夢の中で大泣きしたからか、起きた時には目元が腫れていた。地味に痛い。起こしに来た鶴丸も心配させてしまった。
俺の気分はそう悪いものではなかったけれど。だって、三日月と会えたのだ。私は昨夜のアレがただの夢ではないと(根拠はないが)確信していた。何を話したのかはよく覚えていないが、また会うことを、私のところへ帰ってくると、三日月は約束してくれた。だから大丈夫だ。彼は、約束を守る。…今、どこにいるのか、とかは少し気になるけど。
「なんだか機嫌が良さそうですね、主君。何か良いことでもあったんですか?」
「ああ。夢で三日月と話したんだ」
「夢で…ですか?」
平野は半信半疑という顔をする。
「僕は、それがただの夢じゃないと思ってるけど…でも、究極的にはそれがただの夢でも別にいいんだ。だって、前よりはっきりと三日月の存在を感じ取れるようになったから」
多分、そのやり取りの中で審神者と刀剣の…主従契約を正しく結ぶことができたのだろう。居場所まではたどれないが、パスはきちんと繋がった感じがする。
「だから、三日月が今も無事だとわかっているから、それでいいんだ」
居場所を特定できたら、とりあえずそこの主と近藤を呪おう。どんな呪いをプレゼントするか、今から考えておかなくちゃ。何がいいかな。殺しはしないつもりだけど、死んだ方がマシとは思わせたいな。とりあえず近藤の毛根は死滅させる。
「とりあえず、あの不快な臭いの主にはジャブ程度の呪いを組み立てて呪ってやらないとなー。何がいいかなー。円形脱毛でも起こさせればいいかなー」
「主君、人を呪うのはよくありません。もし、呪い返しなどされたら、どうなることか…」
「あ、そっか、呪い返しは危ないよね…呪うなら僕が呪ってるって気づかれないようにやるか、呪い殺すところまでやらないと」
完了した呪いはよほど返せないものらしい。
「いえ、そういうことではなく…」
「なく?」
「主君の身に危険が及ぶ可能性のあることはなさらないでほしいんです」
「僕の身の危険があるくらいで躊躇うわけにはいかないよ。だってあいつらは僕から平野たちのことも取り上げようと画策しているんだよ?ちゃんと理解させないと鬱陶しいじゃないか」
あの醜男、頻繁に来ては鬱陶しく言ってきてるからな。こんのすけが侵入拒否できずに本丸に毎度入れているし。学習能力がなくって困る。
…ん?
「…あぁ、また来たのか」
折角良い気分で一日が始まったのに台無しだ。
「平野、鶴丸と一期と蛍丸に声をかけてきて。近侍は鶯丸と交代」
「…わかりました」
さて、私もあいつらに会うための支度をしないと。嫌だなあ。
「何度言われても、僕は僕の刀を誰かに譲る気はありません。お引取りください」
「俺たちも主を変えるつもりはない。早急にお帰り願おう」
私の前には几帳が立てられている。提案したのは鶴丸だ。嫌な奴と直接顔を合わせなくていいのは良いと思う。対面して会話するの苦手だし。こちらから相手を伺うのも困難になるが、それは近侍に任せることにしている。声音でも多少はわかるし。
「そんな我儘がいつまでも許されるとでも思っているのか?」
「我儘?私は当然のことしか言っていないはずですが。彼らは"私との"契約に応じてくれたんですから、他の者と契約を結び直せというのは不誠実極まりありませんし、彼らが顕現するのをやめると言い出してもおかしくない裏切りでしょう」
「知っているんだぞ。この本丸には既に鶴丸国永他レア刀剣が二振り以上降りているはずだ。二振り目ならばこちらに献上するくらいの融通を「利かせる理由などありません。こちらに特に利益をもたらしたわけでもないくせに、図々しい。僕の三日月を"紛失"しておいて、何をおっしゃっているんです?」…家族がどうなってもいいのか」
「脅すつもりですか?はしたない。お里とおつむの中身がしれますよ、近藤《まけいぬ》さん。あなたの要求が正しいと納得できるものであるなら、私が拒むはずなどないんですから」
「そもそも、被りの刀は既に連結してしまったからこの本丸に俺たちは一口ずつしかいないが」
「なっ…」
「本丸に登録できる刀剣は50口だけなのですから、当然でしょう。同じ刀を同じ部隊に入れることもできませんし」
まあ、登録枠は拡張できるらしいが。
「貴様、そいつらにどれだけの価値があるのか知らないのか?」
「他者から見た価値など、私の知ったことではありませんよ。ねぇ、鶯丸。この子たちは私の大切な
「ああ。他人の評価などどうでもいい。俺たちには主からの賞賛以外は必要ない」
「そもそも、戦ってもらうために喚んでいるのですから、切れ味や戦力としての優秀さ以外を求める必要はないでしょう。他所で珍しいから何だと言うんです?うちでは別に珍しいというほどのものではありませんが」
まあ、人格とかはまた別の話になるのだが。珍しいとされる刀は概ね能力が優秀だし。
「罰当たりめ…」
「罰当たり?」
何言ってんだこいつ。
「主は俺たちを十二分に活用してくれている。文句はない」
だよねー。
「他人の価値観は己のものと違っている方が普通ですよ。あなたの常識を押し付けないでください、鬱陶しい」
「罰当たりと言うなら、お前たちの要求の方が罰当たりだと思うが」
それな。
「貴様らにはわからないかもしれないが、俺はあるべきところにあるべきものを収めようとしているのだ。貴様らは大人しく従っていればいいのだ」
「お前が手を出すまでもなく、俺たちは自分の相応しいと感じた主の元に降りる。それとも、
あ、鶯丸地味に怒ってる。まあ、当然だろうけど。
「情けない姿やなぁ、近藤さん。何が"こっちがちょっと強く出れば従う相手"や。完全にセメントやないか」
護衛役とかって近藤についてきてた男が立った気配がする。
「長谷部」
「!」
相手方の護衛として控えていた刀が鶯丸に斬りかかる。濁った目をしているが、かなり練度が高い。うちの刀では難しい相手かも知れない。
「鶯丸!」
障壁を展開しようとしたところで几帳が蹴り倒される。
「あらぁ、ほんまにかいらしい別嬪さんやないか。そら刀剣も御執心になるわな。あのおばはんの評価なんてやっぱあてにならへんなぁ」
「…近づかないでください」
「まあまあ、そんなイケズ言わんと」
「主に触れるな」
「先輩への敬意が足りないんやないか?白梅ちゃん?」
「尊敬されるようなことをしてから言ってくれますか」
録音を一旦切ってデータを転送し、改めて録音を開始する。
私はどう動くべきだ?鶯丸を置いて逃げるわけにもいかないし、他の刀剣を呼ぶ?でも相手方の刀は練度高いし機動が高いみたいだから下手に呼べば怪我人が増えるだけかもしれない。いや、数で上回れば少しはどうにかなるか?
「薬研、国俊!」
「何事だ、大将!」
「何でもありまへんよ。なあ、白梅ちゃん?」
「来ないでください!」
これで要点は伝わったはずだ。他の子たちが来るまで時間を稼がないと。
「そんな怯えんでもええやん。同じ審神者なんやし、仲良くしようや。な?」
「絶対、嫌です」
何か、こいつ嫌な感じがする。
「そないなこと言わんと」
「触らないでください」
「その汚い手を主から退けろ、人間」
「今お助けします、主」
「現行犯ってやつだよね、これ」
「鶯丸殿、大丈夫ですか?」
「大将にちょっかいかけて無事で済むと思ってるなら、考えを変えてもらわなきゃな」
「おー、怖い怖い。嫌やなぁ、まったく。ちゃんと状況わかってはりますのん?」
「何処かの馬の骨が俺らの主に手ぇ出そうとしてる。何か間違ってるか?」
「馬の骨ゆうんは酷いんとちゃいます?自分、これでも名門の次男坊なんで出自ははっきりしとるんやけど」
「んなことはどうでもいいんだよ。さっさと退け。それとも、その手、切り落とされたいか」
鶴丸は刀に手をかける。室に踏み入れようとして結界に阻まれる。
「…何?」
「流石にこっちも、束になってかかってこられたら困るんでね。対策はさせてもらいましたん」
「そろそろ素直になってもいいんとちゃうん?白梅ちゃん」
「僕は最初から素直だ」
「まーだわかってはりませんのん?一応巫女はんみたいなもんやし、そっちの刀剣に斬られるんも嫌なんで本番はやらないですましたろ思っとったんやけど…そっちも含めて調教してあげなきゃなりまへんか」
「私にお前に従う理由はない」
「お前、やのうて赤令先輩vて可愛く呼んでくれへん?白梅ちゃん」
「嫌だ」
白梅の顔には、嫌悪感しか浮かんでいない。
「せやったら、やっぱり徹底的に調教してやらなあきまへんな」
「世迷言を…」
「似たもの主従やなぁ」
「、」
白梅の思考がフリーズする。
「他の刀剣もそうやって言うんなら、面倒やなぁ。まあ、主を大事に思ってる刀ならどうとでもやりようはあるんやけど」
「…俺のもんに手ぇ出しよったら殺すぞてめぇ」
「やれるもんならやってみ?その華奢な腕で自分から逃げられるんなら、やけど」
赤令は白梅の首筋に口付ける。背後から抱き込まれる形になっており、白梅の動きは大きく制限されている。
「…穿て」
「ぐっ?!」
赤令の腹に霊力が打ち込まれる。
「売られた喧嘩は買い叩く」