主は見た目の儚さに反して強い人間だ。腕力、身体能力は見た目通りだが、その心が。怒りに燃える瞳の苛烈さは俺もよく知っている。少なくとも俺は、主を敵に回したくない。
…だが、それも主の一つの面に過ぎなかったのだろう。
「…主」
眠る主の目元が涙に濡れていた。夢の中で、一人で泣いていたのか。そういえば俺たちは主が泣いているところを…主の弱いところを、見たことがなかった。俺たちが、主を守り支えなければならないっていうのに。
「主、泣くなとは言わないから…一人で耐えようとしないでくれ。泣くのなら、俺の胸で泣いてくれ」
…いや、こんなこと主には言えないな。それより前に、主が遠慮なく頼れるようにならなくては。そのためには、もっと強くなる必要があるんだろう。
あの人間がやってきた時、近侍を任せられるのが鶯丸なのは、あいつが自分の感情を把握した上でそれを制御することが上手いからだ。わかっている。
あの人間が俺たちを欲しがっているからということもあるが、鶯丸だって見逃されているわけじゃない。ただ、あいつはその巫山戯た要求に激昂せずに対峙できるのだ。
主は対応こそ冷静だが確実に激昂する。あいつらが何故わからんのかがわからん。顔を見ずとも(寧ろ表情が見えないからこそ)その霊力が怒りを伝えてくるというのに。
…まあ、多分心底愚かなんだろう。
「しっかし、あいつらは何時になったら諦めるんだろうな。主も俺たちも拒否してるってのに、諦めが悪すぎるだろ」
「…実力行使に出ようとしたりしなければ良いのですが」
「いっそ俺たちで斬っちゃえばいいんじゃない?」
「いや、流石にそれは…」
「やるにしても本丸の中でやるのはどうなんだ?アレの血が調度についたりするのは嫌だぞ」
「俺、闇討ちとかは苦手なんだよなー」
「…無闇に人を斬ってはならない、と主がおっしゃっていたように記憶しているのですが」
「しかし、主君もそろそろ堪忍袋の緒が切れそうになっているようでしたよ。鬱陶しいから呪う、とどのような呪いをかけるか考えていらっしゃいましたから」
「そりゃ穏やかじゃないな」
しかし、主は非力な、いわゆる後衛型であるので、ある意味当然かもしれない。
「一応、止めてはみましたが、話の途中で訪問がありましたので…」
「…それは、下手をすれば主が今動く可能性もあるのでは?」
「主が軽挙に出ることは余程ないとは思いますが…」
その時、勢いよく障子戸が開けられた。
「大将が助けを求めてる!緊急事態だ」
国俊が伝令役を任されて俺たちを呼びに来たってことは相当切羽詰まった状況だな。
「すぐ行く!」
「…まだ少し多かったか」
主が男前過ぎて辛い。
術者の集中が切れたからか、行く手を阻んでいた結界が消える。
「主、大丈夫か?」
「主さん、こいつら斬る?」
「血の染みは落ちにくいから自重してくれ」
「主君、お風呂の用意をしてまいりますね」
「鶯丸殿、加勢いたします」
「主、何かしら動くべきなんじゃないか?」
「ああ。ちょっとした伝手に今日のやり取りを録音したものを送った。どういう反応が返ってくるか楽しみだな。せめて俺の担当から外れてくれるといいんだが」
「伝手?」
「私が最初に喚んだのが
「…そいつら、絶対下心あるだろ」
「複数宛に送ったから、誰かしら動くんじゃないか。でなきゃ呪うし」
「君が呪うってのは最後の手段ってことにしておいてくれよ。人を呪わば穴二つ、って言うんだろう?」
「他者への暗示は己への暗示でもあるからねー。恨み辛みに囚われること事態、良いことじゃない。でも、大人しく引き下がるのだけはありえない」
「自重してくれ」
「あちらが自省しないのが悪い」
「鶴丸殿、少しよろしいですか?」
「ん?太郎太刀か。どうかしたのか?」
「本丸内の霊力の流れに変化が生じているようなのですが、何か心当たりはありませんか?」
「…いや、思い当たるものはないな…放っておくと拙そうなのか?」
「まだ判断はつきません。しかし、油断は禁物かと」
「まあ、主に何かあってからじゃ遅いからな。俺も気に留めておこう。このことは主には?」
「まだです。原因を見つけてからどう対処するか決めるべきかと思いまして」
正直なところ、主はそういうものに鈍いような気がする。見鬼の才が全くないというわけではないと思うのだが…。