手籠めにされて数日後
体は怠いし、頭は痛いし、体調は最悪と言って差し支えない。精神的には寧ろ、無気力というのが正しいだろう。何もする気になれない。何をしたって意味がない。僕の腕力じゃ抗えないし、逃げようとしたってすぐ見つかって捕まってしまう。というか、だるくて動きたくない。
このまま、死んでしまえばいいのに。
「ぬしさま、そろそろ目覚められてはどうでしょうか」
「・・・」
その声音も触れる手つきも優しいが、
「人の身は、食事を取らねば損なってしまうものでしょう」
「…なぁ、俺が何か悪いことをしたのか?」
ずきずきと頭が痛む。考えがまとまらない。
「俺は何か不用意なことをしてお前たちの機嫌を損ねたのか?だから嬲りものにしているのか?気に入らないなら、捨て置いてくれればいいじゃないか」
嫌いなら離れるのが一番だ。どちらにとっても。傷つけあうのは不毛だ。
「…いいえ、ぬしさまは何も悪くありません…それに、私たちがあなたを嫌っているなどと、とんでもない」
狐が顔を摺り寄せてくる。
「私たちはぬしさまを愛しく思っておりまする。この腕の中に閉じ込めておきたいと思いこそすれ、遠ざけるなど、とてもとても…」
「…理解できない」
これが愛だというのも、俺を愛しく思うということも。
「これは目に毒というべきか、役得とでもいうべきか」
小鳥は柱にもたれかかるようにして体育座りで目を閉じている。眠っているのだろう。彼女の体力が低いことはここ数日でよくわかっている。彼としては少し控えめにしてみたつもりだったのだが、それでも足りなかったらしい。
「主にはもっと体力をつけてもらわねばなぁ」
見た目からして儚く脆弱な人間だが、そこがまた愛しい。この手で守ってやらねばならぬという気にさせる。…修正主義者は勿論、軍の人間からも。何も知らぬ小鳥を彼らの元へ送り込んできたというのが、胡散臭いにも程がある。囲い込もうとしているのが見て取れすぎる程だ。
だから、彼らは本丸への
「どれ、俺も少し寝るか」
「ん…?」
「おお、目が覚めたか、主よ」
「み…」
小鳥の躯が強張る。彼はそれに気付かないふりをして頬を撫でる。
「夢見はどうであったか、俺に聞かせてはくれぬか」
「っ…、…」
小鳥は口をつぐんで俯く。何を言っても意味がないと諦められてしまっているのだ。それは、彼の望むところではない。
「遠慮はいらぬぞ。このじじいに何でも話してみればよい」
「…あたまいたい」
沈黙の末に小鳥の唇から言葉が溢れる。次から次へと溢れ出す。
「わからない、おもいだせない、いたい、くるしい、きもちわるい、いたい、いたい、いたい…」
小鳥は頭を押さえる。
呪いが彼女を蝕んでいることも、それが神力によって活性化することも、気がついていた。それが、殺そうというものではないこと、祝福と組みになっていることから彼女に苦痛をもたらさないものと思っていた。…思いたかった。それがこのざまだ。
「どうして、どうして、どうしてっ…」
「…すまぬ、それでも俺たちはお前が愛しいのだ」
その呪いを今すぐ取り除いてやれればどんなに良いだろう。だが、それは根深く、強力なものであり、彼女の真名を知らぬ身では簡単にはいかない。別の呪で上書きすることさえ、時間をかけて行わねばならない。
「わからない、わからない、わからない」
小鳥はいやいや、と首を振る。
「こんな苦しいのが愛なら、僕は、いらない。ひとりでいい。僕は、私は、俺はっ…」
血を吐くように、小鳥は声を絞り出す。
「俺が知りたかったのは、こんなことじゃない。俺はただ、"普通の人間"になりたかった。同じものを見て、同じことを思いたかった。人を知りたかった。目の前の人に嫌われないで済むようになりたかった。それだけなのに」
「主…」
小鳥の瞳は何も映さず、ただただ世界に絶望し、拒絶している。他者の存在を拒絶している。
「おいじいさん、大将は明らかに病弱そうなんだから気をつけてやれって、俺は言ったよな?」
「うむ、だが主はずっと苦しいとも何とも言わなんだからな…」
「言わないで黙っちまうヒトなら余計にこっちで気付いてやらなきゃならないって事だろうが。苦しい時に苦しいと泣き喚く子供よりも何も言えずに黙り込んじまう子供の方が厄介だってのはあんたも知ってるだろう」
ちなみに後者の具体例は小夜である。
苦痛を訴えないのは、訴えても意味がないと諦めているからだ。訴えても誰も助けてはくれない、何も変わらないと思っているからだ。
「…ったく、こんなことになった以上、あんたらだけに大将は独占させないからな」
「…あいわかった」
薬研に鋭く睨みつけられ、彼は僅かに肩を竦めた。
「…せめて、名だけでも聞き出せておればなぁ」
「大将も審神者の端くれなら真名を簡単に掴ませちゃならないことくらい知ってんだろ」