を教えてはならないのだと教わった。真名を掴まれれば、現世へ戻れなくなることもありうるらしい。
それに、私は三日月に名前で呼ばれたいとは思わない。
「…そなたは、俺にたどり着いてほしくないのか?」
「そんなことない。…でも、私、自分の名前があんまり好きじゃないから、知らない人に教えたくないし、あんまり呼ばれたくない。…白梅ってのも自分で決めてないし好きくないけど」
もっと…鳥とかがよかったな。小鳥とかペンギンとか。
「…では、聞いても呼びはせぬ。俺の主はそなた一人だからな」
主であるという以上の区別は必要ない、と三日月は言う。
「……じゃあ、名前の音だけ教える。僕の名前はアイ。由来は、よく知らない」
「アイ、か」
僕より体温の低い指が、目元に触れる。
「主、俺は必ずそなたの元へ戻る。待っていてくれ」
そう言って、三日月は私に口付けた。口の中に何か柔らかいものが入ってくる。
「?!」
私は思わず三日月を突き飛ばした。
三日月は虚を突かれたような顔をしている。
「え、あ、えっと、ごめん、なさい」
わからない。何で三日月がそうしたのか。だって、他の刀剣は、鶴丸たちは、俺を気にかけてくれるけど、そういうキスしたりとかされたことなかったし、そんなこと思いもしなかった。
「俺、そんなことされたの、初めてで」
別にファーストキスがどうとか言うつもりはないが、今ってちゅーする感じのアレだったんだろうか。というか、三日月は、そういう好きが俺にある、の?
「…いや、今のは俺が悪い。次に主に会うまでに、穢れをしっかり禊いでくる」
「穢れ…?あの、えっとね。突然だったし、初めてだったから、びっくりしたけど、三日月がしたいなら…いいよ?」
「否。そなたの合意を得ずにすることではないし、主が喜ぶわけでもないからな。…俺としたことが、あの女に毒されていたらしい」
「あの女?」
「主は心配することはない。アレには必ず報いを受けさせてからゆくのでな」