刀剣たちと過ごす日々   作:ペンギン隊長

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三日月視点


兎の見る月7

 

 

 

「我が身を穢した愚かさを永遠に後悔するがいい」

耳障りな悲鳴が女の喉から発せられる。不快な声だ。喉を踏み潰す。醜いものを愛でる趣味はないのでこれはもう放置しておこう。

「主!」

この刀は…確か、へし切長谷部、といったか。

「貴様、主に何をした」

「見てわからぬか?」

「よくも主を…!」

「自業自得と、そう言うべきではないか?そなたとて、主の元を離されるのは腹立たしかろう?しかも、主の意に反して無理矢理にだ」

「っ…」

この刀は、(主の意思でだが)主を変えることになった経験を持っている。それは、快いものというわけではなかったはずだ。この反応からもそれがわかる。

「盗人の元から主の元へ帰りたいと思うのはおかしなことか?」

「…だとしても、俺は主に危害を加えられて黙っているわけにはいかない」

「そうか。それで?俺を斬るか。そこで苦しんでいる主を介抱してやらなくて良いのか?」

まあ、この祟りは人間や格の低い刀剣にどうこうできるものではないが。そうだな、俺より練度が高く、そちら側の知識がある石切丸なら和らげることぐらいはできるかもしれないが。

「源であるお前を折れば、呪いも解けるだろう」

「…やれ。猪武者だな」

そして愚かだ。

「知らぬのか、へし切長谷部。生者の呪いよりも、死者の祟りの方が恐ろしいのだぞ?」

 

 

 

「そこに倒れているのがこの本丸の審神者、夕顔で間違いありませんか、薬研藤四郎」

「…ああ、確かにあれがうちの主だ」

「・・・」

「薬研か。その人間は何だ?」

「…政府の方から監査に来た人間だ。うちの主がまっとうな本丸運営をしているか調べに来た」

「そうか。では、洗い浚い証言してやるからそいつを止めてくれんか?主の元に帰る前に折られてはかなわんのでな」

「…主の元へ帰る、とは?」

「俺の主はその女ではない。主の元から奪われ、此処へ連れてこられた」

 

 

 

 

「三日月!」

「おお、主。待ちわびたぞ」

「俺もずっと会いたかったよ」

えへへ、とはにかむ主が愛らしすぎてそれだけで今日までの疲労が癒される思いだ。

駆け寄ってきた主を抱き上げて頬を摺り寄せる。主からは清浄な霊力と甘い香りを感じた。

「主は良い香りがするな」

「えっ…全く心当たりないんだけど。っていうか、セクハラ?」

「はっはっは。せくはらのつもりはないが」

「いや、十分セクハラだろ。っていうか、抱き上げてる時点でセクハラだろ」

「良い香りというのは、主がいつも袂に入れている菓子の匂いのことではないか?」

「ああ、あれか」

主は袂の中から小物入れを取り出し、その中から小さな菓子を出した。

「太刀組がよく菓子をくれるんだ。一人じゃ食べきれなくて、他のやつと分けて食べることが多いんだけどな。日持ちするものはこうして持ち歩いている」

「主は菓子を本当に美味しそうに食べるからな。つい食べさせたくなる」

「…菓子を食べる時は休憩を取ってくれるしな」

…。

「自慢か?」

「主を愛しく思っているのは俺たちも同様だということだ」

「・・・」

「…じーさんたち、玄関先でいちゃついたり喧嘩したりするのはやめねぇか?」

「ふむ…では、さっさと主の本丸に帰るか」

「うん!」

「待ってください。白梅殿をこの本丸にお呼びしたのは相応の用があるからですので、まだ帰られては困ります」

主は監査官に無機質な瞳を向けた。

「僕は僕の三日月以外に用はないけど?」

小首を傾げた主は表情が消えている。この人間を不快に思っているのか。であれば、祟るのも吝かではないが…。

「三日月、無闇に人間に危害を加えるなよ」

「主に害のあるものを退けるのは当然のことだろう?」

「そんな心配しなくても、俺自分で排除できるよ。呪いとか呪術とかで」

「…そなたがそう言うのであれば、祟るのは後にしておこう」

「(こいつらやばい)」

「悪くない人を祟っちゃダメだよ?労力の無駄だし、こっちに非がある状態で手を出したら他から制裁される可能性もあるから」

「悪人であれば祟ってよい、と」

「正義ごっこじゃないならね」

「…ところで、君はいつまで主を抱き上げているつもりだ」

「主は嫌がっておらぬのだから良かろう?」

「嫌じゃないけど、別に良いわけでもないけど」

「ほら、主もこう言ってるんだ、降ろせ」

「ははは、嫌だ」

「だから、玄関先でそういうのはやめろって言ってるだろ、じーさんたち」

「話し合いのできる場所に移動しましょう。それでよろしいですね?」

「ええ、話さなければならないというのであれば」

冷ややかな視線を向けつつ主が頷くので、薬研と監査官の後に続いて本丸に入る。俺はさっさとこんなところは離れたいのだがなぁ。

「…何か、此処臭いね。さっさと帰りたいな」

「うむ…」

 

 

監査官の話というのは、簡単にまとめると、この本丸が解体されることになったので、登録されている刀剣の内何体かを引き取ってほしい、ということだった。他にも幾つかの本丸にも声をかけているそうで、更にあの女が他所から奪った刀に関しては戻せるものは元の本丸に戻すらしい。

「僕は別に構いませんよ。本人たちが望むのであれば引き取ります。被りでも気にしません。もう僕の刀にちょっかいをかけようとする人はいないでしょうし」

要するに、興味がない、ということだろう。

主は、俺と、主が自分で降ろした刀以外には興味がない。

「…まあ、本丸を拡張する必要はあるのかもしれませんけど」

「この刀であれば引き取る、というものはないのですか」

「だって僕、うちにいない子は知らないので、指名のしようがありませんから。それに、本人の望まぬところへ無理に行かせることもないでしょう?」

「…そうですね」

「なら、俺はお姫さんのところに行ってもいいか?」

「構わない。君には世話になったしな」

「いや、あれはギブアンドテイクってやつだろ。気にすることはないさ」

「…世話って何だ?主が此処に来るのは当然初めてだろう?」

「本丸配属前、呪術の講習を先輩の代わりにそこの薬研がしてくれたんだ。例の回復呪術の開発も手伝ってくれた」

「ふぅん…」

 

 

「そういえば何で三日月髪の毛がそんなに伸びてるんだ?確か前はショートヘアだった…よな?」

「願掛けのようなものだ。それに主とお揃いにできるだろう?」

「俺はお揃いにするなら俺が短く切る方がいいな」

「主が髪を切るのはダメだ。女子(おなご)は髪を短くするものではないだろう」

「男女差別だ。あんまり長くすると手入れが面倒なんだぞ。基本的に邪魔だし」

「いや、こればっかりは三日月の言う通りだぞ、主。主が髪を短くするなんてとんでもない」

「…主が髪を短くしたら余計に性別がわからなくなりそうだしな」

「短髪にしてた頃に男と間違われたことがあるのは否定しないがそれに何の問題があるんだ」

「何でそれで問題ないんだ。問題しかないだろう」

「何ら不都合は感じない」

真面目な顔で主が言う。本気で言っているらしい。

「俺は嫌だぞ」

「む…」

 

 

 

「私は元の主のところへ戻ることはできないのでね。そちらに行かせてもらうよ」

「私の元居た本丸は解体されておりますので、ぬしさまが復帰するまでの間、厄介になります」

「他所へゆけ」

「別にいいんじゃないか。そっちの白いのは一時留まるだけというなら承知しない審神者もいるだろうし。俺は別にどちらでもいい」

「…そもそもそいつの元の主が審神者として復帰する可能性があるのか?」

「…ぬしさまは療養中とのことで、詳しい病状までは知らされておらぬ」

「面会の行けるところならその内見舞いに行ってやったらいいんじゃないか。精神的なものならそれで少しでも元気になる可能性はあるだろうし」

「はい、そういたします」

 

 

「あの、僕も、あなたのところに行ってもいい?多分、僕っていないところの方が珍しいくらいなんだけど」

「その珍しいケースだし、何ら問題ないが。その衣装からして、粟田口の短刀か」

「うん、僕は乱藤四郎。藤四郎の短刀の一口だよ。…僕がいないって、誰ならいるの?」

「粟田口でうちにいるのは平野、厚、秋田、薬研と鳴狐に一期だな。特に平野と一期は俺が本丸に配属されてすぐに鍛刀した五口の内の二口になる」

「一兄がいるの?!」

「一兄と聞いて!」

「…鯰尾、行儀が悪いぞ」

「えっと、僕も、一兄に会いたい、です…」

「粟田口はまとめて引き取ればいいのか?」

「平然とそう返せる君の男前さに俺はときめきを禁じえない」

「若干名前を覚えられるか心配になってきたがまあ、どうにかなるだろう多分」

「そこしか心配しないのが君の君たる所以だよな」

「お前は一体俺を何だと思っているんだ」

「(…出遅れてしまいました)」

「へへ、よろしくお願いしまーす」

 

 

 

「君は風流を解す人間かい?」

「嫌いじゃないがどちらかといえば花より団子だな。文学は好きなんだが」

「って言う割に、襲の色目は季節に合ったものだよね」

「ん?ああ…これは鶴丸だ。僕はお洒落には疎いからな」

「へぇ、鶴丸さんが…」

「後は大倶利伽羅と和泉守も口を出してくるな。…否、より正確には倶利伽羅は手だけで和泉守は口だけだが」

「え、倶利ちゃんが?」

「…彼はどちらかといえば世話を焼かれる方だからねぇ」

「知り合いか」

「和泉守は僕と同じ刀派の刀だし、この本丸にいたことがある」

「倶利ちゃんも此処にいた事があるよ。僕とは前の主の関係で、同じ家にいたことがある仲なんだ」

「そうか」

「俺もあんたのところに行っていいか?」

「別に構わない」

「じゃ、俺は獅子王。よろしくな」

「よろしく」

「…獅子王」

「話はさっさとまとめるに限るだろ。別に深い拘りとかがあるわけじゃないしな」

 

 

 

共に主の本丸にゆくことになったのは、石切丸、小狐丸、乱藤四郎、鯰尾藤四郎、骨喰藤四郎、前田藤四郎、薬研藤四郎、五虎退、歌仙兼定、燭台切光忠、獅子王の11口となった。

…霊格の低い刀は主の霊力にあてられないか、少々心配ではあるが。あの女と主では霊力の質が比べるのも烏滸がましいほどに違いすぎる。本丸は当然主の霊力で満たされているはずだ。

「三日月はともかく、他の子は準備とかもあるだろうし、日を改めて、かな?」

「全然大丈夫だよ。蜂須賀さんとかに挨拶はしていきたいけど、持っていくものとかも全然ないし」

「あちら側の受け入れの準備も必要なんじゃないかな?」

「受け入れは多分どうにかなると思うが。…いや、帰る前に連絡を入れておくべきか?夕飯の買い出しの量とかが変わってくるだろうし」

「それなら俺が一期にメールをしておいたから心配ない。きっと張り切って用意してくれるだろう」

「…ああ、厚とか薬研と秋田とかが加わった日のようなアレか」

「歓迎会というやつだな」

「蜻蛉切と和泉守と大倶利伽羅が準備に駆り出されるだろうな」

「…駆り出されるもなにも、大倶利伽羅は今日の当番だろう」

「今すぐ準備してくるね!」

「あ、俺も準備してくる。ほら、骨喰たちも!」

「…(はあ)」

「私は既に準備を終えておりますので」

「私も特に必要な準備はないかな」

「あまりばたばたするのは雅じゃないと思うのだけどね…」

「俺もちょっと挨拶だけしてくる」

「…ふむ。少し、監査官に訊きたいことがあるので行ってくる。鶯丸、ついてきてくれ。鶴丸は三日月たちと待っていてくれ」

「承知した」

「…わかった」

「ついていってはいけないのか?」

「大勢で押しかけるような話ではないし、傍に強い気配が幾つもあると探知がうまく使えないんだ。特に、相手がただの人間の時はな」

「…そうか」

 

 

「白梅殿は刀剣によく慕われているのだね」

「当然だろう。主は俺たちを真剣に思ってくれているからな」

鶴丸がそう言って得意げに胸を張る。

「主は強く美しく男前で可愛いからな。俺と同じで、見た目で侮ると怪我するぜ」

「強い、のか?」

「二言の言霊の呪術で敵部隊が壊滅した」

「…真か」

「嘘言ってどうするんだよ。っていうか、それも本人はちょっと試しに牽制を一発してみるか、程度のノリだぞ。全力どころかちょっと小突いたくらいの労力だぞ。対人だと溜めなし一言でも入院ルートだぞ」

「それは本当に人間の所業なのか?」

「主の霊力は質も量も極上だからな」

しかし…それはつまり、下手なことをすれば弾みで折られかねんということか?

「ああ。まあ、本人は自覚が薄いがな。鈍くはないが"見え"てもいないんだ」

 

 

 

 

あの女の澱んだ霊力とは全く異なる、いっそ苛烈とも言える程清浄な霊力に満たされた本丸に、一歩足を踏み入れたところで俺の髪の伸ばしていた部分が消し飛んだ他、薬研と石切丸と小狐丸以外の顕現が解かれた。残った薬研と石切丸と小狐丸も若干顔色が悪い。

「…あなや」

「え、何事?」

「…(そういえば、主は"三日月を奪った相手"を呪っていたな)」

「そちらの三人も一度刀に戻して顕現し直した方がいいんじゃないか?」

「…そのようだね」

「…あの本丸に連れて行かれた時も気分が悪くなりましたが、逆の状況でもそうなるのですね…うぷっ」

「俺はまだ耐性があるかと思ったんだが、中途半端で逆に辛いかもしれないな…」

「よくわからんが、顕現し直せばいいんだな」

 

 

 

「主、俺のことも顕現し直さないか?」

「ん、ああ」

実体化を解き、俺の本体が主の手の中に収まる。

「かしこみもうす」

一言唱え、鯉口が切られる。歓喜と共に俺は再び顕現する。

「この時を待ちわびたぞ、主」

「うん、お帰り、三日月」

えへへ、と笑う主が可愛いすぎてどうするべきかわからない(真顔)。

「…主、その刀の案内は主がするの?」

「え、うーん…ちょっと野暮用があるから、居住スペースの方の案内は任せてもいいか?」

「わかった。…僕は小夜左文字。皆忙しいから、僕で悪いけど案内するよ」

「…うむ、よろしく頼む」

…本当は主が良いが、今ごねるのは拙かろう。

「俺は暫く執務室の方にいるから」

 

 

「それは何だ?」

「これのこと?…これは主が僕たち一人一人に用意してくれたもので、同じものを持っている同士なら顔を合わせなくても言葉のやり取りができるんだ。他にも、万屋で支払いができたり、時間がわかったり、調べ物ができたり遊びができたりもするんだ」

「ほう。それ一つで随分色々なことができるのだな」

「迷子札代わりでもあるって主は言っていたよ。…僕らが連れ去られるんじゃないかって、いつも心配しているようだったからね」

「・・・」

それは、俺が奪われたから、なのだろう。主は、俺が"世間的に見て"どれだけ貴重な刀なのかを理解していない。主にとって俺は、"初めて降ろした刀"であり、それ以上でもそれ以下でもない。

 

 

 

 

 

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